光を求めて
【1日目・20:00】
新都に点る灯りは、埃を被った街路灯。
それだけであるはずだ。
この島で行われているのは無残で無慈悲な殺し合い遊戯。
たとえ何者かがこの町に存在しているとしても、
息を潜め、周囲の気配を探り、目立たぬようにしているはずだ。
だが、現実はどうか?
「いやー、それにしてもシチュー、おいしかったぁなぁ」
「本当に素晴らしい『家庭の味』でございましたわ」
「えへへ。おいしく食べて貰えて嬉しいな」
そこから洩れるのは、和気。
そこに感じられるのは、団欒。
№02:厳島貴子、№29:三枝由紀香、№48:柊杏璃。
彼女たちは潜伏先の民家で夕食を終えたところだった。
カーテンこそ閉めてはいるが常夜灯は点いていた。
声を潜めてはいるが押し殺してはいなかった。
周囲を注意してはいるが警戒はしていなかった。
無防備だ。不注意だ。
だが、ことのいきさつを鑑みれば、それも致し方ないといえる。
少なくとも今の彼女たちはゲームに乗っていないし、疑心から離散もしていない。
実際、その危険はあったのだ。
2時間ほど前に。
18:00に流れた放送で告げられた死者は8名。
その中にそれぞれの知り合いの名も含まれていた。
貴子は慌てふためいた。
由紀香は泣きじゃくった。
杏璃は激怒した。
三者各々表れは違えど、三者等しく恐慌した。
お互いの恐慌ぶりを見た三者は思った。
このままではいけないと。
正気を取り戻さなくてはいけないと。
それで―――
「明日の朝ごはんはあたしがつくるね!」
「杏璃さん、あなた料理が出来ますの?」
「こー見えてもあたし、カファテリアでのバイト長いんだから。
厨房にだって結構立ってるしね!」
「アルバイトかぁ、大人だねー」
「……」
仮初の日常。
彼女たちはすでに逸脱してしまったその追憶を演じることで、
どうにか恐慌を逃れることに成功したのだ。
それは逃避でしかない。
結論の先延ばしに過ぎない。
しかし、その猶予時間こそが、彼女たちの心の安寧をもたらしている。
必ず訪れる決定的な瞬間。
いずれ来る運命の選択。
その時を迎える為の、心の準備を整える時間こそが、今この時だった。
しかしこの灯りは、この団欒は。
殺害の意思を持つ持たぬを問わず、あらゆる人を惹きつける誘蛾灯に
ほかならなかった―――
=-=-=-=-= ・ =-=-=-=-= ・ =-=-=-=-= ・ =-=-=-=-=
一匹目の羽虫は、既に懐近くに潜り込んでいた。
(無用心過ぎますよ、柊さん)
民家の脇には小さな庭。
そこに設置してあるエアコンの室外機に身を隠して中の様子を窺うは、
№26:小日向すもも。
既に愛する母を殺めた身。
友人如きを殺めることなど恐れようはずもない。
(でも……あの銃が問題ですね)
すももは知っている。
柊杏璃が魔法を使うことを。
魔法と銃。
その2つを同時に相手にしたくはない。
どちらか一方。
すなわち、銃を残して杏璃が席を立つか、杏里以外の2人が席を立つか。
息を殺し気配を殺し、機会を窺う。
機会は、必ず来る。
神経は冴えている。心は冷えている。
すももは機を、気長に待つ。
=-=-=-=-= ・ =-=-=-=-= ・ =-=-=-=-= ・ =-=-=-=-=
「で、貴子はどうなの?」
「ど、どうなのとはどういうことかしら?」
「貴子の得意料理はなにかってことよ」
「お……」
=-=-=-=-= ・ =-=-=-=-= ・ =-=-=-=-= ・ =-=-=-=-=
二匹目の羽虫は、用心深く距離を取っている。
(狙うのは漁夫の利だな)
ほくそ笑むのは、№53:間桐慎二。
身を潜めるのは、小日向すももが隠れる庭を隔てた隣の民家。
窓から顔を覗かせる愚は犯さない。
胸ポケットに入っていたエチケットブラシの鏡の反射を利用して
すももの挙動を、3人娘の様子を注視している。
(……あの女と民家の女たちが争いを始めて決着がついた頃に奇襲する。
あるいは混乱する場に向かって手榴弾を放り投げてもいい)
慎二は臆病な男だ。
慎二は尊大な男だ。
背反する2つの性質を備えつつ、それを飼いならせない男だ。
その日その時の気分で、状況で、臆病と尊大を極端に行き来する。
だから危うい。
周囲の人間を傷つける方向に、危ない。
(一人見覚えのあるやつがいるとおもったら、アレだ。
遠坂の金魚のフン3号だ。
ははっ、やっぱり弱いやつは弱いやつ同士群れるもんだね!)
