「――馬鹿が! どうしてそんな許可を出した!?」
暗い研究室内で、物が倒れる音が響く。
クロウが感情に任せ、適当に近くにある物を殴った音だ。
「止めて下さい、クロウ。後片付けが大変です」
「五月蝿い、リイ! 私はゼアと話をしている!」
「……リイに当たるのは止めて下さいよ、クロウ。むしろ、苛立ちを覚えているのは私に対して、でしょう?」
研究室の主であるゼアは、やんわりとクロウを制する。しかし一方で、その表情には言外に今置かれている状況が、彼にとっても「嬉しくない」ものである事を物語っていた。
「ああ、そうだ! 答えろ、ゼア! なぜそんな無謀な許可を出した!? トップクラスの研究員が聞いて呆れる! 貴様の脳みそは、自分の研究以外には使えないのか!?」
「……私だって、そんな許可出したくありませんでしたよ――ですが、
ホウオウ様直々の命令とあっては、どうしようも無いでしょう?」
「な……に……!?」
信じられない事を聞いたように、クロウの顔が驚愕に歪んだ。それまで荒れていた事実が嘘であるかのように、彼の心は冷めていく。
「そんな……馬鹿な……ホウオウ様が?」
「ええ……あの男、最近静かにしているかと思ったら、今日の為にホウオウ様のところへ直談判に行っていたようです。全く、抜け目の無い……!」
そう言ってから、ゼアは悔しそうに歯を食いしばった。同じ研究者として、「奴」に出し抜かれた事が、彼にとって屈辱であるようだった。
「こんな許可を出して……ホウオウ様は何を考えているんだ……!?」
机の上に置かれた、一枚の令状。
そこに書かれていたのは――
『特別研究チーム「
千年王国(ミレニアム)」の再結成。並びに、チームの主任は
ジングウとする』
それだけ。たったそれだけの事が、その紙に書かれていた。
一目見たところで、その言葉が意味するところなんて誰にも分からなかっただろう。だがしかし、ホウオウグループ内の古参であったならば、その令状がどれだけの意味を持ち、そしてどれだけ恐ろしい事実が書かれているのかが分かった事だろう。
特別研究チーム『千年王国』。その復活は事実上、ジングウに再び全盛期の力を与えるに等しい事なのだ――
ウスワイヤ。
もはや説明は要らないだろう。いかせのごれの最南端に位置する、特殊能力者の保護施設であり、様々な超常現象に立ち向かう為の組織、アースセイバーも身を置く場所だ。
「何の騒ぎかしら……?」
自室へ戻る途中であったスイネは、廊下を走るキャスターの音を聞き、思わずそちらの方に意識が向いていた。音の方向を辿っていくと、そこはつい先日自分も世話になった手術室だった。どうやら珍しく、ウスワイヤ所属かアースセイバーの誰かが重症を負ったらしい。
「誰かしら……と言うか、そんな大怪我しちゃうような任務、そもそもあったかしら?」
手術室前で、思わずスイネは首を傾げる。
すると彼女の後方から、誰かが駆けてくる音が聞こえた。振り返ると、こちらに近付いて来るのは
ハヤトだった。何時も飄々としている彼にしては珍しく、その表情は切羽詰っている。
「ハヤト……? どうしたの、そんなに慌てて?」
「す、スイネ……! し、
シスイの奴は!? 無事なのか!?」
「え? ……シスイが、どうかしたの?」
ハヤトの様子から、只ならぬ気配を察し、思わずスイネの口調も固くなる。そこで彼女はハッとなり、手術室の扉を仰ぎ見た。
「まさか――今手術受けてるの、シスイなの!?」
「ぜぇ……ぜぇ……そうだよ」
「そんな……嘘でしょう!? どんなにボロボロになっても、手術室送りになんて彼一度もなった事無いじゃない!」
「俺だって嘘だって思いてぇよ! ……けど、学校の屋上がボロボロになってて……そんでもって、あいつもそこに倒れていたらしい……ほとんど、虫の息の状態で」
「…………!?」
無茶な戦いが多いシスイであるが、その実彼らが言うように、シスイが重症状態に陥ったと言うのは数えられる位しかない。どんなに深く傷付こうとも、その身に眠る「天子麒麟」の力が肉体に眠っている「生きよう」とする力を活性化させる為だ。莉絵からは出来るだけ、そう言う事には能力を使わないように言われているものの、耐久力に関して言えばシスイのそれは(麒麟の彼に対してこの表情は少々不謹慎であるが)、ゾンビ並みであると言っていい。
――逆に言えば、そんな常人離れした耐久力を持つシスイが医者の力を必要とせざるえないと言う事は、「天子麒麟」を持ってしても回復が追い付かない、それ程の重症を負っている事を意味する。その事実は、ハヤト達を戦慄させるには十分過ぎる威力を持っていた。
(シスイ、貴方……学校で一体何と戦ってたって言うのよ……!?)
