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ウエイトリフターミコト【センスと努力とリハビリ生活】

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ウエイトリフターミコト【センスと努力とリハビリ生活】



「フッッッ………!」

 一人しか居ない部屋に声が響く。
 改装されプラットフォームとゴムマットで覆われた床と、全身を映せる壁一面を支配する大きな鏡。
 映るのは、パワーラックとその中で汗を流す一人の男だ。

 上糸命は一人、重量挙げ部の部室でトレーニングをしている。
 今は部活動全体の活動が演劇発表への協力という名目で少し自粛気味ではあるが、運動系はそうでは無い。ミコトもまたそうだった。
 もっとも、部員であるアゲルや中部は大道具に駆り出され、マネージャーのロニコに至っては舞台へ立つというのだから、部として活動していうのは現在、ミコト一人である。

「ッッがっ……!!」

 苦悶の声が漏れる。百五十kgに設定されたバネ鋼のバーベルはレップを重ねる度にしなり、知識が無い者が見れば折れてしまうのでは無いかと錯覚するかもしれない。幸い、今は誰も居ないが。
 ミコトはスクワットをフルボトムまで腰を落とし、一気に挙げる。それを十二レップ、三セットを行う。
 スクワットはしゃがみ込む深さにより違う種目と呼べるほどに負荷が変わる。ハーフやクォーターならば高重量を扱えても、太股とふくらはぎが完全に密着するまで腰を落とすフルボトムスクワットは、もはや別次元の苦しさが伴う。
 当然、扱う重量は目に見えて落ちる。ミコトは今、百五十kgに設定しているが普段はもう少し重くしている。
 通常ならばそれでもかなりのレベルだが、ミコトにとっては割と余裕を持った設定重量だった。
 もしかしたら、ミコトはクォータースクワットならば三百kgでレップをこなせるかもしれない。
 ラックへバーベルを置き、手首に巻いた頑強なリストラップをベリベリと剥がして床に放り出す。
 そして右手首を少し動かし、不安げに揉んでみる。

 ミコトは今後の展望として、インターハイで結果を残し、大学への推薦を得る事を目標としている。
 殆どの者が仁科大へと進むが、ミコトが狙うのは国立の体育大だ。その為には何としてでも結果を残さなけれbならない。そしてゆくゆくはワールドカップ、そしてオリンピクへ……。
 夢物語ではあるが、ミコトの実力はそれを具体的に思案するレベルに達してる。

 そのために皆が手伝いに奔走している最中にトレーニングしていた訳では無いが、立ち止まる余裕が無いのも事実だった。

 では、ミコトが一人寂しく汗を流してた理由は何か。
 その答は手首を保護するリストラップにある。ガッチリと手首を固定し護ってくれるリストラップ。普段はけっして使用する事の無い物だが、今のミコトには必須の道具だ。

 ミコトはそれを再び巻き、バーベルシャフトだけを持って鏡の前に立つ。
 そしてそれを頭上高く掲げ、そのままオーバーヘッドスクワットを行う。スナッチのフォーム強化とバランス養成には最適な種目だ。
 何度か数をこなした後、突然にバーベルシャフトを床に放り投げ、リストラップを外して鏡に映った自分を見る。そして、ため息を漏らして、右の手首に視線を集中させる。

 ミコトは決して小男という訳出はない。身長は百七十四センチと高からず小さからず。肉体に至っては「超高校級」という言葉すら生温いほどに造り込まれている。
 生真面目な性格故に努力を惜しまず、圧倒的な運動センスはテクニックが重要な重量挙げに置いていかんなく発揮され、実力では全国に名をしらしめる程だった。
 それだけに、ミコトは『先天的な手首の細さ』だけ克服出来ないでいる事に苛立ちを覚えている。

 筋力は鍛える事が出来る。しかし、骨格だけはどうにもならない。細い手首には物理的な強度の限界がすぐに訪れる。
 究極のパワー競技と呼ばれる重量挙げに置いて、それはケガのリスクを呼び込む。なまじセンスがあった為、扱う重量は簡単にミコトの手首の限界を超えて行く。
 そして、積み重なった負担はある日突然、牙を向く。
 手首の故障は、ミコトから一時的にとはいえ競技を奪って行った。

 手首さえ無事ならば自分も大道具に率先して出向いただろう。しかし、まともに物を持てない現状で何が出来ようか。
 手首をガチガチに固定してようやく何かを持つ事が出来る。そんな奴は邪魔になるだけだ。

 鏡に映った自分を見て、今度は苦笑する。自分にも、アゲルのような恵まれた体格や、中部の様に頑強な骨格さえあればと。

 無論、それは無い物ねだりに過ぎない。ミコトには代わりに、誰もが羨む程の圧倒的な運動神経が備わっているのだから。
 天は二分を与えない。その法則はミコトにもアゲルにも同じく適用されている。

 汗を拭って帰り支度を始める。今頃、アゲルと中部は最後の仕事に励んでるだろう。ロニコも迫の熱血指導に揉まれているはずだ。
 迫は厳しいだろうが、へこたれる連中ではない。それはよく解っている。

 着替え終わる頃に、そのアゲル達が何故か部室にやって来る。意外な事だったが、元はといえば彼等の部室だ。追い出す理由もない。

「何してんだお前等? セットはいいのか? って、ロニコお前は抜け出したマズイだろ」
「一段落付いたんで部長の様子見に来たんスよ~。どーせここに居るだろうって」
「やっぱりここ居ましたね。さーてプッシュプレスでも……」
「衣装着てる時はやめようかロニコ」

 タンクトップにハチマキのアゲルと、なまめかしい衣装のロニコが元気よく喋る。中部はと聞くとジャンケンで負けてジュースを買いにひとっぱしりだとか。

「ていうかトレして大丈夫なんスか? ヘタすりゃ一生モンのケガなのに……」
「俺がケガ程度で折れるとでも?」
「いや、それは無いっすね」

 アゲル達のイメージではミコトは超人のような扱いだ。
 一回りも二回りもアゲルより小さいのに、扱う重量はアゲル以上である。当然といえば当然の話だろう。

 だからこそ、負ける訳には行かない。
 部長として、いや、競技者として。その競技が違えど模範とならなければならない。ケガごときで立ち止まる訳には行かないのだ。
 それが、ミコトが選んだ生き方だった。


「ところでアゲル」
「なんすか?」
「パワーやめてこっちに復帰は……」
「無いです」
「そう……ですか……」


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