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仁科学ライオン第七話

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仁科学ライオン第七話【眠れる獅子】


 今日も朝から気温が高い。湿度が高い為か不快指数も高かった。
 纏わり付く外気はやる気と体力を奪って行く。降り注ぐ太陽光線は地面で照り返され、上と下から身体を熱し水分を奪って行く。
 真夏である。とにかく暑い日が続いていた。

 エアコンが効いた室内でもいつもより暑かった。エコだか何だか知らないが少し設定温度が高めにされていた。
 それだけなら問題無かったが、行う授業次第では大問題である。

「……。先生。暑いです」
「ガマンなさい。私だって暑いんだから……」

 そんな会話がなされた。
 その場所ではそこかしこに熱源が配置され、人口密集の効果と合間って室温をさらに上げていた。

「……みんな、火の扱いは慎重にね。包丁も気をつけて使ってよ」
「その言葉は先生にお返しします……」

 そんな会話がなされた。
 調理実習を行う家庭科室では、生徒達が自分達の昼食を授業で作らされていた。課題は御飯モノ。要するに炒飯やらピラフやらの類である。それさえ押さえれば後は自由という内容だった。
 その授業を担当する教師の性格が反映されていた。
 それぞれが勝手気ままに作業し、中には料理と呼べない何かすら作っている有様である。
 その授業を担当する白壁やもりはその手つきで生徒達をハラハラさせつつ、さすが家庭科担当と言えるジャンバラヤを作ってみせた。

 そして、生徒達の出来栄えを観察する。一応教師である。しっかり査定し単位付けをしなければならないのだ。
 訳の解らぬ黒焦げの物体を創作した生徒の横では見事に黄金に輝く炒飯が居た。可哀相だから黒焦げの君には後でジャンバラヤをあげよう。やもりはそう思った。

 さらに室内を見渡す。
 そして、やたらと気合いを込めてフライパンを振る生徒を発見。食い意地が形を持って現れたと思われる。
 その生徒は持参したと思われるミックスベジタブルとケチャップで作ったソースを必死に掻き回している。恐らくチキンライスを作る気だろう。
 これまた持参したと思われる鶏モモ肉百グラム九十八円のパックが破かれ、中身は一口大にカットされ、既に一度火を通され次の投入を待っていた。

「ずいぶん大量に作るのね……」
「だって食べ盛りだもん」

 そんな会話がなされた。
 懐はやたらと気合いを入れ、真顔でフライパンと格闘していた。やもりが見守る中、いい具合に煮詰まったソースに鶏肉と御飯をブチ込みへらで混ぜて行く。その量は懐が大食漢だと如実に物語っていた。

「無駄に器用ね……」
「欲望に忠実なもんで」
「他の授業もそのくらい真面目に受ければいいのに」
「俺はいつだって大マジメだよ」

 ソースが絡まったチキンライスを皿に盛り形を整える。どうやらこれで終わりでは無いらしい。
 次にボウルに卵を次々と割って行く。それを軽く掻き交ぜ、先ほどのフライパンにバターとサラダ油を少し足す。

「バンドのほうは順調?」
「ぜんぜん」
「あなた頑張ってたのにねぇ」
「見たこと無いでしょ」
「練習してる所はあるけど?」
「見せた覚えは……」

 バターが溶ける。同時に溶き卵が注ぎ込まれる。
 懐はそれを親の敵のように掻き交ぜ、半熟のオムレツを作る。どうやらオムライスを作る気らしい。
 手際は単位を取るには十分だとやもりに査定される。

「あなた音楽室使う前は外で発声練習してたでしょ?」
「その時見たのかよ」
「たまに見かけたわ。他にも見た人居るかもね」

 完成したオムレツがチキンライスの上へ。
 そしてゆっくり包丁が入れられ、半熟卵が左右へ華開く。

「おお……。美しい……」
「……ホント無駄に器用ね。もっと他に活かせないかしら……」
「暗に馬鹿にしてないかそれ?」
「そうかしら? あ、そうそう、三年生の編入生の事、知ってる?」
「俺の情報網を舐めるなよ。噂だけなら一気に入ってきた。……恐るべき野郎だと聞いている」
「なんだ。まだ会ってないんだ」

