先輩と桃太郎
『ごめんしゅんくんおねぎかってきておねぎ』
『何に使うネギ?』
『ひみつおんぷ』
『青ネギと白ネギ、どっちを買えばいい?』
『みどりっぽいほうがすてき』
『了解』
『あとにゅうぎゅうもかってきてくれるとおかあさんうれしいなって』
「乳牛はスーパーで売ってねえよ!?」
『何に使うネギ?』
『ひみつおんぷ』
『青ネギと白ネギ、どっちを買えばいい?』
『みどりっぽいほうがすてき』
『了解』
『あとにゅうぎゅうもかってきてくれるとおかあさんうれしいなって』
「乳牛はスーパーで売ってねえよ!?」
母さんとのメールのやり取りに思わず口頭でツッコんでしまった。
帰りのホームルームが終わって数分後というタイミング。ほとんどのクラスメイトは既に教室から捌(は)け
ていたとはいえ、これはかなり恥ずかしい。我ながらもう既にだいぶ病んだ人みたいだが、せめて以後は気をつ
けなくては。
帰りのホームルームが終わって数分後というタイミング。ほとんどのクラスメイトは既に教室から捌(は)け
ていたとはいえ、これはかなり恥ずかしい。我ながらもう既にだいぶ病んだ人みたいだが、せめて以後は気をつ
けなくては。
『こっちはしろいほうでおねがい』
……ごく素直に牛乳のことだと解釈していたが、変な指定のせいでちょっと疑わしくなる……。もう面倒くさ
いから牛乳を買って帰るけど。
母さんとの会話は、後輩とは別の意味で疲れる。天然ぼけっぽい振る舞いのためよく可愛らしい人と評される
が、実は狙ってやっているんじゃないかと思う。生まれてこのかた、一度としてボロを出したところを見たこと
がないので断定はできないが。
……どうでもいいか。
いから牛乳を買って帰るけど。
母さんとの会話は、後輩とは別の意味で疲れる。天然ぼけっぽい振る舞いのためよく可愛らしい人と評される
が、実は狙ってやっているんじゃないかと思う。生まれてこのかた、一度としてボロを出したところを見たこと
がないので断定はできないが。
……どうでもいいか。
「ありがとうございました――」
俺はスーパーに立ち寄り、青ネギと牛乳と確か切れていたマヨネーズをレジに通し、帰路についた。唐突なお
遣いのためにマイバッグの持ち合わせはなく、ビニール袋を買うことになった。教科書やノートでいっぱいの学
生鞄に一リットルの牛乳パックはさすがに入らないし、ネギは臭いがつきそうで嫌だ。
ビニール袋をガサつかせながら、通学路にしている川沿いの堤防上を歩く。陽が落ちるのが日に日に早くなる
季節ではあるが、今日の空はまだ紅く色づいてはいない。水面が反射するのは明朗な青だ。
頬に秋の風。日課のジョギングを楽しむ仲睦まじい老夫婦や、補助輪が外れたばかりと思しき自転車が、鮮や
かに俺を追い抜いて行く。
子どもがサッカーできる程度に広い河川敷の広場は手入れが行き届いており、そこら中にゴミが散乱している
ようなこともない。汗を流しているのがどこの誰なのかまでは知らないが、ほんとうに頭が下がる。たまには、
うちの美化委員もボランティアで清掃活動などしていたはずで、俺も少し手伝ったことはあるが。
もちろん、ポイ捨てをする不心得者など何をどうしたところで必ず一定数は出てくるもので、空き缶ひとつな
いということもない。
――人間の善意には限界がある。
遣いのためにマイバッグの持ち合わせはなく、ビニール袋を買うことになった。教科書やノートでいっぱいの学
生鞄に一リットルの牛乳パックはさすがに入らないし、ネギは臭いがつきそうで嫌だ。
ビニール袋をガサつかせながら、通学路にしている川沿いの堤防上を歩く。陽が落ちるのが日に日に早くなる
季節ではあるが、今日の空はまだ紅く色づいてはいない。水面が反射するのは明朗な青だ。
