アリス達の遊戯
さて、唐突であるが白子──つまりは、アルビノと呼ばれる人の奇形種は目が悪い。
これは、通常人の目が持っている色素を持っていない為だ、と言われており、
常日頃であれば、魔術的な工夫によってそれを補っているところのイリヤスフィールもまた、本当は目が悪いのであった。
弱視、眼球振盪、羞明。
白子の弱視は主にこの三要素からなり──ここでの結論から言うと、彼女は必然的に森の中を歩く事になっていた。
日の光は彼女の目には強すぎるのである。
夜中は更に視界はさえぎられるに違いなく、改めてどんなにか自分が諸々に頼っていたのかを思い知ったのであるが、
さりとてあきらめる訳にもいかない。悪路を行く時、彼女は敢然とさえしていた。
敢然としていたからといって、現状がどうにかなる訳でもないのだけれど。
と、言うのも歩き始めて早一時間以上も立ち、幾度かの休憩を挟んだと言うのに彼女は人間はおろか死体にさえ出会えなかったのだから。
コンパスは大丈夫だ。地図も絵などではありはしない。
だが、これではまるで不思議の国のアリスである。
ねれたる名剣は拳銃。ジャブジャブ鳥は言峰。やはりバンダスナッチは参加者たちとなるのだろうか。
人が死ぬ事と大冒険である事だけは、どちらにしても間違いない。
それからアリスは考える。自分は果たして不幸か否か。
生死で言うならともあれ否。探し人には出会えず。
なるほどアラヤは上手きなり。知らず気づかず保ちたり。
それは兎も角。
木陰に腰掛け、行軍に疲れてイリヤは再び休憩を取らざるを得ない状況であった。
警戒に、とバックに引っ掛けていた銃を握る。
丁度、銃身を切り詰めたショットガンのように見えた。彼女の体格からすれば確かにその銃は大きすぎた。
気を紛らわせる為に冗談めかしていた思考が覚めて来るのがわかる。
「三キロメートルって所かしら」
イリヤは、慣れない事もあり移動した距離を少なめにそう見積もった。
彼女の故郷の城もまた森の中ではあるのだけれど、勝手知ったるとは行かない。
(どちらかと言えば必要以上に)慎重に行くことに決めていた。
皮肉なことであり、身体的な不具と帳消しにされるとは思われるが、
彼女本来の武器であるところのバーサーカーを失った事は、この小さな少女に、
恐らくは(本来の聖杯戦争において)彼女に一番足りないものであったろう慎重さと思索とを与えていた。
そして勿論、敵愾心をも。
地図を取り出す。教会の位置から南へ3km。鉛筆を握り、流暢な筆記体で
『凡そ一時間後の休憩地点 1340時前後』と言う意味のドイツ語を書き付けた。
縮尺を見るに、この島が孤島と言うのは嘘では無いらしく彼女の足でさえ、最早半分ほども踏破してしまっている。
彼女は今更ながら、必要だったとは言え先刻のタイムロスを後悔していた。
衛宮士郎は、彼女の直後に出発していたのだ。再開を期するならば、教会の付近で彼の出発時刻を待つべきだった。
後の祭りとはこの事で、弱視に四苦八苦しながら地図を眺め、今後の行く先を決めようとする。
この先は、もう海岸線が近い。夜中まで待って強行軍をすべきだろうか?
