涼宮茜の憤慨
38番/涼宮茜は自身に支給された武器、S&W M60を片手に慎重に森を進んでいた。
彼女がまず最初に考え、そして決めたこと。それはもちろん親友である榊千鶴やそのクラスメイトたちとの合流だ。
千鶴たちと無事に合流できれば、きっとこの『戦争』などという名の殺人ゲームを打開する何かが掴めそうな気がするからだ。
「――それに、どんなに強い子でも1人じゃ不安だもんね」
――あの時、言峰綺礼という胡散臭い神父みたいな男は自分と同年代の1人の少女をなんの躊躇いもなく自分たちの前で殺してみせた。
生きていた人間が血と肉片と臓物を撒き散らし一瞬でただのモノに変わった瞬間……あの光景を思い出すだけでぞっとする。
心の奥底から恐怖という感情がまるでこんこんと湧き出てくる水のようにゆっくり、じわじわと生まれ、そして満ちてくる。
おそらく、それは他の参加者たちも同じだろう。今頃は恐怖に押しつぶされ、その結果、殺し合いに乗ってしまった参加者も少なからずいるのではないだろうか?
ああ、1人でいるということがこんなにも恐ろしくて不安なことだとは知らなかった。
「――って。なぁにビクビクしているのよ私は!? こういう時こそしっかりしないとね!」
そう言って茜は自分の顔を一度両手で軽くパンと叩くと「よし」と自身の気合いを入れ直し再び前へと歩み始めようとした。
ガサッ…
「ん?」
すると、少し離れた茂みからほんの僅かだが草を掻き分ける音が聞こえた。
――いや。こういう場合「聞こえた気がした」のほうが正しいのかもしれない。
(――もしかして……誰かが近くにいるの?)
茜はごくりと一度唾を飲み込み、持っていたM60を茂みの方にゆっくりと向けた。
もし茂みの中にいるのが人だった場合、殺し合いに乗っていないものかもしれないが、油断も出来ない。殺し合いに乗った参加者の可能性だってある。
「……そこに誰かいるの?」
試しに一度茂みの方に声をかけてみる。
もし隠れているのが殺し合いに乗っていない人間の場合、まずは落ち着いて話しかけるのが一番の方法だと判断したからだ。
「…………」
茂みからは答えはなかった。
それも無理はないだろう。こちらは銃を持っている。おまけにその銃口を相手がいるであろう場所に向けているのだから。
もし本当に人が隠れていた場合、そうむやみやたらに「いますよ~」などと正直に答えるはずがない。むこうも自分が殺し合いに乗った参加者と思っているかもしれないからだ。
とりあえず茜は話を続けてみる。
「もし誰かいるなら聞いて。私は、こんな殺し合いなんて絶対に間違っていると思うの。だから私は仲間を集めてあの言峰って奴をやっつけてこの島から脱出したいと思ってる。
だから、もしあなたも同じ考えを抱いているならそこから出てきて姿を見せて。もちろん姿を見せるのが無理なら見せなくてもいいわ。そのかわり、返事だけでも聞かせて」
「…………」
それでも茂みからは何の反応もなかった。
――と思いきや、それから数秒後変化は訪れた。
ガサガサ…
「!」
再び茂みから草を掻き分ける音が聞こえてきた。そしてその音はどんどんこちらに近づいて来ている。
間違いない。やはり人だ。それにこちらに近づいて来ているということは、むこうも殺し合いに乗っていない者である可能性が高い。
だが油断は禁物だ。茜は一応銃は茂みの――音のする方に向けたままにしておいた。
ガサガサガサ……
ガサ……
――やがて、茂みの中から1人の小柄な少女が姿を現した。
少女は頭にステンレス製のやや大きめの鍋を被り、両手にはそのフタとおたまを持っていた。
「……これで準備は完了ですね」
43番/高峰小雪は森の中で自分の支給品を確認し、一通り準備を整えるとすっとその場から立ち上がった。
彼女の両手にはそれぞれ白と黒の計2振りの剣が握られていた。
――黒い陽剣・干将と白い陰剣・莫耶。
春秋時代に、呉王の命によって名工・干将が作り上げた夫婦剣である。
なぜそんな古い時代の代物がこんなところに存在するのか、という疑問もあるが、今はそんなこと言っていられない。
自身のマジックワンドである『タマちゃん』ことスフィアタムがない(おそらく主催が事前に取り上げたのだろう。用意周到なことで)以上、今はこれで戦っていくしかないのだ。
「殺し合いに乗ったほかの参加者たちよりも早く雄真さんや神坂さんたちと合流しなければなりません……急がなくては……」
そう呟くと小雪はたっと森の中を駆け出した。(が、駆けるといっても物音をたてぬように慎重にだ。普段ならば『早歩き』と表現したほうが判りやすい)
「おや……?」
少し移動したところでふと耳をすませると人の声が聞こえた。それも1人ではない。何か話をしているようだ。
(いったい何の話をしているのでしょうか……?)