頬に秋の風。日課のジョギングを楽しむ仲睦まじい老夫婦や、補助輪が外れたばかりと思しき自転車が、鮮や
かに俺を追い抜いて行く。
子どもがサッカーできる程度に広い河川敷の広場は手入れが行き届いており、そこら中にゴミが散乱している
ようなこともない。汗を流しているのがどこの誰なのかまでは知らないが、ほんとうに頭が下がる。たまには、
うちの美化委員もボランティアで清掃活動などしていたはずで、俺も少し手伝ったことはあるが。
もちろん、ポイ捨てをする不心得者など何をどうしたところで必ず一定数は出てくるもので、空き缶ひとつな
いということもない。
――人間の善意には限界がある。
「怪物だらけ、か」
いつかの後輩の叫びを思い出す。
傲慢だ何だといわれても、あちらもどうにかしなくてはいけないのかもしれない。それなりに深刻にそう思っ
ているのだが、完全に行き詰ってしまっている。
現状を打開するために意を決して“本棚の魔女”なんて呼ばれる怪しげな文芸部部長にも相談してみたが、い
まいちピンと来る助言は返ってこなかった。どうも彼女は、『後輩は今のままでもそれはそれでよい』というス
タンスでいるらしく、今後もあまり当てにはなりそうもない。
思わず封印したはずの溜め息を吐きそうになって、それではいかんと時間を掛けて鼻から抜く。喉の奥の唸る
ような声とともに、弱気に取り憑かれそうな身体に力が入った気がする。
そんな時だった。
傲慢だ何だといわれても、あちらもどうにかしなくてはいけないのかもしれない。それなりに深刻にそう思っ
ているのだが、完全に行き詰ってしまっている。
現状を打開するために意を決して“本棚の魔女”なんて呼ばれる怪しげな文芸部部長にも相談してみたが、い
まいちピンと来る助言は返ってこなかった。どうも彼女は、『後輩は今のままでもそれはそれでよい』というス
タンスでいるらしく、今後もあまり当てにはなりそうもない。
思わず封印したはずの溜め息を吐きそうになって、それではいかんと時間を掛けて鼻から抜く。喉の奥の唸る
ような声とともに、弱気に取り憑かれそうな身体に力が入った気がする。
そんな時だった。
「あえいうえおあおわんわんおーっ!!」
大きな声がした。俺たちが普段出さないような種類の、腹の底からの発声だ。河川の対岸にまで届き、跳ね返
って来る。背後からの大声は、先週毛先を整えたばかりの俺の頭をちりちりさせた。
何事かと振り返った俺の至近距離に、人影!?
って来る。背後からの大声は、先週毛先を整えたばかりの俺の頭をちりちりさせた。
何事かと振り返った俺の至近距離に、人影!?
「うわびっくりしたぁ!?」
「鬼さん役見っけた、見っけたよ!! いきなりでごめんなさいだけど手伝ってもらうーっ!!」
「……はい? え、ちょっ、んな、なに、何だって!? てかきみ誰!?」
「鬼さん役見っけた、見っけたよ!! いきなりでごめんなさいだけど手伝ってもらうーっ!!」
「……はい? え、ちょっ、んな、なに、何だって!? てかきみ誰!?」
声の主は問答無用とばかりに俺の手首を掴み、そのまま強引に引きずっていく。ナリはちっこいくせに、すご
い力。ずるずる。
それは、よく見なくても女の子だった。スカート。仁科学園の制服?
通り掛かった散歩中の大型犬と飼い主の女性が、揃って目を丸くしていた。思えば、この状況はああいう感じ
に見えなくもないかもしれない。
なかなか歩こうとしないぐうたらな犬(俺)を飼い主(彼女)が引っ張っているのか、興味を惹かれて駆け出
した犬(彼女)を飼い主(俺)が抑えようとして力負けしているのか――
どっちに見えるかで、そのひとの心の清らかさが分かるんじゃないかな?
