ひとつ分の陽だまりに ひとつだけ残ってる ◆cGCM82Ip/k


 陽が、登り始めていた。
 周囲には大量のコンクリート、そして少量ではあるがあの砂の惑星では考えられない緑。
 暴力的なまでに渇いた空気など此処の世界には存在せず、瑞々しい豊潤な空気が全てを包み込んでいる。
 呼吸をするだけで肺が充足感に満たされる。
 視界を動かすだけで緑の木々が瞳を癒やしてくれた。
 これが地球。これが、あの惑星に住む誰もが求めているであろう世界。
 その真っ只中に男――リヴィオ・ザ・ダブルファングは居た。
 その平穏な光景とは裏腹に、ボロボロで満身創痍な身体を血に染めて、リヴィオが独りぼっちで歩いている。

「いてえ……な……」

 ポツリと零れた言葉。
 辺りは無人、もちろん言葉を返してくる人物は居ない。

「……いてえよなあ……」

 だがそれでも、リヴィオは口を動かし続ける。
 誰かからの返答を期待するかのように、呟きを止めない。
 静寂に支配された世界の中、一人ぼっちで言葉を吐き、そして自嘲的な笑みを浮かべる男。
 彼の歩行した後には、身体から零れ落ちた鮮血により、一筋の道が形成されていた。

「……いてえよ……本当にいてえよなあ、ラズロ……」

 誰も居ない空間へ言葉を紡ぎながら、リヴィオは進む。
 体を襲う予想以上のダメージに苦しみながらも、決して力尽きようとせず、身を隠せる場所を求めてさ迷い続ける。
 そして、その無茶な行軍が幸をそうしてか、ようやく彼は目的地の施設に辿り着いた。
 思わず零れるは安堵の溜め息。
 しかし、それも一瞬。視界の中に聳え立つ白色の施設を見上げ、リヴィオは決意に顔を引き締める。

「……大丈夫だ、絶対に守り抜く……俺自身を、そしてお前の身体も……」

 血塗れの身体を引きずり、リヴィオは歩き出す。
 この殺し合いに於ける出発点である施設―――病院へと、彼は欠片の迷いも見せず足を踏み入れた。



□ ■ □ ■



 破壊され尽くした玄関と無人のロビーを潜り、周囲に警戒を飛ばしながら進んでいく。
 視界に移る景色はあの時と何も変わっていない。
 敢えて変化点を挙げるならば、あの金髪の死体に死斑が浮かび上がっていた事だけ。
 それ以外に変化は見られない。
 数多の戦闘を乗り越えてきた彼と違い、この施設は比較的平穏な半日を過ごしていたのだろう。
 ふと視界の端に移った階段にリヴィオは接近し、そして階上へと登っていく。
 自動治癒能力を持つ彼に医療道具などは必要無い。
 だというのに、彼はこの施設を休息の場として選択した。
 最も近い施設であった神社をスルーし、病院へとわざわざ出向いたのだ。

 何故か?

 正直に言えば、そこに深い理由は無い。
 ただ、此処から始めたかったのだ。
 ラズロがバトルロワイアルを始めたこの場所から、彼は自分のバトルロワイアルを開始したかった。



「……此処で良いか……」

 病院に侵入してから数分後、リヴィオはようやく休息の場を選択し終える。
 それは手前と奥、その左右の四つにベッドが設置された病室。
 本来ならば重病や重傷を負った患者が、治療に専念する為に使用される部屋。
 リヴィオはその部屋の窓寄り右手側のベッドに腰掛け、小さく息を吐く。
 窓外に視線を送ると、そこには病院に備わった唯一の玄関が見える。
 この位置からならば、他の参加者が病院内に入ったとしても直ぐさま察知できる。
 また既に病院内に誰かが居り、もしこの病室に乗り込んできたとしても、迎撃も窓からの逃亡も可能。
 休息の場として最適とまでは云えないが、最低限の条件はクリアしている。
 後は彼自身が警戒を怠らなければ、どうとでもなる環境だ。

「……ラズロ……」

 身体を休めつつも、如何なる事態が発生しようと迅速に対応できるよう、気は抜かない。
 張り付めた緊張感の中、リヴィオはポツリと相棒の名前を呼んだ。
 過酷な世界を共に生き、そしてつい数十分前唐突に消えてしまった相棒。

 ―――そう、相棒だ。

 ラズロがどう思っていようと、リヴィオはラズロの事を相棒だと感じていた。
 孤独な人生を共に歩いてきた、無力な自分に生きる術を与えてくれた―――相棒。
 ラズロがいなければ、とっくの昔に自分は死んでいた。
 あのゴロツキに溢れ返る砂の惑星で、そして恐らくはこの殺し合いの中でも、自分は生き抜く事は出来なかっただろう。

