地獄への道 ◆b8v2QbKrCM
橋の袂、川の岸。
河を流れる水の音だけが響く静かな空間。
青々と茂った広葉樹の木陰に、
ハクオロはひとり腰を落としていた。
太い幹に背を預け、低い声で呟く。
また喪ってしまった――
「私は……!」
なんと無力なのだろうか。
ただひたすら喪い続けるばかりで、誰一人として護れない。
大切な人も。
大事な家族も。
自分を信じてくれた少女も。
ハクオロが護りたいと願った者達が、次々と掌からこぼれていく。
悔悟の念は尽きることなく湧き上がる。
広い会場のせいで再会を果たせず、そのために護ることができなかったというなら救いはある。
しかし実態はどうだ。
トウカに護られ、魅音に護られ、そして二人を喪った。
自分がもっと上手く立ち回れてさえいれば、二人は死なずに済んだのではないか。
せめて二人だけでも護ることができたのではないか。
思考の隅に根拠のない仮定が浮かぶ。
それは後悔を糧に際限なく膨らんでいき、ハクオロの心を内側から責め立てていく。
ここで、仕方がなかったのだと開き直ることが、ハクオロという男にはできなかった。
あのとき、ああしていれば。
もっと力があれば。
――自分さえいなければ。
「駄目だ、それだけは」
ハクオロは頭を振って、脳裏に過ぎった考えを振り払う。
全てを投げ出してしまえば、悩み苦しむこともないだろう。
だがそれだけはできない。
この地に唯一残った家族――
アルルゥ。
彼女は今もどこかで助けを待っているに違いない。
それなのに、身勝手な逃避など選べるものか。
ハクオロは地面に突いていた右手を握り締めた。
土と雑草が指で掘り起こされ、拳の中へと押し込められていく。
手先の動きに引き寄せられるように、肩の傷が疼痛を訴える。
だがそんなものは気にならない。
心を引き裂くこの痛みと比べれば、無いも同然の痛覚だ。
「アルルゥだけは……」
――ハクオロは決意する。
どんな手を使ってでもアルルゥを護る。
それが己に架せられた使命であると――
「……この身に代えても……!」
遠くから足音が近付いてくる。
かなりの大股で、重量を感じさせる歩調。
ハクオロは拳を解き、足音の方へ顔を向けた。
「イスカンダル殿か。どうでしたか」
「辺りには誰もおらんな。こそこそ隠れとる様子もない」
イスカンダルはハクオロと同じ木陰に入り、そこで足を止めた。
傷を負って動きの鈍ったハクオロに代わって、イスカンダルは歩哨の真似事を買って出てくれていた。
彼が言うには、サーヴァントの卓越した視力を以ってすれば、辺り一体を隈なく見渡すのも容易いのだという。
さすがに透視のようなことまでは出来ないらしいが、人間の枠組みを越えた視力だけでも充分過ぎるほどに有用だ。
――サーヴァント。
イスカンダルからその奇跡について聞き及んだ際、ハクオロは耳を疑わずにはいられなかった。
偉大なる功績を残し、信仰の対象となった英雄。
『世界』なるものと契約し、力の代わりに死後を売り渡した者。
そうした者達は、死んだ後に英霊と呼ばれる霊的存在となり、時間と世界を超越して存在し続けるのだという。
サーヴァントとは、本来なら人間には御し得ない高位の霊である英霊が、条件付で召喚され使役されるときの姿。
その条件とは、ありとあらゆる願いを叶える万能の願望器――聖杯を巡る戦いへの参加権。
イスカンダルが口にした英雄の名は、イスカンダル本人も含めて、ハクオロの知識の中には無いものばかりであった。
だが、ハクオロにはそれよりもずっと気に掛かることがあった。
サーヴァントのような存在を召喚できる秘法。
万能の願望器、聖杯。
それらが実在するというのなら、ギラーミンのいうことも与太話では済まされなくなってくる。
最初に聖杯について聞いたときは、ハクオロも半信半疑であった。
しかし、ここまで詳細に語られてしまうと、流石に信じざるを得なくなってしまう。
「…………」
全ての願いを叶える方法は実在した。
もしかしたら、殺し合いがこうも急速に進んでいるのは、それの存在を知っていた者が多くいたからではないか。
イスカンダルが、自分以外にここにいる唯一のサーヴァントだと言う、アーチャー。
……そして、衛宮。
不意に、ハクオロの思考をとある疑念が過ぎる。
「イスカンダル殿……貴方はこの戦いに勝ち残り、何を願う……」
願いを叶えるために、自分以外の全員を犠牲にする――
聖杯戦争とこの殺し合いの間には妙な類似点がある。
だが、相違点も非常に多い。
その最たるものは動機だ。
イスカンダルからの伝聞だが、聖杯戦争はマスターもサーヴァントも、聖杯を必要とする者だけが選ばれるという。