今の慎二は、尊大さが勝っていた。
彼の尊大さは躁と楽観を意味する。
(僕の勝利は確定しているのさ!)
無謀な思い込みを無謀とも感じず、慎二の端正な顔が不敵に歪む。
=-=-=-=-= ・ =-=-=-=-= ・ =-=-=-=-= ・ =-=-=-=-=
「お?」
「……おにぎりなどを、少々、嗜みますわ」
「……」
「……」
「……」
「……お、おにぎり、おいしいよね?」
=-=-=-=-= ・ =-=-=-=-= ・ =-=-=-=-= ・ =-=-=-=-=
三匹目の羽虫は町の西からやって来た。
「あの子たちは笑ってる、だからやられ役……
ホラー映画では油断してる人が序盤の犠牲者になるんだ」
血走った目でぶつぶつと呟きを漏らしながら忍び歩くは、
亜麻色の髪に白いカチューシャの少女。
№14:上岡由佳里。
すでに2人を屠った身。
恩師すら撃ち殺した身。
恐怖に濁った心で凶行に走った由佳里ではあるが、今の彼女に恐怖は無い。
興奮と、感動がある。
命を奪うこと。
それは相手を全否定することに等しい。
否定に対する反論はない。
否定された時点で反論の機会が奪われているから。
「強いから殺す。弱いから殺される。
私はあの子たちより強い。だから私はあの子たちを殺せる」
人を殺めることで得られた優越感。
それは周囲の出来た人間たちから絶えず劣等感を植え付けられていた彼女が
重苦しい心の枷から解放される契機となった。
由佳里は、自信が持てたのだ。
―――持つべきではない自信だが。
「早く殺そう。もっともっと殺そう」
血に酔っている。
力に溺れている。
由佳里の足は、止まらない。
=-=-=-=-= ・ =-=-=-=-= ・ =-=-=-=-= ・ =-=-=-=-=
「……同情は結構ですわ。
そう、私は料理をしたことは殆どありませんの。
どうぞお笑いくださいな」
「あはははは~。とんだお嬢様もいたものね!」
「え、えと、杏璃ちゃん?
そんなに笑わなくても……いいんじゃないかな?」
=-=-=-=-= ・ =-=-=-=-= ・ =-=-=-=-= ・ =-=-=-=-=
四匹目の羽虫は町の南東からやって来た。
「この様子なら大丈夫だな」
民家からもれる笑い声に警戒心を解き、交流を図ろうと決意したのは
ハンサムガール、№55:美綴綾子。
力強い足取り。凛とした立ち姿。
しかし、憔悴の色は濃く、瞳には揺らぎが見受けられる。
彼女に無分別な殺意は無い。
あるのは分別ある殺意だ。
(楓の仇を討つ)
綾子の思考は、行動は、全て仇討ちに費やされている。
遊びは無い。
余裕も無い。
研ぎ澄まされたそら恐ろしい集中力。
「あの家にいる子たちが、あの女のことを知ってるといいんだけど」
踊り離れ―――
弓道に曰く、的中に固執するあまり姿勢が崩れる様。
綾子は後輩を指導する際、この踊り離れを特に重視していた。
皮肉なことに今の綾子は踊り離れている。
彼女にそれを指摘できる人物は、この近辺に存在しない。
=-=-=-=-= ・ =-=-=-=-= ・ =-=-=-=-= ・ =-=-=-=-=
「しっ、失礼ですわっ!
確かに私、お笑いくださいとは言いましたけど、
そこまであからさまに見下されては不愉快です!」
「ごっめ~ん貴子。
あんまりモジモジしてるから、ちょっとからかいたくなっちゃただけで、
見下すとかそんなんじゃないよ」
「こらっ、頬をつつかない!