と、その時だった。
「きゃっ!?」
「う――わ!?」
突然施設が大きく揺れ、照明が明滅を繰り返した。バランスを崩しかけたスイネの身体を、咄嗟にハヤトが庇う。
「スイネ、大丈夫か!?」
「え、えぇ……だけど、今の一体……」
揺れが収まり、これで事態が収まった――かと思いきや、次に鳴り出したのはアラートであり、それに続くように、廊下のあちこちから赤色灯がせり出してくる。
「
緊急事態……!? おいおい、誤報だよな、誤報に決まっているよな!?」
ハヤトが狼狽するのも無理は無い――このウスワイヤと言う施設内で緊急事態の発生を意味するアラートと赤色灯の出現は、施設が天災による大規模な破壊に襲われた時か、或いは人的な襲撃を受けるかのどちらかが起きた事を意味する。
先程、施設を揺るがす程の揺れがあったが、仮にその程度の地震が発生したからと言ってアラートが鳴る事は無い――それは即ち残る後者、何者かがこのウスワイヤを襲っている事を示していた。
ギリ、と自分でも知らず、ハヤトは奥歯を噛んでいた――このウスワイヤにはアースセイバーも存在するが、一方でそれとは無関係な、平和に暮らしたいだけの能力者も数多く抱えている。敵に襲撃されているとすれば、そんな戦いから逃げてきた人達が危険に晒されている事を意味する。
「スイネ、お前はここにいろ! 何があっても動くんじゃねぇぞ!」
「あっ! ちょっと、ハヤト!?」
言うが早いか、ハヤトは壁に付いていた防火シャッターを下ろす為のスイッチを乱暴に押し、分厚い扉を下ろし始めた。スイネがハヤトを止めようとした時にはもう遅く、シャッターは彼女の行く手を完全に遮ってしまっていた。
「そこにいれば、取り敢えずは安全だろ!」
「ハヤト、貴方どうするつもり!?」
「決まってんだろ――俺はアースセイバーだぜ? 戦いに行くに決まってるだろ!」
――その頃、ウスワイヤの各所では、組織始まって以来の防衛戦が始まっていた。
「こちら、Bブロック! 襲撃者と交戦中!」
『こちら
アキヒロ! Bブロックのリーダー、敵の正体は分かるか!?』
「ああ、分かる……これだけ堂々と目印掲げられてちゃ、間違いっこないぜ、隊長……!」
Bブロックを守護するチームの目の前に立つ影は五つ。どれも、頭の先から爪先まで黒尽くめであり、尚且つその姿は、バイクスーツを着用したフルフェイスヘルメットのライダーに似ている。そしてその姿をした敵を、アースセイバーは嫌と言う程知っていた。
「バトルドレス……! それも五人だと!?」
「今まで出てきても一着着ている奴だけでしたからねー……あちらさん、量産体制でも立ったんですかね?」
「何を暢気な!?」
ロケットランチャーみたいな高火力は例外にしても、事実上、ありとあらゆる銃弾・刃を防ぐ防御力に、装着者に能力者とやり合えるだけの力を与える機能。そんな馬鹿げた魔法みたいな道具がバトルドレスだ。そんな道具の量産が可能になったのだとすれば、それがどれだけ厄介な事なのか、想像するのは難しくなかった。
「おい、有りっ丈の火器持って来い! 非殺傷とか言ってる場合じゃない! 手を抜いたら、こっちが殺されるぞ!」
標準装備である機関銃が、まるで役に立っていない。敵は豆鉄砲でも食らっているかのように、その全身に鉛玉を打ち込まれながら、しかし悠然と距離を詰めて来る。なまじ、一気に襲い掛かってこない分、その姿には不気味さと威圧感が満ちていた。
「――退いてろ!」
劣勢の中、不意に乱暴な声が「内」の方から聞こえてきた。その声を聞きつけ、Bブロックチームの面々に、希望の色が浮かぶ。
「うおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉッ!!!!!!!」
