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エンドレス・ファイア(後編)

「……ふむ」

 爪先から頭の天辺までベガはアッシュの姿を眺める。その舐めるような眼差しに、アッシュは訝しげな表情を浮かべた。

「貴方……良いわね。私のものになりません?」
「はい?」
「前から思っていたのですわ、麒麟が一頭手元に欲しいと……その銀色の毛並、私の髪の色に合うと思うのだけれども」
「大変、魅力的な話ですが、」

 ドン、っとアッシュの身体が銀色のオーラに包まれる。

「生憎と、もう心に決めている人がいるんです。僕はね、遊んでも浮気はしない主義なんですよ」
「あらあら、振られてしまいましたわ」

 アッシュが床を蹴り、一瞬で距離を詰める。彼から突き出された拳を、ベガは易々と受け止めた。

「スイネちゃん!」

 アッシュが叫ぶ。その瞬間、彼が一体何を自分にして欲しいのか察し、スイネは鎖を飛ばす。その先にいるのは、床の上に転がっているサヨリだ。

「えいっ!」

 鎖をサヨリに巻き付け、思いっきり自分の元へと引き寄せる。少々乱暴な救出方法であるが、この際贅沢など言ってはいられない。

「……スイネさん、ありがとうございます」
「お礼を言うはこっちよ、サヨリ……私の為にありがとう」
「いえ、どういたしまして」

 サヨリが笑う。その身体はオーバーヒートの影響によってまだ熱を持っており、まるで熱病にかかったように熱かった。

「大丈夫?」
「ええ、放っておけばその内なんとかなります。後でジングウさんに直してもらわないといけないけど……アッシュさんが来てくれましたから」

 サヨリが視線をアッシュの方へ向け、それにつられてスイネもそちらの方に視線を向ける。そこでは、先程サヨリが繰り広げた時よりも激しい攻防戦が行われていた。

「……何だか、複雑な気持ち」
「え?」
「だって……あそこで戦っているのは、私の友人を傷付けた張本人だもの」
「あ……」

 スイネの視線は、じっとアッシュの背中に注がれている。アッシュが動く度に、背中程の長さまで伸ばされた黒髪が揺れる。彼のオリジナルだったら、あの髪の毛は紐で束ねられ、まるで尻尾のようになっていた筈だ。

 スイネの仲間、都シスイ。その都シスイの遺伝子情報から生み出され、彼に瀕死の重傷を負わせた人物。AS2、アッシュ。そのアッシュが今、自分達を守る為に戦っている……やはり、複雑だった。

「――ふっ!」

 そんなスイネの心情など知る由もなく、アッシュの戦いは続く。何時の間に取り出したのか、彼の両手にはサバイバルナイフが握られていた。

「物騒な物を持っているのね、貴方」
「まぁね。兄さんと違って、僕武器はちゃんと使うタイプだから」
「そう……厄介ですわね。私の能力も、貴方には効きが悪いですわ」

 そう言えば、とベガの言葉を聞き、スイネは思った。

 ベガの能力は、相手に幻覚を見せるタイプのもの。本人にしか見えない、その実本物としか思えないような幻覚を見せる、ある種の万能性と全能性を秘めた能力だ。しかしどう言う訳か、先程からアッシュが幻覚に苦しめられているような様子は無い。効きが悪い、と言う言葉から察するに、使っていない訳ではないようだが。

「皇帝、特権……」
「え?」
「王に相対できるのは王族のみ……麒麟を始めとした、一部の能力に付加されている機能です……天子麒麟の能力者は、自分よりも位階(クラス)の低い能力者からの幻覚や変化の能力、「対象者を改変する」能力が効かないんです」
「対象者を改変する……それで、ベガの能力が効いていないって事?」
「ええ……ですが……」

 不安げな表情で、サヨリはアッシュの方を見つめている。
 サヨリの懸念事項は、アッシュが自然発生の麒麟ではなく、人為的に生み出された人造の麒麟である事だ。「天子麒麟」の能力性能こそ、オリジナルと同格であるが、位階に関しては別問題だ。人造であるが故に、アッシュの位階は通常の麒麟よりも低く位置付けられている。人造、と言う点に関してはベガも同じであるが、彼女は人工とは言え「神」だ。位階は「王」より上に当たる。

「仕方が無いですわ……奥の手を、使わせて頂きます」

 言って、ベガが手を翳した。その手元に、光が集まっていく。

(何、あれ……?)

