願い事は何ですか? 叶えにくいものですか


枯れ果てた大地、朽ちた街、そこには笑顔はない。
本来ならば学舎にて青春を謳歌しなければならないはずの子供たちは皆銃を取り、絶望の戦場へと赴く。
それは彼女にとって当たり前の光景。何故なら自分もそうだったし、生まれる前からもそうだったから。
それにしても…彼女は思う。
世の中には同じ事を考える輩がいるものだ、と。
来る侵略者との戦いに備え、極限の状況に置いての身体能力、行動力、心理力を計測し、真に優秀たる兵士を育成するためのプログラムの一環。
彼女は思い出に耽るかのように自分の肩の傷をそっとなぞる。

『大日本帝国の臣民たる諸君、真たる士を育て見出すため、君たちにはその先駆けとなってもらう』
『今から最後の1人になるまで戦ってもらう』

思い出す度に自責の念に駆られるのに、何故か思い出さずにはいられなくなるのは何故だろう?
結局、人的資源の問題から数年で中止され、この件は闇へと葬られ、語ることすら許されない出来事だというのに。
自分たちの行ったことは、生きるため泥を食み同胞たちを撃ったあの数日間は無駄ではなかったと、せめて生き残りとしては思いたいからだろうか?
だから改めて軍に志願したのも。

(教官となって以来、戦場に立つこともなくなったけど)
それでも…周囲を見渡す、自分の住んでいた世界とは違う
緑と暖かさに満ちた世界、だがこの空気は間違いなく戦場のそれだ。
それに…もしあの神父の言葉が本当ならば……



「先生」
彼女にとって聞き覚えのある声が聞こえるが、あえて無視をするかの様に先を急ぐ。
「どうしたんですか先生、聞こえているんでしょう?」
だが背後の声は離れてはくれない。近づかないで欲しいのに……
「心細かったんです。白銀くんも御剣さんも、鑑さんも見つからなくって……でもこれでほっとしました」
少しだけ彼女の歩みが遅くなる。背後の人物が挙げた人名が自分の知りうる人物らとは違うと知っていてもなお。
(お願い、近寄らないでそれ以上は…でないと私は……)
「私、私ですよ榊千鶴ですっ!」
焦れた口調で叫ぶと千鶴は担任を足止めすべく駆け足で追い越そうとする。
(あなたを殺さないといけなくなるから)
千鶴が行く手を阻もうと回り込んだ瞬間だった、その時には彼女の担任であって担任ではない神宮寺まりもの手に握られた拳銃が、すでに火を噴いていた。

「な……!? 先生なにを―――っ!?」
肩を射ち抜かれながらも気丈に言い返す千鶴…だがまりもの目を改めて見て悟る。
「違う…先生じゃない…でもそんな……」
「ええ、私も驚いているわ…でもね私の知っている榊千鶴は私のことを……」
口ぶりは余裕だがやはりまりももまた動揺していた。千鶴が自分のことを自分の知る神宮寺まりもと錯覚したように、まりもも目の前の千鶴と自分の知る榊千鶴を重ね合わせていたのだから……
せめて唯一違う点があるとすれば――
「教官と呼ぶのよ」

まりもの一瞬の動揺を見て取り走る千鶴。藪に飛び込むのと発砲は同時だった…が、まりもはもはや千鶴の死体を確認しようとはしない。
命中を確信していたこともあるが、その藪の下は崖だと知ってもいたし、それに止めを刺すことはやはり躊躇われた。
上手くはいえないが、少なくとも彼女が『榊千鶴』なのは間違いないのだから。

だが…これで確信が持てた。
これほど不可思議な出来事が目の前で起こったのだ。ならばあの話はきっと正しい。
いや、正しくなくとも賭ける価値は充分にある…そう、もはや奇跡にすがるしかない。
BETAを殲滅し、地球を取り戻すことなど…その為ならば自分はまた泥に塗れ同胞の血を流そう。だからそれまでは。
「ごめんなさい…」
そう呟いてまりもはその場を後にした。



「痛い…なんで、なんでなの? 先生……」
あれからどれだけの時間が経過しただろうか? 重傷を負いながらも榊千鶴は生きていた。
激痛に鈍った頭で考える…でも分からないことだらけだ。
少なくとも軍服を着用していたのには疑問はなかった。どうせ香月先生に無理やり着せられてる。そう思っていた。
でも…あれはやっぱり。
「だけど、私のこと知ってたし……」
だとすると……突如として恐ろしい考えが千鶴の頭に浮かぶ。
自分たちの偽者がいるというのだろうか、と…それはある意味で正しく、ある意味で間違ってはいたが。
「知らせなきゃ…みんなに……」
しかし身体から力は徐々に抜けていく。血を流しすぎた。さらに転落のダメージもある。なんとかここまで歩いてきたが、正直我ながら生きているのが不思議なくらいだ。
「私…死ぬのかな?」
もう、そう呟くくらいしか出来そうになかった。



