残されたものは一つ ◆Wott.eaRjU



「はぁ、どうなるのかな……僕」

デイバックを背負って、眼鏡を掛けた少年が暗闇を歩く。
彼は殺し合いが始まった直後、空き家に身を寄せていたが次第にもの寂しさを感じていた。
危険な事はわかるがそれでもせめて、周囲の光景が変化すれば気が紛れるかもしれない。
そう考え、彼は襲われてもいつでも逃げられる準備をしながら、取り敢えず線路を目印に沿って早足で歩いていた。
彼の名は桜田ジュン。現在はとある事情により所謂引き籠りを続けている中学生。
唐突にギラーミンという男により殺し合いに巻き込まれた現状。
まるで漫画やアニメのような筋書きに則った出来事をどうするか。
今のジュンが考えるべき事はその事だけであり、他の事については碌に考えが回らない。
只、もし参加者の中に警察の人が居れば自分を保護してくれるかもしれない――と、半ば願望に似た感情はあったが。

また、既にモンスターボールは説明書とやらを見つけ、使い方はわかった。
そのため思わぬ形で出す事になったエイバムことエーたろうとやらは、モンスターボールに戻してある。
但し、ジュンは滅多な事でなければモンスターボールを使う気はない。
気味の悪い紫の毛色、馬鹿でかい頭部と大きく発達した両耳、そしてまるで三つの指が生えたような長い尻尾。
猿の一種のように見えるがどれをとっても異常であり、ジュンの常識を超えている。
説明書に『ポケモンの一種』とは書いてあるものの、肝心のポケモンが何かは特に書かれていなかった
更にこれはギラーミンが用意した品の一つであり、必ずしも自分にとって得になるという保障もない。
よって必要以上にモンスターボールは使わない事を決め、今はズボンのポケットに収まっている。

「何か良い考えが浮かぶかとは思ったけど……駄目だ、何も浮かばない……浮かぶわけないだろ。
こんなわけわかんない場所じゃ……」

線路に則した歩道を、ある程度の辺りまで歩いた所で思わず零れた呟き。
歩行と思考、警戒に意識を傾け過ぎていたため此処がエリアF-1の中心である事も気づいていない。
また、最早時間の間隔すらも忘れかけ、ジュンは時計を取り出して確認する気にもなれなかった。
単身外へ出歩き始めた事を、後悔し始めるが既に時は遅し。
必死に周囲に気を配り、怪しい人間が居ないか探るが己の疲労が高まるばかりで、碌に安心も出来ない。
少し眼を放せばその間に……一度でもそう思ってしまえば恐怖心を拭いさるのは容易ではない。
段々と歩幅の間隔も狭まり、視線すらも俯きがちになっていた。
まるで自分には不釣り合いな、重い荷物を背負わされているような感覚がこびりつく。
投げ出したい。
さっさと何処かにでも投げ捨てて楽になりたい。
本音を言ってしまえばたった一言で終わってしまう。
元々体力にも自信があるわけではなく、ジュンが早々に根を上げるのは特に可笑しい話でもない。
だが、楽になりたいと言葉にするのは容易だが実際に行動へ移すとなるとわけが違う。
優勝してギラーミンに頼んでここから抜け出す?
考えるだけでも馬鹿らしい。
ジュンには人を殺す力もなく覚悟もなく、何より自分がそこまで行動力があるとは思っていない。

ならば楽になるにはどうするか。
思い当たる節はある事はある。
毎朝、姉が学校に行った後に一人で行う朝食で何度も耳にしたキーワード。
あの時は自分には関係のない話だと思っていた。
自分には自分の部屋という誰にも侵されない領域がある。
他の同世代の奴らとは違って、ずっと此処で生きていればいい。
自分達を放り出し、外国にでも行ってしまった両親達も流石に生活費ぐらいは、これからも送ってくれると思っていたから。
だから、今までのジュンには明確なイメージは出来なかった。
毎日毎日飽きもせずに、大勢の人が色々な方法で行っているらしい行為――


