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ナイトウィザード!クロスSS超☆保管庫
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ナイトウィザード!クロスSS超☆保管庫

第04話

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だれでも歓迎! 編集
 七村紫帆は思う ―――

 たとえ不安に押し潰されそうになっても。
 落ち込んだり、怖い思いをしたり、泣きたくなったときでも。
 みんながいるから笑っていられる。
 みんなが支えてくれるから頑張ることができる。

 明るくて、元気で、行動的で、ちょっぴり楽天家 ――― 私がそんな私でいられるのは、みんなが私の周りにいてくれるから。
 いま、このときだって、そう。

 眉毛を逆さに吊り上げて大声をあげる委員長。
 指を耳栓代わりにして聞こえないふりをする柳也さん。
 そんな二人のやり取りを苦笑いしながら遠目で眺めている柊クン。

 仄暗い照明でモノトーンの色彩に彩られた喫茶店での、短いコーヒータイム。
 考えるのも行動するのも明日からでいい、という柊クンの提案に甘えることにした私。
 珍しく柳也さん自らが淹れてくれた、熱くて濃いコーヒーをちびりちびりとすすりながら、“いつもの自分”でいることを心がけようと、平穏を装う。
 だけど、本当は必死。
 いつもの自分でいるために、必死。
 たった一杯のコーヒーを飲むだけの、短い短い時間がとても愛おしい。
 胸の奥に凝り固まったままの不安は決して消えることはないけれど、それを安らげてくれる大切な仲間が、私の周りにはいてくれる。
 それを心から実感できるのは、実は、本当になんでもないこんな日常の一時なのである ――― と。

 七村紫帆は、本当に心から、そう思う。

     ※

「もう九時半か。それ飲んだら帰れよ。子供が外を出歩く時間じゃない」
 カウンターに立ちながら、紫帆たちにコーヒーを振舞っていた柳也は、ふと気がついたようにそんなことを言った。
 柳也の突然の言葉に、他愛もないお喋りに興じていた紫帆とミナリが顔を上げる。
 初めに、振舞われたコーヒーを一口飲むやいなや、
『こんなコーヒーを淹れられるんだったら、普段からお客さんに出したらいいじゃないですか』
 などと柳也に小言を垂れていたミナリであったが、柳也が聞こえないふりを始めたので、音が聞こえるほど大きな溜息をついて「まったくもう」と呟くと、紫帆との会話に没頭していたのである。
 その間、柊は少し離れたカウンターの席に腰掛けながら、この小一時間たっぷり時間をかけて、わずか一杯のコーヒーを飲み干した。
 普段は自分が飲むだけのコーヒーしか淹れない、という柳也の様子からは、おかわりを言い出せる雰囲気でもなかったのである。
 店内での柊は比較的大人しく、物静かに過ごしていた。
 それは、紫帆やミナリが彼の目から見ると、いたって普通の女子高生で、なんとなく自分の居場所が掴めなかったからである。

 レネゲイドウィルスの力を持つオーヴァードであることや、少々性格に変わったところのあることを差し引いても、紫帆たちは普通の、どこにでもいそうな女の子だ。
 いつもの彼が付き合っている少女たちがいささか(?)エキセントリックに過ぎるのかもしれないが、こうしてコーヒーカップを囲みながら談笑している様子を目の当たりにすると、
(なんかいつもと勝手が違うな……)
 柊は、そう感じざるを得ないのである。
 異能の力を持ちながらも、紫帆たちは『日常』からかけ離れてはいない。
 いや、柊の感覚が捉えた彼女たちは、『日常』というものをとても大切に扱っているような、そんな印象があった。
 こうして見ると、今朝、紫帆が光の剣を生み出して戦ったあの姿も、白昼夢であったかと思わせるほどに、彼女は“普通の”女の子である。
 魔剣使いや陰陽師、強化人間とか魔王、という存在が日常に横行している柊の生活からしてみれば、彼女たちの日々の営みはとても新鮮に感じられる。