 懐はケチャップをたっぷりとオムライスにかけ、満足そうにスプーンを入れた。その完成度はやたらと高い。まさに食い意地が服着て歩いている男だ。
 ものすごく幸せそうにそれを貪る懐。後片付けなどすべて後回しだ。

「噂だけ聞いたの?」
「そうだけど?」
「じゃ、あの子がどんな子かも噂で聞いた?」
「何の事?」

「なんだ知らないの? アナタの情報網もたいした事無いわね」
「なんだよ。自分だけ訳知り顔しやがって」
「だって訳知りなんだもの」

 やもりはそう言って懐の元を離れる。生徒は多い。一人にだけ構ってはいられないのだ。とりあえず単位は十分だった。
 懐もなんだか訳が解らなかったが、とりあえず目の前のオムライスの方が重要だった。
 がつがつオムライスを貪る懐。
 あの亮太の正体を知ったら、懐はどういう反応を見せるのだろうか。やもりの興味はそこにあった。そして、その結果生み出されるそれの威力はどんな物か。他人事ではあるが、非常に興味があったのだ。

 偶然目撃して以来、懐の能力が一体どういう物かやもりは少し知っている。そしてその後、どういう経路を辿って来たかも実は知っている。
 彼に何が足りないかよく知っているのだ。そして、その足りない物を亮太が持っている事も知っている。

「あ、そうだ。黒焦げ君にジャンバラヤあげなきゃ……」

 やもりはそう言った。



※ ※ ※



「えええええぇぇぇえええ!!!」
「諦めるんですか……?」
「そうだ。色々と面目ないが……」

 迫は葱とあかねに深々謝罪する。勧誘作戦の突然の中止は結構な衝撃だった。
 一大イベントも終わり、さぁこれからが本番だと思っていた矢先の出来事だった。

「せっかく催眠術を身につけてまで頑張ったのに!」
「身についてないだろう。失敗してるんだから……」
「あそこまで執着してたのに、なんでいきなり諦めるんですか?」
「まぁ、いろいろとな。西郷の件の時に思ったんだ。やりたい事をやらせたほうがいいってな。むりやり引き込んで何になろう。
 そう思ったら、ほっといてやろうと思っただけだ」
「やりたい事って……。そもそも懐さん何出来るんですか?」
「そうですよ。結局私達は何も聞いてないですし……」
「ああ。近々見せてやる。今は捕獲作戦をある連中と練っている所だ」
「捕獲って動物じゃあるまいし……」
「俺達じゃ逃げられるだろ?」
「そうですけど……」

「捕まえてどうするんですか?」
「楽しみにしてればいい。勉強になるぞ」
「なんか胡散臭いなぁ~」
「そう言うなって」

 ブー垂れる葱を宥める迫。彼もまた、偶然に懐の能力を目の当たりにした一人である。



※ ※ ※




 夜。通学路近辺。
 近所のコンビニがぼんやり光っていた。夜は静かな町である。
 日が落ちて時間がたった為か気温はいくらか下がっていた。だが、アスファルトに篭った熱はいまだ解放しきれず。それのおかげで熱帯夜となりそうな雰囲気だった。
 懐はコンビニで冷たい缶コーヒーを買った。
 少しでも熱を冷ます為にと思ったが、今日ばかりはコーラのほうがよかったと少し思う。暑かった。

 学校から自宅までは割と距離がある。すぐに帰るタイプでも無いので、放課後は外でたっぷり時間を潰してから帰宅するのが常だった。その度にいつも同じコンビニに寄るのがお決まりの行動パターンである。