 光が凝固し、拡散する。光が消え去った後にあったのは、

「剣……?」

 一振りの、大きな剣だった。まるでガラスで出来ているかのような、透明に透き通った刃。身の丈ほどもあるその剣を、ベガはまるで重みを感じていないように軽々と振る。

 その美しい刀身を目にした瞬間、スイネは背筋に寒気を感じた。

「いけない――その剣とまともにやり合わないで!」

 直観に突き動かされるままスイネは叫んだが、アッシュがベガに向かって踏み込む方が速かった。

 ベガが剣を振る――やはり重さは無いのか、指揮棒でも振っているかのように軽やかだ。自分に向かって振り下ろされた刃を受けようと、アッシュがサバイバルナイフを構える。

「無駄ですわ――幻想の刃を受け止める術が、この世にあると思い?」

 ザン、と肉を断つ音が聞こえる。ベガの振るった刃はサバイバルナイフを切り割り、そのままの勢いでアッシュの身体を右肩から袈裟掛けに切り裂く。

「が……はっ……!?」
「アッシュさんー!!」

 鮮血が飛び散る。サヨリの悲鳴が、廊下中に木霊した。

 ――・――・――

 火の海と化したハンガー内。

 そこで、人工悪魔との新たな戦いが行われていた。

「ふっ……はっ……」

 火の海をミューデが駆け抜ける。その動きを追尾し、ドラゴン・ユニットが追う。

 体温を自由に操るのがミューデの能力だ。これにより、燃え盛る業火の中であっても彼は自由に活動する事が出来る。しかし、それでも能力を行使する肉体は人間のものだ。ユニットが吐き出す一千度の火炎が直撃したら、一溜まりもない。

 ユニットが吐き出す火炎をかわしながら、ミューデは逃げ続ける。その彼の逃げ道を塞ぐように、三基のユニットが現れた。

「!?」

 ミューデの表情に、驚きと恐怖の色が浮かぶ。ユニットの口が開き、その中に炎の輝きが見えた。

「――みゅーーーーーーーーーーー!!!!」

 幼子の声が、格納庫内に響き渡る。無数の触手が伸び、それらが真横からユニットに突き刺さった。ユニットは火花を上げ、それから爆発する。

 炎の海に浮かぶ、瓦礫の島。その上に、両手から触手を伸ばして立つレリックの姿がある。ミューデは彼女に向かって親指を上げた。それに応えるように、レリックはぶんぶんと両手を振り回す。

「む、無茶苦茶だな……」

 炎の海の中、火達磨になりながら走り回る少年。触手を伸ばし、暴れ回る幼女。竜の頭の形をしたユニットを操る、人造の悪魔。

 さながら、怪獣大戦争だった。

「みゅーーーーーーーーーーーー!!!!」

 レリックが叫び、触手を伸ばす。その先にあるのはサタンの姿だ。だがサタンは無表情のまま、自分に向かって伸びてくる触手を火炎放射で焼き払う。

「――隙あり」

 サタンの注意がレリックに向いた隙に、その背後にミューデが回り込んでいた。触手を命綱の代わりにして、天井まで登って来たのだ。

 両腕に火炎を纏い、彼は手刀を振り下ろす。その一撃で、サタンの翼は切り落とされた。

「――!」

 ここに来て初めて、サタンの表情に変化が現れた。僅かな変化であったが、驚いているようにリオトは思えた。飛行能力を失ったサタンは墜落し、瓦礫の上に落ちる。

 天井のミューデを見上げ、サタンが手を翳した。その手に、光が収束していく。だが光線が発射されるよりも早くその腕に、レリックの触手が絡みついた。

「みゅーーーーーーーーーーーーー!!!!」

 一体その身体のどこにそんな力があるのか、レリックが思いっきりサタンを放り投げる。サタンの身体が触手に引かれるまま、放物線を描いて頭から火の海に突っ込んだ。

「みゅみゅ、みゅーーーーーーーー!!!!」

 そのままレリックは、サタンを引き摺りまわした。ガリガリとコンクリートの削れる音が聞こえる。幼子のえげつない攻撃に、リオトは思わず「うわぁ……」と声を漏らしていた。