願いの内容は人それぞれなのだろうが、願いを持っているということは共通しているはずだ。
対して、この殺し合いに望んで身を投じたものは誰もいない。
ギラーミンが提示した褒美に釣られて集まった者達の殺し合いとは断じて異なる。
願いを叶えられると言われても、最初から託す願いを持っているとは限らない。
その中の数少ない例外が、聖杯戦争の参加者達であるとハクオロは考えた。
「失礼な問いだとは分かっている。しかし……」
サーヴァントは聖杯という願望器を求めて召喚される。
それはつまり、イスカンダルも聖杯に託す願いを持っているということだ。
願望器を巡り殺し合った者達が、果たしてこの場における殺し合いを厭うだろうか。
だが、イスカンダルは返答の代わりに豪快な笑いを返してきた。
「願うことなど何もない。
余が聖杯に託さんとした願いは既に実現しておるからな。
見ろ、この身体を。霊体であればこんな傷はそうそうつかんぞ。
マスターからの魔力供給も必要にならんようだしな」
嬉しそうに口の端を上げるイスカンダル。
傷だらけの肉体は、いつの間にか出血が止まっていて、乾きかけの生傷を晒している。
ハクオロは、この信じがたい回復力もまたサーヴァントが特別たる所以なのだと思っていた。
しかしイスカンダルの主張を聞く限りでは、本来はもっと傷つきにくい代物であるらしい。
――この男は弱体化を喜んでいるのか?
ハクオロは一瞬だけ疑念に視線を険しくしたが、すぐに力を抜いた。
「確かに、戒めから解放されたのは喜ぶべきことだな」
「ん? いやぁ、それは別にどうでもいいんだが」
マスターによる束縛からの解放。
イスカンダルはそれを喜んでいるのだと、ハクオロは考えた。
だが、返答は否定。
いよいよ混乱の色を強めるハクオロに、イスカンダルは訥々と語る。
「サーヴァントと言ってもな、所詮は一時の客人(まれびと)よ。
地を踏む脚も、手綱を持つ腕も、魔力で模られた作り物に過ぎん。
ならば最初に望むべきは確固たる肉体に決まっておる。
それさえあれば、他の望みは自力で叶えりゃいい」
それに余のマスターは気持ちのいい奴であったぞ、と笑顔で付け加える。
ハクオロは納得と疑問の入り混じった感情を抱えたまま、傍らの大男から視線を外した。
とりあえず、イスカンダルには誰かを殺めてまで唯一の勝ち残りを狙う動機がないということは確認できた。
しかし、一つの疑念が晴れると同時に、また別の疑問が浮かび上がってくる。
「どうした?」
「いや……聖杯戦争では、サーヴァントだけでなくマスターも願いを叶えられるのだろう?
あの男はどんな願いを抱いていたんだろうな、と思っただけだ」
声色は落ち着いている風であったが、内心では酷く震えていた。
衛宮という男が何を願って殺し合いに身を投じたのか。
あの雷を操る少女は、人を殺めることに慣れていない様子であった。
そんな少女に慕われていた男が、どうして。
もしも、本来は戦いなど望まないが悲痛な理由で止む無く……とでも答えられれば、この男を殺めた理由が瓦解する。
そうなればハクオロは自分の行為の重大さに押し潰されてしまうかもしれない。
ここで、仕方がなかったのだと開き直ることが、ハクオロという男にはできなかった。
皮肉なことに。
『積極的に殺し合いに関わっているかもしれない』から殺したはずが、
『積極的に殺し合いに関わっていたのでなければ』正当化できなくなっていたのだ。
ハクオロの恐れなど気付きもしていないかのように、イスカンダルはふむと顎鬚を撫でた。
衛宮の死は、先ほどイスカンダルも確認していた。
きっとハクオロの思惑通り、自然に力尽きたのだと思っているはずだ。
「分からん。他のマスターには殆ど出会わなんだからな。
ランサーのマスターの声を聞いたのが一度、セイバーのマスターと顔を合わせたのが二度、それが全部だ。
あの男の願いなど見当もつかん」
「そうか……」
ハクオロは短く息を吐いた。
それが安堵の溜息であったことに、果たしてハクオロ以外の誰が気付けたのか。
二人の会話が途切れるや否や、奇妙な静寂が辺りを包み込んだ。
川面に跳ねる魚も囀る小鳥もいない、非自然的な静けさ。
唯一、青い葉を茂らせた枝が小刻みに揺れて、漣のような音を立てている。
「今度はこちらからひとつ訊ねて良いか」
沈黙を破ったのはイスカンダルだった。
ハクオロはすぐに首肯した。
しばらくこちらからの質問が続いたのだから、次は相手に訊ねる権利があるのは当然だ。
イスカンダルは少し間を置いて、抑揚を抑えた声で問いかける。
「ハクオロよ――何故あの男を殺した」
心臓が、高鳴る。
見られていないはずだ。
気付かれていないはずだ。
それなのに、どうして……!
