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ナイトウィザード!クロスSS超☆保管庫

第06話04

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執行委員の奔走 後編


 いいかハヤテ、とナギは言った。

「あの時、ノーチェが蓮司の状況を指してなんと言ったか、覚えているか?」

 突然話を振られたハヤテは、人影の見覚えのある妙な動きから、ナギへと視線を戻す。
 ノーチェとナギが話をしたのは、ハヤテの知る限り今日の昼間一度だけ。
 ならばその間にあった柊についての話題を思い出せばいいということになる。彼は5階でナギに紅茶を淹れていた頃のノーチェの言葉を思いだす。

「え? え、えぇっと……『存在の時間を巻き戻された』、でしたっけ?」
「そうだ。他には?」
「他に、と仰られましても……というか、お嬢さまはよく覚えておいでですね。あの時は柊さんで遊んでおられるだけかと思ってましたが」

 具体的には自分の名前を呼ばせたりとか、菓子をくれてやったりとか、質問に答えてやったりとか。
 ハヤテの天然ツッコミにナギは頬を染めながらあらぬ方向に視線をやりつつ答える。

「わ、私のことなどいいのだ! 今の議題はノーチェの発言についてで、助手のそれ以外の発言はこの超探偵ナギが許さんぞっ!?」
「発想力が超ぶっ飛んでる探偵さん、ということでいいのでしょうか?」

 いやまぁ確かにナギはアニメでも原作でも探偵役振られた時に『事件の真相は面白い方がいい』という考えからかっ飛んだ犯人を指名したりしたけども。

 閑話休題。
 そんなことをたずねつつも、彼はナギが人の命がかかった局面までギャグで通すような娘ではないことは理解している。
 ともかく、とハヤテは何とか思い出そうとあの時のノーチェの言葉を思い返す。

「えーと……確か、この魔法が魔王とか呼ばれてる方々にも難しいとか、この魔法が柊さんを狙ったものではないかもしれないとか。
 あとは、これが呪いじゃないとか言ってましたっけ」
「そう、それだハヤテ。よく覚えていたな」
「ど、どれのことでしょう?」
「『この魔法が呪いではない』ということだ」

 そう真剣な表情で告げるナギ。
 それが彼女の掴んだ小さな鍵。その鍵を手にした誇り高い少女は、大事なものを守るためにその先に進んだ。
 ―――たとえ、良すぎる頭がその先の別れすら予見させていたとしても。
 大事なものを守るために。亡くす後悔を知る彼女は、それを今度は味わわないために。ただ、前へ。

「よいか。柊蓮司が6歳児になった魔法は、魔法であって呪いではない。
 この2つの違いが何か、わかるか? ハヤテ」
「確かノーチェさんがおっしゃってましたよね。
 呪いっていうのは『かけた相手とのつながりのあるもの』であって、柊さんにかけられたのは『効果の終了した魔法の結果』でしたっけ―――って、あれ?」

 答えたハヤテが、自分の言った言葉に対して引っかかるものを感じたように汗を一筋垂らした。
 もしも、ノーチェが言っていたことが本当なのだとしたら―――

「おかしいだろう?
 『効果の終了した結果』なら、今みたいに進行・変化することはありえないんだよ」

 ナギがハヤテの心を読んだようにそう告げた。

 柊が小さくなったのは呪いではなく魔法の結果。
 魔法で水を凍らせてできた氷の状態であり、固まった氷に変化を与えるには他の魔法が必要になるように。
 今の彼の不調は別の魔法による干渉ではないのか、と彼女は推論したのだ。
 ハヤテがあわててたずね返す。

「で、でも柊さんは小さくなってからどなたかに魔法をかけられてたりするようなシーンはなかったですよっ?」
「あぁ、ない。
 けど、もしもそいつが『完成したはずの魔法をいじってる』としたら?
 私は魔法には詳しくないからわからないが、自分のかけた魔法とつながりがなくても、基は自分の作った魔法なんだ。つながりを作ることは本人なら可能なんじゃないか?
 いや、さすがにそこまでは考えが突飛すぎて可能か私には判断できんが、あざみたいな印が変形してることを考えれば魔法をいじってる奴がいるってのは充分考えられる。
 完成品のプログラムを書き換えるみたいに、こいつの中の魔法の効果を書き換えてる奴がな」