「暑い……。なんでこんなに暑いのよ」

 駐車場に座り込んでずるずる缶を啜る。さっさと帰れば自室でエアコンが待っているが、出歩くのが習慣になっているせいかそこまで頭が回らない。
 あまりに暑いので髪をお団子に纏めてシャープペンシルを突き刺しておいた。
 喉がさらされいくらかマシにはなったが、それでも暑い事には変わらない。
 これまたコンビニで買ったフライドチキンをかじる。
 これもお決まりのパターンだ。やたらと脂ぎったフライドチキンはかじる度に肉汁を滴らせる。おかげで手が脂だらけ。

「だがそれがいい」

 そう言ったかは定かではない。
 そして、そのお決まりの行動パターンはすぐに見破られるというのが世の常である。
 その時刻、そこで懐を待っている男が一人居たのだ。
 コンビニから少し離れた所で監視していた男は、懐が買い物をして出て来る姿を確認してその姿を現す。それは懐もよく知る人物だった。

「やはりここに来たか」
「あへ……?」
「……なんだその間抜け面は……」
「お前何してんの?」
「色々とな」

 大型台が暗闇からその姿を現す。まさかここで出会うとは懐も思っていなかった。学校内ならともかく、そのコンビニ近辺は完全に懐のプライベートな行動範囲内だったのだ。

「好き勝手動きやがって。探すのも一苦労だ」
「世の中には携帯電話という便利な物があってだな……」
「突然現れる事に意味があるんだ」

 少し歩こう。台はそう言った。
 断る理由も無いので、自転車を引いて取り合えずそれに従いついていく。手に持った袋ががさっと音を立てた。
 台は買い込んだ缶コーヒーを一つねだる。濃く入れたエスプレッソをやたらと甘くした物だった。

「……お前、こんなのよく飲めるな」
「甘党なんですのよ」
「気持ち悪い言い方をするな」
「何言ってんだ今更」

 コンビニから離れ、街灯だけがぼんやり地面を照らしている道端を歩いていた。
 坂の上だった。
 道路の脇からは創発市が見渡せる。明るければ仁科の巨大な校舎が見えるかも知れない。
 そこはなんて事ない、何も無い丘の上へと続く道だった。

 台はタバコを取り出す。使い込んだジッポーがカチンと小気味よい音を立て、フリントが火花を散らすと炎が風に揺られながら現れる。
 当然、横に居たタバコ嫌いの懐は口を挟む。

「おいおいおいおい! 俺の前でタバコ吸うんじゃねー! ノドに悪いだろ!
 ああ、副流煙が俺の細胞を殺して行く! 脳細胞が減って行く!」
「そんな大袈裟な……。脳細胞に関しては元々スカスカだろうが」
「とにかく消せ! この未成年が!」
「はいはい。分かった分かった」

 台は火を付けたばかりのタバコを投げ捨てた。暗闇の中で地面に当たったそれは花火のように光を発して砕けて行く。
 懐はそれを踏んずけて消火する。
 台は大きくため息をついた。これから行う事が、果たして正しいのか。それが自分でもよく解っていなかったから。
 二人は、丘の上までやって来た。

「ああ腹へった」
「……さっき食ったろ」
「あれじゃおやつにもならん」
「お前の胃袋はどうなってんだ? ……ああ、脂ぎった手で触るな!」

54 名前:仁科学ライオン ◇wHsYL8cZCc[age] 投稿日:2010/08/29(日) 22:55:06 ID:TI3C4QEV
 丘の上は何も無かった。
 本当に何も無い、ただの草が生い茂った地面だけがそこに在った。見上げれば、星々が輝いていた。それを邪魔する物は何も無かった。
 セミの声がずっと遠くから聞こえてきた。木すら生えていない、静かな場所だった。