――自殺という最後の手段を。



「――ッ」

無意識的に奥歯で自分の舌の感触を確かめた。
予想以上に弾力があるような気がする。
コリコリと、分厚いゴムを触ったのに近いような感じ。
いつだったかはわからない。
テレビかネットでは確か舌を噛み切れば、自分の命を絶つ事が出来るらしい。
切断面を境目に残った方の肉片が丸まり、そのまま喉を塞いでしまう。
酸素を吸いたくても吸う事は出来ずに窒息状態に陥り、やがて待つものは死という結末。
怖いとは思う。
きっと舌を噛み切ってしまった時には、口の中で苦い鉄の味が広がるに違いない。
美味い筈もない。
ただただ嫌悪を催す臭いなど、出来れば嗅ぎたくない。
だが、それでも映画のワンシーンで見かけるような拳銃や刃物での殺害に較べれば未だましではと思いもした。
嫌なのは一瞬の事。
只、あまり発達してない顎の力を使って、力の限り噛み潰せばいいだけ。
一思いにやってしまえば――この地獄から逃れる事が出来る。

しかし、ジュンの身体は一向に動きを示さない。


「……無理だよ、僕にはそんな度胸もないんだ……そんなものがあれば学校にだって……!」


そう。ジュンには自らの命を絶つ程の行動に伴う覚悟はない。
普段のジュンならば絶対に言わなかったであろう、自分の不登校に関しての弱音すらも吐き捨てた。
いつしか歩みは完全に止まり、その場に一人立ち尽くす。
まるで全身から力が抜けきった、抜け殻のような様子さえも今のジュンからは見て取れる。
耐え切れない不安を、どうにか振り落としたく思うが、ままならない。
代わりに崩れ落ちたのはジュンの身体。
遂には歩道の真ん中で頭を抱えながら蹲る。
全くの無防備と言えるその姿を親切心に注意してくれる者も居る筈もなく、ジュンもそこまで気が回らない。
確かに震え、自分の意に反するかのようにざわめくちっぽけな体躯を必死に抑えつけるのに意識を傾ける。
どうにもならない現実、止まらない恐怖や後悔、そしてふつふつと湧き上がる疑問。
何故、自分がこんな目に遭わないといけないのか。
答えらしい答えは見つからず、『運が悪かった』という言葉だけでは納得がいかない。
だが、いつまでも此処に留まるわけには、時間を無駄にするべきではない事もジュンはおぼろげに感じていた。

「兎に角、あの真紅とかいう人形に会おう……もしかしたら何か良い方法があるかもしれない……」

未だ共に過ごした日は浅い、奇妙な少女人形――真紅。
胡散臭い奴ではあるが、それでも赤の他人よりは信頼は大きい。
現実から目を背ける様に、たった一人だけの知人である真紅との合流をジュンは深く心に刻みつける。
そう思い始めた先にほんの少しずつ冷静さが蘇り、ジュンは大きく深呼吸を行い、やがてゆっくりと立ちあがった。
が、その時、視界に見慣れない影がある事にジュンは漸く気づいた。

「だ、誰――」


長身、黒髪の男。
パッと見ただけでも、男の着込んだ服装はジュンの常識ではあまり馴染みはない。
甲冑、西洋の騎士が着装する鎧に似ているが、それでいてどこか和の風味も漂わせる。
しかし、ジュンに男の外見についてあれこれ考える時間はなかった。
こうしている間にも、刻一刻とジュンには別の事について決断を迫れている。
男に対する疑問の声を上げ終わる前に、ジュンは無我夢中で右腕を突き出す。
自分でも驚くぐらいに早く、一度乱暴にポケットに突っ込んでから。
お目当てのモンスターボールを、焦りのために生じた汗に塗れた右手で掴み終わってから――ジュンは精一杯の威嚇を行おうとした。
理由は目の前の男が片手に握り締めた一物。
鋭い切っ先を引っさげた、赤黒い槍を男がジュンに向けて走ってきていたのだから。
『止まれ!』と、大声で叫ぶと同時にモンスターボールを使えば男の動きは鈍るかもしれない。
反射的に後ろへ身を傾けながら、ジュンはそう思い立ったが――ふいに彼の右腕に何かが走る。
そう。所詮、ジュンは只の中学生であり、彼の身体能力、反応の速さは男のそれらと比べものになっていなかった。