どっちもアウトだろ!!
自分自身にツッコミを入れる虚しさを味わう。それはそうと。
い力。ずるずる。
それは、よく見なくても女の子だった。スカート。仁科学園の制服?
通り掛かった散歩中の大型犬と飼い主の女性が、揃って目を丸くしていた。思えば、この状況はああいう感じ
に見えなくもないかもしれない。
なかなか歩こうとしないぐうたらな犬(俺)を飼い主(彼女)が引っ張っているのか、興味を惹かれて駆け出
した犬(彼女)を飼い主(俺)が抑えようとして力負けしているのか――
どっちに見えるかで、そのひとの心の清らかさが分かるんじゃないかな?
どっちもアウトだろ!!
自分自身にツッコミを入れる虚しさを味わう。それはそうと。
――犬で思い出した。この子のこと。
演劇部の一年生だ。仔犬のように生き生きした子。
名前は確か、荵といったはずだ。苗字は覚えていない。どうして中途半端に下のほうだけ知っているのかとい
うと、演劇部の公演のチラシを眺めていた時に一瞬“葱(ネギ)”と読んでしまい、確認してああ何だ“荵(し
のぶ)”かそりゃそうだよなぁと安堵したのが印象に残っていたからだと思われる。
名前は確か、荵といったはずだ。苗字は覚えていない。どうして中途半端に下のほうだけ知っているのかとい
うと、演劇部の公演のチラシを眺めていた時に一瞬“葱(ネギ)”と読んでしまい、確認してああ何だ“荵(し
のぶ)”かそりゃそうだよなぁと安堵したのが印象に残っていたからだと思われる。
「なあ、きみ、演劇部だろう? ……演劇の手伝いがいるのか?」
「おおお? さっすが話が早いねっ!」
「何がさすがか」
「おおお? さっすが話が早いねっ!」
「何がさすがか」
まあいい。取り敢えず、話を聴いてみよう。
何だかよく分からないが、切羽詰まっているのは確かなようだ。
何だかよく分からないが、切羽詰まっているのは確かなようだ。
「演目は、桃から生まれた――す桃太郎!」
「ちょっと待てそいつ生まれたの本当に桃から?」
「わんわんっ! 冗談! ふつうに桃太郎だよ!」
「ちょっと待てそいつ生まれたの本当に桃から?」
「わんわんっ! 冗談! ふつうに桃太郎だよ!」
……俺にとって話していると疲れる人というのは、母さんと後輩の他にまだもうひとりいたらしい。
「先輩には、鬼ヶ島の鬼さん役をやって欲しいんだ! 観客は一〇人ばかりのちびっ子たち! 大道具も小道具
も練習もなしの即興青空演劇! ……これはキミにしかできない重要な任務なのだっ! 分かるねっ!?」
も練習もなしの即興青空演劇! ……これはキミにしかできない重要な任務なのだっ! 分かるねっ!?」
だんだん状況が把握できてきた。
この小さな演劇部員さんが自主トレ的にやっているちょっとした芝居に付き合って欲しいということだろう。
正直なところアドリブなんてまったく自信がないが、桃太郎ならまだ何とかなりそうではある。
この小さな演劇部員さんが自主トレ的にやっているちょっとした芝居に付き合って欲しいということだろう。
正直なところアドリブなんてまったく自信がないが、桃太郎ならまだ何とかなりそうではある。
