思い出の中で ◆Wott.eaRjU



なんてもの寂しい夜だろうか。
周囲を飛び回る野鳥は一羽も見えず、生物が其処等に住み着いている感じが全くしない。
兎に角、周囲に広がる闇と相まって、物音一つない静寂は底知れぬ寂しさがひしひしと全身で感じられた。
そう。夜の森林地帯を一人歩く少年――いや、少女はそんな事を考えていた。
その少女の名はイエロー。
“黄色”を示す名前の持ち主であった。

「この名簿に間違いがなければ……きっと居る筈なんだ。だったら早く合流しないと……」

黄金とはまではいかないが綺麗な金髪のポニーテルを生やした少女、イエロー。
大きな麦藁帽子でポニーテルを隠し、ボーイッシュな顔立ちから少年と間違われる事は多々ある。
それもその筈、イエローは自分が女である事を隠すために麦藁帽子を被る事になったのだから。
事の発端はなんとも単純な事。
生まれ故郷を出発する際、年上の少女――ブルーに“女だと嘗められるから”と言われたのが全ての始まり。
彼女が餞別代りに送ってくれた麦藁帽子を深く被り、イエローは大きな旅に向けて出発を終えたばかりだった。
イエローの目的……それは名簿に書かれた自分の名前の直ぐ近くにあった名前を持つ人物の力になる事。
その人物の名前はイエローの“黄色”とは異なり、“赤色”を示していた。

レッドさん……どうか無事で居てください」

イエローの探す人物はレッドという少年。
第九回ポケモンリーグで優勝を収めたポケモントレーナーでもある。
優勝後も自主的に特訓を続けてきたレッドにポケモンバトルでは右に出る者はそうそう居ない……筈だった。
そう。レッドはポケモンバトルで負けを喫し、行方知れずとなったらしい。
少なくともこの殺し合いに連れてこられた時点ではイエローはその事をブルーから聞いている。
だから、イエローは命からがら逃げ出したレッドのポケモンであるピカチュウ――ピカを、自分のポケモン達と旅に出たというわけだ。

ならば、イエローがこの場でやる事は既に決まっている。
誰かが傷つくのは見たくない、ポケモンが闘いによって傷つくのも同様に見たくない……させたくはない。
生きるもの全てに対して、優しさを持ち合わせたイエローがこの殺し合いを受け入れる筈もない。
そして大事な事はもう一つ。
言うまでもなくレッドと合流し、彼と共にこの殺し合いから脱出する事。
そう。幼いころ、自分を助けてくれたレッドを――あの時から憧れに似たような好意を寄せ続けたレッドを今度は自分が助ける。
誓いを打ち立て、イエローは歩みを速め出した。
何処に居るかはわかる筈もないが、止まっているよりは歩き回っている方がレッドの位置を、情報を手に入れられると思ったから。

「今度は僕が助ける番なんだ……絶対に!」

レッドとの合流を第一目標とし、イエローは草木を分けながら突き進む。

◇  ◆  ◇

薄暗さが残る森林地帯。
とても静かな空間……かと思われたが、其処に“何かが”撃ち出される音が響き、何処かへ着弾した。
肉を引き裂くような音は聞こえない。
よく目を凝らせば太く聳え立つ樹木に不自然な穴が空いており、それは鉛弾が突き刺さった事により起きたもの。
銃弾が小さな穴を穿った直ぐ近くには一人の少年が立ち尽くしていた。

「おじさん、いきなりそれはないと思うよ。冗談なんか抜きでさ……」

赤と白で彩られた帽子を被り、そう口を開く少年はレッド。
奇しくもイエローが探していた少年。
浮かべる表情は至って平然なものと思えたが、それはあくまでも意識的にさせているに過ぎなかった。
今のところ身体にはなんの支障がないものの、いきなり発砲されては流石のレッドもいつも通りにはいかない。
レッドが経験した事の殆どはポケモンを使っての闘いであり、生身の人間、ましてや銃を持った人間と闘うのはズブの素人に等しい。
よって、レッドは必死にこの状況を打開する策を練っていた。
目の前の男から逃げるには――無常矜持から逃げ出すにはどうしたらいいかと。

「ハハハハハハハッ! い~けませんねぇ~~~! 折角、貴方のためにこの私めが手間隙を掛けているというのに……。
おとなしく死んだ方が身のためだと言っておきましょーう! 確実にねぇッ!」

