先輩、先輩の秋です!
暦の上では、秋である。
日中はまだ残暑が厳しい。夕方になってようやく、体温を奪われているのが分かるくらいの風が吹く。
弄んでいたコーヒーの空き缶を、道端に見掛けた自販機のゴミ箱にぶちこんだ。
季節の変わり目にはコーヒー牛乳だ。タタカイノアトト、フロアガリニハ、ホロニガクテアマイコイツガ、ヨ
クニアウ――
二学期のスタートから数日、俺も夏休みボケからようやくいつもの調子を取り戻した頃だった。……取り戻せ
てないかも。
……夏休み中のしっちゃかめっちゃかな事件のかれこれについては、またの機会に語りたいと思う。海水浴に
出掛ければ後輩に付き纏われ、花火大会でも後輩に付き纏われ、山にキャンプに行けば後輩に付き纏われ、学園
の夏期補習に出席すれば後輩に付き纏われ、喫茶店の茶々森堂では後輩に付き纏われていたばっかりにあまもと
さんの機嫌が悪化し、図書館で勉強をしていれば後輩に付き纏われ、神社の夏祭りではあの不良との戦いを繰り
広げつつも後輩に付き纏われ、夏休み最後の日にいたっては目覚める前から後輩に付き纏われた。夜這いの教唆
すなオカン。もう誰も信じられない。
日中はまだ残暑が厳しい。夕方になってようやく、体温を奪われているのが分かるくらいの風が吹く。
弄んでいたコーヒーの空き缶を、道端に見掛けた自販機のゴミ箱にぶちこんだ。
季節の変わり目にはコーヒー牛乳だ。タタカイノアトト、フロアガリニハ、ホロニガクテアマイコイツガ、ヨ
クニアウ――
二学期のスタートから数日、俺も夏休みボケからようやくいつもの調子を取り戻した頃だった。……取り戻せ
てないかも。
……夏休み中のしっちゃかめっちゃかな事件のかれこれについては、またの機会に語りたいと思う。海水浴に
出掛ければ後輩に付き纏われ、花火大会でも後輩に付き纏われ、山にキャンプに行けば後輩に付き纏われ、学園
の夏期補習に出席すれば後輩に付き纏われ、喫茶店の茶々森堂では後輩に付き纏われていたばっかりにあまもと
さんの機嫌が悪化し、図書館で勉強をしていれば後輩に付き纏われ、神社の夏祭りではあの不良との戦いを繰り
広げつつも後輩に付き纏われ、夏休み最後の日にいたっては目覚める前から後輩に付き纏われた。夜這いの教唆
すなオカン。もう誰も信じられない。
「あれ松虫が、鳴いている~♪ チンチロチンチロチンチロリン」
俺に付き纏って夏休みをえらいことにしてくれた後輩は、この日の放課後もしっかり俺に付き纏っている。
自宅に招待してやる気もないので、俺は足を商店街に向けた。
今日は書店でも冷やかそう。「これ! これオススメです。ヒロインが後輩です!」「サブヒロインのが魅力
的ですよね。何てったって後輩です」「それに後輩は出てきませんよ。お金のむだです」とやかましい子が隣に
いるのはアレだが、そこは無視すればいいしな。
自宅に招待してやる気もないので、俺は足を商店街に向けた。
今日は書店でも冷やかそう。「これ! これオススメです。ヒロインが後輩です!」「サブヒロインのが魅力
的ですよね。何てったって後輩です」「それに後輩は出てきませんよ。お金のむだです」とやかましい子が隣に
いるのはアレだが、そこは無視すればいいしな。
「あれ鈴虫も、鳴きだした~♪ リンリンリンリンリーンリン」
俺の左やや後方で、後輩の声が弾む。
意外といっては何だが、後輩は歌までうまかった。声に雑味がなく、伸びがよく、情感豊かに聴こえる。
このあたりはまだ人気がないが、天下の公道でも羞恥心ゼロというのがまた地味に凄い。
意外といっては何だが、後輩は歌までうまかった。声に雑味がなく、伸びがよく、情感豊かに聴こえる。
このあたりはまだ人気がないが、天下の公道でも羞恥心ゼロというのがまた地味に凄い。
「秋の夜長を鳴きとおす~♪」
後輩は、誰でも知っている童謡を、原曲よりも軽快に可愛らしくアレンジしてあった。
昆虫たちの騒がしくも賑やかな音楽会といった風情だ。のんびりと聴いていると、楽しいきぶんになってくる。