「あ……」
手が震えているのが分かる。
今口を開けば、声もきっと震えているだろう。
だが、何かしらの返答を返さなければならない。
沈黙を通すということは、肯定以外の何物でもないのだから。
「い……一体何を言っているんだ……」
「刺さっておったものが独りでに沈んでいったとでも言うのか?
余は貴様を糾弾するつもりなどない。その理由を聞いておきたいだけだ」
そうして、一拍置いて、
「貴様を仲間に加えるかどうか決めるためにな」
「……私は」
ハクオロは目線を伏せた。
糾弾するつもりはないという言葉に偽りはないだろう。
ならば、ここで嘘をつく意味はない。
「部下が……家族がいたんだ。
だが、みんな殺されていった……」
ハクオロの独白を、イスカンダルは静かに聞いていた。
その表情は、顔を伏せたハクオロからは窺えない。
「
ベナウィとカルラは死んだという事実だけを聞かされた。
トウカは私の手で死なせたようなものだ……!」
独白は続く。
聞き手の存在など忘れたように、心の内を吐き散らしていく。
「武人が命を落とすのは当然の因果かもしれない……だが!
何故だ! 何故
エルルゥまでが!」
右の拳を握り締める。
止め処ない怒り、そして悲しみ。
もしここに魅音がいれば、ハクオロはこうも感情を吐露しなかっただろう。
私情を抑え、魅音を気遣いもしただろう。
だがその少女はもういない。
ハクオロの目の前で、静かに息を引き取ったのだから。
「……すまない、取り乱した」
深く息を吸い、そして吐き出す。
右手に視線を落とせば、掌を汚す泥の中に、濁った血が混ざっている気がした。
「だが、それが理由だ。あの男が私の家族を殺したかもしれない……殺してしまうかもしれない……。
たった一人残った家族まで……アルルゥまで!
そう思ったから殺したのだ。偽りなどない……それだけだ」
もうこれ以上、大切な人を喪いたくない。
それは皇としてではなく、人としての切なる願い。
イスカンダルはハクオロの独白を黙って聞いていたが、やおら歩き出すと、木陰の外へ出て行った。
そして赤毛の頭を大仰に掻いた。
「確かに我らは仲間を集めておるが、それと同時にもうひとつ別のことをやっとるのだ。
有り体に言えば、殺し合いに乗ったものを倒すことなんだが――」
そこで一旦言葉を切り、ハクオロに向き直る。
「ハクオロよ、余は貴様をどう処するべきなのだろうな」
ざぁ、と風が吹き抜ける。
梢が揺らぎ、緑の葉が旋風を描いて散っていく。
「……問われるまでもない」
ハクオロは立ち上がり、イスカンダルの目を見据えた。
地獄へ落ちる覚悟は決めていたはずだ。
この期に及んで、何を迷うことがあるというのか。
即座に斃されないだけ感謝をしてもいいほどだ。
「貴方達と道を同じくする資格など、私にはない」
衛宮を殺した自分が、衛宮を助けたいと願った
レッドと轡を並べられるはずがない。
ましてや、レッドはあの少女をも救おうとしているのだ。
万に一つそれが叶ったとして、どんな態度で少女に会えばいいというのか。
きっと、イスカンダルには感謝すべきなのだろう。
もし彼に看破されなければ、自分は何食わぬ顔で誘いを受けていたかもしれない。
そんな真似をしては死んでいった皆に合わせる顔がない。
「そうか」
イスカンダルは小さく頷いただけで、それ以上の追求はしなかった。
今はそれすらもありがたかった。
「助けて頂いたことには改めて礼を言う。
それと、レッドのこともお願いしたい……それでは」
ハクオロは軽く頭を下げ、自分の荷物を手に踵を返した。
たった半日の間に多くのものを喪いすぎた。
この上アルルゥまで死なせてしまうわけにはいかない。
何としても探し出し、護り抜いてみせる。
もしそれが叶わなければ――!