銀の短髪を生やし、黒のサングラスを身につけた男、無常矜持。
ロストグラウンドと呼ばれる大地とは違い、既に復興が済んだ地区――本土からHOLY部隊特別顧問として送られた筈だった男。
何の因果でこんな事に巻き込まれないといけないのかと不満には思ったが、やがて無常はどうせだからこの状況を乗り切ってやる事を決めていた。
何故なら、無常は自分がどんな事でも頂点に立つ存在だと自負している。
幼い頃、生まれ持った力を虐げられ、疎外され、全ての存在に自分を否定した事を後悔させてやると誓った無常。
そんな彼が下等な存在である他人と群れる思考はなく、一人残らず皆殺しにしてやろうと憤った。
意思や信念といった立派なものではない。
無常を突き動かすものは只、胸に抱える欲望を叶えたいと想う純粋な欲望といえる。
そのために、無常は支給された拳銃で一人目の獲物を、レッドを精精楽しみながら殺そうと考えていた。
やがて、再び無常の腕が動き、レッドはその動作に対して一瞬早く動き出す。

「ッ!」

撃ち出される銃弾を危なげながらも横へ走る事で避けて、レッドは足を休ませずにそのまま逃走を開始する。
体力にはそれなりに自信があるものの、レッドが無常の凶弾を避けられたのは彼が銃の扱いにそれほど慣れていない事もあったのだろう。
若しくは自分が負けるわけがないと思い、余裕をかましている節もあるかもしれない。
そもそも無常には銃器に頼る必要などなく、その気になれば直ぐにでもレッドの息の根を止められるのだから。
そんな事は知る由もないレッドはがむしゃらに走りきる。
踏み出す度に両脚に走る、電撃のような衝撃は敢えて気にしないように、只一歩でも早く進む事へ全神経を傾けた。
恐怖で押し潰されて今にも泣き出しそうな感情を必死に抑えて――否、そんな感情を抑える必要はなかった。
そう。全力で疾走するレッドの両眼には絶望よりも、前へ進む希望の色で力強く染まっていたのだから。

(どうする……相当やばい奴なのは充分にわかった。きっと何を言っても殺される……けど、俺は此処で止まれない!
絶対に諦めきれるか……こんな馬鹿げた奴のせいでッ!)

何も全く恐怖を感じないわけでもない。
鉛色に光る銃身から螺旋状に周り、小さなドリルのように飛んでくる銃弾が自分の肉を抉り、内蔵を突き破り、風穴を開けたりでもしたら。
考えるだけでも痛々しく、きっと想像を絶する痛みが伴ってくるに違いない。
だが、その未知の恐怖よりもレッドは自分の夢というべき目標をやり遂げる方へ意識がいった。

――ポケモン図鑑を完成させ、究極のポケモントレーナーになる。

151匹のポケモンを集め、世界中のライバルとポケモンバトルを行い、頂点に立つ。
その夢をこんなところで朽ち果てさせて良いのか。
何があろうともレッドはきっと首を縦には振らないだろう。
事実、諦めの意思は微塵も見せずに、無常が依然撃ち続ける銃弾から逃げるその姿は何処か誇らしかった。
その姿を見て無常はやけに腹立たしい感情を覚える。

「そろそろ……鬼ごっこは終わりですよ!」

今まで碌に付けていなかった狙いを少し凝らし、無常が銃弾を撃つ。
遊び半分に撃っていたとはいえ、それでも段々と銃の扱いには慣れてきていた。
陰険そうな表情を浮かべながら、敢えてレッドの足元に銃弾を撃ち込む。
銃弾がコンクリートに弾かれる音に気を取られてレッドは体勢を崩し、やがてその場で倒れこむように転倒する。
叩きつけられた衝撃にレッドが洩らした嗚咽をしかと聞き取った無常の表情が喜びで歪む。
無残に倒れ伏した獲物をどうやって痛みつけてやろうか。
考えるだけでも気持ちの良い高揚感が無常を支配する。
たとえ、以前見た事のある――そう。あのネイティブアルターであるカズマのように。
憎たらしく思うほどに、諦めの悪い瞳をレッドが自分に向けていたとしてもだ。