キリツグは。
アインツベルンを裏切った後、五年間シロウを引き取りあの街に住み着いたのだと言う。
僅か五年。その足取りは度々彼が行方を眩ませていた事もあり、また、聖杯戦争以降、第一線からは退いた事もあって、
本家をして完全に追いきれるものでは無かったが、問題は彼が義理の息子に魔術を教えたか否か、である。
アインツベルンは、その答えを否とした。教えるには余りに時間不足と言うのがその理由であった。
一方のイリヤは、ごく個人的な理由──要するに逆恨みだ──から、教えたものと思い込もうとしていたが、
事ここに至った以上、考え直さざるを得まい。
だが、それならそれで厄介な問題が発生するのだ。
魔術師であるならば、彼女とて凡その目的ぐらいは読める。
幾ら異常とは言え、聖杯戦争である以上は必ず勝利しようとする筈だ。
アインツベルンや、トオサカや、マキリのように。
そして、エミヤの後継者に相応しい動きを見せようとするだろう。
けれども、魔術師で無いならば──どう動くかが全くわからない。
見つけ出すには幸運に恵まれ、自らも努力が必要になる事は確かだ。
話を戻す。イリヤは地図とにらめっこだ。余りに情報が足りない。
矢張り、用事を済ませて新都と呼ばれる所に行くべきだろうか。リスクを考えて、本当は後回しにしたのだけれど。
できれば、友好的な集団と接触したいものだが、それは高望みと言う物だろう。
それでは探し物が二つに増える事になる。本末転倒だ。
「……うん、決めた。あの村の様子を見て、新都に行こう」
そう、決めた。
がさり、と音がした。とっさに反応し、音のした方へ銃口を向ける。
それは相手も同じだったらしい。
ぱららららら、と彼女には聞きなれたタイプライターみたいな音がして、それに引き続いて
パラパラとイリヤの座った木の周りに生えた草っ葉が散った。
SMG?その単語を思い浮かべると同時、是非を考えるよりも早くイリヤスフィールは発砲していた。
轟音。がささっ、と相手がひるんだような音。
荷物を引っつかみ、転がるように木陰に飛び込んだ。
間が悪い、と毒づく。そして、これが聖杯戦争と言う物か、と彼女は思考していた。
外れた!?撃ち返して来た!?と、彩峰慧(01番)は少々この場においては的外れな考えを思い浮かべていた。
彼女にとって幸福だったのは、支給品が当たりの部類であった事と今まで一度も殺人者に出会っていない事であり、
彼女にとって不幸だったのは、支給品──イングラムM10と呼ばれるサブマシンガンの性能を熟知していない事であり、
また、相手に反撃を許した事であった。
このSMGは『極めて』当てづらいし、扱いづらい。文字通りの超接近戦用品である。
考えて見ればすぐ解る事ではあるが、一発の弾丸にも当然反動と言う物はある。
1050発/分の発射速度の暴れん坊を片手──彼女が見た漫画ではそう言う事になっていた──で扱えるはずも無かったのだ。
殆どが的から明後日の方角へと飛んでいくのは当然とも言える事である。
最も、当たらずともけん制になれば良く、豆鉄砲よろしくばら撒いて逃げるのがこの場の正解ではあった。
だが、彼女が慣れない手付きで空になった弾奏を取替え始めた時、轟音と共に飛来した一発の弾丸が、
彼女から不幸にも冷静さと選択肢を奪い去っていた。
銃、及び凡そ荒事からは縁遠い世界に育った彼女の思考は以下の様なものであった。
相手も自分も鉄砲を持っている。そして、私のほうがたくさんの弾を撃てる。
で、あるからには未だ私の方が優位な筈であり、相手には一つ教訓を与えてやらなければならない、と言う物である。
(とは言え、イングラムが暴れ狂ったお陰で手首が痛かったので、彼女は下がっていた皮ベルトを掴んでいた)
「……大人しく出てくれば、これ以上はしない」
「そんなの信じるとでも思ってるの?」
「信じるか信じないかはそっちの自由。でも、出てこないと……回り込んで撃つ」
帰ってきたのは、彼女が見た姿通りの幼い声だった。だからと言って油断は禁物だ、と言い聞かせる。
反撃を試みるという事は、つまり危険であるという事なのだから。
ようやく、一通り集落の中を調べた所なのだ。こんな所で邪魔をされる訳には行かなかった。
イリヤスフィールは魔術師である。そして、彼女が握っているのは銃の形をした杖であった。
そうであるから彼女は考察する。熱っ。一瞬熱で思考が途切れたのは、拳銃の弾丸を交換したからだった。
恐ろしく不便ね。一瞬毒づく。それにしてもバカね、とその矛先を自らに銃を向ける者へと変えた。
どうやら相手は話し合う積もりはあるらしい。
が、少女としては銃口を突きつけられての会談などご免こうむりたい。
悪銭身につかずでは無いが急に大きな力を手に入れた一般人が、
さっきまで矛を合わせていた相手にどんな態度を取るかなど、簡単に想像できると言うものだ。
冗談じゃない。身も知らない人間の茶番に付き合わされるなど真っ平なのである。
