「う……ぐ…、げぇッ…」
「…!ユウイ!」
幾度かの咳を繰り返した後、苦しみに負けずにユウイは立ち上がった。
骨一本ぐらい折れてそう、そんなことを思うが悲鳴を上げる体を無理矢理起こす。
ハーディはユウイが立ち上がったのを見ると顔色を変えて彼女に駆け寄った。猫はユウイが立ち上がったことに驚き警戒して動きを止めている。
もう少しすれば、猫達はユウイを殺すために一斉に飛び掛ってくるだろう。話すチャンスはここだけ。そう思ったユウイはハーディの腕を引きその顔を見てはっきりと告げる。
「ごめん」
「―――え」
ハーディは目を丸くした。最初は、「アタシが倒れている間に迷惑をかけた」そういった意味の「ごめん」なのだろうと思ったのだ。
そんなこと気にしていないという意味を込めてハーディは首を横に振る。だけど、今度はユウイが「違うんだ」と
同じように首を横に振った。
「あんたが探してた「おんなのことおとこのこ」っていうのは、きっとアタシとゆーちゃ…ユズリのことだ。
どうして忘れてたんだろう、こんな大事なこと。アタシ達は、ほんとうに、ほんとうに小さいときアンタに会ったことがあるんだ!姿も話し方も違うけど…。
『ミハル』さんに会って話をして気付いた。思い出したよ。だから、『忘れてて、ごめん―――ヤハトさん』…!」
ハーディは、ユウイに腕を掴まれたまま動かなかった。猫三匹はその間にもじりじりと距離を詰めてくる。
ユウイはもう一度、ごめんと呟くように言った後ハーディから離れ、落とした木刀を拾い上げて猫三匹を一瞥した。
(大丈夫だ、あの猫は叩くだけで消える。三匹だが、落ち着いて倒せばアタシでも勝てる!)
木刀を握る手に力が篭る。ハーディはあんなにぼろぼろになるまで戦い続けていてくれたのだ。
今度は、自分がハーディを守る番だ。
一歩。
また一歩と猫は二人に近付いてくる。それと共に、ユウイも木刀を構える。
さぁ、駆け出そう。
駆け出して、飛びついて、その喉笛に食らい付いてやろう
――と、猫もユウイも同時に思った、その時だった。
突如としてユウイの背後にあった「何か」が金色に輝いた。ユウイも猫も動きを止める。
なんだ?とユウイが振り返ったときには、眩く輝く「それ」は既にユウイの真横を通り過ぎていた。
力強い咆哮が辺りに響き渡り、金色が猫の喉元へ―――喰らい付いた。
ユウイは、「それ」が何であるのか、もうわかっていた。そして、その美しさに微かに高揚する。
頭の中にあったパズルに、最後のピースがはめ込まれ、音をたてて崩れたような気がした。
あの輝きを、自分は知っている。記憶の奥深くから引っ張り出されてきたものと「それ」は同じものだった。
そうだ、あの輝きは、幼き日に自分が見た。
「……ひつじ、さん……」
その言葉に答えるように、黄金は口を空へ向け、再び咆哮。ユウイはその場から動くことが出来なかった。
それは、猫もミユも、同じだった。あまりの神々しさに、その場にいる全員が圧倒されていた。
揺れて、その度に色を変える柔らかそうな体毛。鋭く輝く黄色の瞳。大きく巻かれた角。美しく長く伸びた四の脚。
「ひつじ」とユウイは言ったが、あまりに神々しい雰囲気を醸し出しているそれは「ひつじに限りなく近い、違った何か」のような気もする。
猫もミユも驚きで固まっている。その中、その「ひつじさん」だけはユウイの方を向いて、たたんっ、と軽やかな身のこなしで彼女に近付いた。
「ひつじさん―――ハーディさん、やはと、さん…」
『お互い話したいことはたくさんあるが――話は後だ。今は、彼女を………そうだろ?』
「――あぁ、そうだった」
口を閉じる。出かけた言葉を必死に呑み込んだ。
そうして、人と黄金は同時にミユに向き直る。猫とミユはやっと我に返り、ミユの顔には明らかに焦りの色が見えた。
「は…はやく、はやくあいつらを殺して!!」
悲鳴にも似たようなその声で、ミユは猫に命令を下す。
残った猫三匹は弾かれた様にその体を動かした。
『ユウイ、私に乗れ!』
「で、でも」
『いいから!ばらばらで戦うよりも…この方が安全だ』
「――わかった、頼む!」
ユウイは「ひつじさん」――ハーディ――いや、『ヤハト』に飛び乗ると、眩しさにおもわずぎゅっと両目を閉じた。自分の体が金色に輝いているのがわかる。
そして、体全体が痺れる様なこの感覚。それさえも、ユウイは知っていた。確か、自分は、あの時、バンソウコウなんか貼ってあげたんだっけ…?
