黒と白の騎士


「ねぇ、これからどうすんの? 戦場の経験は豊富だって自慢してたけど……」
加藤乙女は隣を歩いている『支給品』に向かって話しかける。
「そうですね…オトメはまだ人を殺めたことはないとのことですので、まずは手始めに1人適当な誰かを見繕って初陣と行きましょうか」
『支給品』の物騒な言葉にも乙女は動じない…もう何でもありだ、とその顔に書いてある、がそれでも少し顔からは血の気が引いている。
それを見て煤けた金髪と金の瞳を持ち黒い鎧を纏った少女の姿をした『支給品』が鼻を鳴らして笑う。
その音が乙女には耳障りに思えてならなかった。
「大丈夫です。私も初めて人を斬った時は失禁し吐いてしまったものです。ですがすぐに慣れる…指南は任せてください」

話は少し前に遡る。
「逃げないでいただきたい、マスター」
ディバッグから現れた『支給品』に首根っこを掴まれがくがくと身体を振るわせる乙女。
自分では結構肝が据わっていると思っていたのだが、やはりこんな非現実的な状況を前にしては逃げださずには居られない。
それでも、もともと自信家なだけあってしばらくすると多少は震えも落ち着いてきた。
それに背後の気配からは少なくとも敵意は感じられない…ゆっくりと振り向く。
(まだ子供?)
少しだけ拍子抜けしたが、その子供の外見を上から下まで見て慌てて第一印象を訂正する。
確かに見た目は自分と同じか下手すると年下にも見える女の子だが、黒い鎧を纏ったその身から放たれる威圧感、そして何よりもギラギラと不吉に輝く黄金の瞳、死者のごとき白い肌、よく見ると黒い鎧にもなにやら侵食されたような赤い亀裂のようなラインが走っている。
「少しは落ち着いたようですね、では改めて問います、貴女が」
「ねぇ…その前に下ろしてくれないかな」
未だに首筋を掴まれたままの乙女の言葉に『支給品』は苦笑するのだった。

一通りの自己紹介と説明が終わり、2人並んで腰掛け空を眺める。
「アンタ何でも言うことを聞いてくれるの?」
乙女の問いにアルトリアと名乗る黒騎士は淡々とした口調で応じる。
「そのためのサーヴァントです、ただし力の及ぶ範囲であればの話ですが」
力の及ぶ範囲、という言葉が妙に気に障った。

「じゃあ――人を殺して欲しいって言ったら?」
「お安い御用ですよ」
即答するアルトリア。困らせようとしていた乙女は言葉に窮する。
「いるのですか? 貴女にとって殺すべき相手が」
いる…と即答したいところだったがやはり言葉が出ない…たしかに桂言葉は自分にとって、殺してやりたいくらいにムカつく存在だが…だがそれでもそれを口に出してしまうと自分の中の何かが、崩れてしまう。そんな気がしてならなかった。
「迷っているのですね」
乙女の顔を覗き込むアルトリア。黄金の瞳がまた輝く…禍々しいにも関わらず逸らすことが出来ない。
「話聞いてくれる?」
自分を落ち着かせるかのように乙女は自分の中に溜め込んでいた桂言葉への憎悪と伊藤誠への思慕の念を、アルトリアへと語って聞かせるのだった。

「ならば話は簡単ではありませんかオトメ」
話を聞き終わったアルトリアの金色の瞳がギラリと輝く。
「そのコトノハなる売女を殺せばいいのです、貴女の心のままに」
「でも…」
膝の上に置いた手を握り締める乙女。
「誠がそれでアタシのことを好きになってくれる保障なんてないし…だから余計ムカつくんだよね」
乙女の手を包み込むようにそっと握り、微笑むアルトリア。
「ならばマコトも殺せばいい。己の物とならぬのならばいっそ貴方の胸の中で永遠の生を与えればそれでよいではありませんか」
「アンタ!」
アルトリアの手を振り解く乙女。だがそれでも視線は彼女の顔から離すことができない。
「私と同じように…」
「じゃあアンタ…」
乙女の問いにアルトリアは皮肉げな笑みを浮かべる。
「ええ…僅か数日の逢瀬に過ぎませんでしたが、私にも愛しい者ががいました…ですが…」
それまでの蕩けるような微笑みがみるみる間に怒りの形相へと変わる。
「あの女が…あの売女が私から全てを奪った! 私をこのような身体に変えてしまった上に…己の境遇と肉体をダシにして私からシロウを奪ったのです!!」