 言いながら、ちらりとナギは柊少年に視線を移す。
 先ほどまでの無愛想な表情も、誉められた時の素直な笑顔も、照れた時の頬を染めた姿も今はなく。
 ただ苦しげな浅い呼吸を繰り返し、意識もあるようには見えない子どもを再び目に映し。
 絶対に助ける、という強い意志を新たに。

 ハヤテもその気持ちは痛いほどわかるものの、命がかかっていることであるだけに、慎重に考えつく他の事態についても考えをめぐらせる。

「ですがお嬢さま、時限式で魔法の効果が変化するようにもともとプログラムされていたのかもしれませんよ?
 ほら、爆弾魔が使う爆弾が時限式なのが多いみたいに、魔法で同じことができるのかもしれませんし」
「なるほど……だが、その可能性は低い」

 しばらく考えて、しかしナギはハヤテの考えを否定した。

「まず第一に非効率的だ。
 ドラマやアニメの爆弾魔がなぜ時限爆弾を使っていると思う。
 自分達の安全を確保でき、時限装置によって起きるパニックを楽しむという愉快犯的な性格の悪い楽しみ方ができるからだ。
 そんな奴が自分の身を危険にさらすはずがないから直接魔法をかけるために戦ったりはしないだろう。
 愉快犯ではなくもともと殺すのが目的なら、小さくするなんて余計な一手をしかける必要はない。切羽つまった中でやむを得ず逃げるために使ったと考えるのが妥当だ。
 それに、日常の行動を見る限りものすご―――っく不安が残るとしても、ノーチェって奴は調査の専門家なんだろ? その程度の仕掛けを見逃すとは思えん」
「ほぼ毎日誰かにたかったり、水晶球がないとちょっとよく食べて腐れ縁が多いだけの女の子でも、水晶球だけは信用できますからね。
 確かに可能性としては低いですか」

 ひどい認識だ。間違ってないけど。

 ともかく、とナギが指を立て、真剣な表情で続けた。

「魔法をプログラムだと考えるなら、プログラムをいじくってるハッカーがこの魔法を書き換えてる犯人だ。
 直接プログラムを書き換えてるのなら、ハッカーはこいつにかけられてる魔法を構成するデータにアクセスしてることになる。
 つまり、ノーチェが言っていた『魔法と術者の間のつながり』がつながってる状態にあることになる。
 魔法について調査ができる奴がいれば、IP調べるみたいにちょちょいとそいつの居場所を突き止めることができるんじゃないか?」
「そしてそのハッカーさんを潰してしまえば、最低限柊さんがこれ以上苦しむことはなくなる。
 僕は詳しいことはわかりませんが、ハッカーが柊さんのプログラムを作ったのと同一人物だったら、完全に潰せば子ども化も初期化できる可能性があるってことですね?」

 嬉しそうなハヤテの言葉に今日一日の柊少年との思い出が頭の片隅にちらつくナギ。
 『ナギねーちゃん』、と呼んでくれた声がまだ心のうちに残っている。
 それでも。三千院ナギは選択する。姉と呼んでくれた少年がいなくなろうとも、自分の言葉を嘘にしないために。


 死んでしまうかもしれない相手へ後悔を残すことだけは、もう二度としたくないと思ったから。


 だからこそ、彼女は力強く頷く。未練を断ち切るように。もう一度だけ姉と呼んでほしかったという思いを、ここに置き捨てて。

「―――あぁ。
 だからハヤテ、一刻も早く信用できる魔法使いに来てもらえるように上にいる初春に言ってきてくれ」

 そう言われたハヤテは、正直な話困った。
 ナギの推測が正解ならば、実は彼には今すぐ解決できるかもしれない手札が揃っているのだ。
 しかし、目の前のお嬢さまがこの場にいる限り特殊能力が発揮できないカードがある。
 となるとナギがここにいるのは得策ではなく、その上ナギの言うことを聞けばハヤテは解決のための手札使用が不可能。