 日常とは ――― 平穏とは ―――

 確かにこれも、そのひとつの形なのかもしれなかった。
「……っと。確かにこんなに長く居座っちゃ悪いな。今夜はゆっくりしよう、って言ったんだから、お互いに早く切り上げようぜ」
 “普通の女子高生”の会話の輪から外れて、手持ち無沙汰だった柊は、柳也の言葉に渡りに船とばかりに飛びついた。
 いや、紫帆たちに声をかけるきっかけがなかった、と言ったほうがいいだろう。
 解散の意を表し、二人の少女を見遣る。
 なぜかミナリは、座っていた椅子を蹴倒す勢いでガタンと音を立てて立ち上がり、紫帆は紫帆で『……あちゃー……』などと呟きつつ、人差し指でぽりぽりと自分の頬っぺたを掻いていた。
「なんだ、どうしたんだよお前ら」
 不審げに問う柊の声など聞こえないかのように、ミナリが愕然と呻く。
「わ、私としたことが……なんてこと……う、迂闊だった……」
「あーあ、やっちゃったね……委員長……っていうか、私もだけど……たはは……」
 こちらはあまり深刻でもなさそうに紫帆が言う。
「だからどうしたんだって」
 なおも問いただす柊を力無く振り向き、ミナリがげっそりとした顔をしてぼそりと言った。
「門限……」
「あん?」
「門限です! 寮の門限! 夜の九時で門の扉も玄関のドアも鍵、かけられちゃうんです!」
 手のひらでばしばしとテーブルを叩き、ミナリがこの世の終わりのような顔をする。
 堅物な性格。真面目な生活態度。委員長、という肩書きと仇名が妙にしっくりと来るこの少女には、門限破りという行為がよほど耐え難いことなのか。
 ごちん、という派手な音がぺリゴールの店内に響き渡る。
 それは、テーブルに突っ伏したミナリがテーブルにおでこを打ちつけた音だった。
「どうしよう……明日学校なのに帰れない……」
「そんなに深刻にならなくてもいーじゃねーか。ほら、この街に二十四時間やってるファミレスとかネットカフェなんてないのか? 紫帆なら詳しいんじゃないか?なんとなく」
「あ、うん。商店街を出てすぐの国道沿いに、朝までやってるファミレス、あるよ。ネットカフェなら鳴島駅のロータリーの近くにもあるし」
 問題解決じゃねーか、と言わんばかりに柊がミナリのほうを見る。
 太平楽な顔つきの二人をキッ、と睨みつけると、ミナリは途端に金切り声を上げた。

