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 後輩とアイスと最も単純な電気回路

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後輩とアイスと最も単純な電気回路





 放課後の学生食堂は、太陽から昼下がりとそう変わらぬだけの光を得ていた。
 夕陽に濃い赤が射すのを見るには、これからひと夏ぶんの時間を越えねばならない。

(んえ)

 後鬼閑花は、ストローを口元から離して、ピンクの舌先をちろと出した。
 パック入りのブラックコーヒーだ。酸味で口の中が縮み上がるかと思った。なんか納豆のような匂いまでする
気がする。猛烈にうがいと歯磨きがしたくなる後味だった。

(……ハズレを引きました)

 もしこのとき隣に文芸部を仕切る“本棚の魔女”がいたなら、「安物だからさ」と笑ったかもしれない。愛し
の“先輩”なら「酸味もコーヒーの味のうちらしいぞ」と言うだろう。
 自動販売機のボタンを一列押し間違えたのだった。“先輩”の前でわざとスキを作るのとは違う、素では珍し
い正真正銘のドジだ。
 いかにもギターをギュインギュイン掻き鳴らしていそうな金髪男が、目の前で自販機のアナウンスに陽気に挨
拶を返すなんてことをしていたので、柄にもなく動揺したのである。その行為は、彼女がいつも人間に対する皮
肉として行っているものでもある。

(あのチャラ男、いつか必ず原子の塵に変えてやります……)

 後鬼閑花の怒りは、彼女にしか理由を理解できないていどに理不尽にすぎた。同時に、そんな逆恨みからの復
讐を完遂できるほど度胸も執念も長持ちしないのがこの少女ではあるのだが……。
 不良(日本人のくせに金髪なんて不良に決まっている!)のことをテキトーに意識の外に追いやり、後鬼閑花
は差し当たり不味いコーヒーを片づけることにした。
 これは効き目覿面の飲み薬だと自己暗示を掛ける一方で、いつものように先輩の攻略法を思索する。
 それなりに好感度は積み重ねて来たはずだが、実際のところあまり進展はない。

(そろそろ先輩にイッパツ、えろイベントでもカマして、私のことを意識せざる得なくなるようなドッキ☆ドキ
な展開に持っていきたいところですが……)

 男性陣が知ったらドン引き間違いなしのひどい内心だが、そのすべては作り物のような顔の裏に綺麗に隠れお
おせていた。

(先輩はそういうの嫌がるかな? それかオフザケと思われるかも)

 ギャルゲー的なフローチャートをなぞっても、明るい未来予想図はひとつも浮かばない。何だったら、このま
まではバッドエンドにまっしぐらだ。
 これまでやりたい放題やって来たツケと言われればそんな気もするが、“先輩”先崎俊輔は後鬼閑花の演出す
るエロに対してすっかり耐性を付けてしまった感がある。

(そこで。思うに今の私が目指すべきは、さりげないえろさ。見えそうで見えないのがイイんだけど、やっぱり
見たいものは見たい!的な。めくるめく詩とメルヘンとチラリズムのセカイ……)

 ろくでもないことを考えているうちに、手にしたパックは頼りないほど軽くなっていた。ごみ箱にポイ。

(そのためのフューチャーガジェット(未来的小道具)を精選する必要があるでしょう……
 ……あら?)

 ふと、後鬼閑花は視界の疎らな人影の中に、聳え立つそれを見つけた。

(ちんぴら(大)だ……)

 あんな頭の悪そうなリーゼント男、この仁科学園にはひとりしかいない。
 興味の欠如から他人の顔や名前をなかなか覚えられない後鬼閑花には、彼の見た目のインパクトはありがたか
った。「大型台」という文字列までは、すぐには出てこないけれど。
 オセロのときと“茨姫”のときには、ちょっとだけ言葉を交わしたこともあったような記憶もあり、まったく
知らぬ間柄でもないが、今のコマンドは「他人のフリ」一択だ。だって恋の下準備に忙しいし。
 ところで、往年のワル・ファッションでいう“リーゼント”は誤用で、あれは正確には“ポンパドール”とか
いうヘアスタイルらしいが、そんなことを逐一指摘するアホなど不良業界では生きていけなかったのだろう。後
鬼閑花にとっても、ハッカーとクラッカーの混同よりどうでもいい。
 それより。