 そのためえーと、と呟きつつ彼がどう返答しようか迷っていると。


 不意に、苦しい息の中柊少年が薄く目を開けた。

「ナ、ギ…ねーちゃ……?」
「蓮司っ!? どうした、苦しいのか? 暑いのかっ!?」

 ナギが少年の手を握る。やけに熱い小さな手を。
 必死な様子のナギをしばらくぼーっと見つめていた少年は、ふにゃりと頬をゆるめた。

「なんで、ねーちゃん……なきそう、なんだ?」
「ば、馬鹿者っ! 泣いてなどおらぬわ、他人の心配なんてしてる場合かっ!?」
「……ごめんな」

 そう言った少年の手を、ナギはぎゅっと握りしめる。

「謝るなっ! 何を勝手に諦めているのだ、私のことを姉と呼んだ以上、中途半端なことは許さんぞっ!?」

 力強くそう言った彼女の言葉に、困ったように笑って。
 柊少年はナギに言った。

「なおったら、あそんでくれよ? やくそく」

 少年の出した小指に、ナギはあぁ、と頷いて。自分の指を絡め指きりをした。
 それだけすると、少年は力尽きたように再び目を閉じる。
 力が抜けて滑り落ちる指の感触に、ナギはたまらず立ち上がった。
 ハヤテは柊少年の額に手を当て、うなる。

「……これはよくありませんね、先ほどより熱が上がっています。一刻を争うかもしれません」
「―――ハヤテ。先ほどの命令を撤回する」

 立ち上がったまま、ナギは宣言する。
 約束をした。ならば守らなければならない。それが三千院ナギの矜持だ。

「私は子どもの看病の仕方を知らない。まだお前の方が知識はあるだろう。
 初春への依頼には私が行く。
 治ったら遊びに行こうという約束を守るには、それが一番効率的だ」
「か、かしこまりましたお嬢さま。お気をつけて」
「うむ。―――蓮司を頼んだぞ、ハヤテ」

 走るのも苦手で、運動も嫌いな少女は。それでも大事な誰かを守る方法を探すために、その部屋から駆け出した。



 ***

 ナギが階段を一心不乱に上っていく音を聞きながら、ハヤテはナギが気づかなかった仮眠室の外にいる相手に声をかけた。
 手札の確認と、逆転の一手のために。

「もう入ってこられても大丈夫ですよ」
「……そうですか。では」

 そう前置いて入ってくるのは、長い黒髪の少女。品のいい和装と肩ストールをかけた、ナギと同じか少し年上くらいの少女だった。
 いやあ、とハヤテが笑って告げる。

「今度は東棟ですか。中々入り込むのは難しいところだと思うんですが、今日はどちらに行こうとされてたんですか?」
「いえ、寮に帰ろうとしていただけだったのですが……ここは東棟だったのですか。てっきり、ナギの別荘かと」
「別荘にはこんなパイプ椅子とベッドはないですねー、残念ながら」

 相手の返事にいつものことながら彼女の方向オンチの凄まじさを実感する。
 ちょっとうっかりすると、移動教室の度にダンジョンに行ったりジャングルを徘徊したり学園海に到着したりと、なかなか念の入った方向オンチなのである。
 方向を間違えるくらいでは話が済まず、歩いている先にワームホールでも開いていそうな、学園世界でも有数の方向オンチが彼女だ。
 しかし。その方向オンチも、こんな時には心強い。

「と、いうわけでですね。
 ―――困ってらっしゃるところを申し訳ありませんが、お嬢さまのあれだけ一生懸命なお願いなんです。
 協力していただけませんか? 伊澄さん」

 ハヤテが悪戯っぽくウィンクしながら少女―――鷺ノ宮 伊澄にたずねる。
 可能かどうかではなく、やってくれるかどうかを聞いているのだ。
 彼女へのこういったことに関しての信頼は厚い。
 彼の言葉の意味と心情を理解しているのか、伊澄は優しく微笑んだ。

「はい。お話は壁の向こうでお聞きしました。
 私の大事なナギのためです、喜んでお手伝いさせていただきます」
「ありがとうございます。
 ……つきましては、まず携帯電話を貸していただきたいんですけど、よろしいですか?」

 曖昧に笑って言ったハヤテに、携帯?と頭に疑問符を浮かべる伊澄であった。



 ***

「初春いるかっ!?」
「はいぃぃぃっ!?」

 ノーチェもおらず、他の執行委員たちも任務や侵魔の捜索のため出払っていて、一人で5階にこもって仕事をしていた初春は、突然大声で呼ばれて思わず背筋を伸ばした。
 ばくばくと大きく跳ねる心臓をなんとか落ち着かせ、声の主のほうを見る。

「び、びっくりしたぁー……三千院さんでしたか、何かご用ですか?」
「とりあえずお前が信用できる魔法に詳しい調査系の能力をもった奴と連絡をとれっ」

 ずかずかと部屋に入りながらそう命令口調で告げるナギに、混乱しながら彼女は聞き返す。

「え、えぇと……な、なんででしょう?」
「私は魔法使いの知り合いなどいないからに決まってるだろ、早くっ!」
「理由を教えてくださいよっ!?」
「はやくって言ってるだろっ、時間がないんだよ!」

