あり得る事、成し得る事、求め得る事……  ◆WDKcDkBO8c




 黄金色の月が、雲に隠れることなく存在感を誇示していた。
 殺し合いの場で必死に足掻く者どもを嘲笑し、見下すように。

 小高い丘の中腹に位置する、ぽつんと佇んでいる名も無き寺も月明かりを受けて屋根の色までも鮮やかに照らし出していた。
 一方でその内部は薄暗く、まるで対照的に室内を闇色で染め上げており、窓枠から差し込む月の光だけが唯一の照明だった。
 寺の内部にはいくつか蝋燭が半分溶けたままの状態で部屋の隅に置かれており、かつては誰かがそこに住んでいたのであろうことを想像させる。
 この殺し合いが始まったときに、追い出されたのであろうか――そんなことを考えながら、トゥスクルの侍大将、ベナウィは静かに足を組んで部屋の中央に座り込んでいた。

 殺し合いをしてもらう、というギラーミンと名乗った男の言葉を口内で反芻する。
 つまり、自分達は剣闘士……見世物として連れてこられてきたということか。

 しかし剣闘士とは異なる部分はいくつかある。
 名誉をかけた戦いではないこと。金銭をかけた戦いでもないこと。
 そして……参加する者の意思は無視されていること。

 明らかに人道に悖る行為であった。聖上――ベナウィにとっての主であるハクオロのことだ――が憤るのも、まあ当然でしょうね、とベナウィは苦笑する。
 無論ベナウィとて、それを許容できるほどには人の道を外れてはいない。
 武人の本領は力無き者を脅かそうとする外敵から守ることであり、義を為して義に尽すことこそ我が名誉であり、誇りだとも諒解している。

 だが、しかし……主であるハクオロの命が脅かされるとなれば、話は別になる。
 自分はハクオロの剣であり、盾でもある。それ以前に、武人はその主の道具であり、命令に従いあらゆる危機を排除せねばならない。
 そう、自分にはその使命がある。ベナウィは一つ深呼吸をすると、瞑想するようにゆっくりと目を閉じる。

 武人は主の道具だ。それは他ならぬ自分自身が誰よりも知っていたはずなのに、一度それを裏切ってしまった。
 勝てぬ戦と知りもせず、己の安寧のみに縋っていた元の主に、国家の切腹としての死を強要した。
 つまり、それは道具にも……ベナウィにも死を強要することを意味していた。

 國の恥は、自らの恥。
 國の死は、自らの死。

 受け入れる覚悟は武人になったときに、既に出来ているつもりだった。
 死を賭して少しでも國に報いることが出来るのなら。至誠に悖らぬと信じて行動した筈だった。

 しかし寸前、死を咎めその行為こそが至誠に悖る行為だと叱り付けた人物がハクオロであった。
 國に殉じる意思があるのならば、こんなところで死んではならない。お前のしている行為は報国などではない、ただ逃げているだけなのだと。
 最後に、ハクオロはこうも付け加えた。
 道具にだって、死ぬべき場所を決める権利くらいあるだろう、と。

 強烈に頭を殴られたような感覚を味わったのは、後にも先にもあの時だけだった。
 言ったと同時、全てを受け入れるような穏やかな視線に射られたときには自然と背筋が張っていたのも覚えている。
 何もかもを知り、何もかもを赦した男の目だった。
 ベナウィはその瞬間から、この人の道具となり、二度と現れないであろう仁君のために全てを投げ打つことを決めた。
 たとえ後世で、鞍替えをした裏切り者と、主君殺しの不忠義者と罵られようが、最早迷いはなかった。
 武人としてではなく、個の人間として仕えようと。ベナウィは決意したのだ。

 だからこそ……再び、至誠に悖る生き方をしなければならない。そうしなければならないのだ。

 ベナウィがゆっくりと目を開く。その表情は武人そのものの目だった。
 かつて、彼が主君たるインカラ皇に死を強要したときと同じ目に。

 ハクオロはあの場で宣言した通り、最後まで殺し合いに抗い、可能性がなくなったとしても皆との共存の意思を曲げず進もうとするだろう。
 罪もないような人々を殺して回るようなことなど絶対にある筈がない。
 敵である自分でさえ赦したのだから。

 だがそれでは……もしもハクオロが死んでしまったとき、一体誰がトゥスクルを治めるのか。
 まだ子も成していない。後継者も決めていないとあれば再びあの地は戦乱にまみれ、多くの人々が悲しみ、嘆き、絶望の呻きを上げながら苦しむ日々を送ることになる。