(不良もいちごミルクなんて飲むんだ……)

 観察していると、リーゼント男の骨張った腕は、自動販売機からピンクのパッケージを引きずり出していた。

(……似合わねー)

 情け容赦なく辛辣な評価を下しながらも、なぜか目を離せなかった。
 写真に撮って額に入れて飾ったら、しばらくは見る度にクスリと笑えそうなシュールな光景ではあったが……。

(――――はっ!?)

 そのとき、後鬼閑花の頭脳に電光が走った。
 気合いを入れて編みこまれたリーゼントのかたち。ミルク。そしてエロス。
 それは、冷たくて甘いスイーツを連想させた。夜ごと暑さを増してゆく季節(いま)を爽やかに彩るビューリホードリームとも言えるか。

「これだ」

 邪悪な表情で口の端を吊り上げる後鬼閑花十六歳を止めてくれるお人好しが、残念なことにいなかった。




   後輩とアイスと最も単純な電気回路




「先輩、ご休憩にアイスはいかがですか?」
「クーラーボックス!? お前学園に何持って来てんの!?」

 その日俺の前に姿を現した後輩もといアホは、でかく厚ぼったい合成樹脂の箱を、これ見よがしに肩からぶら
下げていた。
 もちろん、ここは仁科学園の構内である。放課後や昼休みですらない、ただの長めの休み時間だった。

「そこまでして学園でアイス食おうとするやつ初めて見た……」
「ふっ。アイ・アイサー(愛・氷菓戦士)として当然のたしなみ」
(意味分からん)

 年季の入ったクーラーボックスをいとおしげにぽんぽんと掌で叩くダメ後輩。仁科ほんとう変な奴多い!

「先輩はアイスクリーム、お好きですよね?」
「アイス……は、あんまり自分で買ってまでは食べないが。まぁ、好きだぞ」
「ですよねですよね!」

 訳知り顔でひとしきり頷く。お前が俺の何を知っているというんだとツッコミを入れたい気持ちも多少はある
が、すまん、既にこの事態に収拾をつける自信がない。

「やっぱり先輩はアイスクリームが好き……(1)」
「ん」

 確認するように口にし、後輩は可愛らしく(と評するのは俺としては癪なのだが)人差し指をぴんと立ててみ
せた。さりげなく首や腰の角度まで変わっているあたり芸が細かい。男心をくすぐる所作については、ほんとう
によく研究していると感心する。もうちょっとヨゴレっぽさを隠せれば最強なのに。

「私もアイスクリームは好きです……(2)」

 もう一方の手でも同じように指が立てながら、後輩は言葉を並べた。やや外側に傾いで空を射すふたつの指先。

「ゆえに」

 後輩が、ふたつのほの白い指の腹を、胸の前で重ね合わせる。この世界で最も単純で美しい電気回路を想う。
 ……んだが、たまにそういう詩的な表現をしてみたところで、このガッカリ後輩がそれを台無しにしないはず
もないのだった。

「(1)と(2)により、先輩は私が好き!」
「証明失敗な」

 むしろチアガールのように、拳を突き上げながら跳びはねてガッツポーズを決める後輩に、間髪入れずに〇点
をつけてやった。

「つか三段論法的には、俺とお前がイコールになるんじゃね」
「そ、そんなっ!? どちらがどちらか分かんなくなるほど激しく乳繰り合って……ッ!?」
「……なあ素で訊くけど、女の子的にそれってセーフな表現なの? まだ夢を見てたい俺としてはマジ止めて欲
しいんだけど」

 謎話題に謎クーラーボックスに謎論理展開に謎ジェスチャーに謎妄想。後輩は今日も謎まみれだ。何か致命的
に間違った貫禄が付いて来た彼女の明日はどっちだ!?

