エミヤ・エミヤ・エミヤ


イリヤスフィール・フォン・アインツベルン(4番)は、奇妙な脱力感を胸に教会から少し離れた場所の木陰に座り込んでいた。
思うことは彼女自身驚くほど少なかった。それは例えばバーサーカーと言う名前であり、キリツグと言う名前であり、
アインツベルンと言う、自らに科せられた家名の重さであった。
最後のそれは聖杯戦争を知る者であれば、誰であっても知るだろう名である。
この殺戮の宴の発端を作り出した魔術師の一門であり、そうであるからには勝利を目指して万全を期するのが彼らの当然であった。
その筈であった。
少女は己の余りに矮小で貧弱な体躯を呪った。バーサーカー、とは言わなくともリズぐらいの体力があれば良かったのに、と思う。
こと、ここに居たってはそんな事は無為な妄想に過ぎまいが。

イリヤは元々聖杯となる為だけに培養された存在である。
二人と一人のしもべが居なければ、本来予期していた聖杯戦争でさえ勝ち抜く事は不可能であろう。
彼女は今や、彼女の存在なぞ要らぬ、とでも言いたげなこの島において、人間未満のひ弱な娘でしかなかった。
それは脱力と同時に、一時ながらもこの冬のような娘を一切の柵から解き放ってもいた。
要するに、彼女は何をして良いのか分からなくなっていた。
そしてイリヤには、二面性がある。
とは言え、その一面において精神の殆どすべてを支えていたとも言ってよい者達との別れは彼女には余りに酷であった。

空には太陽がある。地面には草がある。少女は木に寄りかかっている。
何をすれば良いと言うのか。
そして、目立つ筈の自分は何故、今も誰にも見つからないままでいるのか。
冬だと言うならば、せめて枯れ果ててしまえば良いというのに。
世の中の全てから見捨てられたような気さえしていた。
「シロウ」
そう、口の上で転がした名前は彼女の父の義理の息子の名であった。
但し、それは希望を与えはしない。母を見捨てた男の息子。憎んでさえいた名前である。
余りに無力となった己が、今更どの面を下げて会いに行けばいいと言うのか。
無数の疑問が浮かぶ。消える。また浮かんで、また消える。


彼女の不幸は有り余る知識を持ちながら、余りにも無力であった事に違いあるまい。
心の強さが肉体を規定する、とは良く言われる言葉であるが肉体の強さもまた精神を規定しうるのではあるまいか?
立ち上がるのさえ億劫に感じられる。……遠い、昔を思い出した。

余り多くは語るまい。
ややあって漸く気持ちに区切りを付けて、彼女は支給品が詰っている所のバックを空けた。
その顔が、驚きの一色に染まる。
「これ……まさか、キリツグの?」
見覚えのある刻印の刻まれた、古ぼけた奇妙な拳銃と大きな弾。
それは、彼女の実父が使用していたトンプソン・コンテンダーに違いなかった。
不活性となり輝きを失ったとは言え、母から伝え聞いた事のある印は見間違えようも無い。
魔術師殺しの死の指先が、そこにはあった。
「……」
何を思ったか。
雪の少女はそれを手にしたままで立ち尽くしていたが、ややあって、それが己の生存率を下げると承知の上で、
拳銃に弾丸を、銃口を空に、引き金を引き、号砲を鳴らした。
単発式、高精度、高威力と言う現在の拳銃の常識からすれば、
時代遅れ、さもなければ異形なそれはイリヤの実父を端的に示す象徴ではあったが、
本来ならばライフルで使用すべき弾丸を用いる事からしてこの少女の腕には余るに違いあるまい。

だが、決意は決まった。それへの代価なら、多少の危険など安いものだと言い聞かせる。
目指すのは、さしあたっては殺し合いと言う荒野。脱出の目処などは勿論無く、生き残る確立とて61分の一と言う大博打の舞台だ。
イリヤの頭の中では、彼女の実父はニッポンのヤクザ・マフィアかその殺し屋と言うイメージばかりであったので、
それは主に、サラシなど巻いた剃り込み兄貴がサイコロを振る場面にイメージされていた。
「シロウ」
と、もう一度その名前を転がした。
弟に会いに行ってやる、と半ばヤケクソ気味『だった』思考の中でそれだけが変わらなかった。
それでも父の事は嫌いなままだ。好きになれるような要素を知らないのだから。
だが、シロウ、と言う赤毛の弟の名は違う。それは血と言うもののせいだろうか?

キリツグ・エミヤ。シロウ・エミヤ。
二人の人間の名前を胸に収め、イリヤは歩き出した。


【時間:1日目・午後12時49分】
【場所:教会近くの木陰。但し、移動開始】

イリヤスフィール・フォン・アインツベルン
 【装備:衛宮切継のトンプソン・コンテンダー】
 【所持品:予備弾丸(30-06スプリングフィールド<ライフル用弾丸>)、支給品一式】
 【状態:健康。病弱。】
 【思考】
  1)衛宮士郎に会いたい。(会ってどうするのかは不明)
  2)生き残る

備考)装備で固有時制御は使用不能です。また、この拳銃は発射時の反動が強く、単発の為イリヤには使いづらい。
一方で、 その構造のシンプルさから口径さえ会うなら、支給品以外の弾丸も使用可能であるかもしれません。


  • トンプソン コンテンダー
 1967年にアメリカのトンプソン・センター アームズが開発した、狩猟用の中折れ式拳銃。
 .22LRからライフル弾まで、ありとあらゆる種類の弾丸を撃てるという変わり種。
 拳銃と言うよりは小型のライフルのようなスタイルをしているが、構造は極めて単純。
 中折れ式のバレルとトリガー、その他発射に必要な最低限のメカニズム以外、一切なし。
 マガジンもなければボルトもない。弾の装填も、いちいち手で行うという潔さである(空薬莢も指でつまみ出す)。
 その代わり、バレルとわずかな部品の交換・調整だけで、多種多様な弾薬に対応可能。シンプルなだけあって強度も高く、強力なライフル弾の発射にも十分耐えられる。
 装弾数は1発。

 『Fate/Zero』作中でキリツグが使用したのは14インチバレルでアジャスタブルサイトのもの。(小冊子に印刷されていたものからの憶測)
 30-06Springfield(7.62mmx63)弾を使用しているが、これは実銃にはない口径で、著者である虚淵氏の考証ミスと思われる。
 (実際に30-06Springfield弾が使えるのはこれの『アンコール』と呼ばれるタイプで、『アンコール』には14インチバレルは存在しない)



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最終更新:2010年06月27日 15:22