アットウィキロゴ
ナイトウィザード!クロスSS超☆保管庫
掲示板 掲示板 ページ検索 ページ検索 メニュー メニュー

ナイトウィザード!クロスSS超☆保管庫

第05話

最終更新:

nwxss

- view
だれでも歓迎! 編集
 ただ一直線に、どこまでも伸びる無限の回廊。
 頂も見えぬ書架の壁で左右を埋め尽くす古書の牢獄。
 それこそが、リオン=グンタの生成した月匣の姿であった。
 地平の果てすら見渡せぬ、長い、長い回廊の中心にひっそりと佇みながら、彼女はただ茫洋たる視線で柊たちを見据えている。
 秘密侯爵の放つ魔力と圧力には、肌を刺すような緊迫感や殺意は欠片も感じられない。
 しかし、その代わりに肌にまとわりつくような粘度と、心身を縛り付けるような重苦しい質感と、骨の髄まで滲みこむような冷気とを伴っている。

 それは雨後の湿った空気のごとく。
 厳冬の最中、霜の降りた剥き出しの土のごとく。

 まさしく魔王の名に恥じぬ ――― いや、魔王と呼ばれる存在でなければ持ちえぬ気配を、彼女は身に纏っていた。
 柊は身構えたまま、正眼に構えた魔剣を揺るがせもせず。
 その切っ先を、リオンの身体の真っ芯を走る正中線に定めながら、呼吸を静かに整えた。
 いつでも斬りかかることができるように。
 いつ彼女の繊手から、害為す魔力が迸り出ようとも、それを防御することに遅滞なきように。
 背中の気配を探れば、エミュレイター ――― いや、魔王との遭遇は初めてにもかかわらず、紫帆もミナリもこの状況におたついている様子はない。
 ミナリが制服の裾を翻しながら、腰のベルトに差したコンバットナイフを引き抜く。
 紫帆のかざした右腕が、周囲の光の微粒子を掻き集め、目にも鮮やかな剣の姿を形作る。
 それぞれの戦いの準備は瞬時に済み、柊を中心に挟んで左右に躍り出た少女たちの立ち姿は、下手な新米ウィザードよりもずっと堂々としていた。
 ウィザードとしての経験が浅いものならば、『魔王』の名を冠する存在の放つ覇気や闘気、ほとばしる殺気や身に纏う大気を浴びただけで萎縮しかねない。
 しかし紫帆は。ミナリは。
 そしておそらくは柳也もきっと。
 自分とは違うオーヴァードという立場ではあっても、それ相応の修羅場を潜り抜けてきた猛者たちなのであろう、と柊にはそれがようやく理解できた。
(なかなかどうして、頼れるかもしれねえな)
 柊が口元だけで不敵に笑う。
 三人の戦闘の意志の奔流をまともに浴びたリオンが、胸元にかき抱いた分厚い書物から、その左手をそっと離した。
(来る!)
 柊のみならず、紫帆もミナリもそう感じた。
 だが。ゆっくりと持ち上げられたリオンのしなやかな手は、柊たちに向けて差し向けられることはなく。ただ、彼女自身の青白い頬に添えられただけであった。
「……?」
 リオンの仕草から、来たるべき攻撃の気配を捉えることができず、柊たちは一様に当惑する。
 彼女が初めに姿を現したときに感じた圧力は、錯覚であったか。
 そう思えるほどに、いつの間にかリオンの放つ魔王としての気配は薄れ、掻き消えていた。
「……うふふ。さすがは柊蓮司……」
 目尻をわずかに下げ、見ようによってはひどく底意地悪く見える微笑を浮かべるリオン。
 唐突に柊を賞賛する言葉を呟くと、ローブの袖で口元を隠す。
 ちらちらとこちらを見ながら忍び笑いを続けている様子がなんとなく癪に障った。

「なんだよいきなり! お前に褒められるようなことをした憶えはねえぞ!」
 激昂し、魔剣を横薙ぎに払う。なんとなく、リオンに馬鹿にされているような気がした。
「……相変わらず、さすがと言いたいだけです……どんな任務に就き、どんなところへ行っても、貴方はいつもイイ思いをするようですね……それも、この書物に書いてある通り……」
 意味不明な言葉を、リオンが吐いた。
「イイ思いってなんだよ!? アンゼロットに半ば無理矢理放り出された任地で、いままでイイ思いをしたことなんて、ただの一度もねえよ!」
「あらあら」
 これは意外だ、と言うようにリオンが気の抜けた相槌を打つ。紫色の双眸が柊の顔の上を通り過ぎ、興味深いものを見比べるように、左右にちらちらと振れた。
 リオンがまずミナリを見、続いて紫帆の顔を窺う。
 そして最後に、もう一度柊の顔を見つめ、やっぱりクスリ、と笑いかけた。
「だからなんなんだ!?」
「いいえ、別に……私はただ、貴方がどこにいるときでもどんなときでも、常に可愛らしい女の子たちを侍らせていることを、さすがは柊蓮司だ、と言っているだけですよ……?」