「う、うわあああああああああああああ!!」


絶叫。
冷静な状態なら、自分がこれほど大きな声を出せたのかと思う程に、ジュンの叫びが周囲に響く。
走ったものは電撃のような痛み、乱暴に己の一部を引き裂かれた感覚。
見れば自分の右手の甲から何かどす黒いものが更に赤みを帯びながら、生えている。
痛い。
声を出してしまう程に感じる痛みから、それは自分の右腕を刺し貫いた槍の矛先である事がわかった。
槍は右腕で掴んでいたモンスターボールごとジュンの右手を刺し貫き、モンスターボールの成れの果てからは不気味な液体が滴り落ちている。
そこで何が起きたか想像するだけでジュンは気分が悪くなり、密かに心の奥底で謝った。
何故なら、今のジュンには酷な言い方であったが自分の身の方が心配であったから。


「痛い! 痛い! 痛いよ……なんで、なんでこんなコトするんだ!? 僕が……一体何をしたって言うんだ!?」


男から一刻も早く離れるために、無我夢中に右腕を引き抜く。
幸いモンスターボールが衝撃を和らいでくれたせいか、ジュンの力でも引き離す事は出来た。
しかし、刺された右腕を己の身に引いた瞬間、更に傷口から大量の血を失い、ジュンの表情は思わず引きつった。
段々と肌からは血色が失われ、確実にジュンの命の灯を奪ってゆく。
必死に自分の不運さを言葉にして呪うが、男は答えない。
只、全身を伝う恐怖と痛みでグシャグシャに歪んだジュンの顔を凝視し、無表情に槍を構え直す。
ジュンが零れ落とすのは涙、男が零れ落としたように見えるのは一切の感情。
ジュンがしきりに放出するものは叫びに似た言葉、男が只、黙って秘めるものは明確な殺意。
無反応な男により一層の恐怖を覚えるジュンは、必死に助けを願い続ける。
誰でも良い。
出来るものならば誰か、誰かに自分を助けて貰いたい。
たとえ身なりは悪く、近寄りがたい大人でも構わない。
昔、テレビで見た事があるような、正義の味方が駆けつけてくれたらどんなに良いことか。
そう。今にも自分か名前も知らない男の後ろから駆け寄って――夢のような話をジュンは無性に信じたかった。
だが、ジュンの耳に、視界に飛び込んだものは彼が望んでいたものとは違っていた。


「――すみません」

誰に対して謝ったのだろう。
ジュンが疑問を抱いた矢先に、男が動いた。
速い。さっきよりももっと速い。
距離が近いせいなのかもしれないとおぼろげながらに思った。
右胸を押し潰すように迫ってきた痛みをハッキリと受け止めながら。