「明日の授業に使う教科書はどうするんですか!?」
「俺、授業中寝てるから教科書なくてもあまり困らねーな」
「あたし置き勉してる」
 柊と紫帆が右手を揃って仲良く上げ、続けざまにミナリの神経を逆撫でする。
「でも、シャワー仕えないのはちょっと嫌かなー」
「俺なんか、三日ぐらいなら風呂なしでも平気だぜ!」
 ほんの少し考え込んだ紫帆に向かって、柊が本日一番のいい笑顔でそう言った。
 いったい、なにが誇らしいのかは知らないが。
「あーーっ、もう! どうしたらいいのーーっ!?」
 軽いパニックに陥ったミナリを、やれやれといった感じで眺めていた柳也が、
「学生の身分で金もねえんだろうから、わざわざそんなところで寝泊りする必要はねえだろう。寝床ぐらいウチの二階使わせてやるから、そう大騒ぎすんな」
 教科書なんか隣の席のヤツに見せてもらえばいいじゃねえか、と呆れ顔でそう言った。
 しかし、そういう発想ができて、なおかつそれに甘んじてしまうことができるぐらいなら、ミナリもここまで騒いだりはしない。
 それが出来ないからこその堅物。それが出来ないからこその委員長。隣の席の学友に教科書を見せてもらうなんて、彼女のプライドが許さない。
 ましてや、門限に遅れて寮に帰れなかったから教科書がありません、なんて言えるはずがなかった。
「そうだ! いい手があるぜ!」
 半分涙目になって唸り続けるミナリに、柊が呼びかける。
 いかにも、「いいアイディアが浮かびました」と言いたげな爽やかな顔をしながら。
「……?」
「どうせ使わねえなら、俺の教科書をミナリが使えばいいんだよ。ほら、一応建前上は瀬戸川学園の学生だから、学生手帳から教科書まで一式揃ってるんだ」
 俺はアパートだから門限ないし、と柊が言う。
「だ、だけどそれじゃ柊さんが……」
「だーから、使わないんだって、教科書。アンゼロットが用意した割には広い部屋だし、なんだったら寝床も使っていっていいぜ」
 なんの気なしにとんでもない発言をする柊である。
 それでいて、本心からなんの他意もなく、なんの下心もありもしないところが、柊蓮司という男の真骨頂でもある。
「あ、シャワーもあるの? バス、結構大きい?」
「ば……馬鹿、馬鹿、紫帆っ!? なに考えてるのよ!?」
 ゆでだこのように真っ赤になったミナリが、紫帆の襟首を締め上げる。
「こ、こんな時間に男の人の一人住まいのアパートに上がりこめるわけないじゃない!? ま、ましてシャワーとか、泊まるとか、あ、ありえないでしょうっ!?」
「大丈夫だって。昨日引っ越してきたばかりだから、汚くないぜ?」
 そういう問題ではない。
「と、とにかく泊まりませんからねっ。き、教科書は……貸してもらえるなら嬉しいですけど……でも……本当にいいんですか……?」
 火照った頬を手であおぎながら、ミナリがおずおずと柊に尋ねる。いくら本人が了承しているとはいえ、やはり彼の勉学の妨げになるようなことに一枚噛むのは気が引けた。

「だから俺は平気だって。でも、泊まるところはどうするんだ?」
「そ、それは……」
 ちろり、と柳也の顔を盗み見る。柊よりは付き合いも長いし、彼の人となりも知っているとはいえ、やはり異性と同じ屋根の下に寝泊りすることには抵抗があった。
 その横で、締め上げられた喉をさすっていた紫帆が、そんなミナリに声をかける。
「委員長、しょうがないから裏技使うよ」
「裏技?」
「うん。いまから帰る時間、メール打っとけば用意しておいてもらえると思うし」
「ちょ、ちょっと紫帆。誰にメールするのよ? それに用意って……」
 ミナリが混乱するのも無理はない。確かに紫帆の言葉の意味は、横で聞いている柊たちにもさっぱりわからなかった。
「私たちの部屋の隣のコ。縄梯子降ろしておいてもらって、そのコの部屋からすいーっ、と私たちの部屋に戻ればいいんだよ」
 こともなげに言う紫帆を、口をあんぐり開けて見ていたミナリのこめかみに、いつの間にか青い筋が浮いていた。
「あ~あ、なるほどね~……“こういうときのために”、普段から隣の部屋のコに根回しして、いつ門限破っても大丈夫なようにしてあるわけね~……」
「うん。何でも屋なんてやってるといろいろと帰りが遅くなることもあると思って、もしものときは頼んであるんだ。みんな快く請け負ってくれて助かっちゃうよ」

