先輩、月曜日の午前です!
「先輩、すっぽん食べに行きましょうよすっぽん!」
「そういやお前ってすっぽんに似てるよなァ」
「そういやお前ってすっぽんに似てるよなァ」
噛みついたら離さないところとか。
これまでずっと何かに似ていると思っていたのだ。そうか、すっぽんだったか。長らくの論争にようやく決着
がついたわけだが、思っていたほどスッキリもしない。
休み明けの月曜日だった。既に二時限を消化し、二十分という長めの休憩時間だ。俺は自分の椅子に座ったま
ま、いそいそと次の家庭科の準備をしていた。
巷じゃ“ブルーマンデー”なんていう人もいるが、これといって趣味のない俺は、休日にも受験勉強くらいし
かやることがなく、週明けも憂鬱というほどのものではない。
つい昨年度までは後輩がいなかった分日曜日に寝て体力を回復できたが、最近は通い妻を気取って自宅にまで
押し掛けて来やがるので気の休まる時間がないというのもある。
これまでずっと何かに似ていると思っていたのだ。そうか、すっぽんだったか。長らくの論争にようやく決着
がついたわけだが、思っていたほどスッキリもしない。
休み明けの月曜日だった。既に二時限を消化し、二十分という長めの休憩時間だ。俺は自分の椅子に座ったま
ま、いそいそと次の家庭科の準備をしていた。
巷じゃ“ブルーマンデー”なんていう人もいるが、これといって趣味のない俺は、休日にも受験勉強くらいし
かやることがなく、週明けも憂鬱というほどのものではない。
つい昨年度までは後輩がいなかった分日曜日に寝て体力を回復できたが、最近は通い妻を気取って自宅にまで
押し掛けて来やがるので気の休まる時間がないというのもある。
(というか、またこのパターンかよ……)
つい昨日うなぎに付き合ってやったと思ったら、今度はすっぽんか。
またも「精をつけて私を襲って」などとムチャクチャなことをのたまうつもりだろうが、なんと芸のない。
またも「精をつけて私を襲って」などとムチャクチャなことをのたまうつもりだろうが、なんと芸のない。
「だいたい、すっぽんってお前な、それは背伸びしたって高校生の食い物じゃないだろ。まる鍋がいくらすると
思ってるんだ」
「ご安心を。私、先輩好みの経済観念です!」
思ってるんだ」
「ご安心を。私、先輩好みの経済観念です!」
そんなアピールはどうでもいい。
「私がお洋服を脱いで産まれたままの姿になるので、あとはアナタが美味しくいただ痛いです先輩ごめんなさい
もういいませんんっ!」
もういいませんんっ!」
あんまりといえばあんまりなオヤジギャグに、拳骨で後輩のこめかみをぐーりぐり抉っておく。こういうツッ
コミは俺のキャラじゃないが、人間、どうしたって許しておけないもののひとつやふたつあるンだ。
コミは俺のキャラじゃないが、人間、どうしたって許しておけないもののひとつやふたつあるンだ。
「うう~……靴下だけでも残すべきでしたか」
「そういうことじゃなくてだな」
「そういうことじゃなくてだな」
涙目で頭を押さえる後輩だが、絶対に懲りてない。
教育的指導のやり甲斐のなさに、ぐだーっと机に突っ伏したくなった。
教育的指導のやり甲斐のなさに、ぐだーっと机に突っ伏したくなった。
「すっぽんは、まず首ちょんぱするのが難しいよね。お腹を上にして、こう、親の仇のように思いきって首根っ
こを押さえて……」
「うわびっくりした!? なっ、し、白壁教諭?」
こを押さえて……」
「うわびっくりした!? なっ、し、白壁教諭?」
背後から顎を襲った柔らかい感触に、跳び上がるほど驚いた。
泡を食って振り向くと、ブラウス姿の綺麗な女性がガサついた指を俺の首筋に伸ばしていた。
いきなり生徒の体をモデルにすっぽんの捌き方を講釈してくれた彼女は、家庭科の白壁やもり教諭。二十ウン
歳独身。ショートの髪は癖が強く、頭のそこかしこで渦を巻く。
痛々しいまでの手肌の荒れは、不器用なくせに変なところでこだわって炊事洗濯をしてしまうからだと、恥ず
かしそうに語っていた覚えがある。
まともにすっぽん料理の話をしているということは、少なくとも経済観念がどうこうのあたりから聞いていた
のか。まったく気がつかなかった。
泡を食って振り向くと、ブラウス姿の綺麗な女性がガサついた指を俺の首筋に伸ばしていた。
いきなり生徒の体をモデルにすっぽんの捌き方を講釈してくれた彼女は、家庭科の白壁やもり教諭。二十ウン
歳独身。ショートの髪は癖が強く、頭のそこかしこで渦を巻く。