黄金が、駆ける。振り落とされようになったが、彼の角を強く掴みそれに耐える。
同時に幼い頃の記憶がどっと流れ込んでくるような錯覚に陥った。
主人には近付かせまい、と前方に猫が立ち塞がり大きな口を開いて飛び掛ってくる。
それでも『ヤハト』はスピードを緩めない。ユウイは木刀を片手で持ち胸を張った。
お互いの距離は急速に縮まる。二つの口は、もう目の前まで迫っていた。
血が出そうになるぐらいに歯をくいしばり。そのまま石になってしまうのではないかというほどに木刀を力強く握り締め。
『「邪魔だぁぁぁぁぁぁぁああああああああああああああああアアアアアアッッ!」』
―――力の限り、叫んだ。
木刀での攻撃を受けた猫二匹は、悲鳴をあげることもなく光と化して消滅した。同時にあたりに浮かんでいたシャボン玉が爆発を起こし、水晶の花火が後方にいた最後の一匹を貫く。
そのままミユに突っ込む――ことはなく『ヤハト』は素早い動きで後ろに下がり、ミユとの距離をとる。
あれだけ増殖していた猫は一匹残らず消え、もう襲ってくる気配も感じられなくなっていた。
安心しお互いに荒い息を整えた。残るは―― 一人。
親友、ミユのみだ。
ミユは二人の視線に気がついて恐怖しているのか、それともいくら念じても猫がやってこないことに焦っているのか、顔を真っ青にしながら後ずさる。
体を守るように両腕は胸の前へと構えられ、涙こそ出ていないが、目は見たこともないほどに見開かれていた。
「いやよ…そんな、うそよ…!」
「……ミユ」
「いや…いや、いや!イヤ!イヤ!うるさい!!こないでよ!こっちに、くるなぁああああアアアッ!!」」
強い拒絶の言葉がユウイに突き刺さる。その叫びに応える様に、ミユを中心として円状に、草が急激に天空へ向かって伸び始める。
それはまた、ユウイとミユを阻む壁となっていった。
「くっ……」
『どうする、ユウイ!』
今飛び込めば間に合って中に入れるかもしれない。…けれど、下手をすればここで命を落とすかもしれない。
伸びる植物に首を絞められて、骨を折られて――。
それがどうした。
「もしも」とか、そんな考えは馬鹿馬鹿しい。
「決まってる。――真っ直ぐ突き抜けるぞッ!!」
『ふっ…はっ!お前なら、そう言うと思った!』
ヤハトの体から無数のシャボン玉が生まれた。シャボン玉は素早く草の壁に向かっていき、触れて、爆発。
爆発が落ち着くと少し小さいが草の壁に穴が生じていた。ヤハトは大きく飛躍し迷いもなく穴に二人は飛び込む。
伸びた草がユウイの腕に、手首に。ヤハトの脚に絡みつく。
しかしそれと同じぐらい、ぶちぶちと草の千切れる音、激しい爆発音が聞こえる。それを聞く度に、前へ進めた。
少しずつだけど、前へ、前へと。
(たしかに、アタシは一度死んで――わけのわからない能力を手に入れた)
それでも、と。ユウイは無意識ながら口を動かしていた。
「でも、アタシだ。化け物と言われても、死人と言われても、アタシはアタシだ。アタシはここにいる。
アタシは、人間の心を失ってなんかいない!