止めを刺そうとゆっくり拳銃を構え直す無常。
だが、直ぐには発砲しない、出来はしない。
丁度装填していた六発全てを撃ち尽くしたらしく、シリンダーには弾丸は一発も込められていなかったから。
少し、不機嫌そうな表情を浮かべるが無常は余裕を持って弾丸の補充作業を始める。
だが、その時無常は気づかなかった。
レッドが何かを決心したような瞳を覗かせながら、腰のベルトの方へ手を持っていくのを。
やがてレッドの右腕に握られたものが一つ。

それはモンスターボールと呼ばれるものであった。

◇  ◆  ◇

身に着けていた衣服以外、レッドは全ての持ち物を没収されていた。
それはレッドだけに限った事ではないのだろう。
そのために支給品という名目で様々な武器が参加者に配られているのだから。
そして無常に拳銃が支給されたようにレッドにも支給品は当然ある。

(ごめんな……結局、お前に頼るコトになりそうだ。本当に……ごめん……!)

慣れ親しんだ感触が、自分が握っているものがモンスターボールである事を裏付ける。
このモンスターボールが支給された時は、何故このポケモンが居るのかと疑問に思った。
普通では有り得ない……こんな場所に居るわけがない筈なのに。
疑問を解くよりも、何よりもレッドはこのモンスターボールは軽々しく扱わない事に決めた。
何もポケモンが嫌いになったわけでもなく、そんな事がある筈もない。
だが、レッドはこの場でポケモンを使うのはどうにも抵抗があった。
名簿を見る限り、恐らくこの場で自分を襲ってくるかもしれない相手は生身の人間の可能性が強い。
人間相手にポケモンを闘わせる事が酷く、自分勝手な事に思えたから。

(絶対に無理はさせないから……今だけは力を借してくれ!)

オツキミ山でポケモンを悪用し、他人のポケモンを勝手に弄び、挙句の果てにはポケモンを改造していたロケット団。
自分の命を守るためとはいえども、生身の人間相手にポケモンを使っては彼らと同じではないかとふと考えてしまう。
ポケモン同士を競い合わせる趣旨から外れた闘いなんて……ポケモンバトルとはいえない。
そんなものに大切な仲間達をみすみす曝け出すのは嫌だった。
そう。目の前に居る男は拳銃を持っており、ポケモンでも銃弾を受ければ致命傷と成り得るかもしれない。
最悪な光景が浮かぶ度に必死に忘れようとするが、それは残像となりしつこく脳裏にこびりつく。
疑問や恐れが入り乱れ、決断を鈍らせたが結局レッドは今だけでも力を借りる事を決めた。
目の前の男――無常をこのまま放って置くのはとても危険な事だと思えたから。

そしてレッドは立ち上がり、後方へ素早く飛び退き、右腕を揮った。
右腕から飛び出したモンスターボールが半月を描くように宙を舞い、やがて重力に引かれて――展開する。
小さな爆弾が爆発したかのように、周囲へ煙や光りのようなものを放散しながら。


「行けええええええ! フッシーッ!!」

現れるものは異形のもの、人間では有らざるもの
四足歩行の型を取り、緑の体躯、背中には大きな種のような物体を背負ったポケモン。
此処に連れてこられるまでに一度目の進化を終えていたのだが、何故か進化前の姿をしている。
その事についてレッドの疑問が解ける事はなかったが、今はそれどころではない。
レッドの叫びに答えるかのように、フシギダネが彼と無常の間を割って入るように現れ、彼に怒りを込めて睨みつける。
その敵対心に塗れた視線を受け、一瞬驚いたような表情を見せたが、直ぐに今まで通りの余裕が戻った。

「これは少し驚きました! ですが、やっと面白くなってきた……というコトですかねぇ!」

銃弾をすべて補充し終えた無常が嬉しそうに言葉を並べる。
飛び退かれたせいで空いてしまった距離を詰めて、無常が腕を突き出し、照準を凝らす。
それはまた、奇しくもフシギダネが動き出したのと同じ瞬間でもあった。