「レリック!」
「みゅーーーーー!!!!」

 ミューデの声に応え、レリックがサタンを放り投げる。引き摺り回されたせいで、その身体は傷だらけになっていた。

「おぉぉぉぉぉぉ……」

 ミューデの身体が、炎に包まれた。「ヴェクセルライブ」による体温操作で、自分の身体を発火させたのだ。

「たあぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」

 天井を蹴り、飛んで来るサタンに向かって飛ぶ。高速で飛んで来たサタンの胸に、ミューデの跳び蹴りが突き刺さる。

「がはっ」

 血を吐くような声が聞こえた。ミューデとサタンはもつれ合うようにして火の海に落ちる。

「ミューデ、大丈夫か!?」

 リオトが呼びかけると、むくりと起き上がる人影が見えた。ミューデだ。すぐにレリックが触手を伸ばし、彼を瓦礫の上にまで引き上げる。

「悪い。俺、何も出来なかった……」
「仕方無いって。リオトの能力じゃ、炎やら何やら、どうにも出来なかっただろ。俺も、レリックがいなかったら危なかった」
「にゅふふふ~」

 ミューデが頭を撫でると、レリックが気持ち良さそうに目を細めた。とても一戦終わらせたとは思えない二人の様子に、リオトも表情を柔らかくする。

「取り敢えず、これからどうする?」
「正面ゲートへ行こう。無々世が現れたらしい」
無々世一派が!?」
「ああ。花丸とイマさんに行ってもらったけど、相手はあの『危険因子化(ハザードファクター)』だ。戦力は多いに越した事は無い」
「よし、分かった。それじゃあ――」

 そこまで言い掛けたところで、リオトの視界にあるものが映り込んだ。炎に包まれながら、それは起き上がり、そしてこちらに「手を向けている」。

「う――?」

 避けろ、と叫んだが間に合わなかった。レリックは、その身に何が起きたのか分かっていないようだった。

 光線が放たれた。リオトはただ、目の前でレリックの左半身が消滅したのを、見ている事しか出来なかった。

 ――・――・――

 正面ゲート。

「う、うぅ……」

 何とか起き上がろうとするが、眞代の四肢には力が入らなかった。彼女の視界の端に、自分と同じ状態になっている樹利亜の姿が見えた。

「で、でたらめ……何なのよ、あの能力……」

 今だ、戦いの繰り広げられている方へと顔を向ける。そこでは、フェンリルに跨る花丸の姿があった。

「ぜぇ……ぜぇ……」

 花丸の姿は、もうボロボロだった。服の所々が千切れ、破れ、血の汚れらしいものも見て取れる。彼が乗るフェンリルも同様であり、特に足回りがズタズタに引き裂かれている。

 二人が戦っているのは、無々世一派の三人。無々世とアビ、ヘルラだ。こちらは傷一つ見当たらない。

「フェンくん、コールドボイス!」

 花丸の命令に従い、フェンリルが吠える。だが、

「――!!!!!!!!!!!!!!!」

 フェンリルの咆哮とは別の叫び声。それが、すべてを凍てつかせるフェンリルの咆哮を掻き消してしまっていた。声の主は叫びの能力、「クレイジークライ」の持ち主、アビだ。

「くっそ……!」

 花丸はフェンリルを走らせた。直接的な攻撃を仕掛けようと、無々世達に向かって突っ込む。

「……危険因子化(ハザードファクター)」

 だが、無々世が手を翳し、それだけ短く呟く。その瞬間、地面を踏んだフェンリルの足元で変化が起きた。

「ッ――フェンくん!?」

 ギャウ、と犬のような鳴き声をフェンリルが上げた。その足に、パニッシャーの残骸が突き刺さっていた。見れば、無々世達が立つ瓦礫の山の周辺が、まるで針山のように鋭利な突起が立ち並ぶ様子に変貌していた。