「……済まない……」

 表に出て初めて気付く、身体中を占領する痛み。
 超速治癒が追い付かない程の膨大なダメージ。
 この全てを奴は背負っていた。
 その粗暴な仮面の下にこれだけの痛みを抱え、それでもその痛みを表情に出す事なく、戦い続けた。

「……本当に、済まない……」

 本来ならば自分が背負う筈だった、痛み。
 本来ならば自分が受け持つべきだった、痛み。
 それを、全て、請け負わせていた。
 このバトルロワイアルが開始してから今まで、何もせず、
 様々な実力者達との戦いで傷付いていく相棒を、最も安全な場所から見ていただけだ。

「……お前にばかり全部押し付けて……」

 何時だって、そうだ。
 痛い事や辛い事は全てラズロに押し付けてきた。
 あの糞みたいな親の下に居た時も、あの糞みたいなゴロツキ達に襲われた時も―――何時だって。
 思えばあの人との戦いだってそうだった。
 意気揚々と戦いに挑み、身体能力としては遥かに劣る男に心臓を貫かれ、結局はラズロが表に出た。
 過去との決着でさえ、ラズロ頼み。
 情けない。心底から情けない話だ。

「本当に……済まない……」

 そして、ラズロは消えた。
 高速の人形を操る男を殺害し、摩訶不思議な爆弾を使う男を殺害し、そして音速で場を支配する男をも殺害し、消えた。
 戦果としては凄まじく、だがその代償としてラズロは消失に至った。
 自分では勝利を得る事は出来なかったであろう猛者達を撃破し―――消えてしまったのだ。

「……お前の頑張りは無駄にしない……」




 流血に染まった拳銃を残された右腕で握り締め、リヴィオは小さく呟いた。
 戦う相棒の姿を思い浮かべながら、ずっと頼りにしていた相棒の姿を思い浮かべながら、リヴィオは決意する。
 彼が帰還するまでこの身体は守り抜くと、彼が帰還するまで必ず生き抜くと、堅く決意し外を眺める。


『ごきげんよう、諸君』


 ―――そして、その時、遠方の空から無機質な声が響き渡った。



□ ■ □ ■



ストレイト・クーガーは死んだ、か……」

 放送を終えると同時にリヴィオは思わず安堵の言葉を零していた。
 二度もラズロに立ち向かい、最後の最後まで反逆を止めなかった不思議な男。
 性格には難があるように感じたが、実力は一級品。
 紫色の装甲――最後の瞬間は青と銀の入り混じった物であったが――に身体を包み戦闘を行う、音速の戦闘機。
 弾丸を避けるのではなく蹴り飛ばす、という超常的な戦闘力を有した敵であった。

 だが、死んだ。
 否、ラズロに殺された。

「……流石、だな」

 放送を聞いて、ラズロの偉大さをまた思い知らされた。
 だからこそ、その感服の念に比例するように、決意も強くなる。
 アイツの分まで、アイツが帰ってくるまで―――拳銃を握る右手に更なる力が込められていた。

「そして、あの二人も……」

 決意の次に思うのは二人の男について。
 この殺し合いの場に拉致される直前まで、ラズロが死闘を繰り広げていた二人の男。
 世界から人間台風と呼ばれ畏怖されていた男、ヴァッシュ・ザ・スタンピード
 ミカエルの眼から「ザ・パニッシャー」の異名を授かった唯一の男、ニコラス・D・ウルフウッド。
 それら宿敵の姿が、リヴィオの思考を占めていた。

「あの二人がそう簡単に死ぬ訳は無いか……」

 ふと思い出されるは、あの時の激闘。
 目配せの一つもなく互いの標的をスイッチするという異常なコンビネーションを見せ、ラズロと従者に傷を負わせた。
 もし、あのまま戦い続けていたらどうなったのか……リヴィオには想像する事が出来なかった。
 いや、普通に考えればラズロの勝ちは揺らがない。
 幾らあの二人といえど、トライ・パニッシャーを装備したラズロを相手に勝利する事は不可能な筈だ。
 事実、ウルフウッドは一度瞬殺され、ヴァッシュはプラントの翼手を用いてさえ防戦一方だった。
 順当に考えても、ラズロが勝利する筈である。

「……くそっ!」

 ――だが、リヴィオは見てしまった。
 命にも至たる傷を負い、それでも大切な家族を守る為に立ち上がった男の姿を、
 半年以上に及ぶ拘束を受け衰弱しきった状態で尚、能力を発動しあの窮地から逃げ仰せた男の姿を。
 不可能を可能にする男達の姿を―――リヴィオは見てしまったのだ。