「あ――――」


不思議とあまり声は出ない。
いや、正しくは出す暇すらもなかった。
男が勢いを乗せて繰り出した剛槍――ゲイ・シャルグの切っ先がジュンの一点を突き進む。
真っ直ぐに差し出されたゲイ・シャルクがジュンの肉を裂き、赤一色に染まり、心の臓を貫く。
痛い。
痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い。
声に出して、この痛みを訴えてやりたいのにそれすらも行う力がない。
声の代わりに出たものは己の吐血。
身につけていたパーカーが朱色に染まり、口の中で苦味が広がる。
全身から大事な何かが抜けていくのがわかり、思わず掴むように手を伸ばした。
伸ばした手に広がる赤い血だまりをぼんやりと見つめ、ジュンは口をパクパクと動かす。
眼の淵からどろりと、感触の悪い液体が零れ出ているような気がしたがその流動は止まる事はなくジュンの頬を伝う。
それはゆっくりと、ジュンの全てを奪う痛みの速さと反比例の関係を保つかの如くに動き続ける。
やがて男は突き出した筈のゲイ・シャルグを、ジュンの胸から勢い良く引き抜く。
あまりにも悲痛な顔で泣き叫ぶジュンに同情したのか。
違う。
ジュンの代わりに抜いてやったかのように見えた動作には優しさは見られない。
只、これ以上は必要ないから、と告げるような淡々とした挙動。
付着した血を振り払うためかゲイ・シャルクを器用に振り、男は矛先を下に向ける。
そしてジュンの身体も動く。
ジュンが意識したわけでもないし、男がそう意図したわけでもない。
極自然に、既に両の脚では支えきれなくなり、ジュンはゲイ・シャルグの矛先に頭を向けて前のめりに倒れ伏す。
歩道に打ちつけたショックで額が切れ、更に出血が起きたのをジュンは息苦しさに咽びながら理解する。
両肩を震わせ、なんとか楽な体勢を取ろうと身体中をくねらせるがもうどうしようもない。
涙や唾液や胃液、そして鮮血が入り混じった溜まりに浸されながら、ジュンは何もかもが手遅れなのだと実感した。

(嫌だ……こんなの嫌だ…………)

だが、受け入れたくはない。
このまま死にたくない。
未だ……生きたい、自分の人生を歩みたい。
もしかすれば学校に行けるようになるかもしれない。
そんな自分の未来を少しでも見てみたい――言葉に出来ない、言葉にしたい希望が喉まで来ているのだがそれ以上押し出ようとはしない。
両腕を、グシャグシャに潰された右腕すらも足掻くように必死に動かす。
自分の下に広がる歩道帯に手を伸ばすが、柔土で出来ているわけでもなく碌に掴む事も叶わなかった。
その行動の末の結果が、自分の全てを否定されたような気がしてジュンの表情が一段と崩れる。
そう思った矢先に一際大きな嗚咽をあげて、込み上げていた赤黒いものを外へ吐き出す。
何も出来ない。
結局、何も出来なかった自分を再びちっぽけな存在なのだと確認し、ジュンはやがて身を委ねる。
見知っている人物の顔が順々に浮かんでは消えてゆき、これが走馬灯なのかとぼんやりと思いながら――


(僕は……………)


ジュンの意識はゆっくりと深き闇へ沈んでいった。


【桜田ジュン@ローゼンメイデン:死亡確認】


◇     ◇     ◇

「先ずは一人、と言ったところでしょうか」


ジュンの命を奪ったゲイ・シャルグを携えて、彼のデイバックを漁って謎のカギと忍術免許皆伝の巻物仮免を手に入れた男がそう呟く。
ベナウィ
それが男を示す名前であり、かつてはケナシコウルペという国の侍大将であり騎兵衆隊長としての肩書きも持っていた人物。
しかし、今のベナウィは違う。
現在はこの殺し合いの参加者の一人、ハクオロが治めるトゥスクルの騎士。
そして、ハクオロの生還のためにはどんな事も、どんな命も辞さない覚悟を返り血で染めた騎士甲冑を纏い、そう決めていた。

「後戻りなど出来ない、するつもりもありません」

何も抵抗してこなかった。
いや、抵抗出来なかったジュンの命を蹴落した事にも既に後悔はない。
態々奇襲という策は取らずに、真正面から挑んだのはベナウィの気真面目さによるもの。
自分が何をするまでもなく蹲っていたところ余程この状況に怯えていたのだろう。
無理もない。
ベナウィにも一切の動揺がないわけでもなかった。
突然突きつけられたこの状況は、特に年端もいかぬ少年や少女には耐えがたいものだと想像には難しくもない。
そんなあまりにも哀れな姿を見て、自分は凶槍を奮う頃合いを、若干遅れたと言われれば完全に否定出来る保証はない。
己の力を過信するつもりはないが、もしそうでなければもう少し早く終わらせる自信がベナウィにはあった。
だが、これからのベナウィにはそんな小さな迷いのようなものは絶対に生じないだろう。
何故なら、既に一人の命を奪う事はやり遂げた。
秘めた想いの果てに奮ったゲイ・シャルグで他人の命を引き換えに、己の為すべき事を為す覚悟は更に強まっている。
途中で断念する事は出来ない。
投げ出してしまえば、自分に肉と血を捧げる形となったジュンが報われない。
一国に仕える騎士や兵士ではなく、守られるべき存在であったジュンには殺される覚悟もなかっただろうから。

