うちの妹のばあい



【19:45】



 ―――人間とは神の失敗作に過ぎないのか
 ―――それとも神こそ人間の失敗作に過ぎぬのか



バッグに入っていたのは、人間であった。
小難しい顔をした顔色の悪い、ヒゲオヤジであった。
彼は沈黙を保っていたかと思うと、偶に格言めいた小難しいことを呟く。
ぶつぶつ、ぶつぶつ、と。

この配布武器を引き当ててしまった少女は桂言葉。
腫れ物に触るように、この男に接している。
その同行者・桂心。
決してこの男と目を合わせないようにしている。

二人は最初、男を捨てて逃げたのだ。
必死で逃げたのだ。
それでも、ついてきた。
男の体は枯れ枝の如く痩せ細り、運動能力も著しく低い。
だが、腐っても成人男性である。
言葉のみならいざ知らず、幼い心の足では逃げ切れなかったのだ。

ついてこないように頼んでもみた。
しかし、願いを聞いてはくれなかった。
それ以前に、返事すら返ってこなかった。
言葉が通じているかすら怪しいが、確認の取りようもない。

さらに性質の悪いことに。



「キェーーーーーッッッ!!!
 私は釈迦でありキリストであり×××x×と同義である!!!」



黄疸の掛かった目をぎょろりと剥いて、口角泡を飛ばしながら、
どう考えても狂人にしか発想できないぶっとんだ妄想を、叫ぶのだ。

言葉と心は泣きたくなった。
実際、この狂人の最初の絶叫時に、心はちょっとだけ泣いた。

今までの経緯からするに、この男に害意は無いらしい。
だが狂人だ。
なにがどう彼の頭の中で捻転を起こして、
いきなり襲ってこないとも限らない。
故に言葉と心は不安なのだ。

言葉は、手の甲に顕れた呪術的な紋様の存在に気付いていない。
その紋様が、男の出現と同時に描かれたことに気付いていない。
だが、我々は知っている。
この紋様こそ【令呪】と呼ばれる、契約の証。
つまり、狂人としか思えぬこの男は、英霊なのである。



言葉と心は中央の森の北西寄りの端で、小休止を取っている。
肩を寄せ合ってはいない。
人ひとり分よりやや狭い距離を隔てている。

それを、言葉が詰めた。
ややあって、詰めた分だけ心が離れた。

なぜか?
それは、心が言葉にすら、恐れを抱きつつあるから。
それは、良く知っているはずの姉が、良く知らないことを言うから。

心が知る最近の姉は、うきうきと楽しそうにしている。
 ―――しかし姉は、最近は嫌なことばっかりだと言う。
心が知る姉には、最近、西園寺という友人ができた。
 ―――しかし姉は、西園寺は友達なんかじゃなくて嘘つきだと言う。
心が知る姉の彼氏は、伊藤という少年だ。
 ―――しかし姉は、彼氏のことは聞かないでと俯いた。

そして、心が知る姉は。

「ねえ心、怖いならお姉ちゃんが抱きしめてあげるから。
 だってあなたは私の大事なたった一人の妹だもの。
 絶対にお姉ちゃんが守ってあげる。
 絶対にお姉ちゃんから離れたらだめよ?」

こんなに黒目が小さいはずがなくて
その目をきょろきょろと落ち着き無く動かすはずがなくて、
暗い顔でふふふと笑うはずがなくて、
何度も何度も「心は私の妹」だと確認するはずがなくて……
何より。

 ―――人間のみがこの世で苦しんでいるので
 ―――笑いを発明せざるを得なかった。

どこかこの狂人に通じる空気感など、持っていないはずなのだ。


心の姉に対する態度の硬化は、言葉にも伝わっていた。
理由までは分からない。
分からないが、離れられるのは悲しいし苦しいしおかしい。

そう、【おかしい】。

ここで【おかしい】などと感じることが、既に言葉の【おかしさ】であり、
心が恐れる所以であるのだが、言葉はそこには思い至らない。

すれ違っている。
この、本来であれば仲良し姉妹のはずの二人は、すれ違っている。
白銀武と鑑純夏と同じ誤解によって、
本来ならありえぬ行き違いによって、
不幸にも、すれ違ってしまっている。

「あ、そうだ。心のバッグには何が入ってる?」

言葉が沈黙に耐えかねて、心に問いかけた。
この会話は、数時間前に一度した会話である。
しかし、その時は、言葉のバッグの中から現われた狂人の衝撃が大きく、
心のアイテムチェックは中断されたままであった。
言葉は、それを思い出したのだ。

「変な人、入ってないといいけど……」
「じゃあお姉ちゃんが開けてあげるね。
 大事な心になにかあったらお姉ちゃん悲しいから」

心からバッグを素早く奪って、言葉が鞄を開ける。
中に人は入っていなかった。
入っていたのは衣服だった。
ラバースーツのような、低反発素材のような、
重量感のあるツナギが一着、収まっていた。