「危険因子化……ここまで強力だなんて……」

 離れた場所に、デルバイツァロストが横たわっている。その頭部はすべて、まるで内側から破裂したように潰れていた。「危険因子化」によって頭の中に入っている磁界をコントロールする装置が誤作動を起こし、それによって自壊を招いたのだ。

 自分の周囲にあるものを危険なモノに変えてしまう能力、「危険因子化」。離れて戦おうにも、アビの能力がある為にそれも許されない。

「イマさん……」

 イマの火球なら。そう思って思わず花丸は彼の名を呟く。しかし彼は今、ヒトリと大和を相手にしていた。

「く……この……!」

 グリフォンの姿で宙を舞うイマ。だがその動きに追従し、ヒトリが攻撃を仕掛けてくる。ぴたりとまるで張り付くように向こうは飛行してくる為に、火球を放ちたくても放つ事が出来ない。その上、変身時の巨体では小回りが利かず、機敏に動くヒトリを捉えられない。

「ちっ!」

 相性の悪さを感じ、変身を解いて地面に降りる。だが、それを狙って大和が襲い掛かった。

「はあっ!」
「こ、こいつ!?」

 身体強化系の能力者なのか、大和の拳は改造人間であるイマから見ても「重い」一撃だった。その上、その動きはとても素人のものとは思えない程、洗練している。特殊な訓練を受けている訳ではないイマの動作で追いつけるものでもなく、瞬く間に追い詰められる。

「野――郎!!」
「!」

 イマの頭が、メキメキと音を立てて鷲の形に変化する。そのまま彼は、零距離から大和に向けて火球を吐き出した。避けられる訳も無く、大和はその攻撃をもろに受ける。

 吹き飛ばされ、地面を転がっていく大和。だが、

「……おいおい、ウソだろ……」

 イマの表情が引き攣った。服こそ焼け焦げていたが、何事も無かったかのように大和が起き上がったのだ。立て続けにイマが火球を放つも、大和は飛来してくる火球をすべて腕で砕き、或いは手刀で叩き割っていく。

「く、っそ……」

 大和だけでも厄介だが、敵は彼だけではない。大和と二人で挟み込むようにして、ヒトリも身構えている。

 空中に逃げてもヒトリに捉まり、地上においては大和に抑えられる。

(やられた……こいつら、自分達の相性に応じて、戦う相手を変えてやがる……!)

 無々世の「危険因子化」は強力だ。しかし、効果範囲内でなければ効力を持たない。その性質上、射程範囲外からの攻撃に弱い。だから、魔術による遠距離攻撃を持つ眞代と樹利亜を真っ先に封じ、同じく火球による遠距離攻撃を持つイマを無々世から離した。フェンリルの咆哮はアビの「クレイジークライ」で相殺。そうなれば、花丸には近接戦闘しか無い。

 対して、イマはグリフォン形態による空中戦能力を持つが、身体が巨大化する為小回りが利かない。それに対し、ヒトリは融通が利く。ぴったり張り付いて戦えば火球に襲われる心配は無い上、イマは白兵戦による反撃も出来ない。かと言って地上に降りれば大和――火球にさえ耐える身体を武器に、近接戦闘でイマを封じる。

「やべぇな……頭の言う通りになっちまった……」

 イマの脳裏に、ジングウの言葉が蘇る。

 ――月並みな言葉ですが……どんな能力にも相性が存在します。完全無欠に見える特殊能力にも、絶対に勝てない相手が存在する。あの龍義真精すらそうです。いいですか、くれぐれも自分と相性の悪い相手とは戦わない事です。そう言う相手と当ったら、迷わず逃げて下さい――