やがて惨劇が行われた路線を沿うのを止め、ベナウィはある建物の前で立ち止まる。
それはエリアE-2に位置する一つの駅。
ベナウィの住む世界には駅という施設はなく、列車という概念もない。
故にベナウィは興味があった。
駅たる施設には一体どういう意味合いが隠されているのだろう。
騎馬の一頭でも其処で繋がれているかもしれない。
もし現実の話であるならば騎兵であるベナウィにとってこの上なく利点がある。
気づいた時は既に歩き始めてかなり経っており、エリアD-1の辺りを歩いていた。
更に此処は慣れない地形のため、先ずは最寄の駅とやらに続く道に辿り着き、其処を辿って目的地を目指す。
時間が制限されているわけでもなく、確実に迷う事のない道を取り、ベナウィは歩き、そしてジュンと出会ったというわけだ。
入り口に足を踏みしめ、ベナウィは駅内に侵入する。


「この身が朽ち果てる、その時まで――必ず」


そこに迷いはない。



【E-2 駅入り口 1日目 釈明】

【ベナウィ@うたわれるもの】
[状態]:健康 甲冑に返り血
[装備]:破魔の紅薔薇(ゲイ・シャルグ)@Fate/Zero、腰に和道一文字@ONE PEACE
[道具]:支給品一式 シゥネ・ケニャ(袋詰め)@うたわれるもの 忍術免許皆伝の巻物仮免@ドラえもん 謎のカギ
[思考・状況]
1:聖上を生き残らせるため、殺し合いに加担
2:かつての仲間を優先的に殺したい
3:駅内を探索する。出来れば馬も欲しい。

※破魔の紅薔薇:あらゆる魔力の循環を遮断する事が可能で、対象に刃が触れた瞬間その魔術的効果をキャンセルする。ただし、魔術そのものを根元から解除するわけではない。破壊される、触れてから一定時間経過などすると効果は解除される。

※『忍術免許皆伝の巻物仮免@ドラえもん』
ハテノハテ星雲にあるアミューズメントパーク・ドリーマーズランド
における忍者の星における忍者の免許皆伝のための実地試験の
忍術が少し使えるようになる巻物。使える術は次の3つ

壁抜けの術:その名の通り壁をすり抜ける事が出来る。しかし厚すぎる壁は越えられない
バッタの術:バッタのように高く飛ぶことが出来る。だいたい一般家庭における屋根裏までが限度
ネズミ変化の術:少しの間、小さなネズミの姿になることが出来る。ある程度時間がたつと元の姿に戻ります。