 ああ。
 こいつ、けっこう迂闊なヤツだな ――― 柊は胸の内でそう呟いた。
 自分の妙案を披露することに気を取られて、ミナリの静かなる怒りにまるで気がついていない。
 この堅物が、寮の門限破りを助長するような根回しを、「紫帆、よくやったわね!」、などと褒めるわけがないのである。
 案の定、
「ふ~ん……ねえ、紫帆。ちょっと、いいえじっくりと、いいえたっぷりと、あなたとは話し合う必要がありそうだわ……」
 ミナリの目が据わり、眼鏡の奥で妖しい光を放ち始めていた。
 ここへきて初めて、紫帆が「しまった」という顔をするが、もう遅い。
 腰を浮かせた紫帆の、制服の袖をガシッと掴むミナリ。
「わ、わわ、柳也さん、柊クン、た、助けて!」
 紫帆の救いを求める声に、『悪いが外でやってくれ』と柳也が無情にも言い捨てる。
 おかげで二人の仲裁に入らざるを得なくなったのが柊で、髪をわさわさと掻き毟りながら、溜息まじりにミナリを押し止めた。
「まずはいったん、ここを出ようぜ。柳也さんの迷惑にもなるし、ここでごたごたしてたらますます帰るのが遅くなるだろ?」
「ですけど……」
「俺は、紫帆のアイディア悪くないと思うぜ? 何でも屋の仕事はともかくとして、もしかしたらこの先ミナリだって、縄梯子のお世話になるかもしれないんだし」
 柊の言葉に、ミナリが顔を真っ赤にして首を横に振る。

「お世話になんてなりません!」
「そうとも言い切れないんじゃないか?」
 口元に苦笑いを浮かべながら柊が言う。
「俺たちが今朝出くわしたジャームとか、さっき霧谷さんの話に出てたファルス……なんとか、とかって連中は、律儀にお前らの門限に合わせて出てきてくれるのか?」
「それは……」
「そいつらを追っかけてるうちに日が暮れて、夜になっちまうことだってあるだろうし、まさか門限の時間が近づいてきたら、任務まで終わりになるってこともないんだろ?」
「途中で任務を放り出すわけないじゃないですか! 門限なんかよりもずっと ――― 」
 激昂しかけて、ふと気づく。柊の目が、自分の顔をじっと見つめていることに。
 ミナリはなぜだか、さっきまで沸騰していた頭が急に冴えていくのを感じていた。
「まったく……見かけによらず意外と油断ならないんですね。私から、“門限なんか”って言葉をまんまと引き出しちゃって」
「そ、そこまで考えちゃいねえよ。俺はただ、紫帆をあまり責めるなって言いたかっただけで……オイ、待てコラ。見かけによらずってのはどういう意味だ!?」
 声を荒げる柊を見て、自分の横で紫帆が声を立てて笑うのを聞きながら、ミナリは自分の意見を潔く引っ込めよう、と思った。
 なんと言ったらいいのかわからないが ――― この場は柊に負けたような気がしたからだ。
「言葉通りの意味ですけど?」
 ミナリの表情から険しいものが取れて、冗談を口にする余裕が出始めている。
「縄梯子の件は、まあ認めます。柊さんの言うとおり、本当にお世話になるときが来るかもしれないし ――― でも、本当に非常時の時だけよ、紫帆」
「あ、ありがと、委員長。柊クンも」
 首の皮一枚で命運を繋いだ安堵からか、ほとんど涙目の紫帆である。
 柊の口添えがなければ、ミナリの長い長いお説教を聞く破目になるところだったかもしれない。
「よっし。それじゃ、取りあえず帰ろうぜ二人とも ―― あ、コーヒーごっそさんでした」
 律儀に頭を下げる柊に、火の点いたままの煙草を指に挟んだ手の動きだけで柳也が応える。
「そうですね。明日の授業に差し支えてもいけませんし……柳也さん。このコーヒー、お客さんに出すこと、本当に検討したほうがいいですよ」
「うん、私もそう思う。とっても美味しかった~」
 口々に柳也に別れの挨拶をしつつ席を立ち、帰り支度を始める三人。
 霧谷たちとの会合からなぜか寡黙であった柳也は、店から出て行く少女たちの背中をやはり無言で見つめている。
 期せずして、ぺリゴールの入り口の扉を最後にくぐることになった柊を、
「なあ、おい柊」
 不意に、柳也が低い声音で呼び止めた。
「いや、蓮司……って呼ばせてもらうか。構わんよな?」
「勿論っすよ。なんっスか?」
 問いかけながらも、柊の身体は自然と緊張に堅くなる。霧谷とはまた別種の『大人の迫力』を持つ柳也の視線に、重たい力が込められているような、そんな気がした。
「ああ、いや……時間が時間だからな。あいつら、一応送ってやってってくれ」
「……お安い御用っすよ……俺も、そのつもりでしたから」
 二人の交わす言葉の合間に、ときどき微かな沈黙が落ちる。
 たぶん、本当に柳也が言おうとしたことは、そんな言葉ではなかったはずだ。
 敏感にそれを察するが、柊も、だからといってなにかを言うことも、聞き返すこともできはしない。だから、
「……それじゃ、失礼します」
 そんな短い別れの挨拶だけを残して、ぺリゴールを出ていくしかなかった。