「ハクオロよ!」
イスカンダルのよく通る声が響き渡る。
「願望器を信じるな」
ハクオロは、足を止めた。
彼には人の心が読めるのか――そう思わずにはいられない。
もしアルルゥを喪えば、あるいは喪わずとも、最後の生き残りとなって皆を生き返らせれば。
そんな考えが脳裏を掠めたばかりだった。
ハクオロの応えを待たず、イスカンダルは言葉を繋ぐ。
「聖杯も、褒美として用意してあるという力とやらもそうだ。
誰もが血眼になっちゃあいるが、存在する保証はどこにもない」
ハクオロはイスカンダルに背を向けたままで、その語りを聞いていた。
聞き流して立ち去ってしまえればよかった。
だが、イスカンダルの言葉には、それを許さない威圧がある。
「それを忘れるなよ」
「……言われるまでもない!」
内心の焦りを隠し、ハクオロは歩き出した。
とにかく今はアルルゥを探すことだけを考えるのだ。
もしも、仮に、万が一……そんなことは全て後回しにすればいい。
天頂の太陽が、まるで地獄の底のように燃えていた。
【B-4 橋の袂(北岸)/一日目 日中】
【ハクオロ@うたわれるもの】
【装備】:なし
【所持品】:基本支給品一式×4、
コンテンダー・カスタム@Fate/Zero 、防災用ヘルメット、コンテンダーの弾薬箱(スプリングフィールド弾27/30) 、ロープ×2、消火器、防火服、
カッターナイフ、黒色火薬入りの袋、大型レンチ@BACCANO!、
ミュウツー細胞の注射器@ポケットモンスターSPECIAL、双眼鏡、医薬品多数、ライター、
起源弾@Fate/Zero(残り28発)、クチバの伝説の進化の石(炎、雷、氷)@ポケットモンスターSPECIAL、
空気ピストル@
ドラえもん メリルのハイスタンダード・デリンジャー(2/2)@トライガン・マキシマム 、排撃貝@ONE PIECE、
デリンジャーの残弾20 鉄パイプ爆弾×4、治癒符5枚@終わりのクロニクル
【状態】:右足と右肩に銃創(包帯処置、止血処置済み。ただし消毒なし)、左手首骨折
【思考・行動】
1:ギラーミンを倒す。
2:何としてもアルルゥを護り抜く。
3:もしそれが叶わなければ……?
4:ミュウツーに対して怒りの念。
【備考】
※クロコダイルの名前は知りません。
※クロコダイルの能力を少し理解しました。
※B-4の橋が美琴の超電磁砲によって完全に崩落しました。渡る事はまず不可能です。
※B-4木陰に
園崎魅音の死体が腕を組まされて横たわっています
※B-4橋崩落現場付近に、クロコダイルの首と胴に別れた死体があります。
※レッドの包帯は治療のために消費しました。
※聖杯戦争とサーヴァントについての情報を一通り得ました。
※どこへ向かうかは次の書き手にお任せします。
【ライダー(征服王イスカンダル)@Fate/Zero】
[状態]:魔力消費(小)、疲労(中)、全身に傷(小~中)および火傷(小)、出血中 腕に○印
[装備]:張維新の衣装とサングラス@BLACK LAGOON、包帯、スモーカー大佐の十手@ONE PIECE
[道具]:基本支給品一式×2、きせかえカメラ@ドラえもん きせかえカメラ用服装イラスト集
イリアス英語版、各作品世界の地図、拳銃の予備弾30発、ウシウシの実・野牛(モデル・バイソン)@ワンピース
[思考・状況]
1:バトルロワイアルで自らの軍勢で優勝。
2:レッドを待つ。
3:レッドを従え『ノルマ』を達成し、レナ達に自らの力を示す。
4:四次元ポケットとバイクを回収しに図書館へ戻りたい。
5:首輪を外すための手段を模索する。
6:有望な強者がいたら部下に勧誘する。
7:次の放送までに劇場へ向かう。
8:
アーチャー(ギルガメッシュ)、クロコダイルを警戒する。
【備考】
※ヤマハV-MAXセイバー仕様@Fate/Zeroは図書館入り口に停めてあります。
※四次元ポケット@ドラえもんは図書館の中に放置されています。
※原作ギルガメッシュ戦後よりの参戦です。
※臣下を引きつれ優勝しギラーミンと戦い勝利しようと考えています。
本当にライダーと臣下達のみ残った場合ギラーミンがそれを認めるかは不明です。
※レッド・レナ・チョッパー・グラハムの力を見極め改めて臣下にしようとしています。
※『○』同盟の仲間の情報を聞きました。
※自分は既に受肉させられているのではと考えています。
※ブケファラス召喚には制限でいつもより魔力を消費します
※アルルゥの存在を知りました。
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最終更新:2012年12月15日 06:45