◇  ◆  ◇

「フッシー! つるのムチだ!」

撃鉄を引き、トリガーを引き絞り、無常が捻り出した銃弾。
その銃弾に応じる様に、レッドはフシギダネへ指示を送る。
そう。フシギダネの背中から蔦が延び。まさに鞭の如くのしなりによって迫り来るものを叩き落す。
レッドのポケモンバトル――ポケモンに対する指示のセンス、そしてフシギダネの技量が重なる事でそのような芸当を可能にさせる。
しかし、レッドの表情には余裕と呼べるものは微塵もない。
二番目に長い付き合いであるフシギダネが自分の傍に居るというのに。
レッドは今まで経験した事のない差を、圧倒的な力の差を感じていた。

「アーッハハハハハハハハハ! 弱い、なんて脆弱な技でしょうか! そんなもので私に勝とうとは思っていませんよね!
ええ! 思っているはずが……ありませんよねえええええええええええッ!?」

銃弾を弾き飛ばし、無常の身体を捉えようとしたつるのムチを彼は器用に避ける。
その動きは一切の無駄はなく、少なくともレッドを銃弾で追い詰めていた時とは異質なもの。
そろそろレッドの相手に飽きたのだろうか。
無常は少しずつ自分の力を引き出し、レッドを嘲る様に一気に距離を詰める。
伸びきったつるのムチを直ぐに引き戻すには圧倒的に時間が足りない。
まさにがら空きになったレッドとフシギダネ。
少し不安げな表情を浮かべながら、次の指示を待つかのようにフシギダネはレッドの方へ振り向く。

「だったらこれだ! フッシー……ねむり粉!!」

頷くような素振りを見せ、フシギダネは背中から小さな種を飛ばす。
無常は少しだけ身体を逸らし、自分へ向けて飛ばされたその種から身を避ける。
だが、レッドの目的は無常に命中させる事ではない。
無常の直ぐ横を通り過ぎていくと思われた種が突如、粒子のような粉を撒き散らし辺りに四散する。

「んんッ!? なんですかーこれは!?」

その粉はレッドが叫んだ通り、眠気を誘う特殊な効果を持ちうる。
草系の、植物ポケモンが得意とする技の一つであるねむり粉。
並みのポケモンなら一瞬で深い眠りに陥らせる事は容易い。
事実、無常の動きにも鈍さが見え始めた。
だが、結局のところそれは所詮ポケモンバトルで用いる技。
精製と呼ばれる処理を受けて、アルター能力を強化された無常を沈黙させるのには至らなかった。

「ですが! そんな子供だましは無駄無駄無駄無駄……無駄なのでええええええす!!」

一瞬だけ動きが鈍くなりはしたが、無常の動きは止まらない。
拳銃を用いないのは弾切れか、単なる彼自身の気まぐれかはわからない。
レッドにとって重要な事実は自分を殺そうとする人物が確実に近づいている事のみ。
あと、数秒間何もしなければきっとレッドは黄泉の世界へ連れて行かれる事だろう。
今更、無常が見逃す事も考えにくいのだから。
その事はこの場に居る全員、フシギダネですらも認識していた。

そう。だから……レッドはいつまでも沈黙を貫くつもりは毛頭なかった。

「待ってたぜ! あんたが少しでも、体勢を崩してくれるのを! フッシー――――そこだああああああッ!!」

突如、無常の足元から何かがせり上がる。
大きくはない、太くもない、あまり脅威も感じない。
だが、それ以上に見た目とは裏腹にそれは溢れ出る力強さを周囲へ見せつけていた。
地面を覆う土から飛び出した一本の鞭のような物体。
先程、無常に向けて飛ばしあっけなく避けられたつるのムチが突如として地面から湧き出す。
咄嗟の事で反応出来なかった無常の身体につるのムチが何度も絡み付き、やがて雁字搦めにして彼の動きを封じた。
拘束から逃れようと無常は四肢に力を入れるが、どうにも抜け出る事は出来ない。

「やりい! 見たか、サングラスのおじさん! ありがとな、フッシー……ふぅ」

フッシーの頭を撫でてやり、レッドは安堵の溜息をつく。
後方へ飛ばしたつるのムチを無常に気づかれる事なく銃弾が撃ち込まれた事で少し穴が開いた地面へ潜りこませていたレッド。
勿論、つるのムチは出来るだけ目立たぬように地面を這う様に忍ばせていたが、それでも気づかれる可能性は十分にあった。
そのため、ねむり粉を放ち、視線を下に存在するつるのムチから放す様に誘導していた。
目論見は取り敢えずの成功を収め、レッドは再度、無常が眠りに陥るまでねむり粉を撃つようにフシギダネに命令しようとする。