「心っ! 心っ! どこなの心っ!」
桂言葉は大声で妹の名前を呼んでいた…少し仮眠を取る間どこにも行くなと言い聞かせていたのに……
しかも携帯電話を残したままで…ただでさえ心細い中妹まで失ったら……いや、いけないこんなことでは。ぶんぶんと頭を振って弱気に陥りそうになった自分を叱咤し、言葉は妹を探し続けていた。


遠くに行くつもりはなかった。ただうなされる姉を見て何かをしたいと思った。
道中、川のせせらぎの音を聞いたのを思い出し、水を汲みに出かけたのはよかったが――
「どうしよう…」
中においても暗い森は容易に方向感覚を狂わせる、見事に心は迷子になってしまっていた。
「うう…おねえちゃんに怒られる……」
とりあえず切り株に座り込み辛抱強く姉が探しに来るのを待つ。
以前迷子になったときあちこち動き回った挙句母に大目玉をくらったのを思い出したのだ。
それから15分、待っているのにも飽きてきた心はきょろきょろと辺りを見回す。
――何かが動いた気がした。
「おねえちゃん?」
その何かが動いた辺りへと向かい、藪を掻き分けると……
そこには今や瀕死の榊千鶴が、息も絶え絶えに倒れこんでいたのだった。


「ひぃ…」
今更ながらここで殺し合いが行われているという現実を思い出す心。だが――

『心、困ってる人や苦しんでいる人がいたら助けてあげないといけませんよ』

姉の言いつけが脳裏に蘇った。

心は千鶴の身体をじっと見る。血まみれでとても苦しそうだ。だったら助けないといけない。
「あの…大丈夫…ですか?」
心は恐る恐る千鶴へと問いかける。
当の千鶴はそのただたどしい心の言葉をぼんやりと聞いて…それから最後の言葉を振り絞るように呟く。出来れば皆に直接伝えたかったが、今はもう……
「あの…伝えて欲しいことが…………」
その時だった。

「心に触らないで!」
「おねえちゃん!?」
心が振り向くとそこには姉の姿があった。言葉はじろりと千鶴を睨みつけると、そのまま心の手を引いて立ち去ろうとする。

「さ、行きましょう!」
「で、でもあの人すごく苦しそうだよ!?」
「いいのよ、行きましょう。お洋服が汚れるわよ」
「でも……」
尚もその場に止まろうとする心だったが、次の瞬間、言葉は思い切り心の頬を張っていた。
「いいかげんにしなさい! どれだけ心配したと思ってるの!?」
「ひっ…」
それでも言い返そうとした心だったが、姉の目に光る涙を見てしまってはもう何も言えない。
そのまま引きずられるように言葉と共にその場を離れる。もう一度だけ振り向くと、すがるような千鶴の目がただ痛くてたまらなかった。


「――結局…こうなる運命だったのかな?」
残された千鶴は動かない口で呟く、もう痛みはない…ただ寒くてたまらなかった、そして眠い。
「もういいわ……何もかも…………」
それだけを言い残し、榊千鶴は森の中で1人永遠の眠りについた。



「おねえちゃん痛いよ、手が痛いよ!」
固く握られたままの手の痛みを訴える心だが、言葉には届いていないようだ。
代わりに返ってくるのは――――
「心はお姉ちゃんが絶対に守ってあげるから……だからお姉ちゃんの言うことちゃんと聞きなさい! ねぇ、分かった? ねぇ!?」
そんな確認とも脅迫ともとれない訴え……心は姉の姿に初めて恐怖を感じていた。



【時間:1日目午後15時30分】
【場所:森林地帯付近の草原】

神宮寺まりも
【装備:USSR スチェッキン】
【所持品:支給品一式】
【状態:通常】
【思考】
1:勝利し聖杯にBETAを倒してもらう。

【時間:1日目午後16時00分】
桂言葉
【場所:森林地帯】
【所持品:携帯電話(多分FOMA)、支給品(未開封)】
【状態:精神的に不安定】
【思考】
1:妹を守る

桂心
【場所:森林地帯】
【所持品:携帯電話(多分FOMA)、支給品(未開封)】
【状態:通常、ただし姉に違和感】
【思考】
1:姉と一緒に

【榊千鶴 死亡 残り57人】




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前登場 名前 次登場
GameStart 神宮寺まりも 「俺たちは本当に非情か?」
姉妹、そして妬むモノ 桂言葉 うちの妹のばあい
姉妹、そして妬むモノ 桂心 うちの妹のばあい
GameStart 榊千鶴 GameOver







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最終更新:2010年06月27日 15:31