まるで、鬼の咆哮と聞き違えるような、裂帛の気合。そして次の瞬間には、BDを装着している敵の一人が、上半身と下半身を泣き別れにさせられていた。
身の丈ほどもある、斬馬刀と呼ぶにもでかすぎる巨大な刀を構え、機械仕掛けの鎧を纏う男。返り血を浴びながら立つ姿を形容するに、「鬼武者」という言葉がよく似合う。
ヨリミツ――アースセイバーに身を置く、異界の侍だった。
「ここは拙者に任せるでござる」
「そんな! 俺達も一緒に戦います、ヨリミツさん!」
「うつけが、戦場はここだけでは無いでござる!」
「!?」
「敵の襲撃箇所がここだけだと思うたでござるか!? ……全方位、入り口と言う入り口から攻め込んできている! ここの守護は拙者に任せ、主らは他の場所を塞ぎに行くでござるよ!」
「わ、分かりました!」
ヨリミツの指示に従い、Bブロック担当は急いで施設内に入っていく。それを追うようにBD姿の敵も侵入しようとするが、それを遮るようにヨリミツが立ちふさがった。
「待つでござるよ――ここを通りたくば、拙者を倒していくでござる」
ブン、と愛刀「童子切」を振り、染み付いた血のりを振り落とす。
BD装着者四人が相手と言う、普通の能力者ならば絶望的な状況であるが、そこはそれ、ヨリミツは物ともしない。何故なら、彼自身も能力を持たず、その装備の恩恵によって凄まじい力を得ている人間であるからだ。機械仕掛けの鎧は、その身に妖怪とさえ殴り合えるだけの力を与え、その刀は一撃で鬼の手首を落とす程の威力を持つ。
もっとも、それをズルイと言うなかれ――誰にでも等しく力を与えるバトルドレスと異なり、誰もが彼の持つ武具を扱える訳ではないのだから。
「ほらほら、見てないでかかってきたらどうでござる?」
あからさまな挑発を見せながらヨリミツは、しかし内心で全く油断していなかった。防衛戦と言う都合上、自分から動く戦い方はやりづらい。特に得物にそれなりのリーチがあるとは言え、ヨリミツには飛び道具が無い。いざと言う時の距離をカバーする手段が彼には少ないのだ。だから彼は敵を挑発し、自分から突っ込んでこさせようとしていた。
しかし挑発があからさま過ぎたのか、BD達は遠巻きにヨリミツを見ながら、しかしその射程距離内には踏み込んでこようとはしない。一撃で仲間の一人を切り倒されたせいもあるだろう、明らかに「童子切」を警戒している。
(ふむ、踏み込んでこないでござるか――まぁ、いい。こうして拙者が仁王立ちしている事で、奴らはここより先へは踏み込む事が出来ない。それはそれで良しにござる)
そう思ったヨリミツであるが、次の瞬間には、神様がそんな楽な戦場を用意してくれる訳が無く、どれだけ自分が浅はかであったかと言う事に気付かされた。
「……む?」
最初は四人だった。しかし気が付くと、ゾロゾロと数を増やし、今やヨリミツの目の前には二十人以上の群れが出来ていた。おまけに、全員が全員、ご丁寧にBDを装着している。
「…………楽、させて貰えないでござるのぉ」
押し寄せる人の津波に、ヨリミツは愛刀を振り上げた。
「はぁ……はぁ……」
ウスワイヤ施設内を、スザクは走っていた。シスイが重症を負ったと聞いて駆けつけ、その結果この襲撃に巻き込まれた形だ。
「くそ……まさか、ウスワイヤ本部を狙ってくるなんて……!」
「本部」の名は伊達ではない。
ケイイチと同期であるアキヒロを初めとして、ここにはトップクラスの能力者が数多く在中しているのだ。その戦力は、ホウオウグループに勝るとも劣らない。事実、過去にこの地が戦場となった事はほとんど無い。ここはホウオウサイドにしてみれば、難攻不落の要塞に等しいのだ。
――にも関わらず、あの男は、ジングウは手を出してきた。イカれているとしか言いようが無い。
(ここを落とせる勝算が、あの男にはあるって言うのか……!?)