※『謎のカギ』
詳細不明、何のカギでどこに使うのかは後続の書き手におまかせします。



「あーさむさむ……なんでワイがあんな目にあわなあかんねん!」

黒スーツ、いかにも堅気の職に就いてないと言わんばかりの風貌の男が愚痴る。
両肩を抱く様にトボトボと歩く男はウルフウッド、ニコラス・D・ウルフウッド
世界を渡り歩く巡回牧師は表の顔であり、裏の顔は一流の殺し屋。
GUNG-HO-GUNSの一員、ミカエルの眼で殺人術を叩きこまれた男だがウルフウッドは此処に来て以来災難に見舞われている。
けったいな殺し合いに巻き込まれたと思えばいきなりのダイブ。
水。それもかなり冷たい水が張り巡らされた湖への理不尽な突入。
当然、身体中は水浸しになり、折角支給された銃器も使いものにならなくなった。
無事であった円盤は何故だか使う事も出来ずに、全くどうしようもない。
やばい。代謝機能の異常強化により、そこらのトーシローよりしぶとく生き残る自信はある。
だが、武器がなければ心細い。
そう。心細過ぎる。
知り合いの金髪トンガリのノーテンキな奴は『な、なんとかなるさ!』とでも言うかもしれないが、生憎ウルフウッドは違う。
きっちりと身の装備を整えて、たとえば敵に対し頭に二発、心臓に二発銃弾を叩き込めるような準備はしておきたいものだ。

「べーくっしゅい! あーあかん、風邪でも引いたらどないしてくれるんじゃボケェ!」

よってウルフウッドは、何処かに手頃な武器はないかと、辺りを手当たり次第に散索していた。
ちなみに地図はよれよれで、文字の所々が消えており、良く眼を凝らせば何処に何があるかはわかる。
そのため自分が居る位置はわかっていたが、特にこれといって目的地もない。
そんな時、ウルフウッドはふと疑問に思った。
地図の端はどうなっているのだろう、と。
そのまま此処から脱出でも出来たら儲けの至り。
まあ、そんな甘い話は転がってないだろうとは思うが、ウルフウッドは取り敢えず試していた。
湖に落ちたのはエリアE-8、其処から東に向けて前進。
途中で小さな河川を通って歩きやすそうな道路を踏みしめて、また前進。
未だ完全に水気は抜けず、ひんやりとした冷たさを感じながらも、またまた前進。
どうなるかはわからないが、やばいと感じれば一目散に逃げればいいだけの話。
逃げ出す事はウルフウッドにとって慣れ親しんだ行為であり、身体が覚えている。
平和ボケのトンガリ――ヴァッシュ・ザ・スタンピードと馬鹿をやり合った旅で何度もそんな羽目に陥った。
そう。何度も何度もやってられるかー!と叫んだ旅の中で。

「まあ、なんや。トンガリは……多分大丈夫やろ。あいつはそうそう死ぬタマやあらへんし」

そしてヴァッシュもこの殺し合いに呼ばれている事は、デイバックに入っていた名簿でわかっている。
一言で言えば甘い男。
ウルフウッドにとってはあまりにも危うく、己の命を今にも投げ捨てそうな様子さえある。
たとえ全身に銃弾を受けたとしても、一つの愛を、誰かの幸せを守れればそれでいい。
本気でそう思っているような男だが、ヴァッシュの銃の腕は抜きん出ており、他にも様々な力を保持している。
GUNG-HO-GUNSの一人、『チャペル』という名で呼ばれるウルフウッドはヴァッシュを彼の兄、ナイブズの元へ連れてゆく仕事があった。
故にこんな良くわからない場所でのヴァッシュの死は避けておきたい。
気に掛かるのはヴァッシュが誰か見ず知らずの他人ですらも庇い、己の命を散らせるような事を仕出かす事だ。
殺し合いをしろと宣告されているため、異常な状況に慣れていない人間には激しく動揺している者も居るだろう。
慎重に行動しなければ後ろからバッサリと……いっても可笑しくはない。
幾らヴァッシュといえども首を切られるなどの致命傷を受けてしまえば、彼とて死からは免れないであろうから。
流石に向こう見ずな行動は取らず、少しは慎重に動くだろうとウルフウッドは推測する。


「……あかん、前言撤回や。ムッチャ想像出来るで、おい……」

だが、ウルフウッドが見せたものは冷や汗が流れ始めた表情。
自分では否定したものの、一瞬でその自信は何処かへ消え去ってしまった事によるもの。
幾ら状況が過酷なものであっても、ヴァッシュはやる。
一人でも多くの人間を守るためには、どんな痛みすらもヘラヘラとした笑いで誤魔化す。
そう。ヴァッシュはそういう男なのだ、とウルフウッドは次第に呆れ返ったような顔をつくりながら、確認するように胸中で思う。
やがてヴァッシュの事より、一人の男の方をウルフウッドは考えだした。
名簿に載っていた、ウルフウッドが知っているもう一人の名前の事を。

