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合宿わん!

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合宿わん!




 「よっしゃ!わおー!絵皿できたよ!」

 初めてだから不格好なのは承知だ。いきなり上手いヤツなどいない。
 へりの曲がった絵皿の前で久遠荵はいっぱつ遠吠えをかましてみた。その傍らで出来の悪い妹を愛でるように荵を眺める
少女がニコニコと微笑んでいた。彼女は荵からして一つ上の浅野士乃。南国の訛りの効いた温かみのある労いの言葉をかける。
 イヌの絵が描かれた未完成の絵皿は輝きの魔法をかけられるのを待つだけだった。

 「上出来、上出来。あとは焼くだけやねや」

  侘び寂びだらけにつくされる焼き物の世界も彼女らのて手に掛かれば、華やかなティータイムへと返信する不思議。
 泥だらけの手を洗面器の水で洗いながら荵は「わんっ」と鼻を鳴らした。

 「わたし、上手いですか?」
 「焼いてみないと分からんけど、わたしのモンより上手に作ったら『めっ』やけんよ」

 焼き物なら腕に覚えあり、どの子よりもいい仕事してみせる、とこの分野には譲れないものがあったが、荵の初々しい作品に
自分が焼き物の世界に足を踏み込んだ頃を思い出していたのだ。

 浅野士乃は創作部の二年生だ。部員各々思い思いのものを創作するとあう自由な方針をもつこの部。
 夏休みだからと浅野士乃は荵を誘って合宿を開いた。

 「士乃先輩と一緒にお泊りだなんて尻尾がばりばりだっ」
 「一応、合宿ってことで生徒会に届けておるけど、『高知家』に来たつもりで楽しんでくれや。もうすぐしたら、
  葎たちも来ると思うで」
 「わお!葎っちゃん先生!」

 学校の一室を借りて泊まり込む。表向きは部員相互の向上心だの切磋琢磨だの漢字を並べ立てるような目的だが、
言うまでもなくお泊り会だ。夜の帳が降りた学園はいやがうえにも創作意欲を掻き立てる。

 がちゃがちゃしたオモチャ箱のような部屋の中、焼き物に水鉄砲にポエムのようなもじられる綴られた大学ノートがあたりに
散らかっているけど、整然と並ぶよりかは安心感が漂うのが創作部の不思議であった。荵もまたそんな空気に飲み込まれる。

 制服姿の士乃も暗くなってから眺める教室が銀河の中を行き交う列車の一車両ではないのかと眩んできた。
 ガタゴトと黒潮を車窓に走る鈍行列車、士乃の故郷の土佐の国の暖かな風がほんのりと流れてきた……気がした。

 ふと。荵が悪戯っ子の顔をする。

 「士乃先輩。これ、何ですか」

 荵の指差す花瓶は個性的な姿で佇んでいた。芸術か、前衛か、アチャラカか。見るものをみな惑わせる作品だった。
 ただ、色つやはよく、まるで地中深くに人の目に晒されること無く眠っていた鉱物の輝きにもにた光を放ち、琥珀にも似た色合いで
平坦な蛍光灯の明かりで健気にも自分の価値を荵に主張をしていた。荵がつんと指で表面をさすると心地よい音が響き、ある種、
楽器とも受けとれるような一品と言っても過言ではなかった。しかし、士乃は淀んだ目でその花瓶を朦朧と見つめる。

 「それ、失敗……やけに」
 「やけに?」
 「チャレンジしてみたの。光の当て方で机に落ちる影が人じゃったり、熊じゃったり……ちゅう計算じゃったが、上手くいかねかった」
 「わたしはイヌに見えます!……かな。わおっ!ボーダーコリーみたいです!」
 「みんなは褒めてくれるけど、納得いかんきす。一思いにばりーんちいきたいけど、裾を引っ張る手がね」

 花瓶から目を逸らす士乃はダメな子を諌める姉の顔をしていた。
 それでも花瓶は士乃の顔を曲面にぼんやりと反射させていた。

 「割れなかったんですか」
 「割れんかったんじゃ。でも、なんかね」
 「じゃ、わたし割りますっ」

 士乃が瞬きをする間より素早く荵は花瓶を引ったくり机の上に飛び乗った。王者が雄叫びをあげる佇まい、
両手で頭上に持ち上げた花瓶に部屋の明かりが重なった。夜の校舎の窓を雲一つない星空に現れた流星群が染める。

   #

 時、同じ頃。
 同じく学内で合宿を行うものがもう一人いた。

 夜の学校はちょっとしたファンタジー。
 昼間の明かりと夜空の影のコントラストに初めて気づくちょっとしたイリュージョン。
 だから、合宿場所に開いた小さな教室を選んだ。

 「我ながらナイスアイデア。こんなこと思いつくのって、わたしぐらい?かな?」

 ケモ耳のようなリボンが頭に二つぴょんと跳ねる、自画自賛で満足げな女子が天を仰ぎ見ていた。
 彼女の名は近森ととろ。ちょっとキュートで、ちょっと世話焼きで、ちょっと変わった二年生だった。