 ぴしり。

 空気が凍りついたような音が聞こえたのは幻聴であっただろうか。
 突如として出現した、ただならぬ気配を持つローブの少女に注意を向けていたはずの紫帆とミナリが、リオンそっちのけで柊の後姿をまじまじと見た。
 二人の少女の視線に込められたものは、大なり小なりの複雑な思いである。
 それもそのはず。
 新たに加わった仲間であるこの青年が、実は、普段は自分たちの知らないところで女の子を侍らせている、と聞けば、女性としては心穏やかではないし、非難めいた思いも浮かぶだろう。
 幸いなことに柊は、背後からの刺々しい視線には気づかない。
「あん? なんだそりゃ? 仲間が女の子だと、なにがどうイイ思いなんだ?」
 リオンに本気で聞き返す柊。
「まあ、俺が頼れて、信頼できる連中が仲間、っていう意味でならありがたい思いをさせてもらってるかもしれねえけどな。でも、あいつらが女だからありがたいと思ったことは ――― 」
 このとき柊は少しだけ首を捻り、一瞬だけ自問するように考え込み。

「 ――― ただの一度もねえよ」

 はっきり、きっぱりとそう言い切った。
 その答えに、三者三様の表情を作って見せたのは柊を除く女性陣である。
 リオンは「あらあら」ともう一度呟いて、口元をローブの袂で隠し。
 ミナリはさきほどまでのジト目こそ引っ込めたものの、複雑な面持ちで柊の背中を見つめ。
 紫帆は打って変わって、そんな柊の言葉に彼を見直したようである。
 しかし、二人がそれでも、なにごとかを言いたげな様子で、彼の横顔をちらちらと所在なさげに窺っていることには変わりない。
 どちらにせよ、彼の仲間が「女の子ばかり」であることについては、柊は否定をしなかったのだから。
 そのくせ、周囲を女性に囲まれている自分の境遇に、彼はどうやらなんの感慨も抱いている様子はない。
 これはある意味、ただの女好きやただの女たらしよりも、性質の悪い男なのではなかろうか?
「……老婆心ながら忠告します。それが貴方の本心なのでしょうが、当の本人 ――― いえ、本人たちの前ではその発言を控えたほうがよろしいかと」
 相手によっては ――― そして相手の心の中がどうであれ。
 その言葉に心乱されるものもあるいは居るかもしれません、とリオンは言葉を続ける。