「あんまり多くを望まれても困るが――引き受けた」
「ありがとうっ!!」
「ありがとうっ!!」
ちびっ子を出されては、俺の答えはもちろん決まっている。
そして、“引き受けた”からには、全力でやろう。やる。
大雑把な説明が終わるころには、舞台らしき場所が見えてきた。といっても、目印は駆け回って遊んでいる子
どもたちと、出演者らしい数人の影だけだったが。
ステージは芝生の植わった高水敷。照明は太陽。袖はないので役者は出番あるまで座っとけ。そういわんばか
りの潔さだ。
そして、“引き受けた”からには、全力でやろう。やる。
大雑把な説明が終わるころには、舞台らしき場所が見えてきた。といっても、目印は駆け回って遊んでいる子
どもたちと、出演者らしい数人の影だけだったが。
ステージは芝生の植わった高水敷。照明は太陽。袖はないので役者は出番あるまで座っとけ。そういわんばか
りの潔さだ。
「待たせたな皆の衆っ!!」
仔犬のような演劇部員さんが、意気揚々と堤防の斜面を滑り降りる。足元から青臭い香り。
引っ張られて俺もその背中を追う。捕獲されているのとは逆のほうの腕で、提げたビニール袋がリズミカルに
踊った。どうでもいいが、女の子に手首を掴まれるのが、これほどときめかないものだとは思わなかった。お相
手がこの子だからなのか、それとも、手を握るのとはまた違うのだろうか。
引っ張られて俺もその背中を追う。捕獲されているのとは逆のほうの腕で、提げたビニール袋がリズミカルに
踊った。どうでもいいが、女の子に手首を掴まれるのが、これほどときめかないものだとは思わなかった。お相
手がこの子だからなのか、それとも、手を握るのとはまた違うのだろうか。
「あー! 戻ってきた! 鬼さん探してくるって飛び出してった時はどうなることかと……」
俺と同じような境遇らしい男女。いずれも仁科学園の制服を着ていた。
「あれー“先輩さん”じゃないですか。お久です」
「やあ、上原さん。――上原さんも?」
「そうなんですよー。いきなりでびっくりしたけど、楽しそうだったから、いいかなって」
「やあ、上原さん。――上原さんも?」
「そうなんですよー。いきなりでびっくりしたけど、楽しそうだったから、いいかなって」
見覚えのある明るい薄茶色の頭、その左右で軽やかに跳ね回るしっぽ。笑顔のほうもそんな感じ。
上原梢さん。一年生。俺の“後輩”後鬼閑花の、友達のひとり。
上原梢さん。一年生。俺の“後輩”後鬼閑花の、友達のひとり。
「デキそうな人で良かったー。ナイスお葱!」
「葱ってゆーな! “お”を付けたって、許しません!」
「葱ってゆーな! “お”を付けたって、許しません!」
じゃれ合う二人から視線を外し、他の共演者を確認する。
……視界の端っこで金髪のロン毛が陽光に輝いてすこぶるウザい。まずはそいつから。
……視界の端っこで金髪のロン毛が陽光に輝いてすこぶるウザい。まずはそいつから。
「うす。初めまして、俺が臼です。猿のやつめには俺が止めを刺してやります」
「勝手に演目をサルカニ合戦に変えてやるなよ、黒鉄」
「勝手に演目をサルカニ合戦に変えてやるなよ、黒鉄」
黒鉄懐? こいつかよ!