だが、その考えは……甘すぎた。

「素晴らしい! 瞬殺を心がけていたというのに此処まで抵抗してくれるとは、全く持って素晴らしく……無意味な事ですよおおおおおおおおおッ!!
ハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!!」

それは演技だったのだろう。
無常はいとも簡単に自由を勝ち取り、レッドにとても嬉しそうな笑みを見せて突撃する。
フシギダネを撫でるために、少し身を屈めていたレッドは直ぐには動けない。
只、自分に向かって走ってくる無常を――右腕が漆黒の奇妙な形に変えた無常がやけにスローな動きで向かってくるのが目に見えた。
フシギダネがレッドを守るように飛び出すが、あっけなく振り払われ、横へ飛んでゆく。
思わず叫び声を上げ、フシギダネをモンスターボールに戻すレッド。
だが、その過ぎ去った時間を利用し、無常は右腕をレッドに突き立てた。
融合装着型アルターであり、ドリル状の右腕――

「お終いです。ブラック・ジョーカー!」

ブラック・ジョーカーが左肩に突き刺さり、肉を裂き、鮮血を噴出し、やがて骨へ到達し――レッドはその場から吹き飛ばされた。
今までポケモンの攻撃を直に貰った事はあるが、比べ物にならない衝撃。
それもその筈、無常のアルターはアルターの中でも特別であり、その力は強大そのもの。
所詮異能を持たないレッドには超える事は困難な壁だったに違いない。

「ふふん! なかなか面白い道具でしたね。なーらーば! これは私が預かっておきましょう!
なーに心配する事はありません、私が最後まで有効に活用しますので!」

フシギダネのモンスターボールを回収し、無常は口を開く。
既に言葉を発する気力もないレッドは何も反応を見せない。
いや、確かに最もな事ではあるがそれは無常の思い込みであった。
ピクリとレッドの身体が反応し、やがてその動きは大きくなる。
うつ伏せに倒れたレッドは苦しそうに身体を震わせながら、無常を見上げた。

「間違えるなよ……フッシーはポケモンだ……!」
「ああ、これは失礼いたしました。ポケモンという道具めを――」
「違う! フッシーは……ポケモンは道具なんかじゃねえッ!!」

左肩から赤い雫を垂らしながらありったけの力を振り絞り、レッドが叫ぶ。
その大声に無常はさも煩そうな表情を見せて、サングラス越しに哀れな少年を見つめた。
未だ諦めというものを感じていないような目つき。
気に入らない……その目を見るだけで反吐が出る程無性に腹立たしい感情が無常を支配する。

「確かにお前のように悪い奴らに使われちまうポケモンだって居る……けど! 俺達、トレーナーがいつも正しい、優しい気持ちで育てれば友達でいてくれるんだ!
だから……お前みたいな奴に、フッシーを渡してたまるかあああああああッ!!」

気に入らない叫びが周囲へ木霊する。
深夜の森林地帯……その声はどこまで届くのだろうか。
レッドのポケモンに対する信条をこの場で聞いた人間は無常只一人……それはわからない。

「あー……ハイハイ。よーくわかりましたのでそろそろ死んでくださいな」

そしてレッドの叫びを軽く流して無常は更に詰め寄る。
明らかに興味がなさそうな素振りと言動。
隠す必要性もある筈もなく、無常は哀れめいたような視線をレッドへ送り、やがて両の口各を吊り上げる。
同時に動かしたものは右腕。
握られしものは当然、幾度なくレッドへ向けて発砲された一丁の銃。
カートリッジに装填された銃弾は充分。
既に殆ど動けないレッドに直撃を齎す事は困難な事ではない。
そう。無常がトリガーを引いてしまえばそれでレッドは終わるのだ。
そしてこの状況で無常が取るべき行動はたった一つ。

「ゲーム終了ですよ!」

一切の躊躇いもなく引き金に力を込めて、やっと立ち上がったレッドに向けて銃弾が飛んでゆく。
続けて二回目、三回目の銃声が響く。
駄目押しの銃撃というわけか、無常は計三発の弾丸を撃ち飛ばした。
フシギダネは既に無常の手の中。
デイバックの中から新たな道具を取り出す時間はなく、そもそも何が入っているかもしっかりと確認していない。
まさに万策尽きた状況の中、レッドの全身に悪寒が走り、確かな恐怖が彼を襲う。