「それよりも、リヴィオ……生きておったんか」

リヴィオ・ザ・ダブルファング
いつも泣いてばかりであったが、優しい心を持っていた少年。
ウルフウッドと同じ孤児院で育ち、そしてある事件を境目に姿を消してしまった男。
『ザ・ダブルファング』という名称にウルフウッドには聞き覚えがないが、どうにもあの泣き虫リヴィオの気がしてならない。
そして同時に嫌な胸騒ぎがしていた。
孤児院から殺し屋養成の人材として引き取られ、やがて名前を貰った自分のように――。
これ以上、自分のような殺すためだけの全てを注ぎ込まれた人間が出せないためにも。
そう思い立ち、己の師であり諸悪の根源でもあった、マスターチャペルを事故に見せかけて殺したのは遅すぎたのだろうか。
答えは一向に出ず、それが遅すぎたと言われるのもウルフウッドにはどうにも堪えられない。
兎に角、このリヴィオ・ザ・ダブルファング――恐らくあのリヴィオに間違いない――には必ず会うべきだ。
堅く心に留め、歩き続けていたウルフッドはやがて行き着く。
数十分前程に、敢え無く命を落とした桜田ジュンの元へと。


「……運が悪かったな、坊主」


ウルフウッドが足を止めたのは一瞬の事。
もう少し早く此処に着いて居ればジュンの命を救えたかもしれないが、関係ない。
確かにジュンは未だ若い年齢であり、不憫だとは思うがウルフウッドとは接点はゼロ。
所詮、他人が一人死んでしまっただけの事であり、ウルフウッドは仇打ちをしてやろうなどという気はこれといって起きなかった。
そう。自分の生を生きるだけで精一杯なのに、他人の事にまで首を突っ込むなど自殺行為に等しい。
良くも悪くもヴァッシュとは反対の価値観の持ち主であり、それゆえにウルフウッドは次の行動に移る。
ランタンを取り出して、辺りに小さな光を齎す。
光に浮かんだジュンの姿を確認。
しっかりとデイバックを背負っている事も見て取り、ウルフウッドは近寄った。
中腰の体勢でうつ伏せに倒れているジュンの遺体の後ろへ手早く回る。
密かに、こっそりと『堪忍なぁ』と小声でジュンに謝りながらウルフウッドは何か銃器を得るために、荷物漁りを始めた。


「あかんか、そらぁ持ってたとしても殺ったヤツが持っていたんやろなぁ……」

デイバックを器用にジュンの身体から取って、探ってみるが碌なものはない。
残っていた名簿や地図は一応回収したが、一丁の拳銃も見当たらない。
着用していた衣服も調べた所、ご丁寧に『桜田ジュン』と女の字で書かれたため、名前はわかったがどうでもいい。
予想していた事だが、現実を突きつけられるとショックはあるものだ。
ならばもういいだろう。
そう思い、デイバックをジュンの背中にでも戻してやり、立ち去ろうとウルフウッドは顔を上げようとする。
そんな時、ふとウルフウッドの視界に映るものがあった。

「ん? なんや……」

力なく倒れたジュンが伸ばした左腕の先に赤い線が走っているのをウルフウッドは見つける。
赤い線の正体は言うまでもなく、滴り落ちた血液。
ジュンの胸部を起点として円心状に広がっている血だまりによって、指にでも血液が付着したのだろう。
ウルフウッドは血の線が何かの文字を描いているように見えた。
死ぬ前に何かメッセージでも残したのだろうか。
たとえば自分を殺した人物への恨み事が、それともその人物の名前か。
若しくは只、簡潔に『死にたくない』といったような自分の不運さを嘆いたものかもしれない。
死者が最期に遺した言葉を見てやろうなど、あまり趣味の良い話ではないがウルフウッドは一応牧師の職に就いている。
ついさっき死んだと思える人間が果たして、どんな気持ちであの世とやらに逝ったのか。
小さな興味ではあるが、どうせ荷物漁りまでもやってしまったのだから、とウルフウッドはランタンを向ける。
ハッキリと、地面に何が書いてあるのかを確認するために。
きっと力がなくなっていく身体を無理に使い、書いたのだろう。
所々、不自然に歪んで汚い字ではあったがウルフウッドはその両眼で、その血文字を焼きつけた。