「うんせっ」

 切り替えの早さに定評のある後輩は、クーラーボックスを重たげに持ち上げると、断りもなく俺の机の上にど
かりと置く。
 そのまま流れるような動きでフタの留め具に手を掛け、

「キョエエッ!!」
「その掛け声いらねえ……」

 奇声を上げながら、やけに大仰な動きでクーラーボックスを開け放った。
 先の一生懸命な感じの「うんせっ」との落差にちょっと泣けてくる。

「ご覧ください、これこそ、創作部の浅野士乃さんのつてで手に入れた、本場高知の“1×1あいすくりん”で
あるのです!」

 そういや以前、「断然、あいすくりんが好き」とか言っていたっけ? よく覚えてないけど。
 開かれたクーラーボックスの中には、三連のアイススタンドが固定されており、同じ数だけコーンのアイスク
リームを挿してあった。
 それはそうと……

「……後輩よ、何やら強烈な違和感があるのだが」
「何でしょうか」
「こういうコーンのアイスって完成した状態で運ぶようなものなのか? コーン湿気たりしないか?」
「よく分からなかったので」

 しっかりしろ愛・氷菓戦士(アイ・アイサー)。
 お前テキトウにスイーツを食べ歩きしてりゃいいってもんじゃないだろうに。
 ……いや、この際、愛・氷菓戦士の疑惑の愛などどうでもよい。
 後輩の持って来たあいすくりんは、コーンは恐らくへにょへにょになっていると思われるが、確かに美味そう
な香りはしていた。
 ……まあ、おにぎりの海苔にだって、ぱりぱり派としっとり派がいて、コンビニの裏手でいつ終わるとも知れ
ぬ光と闇の戦いを繰り広げているという話だし、そもそも大した問題ではないのか?

「どうです? この、ニワトリさんのタマゴさんと牛さんのお乳さんの奇跡の配合により爆誕した怪物アイスク
リーム。まさにプラチナの輝き。星屑ロンリネス」
「敬称そんないらないだろ」
「とにかく! 健気な私ってば先輩とキャッキャウフフあたまキーンしたくってこれを調達したのです! 閑花
ちゃんマジ後輩! ご褒美に撫で撫でして愛を囁いたって、ええんよ、ええんよ?」
「あのな」
「……ええのんよ?」

 相変わらずの押しの強さ。
 今どき少女漫画でもなかなか見ないうるんだ瞳に思わずほだされそうになるが、ここは心を鬼にする。後輩は
まったく危険な女だ。悪女2号になれる器かもしれない。

「で? どんな下心があってこんなものを」
「とろけたアイスクリームってえろすぎですよね!」

 ……。
 いかん……。カマを掛けたらいきなり爆弾を掘り当ててしまった。それも思ったよりでかいの。
 後輩は自分ひとりの世界に浸ったかのようなきらきらの目で、語る、語る。

「なんちゃってブッ●け、そこからのペロペロやんやん。冷たさを活かした蝋燭的な応用。アイスバーなら●●
●に●●して我慢させるなんてのも……うふふっ! イイですねっ! これすっごくイイですっ!」
「……ごめん。俺はさ、伏せ字にしても許されないものがここにはあると思うんだ」

 この愛・氷菓戦士はダメだ。不純物が多すぎる。
 げんなりとして、とてもアイスクリームなど喜んで食べていられる気分ではなくなり、丁寧にお断りさせてい
ただくことにした。
 結局のところ――
 産地直送のあいすくりんは、ちょうど意中の人にいまいち想いを伝えられずヘコんでいた河内さんと、その親
友の上原さんに振る舞われたらしい。
 「こんなのキズの舐め合いですよね。……アイスだけに」などとほざく後輩の、ウケることを期待している顔
が、俺の心に残っていた一抹の罪悪感すら消し飛ばして、この事件は後味も爽やかに闇に葬られたのだった。



 おわり(※大型台がいちごミルクを買っていた理由が、本人が愛飲しているからとは限りません)


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