 背景にハムスター(初春)VSドラゴン(ナギ)の構図である。
 コミュニケーション能力のあまり高くないナギが何の説明もしないまま無駄に時間をすごしていくかと思われたその時、ナギの携帯が着信を告げる。
 えぇいこの忙しい時に、とイライラはそのままに乱暴に通話ボタンを押す。

「えぇいっ! なんなのだこの忙しい時に!? こっちは取り込み中なんだ空気読めバーカっ!」
『待ってくださいお嬢さまっ、僕です! ハヤテです!』

 執事の必死な声を聞き、ナギの怒りが一瞬おさまる。

「ハヤテっ? なんだ、どうした。まさか蓮司になにかあったのかっ!?」
『い、いえまだ絶賛発熱中ですけど……お嬢さまのお探しのものすっごい力を持った魔法使いさんが、ぐーぜん、今こちらにいらっしゃったんですよ』

 間。

「な、なんだと―――っ!? なんなのだその私のタイミングの外しっぷりは!
 ものすごく頑張ったんだぞっ!? このエレベーターもエスカレーターもない旧式の建物の2階から5階まで登ったんだぞっ!? 最後はへろへろだったんだぞっ!?」
『は、はい。お疲れ様です』
「私の苦労はなんだったのだっ!? 骨折り損かっ、骨折り損なのかっ!?
 あぁもういい私もすぐそっちに戻る!」

 機関銃のように喋りだすナギ。しかしハヤテとしては彼女に戻ってきてもらっては困る。
 伊澄はナギの前では『力』を使わないと決めているからで、来てもらってはナギの全力疾走は本当に無駄になる。
 だからハヤテは必死に止めた。それはもう必死に止めた。


『ま、待ってくださいお嬢さまっ! お嬢さまにはそちらでやっていただきたいことがあるんです!』
「やってほしいこと? なんだそれは」

 無愛想ながらもそう聞き返した少女に、ハヤテはいくつかの指示を出す。
 それを聞いていたナギが、ニヤリと笑った。

『―――というわけなのですが、お願いできますかお嬢さま?』
「なるほどな。
 カウンターは速攻の方が効果があるということか。任せておくがいい」

 力強くそう言ったナギは、今まで蚊帳の外に置かれてぼーっとしていた初春に視線を戻した。
 つり目少女に睨まれて、びくんっ、と一つ震える初春。

「な、なんでしょう?」
「ハヤテからのお前への頼みだ。お前のそのパソコンを使えば、執行委員連中全員の携帯を通話状態にできるらしいじゃないか?」
「え、えぇ。ちょっと皆さんの携帯をいじらせてもらってそういう機能をつけたことが……」
「やれ。今すぐ」
「で、ですからっ! なんの理由もないのにそんなことできるわけが―――」
「ハヤテの頼みだっ! 蓮司の命がかかってるんだよ、早くやれっ!」

 すでにナギの剣幕がツッコミ専用ラケー○ンハンマーを使えそうな域に達しているため、初春もあまりツッコめない。
 半ばヤケになりながらキーを叩き出す。

「あーもうっ! 後で絶対説明してくださいね綾崎さんっ!」
『りょ、了解しました初春さん』

 初春の分身指が目まぐるしく動き出し、彼女は最後のエンターキーを叩く前にナギに聞いた。

「それでっ、私は皆さんになんて言えばいいんですかっ?」
「そこから先は私が引き受ける。ご苦労だったな初春」

 答えながら、ナギは目いっぱい息を吸い込んで初春が叩こうとするエンターキーを代わりに叩き、彼女の前にあったマイクをかっさらう。
 マイクの向こうのスピーカーから、大事なモノを守ってくれるヒーローたちに届くように。
 彼女の大好きな漫画の主人公のように。
 あらん限りの声を振り絞って、叫ぶ。


「お前ら全員っ……空を見ろぉぉぉぉぉぉぉぉ―――――――っ!!」



 ***

 ナギのあらん限りの声を携帯越しに聞いていたハヤテは、伊澄に目配せした。
 伊澄のたおやかな手には、一枚の霊符がある。
 彼女は目つきを仕事用のものに変えて、では。と告げた。