 照明を消した教室の中で、ととろは授業中には見られない夏の星座を机を椅子がわりにして眺めていた。
 織り姫彦星がいちゃいちゃと瞬いてるのを遥か彼方からのぞき見する。七夕過ぎても想いは繋がっていると、
魚肉ソーセージを口にととろは胸を熱くする。口の中にじんわりと肉の味が広がる。

 人様のリア充っぷりを垣間見て幸せを少しだけつまみ食い。
 人呼んで『カップルウォッチャーととろ』。
 初めての夏、初めての夜、そして初めての朝を教室で過ごす戻れないミルキィウェイ。
 『ととろの一人合宿』が一筋の流れ星ともに幕を切った。

 「この夏もよいカップルに出会えますよーに!」

 よくいえば趣のある、悪くいえばポンコツな小さな部屋。おそらくかつては事務に使われていたのだろう、分厚い書籍が
ずらりと棚に並び、白熱電灯が不安定に室内を燈す。レトロ感漂う古ぼけた部屋にノートパソコンを持ち込んで、
今日ののぞき見成果をまとめあげる。日々の積み重ねこそ財産だ。形、時代は違えども、ノーパソに本棚と志は同じだ。

 「後輩ちゃん、オオカミだなっ。がお!肉食系のオンナノコはどう転んでも乙女なのだっ」

 彼女が手塩にかけて育てた後輩ちゃん。
 後輩ちゃんが笑えばととろも笑う。
 後輩ちゃんが傷つけばととろも傷つく。

 真剣に、全力に、ときには恋のから回り。それでも絶対後悔はしない。そんな姿を拝見させて頂くだけで、近森ととろは眼福です!
 今日はオオカミらしく恋する相手を惑わせてみた。触れるか触れないかのすれすれの想い。オオカミは虎視眈々とチャンスを狙う。

 「先輩!この学校……出るんですって!何がって?ほら!夏の風物詩ですよ!がおー!!」
 「いざとなったら、閑花ちゃん、先輩をお守りします!閑花ちゃんは先輩のガーディアンになります!」
 「犬が出るんですよ……、学園を守る魔犬が。このご時世にそんなオカルト、え?古いですか!?」
 「でも……閑花ちゃんがピンチになったら、先輩……のこと信じてます!よ?」

 どう聞いてもウソっぱちの作り話だ。だが、後輩ちゃんはめげない子。
 恋する相手の先輩があきれようとも突っ込もうともオオカミの尻尾を振りちぎる。
 そんな一方通行の恋心が傍から見ているととろには琴線に触れるどころか、エレキよろしく歯で爆音を鳴らし続けて、
ととろの桃色のハートに銀に鍍金された矢がざきざきと刺さりまくりであった。

 「後輩ちゃんが先輩を守るところ・・・…ちょっと、見てみたいしー。出るかな?ってか、出てください!」

 上手くいけば喝采、下手すれば慰めてあげてね……と、リアルな恋愛ドラマを特等席で鑑賞していたととろ、この感動を残し、そして
辛いときには思い出し、明日への糧えと支えとエナジーチャージをするのであった。

 「合宿っていいなっ」

 この際、突っ込むことは控えておこう。意図する意図しないはさておき、すべてのボケに突っ込むことは正解でもない。
 一番ベターはチョイスは一緒にととろと幸せを分かち合うということである、今夜は。

 学園の窓を彩る流星群がやって来た。お星様が恋人たちの幸せを願うのに、ととろもちょっと便乗してみた。
 きっと、いいことあるかもね……と。

 気分が乗るとキーボードを打つ手も雄弁。調子に乗って後輩ちゃんのナイスファイトを書き記していたときのこと。
 ふっと周りが暗くなる。月が雲間に隠れたか?いや、違う。頭上の電灯が消えている。周りは闇、照り付ける太陽を失った海原のよう、
すがるすべは一叟の小船だけ。白熱電灯が天寿を全うし、真っ暗闇のなかととろは我を失った。

 「ちょ、ちょっと!今晩真っ暗な中で過ごすの?」

 とにかく代わりの電球をと考え無しに立ち上がる。やみくもに足を一歩出すと、ノーパソの電源コードに引っ掛かる。
 ぷちと憐れノーパソもデータを抱えたまま断ち切れて、完全完璧にブラックアウト。

 「あれ!やばい!やばい!」

 涙目浮かべるととろに追い打ちをかけるように、上の階から陶器のようなものが割れる音が響き渡った。
 耳をつんざくような鋭利な音はととろの平常心をざんざんと切り裂いた。こんなに人を恐怖のどん底へと陥れる音響があるものかと
ととろは目に涙を溜めながら疾風の如く部屋から飛び出していった。手にしていた魚肉ソーセージは宙を切り、床へと転がった。