痛々しいまでの手肌の荒れは、不器用なくせに変なところでこだわって炊事洗濯をしてしまうからだと、恥ず
かしそうに語っていた覚えがある。
まともにすっぽん料理の話をしているということは、少なくとも経済観念がどうこうのあたりから聞いていた
のか。まったく気がつかなかった。
「やっほー、先輩くんと閑花ちゃん。相変わらず仲良いのね」
訂正するところは訂正しつつ、俺は挨拶を返す。
白壁教諭はデフォルトで下の名前か、本人が嫌がらなければニックネームで生徒を呼ぶ。俺の“先輩”はどっ
ちでもないので不可解極まる。といって“俊輔くん”呼ばわりも具合が悪いが。
白壁教諭はデフォルトで下の名前か、本人が嫌がらなければニックネームで生徒を呼ぶ。俺の“先輩”はどっ
ちでもないので不可解極まる。といって“俊輔くん”呼ばわりも具合が悪いが。
「でね、首を切り落としたら、そこから血を――」
「……白壁教諭、すっぽんの話はまた機会があったらということで」
「そう? 残念」
「……白壁教諭、すっぽんの話はまた機会があったらということで」
「そう? 残念」
ここだけ聞いていると何だか猟奇的だった。
こういう殺伐とした言葉は、俺のスクールデイズには似つかわしくないと思う。
こういう殺伐とした言葉は、俺のスクールデイズには似つかわしくないと思う。
「あ、そうそう」
白壁教諭はぽんと掌を合わせた。ふわふわした口調で続ける。
「先輩くん、この前はありがとうね。おかげさまで助かっちゃいました」
「いえ」
「……先輩、今度は何に駆り出されたんですか?」
「いえ」
「……先輩、今度は何に駆り出されたんですか?」
口数の少なくなっていた後輩が、俺でなければ気づかないていどにぴくりと鼻筋を歪めた。近頃はとみに情緒
不安定気味だ。
不安定気味だ。
「先週、三年が調理実習しただろう? あれの食材の準備を少し手伝っただけだ」
「浮気者はみんなそういうです」
「お前って基本的に俺の話どうでもいいと思ってるよな」
「浮気者はみんなそういうです」
「お前って基本的に俺の話どうでもいいと思ってるよな」
野菜がちゃんとグループごとに個数ずつあるか、サラダ油の量は充分かとか、そんな確認をしただけだ。ちな
みにぽろぽろ不足があり、白壁教諭は半泣きで車を出していた。そういうことは前日にやっとけよ。
みにぽろぽろ不足があり、白壁教諭は半泣きで車を出していた。そういうことは前日にやっとけよ。
「調理実習をやってると先生思うんだけど。最近の子は家事ができない!なんて人もいるけど、じょうずな子は
すごくじょうずよね。閑花ちゃんとか三年のアリスちゃんとか、私より手際がいいくらいだもん」
すごくじょうずよね。閑花ちゃんとか三年のアリスちゃんとか、私より手際がいいくらいだもん」
アーチェリー部の美人部長にそんな特技が。
……ただし、いわせてもらうと、白壁やもり教諭の調理の手際じたいは『私より』などといえるほど大層なも
のでもない。さすがに経験値が多いことは見ていても分かるが、いつ人間の血が隠し味になっていてもおかしく
ない不安定さだ。
それとは全然関係ないが、うちきっての地雷源である購買部では昨年、『白壁教諭の白壁しょうゆ』なる調味
料を限定販売していた。後先考えずに飛びついたアホに舐めさせてもらったら、心底しょうもないネーミングの
割りに旨味の深い逸品だったのがまたムカつく。……今年も売らないかな。
……ただし、いわせてもらうと、白壁やもり教諭の調理の手際じたいは『私より』などといえるほど大層なも
のでもない。さすがに経験値が多いことは見ていても分かるが、いつ人間の血が隠し味になっていてもおかしく
ない不安定さだ。
それとは全然関係ないが、うちきっての地雷源である購買部では昨年、『白壁教諭の白壁しょうゆ』なる調味
料を限定販売していた。後先考えずに飛びついたアホに舐めさせてもらったら、心底しょうもないネーミングの
割りに旨味の深い逸品だったのがまたムカつく。……今年も売らないかな。
「――ところで、先輩くんが今一番食べたい物って何?」
女性二人が料理についてのお喋りに花を咲かせている横で取り留めなくそんなことを考えていると、白壁教諭
がまたも意図せず後輩を刺激するようなことを口にした。
話題から取り残されていた俺に気を遣ってくれたのだろうが、その内容はいかにもよくない。
がまたも意図せず後輩を刺激するようなことを口にした。
話題から取り残されていた俺に気を遣ってくれたのだろうが、その内容はいかにもよくない。