 そのヴィジョン達はリヴィオの記憶へと強烈に刷り込まれ、そして、とっくの昔に心の奥底へ封印されていた筈の感情にさえ、揺さぶりを掛けていた。



「ヴァッシュ・ザ・スタンピード……ニコラス・D・ウルフウッド……」


 ある疑問がリヴィオの感情の中をさまよい歩く。

 ――もし……万が一、いや億が一、彼等が勝利したとして、その時彼等は自分の事をどうしたのだろうか?
 ――自分を、故郷の皆を殺そうとした自分を、殺したのだろうか?
 ――……恐らくウルフウッドは殺そうとし、ヴァッシュ・ザ・スタンピードはそれを阻止するだろう。
 ――そう、恐らくあの男は自分を殺害する。
 ――一度は見逃したが、あの後ラズロ……つまり俺は故郷の皆を殺害しようとした。
 ――故郷の皆に向け最強の個人兵装を撃ち放ったのだ。
 ――そんな俺を、あの男が許す訳がない。
 ――許してもらえる訳がない。

 パン、と渇いた音が孤独な病室に響き渡る。
 熟考という渦に巻き込まれた思考を引き戻しす為、リヴィオが自身の頬を隻腕で叩いたのだ。

「俺は戻らない……ラズロと共に生き抜く……」

 ふと見れば、彼の身体を覆う裂傷が消えていた。
 クーガーとの戦いで負った内臓へのダメージや背中と胸部の打撲は未だ治癒しきれないが、それでも徐々に回復している。
 謎の爆弾に吹き飛ばされた左足も、完全にでは無いが回復したと云っても良いだろう。
 左腕も肘関節の所まで伸びてきている。
 これならばリヴィオであっても、ある程度の戦闘をする分には支障ない範疇だ。

「行こう、戦うんだ」

 心は揺らげど、決意は揺るがない。
 今まで助けてもらった相棒を守る為に、リヴィオは両の脚で立ち上がる。
 瞬間、急加速。
 床を蹴り、知覚外のスピードで窓をぶち抜き、殺し合いの場へと舞い降りるリヴィオ。
 聳え立つビルディングと街路樹を一瞥し、片腕のダブルファングが歩き出す。
 本来ならばもう少し休息を取って置くべきだっなかもしれない。
 せめて喪失した左腕が生えきるまでは、待機しておくべきだったろう。

 だが、彼は進行を開始していた。

 胸に宿った感情を振り切るよう、病院を飛び出していた。
 あの光景を、故郷の家族の為に戦うウルフウッドの姿を心中に描きながら、その光景を頭から振り払おうと必死に努力しながら、リヴィオは世界を踏み締めた。
 死力を尽くした相棒の為に、二本牙の異名を冠した男が始動する。
 他の参加者から半日遅れで、リヴィオ・ザ・ダブルファングのバトルロワイアルが、始まった――。




【E-5 病院前/1日目 日中】

【リヴィオ・ザ・ダブルファング@トライガン・マキシマム】
[状態]健康。全身治癒中 、内臓にダメージ、左足負傷(完治寸前)、左腕欠損(再生中・肘まで回復)、胸部及び背中にダメージ大 背中のロボットアーム故障
[装備]M94FAカスタム・ソードカトラス×2@BLACK LAGOON、.45口径弾×14、.45口径エンジェルアーム弾頭弾×6@トライガン・マキシマム
[道具]支給品一式×5、
    スチェッキン・フル・オートマチック・ピストル(残弾15発)@BLACK LAGOON、スチェッキンの予備弾創×1(20発)、
    ココ・ジャンボ@ジョジョの奇妙な冒険、.45口径弾24発装填済みマガジン×3、45口径弾×24(未装填)
    天候棒(クリマ・タクト)@ワンピース、不明支給品0~1
[思考・状況]
 0:ラズロが戻るまで必ず生き抜く。
 1:参加者の排除。ウルフウッドとヴァッシュに出会ったら決着を付ける?
 2:ウルフウッドに――?
【備考】
 ※原作10巻第3話「急転」終了後からの参戦です。
 ※ニューナンブM60(残弾4/5)、GPS、チックの鋏@バッカーノ! はAA弾頭の一撃で消滅しました
 ※とりかえ手ぶくろによって左腕を肩口から奪われました。
 ※ラズロとの会話が出来ません。いつ戻ってくるか、もしくはこのまま消えたままかは不明です。

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This Speed Never Ends(後編) リヴィオ・ザ・ダブルファング Deus ex machina ―戦争―



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最終更新:2012年12月05日 00:20