(シロウ?どこかで聞いたような?)
少し視線を逸らす乙女にも構わず、アルトリアの鬼気迫る独白はまだ続く。
「なのに彼は騙されているとも知らず、己をすり減らしてあの女を何度も救おうとし…だから私は……」
彼女の脳裏に浮かぶはかの大空洞…対峙するはかつての主にして、誰よりも愛しい男…
だがその瞳はもう彼女のことは見てはいない…だから。
『余力を残してどうするというのです』

「そして彼は私の腕の中で果てたのです…」
身の毛もよだつような独白はこうして終わった。
「じゃあ…じゃあつまりアンタは…」
惚れた男を自分の手で殺した…そう続けようとしたが歯がカタカタと震えて言葉にならない。
だが、逃げ出したい恐怖と同時に、乙女は目の前の黒騎士に対して奇妙な親近感を抱いていた。
(似ている…)
そう、確かに彼女と自分は似ているように思えてならなかった、それに
(どうせ殺し合いなんだよね…だったらさ)
自分はまたとない強力な武器を手に入れたのではないだろうか?
「分かったわアルトリア、組みましょう…アンタがアタシに力を貸してくれる限り、アタシもアンタに力を貸す…ええとこういうの等価交換っていうんだっけ?」
乙女の言葉に我が意を得たかのように頷くアルトリア。
「これより我が剣は貴方と共にあり、貴方の運命は私と共にある。ここに契約は完了した…貴女の勝利を約束しましょう」

そして話は元の時間軸に戻る。
「じゃあアンタを戦わせようとする場合はコレを使えばいいわけね」
拳の紋章をアルトリアに見せる乙女。
「そうです。この令呪を用いて命令して頂かなければ我々サーヴァントは戦えません」
不思議そうに令呪を見つめる乙女。だがそれを見やるアルトリアの目は冷たい。
そう…彼女は嘘を付いていた。何も令呪の縛りなくとも戦うことは充分に可能なのだ。
つまり彼女は己を縛る戒めから一刻も早く解き放たれたい、ただそれだけだ。
主を騙している罪悪感などもはや無い。そのような余計な物はあの泥の中でとうの昔に捨てた。
ましてここにはシロウが誰よりも愛しき人がいるのだから……
(待っていてくださいシロウ…え、もっと早く? 申し訳ありません。色々準備があるのですよ…ククク…)



加藤乙女とアルトリアがかりそめながら主従の誓いを結んだころ――――

「じゃあセイバーさん、あの神父は……」
「ええ…言峰綺礼、恐るべき男です」

瑞穂の言葉に答えを返しながらも上の空のセイバー。
(シロウ、また貴方と会える)
その心はもう果たすべきサイカイへと飛んでしまっていた。
だが、不安がないわけではない。

確かにシロウの存在をマスターたる瑞穂の口から聞いたときは思わず泣いてしまうほど嬉しくて仕方がなかった。
たとえここが絶望の地であっても、また再び巡り合える機会を与えてくれたのだから。
だが、瑞穂と少しずつ言葉を交わしていく間に、セイバーの心の中にとある疑問が芽生えた。
「――あの…ミズホ、今はいつ? なのでしょうか」
『いつ』と問われて困惑した瑞穂だが、自分のいた時間だと気が付いて正直に応じる。
「20XX年XX月XX日だけど」
その瞬間、落胆で視界がぐらつくのをセイバーは感じていた。
瑞穂の告げた時間は自分たちが出会った第五次聖杯戦争よりも数ヶ月前、つまりまだ衛宮士郎は聖杯戦争に参加しておらず、したがって自分のこともまだ知らない。
「どうしたのですか?」