「なんだろう?」
「こうがくめいさいスーツ、って書いてあるね」

それはマヴラブのオルタ世界に於いて対ベータ戦争の中で開発された、
電磁的な塗装を施した最新式の軍事用品であった。

「透明人間になれるの?」
「カメレオンみたく保護色だと思う」

子供の好奇心は強いものだ。
何はともあれ、珍品の出現に、心の瞳は輝いた。
それを見て言葉は胸を撫で下し、心に笑顔でスーツを手渡した。
手の甲を愛撫するかの如く撫でさするのも忘れない。

心はスーツの重量と硬度に苦戦しつつも、装着を完了。
フードをしっかりと被ると、一切の肌の露出は無くなった。

「何か、細菌の研究とかしてる人の格好みたい」

はしゃいだ口調でスイッチをON。
一瞬、スーツが発光したように感ぜられ。
心の存在は視覚的に掻き消えた。

「あれ…… 心?」

とたんに言葉はきょろきょろとしだした。

「お姉ちゃん、私、さっきの場所から動いて無いよ?」
「ほんとに? でも、全然見えない……
 向こうの景色が透けて見えるのに……」

半信半疑で言葉が心がいるであろう位置に手を伸ばす。
そこには確かにスーツの冷たい触感があった。

「凄い凄い! これ、ホントに透明人間だよ!」

はしゃぐ言葉の態度に、逆に心の胸中は冷えてきた。
気付いたからだ。
今、自分の姿は姉に見えていない。
その意味に。

心は高鳴る心音で声が震えぬよう、
細心の注意を払って姉に対する実験を試みる。

「こんどはどーこだ?」

発音してから心は4歩ほど横に移動した。

「ここっ! ……あれっ? ……あれっ?」

言葉は心が発声したその中空に手を伸ばし、
すかすかと探るように動かしている。
本当に、見えていないのだ。

ごくり―――
心の喉が鳴る。

一歩、二歩、三歩。心は後ずさる。
足音を立てないように、慎重に。
そして二十歩ほど後退するや。
反転して、一気に駆けた。逃亡した。

怖い目をした狂人と、
彼と似たような眼差しを向ける、怖い姉から。



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【19:56】

「もう降参! 心、お姉ちゃん降参だよ。
 姿を見せて?」



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【19:58】

「迷彩の凄さは分かったから。
 スイッチを切って、心」



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【20:00】

「心、スイッチを切って!!
 あんまりふざけてるとお姉ちゃん怒るよ!?」



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【20:02】

「心! 心! どうしたのなにがあったの?
 どこにいるの返事して!!!
 お姉ちゃんをこれ以上心配させないで!!」



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【20:04】

「きっと何かトラブルが発生したの。
 そうよ、そうに決まってる。
 だって心が逃げるはずが無い。
 だって私の妹だもの。
 だから私が助けなきゃ。
 だから私が守らなきゃ。
 心、心、心! 心っっ!!!」

言葉の言葉はくるくると回り。
言葉の心は、もういない。



 ―――多くのことを中途半端に知るよりは何も知らないほうがいい



真名不明・クラス不明の謎のサーヴァントが、ぼそりと呟いた。






【武器詳細】

   * 迷彩スーツ

 出典は『マブラヴ/オルタネイティヴ』。
 オルタ世界技術における光学迷彩塗装を施したスーツ。
 肉眼ではまず捉えることが不可能ではあるが、
 魔術的な探査、温度センサー、気配の察知などは阻害できない。
 電力を消費し、フルバッテリーで8時間ほど稼動可能。
 充電はコンセントから可能。チャージ時間は4時間。
 装甲としての機能は低く、ライダースーツ程度。




【場所:中央森林・北西部の端】

 【名前:桂言葉(№12)】
 【装備:なし】
 【所持品:FOMA携帯、支給品一式】
 【出時:誠が言葉と世界との間をふらふらしてる時点】
 【状態:????????のマスター 令呪 03/03、不安定】
 【思考:非戦逃亡】
  1)心を探して保護する

 【名前:????????(支給品№06)】
 【装備:なし】
 【所持:本?(初期装備)】
 【出身:??】
 【状態:狂気、サーヴァント】
 【思考:言葉に従う?】
  1)ぶつぶつぶつぶつ……

  ※(ネタバレ)「僕の考えた最強のサーヴァント」で検索


【場所:中央森林・北西部の端 → ?】

 【名前:桂心(№11)】
 【装備:迷彩スーツ(New)】
 【所持品:FOMA携帯、支給品一式】
 【出身:言葉が誠と付き合い始めた頃】
 【状態:不安定】
 【思考:非戦逃亡】
  1)言葉と????????から逃げる

  ※スーツの能力は支給品リストを参照のこと




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願い事は何ですか? 叶えにくいものですか? 桂言葉 戦場デ少女ハ心ヲサガス?
願い事は何ですか? 叶えにくいものですか? 桂心 ぺたぺた?
GameStart ???????? 戦場デ少女ハ心ヲサガス?



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最終更新:2010年06月28日 21:22