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先輩、演劇発表会です!

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匿名ユーザー

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先輩、演劇発表会です!




「先輩、演劇発表会です!」
「正しくは“学内演劇会”じゃなかったか」

 落雷――いや、後輩か。
 放課後に俺の教室を劈いた衝撃の正体は、例によって彼女。もうだいぶん馴染んできており、上級生の視線に
も今更怯む様子はない。

「とにかく、これは重要なイベントですよ!? ふたりの距離縮まりまくりです! 運命的に触れ合う男女の指
先です! 夕陽に重なるシルエットです!」

 後輩がかしましく持ち込んだ話題は、二週間後の学内発表会についてだ。
 それじたいは毎年の恒例行事で、演劇部が新入部員を主役に開催しているものだった。
 ただし今年に限っては、“学園挙げてのイベント”としての意味合いが第一に打ち出されている。
 演劇部以外からも出演者が選ばれるほか、他の部や同好会にも協力の呼び掛けがあった。何でも準備などを通
じて普段は接点のない生徒同士の交流を期待しているのだとか。
 こういう行事があると、いつもは俺にも何のかんのと細々した仕事が回されてくる。後輩のことだ、その手伝
いを買って出ることで俺との親密度を上げようと目論んでいたのだろうが……。

「悪いけど、俺は今回、ほとんど観るだけだぞ?」
「あら?」

 後輩は当てが外れたと小首を傾げてみせた。そんな何気ない仕草までいちいちあざとく見えてしまうのは、日
頃の行いの積み重ねだろう。

「てことは、先輩は演劇のお手伝いはしないんです?」
「多忙を理由に断った。他に雑用が溜まっていてな。これ以上は俺の処理能力を超える」
「溜まって……ッ!」
「うん帰れ」

 爽やか笑顔で一蹴。顔を紅潮させていやがったので、盛りのついた中学生的妄想と断定した。……こいつらは
単語ひとつにどうしてこうも興奮できるのか。

「や、やです先輩。冗談ですよ、冗談。いわば『ジョーダンの獣』」
「お前のコメントはときどき脈絡がなくてよく分からん」

 ……?
 …………。
 ……『ジェヴォーダンの獣』?
 ちなみに、学内演劇会の演目は、もっとメジャーに『茨姫』である。
 まあ、それはそれとして。俺は俺で、この演劇会とは別に、窓枠の掃除や準備室の整頓など、時間の掛かりそ
うな仕事が山と残っているのだ。無責任にあれもこれもと引き受けたりは出来ない。だいたい、俺でなくては片
付けられないような案件などなし、きっと最適の人材がやってくれることだろう。

「そういうお前は何かしないのか? ……『茨姫』なら、悪い魔女あたり、お似合いだと思うぞ」
「残念ながら、私にはそういうお話は来ていませんね。ああ妬ましい、妬ましい。そのうち『出演者で一番の美
人へ』とメッセージを添えた、黄金の林檎を控室に送りつけてやりますよ!」

 ……こいついい性格してるよなァ。
 どうでもいいことだが、トロイア戦争の発端は少しだけ『茨姫』と似たものがあり興味深い。
 俺が御伽噺の暗喩や比較に思いを馳せていると、後輩がしみじみと目線をどこか遠くへやっていた。

「でも『茨姫』なんて懐かしいです。茨の鞭で王子様をしばくお姫様の歪んだ愛、子ども心にゾクゾクでした」
「何の話と取り違えているんだ。違うよ、全然違うよ!」

 妙にサディスティックな表情に思わず身を引きながら、俺はこのままではいかんと粗筋を語って聞かせてやる
ことにした。
 『茨姫』。
 『眠り姫』または『眠れる森の美女』とも。
 祝宴に招かれざる魔女が掛けた呪い。百年の長い眠りに落とされたお姫様。茨により外界から隔絶された城。
やがて訪れた王子様のキスでお姫様が目覚めてハッピーエンド。
 いくつかの類型あれど、よく知られているキーワードはこんなところか。ロマンチックな結末が受けるのか、
童話としては最もポピュラーな部類に入るだろう。恥ずかしいキスシーンを目玉に、演劇によく採用されている
気がする。