「そう……たとえば ――― 赤羽くれは、などの前では言わぬが吉、かもしれませんよ……?」
「なんでだよ。そこでくれはの名前が出てくるのが、ますます理解できねえ。っていうか、お前がわざわざ俺に忠告すること自体、胡散臭え」
 二人のやり取りのうちに、ピンときたものがあったのだろう。紫帆がミナリの腕を取り、数歩後ずさる。
(ちょっと、なに紫帆?)
(わかっちゃったよ、私。いまの話の流れからいくと、赤羽さんっていうのは、きっと柊クンのことを好きなひとのことなんじゃないかな)
 こそこそとミナリに耳打ちをする紫帆。
 いまやすでに、数秒前までのこの場の緊迫感は皆無であった。
(あのねぇ……いま、そんなことを言っている場合じゃないでしょう、紫帆?)
(それで柊クンは、彼女の気持ちに気づいていない、ってところじゃないかな。ね、委員長?)
(ちょっと、なにごともなかったかのように話続けないでよ!)
 紫帆をたしなめながらも、リオンと話を続ける柊の声にちゃっかり耳をそばだてているあたり、ミナリもしっかり年頃の少女と変わらない。
 さっきまでの張り詰めた空気は完全に弛緩し、ひそめていたはずの話し声も段々と高くなる。
 紫帆たちの想像の内容があらぬ妄想の域にまで達し、そういえば上司までが小さな女の子というのはどうなのかしら、という、柊にとっては聞き逃せぬ発言にまで至ったとき、
「うぉい!? それは俺の責任じゃねえし、そもそもあいつは俺の上司でもなんでもねえ!」
 柊のツッコミの声が月匣内に響き渡った。
 いきなりの怒声に首をすくめるオーヴァード組二人が、ばつが悪そうな顔をしてシュンとする。
 そこへいかにも呆れた口調で、長い溜息をつきながら、
「あの……そろそろ本題に進んでもよろしいでしょうか……?」
 などとリオンが言うものだから、
「お前が言うな!」
 柊のツッコミも冴え渡らざるを得ないのであった。大体、リオンが言うところの本題に入る前に脱線したのは、他ならぬ彼女自身である。
「それを、さも俺たちが悪いみたいに言いやがって……」
 ぶつくさと口の中で文句を垂れながら、柊は右手をだらりと地面に向けて下げる。
 魔剣の切っ先が虚空のなにもない空間に吸い込まれて、刀身までをも包み隠した。
「柊さん、あの」
「け、剣、しまっちゃって大丈夫なの……?」
「ああ。あいつは戦闘をしにきたわけじゃなさそうだからな。そうだろ、リオン」
 こくん、と頷く暗い人型の影。
 わずかの逡巡の後、紫帆とミナリもそれぞれの武器を収めることにする。
 姿形こそ、どう見ても自分たちと同じ年頃の少女ではあるが、彼女がエミュレイターであることは柊の言葉でも明らかだ。だから、当然油断はできない。
 それでも、この場においてのリオンには一応戦闘の意志はない、という柊をとりあえず信じて間違いはないだろう。
「あー……まあ一応、紹介しとくか。こいつはリオン。リオン=グンタ。エミュレイターだってのはさっきも説明したが、その中でもこいつは魔王級。特に、強力なエミュレイターだ」
 ウィザードである自分が、まさか魔王を他人に紹介する羽目になるとは思ってもいなかった。それゆえ柊も、困惑気味だし歯切れも悪い。
 リオンはリオンで、柊の当惑などお構いなしに、彼の立つすぐ真横までぽてぽてとのんびり歩いてきて、
「……よろしく」
 ミナリと紫帆に短く挨拶をした。
「あ、えっと……」
「よ、よろしく……」
 魔王があまりに普通に挨拶をするものだから、二人とも毒気を完全に抜かれてしまい、やはり普通に挨拶をしてしまった。

 普通だ。あまりにも普通だ。
 異国情緒のあるローブという装い、胸元に分厚い古書を抱えているという、一風変わったスタイルではあるが、外見は普通の少女なのである。
 いままで、自分たちが戦ってきたジャームや、ファルスハーツの敵エージェントたちに比べると、随分接しやすいように思えてしまうのは仕方のないことであろう。
「気は抜くんじゃねえぞ」
 柊の、思いの外低く厳しい声音にハッとなる。
 そうだ。
 彼女はエミュレイター。彼女は魔王。人類の敵であり、捕食者なのである。
 柊はそれと知っているからこそ、気の抜きどころも、力の抜き加減も分かっているだけなのだ。
 ウィザードとしての知識を持たない自分たちが気安く彼女に接するのは。
 彼女を与し易し、と侮るのは。
 それはひどく危険なことである、と柊は言外に諭しているのであろう。
 よくよく考えてみればその通りである。
 甘言を以って人心を弄し、安堵の後に奈落へ引きずり落とす ――― 悪魔とは、確かそういう存在ではなかったか。
「そんなに警戒しなくてもいいですよ。いまは、貴女たちと戦うつもりはありませんから……今日はただ、ちょっとお話をしに来ただけです」
「話だと?」
「ええ。警告と、“宣戦布告”。それに ――― 」
 淡々と、不吉で過激な台詞を言いながら、リオンがそこで言葉を切る。
 すっ、と紫色の視線が紫帆の顔を真正面から捉えた。紫帆の瞳を、リオンの視線が強い磁力で縛り付ける。しばし興味深げにその姿を注視し続けていたが、
「 ――― それに、七村紫帆……さん。貴女に、ちょっとしたプレゼントを持ってきたんです」
 リオンは感情の色のこもらない声でそう呼びかけると、紫帆に向かって握り締めた左拳を差し出した。
 そこには ――― なにかが握られているようである。
 リオンの掌に収まるぐらいの小さな、小さなものが。
「もしかして……私へのプレゼント、ってそれのこと……?」
 差し出された握り拳を指差しながら紫帆は問う。
 問いかけながら、胸の高鳴るのを抑えることができない。

 なんだろう。さっきまでの緊張が、さっきよりも激しく甦ってくる ―――

 とくん、と。胸の奥から込み上げてくるものは温かさであり、脈動であり、不安と同時に懐かしさのようでもあった。高鳴る。高鳴る鼓動。

 いや。

 胸が高鳴るなどという表現で追いつくものではない。
 紫帆の“心臓そのもの”が、リオンの手の中の品に応えるように脈打っている!

