「みんな、
タマモを助けて!」
「言われんでも!」
「分かってます!」
春美の言葉に応え、次々と妖怪達が飛び出してくる。
ある者は傷付いたタマモを守ろうと庇う。
ある者は勇ましく、自らが戦う相手を鋭く見据え、
ある者は労わり、傷付いた仲間に寄り添った。
嗚呼。これぞ、百鬼夜行。
ここに集うは、
「征くぞ、秋山妖怪百物語!」
『おぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!』
ゴクオーの檄に応え、戦闘要員がそれに負けじと声を上げる。各々がそれぞれに武器を手に、体格差などものともせずに大蛇へと飛び掛かっていく。
震える。その怒号に空気が。否、魂が震える。
ゴクオーは感じていた。久しく忘れていた、戦場の空気を。
「魑魅魍魎が……大蛇に敵うとでも思ったか」
淡々と僧侶が言い、眼下を睨みつける。無感情なその言葉には、しかし苛立ちの様なものが含まれていた。
シャラン、と言う錫杖の音ともに、夥しい数の幽体が姿を現す。大狐化していた時は姿が見えなかったが、あの間もずっとレギオンは増殖を繰り返していたらしい。その密度たるや、本来半透明である筈なのに、その向こう側にいる大蛇の姿がまるで霞でもかかったかのようにしか見えない。タマモが戦っていた時の比ではない。
だが、
「こんな雑兵ごときで!」
「ワシらを止められると思ったら大間違いじゃあっ!」
そう。相手は数こそ凄まじいが、所詮は有像無像。だが、こちらもただの群れではない。まだ語られていない者達もいる為、数は百には届かない。されど、我らは秋山春美に語られし百鬼の群れ。主の願いを汲み、仲間を助けるべく馳せ、愛する者を守るべく戦う、善の妖怪達。
「理亡き命を、切り裂け!」
第二十五話、『赤マント(
エトレク)』が翻る。振り回す大鎌に切り裂かれ、増殖する前にレギオンが霧散する。
「味気無いわよ、貴方達の魂。その程度で、生者を手にかけられるとでも?」
第三十四話、『魂喰らいし人形(
カトレア)』が躍る。彼女の前では、人造の幽体など一溜まりも無い。
「さぁ、遊んでくれよ?」
第四十一話が、
闇の中でゆらゆらと揺れる。束ねた白髪が、さながら躍動する大蛇の様だ。それはまるで、神の御使いたる『白蛇(
クチナワ)』が演じる、神に奉じる為の神楽でもあるかのようだった。
「みんな――行って!!」
数には数を。黒妖犬は第五十八話、『始末された野生の命(その者)』に寄り添う。ノラの命に従い、黒き強犬達は戦う。その爪はレギオンの幽体を裂き、その顎斗が粉々に噛み砕く。
「HaHaHaHaHaHa!!!!」
狂った様な笑い声が、闘技場内に響く。幽体の群れの中で、漆黒のスーツを着た男が舞う。その金色の髪はまるで、満月の光を吸い込んだかのように月光に反射して煌めく。まるでそれは、彼の心を現しているかのようだ。
「どしたい、旦那! 何時になく上機嫌じゃないか!」
すぐ傍で戦っていた珠女が声を掛ける。するとセロは、喜色に満ちた声で答えた。
「上機嫌? ああ、そうだ、今の俺は最高に気分が良い! こんな戦いは滅多にない! 興奮が、この高ぶりが、俺に乾きを忘れさせてくれる!」
年中、血に飢えた『吸血鬼』は、まるで踊っているようだった。優雅に、しかし荒々しく。その爪が閃く度に、幽体の群れが消し飛んだ。
「……何故だ」
大蛇の背から戦場を見下ろしていた僧侶が呟いた。
「何故だ、妖怪達よ。何故私に刃向う。何故いかせのごれを、人を、世界を守ろうとする」
理解出来ない、と。男は言外に言っていた。
「人間など守る価値は無い……この世界など、もはや存在させる意味など無い……それなのに、お前達は、」
「意味なら――あるッ!」
巨大な大蛇の頭が揺れる。地獄の王が振るいし鉄槌、それが大蛇の頭を打つ。自らよりも巨大な大蛇の首を吹き飛ばしながら、ゴクオーは力強く言い切った。
「ワシらは妖怪じゃ。妖怪は昔から、人間に寄り添いながら生きて来た。ある時は恐れられながら。ある時は敬われながら。ある時は愛し合いながら!」
鉄槌をゴクオーは僧侶に突きつけ、その赤い眼で睨みつけた。
「ワシらが生きるのは人間の世じゃ! 妖怪は人間と寄り添い続ける! 妖は人と共に有り続ける! 昔からそうしてきたんじゃ、そこに理屈など無い!
