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あかねと荵とそば

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あかねと荵とそば


 映画の婦人が使っていそうな籐の椅子に踏ん反り返り、荵は両手をひじ掛けに乗せる。 
 着慣れた制服のブラウスに身を包み、はき慣れたスカートからちんまり伸びる脚を組んで気分だけは絵本の中の女王さま。
白いドレスに身を包んで無くても華やかな宮殿にいなくても、信頼できる家臣たちに囲まれて荵はこの世の全てを
手に入れたような気持ちだった。空が青いのも、緑が目にしみるのも何もかもは荵女王のため。
 だから頭の上に、ちょこんと王冠を被っちゃったり、きらびやかな広間で音楽を奏でさせちゃたりしても、全ては
荵女王のためにあり続けるものだから誰もが喜んで認めてくれるだろう。椅子に深く腰掛けた女王の白い太ももには
幾多の目線が突き刺さる。チワワ、ピレネー犬、ミニチュアダックス、コーギーに柴犬。彼ら家臣は荵女王に忠義を誓い、
じっとおすわりを続けていた。玉座から伸びる赤いじゅうたんをイヌたちが埋め尽くす。

 「ちこうよれー」 

 女王さまの一声は、神の声。
 荵の慈悲深い声で家臣たちはわさわさと玉座がある段を登ってゆく。
 脚を組み替えるとスカートがふわっとめくれ、チワワがびくっと目をまるくする。
スカートの奥の『くまさんぱんつ』はちょっとお預け。けしてすらっと長くはない脚に、家臣たちは群れを成して一同尻尾を振っていた。

   #

 あかねがいきなり「おそばが食べたい」と言い出した。それを聞いた迫は「コンビニにでも行って来い」とそっけない返事。
しかし、あかねは「そうじゃない」と拒んだ。学食にでも行けば、かけそばだのタヌキそばだのはある。しかも迫と一緒がよいと。
 夏休みの蒸し暑い部室での出来事。扇風機だけが最後の砦だと奮闘するなか、あかねと迫を尻目に荵はすやすやと椅子に腰掛けて
居眠りをしていた。ちらりと迫は荵を一瞥すると、あかねに自分をそばを食べに行く誘う理由を何故とは聞かない。ただ、一言。

 「一人で行けよ」
 「やです」

 普段は使わない言葉にあかねは自分で自分の言葉に動揺する。頭より口が動く。後悔なんて無い。
 それでも言葉にはしないもの、どうしても迫とそばを食べたいとあかねは訴える。おなかがすいてくる、お昼時間。

 あかねを視界から遠ざけたい迫は部室中央の机に視線を落とすと、見慣れぬものを発見した。夏だから?そうかもしれない。
でも、誰が何故?ほんのりと着物が似合う香りが漂い、淡い色加減が控えめで品がよい。
 「黒咲のか?これ」
 迫が指差した扇子。まるで隠すように素早くあかねは扇子を奪い取ると、迫は異様に怪しまなければならなくなった。

 「一緒に行かないと、意味がないんです」
 紅くなった頬を庇いたい。あんまり見つめられると、体中がくすぐったくなる。舞台の上なら誰が見ようが、
カボチャが見ようが平気なのに。部室の中、迫とふたりっきり。その状況があかねをこっぱすがしくさせた。

 「扇子、そば……。おまえの考えていることを当ててやろうか」
 「……」
 傍らで荵は心地よい夢を見続けていた。


   #

 ぴょんと飛び出したチワワが荵の膝に乗る。小さな尻尾をふりふりと、荵に甘えるように。
スカートから覗く太ももが肉球に踏まれると、荵女王はちょっとくすぐったくなり快感を覚える。何度でも味わいたい至福の時間。

 「わおー。大儀じゃ大儀じゃあ!」

 玉座の女王は幼い子供とそう変わりはなかった。子犬の頭を撫でてやるとはっはと興奮し始めて、周りのイヌたちもつられる。
子犬のあごをさすってやると膝の上の子犬は小さな声を上げ、周りのイヌたちもまたつられる。

 「そこのテリアー。わたしの靴を磨けっ」
 「わん!」

 群れの中から抜け出して、荵の足元へと段を登る一匹のテリア。長いひげのような毛並みは、支え続けた爺やのようにも見える。
ただ、そのテリアは幼かった。礼儀作法もろくに知らぬ、若いケモノだった。しかし、荵はだからこそ彼を寵愛していた。
段を登りきると、テリアの鼻先には荵のローファーが。確かめるように彼は鼻を近づけると、段の下の群れから一匹「わん!」と
テリアを威嚇するように声がする。女王さまの命令は絶対。彼は声を上げるだけで、けしてその場を動くことは無かった。
 荵の足元に近づくことを許された子犬は頬を靴に当てすりすりと荵の脚を愛で、そして恐る恐る荵の機嫌を伺う。
チワワを抱いてテリアを思うがままに操って、荵女王はこの治世が末永く続くことを祈りつつ、そして頬を緩めた。

 「余は満足じゃあ。にひひひひひ」

 突然のことだった。
 膝の上のチワワが荵女王の手を噛んだ。
 あんまりいきなりのことだったので、荵女王も声を上げる。



  #

 「うわーん。チワワに噛まれちゃったよお……。わたしのイヌたちがあ」
 「久遠っ」
 「わー、迫先輩ー。あかねちゃんー。テリアがいないよ……」

 真夏の夢から荵を呼び起こそうと扇子で手首を軽く叩いたのはあかねだった。
あかねの行動に迫は少々驚きを隠せなかったが、早くこの場から離れたかったのだろうとあかねの心理を読んだ。
自分に言えない何かを隠しているんじゃなかろうかと。なので、荵を出しにして部室から離れる理由……学食に行くんじゃないのかと。
 目を丸くした荵は部屋の中の時計を見て椅子から跳んだ。『くまさんぱんつ』が見えるか見えないかのぎりぎりでスカートがふわり。

 「久遠、学食行こう。おそばを食べに」

 迫の読みは当たった。あかねの心のうちを読むことは、迫にとって赤子の手をひねるよりも容易い。
そんな迫にでも読めない子、それは荵。

 「あっ。それ、わたしが探してきた扇子だよね」
 荵があかねの扇子を奪うとは迫も思わなかったが、あかねは荵の思うが侭に、荵を全てを信じていたのでその行動は許してしまう。
 ばっと扇子を広げると平地には子犬とイヌの足跡が描かれていた。

 「にひひひひひ。この扇子であかねちゃんが『時そば』を演じているのを見るが楽しみなのだー」
 「久遠っ」
 「黒咲。落語するんだよな」
 「は……はい」

 迫の読みは当たった。あかねの心のうちを読むことは、迫にとって赤子の手をひねるよりも容易い。
 落語の演目『時そば』には、そばを食べる場面がある。落語は身振り一つでどんぶり、箸、そばを
あたかもそこに存在するように演じなければならない。扇子を箸にして美味しそうにそばを頂く。容易そうで結構それは難しい。
そばを食べる場面の練習に、そして動きを目で手で会得するためにそばを一緒に食べに行くことに、あかねはこだわっていたのだった。
 扇子で顔を隠してにやける荵に、そしてあっけなく自分の作戦が覆されてしまったことにあかねは頬を紅くした。

 「そんなことよりも、今無性におそばを食べたいのだ!あかねちゃん、今何時で?」
 「お、お昼どきでっ」

 未だにあかねも迫も荵の言動は読めない。荵は扇子を片手にあかねの手を引いて学食へ向かった。


   おしまい。



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