(ちくしょう……ここまでか…………)

情けない話だと思う。
ポケモンリーグに優勝したとはいえども、こんなところで終わってしまうのだろうか。
未だ、自分がやりたい事はあの世界に……ポケモン達が住むあの世界に残っているというのに。
独りよがりな男の暴力に屈するしかないのか。
所詮、ポケモンがなければ自分は無力な人間だったのか。
異を唱えたくても、両の脚が動こうとはしない。
痛みと恐怖で竦んでしまい、一歩も踏み出せない。
そんな事をレッド苦渋の表情を浮かべて、左肩を抑えながら考えていた。

そんな時、レッドの側方で何かが動いた。
森での移動に慣れているせいか風のように素早く、それは一直線にレッドの元へ走り寄る。
そして――

「危ない! レッドさん!!」

只、持ちうる全ての力でレッドを勢い良く突き飛ばす。
碌な抵抗も出来ずレッドはされるがままにその場から弾き飛ばされた。
崩れ行く体勢の中、レッドは無理やりに頭を動かし、視線を飛ばす。
自分を突き飛ばした者――助けてくれた者が一体誰なのか。
未だ名簿を見ていないが自分の名前を知る人間とは一体誰なのか。
そして……何故ここまでやってくれるのか。
その答えを知るために、レッドが振り向いた先には小金色の髪をした少年が見えた。
一瞬では思い出せない。
けど、何処かで出会ったような顔に向けて、レッドは――

「逃げろおおおおおおおおおおおおおおおおッ!!」

声帯を震わせ、出来る限りの大声を上げてその少年に警告を送る。
だが、その少年はどこか諦めに似たような表情を見せていた。
心配しないで……まるでそんな事を言っているかのように。
そう。少年――少女は飛び出していた時から悟っていたから。
自分には銃弾を弾く術はない……という事をしっかりと。
だが、少女は飛び出す事を即座に決断した。
理由は簡単。
何故なら彼女は……イエローはレッドの力になりたかったから。
それ以外の理由はなかった。

「レッドさん…………」

やがて、一発、二発、三発……それぞれイエローの右胸、左肩、左脇腹に銃弾がめり込む。
その光景をレッドは只、絶叫を上げて見つめることしか出来なかった。
ゆっくりと前のめりに倒れてゆくイエローの身体を受け止める事も出来ずに。

「滑稽ですねぇ、滑稽すぎて涙が出そうな程にねぇ! この無常矜持……感動いたしました!!」

只、無常の言葉が響く中、イエローの身体はゆっくりと倒れ伏した。


◇  ◆  ◇


「さて、少し時間を喰いましたが、先を急ぐとしましょうか」

二人分のデイバックを担ぎ、無常が地を踏みしめて歩く。
イエローに銃弾を叩き込んだ後、次の標的をレッドに定めようとした無常。
だが、最早対抗手段などないレッドを只殺すのも面白くはないとふと思った。
どうせ、“向こう側”の力を得た自分のアルターに敵うものなど居ないだろう。
ならば、ここでレッドを殺しても殺さなくても自分の状況には特にさしたる影響はない。
此処で逃がせばきっとレッドはいつか自分に反撃を加えてくる可能性は高い。
普通であるならば、自分に対する反逆の芽は奪うべきと考えるのが常套な筈。

「ですが、それでは芸がありませんでしたしねぇ~。それにあのレッドいう少年はどうやら私よりもあの子の方に注意がいっていたようでしたし、ハイハイ。
また今度というのも面白いでしょう」

だが、無常は敢えてレッドを見逃し、別の場所へ向かう事にした。
それにレッドからポケモンという手駒も手に入れ、デイバックも一つ奪ってある。
二つ奪わなかったのは単に持ち物が嵩張ると思い、それ以上にアルターがあるのにそこまで支給品は要らないと思ったのかもしれない。
全ては自分が持つ力への絶大的な自信が成せる行為。
恐怖など微塵も感じない様子を浮かべながら、無常は歩き続ける。

「カズマ、劉鳳、そしてストレイト・クーガー……この三人は始末するべきですねぇ。ああ、あと橘あすかも居ましたか……まあ一応彼も加えておきましょうかね。
ええ、楽しみですねぇ。彼らや未だ私の知らない方々に出会うのが……」