ただ、それだけの事じゃ!」
それは、ゴクオーだけの言葉ではなかった。
語らずとも空気が、その行いが、雄弁に物語っている。彼の言葉は、闘技場に散らばったあまたの妖怪達、その総意に他ならなかった。
「……そうか。あくまで人道を逝くか、化生の群れよ……」
僧侶が手を上げた。その動きに合わせて、大蛇の首が上がっていく。
「みんな、気を付けろ!」
「何か来るぞ!」
大蛇の行動に反応し、全員が一斉に身構えた。だが実際、身構えた位で果たして何とかなるだろうか。見る見る空に向かって持ち上げられていく鎌首は、地上からゆうに十メートルは下らない高さにある。
「消えろ、妖怪達よ。人の世と共に、滅びろ」
ガパリ、と大蛇の八つの口が一斉に開いた。その中に、様々な色をした稲光が輝いている。
「〝八雷神(ヤクサノイカヅチノカミ)〟」
八色の雷が、妖怪達に襲い掛かった。
「ぐああぁぁぁ!?」
「きゃあぁぁぁ!?」
結界を張って攻撃を防ぐも、雷の威力は凄まじかった。防壁が障子紙の様に引き裂かれ、雷神の牙が喰らつき爪を立てる。時間にしてものの数秒の出来事でありながら、
百物語組のほとんどが、戦闘不能に陥っていた。
「なんて奴じゃ……」
戦場から離れて治療していたタマモは、目の前の光景に目を剥いた。百戦錬磨の妖怪達が、文字通り「瞬く間」に倒されてしまった。
強い、強過ぎる。その巨体もさる事ながら、そこから放たれる技の一つ一つが必殺の威力を持っている。世界を滅ぼす、と言う言葉に嘘偽りなし。この八岐大蛇ならば、それを可能にする事も出来るだろう。
――だが、何も「強い」のは大蛇ばかりではない。
「……まだ、来るか」
倒れ伏した者達が、一人、また一人と立ち上がっていく。全員、雷撃の影響でまともに身体が動きもしない。それでも、感覚の無い足で地を踏みしめ、動かしている実感の無い手で物を掴み。戦意を失わぬ瞳で、大蛇を見据えている。
「そこまでして滅ぶ事を恐れるか……それこそが真の救済であると言うのに」
「黙れ!」
全身から血を流しながら、ゴクオーが吠える。至近距離で雷を受けたせいか、彼が誰よりも身体を傷付けていた。しかし、その気迫は留まる事を知らず、その心はいささかも折れたりなどしていない。
「命は、そこに在るだけで奇跡なのじゃ! 生き物は、生きているから尊いのじゃ! そこに貴賤は存在しない! 無闇に命を奪わんとする貴様の行いは、紛れも無い悪じゃ!」
ダンッ! とゴクオーが下駄を履いた足で力強く大地を踏む。血の様な眼は、燃え盛る炎よりも熱く輝いていた。
「このゴクオー、悪は絶対に許さぬ! 退散するのはお前の方じゃ!」
剣先を突きつけるように、ゴクオーは鉄槌を僧侶に向けた。自らの行いを「救い」と言い、しかしゴクオーによって「悪」と断ぜられた僧侶は――それでもその表情が揺らぐ事は無く、今まで通りの無表情だった。
「……救いだと知らないから、そんな事を言うのだ。地獄の王ともあろう者が、人界に堕ちて腐ったか」
「腐ったのはどっちの方じゃ、この生臭坊主」
「……その眼、目障りだ。消えろ」
「いかん!」
大蛇の首が動くのを見て、思わずタマモが叫んだ。ゴクオーの身体を呑み込もうと、大蛇が巨大な口を開きながら迫る。だが、満身創痍である今のゴクオーにそれをかわすだけの余力がある訳も無く、また他の者も助けに入れる状態ではない。
「逃げるんじゃ、ゴクオー!!」
タマモが必死な形相で叫ぶ。だが、今からではもう間に合わない。誰もが、ゴクオーの命が失われてしまうと思っていた。
「――な?」
僧侶の口から、間の抜けた声が零れた。本当に、信じられないモノでも見た様に、網代傘の下にある瞳が大きく見開かれる。
ゴクオーを喰らおうとしていた首が――大きく弾き飛ばされていた。どうしてそんな事になったのか。それは、横から飛び込んできた赤い弾丸が激突し、大蛇の首を吹っ飛ばしたからだ。
否、それは赤い弾丸などではない。
「お、お前さんは……」
『立てるか?』
ゴクオーに背を向け、声を発する事無く、手にした看板に書かれた文字が彼者の言葉を代弁する。百八十センチの長身が、しかし背負った気迫で更に大きく見える。
鮮やかな長い、赤い髪が躍る。その様子はまるで、燎原を焼く炎の揺らめきにも似ていた。
その名を、誰もが知っていた。いかせのごれ中をまるで風の様に彷徨い歩き、見つけた悪をたちどころに断罪する一人の男の物語を。
「紅蓮……!」
『助けに来たのは、俺だけじゃない』
くるりと看板を返し、新しい言葉がそこに紡がれている。そして彼が看板を返すタイミングを見計らっていたかのように、二台のバイクが闘技場に飛び込んできた。
「うおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」
「助太刀参上!」
一つには、二人の少年が乗っていた。運転手は
都シスイであり、その後ろにしがみつく様にして
ハヤトの姿もある。
「騎兵隊の登場だぜ?」
もう一つに乗っているのは、フルフェイスヘルメットの男。百物語組には属さない、いかせのごれ土着の都市伝説、『首なしライダー』。
鈴鹿茂斗。ライダースーツの上から羽織る特攻服は、彼が生きていた証だ。
「……また、邪魔が入ったか」
助太刀に入ったのはたったの四人。しかし、その四人を前にして、苛立たしげに僧侶が零す。
「そこまでして我を阻むか、神よ……!」
『いや、お前を阻むのは神の意思などではない』
僧侶に見える様に、紅蓮が看板を翳す。
『我々は神に己の存在を委ねたりなどしない。これは他でもない人間の、いや、命ある者すべての意思だ』
<生命賛歌>
(すべての命は、息を吹いたその瞬間から、)
(死と言う宿敵と戦っている)
(滅びを否定するのに、理由など要らない)
(それは命ある者、すべてに定められた戦いなのだから)
最終更新:2013年02月08日 16:02