リオトに、凪、ユズリ、アオイ、スザク、マナ、トキコ、スイネ――友達の為にも、アタシはまだ死ぬことはできない!二度も死んで、たまるか!
この世界に生まれて、この世界に生きている。―――アタシは…、一人の人間!榛名有依だぁああああああッッ!」
瞬間。視界が開けた。
下方でミユが「ひっ…」と恐怖で声を上げるのがわかった。
そして、驚いたことにユウイがハーディ、基ヤハトの上で立ち上がり―――そして、飛び降りた。
ヤハトはぎょっとして彼女を救おうとするが、そう思ったときにはもう既にユウイの体は地面に激突し、ごろごろと激しくローリングする。
きっとかっこよく着地して親友の、ミユの前に現れたかったのだろう。だけど、現実はそこまで優しくありません。
せっかく台詞は格好良く決めたのに。少し滑稽だ、と思ったことは彼女には内緒にしておこう。
「い"ーーー!いててて腰いて…!」
「あ、あんた、何してっ」
先程まで握り締めていた木刀は飛んだ拍子に手放してしまったのか、かなり遠くの方でぽつりと落とされており。
ユウイは腰を片手で押さえながらふらふらと立ち上がる。『親友』のその様子に、ミユは無意識に足を動かしていた。
黒髪ツリ目の少女――
榛名 有依は顔を上げてミユの顔を見た。その顔には、何かをやり切って満足している様な笑顔が。
「ッ、助けに来たよ、ミユ!」
「何を、言って…!」
言っている意味が。わからなかった。
先程、「殺してやる」と言っていた人の前で、どうしてこの人は笑顔を浮かべているのだろう。
「あんた、さっきからずっと辛そうな顔してるよ」
「な…! …そんな、そんな…馬鹿なこと…」
「…『自分のしている表情は、自分では中々分かりにくいもの』だよ。…ねぇ、お願い、もう」
――…泣かないで…――
時が、止まったかのようだった。
ぱらぱらぱらぱらと。地面に何かが落ちる。
ミユは、自分の手の平を眺めるでもなく眺めていた。
ぱらぱらぱらぱらと。今度は手のひらに雫が落ちてきた。
ユウイはそんな彼女の手を両手で包もうとする。が、するっとミユの手をすり抜けてしまった。
―――そうだ、そうだった。彼女は「幽霊」なのだ。本来ならこの世にもう存在しない人物。
とめどなく涙を流し続ける親友。彼女をこの手で、腕で抱きしめられないことが悔しくて、ユウイは下唇を噛んだ。
「わたし、わたしはっ…ああぁ…」
「いいの、もう、いいの。…ありがとう」
とうとう、両手で顔を覆い、座り込んでしまったミユ。
ユウイもその場に膝を付いてゆっくりと首を横に振った。
「ミユは、アタシのこと信じたくて信じたくて仕方なかったんだよね、でもそれと同じぐらい大きな不安があった。気付いてあげられなくて、ごめん」
「わたし、わたし、なんてことっ… ごめんなさい、ごめんなさい…!」
「こんな形ではあったけど…アンタに会えて、よかった。ずっとアンタのことが頭から離れなかったんだ」
もう一度、ミユに触れられないかと思い、手を彼女の肩に伸ばしてみる。――手は、肩をすり抜けて宙を掴むだけだった。
「怒って、ないの…?」
「怒ってないよ。ずっと、どうして助けてあげられなかったんだろうって、後悔してた。
―――もっと、アンタと色んなところに遊びに行って、笑い合いたかった」
「ユウイ……こんなことしておいて、言える立場じゃないけど、調子のいい奴と思うかもしれないけど。
私も、私もまだ貴方と一緒にいたかった…!どうして、貴方を信じられなかったんだろう…」
「もういいって!えへへ、これでやぁーっと仲直りだ」
その場の暗い雰囲気に耐えられず、ユウイは歯を見せて笑った。その笑顔につられて、ミユもやっと笑顔を見せる。
先程の、殺気が篭っていた瞳はもうどこにもなかった。
「ユウイは、凄いね」
「どうして」
「ううん、なんとなく」
「なんだそれ、わけわかんねー」