小雪は草木の陰に身を潜めると、もう少し声がよく聞こえるように先ほど以上に慎重に近づいてみることにした。
「いきなり銃を向けたりして悪かったわ。私は涼宮茜っていうんだけど、あなたのお名前は?」
「す…周防院奏なのですよ……」
茜は早速目の前の少女――36番/周防院奏と話を始めた。
茜はすでに先ほどまで奏がいる方へと向けていた銃を下ろしているが、それでも奏は茜を警戒しているのか、ビクビクしながら自己紹介をした。
「奏ちゃん……ね。じゃあ奏ちゃん。単刀直入に聞くけど私と一緒に行動しない? 1人よりも2人でいるほうが安心だと私は思うんだけど……」
「た、確かに奏もそう思うのですよ……でも……」
「信用できない……まあそうよね。状況が状況だし。それに私は銃を持ってる。警戒されても当然ね」
茜は一度苦笑いをすると再び口を開いた。
「でもね奏ちゃん。考えてみなよ。もし私が殺し合いに乗っていたら、私は奏ちゃんが茂みから姿を見せた瞬間、即銃を撃っていると思うけど……?」
「あ……」
言われて見れば、といった感じで奏は一瞬はっとした顔をする。
「い、言われてみれば……確かにそうなのですよ」
「でしょ? それでも私が信用できないっていうなら私は諦めて別の人を探すわ。
その逆で、もし一緒に行動してくれるなら私は奏ちゃんに出来る限り強力する。もちろん、時には奏ちゃんの方に私の協力をしてもらったりするけど……」
「強力……?」
「そ。たとえば奏ちゃんがこの島で探したい人を私が一緒に探してあげたりとか……ね」
「探したい人ですか………」
奏は考えてみる。
確かに1人でいるよりは2人でいるほうが安全なことに間違いはない。
しかし、状況が状況。今は殺し合い、それも1人しか生き残れないという地獄のデスゲームの真っ只中だ。万一の場合裏切られるという可能性もある。
それに本当は茜はただ自分を利用しようとしているのではという考えも浮かんでしまう。
――別に奏は茜を疑っているわけではない。むしろ信用したいくらいだ。
だが、現状が現状なだけにこのような考えが頭によぎってしまうのも事実なのである。
「あ…あの。聞きたいことがあるのですよ」
「ん? なに?」
「茜さんはあの言峰って人を倒すと言ってました……でもそれって凄く危険なことだと思うのですよ?」
「うん。それは覚悟しているわ」
奏の問いに茜は頷いて答える。
「それなのに、どうしてそんなことしようと思ったのですか?」
「そうねえ………」
しばらくの間う~んと考えた後、茜は再び口を開いた。
「……やっぱり、自分が正しいと思ったからかしら?
――私ね。この世界で本当に『悪い』奴はどんな奴なのかってことはだいたい判る気がするの。
この世界には悪いことする悪党は身近なところも含んでごろごろいるわ。ただ私たちが知らないだけでね。
だけど、そういう悪い奴らは何か深~い理由があって悪いことをするから…う~ん。こういうのも何か変だけど…まだ『いい』奴なのよ。
本当に『悪い』奴っていうのはね、『自分自身の為に弱い人を利用して、そういう人たちをただ踏みつけるだけの奴』のことをいうと思うの。
特にあの言峰って男は間違いなくそういう奴よ。悪者の匂いがプンプンする。この世界の全ての『悪』を凝縮したみたいにね。ただ自分が楽しいから私たちにこんなことをさせる。あいつは理由も何もない……間違いなく存在そのもの……生まれついての『悪』なのよ!
この島では、法律も規則も国家権力もなにも存在しない……だから私…いや。私たちがあの男を裁くの!」
「…………」
奏は目の前で言峰――そして、この殺し合いに対する怒りをあらわにする茜を見て、かっこいいと思う反面、そんな茜の姿がどこか自分の姉である宮小路瑞穂と似ていると思った。
それは瑞穂と茜が学院中の憧れの的であるエルダー・シスターと学園のアイドル(奏はそのことをもちろん知っているわけないが)という似たような境遇であるからこそなせるカリスマというものなのかはさだかではないが……
(――そうなのですよ。きっと瑞穂お姉さまもさっきの奏の質問には茜さんと同じようなことを答えたに違いないのですよ)
「――茜さん。奏は決めました。奏は茜さんと一緒に行くことにするのですよ」
「OK。そうと決まれば善は急げよ。まずは人が集まりそうなところへ行ってみましょ。もっと仲間を集めるためにね」
「はい! ……あ。そうだったのですよ。茜さん。これが奏に与えられた道具とその説明書なのですよ」
そう言って奏は自分が被っていた鍋とそのフタ、そしておたまを茜にじっくりと見せながら提げていたデイパックから説明書を取り出し、彼女に手渡した。
「ありがと。えっと、なになに……」
【忘れ得ぬ鍋セット】
ステンレス製の鍋とおたまのセット。
これで料理を作るもよし。水を溜めるもよし。
鍋本体をヘルメットの変わりに、フタを防具の変わりに、おたまを武器の変わりにするのもよし。使い方はあなた次第!