「あ……!?」
「紫帆っ!?」
「おい、どうした!? お前、顔色が真っ青じゃねえか! リオン、てめえ、なにかしやがったのか!?」
 口々に叫ぶミナリと柊に、
「ご安心を……彼女に接近したことで一時的に『これ』が活性化しただけのことですから」
 リオンは落ち着き払ってそう言った。
 ゆっくり。ゆっくりと握り締められた拳が開いていく。
 しなやかな五指は花弁が開くように解け、指の隙間から蒼く冴えた淡い輝きが漏れた。

 リオンの用意したプレゼント ――― それは、ひとつの石だった。
 蒼く。冷たく。
 しかしそれは確実にゆっくりとした鼓動を刻み、明滅を繰り返す輝きの結晶であった。

「まさか、そんな……賢者の石……!?」
 ミナリの叫びに呼応するかのように。
 自らを賢者の石と讃える言葉に歓喜するように。蒼い輝きは白身を帯び、“銀色の”光へと変じていく。
「これが……貴女に用意したプレゼントです、七村紫帆」

 口元に薄い笑みを浮かべたリオンに、紫帆は初めて戦慄した。
 ああ ――― やっぱり。やっぱり、彼女は魔王の名に違わぬ存在であった。
 あんな微笑を浮かべるものを ――― それ以外のどんな名前で呼ぶというのであろうか。

「それでは話を始めましょうか……? 魔王である私たち。ウィザードであり、オーヴァードである貴方たち。それぞれにとって、大きな意味のある戦いが始まろうとしているのですから ――― 」

     ※

 それより、わずかに時を遡り。
 場所は、その場の主以外にはすっかり人気のなくなった、喫茶店ぺリゴール店内。
 若人たちの賑やかなお喋りの声が消え去って閑散とした店内で、九条柳也は胸ポケットから取り出した携帯電話のディスプレイに、呼び出したくもない相手のアドレスを表示する。
 躊躇いがちにプッシュされたナンバーは、腐れ縁の悪友のものだ。
 随分と待たされた挙句に、ようやく電話口に出たその相手は、相変わらず柳也の神経を逆撫でするような能天気な声を張り上げた。
『やあ、久し振り。君のほうから電話をしてくるなんて珍しいねえ!』
「ようやく出たか……突然だがな、少し俺の仕事を手伝えよ ――― 」
 眉間に皺を寄せながら柳也が口火を切る。
 前置きも時節の挨拶もなしに、さっさと本題に入るのがコイツと話をするときの鉄則だ。
 さもなければ、立て板に水とばかりに妄言をまくし立てる相手のペースに巻き込まれて、ろくにまともな話もできずに会話が終わりかねないのであった。

『仕事って、UGNのかい?』
 なんだ、つまらない用件だねえ ――― 電話の向こうで、わざとらしく嘆く声がする。
「ああ、厄介なことになりそうだ……薫 ――― 」
 柳也の呼ぶところの薫とは、言うまでもなく千城寺薫 ――― かつての銀目の鴉事件において共に戦った仲間であり、旧友でもあり、悪友にして天敵。
 自らの知的好奇心を最優先に行動する、少々性格に難ありの研究者ではあるが、彼自身も優秀なオーヴァードである。
 中枢評議会“アクシズ”のメンバーにもコネを持つ彼は、そんなわけで、柳也が厄介ごとに巻き込まれたときなど、目下のところは最も頼りになる男なのである ――― 不本意なことに。
「出来れば直接会って話を……まあ、本当はしたくはないんだが……」
 霧谷自らが事件の話を持ってきたこともさることながら、わざわざ外部組織のウィザードとかいう得体の知れない連中にまで救援を求めるような胡散臭い事件である。
 だからたとえ当人のパーソナリティーはどうであれ、手駒は多いに越したことはない。
 柳也はそう判断したのである。
『うーん。他ならぬ君のお願いだし、久し振りに会いたいのは山々なんだけどねえ』
 どうにも煮え切らない口調で薫が答えを渋る。
「なんだ? なにか別の事件にでも巻き込まれてんのか? それとも……いま日本に居ない、とかじゃないだろうな?」
 薫であれば、いま海外です、などということもあり得ることだった。
 なにせ実家がヨーロッパにあって、古めかしい古城に住んでいるくらいなのだから。
『いやいや、そういうわけじゃないよ。急ぎで携わっている研究もなければ、事件に巻き込まれているわけでもない。まして日本国内に居ないわけでもない』
 というか、いま鳴島市に滞在中なんだよね~……と。
 柳也の度肝を抜くようなことを平然と言い放つ薫であった。
「なに!? 来てんのか、ここに!? だったらすぐに ――― 」
『あっははは。実は、いまデート中なんだ』
「な……にぃ……?」
 意外といえばあまりにも意外な薫の返答に、しばし柳也も言葉を失った。
『だからこっちからかけなおすよ。とにかくいまは忙しいんだ。おっと、あまり長引くかせて彼女を退屈させてしまうのはジェントルマンとしてよくないな。それじゃあ ――― 』
「あ、おいっ、待て、薫! かけなおすって、いつ……」