「いや、リーダー……逃げられないですわ、これ」

 ジリジリと距離を詰めてくる大和とヒトリを前に、イマは冷や汗が浮かんだ。

 ――・――・――

 施設内、格納庫。

「う……」

 火の海に浮かぶ島の上で、リオトは倒れていた。

「くそ……サタンの奴、まだこんな力が……」

 リオトの視線の先では、炎の海の中で戦うサタンとミューデの姿があった。

「くぅっ!」

 全身に炎を纏いながら、ミューデが何度も殴りかかっている。だがそれらの攻撃を、サタンは全く意に介していないようだった。顔面に入ろうと、腹に突き刺さろうと、人造の悪魔はミューデに向かってくる。

「ぐ……」

 リオトは身体を起こし、レリックの方を見た。光線で左半身を消滅させられたレリックは、その身体を丸めて動かない。おそらく、死んではいない。だが、自己修復を行っているのだろう。その為に身動きが取れないのだ。

「はぁ……はぁ……! ミューデ……!」

 ミューデは追い詰められている。このままでは、彼が倒れるのも時間の問題だ。

「くそ……」

 リオトは、激痛の走る身体を無理矢理起こす。

 何か、手は無いか。そう思い、リオトは記憶を探る。

(何でもいい。この状況を打破出来るならば、どんな手段でも)

 そう思い、思考を巡らせ――その結果浮かんだのは、ある日のユウイとのやり取りだった。

『血液って、車で言うところのガソリンみたいだよね』
『そうか? 何か、イマイチ想像出来ないんだけど』
『えっと、血液が身体の中を駆け巡って、身体を動かす為に必要な栄養素や酸素を送っている訳でしょ? ガソリンだって、車を動かす為に必要な燃料をエンジンに送っている訳だからさ』
『あー、なるほど。確かに、そっくりだな』

 血液と、ガソリン。その仕組みが、似ているのならば、

「……やって、みるか……!」

 我ながら、随分と恐ろしい事を考えていると思う。もし失敗すれば、自分の身体はどうなってしまうのだろう、とも。それでも、やるしかない。やらなければ、生き残る可能性途絶えてしまう。

 だったら、やる以外の選択肢は無い。

「う――おぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!」

 リオトの能力は血液操作。自分の体内を流れる血液を自由自在に操る事が出来る。ならば理屈の上では、「全身の血流を操る事」だって可能な筈。

「ぐ、う、うぅ……!!」

 視界が明滅する。心臓が爆発しそうな位に早鐘を打ち、激痛が起こる。正常時を超える速さで全身の血液を送り込んでいるのだから、必然的にその負荷は全身、特にそれを送り込むポンプたる心臓にかかる。思わず蹲りそうになりそうな痛みを堪え、リオトは全神経を血液の流れに注ぐ。

「お……ご……」

 死ぬ、死んでしまう。このままでは自分は。そんな恐怖が何度もリオトが襲う。だが、止められない。血流のコントロールがまだ完全に出来ていない。このままでは身体に振り回されてしまう。それでは駄目だ。身体を、血液を、完全に自分の支配下に置かなければ。

「ぐあっ!」

 炎の海から、ミューデが吹き飛ばされてきた。その身体は瓦礫の上を転がっていき、リオトの傍までやって来る。そして彼を追うようにして、ゆっくりとサタンが島の上に上がって来た。

「リオト……逃げろ……」

 ミューデが声を掛けるが、リオトは耳に入っていないのか、その場から動かない。彼はその場に立ち尽くすばかりだ。

「リオト……!」

 ミューデが彼の足に手を伸ばして揺さぶる。だがやはり、リオトは反応しない。

 サタンが手を翳した。その手に、光が収束していく。

「リオトぉっ!」

 ミューデの、叫ぶような声が、悲鳴のような声が響いた。

 その瞬間――リオトの姿が消えた。

「――え?」

 突然の出来事に、ミューデは何が起きたのか分からない。彼の視線の先では、サタンの顔面を殴り飛ばすリオトの姿があったのだ。

「り、リオト!?」

 まさに瞬間移動。一体何時の間にそこまで移動したのか、あまりの速さに全く気付けなかった。

「…………!」

 リオトの姿が再び消える。今度は、よろめくサタンの背後に現れた。その背中に、思いっきり回し蹴りを叩き込む。

 そして――

「お――おぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!!」

 ラッシュ、ラッシュ、ラッシュ、ラッシュ!!