 柳也は、戸外へと消えた柊の背中をいつまでも見つめている。
 そこにはすでに誰の姿もありはしないのに、いつまでも、いつまでもその視線が揺らぐことはなかった。

「――― ふう……」
 ひとりきりになり、柳也は二箱目の煙草の封を切る。
 いつまでも網膜に焼きついて残されたような、柊のあの背中を思い出しながら。
 若いくせに、やけに大きく見える背中をしていやがったな ――― そうとも思う。
「ヤキが回ったかな、俺も……わざわざ初対面の小僧に言うことじゃねえもんなぁ……」
 柊を呼び止めて、先程口元まででかかった言葉を反芻しながら柳也が独語した。
「あいつらを……“ミナリと紫帆を頼む”、なんてな ――― 」

 俺は、そんな台詞を言うガラじゃない。
 そもそも、俺はいつから、そんなに子供を甘やかす大人になったんだ?

 漏れる苦笑を噛み殺しつつ、柳也は胸ポケットから携帯電話を取り出した。
「大人は黙って、自分の仕事をしていればいい……それで、いいんだったよな」
 どこか自分に言い訳をしているみたいだ、と皮肉なことを考えつつ。
 幾度となく自分の携帯のアドレスから消去してやろうと思い続けて、結局できずに現在に至る、とあるナンバーをプッシュする。
 霧谷雄吾の来訪と、彼が告げた言葉の内容は、紫帆たちとは別の意味で、柳也の心に暗い翳を落としていた。
 紫帆たちがどこまでこの事態を深刻に考えているかは分からないが、せめて自分だけは、最悪のケースを想定しておくべきであろう ――― たとえ、後でどんなことが起きてもいいように。
 そのために、打てる手はすべて打っておいてやる。
 それが、自分に出来る『大人の領域』の仕事であるはずだ。
 十数回の長いコールに柳也が苛立ち始めた頃、ようやく求める相手が電話口で捉まった。

「ようやく出たか……突然だがな、少し俺の仕事を手伝えよ ――― ああ、厄介なことになりそうだ……薫 ――― 」

     ※

 夜の風が冷たい。
 胸の中に凝っていた不安は、熱いコーヒーと楽しい会話でまぎれたけれど、紫帆たちを見下ろす冷たい月と夜の闇が、忘れかけていたものを思い出させる。
 三人は無言で、ぶらぶらとなんとなく夜の商店街をそぞろ歩く。
 ぺリゴールからの帰途、ついにその沈黙に耐え切れなくなったかのように、
「そういえばさ、柊クンのアパートってここから近いの?」
 ふと、思いついたように紫帆がそんな質問を口にした。

