先輩、先輩には眼鏡が似合うと思うのです
昼食は、たまの贅沢で学食の焼肉定食にした。
休み時間も半ばを過ぎて食堂の人口密度はだいぶ下がってはいたが、まだまだ食後の飲み物を手に仲間と談笑
する生徒たちで賑わっている。
透き通った玉葱の甘味に舌鼓を打っていると、いつもの後輩が市松人形みたいな髪をさらさら靡かせながらや
って来た。
休み時間も半ばを過ぎて食堂の人口密度はだいぶ下がってはいたが、まだまだ食後の飲み物を手に仲間と談笑
する生徒たちで賑わっている。
透き通った玉葱の甘味に舌鼓を打っていると、いつもの後輩が市松人形みたいな髪をさらさら靡かせながらや
って来た。
「……」
いつもは“閑花”という名前が悲しくなるほどにうるさい彼女が、今日に限って珍しくひと言も発しない。何
だろう。にこにこ微笑んでいるだけだ。
だろう。にこにこ微笑んでいるだけだ。
「……」
俺のほうから声を掛けてもよかったのだが、何となく別にそうしなくてもいい気がして止めた。訊くまでもな
い。どうせ、押してダメならとかそっち系の作戦に決まっている。
向かいの席に座った後輩は、テーブルに肘を突いて組んだ両手の上に細い顎を乗せ、しばらく俺がご飯を掻き
こむようすを満ち足りたような貌で見ていたが、ふと思い出したように妙なことを言い始めた。
い。どうせ、押してダメならとかそっち系の作戦に決まっている。
向かいの席に座った後輩は、テーブルに肘を突いて組んだ両手の上に細い顎を乗せ、しばらく俺がご飯を掻き
こむようすを満ち足りたような貌で見ていたが、ふと思い出したように妙なことを言い始めた。
「先輩。……先輩って、コンタクトレンズも似合いそうですよね」
「コンタクトレンズに似合うも似合わないもねーだろ」
「コンタクトレンズに似合うも似合わないもねーだろ」
あ。いつもの後輩だ。
……何だったんだよ!? 心の中だけで襟を掴んで問い詰めておく。奇行には慣れたつもりだが、稀にしおら
しく振る舞ってみたり、こういう変化球を投げたりして来るから怖い。
……何だったんだよ!? 心の中だけで襟を掴んで問い詰めておく。奇行には慣れたつもりだが、稀にしおら
しく振る舞ってみたり、こういう変化球を投げたりして来るから怖い。
「……間違えました。眼鏡です。白状しますと、先輩の眼鏡を掛けたお姿を妄想して●●してました!」
「ここ学食ー!!」
「ここ学食ー!!」
もういっそずっと喋らなければ可愛いのに……。
疲労感でいっぱいになった俺は大胆に話題を軌道修正。
疲労感でいっぱいになった俺は大胆に話題を軌道修正。
「そも、俺の視力は矯正が必要なほど低くないぞ」
「知ってます。どちらのお目目も視力は一.三でしたよね。裸眼で。全裸で」
「知ってます。どちらのお目目も視力は一.三でしたよね。裸眼で。全裸で」
何言ってんだこいつ。
……いや、そんなことより、何か俺の個人情報がものすごい勢いで流出しているんだが……。
いったいどこから? いや、だいたいは自分の欲望のためには手段を選ばないこの後輩が悪いのだ、どこであ
ってもただ責めるのは酷というものだろう。
けど特にこういうの、意外と犯人はおかんだったりするんだよな。この世にゃ夢も希望もないのか。
……いや、そんなことより、何か俺の個人情報がものすごい勢いで流出しているんだが……。
いったいどこから? いや、だいたいは自分の欲望のためには手段を選ばないこの後輩が悪いのだ、どこであ
ってもただ責めるのは酷というものだろう。
けど特にこういうの、意外と犯人はおかんだったりするんだよな。この世にゃ夢も希望もないのか。
「あっ、でも、最近はカラーコンタクトとかもありますし? もちろん眼鏡ほどではないですが、想像してみた
らこれはこれでなかなかかっこいいかも」
「興味ないな」
「ね、ね、どうです? 片目、片目だけでも!」
「片目だけとか余計恥ずかしいわ!」
らこれはこれでなかなかかっこいいかも」
「興味ないな」
「ね、ね、どうです? 片目、片目だけでも!」
「片目だけとか余計恥ずかしいわ!」
鼻息荒く迫る後輩を押し退ける。
これでも、そういうのは中学一年生の夏に卒業したんだ、俺は。ときどき発言が怪しいけど。
これでも、そういうのは中学一年生の夏に卒業したんだ、俺は。ときどき発言が怪しいけど。
「でも左右で瞳の色が違う美少女キャラとか、男の子の憧れのはずでしょう? 実際に、閑花ちゃんが赤と緑の
カラーコンタクト入れて誘惑したら、先輩は人類の可聴域を半歩逸脱したような奇声を発しつつ跳びはね、怪し
げな手つきで襲い掛かって来ると思いますね」
「でもで繋がる話なのかそれは。……思うんだが、まんがやライトノベルならともかく、現実で他人の虹彩が何
色かなんて、そんなに注意して見てるものかな」
「うは、メタ発言」
「……ごめん俺ちょっと今日のお前がマジで分からないんだけど教室戻っていい?」
カラーコンタクト入れて誘惑したら、先輩は人類の可聴域を半歩逸脱したような奇声を発しつつ跳びはね、怪し
げな手つきで襲い掛かって来ると思いますね」
「でもで繋がる話なのかそれは。……思うんだが、まんがやライトノベルならともかく、現実で他人の虹彩が何
色かなんて、そんなに注意して見てるものかな」
「うは、メタ発言」
「……ごめん俺ちょっと今日のお前がマジで分からないんだけど教室戻っていい?」
言い放ち、定食を平らげた後のトレーを片づけに中座する。態度がきつすぎるかもしれないが、これくらいで
めげるような後輩なら後輩をやっていない。
コーヒーを二パック自動販売機で買って帰ると、かなり分かりやすい嘘泣きをしながらごめんなさい。……怒
る気にもならない。
ふたりしてコーヒーを一口。
めげるような後輩なら後輩をやっていない。
コーヒーを二パック自動販売機で買って帰ると、かなり分かりやすい嘘泣きをしながらごめんなさい。……怒
る気にもならない。
ふたりしてコーヒーを一口。
「あっ、そうだ。先輩。今日の放課後ですが」
「何だ」
「私も眼鏡店にごいっしょしてもいいですか?」
「何で俺が率先して眼鏡買いに行くことが前提になってんだ!?」
「何だ」
「私も眼鏡店にごいっしょしてもいいですか?」
「何で俺が率先して眼鏡買いに行くことが前提になってんだ!?」
あ、危ない危ない……。今、俺、「別に構わないが」とか言い掛けていたぞ……?
