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先輩、休み時間です!

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先輩、休み時間です!


335 名前: [[◆46YdzwwxxU]] [sage] 投稿日:2009/08/02(日) 22:51:31 ID:xFHTHUEq

「先輩、ラブです!」
「なんのカウンター!」

 第二時限終了そうそう、俺の教室には空振りの音が二つ。
 ひとつは俺が、飛びつこうとした後輩の少女を躱したときのもの。
 もうひとつも俺のもので、反射的に繰り出してしまった掌底を彼女がすかさず自分の胸元に持っていこうとし
やがったので、それをどうにか掻い潜ったことで発生した。
 ……我がごとながら、もはや尋常の体捌きではないような気がする。この人間離れしたストーカー少女のセク
ハラ攻勢を迎撃しているうちに自然に鍛えられたものらしい。

(いやな修行だな……)

 しかしその成果で危機一髪、俺は今回も彼女にコンマ一秒すら接触させず、それなりの距離をとることに成功
した。このような攻防は、傍迷惑にもほとんど休み時間の度に繰り広げられている。

「なんだこのカップル……」

 隣席の近森ととろの呟きが、クラスメイト達の総意を代弁しているように聞こえた。どんな状況でも「カップ
ルじゃない」と釘を刺しておくことだけは忘れないのは、既に条件反射に近い。
 睨みを利かせたまま、俺は溜め息混じりの声で後輩をたしなめる。

「まったく、少しは落ち着け……。お前はもう高校生だろうが」
「はい! あと一年で結婚もできます!」

 結婚可能年齢ということなら男性は十八歳だから、俺の場合はあと二年ほど。ただし親権者の同意が必要にな
る。……などと真面目に考えてしまったのが悔しい。

「新婚生活といえばぁ……うふふっ!」
「はいはいその先は公序良俗に反しそうだから黙って喋ろうな」

 有無をいわせない語調で牽制。熱暴走状態の後輩に競り勝つ唯一の正解だ。
 果てしない妄想の連鎖、ここで断ち切る!
 ……なお、完全に話題を逸らされているが、それについてはここから修正しても無駄だ。
 じっくりと腰を据えた真剣な話し合いの場なら、これまでにも嫌になるほど設けてきたのだが、都合のいい風
に解釈されて議論が進展しない。感覚としては、「ラブレターに丁寧な返事が返ってきたら、それが交際を断る
内容であっても、少しは脈がある」という摩訶不思議な思考にも近い。否定すべきところは否定しつつ、大雑把
にあしらうのが一番だった。

「あら」

 後輩はおもむろに細腕をもたげ、手首に目をやった。彼女が愛用している、シックな腕時計が光を放つ。赤い
革の帯が鮮やかな品だった。……当然、そんなことをしなくても、黒板の上を一瞥すれば時刻くらい分かるのだ
が、これは仕草こみで俺にアピールしているつもりらしい。

「三時限目開始一分前……残念ながら、そろそろタイムリミットのようですね」
「ああ。異界にお帰り」

 彼女が中学生のころは、さすがに往復だけで精一杯らしくアプローチもヒット&アウェイだったが、今は階が
違うだけで同じ棟だ。一撃を回避したくらいでは安心できない。駆け引きもどんどん高度になっているのだ。少
しでも気を抜けば、やられる!

「では先輩、またお昼に! 勝手に学食とかいっちゃ、やーですからね!」

 上品に投げキッスを寄越して、後輩は嵐のように去っていった。
 唇から指先の動きに合わせてトマホーク巡航ミサイルのように飛来するハートマークを幻視する俺も、大概病
んできている。
 思わず顔を背けると、にやにやと笑うクラスメイトの少女と目が合った。
 仁科学園はエスカレータ式だが、規模が巨大で入れ替わりもあるので、小学二年からこの方毎年クラス替えし
てもまだ見覚えのない生徒もいる。
 俺にとって彼女、近森ととろもそのひとりだった。
 そこそこ伸びた髪を左右でひと房結わえる黒いリボンは、ピンと尖った動物の耳を思わせる。スタイルは悪く
なさそうなのだが、お腹に布地が余る白いベストを着ているせいで体型はやや寸胴に見えた。

「いやでもさ“先輩”くん達の仲、ぶっちゃけもう公認だよね?」
「いや、俺が認めてないからっ。それに先輩も何も、俺ときみは同級生だろ。念のためにもう一度だけいってお
くが、俺の名前は――」
「いいじゃない。後輩ちゃん、可愛いし」

 俺の自己紹介は、近森の無責任極まりない発言に遮られた。最近、学校中で俺の扱いがぞんざいになっている
のは、たぶん気のせいじゃない。
 時間の浪費と知りつつそのへんの事情を説明しようとしたところで、タイミング悪くチャイムが鳴る。
 あだ名が“先輩”であるところの俺は、やるせない気持ちを持て余したまま、次なる授業を迎えるのだった。



 おわり


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