昆虫たちの騒がしくも賑やかな音楽会といった風情だ。のんびりと聴いていると、楽しいきぶんになってくる。
「ああおもしろい虫の息~♪」
「おい誰か死に掛けてるぞ」
「おい誰か死に掛けてるぞ」
台無しだ。
ぎょっとして振り返ると、機嫌良く微笑む後輩と目が合った。
彼女はときどき物凄いハイスペックなのだが、しかし大抵はこういうひどいオチのために好感度が溜まってい
かない。高い買い物をしたときに限って店のポイントカードを出し忘れるような女だった。……ただ、彼女の場
合は本当の意味での“ドジ”であるのかは大いに疑わしいため、俺の心に同情はこれっぽっちも湧かないが。
ぎょっとして振り返ると、機嫌良く微笑む後輩と目が合った。
彼女はときどき物凄いハイスペックなのだが、しかし大抵はこういうひどいオチのために好感度が溜まってい
かない。高い買い物をしたときに限って店のポイントカードを出し忘れるような女だった。……ただ、彼女の場
合は本当の意味での“ドジ”であるのかは大いに疑わしいため、俺の心に同情はこれっぽっちも湧かないが。
どんまいなどと言うが、初めからへこんでいた素振りもない。
俺は「バカバカしい」と口の中で呟き、視線を戻した。
俺は「バカバカしい」と口の中で呟き、視線を戻した。
会話のきっかけにするつもりだったのか、後輩はがらりと話題を変えてきた。
「ところで。先輩的には、秋といえば食欲の秋ですか? 読書の秋? スポーツの秋? ……あと何がありまし
たっけ。収穫の秋とか? あっ、芸術の秋も!」
たっけ。収穫の秋とか? あっ、芸術の秋も!」
こいつのトピックボックスはなかなか空っぽにならない。
「何だろな。……秋か……」
「後輩の秋って言えー後輩の秋って言えー」
「念送んな」
「後輩の秋って言えー後輩の秋って言えー」
「念送んな」
背筋に来た。彼女の手指の動きの怪しげなことといったら!
……催眠術師の才能には目覚めないで欲しいものだ。
……催眠術師の才能には目覚めないで欲しいものだ。
「だいたい何だよ後輩の秋って」
「後輩の秋とは」
「後輩の秋とは」
いかん、後輩の瞳がキラッキラ輝きだした。どうやら余計なことを訊いてしまったようだ。
後悔を尻目に、後輩はオペラでも演るかのように朗々と声を張った。
後悔を尻目に、後輩はオペラでも演るかのように朗々と声を張った。
「秋――それは女の子がいっとう可愛くなる、フォールでオータムなシーズン。中でも、先輩の男の子を慕う後
輩の女の子の魅力ときたら、まさにうなぎのぼり。……“後輩”! 妹よりも可愛く、ママンよりも献身的で、
おねえさんよりも小悪魔。そんなヒロインに会いたかった! ……“後輩”! 紅葉のように朱に染まる頬(ほ
ほ)、それは夕陽の悪戯? いいえ乙女の恥じらい。さりげない呼び出しが今は精いっぱい、『後で校舎裏な』。
……“後輩”! 永遠にも思える待ち時間、心の準備はしてきたはずなのに……、お願いもう少し待ってっ、胸
がっ、苦しいよ……。『……“後輩”!』 やがて、聞き覚えた靴音が、すぐそこに、……嗚呼っ! 『……先
輩!』 来てくれたっ。想い人の影に、切なげな吐息が漏れる。よみがえるふたりだけの思い出ぽろぽろ、はぐ
くんだ愛のキオク。……“後輩”! 果たして告白はどちらからだったのか……。初めてのキスは甘酸っぱくて、
もしかしたらリンゴ味……」
「サブリミナル効果狙いか何か知らんが、いちいち『……“後輩”!』挿入するの止めろ」
輩の女の子の魅力ときたら、まさにうなぎのぼり。……“後輩”! 妹よりも可愛く、ママンよりも献身的で、
おねえさんよりも小悪魔。そんなヒロインに会いたかった! ……“後輩”! 紅葉のように朱に染まる頬(ほ
ほ)、それは夕陽の悪戯? いいえ乙女の恥じらい。さりげない呼び出しが今は精いっぱい、『後で校舎裏な』。
……“後輩”! 永遠にも思える待ち時間、心の準備はしてきたはずなのに……、お願いもう少し待ってっ、胸