この殺し合いを存分に楽しみながら、上機嫌な状態を保ちながら。



【C-5 南部/一日目 深夜】
【無常矜持@スクライド(アニメ版)】
【装備】:ハンドガン@現実 予備段数×24
【所持品】:基本支給品一式×2、不明支給品0~4個(未確認)フシギダネ(モンスターボール)
【状態】:健康
【思考・行動】
 1:殺し合いで優勝する
 2:カズマ、劉鳳、クーガー、あすかの始末
3:レッドと麦藁帽子の少年(イエロー)とはまた会いたい 
【備考】
※ポケモンは一度モンスターボールから出し、10分が経過すると強制的にボールへ戻ります。再び使用するには2時間の経過が必要です。
また、基本的にはボールの持ち主の指示に従います
※何処へ向かうかは次の書き手さんにお任せします。




散在する木々を踏み潰し、レッドは全力で走り抜ける。
右肩に下げたものはデイバック。
そして背中に背負っているのはイエロー。
打ち身や擦り傷の応急処置はそれなりに出来るが流石に拳銃による負傷を治癒する事はレッドには出来ない。
そのため、レッドはイエローを病院へ連れて行こうと負傷した身体に鞭を打って走っていた。

「死なせてたまるもんか……俺のせいでこんな目にあったんだ。死なせてたまるかよ!!」

背中越しに生温い感触が走るのを感じ、レッドは更に速度を速めようと脚を動かす。
病院にいけば何か治療用の道具が置いてあるかもしれない。
そう信じ、イエローがもう少しだけ頑張ってくれる事を祈りながらレッドは駆け抜ける。

「ッ! しまった!」

だが、突如としてレッドの身体が下方へ大きく傾く。
時刻は深夜であり視界は良くなく、体調も万全の筈がない。
加えて人一人を背負っている事もあり、レッドはいとも容易く前へ倒れこむ羽目となる。
地面に手をついて危険を避けるよりも、レッドは咄嗟に身を捻ってイエローを庇うように彼女の身体を抱きしめた。
やがてレッドの背中が地面に叩きつけられ、数十センチ程彼らの身体は滑るようにその場を駆けてゆく。
次第に勢いは無くなり、二人の身体はやっとのこと動きを止めた。
レッドの背中には新たな擦り傷が生まれる事になったが、イエローの身体に新たな外傷はない。
その事に安心するレッドだが、立ち上がるために身体を動かそうとする。
一刻も早く、この子の命を救える事をしないと――
胸に秘めた想いは未だ健在であり、レッドに諦めるという選択肢はなかった。
土を握る手に思わず必要以上の力が入るが、気にする様子も見られはしない。
只、自分の身を投げ打ってでも助けなければならないという思いの下レッドは行動を再び開始し始めようとする。
だが、そんな時レッドの手に触れるものがあった。

「レッドさん……もういいです、もう大丈夫ですから…………」
「なっ! そんなコト……」

固く握り締めたレッドの手の上にイエローが小さな手を乗せる。
言葉と共にレッドへ向けるものは笑顔。
身体へ沈み込んだ痛みに必死に耐えながら、笑顔を繕うイエローはどこか痛々しいものがあり、それは同時に深い悲しみを味あわせるもの。
その事は本人もわかっているだろう。
だが、イエローは精一杯の笑顔を向け、その瞳にはボロボロになっていくレッドを気遣う優しさが見て取れた。
イエローの優しさに触れ、レッドの口からそれ以上言葉が出てこない。
ただただ、両の手でイエローの手を強く握り締める事しか出来なかった。

「レッドさん、僕嬉しいんです……やっとレッドさんの力になれた……そう考えると、何だか嬉しくて……本当に嬉しくて…………」

ポツリポツリとイエローは呟く。
その言葉には嘘偽りはない。
本心からの想いを只、言葉に換えてイエローはレッドへ伝える。
あの日、自分に新しい世界を見せてくれたレッドへ――

「だから良いんです……僕もレッドさんみたいなポケモン……トレーナーになりたかった……それでも……意味はありました……。
だって、レッドさんは……優しいレッドさんのままだったから…………全然悔しくなんてない…………」