「でっ、でもでも、先輩には眼鏡が似合うと思うのです。“眼鏡なんてものは単に目が悪いひとが掛けるだけの
もの”、事実その通りではあるのですが、知的で聡明な印象を強調できるのもまた確かかと」
「興味ないな」
「ね、ね、どうです? 片目、片目だけでも!」
「片方だけだったらいいかって妥協できるようなもんじゃねーんだよ!」
もの”、事実その通りではあるのですが、知的で聡明な印象を強調できるのもまた確かかと」
「興味ないな」
「ね、ね、どうです? 片目、片目だけでも!」
「片方だけだったらいいかって妥協できるようなもんじゃねーんだよ!」
なんかデジャブーが……と思ったらこれつい数分前にやってたわ。
「まったく我が儘さんですね。そう仰ると思って、がさごそ、はい、後輩は買ってまいりました」
会話の流れをさらりと無視して、後輩はどこからともなく薄茶色の紙袋を俺に差し出す。
膨らみの具合から中に何か入っていると分かる。
膨らみの具合から中に何か入っていると分かる。
「……何だこれ」
「眼鏡のサンプルです。これを掛けてみれば、先輩もきっと眼鏡も悪くないって思えるようになるはず! 閑花
ちゃんとしましても、先輩にならきっとよくお似合いになると自信を持って選びました」
「そこまでするかね」
「眼鏡のサンプルです。これを掛けてみれば、先輩もきっと眼鏡も悪くないって思えるようになるはず! 閑花
ちゃんとしましても、先輩にならきっとよくお似合いになると自信を持って選びました」
「そこまでするかね」
俺はまったく期待せずに袋を開き、淡々と中身を改めた。……我ながらつくづく付き合いがいい。
手にしてみれば、それは異様に柔らかいフレームの眼鏡だった。奇妙なことに、あるべきところにレンズが嵌
っておらず、並んだふたつの輪っかの間に挟まれて何やら肌色の付属物が――
手にしてみれば、それは異様に柔らかいフレームの眼鏡だった。奇妙なことに、あるべきところにレンズが嵌
っておらず、並んだふたつの輪っかの間に挟まれて何やら肌色の付属物が――
「って鼻眼鏡じゃねーか!」
出てきたパーティーグッズを力いっぱい床に叩きつける。
あわれびよんびよんと跳ねて転がる鼻眼鏡。
あわれびよんびよんと跳ねて転がる鼻眼鏡。
「痴的さアップです」
「サンプルが鼻眼鏡じゃ説得力ゼロなんだが。……お前今“やまいだれ”付けてなかっただろうな」
「サンプルが鼻眼鏡じゃ説得力ゼロなんだが。……お前今“やまいだれ”付けてなかっただろうな」
後輩の得意気な顔の腹立つことと言ったら。
俺は教会の神父のように恭しく、そこに拾い上げた鼻眼鏡を乗せてやった。変な縁と面白い鼻とバカっぽい髭
が、後輩の見た目を性格に違わぬお調子者に変身させる。
俺は教会の神父のように恭しく、そこに拾い上げた鼻眼鏡を乗せてやった。変な縁と面白い鼻とバカっぽい髭
が、後輩の見た目を性格に違わぬお調子者に変身させる。
「……意外と似合っているんじゃないか?」
――にゃあああああ!?
あざとい悲鳴に被って、折よく昼休みの終わりを告げる予鈴が鳴り響いた。
俺はすっかりおめでたい感じになった後輩を尻目に、午後に待ち受ける試練に臨むべく自分たちの教室へと歩
き始めたのだった。
俺はすっかりおめでたい感じになった後輩を尻目に、午後に待ち受ける試練に臨むべく自分たちの教室へと歩
き始めたのだった。
おわり
前:先輩と桃太郎 次:先輩、お勉強中ですか?