Last update 2008年01月13日
夢の中の彼女は 著者:BEAT
おわりとはじまりはいつもいっしょにやってくる。
夢のおわり、現実のはじまり。僕はそのおわりに納得が出来なくて、もう一度、目を閉じた。忘れられない女性(ひと)がいる。
依子(よりこ)と出会ったのは中学2年生の時、人生で3度目の恋だった。彼女は眩いほどの美貌を有していた訳では無かったが、誰よりも人を思いやり、凛とした瞳が印象的な女の子だった。
「例えばさ、右利きの人も居れば、左利きの人も居る。各々の手っていうのは、個人差が有るんだ。でも重い物を持つ時は両手を精一杯駆使して持ち上げるだろ?その時の右手と左手のようになれないかなぁ」
「なんか、口説かれているみたいだけど、名台詞だと思うわ。そういうのは好きな人に言ってあげてね」
そんな事を、好きな人本人に言われたりした。
「一緒の高校に行けたらいいね」
依子のその言葉に、どれほど励まされたことか。僕はのぼせ上がり、一心不乱に勉強した。そして見事、県下に誇る進学校に通う事が決まった。
大人になった今、考えると、依子は友達全員に、同じ台詞を言っていたのかも知れない。その証拠に、文系と理系に別れてからは、接点が無くなり、全く会話する事も無くなった。
夢の中で僕は依子と必ず、再会の約束をする。それは電話番号だったりメールアドレスだったりするのだが、現実がはじまると、僕は必死になって枕元にメモ用紙が無いか探してしまう。
夢の中での依子は15歳のままで、何を話したのか、ほとんど記憶に無い。多分、その微笑みを見るだけで満たされる自分が居るのだろう。
現実の依子は某有名大学の医学部にトップ合格して、大学を6年間通った後、女医さんになったと友達から聞いた。赴任先は知らないと言う。もう現実の依子とは、逢う事は出来ないのであろう。
そんな僕は、恋をやめた訳では無かった。高校3年生の時、初めての彼女が出来たし、その後も何人かの女性とお付き合いさせてもらった。しかし、依子を一途に想っていた時のあの高揚感を、誰にも感じる事は無かった。依子は永遠に僕の中で一番の存在なのだろうか?
15歳の依子に逢える事を信じて、今日も目を閉じる。もうはっきりとした輪郭は分からなくなっている。彼女だけ年を取らないなんて、残酷だし、不思議である。
夢がおわり、メモ用紙を探した後、心を指差して、僕はこう言った。
「不思議の国は、ずうっと、ここにあるんだな」