がっ、苦しいよ……。『……“後輩”!』 やがて、聞き覚えた靴音が、すぐそこに、……嗚呼っ! 『……先
輩!』 来てくれたっ。想い人の影に、切なげな吐息が漏れる。よみがえるふたりだけの思い出ぽろぽろ、はぐ
くんだ愛のキオク。……“後輩”! 果たして告白はどちらからだったのか……。初めてのキスは甘酸っぱくて、
もしかしたらリンゴ味……」
「サブリミナル効果狙いか何か知らんが、いちいち『……“後輩”!』挿入するの止めろ」
長く、ひたすら長く、そのくせ意味が分からない、鬱陶しいことこの上ない説明だった。……というかもう説
明じゃないよ。
何かもう胸焼けするくらい煽りを利かせているし、恥ずかしいし、危険なのから果てしなくどうでもいいのま
で幅広くネタまみれだしで、聞いてて頭が痛くなった。
明じゃないよ。
何かもう胸焼けするくらい煽りを利かせているし、恥ずかしいし、危険なのから果てしなくどうでもいいのま
で幅広くネタまみれだしで、聞いてて頭が痛くなった。
「いいですね? 嫁にするなら後輩です。……後輩はいいですよぉ。上目遣いで『せ・ん・ぱ・い♪』なんて頼
りにされたらボクはもう! ひと度その瑞々しいカラダを味わってしまうと、年上の巫女さんとか、パツキンの
チャンネーとか、デバガメ魔法少女とか、へっぽこ女教師とか、何ちゃって大正浪漫とか、もう全然、お話にな
らないです。しかも、ここ重要です、後輩ヒロインは属性的にニュートラルですから、メガネやマヨネーズが何
とでも組み合わさるように、どんなマニアックな衣装やシチュエーションにだって即時対応しちゃえるんです。
先輩が巫女さん萌えなら巫女服後輩に、大正浪漫萌えなら大正浪漫後輩に、可愛い妹が欲しかったなら義理の妹
後輩に、街を火の海にしたいなら重機動メカ後輩に、けなげにフォルムチェンジ」
「最後の何?」
「……まあ、さすがに年齢だけはイメクラするしかありませんが、大丈夫。ほら、私って包容力あるほうですか
ら。年上にだって負けやしません」
「……お前って包容力あるかぁ?」
「先輩にだけ発揮されるんですーっ!」
りにされたらボクはもう! ひと度その瑞々しいカラダを味わってしまうと、年上の巫女さんとか、パツキンの
チャンネーとか、デバガメ魔法少女とか、へっぽこ女教師とか、何ちゃって大正浪漫とか、もう全然、お話にな
らないです。しかも、ここ重要です、後輩ヒロインは属性的にニュートラルですから、メガネやマヨネーズが何
とでも組み合わさるように、どんなマニアックな衣装やシチュエーションにだって即時対応しちゃえるんです。
先輩が巫女さん萌えなら巫女服後輩に、大正浪漫萌えなら大正浪漫後輩に、可愛い妹が欲しかったなら義理の妹
後輩に、街を火の海にしたいなら重機動メカ後輩に、けなげにフォルムチェンジ」
「最後の何?」
「……まあ、さすがに年齢だけはイメクラするしかありませんが、大丈夫。ほら、私って包容力あるほうですか
ら。年上にだって負けやしません」
「……お前って包容力あるかぁ?」
「先輩にだけ発揮されるんですーっ!」
嘘くさー。
ジト目の俺に、後輩は照れ顔。……そういう視線じゃないんだけどな。
ジト目の俺に、後輩は照れ顔。……そういう視線じゃないんだけどな。
「もちろん、私にとっては先輩の秋でもあります」
「おいよせやめろ」
「おいよせやめろ」
不吉な予感しかしない。
こっちは早く気の置けない友人や素敵な彼氏を見つけて俺離れして欲しいと思っているのに。夏休みのあれや
これやでいっしょにいすぎたか。……卒業までこのままだったらどうしよう。
こっちは早く気の置けない友人や素敵な彼氏を見つけて俺離れして欲しいと思っているのに。夏休みのあれや
これやでいっしょにいすぎたか。……卒業までこのままだったらどうしよう。
「先輩の秋とは」
「いや説明は求めていないっ!」
「いや説明は求めていないっ!」
久し振りにツッコミで大声を出した気がする。