走りながら思考するが、なかなかうまくまとまらない。不測の事態過ぎる現状に、さすがのスザクも冷静ではいられないようだ。
と、その時だった。
「は――ッ!?」
曲がり角を曲がったところで、スザクは自信にブレーキをかけた。
遥か前方に、一人の少女が立っている――年齢は、九歳か十歳位であろう。薄緑色の髪に、まるで空を映したかのような青色の瞳。スザクが今まで見た事の無い子供だった。
「何だ、ウスワイヤで保護している能力者か?」
もしかしたら避難途中、この騒ぎで迷子になってしまったのかもしれない……事実、少女は辺りをキョロキョロと見回しており、何かを探しているかのようだった。
「おーい、そこの子!」
「むー?」
スザクが声をかけると、彼女はスザクの存在に気付いたようだった。ぱぁ、っと華の咲いたような笑みを浮かべると、とてとてと微笑ましい足音を立てながら、スザクの元へと駆け寄ってくる。
「――あー、スザクさん? 見た目に騙されるようじゃ貴方、その子に食われますよ?」
「ッ――!?」
突然背後から聞こえてきた声に、思わずスザクはその場から飛び退く。すると少女はスザクなど見向きもせずに、その横を駆け抜け――その先にいた、メイド服姿の女性の胸元へと飛び込んだ。
「さーちゃん!」
「全く……りーちゃん、一体どこにいたんですか?」
「おなかぐーぐーいったから、ごはんたべてたの!」
傍から見ていれば微笑ましい光景――なのに、スザクは彼女らに対して違和感を覚えずにはいられない。何せ、状況が状況だ。この戦場の真っ只中にメイドと子供など、誰が見ても場違いすぎる。
何よりも――メイド服の女の顔に、スザクは見覚えがあった。それも、こんな場所にいる筈の無い人物に。
「お前……
コヨリ……か?」
「え、私ですか? 違いますよ、人違いです。私はCYR‐X002――試作型擬人兵、通称名
サヨリ、です」
「擬人兵……!? お前、ホウオウグループか!?」
「ええ、そうですよ。もっとも、戦闘能力も何も持たない、ジングウさんの監視しかやる事が無い、唯の人畜無害な機械人形ですがね」
そこまで言って、なぜかサヨリはため息をついた――そのため息には、なぜだか多大な疲れが含まれているように感じられる。
「全く……私のお仕事はジングウさんの監視なのに、なんだってりーちゃんのお守りをしなくちゃいけないんですかー。ジングウさんはジングウさんで、
マキナさんと一緒にどっか行っちゃうし……」
「え、えーと……?」
突然愚痴り始めたサヨリに、スザクは困惑を隠せない。普通、こういう状況で敵と出会ったならばまずバトルに入るのがお約束と言うものだが、相手が非戦闘型と分かると、問答無用に壊すのは流石に彼女には気が引けた。
「あー……私、この先に用があるから……」
思考の結果、スザクは二人を無視する事にした。ゆっくりと抜き足差し足で、二人から離れようとして――
「待ちなさい、スザクさん」
「!」
「……私達は、これから非戦闘員が避難しているシェルターへと向かおうと思います」
「何!?」
「何をしようとしているか……元々、我々の所属だった貴方なら、分かりますよね?」
「…………」
ブゥン、と言う独特の音。気が付くとスザクの体温は見る見る冷めていき、先程までの躊躇を完全に捨て去り、彼女の手には幻龍剣があった。
「止めろ……そんな下衆な真似をするなら、私が相手になる」
「ええ……いいでしょう。貴方なら、りーちゃんにとって最高のご飯となる事でしょう」
「……何?」
サヨリの言葉を受け――そこに至って、スザクは気が付いた。サヨリがりーちゃんと呼ぶその少女。彼女が身に着けている物はたった一枚の「焦げ茶色」の布切れに見えるが、それはどうやらしっとりと濡れているようである。現に彼女を抱き上げているサヨリのメイド服は、そこから伝わる水分によって湿り――否、それどころか「赤く」汚れている。
「ッ――!?」
ぞくり、とした。
気付いてしまった、スザクは。少女の纏っている布切れ、それが「滴る程の血液」に染まっているという事実に……!
「何を……した!?」
「何も……私は何もしていませんよ――りーちゃんに餌を与えただけです」
「ッ――この、人でなしがあぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!」
「ええ、だって――私、機械人形ですから」
「うおぉぉぉぉぉぉ!? どこでもかしこでも、ドンパチやっちゃってるうぅぅぅぅぅ!?」
保護能力者達の居住区画を目指しながら、ハヤトは事態の深刻さを感じずにはいられなかった。
耳を澄ませれば、そこかしこで戦闘の音が聞こえる。もはや、ウスワイヤ全域が戦場化してしまっているのは、想像に難しくなかった。
それだけに、ハヤトは急いで居住区を目指す――戦闘と無関係な人間まで危険に晒す事を、彼は良しとしていなかった。
(痛いのも怖いのも、誰だって嫌だものな――そっから逃げてきたってのに、向こうからやってきたとか、理不尽極まりないだろ!?)