 「きゃああああああ!!!!!」

 日中に貯めた幸せインジケータも見るに堪えないぐらいのマイナスレベルに振り切ったのは言うまでもないお話だった。

    #

 「流れ星だよっ。希望の一筋ですっ。きっと士乃先輩ならば涙滲む過去を振り切って、光溢れる未来を掴むことが出来ますっ」

 夜を切り裂く流星のように荵が投げ付けられた花瓶が一つ、作業用の土間で粉みじんになって砕けていた。

 その瞬間、静寂なる夜と荵との間につんざくような陶器が割れる音が響き渡ったことを士乃は目の当たりにしていた。
 お星様になった花瓶の破片をつまみ上げ、創造主である士乃は「これでよかった……かねや」と呟いた。

 全知全能の神などおらぬ、作り主は皆血が通う人間だ。
 だから目の前の残骸を認めれば良いではないか。

 「やきね……」

 小さく頷いた士乃は破片を机にことりと置くとちかちかと灯る蛍光灯を見上げた。

 「わたし、やるけんよ」

 創作の神が舞い降りた。
 何故に。
 それは士乃が人間だからだ。
 人間だからこそ、神を憑依させねばならぬ。
 何も力を持たぬ人間だからこそ、神の力を借りなければならぬ。

 その神が舞い降りた。
 もくもくと沸き立つ創作意欲、きらきらと輝く瞳、わなわなと武者震いする脚、そしてまだ見ぬ新たなる作品への想い。

 くるりと士乃は一回転するとふわりとスカートがめくれ上がった。

 「わお」

 荵は一人で戦いに挑む土佐のジャンヌダルクの姿を夜の教室に見た。

 士乃が新たな作品のイメージを膨らませ始めたので、おいてけぼりの荵はお手洗いに出掛けた。
 グレーのリノリウム敷き詰められた蒸し暑い廊下さえも、合宿気分でレッドカーペットにさえ見えてくる。
 両脇には手を振る観客、止まないフラッシュの嵐、ありもしないものだけど荵には見えてくる。
 ただ、へたりこんで仔犬のように震える近森ととろの姿は荵にははっきりと見えた。

 「わんっ」

 こぶしを天高く突き上げて荵が小さく吠える。

 「きゃああああ!野犬だ!」

 ととろの断末魔のような叫び声に荵の方が驚いて、すとんと尻餅をついていた。
 上靴を片方残して振り返ることなくととろは荵から逃げ去ったり、荵はくんくんとととろの上靴を拾って嗅いでいた。

 「こいつは事件のにおいがするなっ!わおーん!!」

    #

 士乃が残る創作部の合宿部屋に他の部員がやって来た。士乃の同級生でもある金城葎だった。

 「しーのー……あれ?いるのいないの?」
 「……」
 「はっ。士乃らしいや」

 ジャージ姿にハーフパンツという女子としてはあまり色気のない出で立ちで、新たな自作のおもちゃの水鉄砲を抱えた葎は
まるで無邪気な男子中学生のようだ。葎に気付かない士乃の手元を盗み見すると、焼き物で出来たペンダントを発見した。

 「しーのーっ」
 「わあ!びっくりしちゅう!」
 「何?そのペンダント、作ったの?」

 葎の問いかけに士乃は小さく頷いた。
 さっきまで花瓶だった焼き物がささやかなペンダントになったのだ。
 破片は磨かれ、色つや美しく、星屑にも負けない輝きだった。

 不死鳥だ
 フェニックスだ。

 不死鳥は自分の死期を悟ると自らの体を祭壇の火で焼くという。焼き尽くされた体は灰となり、煙となるが……新たな命を宿して
再び輝きを戻すと言う。そう。花瓶は姿を変えて、不死鳥の如く蘇ったのだ。

 「創作が上手くいくように!のおまじないやき」

 ジャージを脱いで『金城』のゼッケンを付けた体操着姿の少女に士乃はペンダントを贈った。
 葎はちょっと二人きりとはいえ恥ずかしくなり、士乃にかるーく肘鉄をお見舞いした。


    おしまい。




 と、終わるのはまだ早い。

   #

 どたどたと廊下を駆け抜ける一筋の風。
 彼女の頭のケモミミリボンさえも付いてゆくのがやっとだった。
 そう。近森ととろは恐怖の余り、誰も居ない(はずと、ととろは思い込んでる)校内を全力疾走をしていた。

 「戻りたくないけど!戻らないと魔犬が来るよ!!」

 真っ暗な部屋にもんどり打って駆け込むととろ、外よりはましだ……合宿なんかするんじゃなかったと後悔の念。
足元が暗いから部屋から、飛び出すときに放り投げた魚肉ソーセージをぐにゅっと踏んづけてまたも金切り声を上げる。
片方の上履き履いていないもんだから、ダイレクトに肉感が靴下を通じてととろを襲った。なんともいえない心地悪い踏み心地だ。

 「わおーん!わお!」
 「ひゃああああ!でたぁぁ!!魔犬だぁぁ!!」

 荵の声が廊下にこだました。事件だ事件だと一人で心躍らせて、夜中の学校をお散歩さんぽ。
 しかし、ととろにはもはや野犬の叫びにしか聴こえなかった。後輩ちゃんの作り話はととろの願い通り真実となった。

 「わおーん!」
 「後輩ちゃーん!!」



   おしまい。





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