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先輩と氷の張るいつかへ

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先輩と氷の張るいつかへ




「先輩、最近めっきり寒くなりましたが、カイロなどいかがでしょうカイロ」
「いらない」
「私が寒いんです!」
「話の流れおかしくないかな」

 寒い。
 絶対に寒い。
 正面から吹きつける北風の冷気に、俺は学園制服の襟を引き寄せていた。そうする手からもみるみる熱が奪わ
れ、拳の皮が突っ張っていくのが分かる。寒いどころかもはや冷たい。
 ほうと吐いた息が白くなっているのを確かめて、俺はどこか安心にも似た感情を抱いた。これで白くなかった
らと思うと何とも切ないではないか。
 今年初めて実感できた、冬の到来だった。

「おかしい? 今、おかしいっておっしゃいましたっ?」

 このクソ寒いのに、後輩は今朝も元気いっぱいでうざい。普段何を食っていたらこんなテンションでいられる
んだろ……。まさか一般にそうは口にしないようなものを常食しているんじゃないだろうな。何かの幼虫とか。

「おかしくなんて、ありませんよ。よく雪山で遭難した方たちがやってるじゃないですか。ふたりでぎゅーっと
抱き締め合って、お互いの体温を奪い合う、あれ! あれがやりたいです!」
「最悪な表現の仕方だな」
「フッ……愛とは奪い合うもの」
「そういうこと言ってんじゃないんだよ」

 迷走気味で不毛なやり取り。寒さで頭が働かず、ツッコミも覚束ない。おお寒。木枯らしに怯えて、首が襟の
中に引っこむ。
 そんな俺の隣でくるくる動く後輩は、カイロほどではなくても、確かにここらで一番お手頃な熱源だっただろ
う。サーモグラフィーとかで見たらそこだけ浮いてそうだ。……ただでさえ普段の言動で浮いてるのに。

「とにかく、私たちも手と手を取り合えば嬉し恥ずかし赤外線通信で心も体もぽかぽか温かくなるに違いありま
せん。ほら先輩、お手っ!」
「その台詞でお前の手を取るのはMっ気あるやつだけ――」
「ちょ、あなたじゃないですよ、わんわん先輩。……あっ……、やめて、はっ、はなしてっ!」
「!?」

 ちょっと目を離した隙に、どこからともなく合流したわんこ系演劇部員久遠荵が、後輩の手をひしと掴んでい
た。指と指ががっぷり組み合った、いわゆる恋人繋ぎだ。
 訂正する、Mっ気あるやつだけじゃなかった。世の中には色んなやつがいる。差し出された手にむしゃぶりつ
かずにはいられないやつとか。

「よいではないかーよいではないかー野良犬に噛まれたと思って」
「保健委員に、通報しますよっ」

 それって保健委員会の管轄だったのか。初めて知ったぜ。

「おはよっ」
「おはよう」

 うーうーもーもー唸りながら、絡みついた指を一本一本引き剥がしに掛かる後輩を尻目に、俺も久遠と軽く挨
拶を交わす。

「どうしたーサッキー・ザッキー? テンション低いねっ」

 やたら愉快なニックネームをちょうだいするが、ツッコんでいくエネルギーがない。

「お前らがハイすぎるんだ」
「犬は喜び庭駆け回るっ」

 わおーん。久遠荵はこの寒さをも楽しむというのか。こたつで丸くなっていたい派の俺とは相容れない。
 ……しかしなるほど、案外、最初からこれくらい開き直って飛び出したほうが、おっかなびっくり外に出るよ
りマシなのかもしれない。ある程度までは心の問題でもある。
 ちょっと感心している横で後輩が息を切らしていた。

「固い、固すぎです……。さすが一度噛みついたら離さないブラックドッグ。……先輩、マッチを、マッチを売
ってください。火で炙ったら逃げてくかも」
「ヒルみたいだな」

 当然ながら、俺のような綺麗な肺をした高校生の持ち物の中に火種などあるわけもない。不思議な事情で持っ
ていたとしても、怖くて後輩にだけは貸せないが。

「ぐぬぬ、……わかりました。私の負けです。降参します。だからわんわん先輩、そっちの手もください」
「うん?」
「にくきゅう! にくきゅう!」
「ぎゃー」

 後輩が久遠の手のひらのツボを圧しまくってどうにか拘束を振りほどき、そのままダッシュで学園の正門を走
り抜ける。

「まてー!」

 背を向けて逃げる者あらば追わずにはおれない肉食獣の習性をいかんなく発揮して、久遠荵も駆け出した。
 白い息に霞んだそんな光景を微笑ましく眺めながら、俺自身も気持ち早足になっていたことに気づく。
 冬の到来である。
 氷が張るのはいつだろう? そんなことを考えた。



 おわり





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