ハヤト自身の感情として、別に逃げる事は悪い事だとは思っていなかった。「神は人に、その人がクリア出来ない試練を与えたりしない」とか言う言葉があるものの、ハヤトはそれに対して「んな訳ねーだろ」と切って捨てる。
(そいつが真理だってんならさ――異能力を押し付けられた、俺達アナボライザーは一体なんだってんだよ!?)
前述した言葉は、苦難に直面した人間の背中を押してやる為の言葉であり、真理でも何でもなく、そこへマジレスするのもどうかと思うが、それでも大概同じ事を考えている筈だ――今まで、自分で苦難・難題を切り抜けてきた人間達は。
しかしそれは、たまたま彼らに「直面した問題をクリアするだけの能力が備わっていた」だけの話であり、探せば彼らのようにうまくいかなかった人間は絶対にいる。そんな人達に対して、彼らは言うのだろうか――その問題がクリア出来なかったのは、君達が真面目に取り組み、全力でかからなかったから、と。上から目線も甚だしい。全力で取り組んだ、しかし駄目だった人間だって絶対いるだろうに。
神様は何時だって残酷に、しかし公平に平等だ。「この問題、こいつならクリア出来るだろう」なんて色眼鏡や選別は絶対にしない。ただ公平に、適当に、万人に対して千差万別な試練をバラ撒いて与えているに過ぎない。
そんな残酷な神様がいる世界で、弱者から「逃げる」という選択肢を奪ってしまうなんて、そんなのあまりにも救いが無さ過ぎる。「逃げるな」って言うのは、強者にだけ許された言葉なのだ。
だから――
「おぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!」
ハヤトは駆ける。住みにくい世俗から逃げてきた能力者達の、自分の宿命から逃げてきた能力者達の、争いから逃げてきた能力者達の、最後の楽園、ウスワイヤ。彼らが自分に与えられた試練から最後まで「逃げ切れる」ように。
屋外へ飛び出し、居住区のある棟へと向かおうとした――その時だった。
「ッ――!?」
ハヤトはブレーキをかけ、その場に立ち止まる――目の前には、数人のフルフェイスヘルメットの人間の姿が。
「おいおい……仮面ライダー555じゃないんだぜ? 強化服こんなに作るとか、お前ら何と戦うつもりなんだよ……」
愛用の短剣を引き抜きながら、ハヤトは身構える。身体能力は常人並みでしかない彼にとって、BD装着者は正しく天敵に等しい相手だが、そこはそれ、仮想敵にはうってつけの友人がハヤトにはいた。
(シスイ、俺は守るぜ……お前との特訓で身に着けた、この力で……!)
「――――」
その時、BD装着者相手に奮戦するハヤトを、建物の上から見下ろしている人影が一つ存在していた。
ウスワイヤを襲撃しているBD装着者達と同じく、その人影もまたバトルドレスを身に纏っていた。その為、一見すると他のBD装着者と
同じように見えるが――そのヘルメットには、なぜだか角が付いていた。
(……博士……指揮官機なら角は必須でしょうって……ミツにはさっぱり意味が理解できません……)
そのBDの中身はミツだった。「彼」は先程からずっと、この場所に立っているだけで何もしていない。
――否、それは間違いだ。そう見えるだけで、戦闘開始直後から「彼」はずっと己の作業をこなしている。
「スキルウエポン・進撃の王国(リヴァイアサン)」。それが、今回ミツに搭載されたSWの名称だった。
まず初めに、今ウスワイヤを襲撃しているBD装着者達は、すべて人間ではない。「リヴァイアサン」と言う名称の簡易量産型バイオドロイドであり、意思も自我も持たない人形だ。与えられた指令通りに動く点は、むしろ自我を持つ以前のサヨリに近いと言える。
「簡易」、「量産型」。機動戦士の時代より、「量産型」とは主役機に劣るやられメカと言うイメージが強いが、それは所詮主役を盛り立てる為の製作者側のご都合に過ぎない。本当の量産型はもっと強い。何せ――リヴァイアサン達は「ドラゴンズスキル」こそ装備していないが、それを除けばすべて彼らのオリジンであるミツと同等の性能を持っているのだから。