 打撃の暴風。四方八方からリオトの拳や蹴りが、サタンの身体を襲いかかる。しかも、その一撃一撃が尋常な威力ではない。ミューデがいくら殴っても傷付かなかった身体がひしゃぎ、抉れ、破壊されていく。

「終わりだッ!」

 最後の一撃が、サタンの顔面に叩き込まれる。その一撃が完全に、人造の悪魔の頭蓋を砕いたのをミューデは見た。破壊され尽くされたサタンはよろめき、後ろから炎の海へと落ちて行く。サタンの動力炉が壊れたのだろう、少し間を置いてから爆発が起こった。

「う――」

 やがて、力が抜けたようにリオトがその場に倒れた。友人が見せた突然の力に、ミューデはただその姿を茫然と見つめているしかなかった。

 ――・――・――

「が……あ……」

 傷口を抑え、アッシュが蹲っている。それをベガが見下ろしている。

 「天子麒麟」により、傷の修復は始まっている。だが流れ出た血液が、床を赤く染めていた。

「何だ……その剣は……!?」

 息を荒げながら、アッシュがベガを見上げる。彼女はその鼻先に、その透明な刃を突きつけていた。

「夢想剣……とでも言えばよろしいかしら? 私の能力で創り上げた、幻想の剣ですわ」
「馬鹿な……実体化する程の幻覚なんて、そんなの……」
「まさに、夢限のようですわね?」
「! ……なるほど、元はドリーマーよりもたらされた技術だったっけ……性質を同じにする貴女が使えても、おかしくはないって事か……」

 言って、アッシュはゆっくりと立ち上がった。呼吸は整っており、傷も塞がっている。だが、完全に塞がった訳ではないのだろう。あくまで、応急処置が済んだに過ぎない。

「さぁ……行きますわ」

 ベガが踏み込む。紙一重でその斬撃をかわすアッシュだが、ベガの剣は易々と廊下の壁を切り裂いた。

「何て切れ味なの、あの剣!?」
「……幻覚で出来ているから、結果が先行しているんです……」
「え?」
「ベガさんの幻覚は、突き詰めていくと現実を歪めて、自分の望む結果を押し付けるんです……だから、あの剣には初めから「切れた」と言う結果が備わっている。あの剣で切られてしまったら、どんな物質であっても結果に従って切り裂かれるしかないんです……」
「そんな……」

 普通に切り裂かれた辺り、「天子麒麟」に備わっているらしい皇帝特権も効果を発揮していないのだろう。防ぐ手段も無く、アッシュは逃げに徹するしかない。

「く……」
「どうしたんですの? 先程までの威勢はどちらへ?」

 壁際まで、アッシュは追い詰められていた。もはや、逃げ場は無い。

「もう一度聞きますわ……私のモノになりません? 今なら、許して差し上げますわ」
「…………」
「そう……残念ですわ」

 ベガが剣を振り上げ、思わずアッシュが顔を背ける。しかし、その刃が振り下ろされる事は無かった。

「く……ファスネイ・アイズ!」
「はぁ……はぁ……やっぱり、これを創るのは疲れるわね……!」

 忌々しそうにベガが振り返る。そこには、スイネが創りだした純白のユニコーンがいた。

「行きなさい!」

 スイネの命令に従い、ユニコーンが角を振り上げて襲いかかる。ユニコーンの角と、ベガの夢想剣がぶつかりあった。

「物質ならともかく、思念体を切り裂くのは難しいようですわね……!」

 それまで恐るべき切れ味を発揮していた夢想剣だが、スイネのユニコーンは例外のようであった。ユニコーンの角は刃を受け止めても折れる事は無く、そのままベガの剣戟と切り結んでいる。