「だったら」

 肯きながら聞いていた後輩は、ふと意味ありげに微笑んだ。

「現実の私は、“魔女”にも“お姫様”にも、なっちゃっていますよね」

 その意味するところに、俺は何も言えなくなった。
 つい先ほどまでの明るい雰囲気は、ただのひとことで吹き飛んでいた。普段の俺達の道化っぷりをまざまざと
思い知らされたような不快感がある。
 “後輩”後鬼閑花は、自ら二年前の傷を平気で抉る。痛みを乗り越えるわけじゃなく、“先輩”先崎俊輔との
繋がりなんてものを確かめるためだけに、瘡蓋を剥いで遊ぶのだ。
 どこまでも臆病な女だ。
 彼女は数秒ほど俺に何か期待するような眼差しを向けていたが、反応する気がないのを察して、冗談めかして
笑ってみせた。

「キスだけは、まだもらえていませんが」
「……茨姫が百年眠って目覚めたのなら、それは王子が奇跡を起こしたわけじゃない」

 そんなことしかいえないほど返答に困った。
 実際にそういう王子がただの立会人となっているような類話もある。キスがなく盛り上がりに欠けるのか、あ
まり耳にはしないが。

「でも先輩は、茨を切り開いてくれたじゃないですか」
「だとしても、それだけだ。あとは勝手に起きて、どこへでも行けよ」

 それとも、茨の垣根を引き裂いた王子様には、お姫様を目覚めさせて外へ連れ出さなければならない責任があ
るというのか。価値観すらも反転させ得る百年という歳月に彼女が愚図ったとして。
 俺達のこれまでを『茨姫』になぞらえるには実はかなり無理があるとは思う。だが、そういうところが引っ掛
かるから、俺はまだ後輩のそばにいるのだ。

(俺達の時間は、止まったままだな)

 茨の城に留まっていたって幸せにはなれないのに。
 焦る。
 先の発言の、いつも以上に突き放すような語気のわけを自覚する。

「……まあ、下らない昔話はこれくらいにしてだ」

 それなら――と、俺は決意を新たに後輩に向き直った。

「出演はともかく、お前も裏方の仕事とかやってみたらどうだ?」

 後輩にとっては人付き合いの経験になると思うし、これがきっかけで友達もできるかも。
 吹き荒ぶ先輩風がそんな台詞を弾き出す。
 俺の刺々しい言葉で緊迫していた場の空気が緩んだことに、後輩が胸を撫で下ろした。

「お手伝いすることはないかって尋ねてはみたのですが、なかなかなくて……。だいたい専門技能のある人がバ
リバリやってますし。伝手も体力もないと入っていけません。今は“舞台度胸養成ギプス”と化して、客席で練
習風景を眺めているだけです」

 俺は密かに感心した。
 初めて知ったが、こいつはこいつなりに頑張っていたのか。自分から申し出るだけでもけっこうな進歩だ。
 何だか報われたようで嬉しくなる。

「ということで、私といっしょに練習を見に行きましょう!」
「忙しいっつってんだろ。演劇の手伝いを断っているのがただのサボリになっちゃうじゃないか」

 ……こっち方面ではまだまだ辟易させられることになりそうだが。

「じゃ、じゃあじゃあ、じゃあですよ? 本番ではいっしょに観劇して感激しましょう!」
「都合が合えば構わないが。そのシャレはどうかと思う」
「やた!」

 微笑ましいガッツポーズ。
 今はこの粘り強さが他にも発揮されることを祈ろうと思う。
 何となく、こいつはもう大丈夫なんじゃないかという気がしてきた。

「これで何気なく肘掛に手を伸ばしたら、ぐふふ! ……まあそんな感じです!」
「……さて。俺は窓の桟でも磨きに行くかな」

 乙女らしからぬ笑いを漏らしてメルヘンの世界に旅立った後輩を置き去りに、
俺はいくぶん軽い足取りで教室を後にするのだった。



 おわり



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