「SW・リヴァイアサン」は、そんなリヴァイアサン達を指揮・統括する為の「操り人形の糸」であると言っていい。現在ウスワイヤを襲撃しているリヴァイアサンは全部で五十機余りだが、そのすべてがミツ一人の指揮によって動いているのである。
「行け、リヴァイアサン達よ。汝は我らが王国の尖兵だ」
「一にして全、全にして一」。リヴァイアサン達は、事実上ミツの分身であると言ってよいのだ。
「…………」
各所へ指揮を飛ばしつつ、自らも戦闘に出ていたアキヒロは、その流れで「彼ら」と対峙していた。
「ジングウ……か」
「おやおや。この格好なのに、よく私だとお気付きになられましたね?」
そう言いながら、ジングウはその場でくるりと回転してみせる。包帯塗れのメイド服と言う、相変わらずのふざけた格好だ。
「分かる……どんな格好をしていようとも、お前の邪悪さは隠せん」
「邪悪、ねぇ……私も嫌われたものです」
言いながら、ジングウは肩をすくめる。
「隊長、こいつまさか――」
「ああ、そうだ。ある意味でホウオウよりもずっと邪悪で危険な男……ジングウだ」
アキヒロと共に行動していたアースセイバー所属員達に、一斉に緊張が走る。人間を怪物にしてしまうプロ・ウイルス「ジェネシス」を用いた、先の「生物兵器事件」。その首謀者たる男が、今目の前にいるのだから。
「……しかし、何故にメイド服? しかも包帯塗れ?」
「怪我人、はしゃぐと身体に悪いっすよ?」
「……何故に私、敵から心配されなければいけないんでしょう……」
自分も落ちたものだ、とジングウは一人ごちる。するとその隣で、なぜだかマキナが高笑いを上げた。
「はーはっはっはっは! ジングウ様がなぜこんな格好をしているのか、やはり愚民には分からないらしいね! ――なぜならジングウ様は、怪人:木乃伊冥土だからさー!!」
「……あの、マキナさん? 恥ずかしいんで、ちょっと黙っててもらえます?」
マキナの奇行を収め、こほんとジングウは場を取り直そうとしたのか、一つ咳払いをする。その間アースセイバーサイドではヒソヒソと、「なんかあの人、最初の頃より三下度が増したような……」と言う会話をしていた。
「――やはり、この格好では様になりませんね……日常編だけの使用に控えておきますか」
バサッ、とジングウは自らが纏っていたメイド服を投げ捨てる。するとそこには、学生服を着、その上から白衣を羽織った、「彼スタイル」のジングウの姿があった。
「やぁ、お久しぶりです、アースセイバーのみなさ――」
「――はい、キャッチ!」
ジングウの言葉を遮ったのはマキナの声だ。見れば、彼が投げ捨てたメイド服を俊敏な動作で、ヘッドセットも忘れず、見事に空中でキャッチしていた。
「ジングウ様ー、ちゃんと回収したよー!」
「……それ、予備に五着ぐらいあるので、一着ぐらいどうって事無かったんですがね」
『予備あるのかよ!?』
アキヒロを除くアースセイバー所属員達が、たまらず突っ込みを入れる。しかしジングウとマキナはマイペースであり、全くと言っていいほど、突っ込みを意に介していない。
「さて――もう挨拶なんて面倒ですね。ごきげんよう、諸君。我々はホウオウグループだ」
「ホウオウグループ……だと!? お前、今ホウオウグループにいるのか!?」
「ええ、そうですよ? 元々ホウオウグループに所属していたんですから、今も何もありませんよ、全く……」
ため息をつくジングウであるが、アースセイバー側は困惑を隠しきれない。
なぜならジングウは、先の戦いでホウオウへの反逆とも取れる発言をしていた。裏切り者に容赦が無いホウオウグループにとって、ジングウは許されざる存在に違い無い。にも関わらず、彼はこの場に存在し、あまつさえホウオウグループの一員として存在する。長年ホウオウグループと戦い続けてきたアースセイバーにいるからこそ、目の前のジングウの存在が信じられなかった。
「お前の目的は何だ?」
狼狽する所属員達とは異なり、全く表情を変える事無くアキヒロが問いかけた。幼少期からホウオウグループと対峙し、いくつもの「有り得ない事態」に直面してきた彼にしてみれば、こんなもの「有り得ない」内には入らないのだろう。