「暑いねぇ」
「全くだ」
「で、なんでここ来た訳?」
「まぁ……色々とな」
「なんだよ~。どうせよからぬ相談だろうが。言っとくが最新のカップル情報は無いぞ」
「こっちにはある」
「へぇ」

 懐は二本目の缶コーヒーを開ける。

「腹壊すぞ」
「そんな貧弱な内蔵じゃない」
「そうだったな。風邪引いても気付かないようなバカだったのを忘れていた」
「喧嘩売ってんのかよ。ひでぇ事いいやがって」

 そう言いつつ、さらに買い込んだアンパンをかじる。空腹は止められない。
 そして、口を動かしながら考えるのは一つである。というより、他人と話していてもそれしか考えていない。
 おかげで他人からは考え無しで行動するバカだと思われているが、実際はそうではない事を台は知っている。

 なんて哀れな男だ。そして、アイツも哀れだ。台はそう思った。
 本来ならば信条を捩曲げるかも知れない行動を、今自分はしようとしている。そう思ったら、自分の事すら哀れに思えた。

「おい」
「な~に?」
「お前、今何考えてる?」
「俺が?」
「そうだ」
「……。う~ん。答えられない」
「答えられない?」
「うん。だってさ、考え事が多すぎる」
「バカがいっちょ前にほざきやがる」
「お前もたいがいだけどな」
「自覚はしているさ」

 哀れなり、黒鉄懐。お前は自分の気持ちすらかなぐり捨てて居るのか。
 それほどまでに、お前が信じる音楽は偉大だと言うのか。
 ならば、目を開かせてやる必要がある。バカなりの方法で。

「やれやれ。面倒な男だ」
「さっきからひどい事ばっかり言って、ボク傷つくよ? いいの?」
「気持ち悪い言い方をするな」

 台は再びタバコをくわえる。今度は肺の奥まで煙を吸い込み、丘の上の空気へと吐き出して行く。

「おい、タバコは……」
「堅い事言ってんじゃねぇ」

 懐の言葉は遮られた。それは先ほどとは少し雰囲気が違う言い方であった。続けざまに、同じ口調で台は言った。

「おい。お前は他人の事を考えた事はあるか?」
「なんだいきなり?」
「答えろバカが」
「なんだよ……。お節介ならたまに焼くけど……」
「そういう意味じゃねぇ」
「何なんだお前さっきから?」
「お前は本当に面倒な奴だ。散々他人を掻き乱して、そのうえ自分の事すらどこ吹く風といった様子だ。
 はっきり言えば、救いようのないバカだ」
「何なんだよ。喧嘩でも売ってんのか?」
「鈍い野郎だな本当に。今更気付いたか」
「……はぁ? なんだって?」
「目ぇ開かせてやるよ」
「おい」
「なんだ?」
「俺の前でタバコ吸うんじゃねぇよ」
「聞こえんな」

 台は持っていたタバコを懐に投げ付ける。胸に当たり、落下しながら火種が宙を舞って行く。
 当然ながら、懐もキナ臭い雰囲気になる。

「露骨なマネしやがって。そこまで気は長くねぇぞ」
「相変わらず口だけは達者だな。たまには行動で示してみろよバカ野郎が」
「てめぇ」

 持っていた缶を投げ捨てる。あんパンすら地面へ落とした。
 髪を留めていたシャープペンシルを引っこ抜く。重力に従ってばさっと金色の長い髪が下ろされた。前髪の奥に隠された目は、滅多に見せない雰囲気を持っていた。懐は、珍しく激怒していた。

「殺す」
「お前にゃ無理だ」

 バカには言葉よりもこっちの方が早い。そう思っていた。だから、台は行動に移したのだ。向こうは純粋な怒りをぶつけてくるだろう。だが、それは仕方の無い事である。
 全ては、コイツの凝り固まった頭をほぐしてやる為。そして台にはこんな方法しか思い付かなかった。

 そして彼らは、丘の上で戦うのだ。


続く――


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