どさっ、と尻を地面に付けてミユの隣に座る。少々勢いを付けすぎたのか、振動が体中の傷に響いて痛かった。
けれど。親友と話が出来る喜びの方が、遥かに大きかった。
「で、さ。近くにすっごいかわいいお菓子屋さんがあって」
「へー、いいなぁっ。私も見てみたい」
「あ、じゃあさ、今度一緒に行こうよ!マカロンが美味しいらしいんだ」
「そういえば―――は、元気?」
「あぁ、最近あんまり喋ってないけど…元気だよ、部活でよく走ってるのを見かけるな」
ミユが幽霊、ということも忘れ、昔話や友人の話、二人では訪れたことのない店の話に花を咲かせた。
もうこの子と遊ぶことはないだろう、そんなことはわかっていた。それでも、二人にとっては甘美な時間だった。
「アタシ、やっぱり数学がだめでさぁ」
「数学なんて、簡単よ。公式覚えて、とにかく問題を解く!そうすれば問題のパターンが見えてきてすらすら解けるようになるわよ」
「…解くしかない。うん、ミユがそういうなら、頑張ってみるよ」
「応援してるね」
段々と薄くなっていくミユを見ていられず、体に触れることの出来ない悔しさで拳を握り締めながら、ユウイは下を向いた。
何かを話そうとするが、目が、鼻が、頭が、熱くなって「アタシは」「アタシは」と同じ言葉しか出てきてくれない。
じわり、と視界が滲んでいく。それが涙だとわかり、ユウイは再び前を向いた。親友の前で情けない顔は見せられない。
「………アタシは忘れない」
「ミユと過ごした日々を、絶対に、忘れないから。
だから、だからミユも…アタシのことを忘れないでいて」
とん、と自分の左胸を叩く。
「さよならなんて言わないぜ。ずっと一緒だ」
もう殆ど、ミユの姿は見えなかった。
「――ありがとう、わたしの、たった一人の…親友」
だけど、彼女の可愛らしい笑顔が、最後に見えた、気がした。
―――・―――・―――
『もう、いいのか』
「…過ぎたことを振り返る暇なんてない。アタシは立ち止まらない。前に進み続けるよ」
『そうか……』
ざぁっ、と。風が吹く。
『君は、昔から変わらないな。人を思いやることができる、優しい子だ』
「……久しぶり。本当に…ハーディ、えっと、ヤハト、さん」
『…ハーディでいいさ。そのほうが慣れてるだろ』
『ミユ』が消滅したことで、森は本来の姿を取り戻しつつあった。
風が吹いて、木の葉が揺れ、鳥は囀り、空は青い。
円状になっていた草の壁も、徐々に元の大きさへと戻っていった。
「見せたかったのは、この景色だったんだね」
『あぁ、これが戻ってきたのも、君達のおかげだ』
そして一際美しく目立っていたのが、あの大樹。
大樹の葉は透き通るような水色。光の当たり方によって色が変わる様子は、言語に絶するものだった。
そして大樹の周りには赤、黄、水、緑の様々な色の光が。まるで妖精が飛び回っているかのようだ。
大樹を囲うように存在している泉も、飲めば若返るとか、浴びれば病気にならないとか、そんな伝説が生まれそうなほど水が透き通っていた。
「ねぇ、」
そんな景色を見ながら、ユウイが彼に問うた。
「アタシは、「ヤハト」さんを救えたかな?」
『―――あぁ、救えたさ』
そう言うとハーディは、それはそれは幸せそうに笑った。
――――・――――・――――
「ユウイーーーーっ!」
酷く、懐かしい声が聞こえた。
別れてからそこまで時間は経ってないはずなのに、しぜんと涙腺が緩む。
ユウイは立ち上がると、すぐさま彼らのもとへと走り出した。
「みんな―――!!」
擦り傷だらけでぼろぼろな凪に、ユズリ。
そして余裕そうな表情の
カクマに肩を借りて歩いてくるリオト。
ユウイは涙を必死にこらえながら、抱きついた。
―――リオトに。
「よかった……みんな、無事でよかった…!!」
「……ゆ…―――!!」
ユウイは何も考えず、リオトを抱きしめる力を強めた。