「目的ですか……まぁ、『千年王国』を再結成したので、ちょっと我々の力を見せてやろう、と」
「我々の力……だと?」
「ええ――ホウオウグループを総動員するまでもなく、我らが王国『千年王国』の力だけでウスワイヤを壊滅させるなど容易い……そう言う意思表示ですよ」
「ちょっと待て――まさか、今ウスワイヤを襲撃しているのは、お前と、その仲間達しかいないって言うのか!?」
思わず聞いてしまったのだろう。所属員の一人が、気が付くとそう口走っていた。それを聞いて、ジングウの口端がニヤリと歪んだ。
「ええ、そうですよ? そうだと言っているんですよ」
「ハッタリだ! そんな筈ある訳――」
「信じる信じないは貴方達の勝手ですがねぇ……さ、行きましょうか、マキナさん」
「はーい♪」
くるりとアキヒロ達に背を向けると、ジングウはマキナを伴って去っていこうとする。
「逃がすかっ!!」
「な――よせっ!」
その時、何人かの所属員が、歩き去ろうとするジングウに向かって飛び出していった。ジングウが包帯だらけである事、加えて護衛がマキナ一人だけと言う事から、自分達だけでも奴を抑えられる――そう踏んだのだろう。マキナの能力「狂気化(ジェノサイド)」は使い勝手が悪く、守るべきジングウがいるこの状況で使う訳が無いからだ。
だが、
「――おいおい、想像力足りてねぇな?」
嘲るようにジングウが言った次の瞬間、飛び出した所属員達は、一人残らずマキナの振るう鉄槌の餌食になっていた。
「がっ……はっ……!?」
「ば……かな……!? 狂気化は、自分では制御不能な能力の筈……!?」
そう。「狂気化」は「ジェノサイド」と言うもう一つの呼び名の通り、使用者が狂気状態に陥る為敵味方の識別が出来ない。とにかく「手当たり次第、その場にいるモノに対して攻撃を仕掛ける」能力なのだ。ところがどうだろう。今の彼女は、ジングウの傍で能力を発動したにも関わらず、彼には全く目もくれず、真っ先に所属員だけを狙っていた――まるで、誰が味方であり、誰が敵であるかを理解出来ていたかのように。
「何をそんなに驚くんです? おかしくはないでしょう、私達のやる事なんですから」
「う……ぐ……」
「……ま、それでも何にも種明かししないって言うのも、味気がありませんね。マキナさん、見せてあげなさい?」
「はーい♪」
上機嫌そうに答えると、マキナは自分の首に着けているチョーカーを引っ張った……否、それはチョーカーと言うよりも、首輪と呼んだ方が近しいかもしれない。それには、何かしらの機械が埋め込まれているという事が理解できた。
「マキナさんの理性が少しでも残っていれば、狂気化をコントロールする事は可能だと言う事が分かったので――外部からのアプローチにより、彼女の狂気状態をセーブする事にしたんですよ。名付けて――」
「――エンゲージリング!!」
ばばん、と言う効果音が似合いそうな調子で、何やら誇らしげにマキナが言った。ぎぎぎ、とジングウの首が動き、隣に立つマキナを見る。
「……いえ、マキナさん。それの正式名称「
狂戦士の首輪(バーサーカーリング)」です」
「いいえ、「婚約首輪(エンゲージリング)」です!!」
「……何で力一杯、そんな事言っちゃうんですか、貴方? つか、婚約首輪って、どんだけSなんですか、その亭主」
「もー、ジングウ様ったら、貴方十分にドSですよー?」
「……妻にしたい人間に首輪を付けるほど、人格倒錯してません」
「なんかもう、お互いにお互いを台無しにし合っているよな、この二人……」、「ある意味、お似合いなんじゃね?」などと言うヒソヒソ話が聞こえ始めてきた頃、ジングウもマキナを黙らせる事が出来ていた。先程の様に、こほんと咳払いを一つする。
「……まぁ、こんなものでしょうか? 我々の篝火には、もう十分でしょう」
冷たい眼差しでこちらを睨み付けるアキヒロに向かって、ジングウはにやりと嘲笑った。
「か――!?」
横腹を殴打する強烈な一撃に、スザクは思わず床に膝をつき悶絶していた。
(何だ、この化け物は……!?)
