私立仁科学園まとめ@ ウィキ

後輩と後輩の宇宙と宇宙的恐怖を呼び覚ます何か恐るべきもの

最終更新:

匿名ユーザー

- view
だれでも歓迎! 編集

後輩と後輩の宇宙と宇宙的恐怖を呼び覚ます何か恐るべきもの




「先輩、大変です! 何か恐るべきものの気(き)を感じます!」
「うそぉ!?」

 休み時間になるや、後輩が教室の引き戸をがらりと開いて入ってきた。色白な貌は、今や蒼白になっていた。
 黒髪を顎先の高さで切り揃えた彼女は、見てくれだけは日本人形のようで大変可愛らしいが、『立てば爆薬、
座れば地雷、歩く姿は街宣車』なとんでもない女である。

「いや、うそじゃないな。迫真すぎてツッコミし損ねた。いきなり何いってんのお前」
「はい、うそじゃないです。私が愛しの先輩にうそなんて吐くなんてありません。うそは女を美しくします」
「最後のそれそこに付け加えたせいで世界一うそくさいからな」

 なんでこいつは毎回毎回話の筋を無視してまで馬鹿なことをいおうとするのだろう……。ひょっとして誰かに
脅されているのだろうか。

「それで何だって? 恐るべきもの?」

 恐るべきものて。未就学児童でもいわねぇよ、今時。
 実のところ彼女のこういう話題は、いわゆる“構って構って光線”というやつで、大概さしたる意味などない
のだが、呆れ返りながらそれでも何だかんだで結局後輩の話に付き合ってしまう自分の性格が憎い。結果的にそ
のほうが面倒がないこともまあ事実とはいえ、それにしたって何だか自覚のないまま自分の気持ちに対する言い
訳をしているような気がしてきた。
 気がするだけだが。

「何か恐るべきもの、です。サムシング・トゥ…………トゥ・ビー・こわい」
「英語の勉強もしような?」
「はい」
「それじゃ」
「SO・RE・YO・RI!!」

 悄然としたふりをしていた後輩だが、ものの数秒でいつもの調子を取り戻す。流れるように話を打ち切ろうと
した俺の目論見も綺麗に破綻した。

「このままでは、何か恐るべきものによって何かひどいことが起こってしまうことは、たぶん間違いないと推測
されます」
「何から何まで曖昧すぎる。まずその何か恐るべきものって何なんだよ」
「曖昧なものを曖昧なまま扱う、それが日本人の誇り」
「説明しろ!!」

 こいつ、実は俺にケンカでも売っているんじゃないだろうな。俺だって休み時間にやることがひとつもないわ
けじゃないんだぞ。

「だ、だってだって、……とても表現しづらいものなんですもの。それは私の心にコズミック・ホラー(宇宙的
恐怖)を呼び覚ます」

 日常会話の中に平然と挿入される“宇宙的恐怖”。何かヤバイものにハマっているっぽい言い回しに、むしろ
こっちの心に恐怖が呼び覚まされた。

「つまり何か。よくわからないが、何かいやな予感がするという設定でお喋りしに来たと」
「全然関係ありませんが、そうナニ、ナニと連呼されると柄にもなく照れますね」

 ……ほんとに全然関係なくてどうしようかと思った。
 朱の差した頬を手のひらで押さえていかにも恥じらっているといったふうな仕草。
 これでいろいろな意味で露骨でさえなければと思うが、狡猾な変態や無自覚な悪女でないぶんまだ安心かもし
れない。剥き出しの地雷なんてむしろ良心的だ。……いや、こいつはそんな可愛いものじゃなく、自分から飛ん
できてスイッチをぐいぐい押しつけてくる地雷だったか。それ最悪じゃねぇか。

「それはそうと、私の“いやな予感”を舐めてはいけませんよ。私のは漠然とした不安要素に対して心の準備を
しているとかそういうんじゃなくて、がちですから。がち」
「思春期特有の痛々しい誇大妄想にしか聞こえないが、もうどうでもいいや。話進めろ話」
「がちなのに……」

 後輩が悲しそうな顔で呟くが、心を鬼にして無視する。

「あまりに宇宙的なために恐怖の根源は不明ですが、とにかくとっても怖くて泣いちゃう感じです。いっぱい慰
めてください。まずは……だっこから?」
「欲望だだもれ」

 結局のところ、なりふり構わず甘えるための狂言だったらしい。宇宙的とか何かとか話を大きく抽象的にして
おけば、それだけで何となく説明になっているような気がするし、恐怖の対象についても対処のしようがないと
いうわけだ。

「もう休み時間終わっちゃうんですもん! 一秒でも早く、広げた座布団を畳まないと!」
「風呂敷だろ」
「そんなことはどうでもよいのです!」

 一〇分しかない休み時間の一分もない残り時間が、今のでまたちょっと削れた。

「ほらほら! だっこしてぎゅ!」
「そこまで腹の内をばらしておいて、どうして俺がすんなり了承すると思うのかわからない」
「そういうバカなところも可愛い」
「教室に帰って予習でもしてろバカ」

 タイミングよくチャイムが鳴り、バカな後輩は宇宙的恐怖を呼び覚ますらしい何か恐るべきもののことなど何
ひとつ頭にないような晴れ晴れとした顔で去っていった。
 平和な一日でした。



 おわり





タグ:

+ タグ編集
  • タグ:

このサイトはreCAPTCHAによって保護されており、Googleの プライバシーポリシー利用規約 が適用されます。

目安箱バナー