俺と同じ二年生で、初めましてを言い合うような関係ではまったくない。親しいとまでは行かないが、まあそ
れなりの知り合いである。
俺個人の印象を語らせてもらえば、鹿苑寺金閣のような男だ。……自分でもよく分からないが、見た目の派手
さやバカっぽさ以上のしっかりしたものを持っているというような意味だと思ってくれていい。……何かそこは
かとなくムカツクから意地でも本人を前にしては言わないけど。
何でもできるイメージの強い器用な男で、そういえば演劇部がしつこく勧誘するほどの才能だとか小耳に挟ん
だことがあった。
俺と同じ二年生で、初めましてを言い合うような関係ではまったくない。親しいとまでは行かないが、まあそ
れなりの知り合いである。
俺個人の印象を語らせてもらえば、鹿苑寺金閣のような男だ。……自分でもよく分からないが、見た目の派手
さやバカっぽさ以上のしっかりしたものを持っているというような意味だと思ってくれていい。……何かそこは
かとなくムカツクから意地でも本人を前にしては言わないけど。
何でもできるイメージの強い器用な男で、そういえば演劇部がしつこく勧誘するほどの才能だとか小耳に挟ん
だことがあった。
「いやー葱すけにキビ団子やるからって言われてさー」
「わんわんっ! 言ってないよそんなこと? あと次葱すけ言ったら噛む」
「まさか、もう役に入り始めてる!? あれ、でも確か黒鉄先輩って桃太郎役じゃ……」
「黒鉄なのか。……彼女が主役だと思っていた」
「わんわんっ! 言ってないよそんなこと? あと次葱すけ言ったら噛む」
「まさか、もう役に入り始めてる!? あれ、でも確か黒鉄先輩って桃太郎役じゃ……」
「黒鉄なのか。……彼女が主役だと思っていた」
彼女だの、演劇部員の子だの。女の子を下の名前で呼ぶのを避ける以上、いい加減に演劇部員の子の苗字を聞
き出さないと面倒臭いな……。
誰に当てたものでもない先ほどの俺の言葉を、上原さんが拾って配役を紹介してくれる。
き出さないと面倒臭いな……。
誰に当てたものでもない先ほどの俺の言葉を、上原さんが拾って配役を紹介してくれる。
「えーっと。鬼が先輩さん、桃太郎が黒鉄先輩、おじいさんと犬は荵で、おばあさんと猿はあたし」
「――そして、雉はボクだよ!」
「――そして、雉はボクだよ!」
太陽を背に凛々しく立つ影がある。
……だが悲しい哉、皆を圧倒するに充分な迫力を出すにはやや背が低すぎた。
上原さんの意志を継いで、そいつは堂々宣言する。
ぱっちりとした大きな瞳。セミロングの髪の色は光の具合で綺麗な藍にも見えた。袖の余り気味な両腕を広げ
て怪鳥のようなポーズをキメる。
……だが悲しい哉、皆を圧倒するに充分な迫力を出すにはやや背が低すぎた。
上原さんの意志を継いで、そいつは堂々宣言する。
ぱっちりとした大きな瞳。セミロングの髪の色は光の具合で綺麗な藍にも見えた。袖の余り気味な両腕を広げ
て怪鳥のようなポーズをキメる。
「イヌ! キジ! サル! ……これって何コンボになるのかな? とにかくボク、参上っ!!」
何だかよく分からないが特撮番組のヒーローのようなノリで現れた彼女は、鷲ヶ谷和穂だったろうか。彼女も
一年生。いつもいっしょにいる小鳥遊雄一郎が隣で比較対象になっていなくても小さい。
……なんか、奇しくも仁科学園一年生のエネルギッシュなちびっ娘たちがここに勢揃いしているような気がし
たが、口には出さない。これはこれでお供に統一感が出ていいと思う。
一年生。いつもいっしょにいる小鳥遊雄一郎が隣で比較対象になっていなくても小さい。
……なんか、奇しくも仁科学園一年生のエネルギッシュなちびっ娘たちがここに勢揃いしているような気がし
たが、口には出さない。これはこれでお供に統一感が出ていいと思う。
「これで全員だね! ちょびっとだけ打ち合わせして、始めよっか!」
首謀者の演劇部員の子が、勇んで拳を突き上げ、俺たちもまばらにそれに倣う。
そうして数分後――
飴玉を餌に集めた子ども達を前に、即席劇団の幕は下ろされた。
そうして数分後――
飴玉を餌に集めた子ども達を前に、即席劇団の幕は下ろされた。
『むかーしむかし。あるところに、おじいさんとおばあさんが住んでいました。おじいさんは山に鬼退治に、お
ばあさんは川に桃退治に出かけました』
「ちょ、ナレーターがいきなりアドリブかよ!? 鬼ヶ島消滅してるし!」
ばあさんは川に桃退治に出かけました』
「ちょ、ナレーターがいきなりアドリブかよ!? 鬼ヶ島消滅してるし!」
演劇部員が初っ端からハードルを上げてきた。
(あの人って自分ちでテレビとか見てる時もああやってツッコミ入れてるのかな?)