無常へ向けて言い放ったレッドの言葉。
ポケモンに対する想いは奇しくも以前――二人にとって二年前にレッドがイエローに言い聞かせたものと同じような内容のもの。
何も変わりはしない、憧れの存在であるレッドが目の前で危険な目に合っている。
それを認識した時、イエローの身体は只、前へ走り抜けた。
思考に掛けた時間は果たしてあったのかもわからない。
しかし、そんな事はイエローにとって今更どうでも良くなってきていた。
目の前に少し身体中が傷だらけだけどレッドが無事な姿を見せている。
それだけでイエローは満足だったから。
だが、レッドの方は納得がいかなかった。

「どうしてだ……どうして君は俺のためにそこまで! 一体――君は誰なんだ!?」

思わず言葉に出たレッドの疑問。
こんな“少年”の知り合いは居ないとレッドは心の底で思う。
レッドは未だに目の前の人物が誰か思い出せなかった。
そんな言葉を受けて、イエローは一瞬悲しそうな笑顔を見せるが――やがて彼女は軽く頭を振った。
なけなしの力を振り絞って……ほんの少しだけ、麦藁帽子が頭からずれ落ちるくらいに。

そう。やがてイエローの麦藁帽子は力なく大地へ落ち、綺麗なポニーテルがレッドの視界へ映った。

「ッ! き、君は……」

レッドには覚えがあった。
ポケモンリーグで優勝する前に立ち寄ったトキワの森。
其処で一人の少女を助け、ポケモンの楽しさ、そして素晴らしさを教えた事を。
幼い少女と出会いを果たしたという事を――
レッドは目の前の少年があの時の少女である事を遂に理解した。
だが、それは……残酷な事だが遅すぎた。


「覚えててもらって……嬉しいです…………僕は、イエロー……デ……トキワ……グローブは……幸せでし……た………………」


既に事切れる寸前だろう。
イエローの身体から段々と力が抜け、声も確実に小さくなってゆく。
最後に噛み締めた嬉しさに気が抜けて……イエローは手放し始めたのかもしれない。
自分を取り巻く全てのものに、ポケモン達が居たあの世界に。
お別れを言う時が来たのだと悟ったのかもしれない。


「死ぬな……お願いだから、死なないでくれ……イエロオオオオオオオオオオオオッ!!」


レッドが涙を流しながら、強く叫ぶ。
ありったけの……全ての想いを注ぎ込んで、イエローを勇気づける。
しかし、それは所詮無駄な事に過ぎない。
そう。全てが遅すぎたのだから……だが、それは全くの無駄ではない。
少しだけ、ほんの少しだけその言葉は齎した。


イエローに最後の言葉を言う力を。


「レッドさ……ん…………ま……た会えて…………良かった…………………」


両の瞳から涙を流しながら、イエローが最期の力を振り絞る。
その涙は自分の境遇への悲しみのせいだろうか。
否、きっとそれは違う。
イエローは只、純粋に嬉しかったに違いない。
自分の名前を大声で叫んでくれたレッドが……以前よりもとても近い存在に感じたのだから。
やがて言葉が終わると共に、イエローの手がレッドの両手から滑り落ちる。
その瞬間、レッドは悟った。
目の前の少女が……自分を救ってくれたイエローが短い生を終えた事を。


「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおッ!!」


レッドは慟哭し、イエローの死を悲しむ事しか出来なかった。
只、完全に力が抜け切ったイエローの冷たい手を握り締めて――

レッドは悲しみに暮れていた。


【イエロー・デ・トキワグローブ@ポケットモンスターSPECIAL 死亡確認】


【D-5 中部/一日目 深夜】
【レッド@ポケットモンスターSPECIAL】
【装備】:なし
【所持品】:基本支給品一式、不明支給品1~3個(未確認)
【状態】:深い悲しみ、疲労大 背中に擦り傷、左肩から出血
【思考・行動】
 1:殺し合いを止める
 2:絶対に無常からフシギダネと取り戻す  
【備考】
※未だ名簿は見ていません
※参戦時期はポケモンリーグ優勝後、シバの挑戦を受ける前です(原作三巻)
※何処へ向かうかは次の書き手さんにお任せします。
※フシギダネが何故進化前か気になっています


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GAME START 無常矜持 Testament of circle
GAME START イエロー・デ・トキワグローブ 死亡
GAME START レッド 死-Death-



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最終更新:2012年11月26日 23:58