「よし、これなら――」
「――残念ですが、同じ幻想遣いとしては、私の方が一枚上手でしてよ?」

 ベガが手を翳す。その瞬間、彼女に向かって突進していたユニコーンが一瞬で掻き消された。

「そんな……これでも駄目なの……!?」

 スイネの表情に悲壮の色が浮かぶ。必殺の手も破られ、もう彼女に戦う術は無い。

「……そんな事無いよ」

 それは、アッシュの声だった。何時の間にか、彼はベガの背後に立っていた。

「ッ!? 何時の間に……!?」
「後ろからで卑怯だけど……悪いね」

 ベガが振り返るよりも先に、その背中にアッシュの拳がめり込んだ。ベガは苦しそうに咳き込みながら、その場に崩れ落ちる。

「ご自慢の夢想剣はどうしたんだい? 何時の間にか、手元から無くなってるけど」
「く……」
「…………あれだけ強力な剣だ。能力のリソースを大幅に取られてると思ったよ。剣を出したままじゃ、スイネちゃんの能力を無効化出来ないんだろ?」
「……よく、気付きましたわね」
「まぁね」

 そう言って、アッシュはスイネに向かってウインクしてみせた。

(……やっぱり、何だか複雑……)

 それでもスイネは、ぎこちないながらも笑みを浮かべていた。アッシュの人懐っこさがそうさせたのか、それとも彼の姿にシスイの面影が見えたのか。彼女には、よく分からなかった。

 その時突然、壁が吹き飛んだ。赤い光が通り抜けていく。

「く――これは!?」
「い、一体何が……!?」

 身をかがめ、衝撃にアッシュは耐える。スイネも吹き飛ばされまいと、車椅子に掴まった。

「ベガ様――――!!!!」

 吹き飛んだ壁の穴から、中性的な顔立ちの少年が飛び込んできた。ゼロだ。普段、冷静沈着な彼らしくもなく、その表情には焦りの色が大きく浮かんでいた。

「ご無事ですか、ベガ様!?」
「ええ……助かりましたわ、ゼロ」

 ゼロに肩を貸してもらい、ベガが立ち上がる。キッとゼロは、憎しみに満ちた表情でアッシュを睨みつけた。

「よくも……!」
「そんな顔しないでよ。一応女性だから手加減したんだよ?」

 言って、アッシュはくるくると掌の上でサバイバルナイフを玩ぶ。どうやら刃物を持っていたにも関わらず、あえて素手で殴ったらしい。

「スイネさん」

 ゼロが空けた穴から、ミツが出て来た。

「! ミツ……」
「大丈夫でしたか?」
「ええ、私は大丈夫よ」
「そうですか……」

 言って、ミツはフッと微笑んだ。優しげな、人間味のある微笑い方だった。何時もの「彼」らしくないなどと、スイネは思ってしまった。

「――あらあら、ゼロ? 囲まれちゃったわよ」
「――仕方ないね……それじゃ、使おうか」

 そう言った瞬間、空気が変わった。それを察知して、アッシュ達は身構える。

「――プログラム、起動」
「――コード『比翼のαGITΩ』を起動」

 その呪文を唱え終わった直後に、ゼロが「二人」に増えた。いや、よく見ると片方は髪が長く、また顔立ちもこちらはどちらかと言えば女性的だ。そう、こちらはアインだ。二人で一つの筈のゼロとアインが、別々で存在しているのだ。

「な!?」

 驚く周りを尻目に、アインが動いた。右手に「アイン・リッター」の光の弓を出現させ、それを天井に向ける。そして番えた光の矢を放った。放たれた矢は光の光線と化し、一息で天井を撃ち抜く。