 喫茶店のある商店街のショッピングモールは、夜の九時半を回れば開店している店のほうが少ないくらいで、三人はなんとなく閑散とした景色の中を散策している。
 柊は紫帆の質問に、一瞬眉根を寄せて記憶を探るような顔つきになると、
「あー……なんて名前のアパートだったかな……確か……おーば……大鳩荘、っていったかな」
 と、曖昧ながらも返事をする。
 自分が任地で暮らす住まいの名前などいちいち覚えていられるような彼ではないのだが、今回に関しては特別なのだそうだ。
 大鳩荘の名の通り、屋根に風見鶏ならぬ『風見鳩』がくるくる回っているという、奇妙奇天烈な造りのアパートであるために、彼の頭の中にも鮮明な記憶として残っていたらしい。
 その途端、突然、紫帆がくすくすと笑い出し、
「ああ、あの鳩のおウチなんだ? あはは」
 というところをみると、近隣ではやっぱり名物のような建物なのであろう。しかし、紫帆の笑いの理由が、実はそれだけではなかったことが、続くミナリの台詞で明らかになる。
「……偶然……いえ、わざわざアンゼロットさんがそう手配したんでしょうね……」
「あん?」
「……隣です。うちの、学生寮の」
 紫帆たちと行動することを前提にするならば、確かにこれは当然の配慮といえるだろう。
 まあ、アンゼロットであればそのくらいのことはするだろうな、と柊も妙に納得してしまう。
「行き先が同じで良かったぁ。遅くまでつき合わせて、送ってまでしてもらうの、実はちょっと気になってたから……」
 ほっとしたように紫帆が言う。
「遅くなったのはもともと俺が学校で居眠りしちまったからだしな。それに、こんな時間に女の子二人、歩いて帰らせるわけにはいかねえだろ」
 恥ずかしそうに頭を掻いて、たはは、と柊が笑う。
「でも、帰宅先が三人一緒なのは良いことですよ。今後は、しばらく私たちで行動することになるんですから」
「うん……そう、だね……」
 また、沈黙。
 ミナリの言葉は、すでに自分たちが事件の渦中にあることを自覚したものだ。
 いつ。どこで。誰に ――― いや、“なに”に襲撃を受けるかもわからないのである。
 現に今朝、柊と紫帆は早朝の通学路でジャームと交戦した。
 霧谷たちの言う、
『ジャームとエミュレイターが同ポイントでの発生を確認される事象が増加している』
 という言葉を思えば、今後は複数の敵勢力との交戦も視野に入れなければならなくなる。
 そして、敵が ――― いや、“敵たち”がもし共闘関係にあるとしたら。
 なにか共通の目的の元に行動しているのだとしたら。
 彼らの企みを思うだけで、暗鬱な気持ちに陥ってしまう。
 紫帆とミナリはまだ、漠然とこの不安を感じているだけのようであるが、柊の想いはまた別のところにあった。
 かつて、幾度となく世界の危機を経験してきた彼である。ウィザード特有の勘と、柊自身の持つ嗅覚が、この一件にいつもの“きな臭さ”を感じ取っていた。

(発生を確認されたエミュレイターは、いまのところザコばかり。それが、ジャームとやらと共同戦線を張って組織的に動くってのは、どうもピンとこねえな……)
 裏で糸を引くものがいるとすれば、おそらくそれは魔王級(タイプ・ルシファー) ――― 柊の直感がそう告げている。
 首筋にチリチリと灼けるような感覚がまとわりつき、胸の奥からどろりとした不快感が滲み出す。
 魔王級 ――― それも、裏界に名だたる存在が現界に降臨したことを察せさせるような、あの感覚だ。
(魔王のことについても、キチンと教えといてやらないとな)
 ぺリゴールでの会合でアンゼロットが紫帆とミナリの二人に教えたのは、ウィザードとしての知識のほんのさわりの部分だけである。
 この世界を取り巻く危機について説明を受けていたときも、現にそういう事態に遭遇していない彼女たちは、いまひとつピンと来ていないような顔をしていたものだった。
 魔王の力と恐ろしさを知らずに、彼女らと遭遇するのは命取りだ。
 明日、必ず紫帆たちにしっかり説明をしてやらなければいけない ――― 説明下手な自分がどこまで裏界の脅威を実感させることが出来るかは疑問だが、柊はそう心に決める。