 それだけは武人としてではなく、個人としてのベナウィが決して起こしてはならぬと思っていること。譲れない一線であった。
 そう簡単にハクオロが死ぬとは考えていない。あれだけの人間が容易く殺されるわけはない。
 けれどもベナウィは知っている。どのような歴戦の猛者でさえ、戦場では流れた一本の弓矢で人はあっけなく死ぬ。
 増してここは未知の文化、技術、知識を持った人物ばかり。ここにベナウィを移動させた技術さえどのような原理なのか知る由もなく、また理解もできまい。

 一方で死んだ者をもギラーミンは生き返らせることが出来ると言ったが、その信憑性は疑わしい。
 死者を生き返らせるというのは禁忌であり、神の怒りに触れるとさえ言われる。
 恐らく、ここで死んだ者が生き返ることはないだろう。殺し合いに乗せるための方便と考えた方が良い。

 ならば尚更、ここでハクオロだけは死なせてはならなかった。少しでもハクオロが生き残る確率を高められるのならば、ベナウィはそちらを選択する。
 それが人道に悖る行為であったとしても。
 だがそれはトゥスクルで共に暮らしてきた仲間を切り捨てる行為でもあった。

 常に皆の体を労り、優しく母親のように接してくれるエルルゥ
 無邪気な心で周囲の心を和ませ、塞ぎがちな兵士の心にも明るさを与えてくれるアルルゥ
 奔放かつ横暴に振る舞いながらも大人の余裕を持ち、心強い味方でいてくれるカルラ
 剣士としての腕は一流ながらもどこか間の抜けた部分が却って人間らしいトウカ

 ハクオロが愛し、また同様に自分も愛している仲間の命をも切り捨てなければならない。
 できるのか、という問いとやらねばならない、という答えがベナウィの腹の内でずっと渦巻いていた。

 物理的に、ということだけでなく精神的にも、彼らを殺すことが出来るのか。
 仲間に殺されるという悲鳴と怨嗟を受け止めることが出来るのか。
 そして武人としての使命を裏切り、主さえも再び裏切るような行為を、私は成すことが出来るのか。

 迷いという名の袋小路に入り込み、ずっと足を動かし続けながらも未だに結論は見出せない。
 しかしこうしている間にも主君の命を奪おうとする輩は一歩、一歩と忍び寄っている。
 むしろ考えている間にハクオロが殺されてしまっては、どんなに後悔しても足りないほどの罪になる。
 それこそが本当の不義であり、また自分が罵り蔑むことであるはずだ。
 不精に亘り、己にも武人としても恥ずる行為であることなど既に諒解しきっていることではないか。

 己の信念は國を守り、民を守り、忠を尽し……主君を、守ること。

 トゥスクルにはハクオロがいなければならない。あの皇の存在は、トゥスクル一國だけに留まらずこの戦乱の時代に終止符を打てるのではないかとさえ思わせるほどのものがある。
 喪ってはならない。あの方が生きてさえすれば、あまねく民が救われるかもしれない。

 多くの命と、仲間の命を天秤にかけたつもりはない。
 天秤にかけるくらいならば両方ともを救う手立てを考える。それがハクオロ皇のやり方だ。
 戦乱の時代においては温い考えかもしれない。けれどもそれは確かに人の心を集め、導いている。
 現実主義者と言われるこの私でさえ、心惹かれているのだから。

 あそこにいて、私は本当に色々なものを学んだ。
 太陽の暖かさ、賑わいのある街、ひとの心――
 誠に得がたいものでした。聖上がいなければ、きっと私はこれらを忘れていたままだっただろうから……

 故に、忘れよう。
 彼等の与えてくれた温もり、教えてくれた優しさ。
 それら一切を捨て去り、今また道具として生きよう。
 自らの義を為すため、心の内の辛苦も血に変えて進もう。

 聖上、貴方はきっと私の行為を咎めるでしょう。
 ですが私が貴方への義を為すには、こうする他にないのです。
 説得されたときと同じ、仮面の下に隠れながらも迸るような激情を持った男の表情が再び脳裏に克明に描き出され、僅かに口元が緩む。

「愚直に、過ぎるでしょうか」

 尋ねてしまった声の向こうから、そうだな、という声が聞こえてきたような気がしたが無視するように、ベナウィは立ち上がり、声に背を向ける。
 ガチャリ、といつも身に纏っている武具が低く音を響かせた。しかし重たくはない。いつも通り、変わらない。
 仲間を切り捨てることが自分の弱さだとするなら、それをまず切り捨てればいい。