脇腹を押さえながら、スザクは顔を上げる。
そこには、確かに「化け物」がいた。
ウネウネと、無数の触手が蠢いている。数にして十は下らなく、しかも一本一本が人間の胴体ほどもある。その触手の基点にいるのは一人の少女であり、触手は彼女の腕に当たる場所から生えていた。
「りーちゃんが持つ二十三の技能の一つ――「イソギンチャク」の力はいかがですか?」
戦闘範囲から遠く離れた場所に、サヨリの姿がある。彼女は終始この戦闘が始まってから、戦闘には加わらず、遠巻きに二人の戦い振りを見ているだけだった。だが、それはそれで正直スザクは有難いと思う。こんな化け物を相手に、更にもう一人の相手をするなど、どう考えても無理がある。
「質量保存の法則無視し過ぎだろ……一体、あの小さな身体のどこにこんなにたくさんの触手が入ってるんだ!?」
「見た目で判断しない方が身の為ですよ。先にも言いましたが、りーちゃん、生物兵器を二十三体融合して生まれたスーパー生物兵器なので」
「あはははははー!!」
子供らしく笑いながら、しかし冗談みたいな数の触手を
レリックはスザク目掛けて放つ。自分に向かって突っ込んできた触手を幻龍剣で切り裂くが、すぐに再生してしまうのでラチが開かない。
「く……接近して、本体に叩き込めれば別なんだろうけど……」
しかし、それを相手は許してくれない。四方八方にうねる触手が行く手を阻み、スザクがレリック本体へと近付く事を妨害している。無謀な接近の仕方をすれば最後、あの太い触手に絞め殺されるに違いない。
ならば龍精落――だが、それも駄目だ。放ったとしても、今度は触手を盾にして威力を削ぎ落とされてしまい、レリック本体を倒すには至らないだろう。
――思えば、これ程の相手との戦闘を、たった一人で行う事が今まで無かった。気が付けば仲間の姿があり、何時もフォローしてくれていた。その事実を、よりによってこのタイミングで気付かされる。
「あーもう……怪物退治はヨリミツの仕事だろー!!」
「むー! りーはかいぶつじゃないー!! いちにんまえのれでぃーなのー!!」
「……りーちゃん? 一体誰から習ったんです、そんな言葉?」
ノリは軽いが、振るう力が大きい分性質が悪い。既に周辺一体は、レリックが触手を振り回した事による破壊でボロボロになってしまっている。もしレリックがシリアスと言うものを理解し、大真面目に襲ってきたら、今頃スザクはひとたまりも無い事になっていたのだろう。
と、その時だった。
「あ、はい、サヨリです――ジングウさん? あ、はい、分かりました……りーちゃんー? 帰りますよー」
携帯電話に応答したかと思えば、サヨリがレリックに向かってそう呼びかけた。するとレリックは不満そうに、サヨリの方へと振り返る。
「いーやー。しゅざくともっとあそぶー」
「駄々捏ねないで下さい。ジングウさんに晩御飯、抜きにされちゃいますよ?」
「それもいやー」
ズルズルと触手が収縮し、レリックの腕に戻っていく。これだけの大質量が見た目十歳程度にしか見えない少女の一体どこに納まっているのか、本当に不思議でならない光景だ。
「……待て」
「はい?」
「お前ら、一体何しに来たんだ。これじゃまるで、適当に襲って、適当に帰ろうとしているようにしか――」
「……ええ、その通りですが、何か?」
「!?」
スザクの瞳が、信じられないものでも見たように大きく見開かれる。そんな彼女を見て、サヨリは苦笑を浮かべた。
「おかしいと思います? ……私も思います。けど、それが今回出したジングウさんの作戦なんですよ」
「作戦って……一体これの、どこが作戦なんだ……」
「強いて言うなら、旗揚げですよ」
「旗揚げ……?」
「『千年王国』の再結成、それをアースセイバーの方達に知って頂くため……そして、我々にはこれだけの力があるのだ、と言う自己顕示ですね。ほら、ジングウさん、あの通り自己顕示欲全開な方なので……」
それにしたって、やる事が滅茶苦茶だとスザクは思う。振り返ってみれば、たかがそれだけの目的の為に、ウスワイヤをここまでめちゃめちゃにしているのだから――
「さて――私達はこれから帰りますが、スザクさんは見逃してくれますよね?」
「……ああ。本当は見逃したくなんかないけど、その子は私一人じゃ太刀打ち出来そうにないからね」
「賢明な判断です――それでは」
「ばいばーい」
歩き去っていく二人に、警戒心は欠片も感じられない。スザクが不意打ちを仕掛けてくるとは全く考えていないようで、しかし実際スザクには不意打ちのしようが無かった。
強過ぎる。あのレリックと言う子供は、あまりにも出鱈目に強過ぎる。二十三個存在すると言う力の一つを相手にしてこの様だ。二十三個、すべての能力をあの少女が開放した時一体どんな事になるのか、全く想像したくもない。そして、そんな化け物を生み出したのは他でもないホウオウグループであり、『千年王国』の主導者ジングウなのだ。
二人の後ろ姿を見つめながら、スザクは、ホウオウグループの、そして『千年王国』の計り知れなさを噛み締めていた。
(さぁ、始めようか、諸君)
(私と、私達の王国による――戦争を)
最終更新:2011年10月31日 16:20