…リオトはと言えば。一瞬何が起きたか分からないような顔をしていたが、きょろきょろと目を動かし、やがて顔を真っ赤にして項垂れた。
あーあー、と凪がユウイに制止の言葉をかける。
「それぐらいにしとけ、またリオトが気絶してしまうのだよ」
「あ、ご、ごめん…」
ユウイがリオトから離れると、後ろから笑い声が聞こえた。
『やはり、人間はおもしろいな』
「…………!」
『ヤハト』の登場に、一番驚いていたのはユズリだった。
目を大きく開いて。ただ一点。『ヤハト』だけを見つめる。
そして、突如駆け出したかと思うと―――
――これ以上は、ユズリが恥ずかしがるので止めておこう。
―――・―――・―――
「ユウイ」
騒ぎが一段落し、皆で美しい景色を眺めていた時、名前を呼ばれた。最初は凪が呼んだのかと思い、凪の方を見て首を傾げたが、凪も同じように首を傾げるだけだった。
……続いて、横に目をやると、見覚えのあるあの青髪の少女が。
「―――マナ!」
マナは何も答えず、すたすたと静かにユウイに歩み寄った。
その無機質な瞳からは相変わらず何も感情が読み取れないが、少し怒っている…ような気がする。
「どうして、何も相談してくれなかったの」
「……」
「あなたの味方。そう言ったはず、私は。…もしかしたら、死んでいたかもしれない」
「…ごめん。また、迷惑をかけると思って…」
そこまで言うと、マナがぺちん、とユウイの頬を撫でるように叩いた。
リオトが動き出そうとするのを、カクマががっしりと抑えた。
「そんなこと、気にしなくていい」
「でも…」
「知らないところで、壊れるほうがよっぽど迷惑。だから……」
そこで、言葉が途切れた。マナが目を伏せる。
そんな彼女に、ユウイは小さな声で「ありがとう」と告げた。
何かを聞いたのか、ハーディの体がぴくり、と動いた。
『みんな、そろそろ此処から離れたほうがいい。…自由を失いたくなければね』
「…きてるの?アースセイバーが」
『あぁ、すこし派手にやりすぎたな。爆発音やらを聞きつけて、こっちに向かってる最中だ』
二人の言っていることはユウイにはよく理解できなかったが、どうやらそろそろお別れの時間らしい。
鬣を靡かせながらハーディがユウイに向き直る。
『…ミハルは、君を信じた。私も、君を信じたからこそ願いを叶えることが出来た。
私は、信じよう。人の強さを。生まれてきた意味を忘れるなよ、ユウイ』
「…ハーディさん」
『…強く、生きろ』
そう言うと、ハーディはユウイの手に何かを握らせる。
…虹色に輝く石が綺麗な、ブレスレットだった。
「…これは?」
『ミハルが持っていたものだ。…君に持っていてもらいたいんだ。その方が、ミハルも喜ぶだろう』
自分に授けられたブレスレットを、ユウイはじっと見つめる。
そして、言葉はないがハーディの目を見ながらゆっくりと頷いた。
『よし、はやく行くんだ』
「行きましょう、私についてきて」
マナを先頭に、凪やカクマが走り出す。
ユズリは、ハーディの首に腕を回しふかふかの毛にもふっと顔を埋め、ぎゅっと抱きついた後それに続いた。
その場に残ったのはユウイとハーディ。
「ありがとう、ハーディさん」
『礼を言うのはこっちの方だ。……また、辛くなったら此処に来い』
「うん、また…いつか、必ず」
ブレスレットを握り締めると、ユウイはハーディに背を向けて走り出した。
《愛してるわ、ヤハ、ト 貴方に会えて、よかった……》
『――あぁ、…私もだよ、ミハル』
―――・―――・―――
人に見付からないように、必死に走った。
後ろがどうなったかも、気にせずに走った。
振り返らずに走った。
足を前へと進める度に激痛が走ったが、それも無視するほどに。
だから、気付かなかったのかもしれない。
仲間が二人、消えていることに。
「あれ?リオトとカクマがいない?!」
「あいつ、あの大怪我で一体どこに!」
