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南京安全区トウ案・第一号~第三十四号文書

第一部 一九三七年十二月十四日より一九三八年一月七日まで

※この文書群は序文に掲げた資料集のP167~P180による。Tはティンパーリーの「戦争とは何か」を参照という意味。

第一号文書 T
第二号文書 T
第三号文書 T
第四号文書 T
第五号文書 T
第六号文書 T
第七号文書 T

第八号文書 安全区における日本兵暴行事件記録
一九三七年十二月十六日提出

注記 以下はわれわれが念入りに点検する時間があった特例にすぎない。
   もっと多くの事件が委員会職員に報告されている。

 第一件 T
 第二件 十二月十五日午後四時、米を積んだ荷馬車が金陵女史文理学院の門の近くで日本兵に奪われた。
 第三件 安全区内の第二分区の数人の住人が十二月十四日の依る、自宅からひったてられ、いっさいを奪われた。分区長は二回も日本兵による強奪をうけた。
 第四~八件 T
 第九件 十二月十五日、金陵女史文理学院の職員住宅は裏側の塀を乗り越えドアを破って押し入った日本兵に襲われた。十二月十三日以来この建物内部の家具家財は全部奪いさられていたので、何一つ盗まれたものはなかった!
 第十件 T
 第十一件 十二月十五日の午後、日本兵が寧海路にある当委員会の米屋にやってきて米袋を三つ(三.七五担)を購入したが、たった五ドルしか支払わなかった。米の並値は一担あたり九ドルであるから、日本帝国陸軍は委員会にたいしこれにつき二十八ドル七五セントの負債を負うものとなる。
 第十二件 T
 第十三件 十二月十四日に日本兵がアメリカ人宣教師ミス・グレース・ボーアー(Miss Grace Bauer)の家に押入り、毛皮でふち取りした手袋を奪い、テーブルの上にあった牛乳を飲み、手づかみで砂糖をもちさった。
 第十四件

第九号文書
第十号文書
第十一号文書
第十二号文書
第十三号文書
第十四号文書
第十五号文書
第十六号文書
第十七号文書
第十八号文書
第十九号文書
第二十号文書
第二十一号文書
第二十二号文書
第二十三号文書
第二十四号文書
第二十五号文書
第二十六号文書
第二十七号文書
第二十八号文書
第二十九号文書
第三十号文書
第三十一号文書
第三十二号文書
第三十三号文書
第三十四号文書
最終更新:2009年06月13日 22:45
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