あの心底しょうもない妄想の俺バージョンだと……? 絶対に聞きたくない。次元が歪みそうだ。
あの心底しょうもない妄想の俺バージョンだと……? 絶対に聞きたくない。次元が歪みそうだ。
「……そうですよね、先輩は春夏秋冬いつでもカッコイイですものね。秋だけなんてケチくさい」
「俺の言葉の意図を都合よく捻じ曲げさせたら、お前の右に出る者はいないな」
「俺の言葉の意図を都合よく捻じ曲げさせたら、お前の右に出る者はいないな」
そうこうしているうちに、目当ての書店に到着。
そこそこ大きな店舗で、マイナーなレーベルの入りもいい。補充が遅い嫌いがあり、欲しいタイトルに限って
揃わなかったりもするが、それはどこも同じか。
そこそこ大きな店舗で、マイナーなレーベルの入りもいい。補充が遅い嫌いがあり、欲しいタイトルに限って
揃わなかったりもするが、それはどこも同じか。
「今週はですね、『しにじゅにっ!』三巻、『季刊先輩後輩の友』『後輩の女の子に敬語でいぢめられちゃうア
ートブック』あたりがオススメの新刊ですよ」
「ああ、そう……」
ートブック』あたりがオススメの新刊ですよ」
「ああ、そう……」
頼みもしないのに、後輩が別に欲しくもない後輩物のマンガやライトノベルを教えてくれる。
それをテキトーにあしらいつつ、世の出版社はこいつと同レベルなのかと頭を抱える俺だった。
「全然興味ないけどな」などと正直なところを口にしてもいいのだが、どうせ「先輩、やっぱり私に操を立て
てくれるんですね! 私が嫁ですよね!?」と変に感激されるだけなのでどうしようもない。
それをテキトーにあしらいつつ、世の出版社はこいつと同レベルなのかと頭を抱える俺だった。
「全然興味ないけどな」などと正直なところを口にしてもいいのだが、どうせ「先輩、やっぱり私に操を立て
てくれるんですね! 私が嫁ですよね!?」と変に感激されるだけなのでどうしようもない。
(しかし、そうだ、もう秋なんだな……)
はしゃいだ様子でいかがわしい表紙を見せつける後輩にテキトーにダメ出ししながら、俺は今後のことについ
て考えていた。
暦の上では、秋である。
俺のほうは成果ゼロむしろマイナスのままだが、後輩はあれでもしっかりと成長しつつある。同級生の女の子
と楽しげに話していたそうだし、彼女なりに他人と関わる機会を探してもいるようだ。
て考えていた。
暦の上では、秋である。
俺のほうは成果ゼロむしろマイナスのままだが、後輩はあれでもしっかりと成長しつつある。同級生の女の子
と楽しげに話していたそうだし、彼女なりに他人と関わる機会を探してもいるようだ。
――世界は、お前らが思っているよりは、ずっと綺麗だ
夏祭りの激戦の後に大型台という男は言い残した。
俺のほうまで見透かすあたりが鼻持ちならない。
俺のほうまで見透かすあたりが鼻持ちならない。
――んー? そこまで悲壮にならんでも。もっとバカになればいいんじゃね? あ、それとこれ交換しない?
茶々森堂で相席になった金髪の少年は底抜けに明るく笑っていた。
ある意味ではこの問題の核心を突いているだろう。
ある意味ではこの問題の核心を突いているだろう。
――先崎くんは、何だかんだであの子のこと
「先輩、今、他の女のこと考えてますね」
後輩がずいっと鼻先を近づけていた。お互いの貌が翳るほどの距離だった。
男子では無反応だったのに、女子に移行するや否や引っ掛かるとは。後輩の乙女センサーとやら、なんつー精
度をしていやがる。
男子では無反応だったのに、女子に移行するや否や引っ掛かるとは。後輩の乙女センサーとやら、なんつー精
度をしていやがる。
「……さあな」
はぐらかしながら、俺は仁科学園の知り合いの顔を思い浮かべ続ける。
後輩と俺にとってのキーパーソンが、果たしてこの中にいるのだろうか――?
後輩と俺にとってのキーパーソンが、果たしてこの中にいるのだろうか――?
おわり
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