ユウイは「はぐれたんじゃないか」と焦りの色を見せるが、それをマナが落ち着かせる。
「大丈夫、彼らなら別の場所から逃げたわ」
「なら、いいんだけど…どうして」
「彼らにもきっと、知られたくないことはあるのよ」
マナ、凪、ユズリ、ユウイは「
色のない森」――いや、「色のない森と呼ばれていた場所」から脱出する。
そこで四人はようやく足を止めた。マナを除いた三人がぜぇぜぇと肩で息をする。
呼吸を整えながら、凪が振り返って森の木々を眺めた。
「やったんだな…私たち」
その言葉に続いて、ユウイ達も後ろを振り返る。途端に喜びの気持ちが心を埋め尽くしていった。
「凪、ほんとにありがとう…ユズリも。皆がいなかったら、アタシ…」
『死んでいただろう』と言葉は続けられなかった。カクマとリオトに礼を言えないことを残念に思う。
凪とユズリは顔を見合わせて。それからお互いに笑った。
「友達を助けるのは当たり前なのだよ」
「家族を助けるのは当たり前のことだろ」
ユウイは、あふれ出る何かを必死に押し戻しながら、大きく縦に頷いた。
そんな彼女の背中を、マナは微笑ましげに眺めていた。
「よし…帰ろうっ!」
「よぉ、お前かよ、
ミチル……」
「俺じゃァ不満か?潰すぞ」
壁に助けられるようにして歩いていたリオトの前に現れたのは、
ホウオウグループの生物兵器であるミチル。
こんなぼろぼろの体では生きて帰れるかどうかもわからないと思ったリオトは、ホウオウグループの人間に連絡を取ったのだった。
「誰でもいいから迎えにきてくれ」―――と。
ちなみにカクマは途中で「早く歩けなくてめんどくせぇからここで終わり、じゃーまた学校でなー」と森を出た瞬間リオトを投げて帰ってしまった。
―――個人的に腹が立つので、今度学校で会ったらぶちのめそうと思う。
まぁ、そのおかげで人目を気にすることなく仲間を呼ぶことが出来たのだが…その点については感謝かもしれない。
けど、こんなひょろひょろな男に、自分を運ぶことができるのだろうか?すこし、不安になった。
「でー、何があった?」
「悪ぃ、説明は後、だ……もう、立ってら、…れ…」
言葉を言い切る前に、リオトは意識を失った。
地面にぶつかる寸前に、ミチルがリオトの体を支える。
そして、ぶつぶつ文句を言いながらも、アジトへと向かうのだった。
―――・―――・―――
「た、ただいま…」
「たでーま」
榛名姉弟が家に帰ると、大きな悲鳴に出迎えられた。言うまでもなく榛名母のものである。
自分の息子と娘が擦り傷だらけでところどころ血を流した状態で帰ってきたらどこの母親だってビックリするだろう。
我が家に帰ってきたユウイとユズリだったが、そのまま外へと押し出され、無理矢理車の中へと押し込まれた。
多分、病院に連れて行かれるのだと思う。
姉と弟は、顔を見合わせて苦笑した。
「笑ってる場合じゃないでしょ」と、母親に叱られた。
結果から言うと、ユウイは骨折はしてなかったものの、腕の骨にほんの少しだけヒビが入っていた。よくこんな状態で木刀を振り回していたと、しみじみ思う。
ユズリも、大きな怪我はなかった。腕や足に出来たアザが痛々しいが…。二人とも部活は暫く休むようにと医者に言われた。部活熱心な二人は勿論しょ気た。
診察も終わり、再び車に乗り込む。途端、強烈な眠気が二人を襲う。
「ユウイもゆーちゃんも昔から変わらずやんちゃっ子だなぁ。はっはっは」
「もう、あなた!今までにない大怪我だったのよ」
「ま、二人とも無理せずにゆっくり休めよー」
ほぼ無意識な状態で、父親の言葉に頷く姉弟。かたん、と揺れる車内が心地良い。
薄目で窓から外を覗いてみた。今日は、綺麗な星月夜だ。
ふ、と。意識が深い海へと沈んでいく。
今はただ、しずかに眠って、疲れた体を癒したかった――
どこまでも青く
最終更新:2013年07月31日 20:33