(もちろんさ。超一流のツッコマーになるためには、そういう弛まぬ努力が必要だからね。あいつもあれで苦労
してるんだよ)
(もちろんさ。超一流のツッコマーになるためには、そういう弛まぬ努力が必要だからね。あいつもあれで苦労
してるんだよ)
ひそひそ話傷つくっ!! 鷲ヶ谷さんはまだともかく、黒鉄は何を言っている?
『しかし、おじいさんは鬼に返り討ちに遭い、手ひどくやられて帰って来ました』
「くっ……儂にもっと力があれば……」
「あらあらおじいさん、おいたわしや……。そうだ、川から流れてきた桃の最後の一切れを食べて、元気を出し
てくださいな」
「くっ……儂にもっと力があれば……」
「あらあらおじいさん、おいたわしや……。そうだ、川から流れてきた桃の最後の一切れを食べて、元気を出し
てくださいな」
……桃から生まれるべき主役はどうなったんだろう?
その後、物語は破綻しつつも、子ども達の興奮に支えられながらどうにか勢い任せにイベントを拾っていき、
クライマックスを迎えた。
その後、物語は破綻しつつも、子ども達の興奮に支えられながらどうにか勢い任せにイベントを拾っていき、
クライマックスを迎えた。
(――俺の出番だ)
武者震いする。
分かっているな、先崎俊輔。お前に演技力などない。
学童保育だのの出し物で、節分の鬼だのサンタクロースだのに扮することはある。一般の生徒よりは機会に恵
まれているだろう。
しかし、だからこそ分かっているはずだ。“演劇”の才能はないことに。……演技じたいは目も当てられない
レベルだ。
だが、それでも、“引き受けた”からには、やれ。
分かっているな、先崎俊輔。お前に演技力などない。
学童保育だのの出し物で、節分の鬼だのサンタクロースだのに扮することはある。一般の生徒よりは機会に恵
まれているだろう。
しかし、だからこそ分かっているはずだ。“演劇”の才能はないことに。……演技じたいは目も当てられない
レベルだ。
だが、それでも、“引き受けた”からには、やれ。
――やる。
さいわい、俺が経験を通して身に染みていることがひとつだけある。それは、“どんな稚拙な演技でも、真剣
にやればその想いは子どもたちにも伝わる”ということだ。
思い出せ、その時の本気を。あの感覚を。
にやればその想いは子どもたちにも伝わる”ということだ。
思い出せ、その時の本気を。あの感覚を。
「わんわんおーっ!! 鬼ヶ島に着いたぞっ!!」
「ここに鬼たちの王、サキザ鬼大王がいるんだね……!?」
「いっちょ、鬼退治といくかー!!」
「みんなの力を合わせれば、きっと勝てるさ!!」
「ここに鬼たちの王、サキザ鬼大王がいるんだね……!?」
「いっちょ、鬼退治といくかー!!」
「みんなの力を合わせれば、きっと勝てるさ!!」
桃太郎たちが来る。おじいさんとおばあさんの想いを受け継ぎ、頼もしい仲間たちとともに。悪い鬼をやっつ
けて、きっと世の中を平和にするために。
けて、きっと世の中を平和にするために。
――何だろう。
どうということはない演劇ではあるが。
何か大切なことを思い出せそうな気がした。
何か大切なことを思い出せそうな気がした。
(鬼が改心してみんなが友達になるエンディングなんてどうだろう)
後のアドリブの台詞を考えてから、俺はよくぞ来たと声を張った。
おわり