また涙ぐむセイバーの顔を拭いてやろうとして思わず硬直してしまう瑞穂。
しかし彼とて男、絶世の美少女の泣き顔は刺激的に過ぎる。
「申し訳ありません…騎士たる者涙を見せてはならぬと…」
だがそれでもセイバーの目から涙は止まらない…となると必要以上に関わるべきではないと思いつつも、手を差し伸べてしまうのが宮小路瑞穂たる所以だ。
「ワケがあるのでしたら…是非お聞かせくださいませんか」
「………」

――セイバーの口から語られた言葉に瑞穂は絶句する。どう答えていいのか分からない。
ただその辛さ、苦しさは充分理解できる…自分ならどうなのだろうか?
もし自分が彼女と同じ立場で、紫苑やまりやや奏が自分の事を知らない世界に紛れ込んでしまったら…。
(耐えられない…多分……)
そこで自分の顔を心配げに眺めているセイバーに気が付く。もう涙は止まっていた。
「ごめんなさい…でも辛くてもやっぱり」
会わないよりは会ったほうがいい、そう告げようとした瑞穂を笑顔で制するセイバー。話すことが出来て楽になったようだ。
「辛いかもしれません…もしかしたらこの世界のシロウは私以外を選んでいるかもしれないですがそれでも構わない、私はいかなる場所、いかなる時においてもシロウが愛し守りたいと思うものを愛し守る。それで満足です」
そう微笑むセイバーの姿のまぶしさをただ見つめるだけの瑞穂。
「じゃあ、とにかくそのシロウって人とリンって人を探しましょう、それに私も会ってみたいから」
社交辞令ではなく本気で瑞穂は思っていた、こんなステキな人をここまで惚れさせる人なのだ。
どんなに立派な人なのだろうか?

――しかしセイバーはこれもまた笑顔でやんわりと断りを入れる。

「貴方にもいるのでしょう? 大切な人がこの地に。それに、今の私は貴方のミヤノコウジミズホの騎士です。それを蔑ろにしてしまえば私のシロウはきっと怒る」
「でも…」
言いかけて瑞穂は止めた。これ以上はこの気高き騎士を侮辱することになる、と思ったからだ。
「――わかりました。ならまずは私の友人たちを探すのを手伝ってくださいませんか?」
「はい」
我が意を得たとばかりに頷くセイバーだった。

「――しかし、マスターとザーヴァントはどこかに共通点があるものですが……いやはや……」
「はい?」
2人で並んで歩きながら瑞穂の姿を見て興味深げに呟くセイバー、不思議そうに瑞穂もセイバーを見返す。
「あ――いえ…私も生前は性別を偽って生きてきたものですから」
「!?」
いきなりの看破に肩をビクッと跳ね上げる瑞穂。
(ば…バレてる……)

「あの…その……」
うろたえまくりの瑞穂に向かって微笑むセイバー。
「大丈夫ですその苦労は骨身に染みています。ですから誰にも言いませんよ」
「は…はは……」
渇いた笑いで返す。趣味って思われてたらやだな、と思いながら。



【時間:1日目・午後5時45分】
【場所:浜辺】

加藤乙女
【所持品:支給品一式】
【状態:通常。令呪・残り3つ】
【思考】
1:桂言葉への殺意

黒セイバー
【所持品:なし】
【状態:通常】
【思考】
1:表面上乙女に従う(令呪を早く消費させたい)
2:間桐桜に復讐 、シロウに会いたい

【時間:1日目・午後5時45分】
【場所:耕作地帯】

宮小路瑞穂
【所持品:支給品一式】
【状態:通常。令呪・残り3つ】
【思考】
1・知り合いを探す、セイバーを士郎に会わせてあげたい
2・言峰を倒す

セイバー
【所持品:なし】
【状態:通常】
【思考】
1・瑞穂に従う、シロウに会いたい




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姉妹、そして妬むモノ 加藤乙女 薄暮の惨劇
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エルダー・ミーツ・ナイト 宮小路瑞穂 彼女たちの流儀
エルダー・ミーツ・ナイト 白セイバー 彼女たちの流儀







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最終更新:2010年06月27日 16:01