 しかし。

 柊が不慣れな説明役を買って出る必要は、幸か不幸か ――― きっとそれは、結果としては不幸なことなのであろう ――― なくなった。

「柊クン……! し、商店街が……!」
「なに、これ……!?」
 紫帆とミナリの叫び声に、無理矢理思考を中断させられる。
 はっ、と顔を上げる柊の視界に、まるで突如として現れた悪夢のように、異様な姿に変貌した商店街が顕現した。

 右を向く。
 おもちゃ屋が。ファーストフードの店が。薬局が ――― ない。
 左を向く。
 ブティックが。コンビニが。電気屋が ――― 掻き消えていた。

 店舗の閉じられたシャッターや、ぽつりぽつりと営業を続けていた店の軒先が並んでいたはずの両側の並びが、びっしりとすべて、一ミリの隙間もなく ―――

 ――― 古びた、分厚い書物の背表紙で、整然と埋めつくされていた。

「な……!?」

 前方を見る。後方を振り返る。
 ショッピングモールであったはずのこの場所は、舗道の煉瓦もいつしか軋むような板張りの床に変じ、入り口も出口も地平の彼方に霞んで遠く、見ることさえ叶わぬ長大な通路と化していた。
 一本の長い通路の両脇を埋めつくす書架は、高く、山のように積み上げられ、見上げればその上辺さえ判然としないほどの膨大な物量で柊たちを圧倒する。

 何千冊。何万冊。いや、何百万冊もの書物で造り上げられた、書架の牢獄。

 饐えた黴の匂いが、柊たちの鼻をついた。
「くそっ……!」
 柊が、遥か上空を見上げたのはウィザードとしての本能だ。
 見紛う事などあろうはずもなく ――― そこには煌々と妖しく、濁りきった輝きを放ちながら、捕らえたものたちを見下ろす、血のような紅い月が昇っていた。
「月匣か!? 紫帆、ミナリ、油断するなよ! エミュレイターだ!」
 こんな姿の結界を造り出すようなヤツは ――― もしかしてアイツ、か ――― ?

 柊の確信が、最悪の形で現実のものとなる。
 無意識の内に、紫帆とミナリを背にかばう姿で、柊の右手が虚空のなにもない空間に差し込まれた。月衣から愛用の魔剣を引き抜き、瞬時に戦闘態勢に移行する。
 後ろで紫帆とミナリの息を飲む音と、それでも戦いの準備を開始しようとする気配に、思わず柊が安堵する。
 エミュレイターの産み出す異界に呑みこまれてなお、戦いの意志を発現することができるのならば、とりあえずは一安心だ ――― そう、思った。
 油断なく睨み付ける夜の向こう側に。
 闇の微粒子が凝固したような暗黒の空間に、突如として無数の白いものが撒き散らされる。

 それが ――― 書物の頁の乱舞であると気づいたときには、“彼女”が顕現を始めていた。

 紙片が風も無いのに激しく舞い踊る。
 数千もの古い紙たちが、柊たちの眼前で人間の姿を真似て集まっていく。
 等身大の、古紙で作られた人形が出来たかと思うと、その頭のある部分から、ばらばらと枯葉が散るように堆積した紙の束がばらけ、その中からひとりの少女が姿を現した。

 腰まで伸びた艶やかな黒髪。
 とろりと夢を視るように細められた紫色の双眸。
 口元には微かな笑みを静かに湛え、くすんだ色のローブを細身の身体に纏っている。
 その胸元に抱え込まれた分厚い書物は、月匣を形作る数百万の書物のどれよりも古ぶるしく。

「てめえは……!」
 柊の奥歯から、歯軋りの音が漏れ聞こえるのも、彼女は意に介することもなく。

「あらあら……怖い顔……お久しぶりですね……柊蓮司……」

 裏界にその名を轟かす魔王の一柱、“秘密侯爵”リオン=グンタが、柊たちにうっすらと微笑みかけた ―――

(続く)


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