「ゼロ、ベガ様を!」
「分かっている!」

 ベガをゼロとアインが、両側から挟むようにして支える。二人の背中にはそれぞれ形の違う翼が片翼ずつ備わっており、それが羽ばたくと三人の身体が浮かび上がった。

「それでは皆様……御機嫌よう」

 そう言い残すと、三人は天井に空いた穴から飛び出して行った。その速力は凄まじく、瞬く間にその姿は空の向こうに見えなくなった。

「逃げられた、か……」

 ――・――・――

 ホウオウグループ支部施設、正面ゲート。

 ホウオウグループ側で、そこに立っている者は誰もいなかった。花丸も、イマも、倒れたまま動かない。まだ息はあるようだが、意識は完全に無くなっているようだった。

 無感情な瞳で、無々世はそれを見つめている。止めを刺そうとしたのか、その手を向けて――

「――来た」

 何かに気付いたように、その手を下した。視線を向けた先にいるのは、包帯に全身を包んだ一人の男。黒い学ランにも似た服の上から、白衣をマントのように羽織っている。

「……ジングウ」
「その辺りで手を引いてくださいよ、無々世。その人達は私の大事な部下なんですから」

 無々世の戦闘能力など全く意に介していないように、ジングウは悠然と歩み寄って来る。あまりの自然さ、あまりの余裕。その姿は不気味にも見え、思わずアビ達は無々世を守るようにして身構えた。

「ジングウ、一つ、聞きたい」
「はい、何でしょう?」
「戦い。永久、続く、世界。それが、お前の理想?」
「ええ、そうですね」
「だが、その望み、結果、これ」

 言って、無々世は周囲を見渡した。あるのは、荒涼とした瓦礫と残骸の山。そして、倒れ伏す何人もの人。

「お前、戦い、望んだ。戦い、作る為、沢山火を撒いた――その火、自分に帰って来た」
「…………」
「戦いの炎、自分、周り、何もかも焼き尽くす。炎、どんなに苦しくても消えない。炎、止まらない。それでもお前、戦いを望むか?」
「――ああ、そうだ。それが俺の望む合理的な世界の姿だ」

 ジングウの口調が、そして雰囲気が変わった。目元から冷笑が消える。鋭い目付きで、ジングウは無々世を見返していた。


「強さも弱さも、善も悪も、良いも悪いも、すべて同じ価値のものでしかない。比べるのも馬鹿な話だ。人よ、善行を積め、さすれば救われん……そんな訳ない。ならば、なぜこれだけの悪行を行う私は何故裁かれずに残っているのだ? ……答えは簡単だ。善い者が救われる訳でも、悪い者が裁かれる訳でもない……ただ、存在するべき者が存在するべくして存在している。この世界は、そう言う場所なのだ」

 ジングウが語る、この世の真理。それに、無々世は黙って耳を傾ける。

「なればこそ、私は戦いと言う「ふるい」を用意した。ふるいにかけられ、生き残る者は生き残るべくして生き残る。そうして「ふるい」にかけられた者達だけが残った世界こそ、優れたモノだけが存在し、無駄の省かれた合理的な世界だ……平和など、無駄を増やすばかりの非合理でしかない!」

 真っ向からジングウは、無々世の理想を否定した。その言葉を聞いても、無々世の表情は揺るがない。

「……やはり、お前と我、相容ない」

 くるりと、無々世は踵を返した。

「無々世様!? よろしいのですか!?」

 今なら、ジングウ一人。倒せない事は無いと思ったのだろう。大和が言う。しかし、無々世は首を振った。

「ジングウ、強い。我、相性、悪い。我、勝てぬ」
「そんな……」

 大和自身、無々世がジングウに負けるなどとは思っていないのだろう。彼は複雑な表情でジングウの方を見る。ジングウはと言えば、ポケットに手を入れたまま、無々世達の方を見ている。

「今、退く。いずれ、我ら、再び、戦う……相応しい、場所で」

 そう言って、無々世はジングウの方を見た。その視線に、ジングウも視線を持って返す。

「次、会う時。我、お前の、理想、否定する」
「そうですか……それならその時は、私が貴方の理想を否定する時でもありますね」

 ――次に会う時まで、首を洗って待っていろ――

 言外に二人は、そう言葉をぶつけ合っていた。

 ――・――・――

 轟々と、燃える。

 燃える、燃える、燃える。何もかも飲み込んで。

 火を付けた者の手さえも焼いて。

 消えない、消えない。炎は消えない。

 争いが争いを呼び、戦いが戦いを呼び、憎しみが憎しみを呼ぶ。

<ジングウ……君が望んだのは、本当にそんな世界なのかい?>

 世界のどこかで傍観者が、返事も望まずにそんな事を呟いた。

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最終更新:2012年11月18日 14:55