 感情の波は力で押し潰すことが出来る。非道すら目にしてきたベナウィには、そのやり方も分かっていた。
 そして与えられた武器は、まさにベナウィのために用意されたかのような代物だった。
 デイパックから出てきたのは彼の愛用の武器である槍。それだけでも幸運だと思ったベナウィだったが、付属していた説明書には以下のような一文が記されていた。

 『触れたものの魔力を打ち消す槍』

 魔力とはどんなものかいまいちピンとこなかったベナウィだったが、何かしらを相殺する効果が付け加えてあるらしいというのは理解出来る。
 ただの方便かもしれなかったが、手にした槍(名前は、破魔の紅薔薇『ゲイ・シャルグ』というらしい)の持つある種の神々しさと、じっとりと手に馴染むようなその感触がいずれ強力な武器であることには違いないと思わせる。

 これで馬……ウォプタルでもいれば万全の体勢で戦えたのだが、と思ったものの得意武器を支給されただけまだ自分は幸運。
 この期に乗じて未だ混乱の極みに達しているであろう参加者達を逐次殺害していくのが至上の策だろう。
 兵は神速を尊ぶとも言いますからね、と呟いたベナウィは続けて腰にもう一つの武器である刀――和道一文字――を差す。
 こちらは槍に比べても得意という訳ではないが、扱い慣れている武器ではあるし、感触も中々手に馴染む。
 恐らくは、名匠の手によって鍛え上げられた業物だろう。万が一槍を失ってもまだこちらで戦える。

 最後に確認した支給品はベナウィもよく知るものだった。
 シゥネ・ケニャと呼称される薬草。自らもよく使っているだけに有り難い存在であった。
 多少の怪我を負ったとしても、これがあれば多少の無茶はできようというものだ。
 袋詰めにされており、量的にも問題はない。
 確認した後、再びシゥネ・ケニャをデイパックに仕舞いこむ。

 内容としては中々悪くは無いものであったが、やはりウォプタルがいないと……とどこかで不満を抱いている自分に気付き、ベナウィは苦笑する。
 やはり自分は、生粋の騎兵気質であるらしい。

 そう思いながら寺を出ようとしたベナウィであったが、急に踵を返すと備え付けられてあった仏像の前に立つ。
 ベナウィにはそれが何であるか分からなかったが、どこか威容のある姿かたちからそれが備えられてあるものであるということは分かる。
 恐らくは、神か何かを奉ったものなのだろうと判断したベナウィは、必滅の黄薔薇を真っ直ぐ、刃先を立てて仏像に向ける。
 武器の威力を試す。それもあったが、かつての自分との決別という意味合いも兼ねて、目の前の仏像を壊す。
 それは背徳行為であり、決して認められることのない修羅の道をも歩むという決意を表したベナウィなりのけじめ。

 この槍で、全てを貫く。
 この槍で、仲間を貫く。
 この槍で、我が道を往く。

 シッ、という短い声と共に勢い良く突き出した破魔の紅薔薇が、仏像を頭から粉々に砕き、パラパラと音を立てて床に破片が零れ落ちる。
 刃先に視線を移してみたが、刃こぼれの一つもない。どうやら自分の予測は間違っていないようだと確信を得たベナウィは、塵を払うように破魔の紅薔薇を振り下ろし、改めて背を向け寺を後にする。

 その目に曇りはない。やると決意した武人の目であった。
 出来ることなら、最初の標的は――かつての仲間でありたいものだ。
 力で屈服させていけば、それはトゥスクルの中にあった自分をも屈服させ、より冷徹に行動出来るということなのだから。

 今宵は月。
 こんなにも美しい夜だから……さあ、心置きなく、殺し合いをしよう。
 修羅が、一人。生まれ落ちた。


【C-1 古寺 1日目 深夜】

【ベナウィ@うたわれるもの】
[状態]:健康
[装備]:破魔の紅薔薇(ゲイ・シャルグ)@Fate/Zero、腰に和道一文字@ONE PEACE
[道具]:支給品一式 シゥネ・ケニャ(袋詰め)@うたわれるもの
[思考・状況]
1:聖上を生き残らせるため、殺し合いに加担
2:かつての仲間を優先的に殺したい

※破魔の紅薔薇:あらゆる魔力の循環を遮断する事が可能で、対象に刃が触れた瞬間その魔術的効果をキャンセルする。ただし、魔術そのものを根元から解除するわけではない。破壊される、触れてから一定時間経過などすると効果は解除される。





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最終更新:2012年11月27日 00:27