――『おねえちゃん』と書かれた文字を




「――ッ!」


なんでもない。
きっと仲の良い姉に宛てた言葉だったのだろう。
そうだ。服に態々名前を書いてくれる程に世話焼きの姉への言葉に違いない。
ありふれた文字であり、なんら可笑しくはない。
だが、ウルフウッドは自身でも驚くほどに衝撃を覚えた。


「あかん……あかんぞ、ニコラス。オドレはもう手一杯なんや、銃も碌に持ってないオドレが……あのトンガリのような真似は無理やろうが!」


思わず上げた叫び声。
現実を見定めろという声と、激しい感情を訴える自分の声が正面からぶつかり合う。
死んだ少年が桜田ジュンだとわかったせいではない。
そんな名前は聞いた事がないし、ウルフウッドが気に留める事はない。
只、考えるだけで全身が震えてしまった。
万が一の話だ。もし死んでしまったのがあの孤児院に居た誰かだったら。
いつも一人ではトイレに行けず、自分に連れて行ってくれるように頼んだ少年でもいい。
猫を追いかけて、屋根にまで上ってしまい、泣きべそをかいたあの少女でもいい。
あの中の誰かがこんな風に死んでしまったら。
憐れむ程にか細い文字で遺したら。
『二コにぃ』と、自分に対しての最期の言葉を遺したら、果たして自分は何を想うだろう
か――

きっと――解き放つだろう。
滾らせて、あまりにも膨張させた想いを連ねて拳を叩きつけるに違いない。
しかし、その事はジュンの死とは関係ない。
そう。関係ない筈なのだが――ウルフウッドはなかなか落ち着かなかった。
やがて、ウルフウッドは徐に立ち上がる。
両の拳は固く握りしめ、鋭い眼光は雄々しさを印象付けるもの。
そう思いきや、ウルフウッドは踵を返し、歩き出す。


「ええか、今回だけや。乗りかかった船や……期待せんで待っとれ。 なぁ、坊主……」


何でも一人で背負い込む子と、親代わりの保母にかつて評された男が。
一人の少年が最期に残した言葉に、風変りな男がこれまた風変わりな形で応える形となる。
そう。ウルフウッドにとって危険と成り得る人物。
ウルフウッドの言葉は、そこに名も知らない一人が新たに入った事を意味していた。



【F-1/中心部/一日目/黎明】

【ニコラス・D・ウルフウッド@トライガン・マキシマム】
[状態]:健康
[装備]: [道具]:基本支給品(地図と名簿は二つずつ) デザートイーグル50AE(使用不能) SPAS12(使用不能) スタンドDISC『スター・プラチナ』
[思考・状況]
1:襲われたら返り討ち、必要以上に危険な事に首は突っ込まない。
2:ヴァッシュとの合流、リヴィオとの接触
3:ジュンを殺害した者を突き止め、状況次第で殺す。
4;武器を手に入れる、出来ればパ二ッシャー
【備考】
※リヴィオは自分が知っているリヴィオだと思っています。
※まだループには気づいていません
※どこへ行くかは次の方にお任せします。
※参戦時期は未定です


時系列順で読む


投下順で読む


一人の夜 桜田ジュン 死亡
あり得る事、成し得る事、求め得る事…… ベナウィ 想いは簡単に届かない
ニコラス・D・ウルフウッドの受難 ニコラス・D・ウルフウッド ネズミの国

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最終更新:2012年11月27日 23:09