「はっ、破廉恥ですっ!」
「え!? ど、どうしたの閑花ちゃん?」
「え!? ど、どうしたの閑花ちゃん?」
……案の定というか、後輩は『手伝ってくれたお礼に、先生が“個人的に”先輩くんの好きな物を料理ってき
てあ・げ・る(はぁと)』的な桃色妄想をしていた。もちろんそんなことは有り得ない。白壁やもり教諭はこう
見えてそういうところはきっちりとするタイプだ。
俺は溜め息を我慢して説明する。
てあ・げ・る(はぁと)』的な桃色妄想をしていた。もちろんそんなことは有り得ない。白壁やもり教諭はこう
見えてそういうところはきっちりとするタイプだ。
俺は溜め息を我慢して説明する。
「……勘違いするな後輩。いつものアンケートだ」
「うん。……ごめんね、何か紛らわしいこといったかも。先生ね、たまにこういう質問、みんなにしてるの」
「うん。……ごめんね、何か紛らわしいこといったかも。先生ね、たまにこういう質問、みんなにしてるの」
調理にせよ裁縫にせよ、家庭科の実習で何を作るかは白壁教諭にとって結構な悩みどころらしく、参考にする
ためにと、こうして生徒に尋ねている光景は珍しくない。
仁科学園関係者の食べ物の嗜好やアレルギーなどについて恐らく学園で最も情報を持っているのが白壁やもり
教諭だろう。たまに女子生徒が恋愛成就のために相談に行くというから本物だ。
ためにと、こうして生徒に尋ねている光景は珍しくない。
仁科学園関係者の食べ物の嗜好やアレルギーなどについて恐らく学園で最も情報を持っているのが白壁やもり
教諭だろう。たまに女子生徒が恋愛成就のために相談に行くというから本物だ。
「むむ。……失礼しました……」
どこか釈然としない表情だったが、後輩は落ち着いたようすだった。
白壁教諭は居心地の悪くなった空気を下手くそなジョークで掻き混ぜてから、他の生徒の意見を聞きにいくと
いって、俺の席を離れていった。
白壁教諭は居心地の悪くなった空気を下手くそなジョークで掻き混ぜてから、他の生徒の意見を聞きにいくと
いって、俺の席を離れていった。
「っと。そろそろ二十分休みも終わるころだ。教室に戻れ」
「……さよならのちゅーは……?」
「俺達の間にそんな習慣はない」
「……さよならのちゅーは……?」
「俺達の間にそんな習慣はない」
せつなげなおねだりを一刀両断。不意打ちを警戒しつつ、教室を退出するまで見送る。
ほんとうに、手の掛かる後輩だった。
ほんとうに、手の掛かる後輩だった。
「いつまで」
思わず呟きが漏れる。
これだけ邪険に扱っているのに、後輩はむしろ毒々しいまでに好意を強くしている。霧崎文芸部部長が「きみ
はいつか彼女に刺されるな」と嗤っていたが、あながち冗談でもないかもしれない。
原因の一端が俺の甘さにあるのは間違いないが、居場所がないまま完全に突き放しきるような荒療治には、今
の後鬼閑花は耐えられまい。そこには絶望しかない。
かといってお見合い結婚のように、俺が彼女を好きになろうと努力するわけにはいかない。少なくとも、今は
まだ。それは後鬼閑花という人間をますます危ういものにするだけだ。
取り敢えず、今の俺に出来ることは、せめて仮初めの宿となりつつ、後鬼閑花に仲の良い友達ができるように
見守ってやることくらいだろうか。
あとは俺に想い人や恋人でもいれば後輩を遠ざける正当な理由になるが、これも生憎と見つからない。
これだけ邪険に扱っているのに、後輩はむしろ毒々しいまでに好意を強くしている。霧崎文芸部部長が「きみ
はいつか彼女に刺されるな」と嗤っていたが、あながち冗談でもないかもしれない。
原因の一端が俺の甘さにあるのは間違いないが、居場所がないまま完全に突き放しきるような荒療治には、今
の後鬼閑花は耐えられまい。そこには絶望しかない。
かといってお見合い結婚のように、俺が彼女を好きになろうと努力するわけにはいかない。少なくとも、今は
まだ。それは後鬼閑花という人間をますます危ういものにするだけだ。
取り敢えず、今の俺に出来ることは、せめて仮初めの宿となりつつ、後鬼閑花に仲の良い友達ができるように
見守ってやることくらいだろうか。
あとは俺に想い人や恋人でもいれば後輩を遠ざける正当な理由になるが、これも生憎と見つからない。
(……後輩の場合、それでも付き纏ってきそうで恐ろしいが)
こんな宙ぶらりんな関係は、もうしばらく続くことになりそうだった。
おわり(※先輩がウェルチとアリスを間違っているのは仕様です)