しかし1番のオススメ使用法は『空の鍋をおたまでかき混ぜながら逝っちまってる目をして相手に不気味な笑顔で微笑みかける』ことッ!
こうすればどんな相手もたちまちビビッて戦意喪失間違いなしだッ!
「…………」
説明書に目を通した茜はどう感想を述べればいいか判らなかった。
しかし1つ言えることがあるとするならば「この殺し合いの主催者はいったいどんな頭した連中なんだ!?」ということである。(まあ、それ以前に罪もない人々に殺し合いをさせる主催者の頭なんてたかがしれているが……)
「え…え~と……奏ちゃん。正直これは支給品としては当たりなのかハズレなのか私には判断し辛いわ……」
「そうなのですか……確かに。奏もこれは一子さんが持っていたほうがピッタリだと思ったのですよ~」
「はあ……と、とにかく。まずはこの森を出ましょ。私が先を歩くから、奏ちゃんはその後について来て」
「はいなのですよ」
説明書を奏に返すと茜は自分のデイパックから地図と磁石を取り出し、それらを左手に、そして銃を右手に持つと再び森の中を歩き始めた。
――が。その足もすぐに止まってしまった。
「あの……そこにいる方々。ちょっとよろしいでしょうか?」
「ん?」
「はい?」
ふいに後ろから長い髪をした茜と同年代の少女――高峰小雪に声をかけられたからだ。
【時間:1日目・午後3時40分】
【場所:森の中】
涼宮茜
【装備:S&W M60(.357マグナム弾 5/5)】
【所持品:.357マグナム予備弾丸×20、支給品一式】
【状態:奏と行動開始。小雪と遭遇】
【思考・行動】
1・え~と…あなた誰?
2・自身と奏の知り合い、もしくは仲間を探しに人が集まりそうなところに行く
3・自身と奏の身を守る
4・言峰(及び主催)を倒す
周防院奏
【装備:ステンレス製の鍋、鍋のフタ、おたま】
【所持品:支給品一式】
【状態:茜と行動開始。小雪と遭遇】
【思考・行動】
1・誰なのですか?
2・自身と茜の知り合い、もしくは仲間を探しに人が集まりそうなところに行く
3・茜をサポートする
4・茜さんはどこかお姉さまと雰囲気が似ているのですよ
5・空のお鍋とおたまの組み合わせは一子さんのほうが似合うと思うのですよ
高峰小雪
【装備:干将・莫耶】
【所持品:支給品一式】
【状態:茜と奏に声をかける】
【思考・行動】
1・茜と奏に声をかける(理由は後続の書き手さんにお任せします)
2・神坂春姫、上条沙耶、伸哉、小日向音羽、すもも、雄真、式守伊吹、高溝八輔、柊杏璃、渡良瀬準と無事に合流したい
3・以降不明(後続の書き手さんにお任せします)
【備考】
※タマちゃん(スフィアタム)は島にはいないと思っています
【武器解説】
同社のM36のステンレスモデル。茜に支給されたのはその現行型である3インチモデル。
M36同様『チーフスペシャル』もしくは『チーフス』の名で呼ばれる。
3インチモデルは.357マグナム弾のほかに.38スペシャル弾の使用も可能。
黒いほうが陽剣干将。白いほうが陰剣莫耶。
Fate原作中でアーチャーと士郎が最も多く投影した剣。原作での宝具レベルはC-。
互いに引き合う能力を持ち、それを利用してブーメランみたいに飛ばした後相手を挟み撃ちにしたりしていた。(アニメ14話のアーチャー対バーサーカー戦)
剣としての性能も高いが、巫術、式典用の魔術兵装としての側面を持つ。揃えて装備すると対魔術力と対物理力が向上する。
蛇足だが、アーチャーがこれを最大用法するとオーバーエッジという出刃包丁じみた物騒な形態になる。(上と同じくアニメ14話。アニメで初出した設定で、そのためにわざわざ奈須がこやまにデザインしてもらったらしい)
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最終更新:2010年06月27日 16:03