 ぷつ。
 つー、つー、つー、つー……

「……切りやがった……あのヤロウ……」
 柳也が、呆然と呟いた。

     ※

 鳴島市ポートタワーの三階、街を見渡す展望喫茶店。
 そこは、街に暮らす人々の営みが色取り取りの灯となって夜を照らす様子を一望できる、鳴島市唯一の場所でもある。
 その喫茶店のテーブルについて、ブレンドコーヒーとチーズケーキを堪能していたところを、突然の旧友からのコールによって妨げられた千城寺薫は、
「それじゃあ ――― 」
 と、そっけない別れの挨拶をして柳也からの連絡を断ち切った。

「やれやれ。友人からの連絡は嬉しいとはいえ、時と場合によりけりだねえ」
 長い金髪をオールバックにしてカチューシャで留めたスタイルはいつもの通り。
 さすがにこの場では、普段のように白衣を身につけてはいなかった。

「よろしいんですか。お友達を邪険に扱っても」

 薫が座るテーブルの対面。
 ほっそりとした華奢な手にティーカップを持ちながら、薫の“デートの相手”は、特に彼の交友関係を気遣う様子もなさそうにそう言った。
「んん~? この程度で本気で怒るような相手じゃないからね。大体、あの程度でいちいち臍を曲げていたら、この僕の友人は務まらないよ」
 おどけた調子で言う薫に、なるほど、とクスリと笑いかけ。
 “その少女”は薄い唇をカップにつけると、音も立てずにその中身を嚥下した。
「さて、これからどうしようかなあ。夜の海浜公園を二人で歩くのもムーディーでいいと思うんだけど、ショッピングモールで仲良くお買い物というのも悪くないねえ」
 いまが夏で、昼間だったら、アクアパークも捨てがたいと思うんだけどなあ ――― などと。
 指折り数え、天井を見上げながら薫がそんなことを言う。一瞬、向かいに座った少女が身体を硬直させ、まじまじと薫の顔を凝視した。
「冗談としては、あまり面白くはありませんね」
 非難というほどでもなく。
 不快というほどでもなく。
 淡々とたしなめるような口調は、とても少女のものとは思えない。
 見れば、少女の歳の頃は、わずかに十歳かそこらの幼さであり。
 大人びた口調も、唇に常に浮かんだ歳に似合わぬ妖艶さも、不釣合いとさえ見て取れた。
「本気だよ、僕は! こんな可愛らしいお嬢さんをエスコートできるんだもの! これをデートといわずになにをデートと呼ぶんだい!」
 二十代後半の成人男性が、大人びているとはいえ見た目は十歳の少女を前にして、堂々と叫ぶような台詞ではない。
 もっとも、ここにもしも柳也がいたとしたら、
「本気と見せかけた諧謔。さもなければ、おちょくる相手を見つけて躁状態になっているだけ。取るに足らんいつもの大騒ぎを、いちいち本気にしていたらこちらの身が持つはずもない」
 そう、分析するのではあるまいか。
 薫の奇行に不慣れなためか、少女の唇の端が微かに引きつったようにも見える。
 それを目ざとく見つけた薫がここぞとばかりに言葉を畳み掛けた。
「さあ、できる限り君のご要望に応えようじゃないか。どこに行きたい? なにをしたい? それとも ――― 」

 薫の瞳の奥で、ちろりと仄暗い光が一瞬揺らめくと ―――

「それとも ――― この僕にいったい“なにをさせたい”のかな? “都築京香”ちゃん?」

 いつもどこかふざけたあの面影に、どこか危険な匂いを漂わせ。
 のんびりとしておどけた口調の裏に、触れれば切れるような刃の影をちらつかせながら薫がそう言うと。

 少女は ――― “プランナー”、都築京香は ――― 幼い顔を怪しくほころばせ、艶然と微笑むのであった。

(続く)


タグ:

+ タグ編集
  • タグ:
最近更新されたスレッド
ウィキ募集バナー