別にゲームに乗った人間ではないのだろう。だが──
「十数える。その間に決めて」
こちらの気も知らず勝手なものだ。一方的な宣言を無視してイリヤはどうすべきか、相手はどう動くかを思考する。
癪だがこの場はさっさと逃げ出すべきだ。さっきのは離れていたから当たらなかったのであって、近くでは蜂の巣に決まってる。
敵はどう動くか。挙動からして素人であり、マーダーでも無い以上、言葉通りの可能性が高い。
自慢ではないけれど足は遅い。追いかけっこをする気にはなれない。
と、なれば右か左か。いや、それよりも。すっ、と木陰から一瞬手を出して引っ込める。ぱららららら、と言う音。
さっきこの後で相手は何やらマガジンを。
考えはゼロコンマ単位で決まった。
ならば10秒をゼロ秒に縮めてやる。
イリヤは、両手で拳銃を構え。
「彩峰さん!」
その瞬間に、見知らぬ第三者の声が響き。
「鑑──」
その声に反応した相手が顔を横に向け。
「危な──」
そんな声と共に30-06Springfield弾が、イングラムを構えていた彩峰慧の下顎を文字通りに貫いた。
「げぁああああああああああああああ!!」
顎の機能を失い、ややくぐもった叫びに振り返る事も無く、イリヤスフィール=フォン=アインツベルンは
荷物を引っつかむとホワイトラビットの様に森の中に消えていった。
鑑純夏(09番)は、血まみれの顎を押さえ獣のような悲鳴を上げながら蹲る彩峰を呆然とした顔で見下ろしていた。
最早、二目と見れなくなったろう顔も上半分は彼女が見慣れた友人のそれだ。
──これは、何? ふと、そんな事さえ思う。
頭の中から血の気が引いていく音が聞こえる。
彼女の友人は、蹲って鑑に助けを求めている。助けて助けてと、声ならぬ声を発している。
──私が持ってるのは、へんなTシャツ一枚だけなのに。
いったいどうしろと言うのだ。ましてや助けるなど。
涙も流れなかった。一瞬にして限界点を優に超えた恐怖で、彼女は何も考える事などできなかった。
……ざり。ざり、といやいやと首を振りながら後ずさる自らの足音が他人のそれのように聞こえた。
その癖、目だけは彩峰に魅せられた様に離れてくれない。
彼女の友人は、大きく見開いた目をして、尚も手を伸ばし助けを求めていた。
更にもう一歩、後ずさる。こんなの嘘だ。こんなのって無い。
だが、目の前の凄惨な光景はまるで変わらない。
二歩。三歩。更に後ずさる。へたり込むよりなにより先に、鑑純夏と言う一個の人間の本能が、
全力で目の前の恐怖から逃げ出せとひっきりなしに叫んでいた。
かち。かち。
ふと、そんな音が聞こえた。鑑の顔が引きつった。
何故なら、いつの間にか彼女の友人がイングラムを彼女に向けて、そのトリガーを引き絞り続けていたので。
苛立っているようにも聞こえた。丁度、鍵のしまったドアを弄繰り回しているときの様な。
かち。かち。かち。かち。
かち。かち。かち。かち。かち。かち。
弾丸を吐き出すことの無いトリガーを絞りながら、彩峰慧は悪鬼の目で睨んでいる。
後ずさり、自分を助けず逃げ出そうとする鑑をむき出しの憎しみを込めて睨んでいる。
ざり、と。彩峰がはいずって鑑に近づく音がした。
それが、鑑純夏の臨界であった。
「あ……ああ……ああああああああああああああああ!!!」
もと来た道を彼女は一目散に走り出す。
冥夜さん。千鶴さん。まりも先生。武ちゃん。武ちゃん。温泉旅行。
みんなで行くはずだったのに。私と、冥夜さん達と、榊さんと、珠瀬さんと、鎧衣君と、武ちゃんと、先生達も一緒に。
温泉。武ちゃん。好き。嫌い?不安。怖い。怖い。
頭の中を酷くごちゃごちゃにして。その中から彩峰と言う単語をケシゴムで消して。
鑑純夏は走り続ける。彩峰慧を置き去りにして。
【時間:1日目・午後13時49分】
【場所:南の村近くの森林地帯】
イリヤスフィール・フォン・アインツベルン
【装備:衛宮切継のトンプソン・コンテンダー】
【所持品:予備弾丸(30-06スプリングフィールド<ライフル用弾丸> 二発使用)、支給品一式】
【状態:健康。病弱。】
【思考】
1)衛宮士郎に会いたい。(会ってどうするのかは不明)
2)さしあたっては新都を目指す
3)生き残る
彩峰慧
【装備:イングラムM10 32/32 】
【所持品:予備マガジン(9ミリパラベラム弾32発入り)×4、他支給品一式 村を物色して手に入れたもの(次の人にお任せします)】
【状態:下顎をライフル弾で撃ちぬかれる。重症。】
【思考】
1)イリヤと純夏が憎い
2)傷が痛い
鑑純夏
【装備:なし】
【所持品:萌えTシャツ、他支給品一式】
【状態:恐慌。狂気気味。】
【思考】
1)この場から逃げたい
2)武に会いたい
時系列順で読む
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最終更新:2010年06月27日 14:57