謝るなら謝るでちゃんと誠意を持って……」
=-=-=-=-= ・ =-=-=-=-= ・ =-=-=-=-= ・ =-=-=-=-=
最後の羽虫は、町の南から。
「お! こりゃ大集団だな」
手元の探知機の光点を眺めて喜びの笑みを漏らすは№42:高溝八輔。
2ブロックほど先に煌々と輝く灯火は、天道虫の斑点の如く、7つ。
「壬姫さんもいるといいな……」
大人数の集団であればゲームに乗ってはいない。
彼の単純な頭脳と楽観的な性格が、早計にそう結論付けていた。
7人の集団と見える光点がその実、
3人と1人と1人と1人と1人に分かれているとも知らずに。
うち3人がゲームに乗っているということも。
残りの1人も、状況如何では殺人を厭わぬということも。
それぞれが、
銃火器を所持しているということも。
その筒先がいつ轟音を発してもおかしくない状況だということも。
八輔は、想像だにしていない。
=-=-=-=-= ・ =-=-=-=-= ・ =-=-=-=-= ・ =-=-=-=-=
「杏璃ちゃん、からかいすぎだよー。
貴子ちゃんもそんなに怒らないで。
わたしおにぎり大好きだから、ね?」
「ま、まあ、私も大人げ無かったですわ。
声を荒げてしまって申し訳ありませんでした、柊さん」
「あたしもごめんね~、馴れ馴れしくって」
=-=-=-=-= ・ =-=-=-=-= ・ =-=-=-=-= ・ =-=-=-=-=
羽虫は全て出揃った。
あとは宴を待つばかり―――
【時間:1日目・20:00】
【場所:新都・民家】
【名前:厳島貴子(№02)】
【場所:新都・民家】
【装備:投擲用ナイフ×5】
【所持品:支給品一式(パン1つ消費)】
【状態:健康】
【思考:潜在的脱出】
1)お喋りしてれば怖さを忘れられる
2)瑞穂たちと合流したい
3)みんなでゲームから脱出したい
【名前:柊杏璃(№29)】
【場所:新都・民家】
【装備:マイクロウージー 32/32】
【所持品:MU予備弾 32/32 ×3、支給品一式(パン1つ消費)】
【状態:健康】
【思考:潜在的対主催】
1)お喋りしてれば怖さを忘れられる
2)春姫たちと合流したい
3)みんなでゲームを止める。あと、可能なら言峰をボコる
【名前:三枝由紀香(№48)】
【場所:新都・民家】
【装備:小雪のエプロン】
【所持品:支給品一式(パン1つ消費)】
【状態:健康】
【思考:非戦逃亡】
1)お喋りしてれば怖さを忘れられる
【場所:新都・民家の庭】
【名前:小日向すもも(№26)】
【装備:古青江(日本刀)、H&K MP7】
【所持品:支給品一式】
【状態:黒化】
【思考:奉仕マーダー(小日向雄真)】
1)民家の住人を安全に殺せるチャンスを待つ
2)雄真以外全員を殺す
【場所:新都・民家・隣家1F】
【名前:間桐慎二(№53)】
【装備:シグ・ザウエル P228 09/13】
【所持品A:シグ予備マガジン 13/13 ×3、支給品一式×2】
【所持品B:手榴弾×3】
【状態:健康】
【思考:優勝マーダー】
1)3人娘vsすももの戦いに乗じて、皆殺す。
2)ゲームに忠実に優勝(できれば魔術師、魔法使いを優先的に殺していきたい)
3)ゲームを破綻されるのを阻止する
4)利用できそうな人間がいたら構わず利用する
※尊人を殺したと思っています
【場所:新都・民家近く】
【名前:上岡由佳里(№14)】
【装備:ニューナンブM60 4/5、ウージー 20/50】
【所持:UG予備マガジン 50/50 ×3、支給品一式×2】
【状態:健康。精神に異常】
【思考:無差別殺戮】
1)民家を襲撃
2)とにかく死なない
3)誰であろうと容赦なく倒す
【名前:美綴綾子(№55)】
【場所:新都・民家近く】
【装備:H&K MK23 10/12】
【所持:H&K予備マガジン 12/12 ×3、支給品一式】
【状態:健康】
【思考:鈴莉に殺意】
1)民家の住人と情報交換
2)鈴莉を追う。そして楓の仇を討つ
3)ゲームに乗るか乗らないか悩んでいる
※鈴莉(名前は知らない)がマーダーだと思っています。
※さらに彼女が楓を殺したと思っています
【名前:高溝八輔(№42)】
【装備:探知機】
【所持品:支給品一式】
【状態:健康】
【思考:女の子を助ける】
1)7人(誤解)に友好的にコンタクトを取る
2)壬姫を探して保護する
3)すももや知り合いを探す
時系列順で読む
投下順で読む
最終更新:2010年06月27日 14:11