 伊澄は鷺ノ宮家に代々伝わる一子相伝の秘術を受け継いだ、鷺ノ宮史上でもかなり強い部類の光の巫女である。
 彼女が札を出しただけで、ちょっとうっかり人を襲う3m近い熊がなついたりするくらい強い力を持つ。
 霊符を柊少年の胸辺りにかざし、茫洋とした瞳に光を宿す。

「ナギがあれだけ一生懸命なのは珍しくて、ちょっと私も嬉しいです。
 ですから―――ナギのお願いでもあります、少し本気でいきますね」
「はい。もう思いっきりやっちゃってください。
 今日一日、お嬢さまはすごく楽しんでらっしゃいました。
 僕もこの犯人さんには色々とお返しを差し上げたいので。僕の分も派手に上乗せでお願いしますね」

 ハヤテの少し怖い笑顔に、伊澄は優しく微笑んだ。

「ハヤテさまがそう仰るのでしたら、上乗せで。
 それでは、呪者探知術式―――」

 そう言って彼女はわずかに目を細め、強い口調で続けた。

「―――『襲・逆探知』」

 伊澄がそう告げた、刹那。
 彼女が持っていた符がまばゆいばかりの輝きを放ち、仮眠室の窓から矢のように白い光の塊となって飛び出した。
 白い光矢は一直線に天を駆け、迷うことなく一点へと飛んでいき―――着弾と同時、爆発が起きた。

 その光景を見ていたハヤテはゆっくりと伊澄の方を振り向き、一言だけたずねた。

「あ、あの伊澄さんっ?」
「なんでしょう?」
「爆発は、ちょっとやりすぎでは……」
「ハヤテさまの分ですよ?」
「えぇー……ぼ、僕の分ですかー。ありがとうございます」

 困った様子を見せないように笑いながら礼を言う。が、その内心は複雑だ。
 それは確かに派手にとお願いはしましたが周囲に被害が出ていた場合そそのかしたのは僕ってことになるんですかね、と内心ぼやいてみる。
 伊澄は妖怪退治の仕事をしている間もサポートとアフターケアに電化製品メーカー並に気を使う、そういうところはしっかりものさんだ。
 しかし、若さゆえにか能力にムラがあることもあるわけで。力が上手く使えなかったこともあるので、逆に絶好調すぎる時は無駄に破壊してしまうかもしれない。
 ナギがマイクに向けて光を追うように言っているのを聞きながら、犯人が誰かに迷惑のかからないところにいてくれることを祈るハヤテであった。



 ***

 ありとあらゆるものが新しい学園世界の中では数少ない、廃墟のようになった場所がある。
 そこは、学園世界が成り立つ際に食料供給プラントの開発を行おうとし、その実験の廃棄処分品を一箇所にまとめた箇所。
 今では完成した施設が地下にあるものの、失敗のない事業などはない。
 施設を完成させるための失敗作の廃棄場。
 今では廃棄された建物だけが残る廃墟の街。新しいこの世界において、人の流れのまったくない 忘れられた街(ロストメモリー)。


 そこに飛んだ光の矢は、廃墟の一つを倒壊させながらその中にいたものを貫いた。

 爆心地。
 もうもうと粉塵舞うその中心で、むくりと立ち上がるものがあった。
 くすんだ髪をなでつけて、そいつはため息をついた。

「痛いなぁ、もう……どこかの人間が爆撃でもはじめたの? まったく、非常識な……」

 年の頃は14、5ほどだろうか。
 人の世の常識を説くその少女は、しかし人間ではない。

 侵魔。
 プラーナと呼ばれる存在の力を食らうために現れる人間の天敵。
 人と変わらぬ姿に見えようと、世界を飲み込む悪意の一つ。ヒトを食うバケモノ。紅い月の使者。
 爆撃のような一撃を食らってなお、そいつは生きていた。
 あーぁ、とぼやく。

「あー。バレないようにそこらへんたむろしてた男の子からちょっとずつもらって回復させた分が台無しじゃない。
 ツイてないなぁ。せっかく組んだ術使って『あの女』を消してやろうとしてたのに、まさかあんな邪魔が入るなんて思わなかったし」

 侵魔は少しだけ思い返す。
 今日の『ツイてない』の極めつけである、この世界を飛び回る忌々しい人間であり、侵魔の天敵の一人との戦いを。

 彼女の長い人生でも、その時ほど命の危機を感じた時はないといっていい。
 この世界でも有数の権力の集中した、ある娘を消去するための術式を完成させるため、今日もプラーナ狩りに行こうとした時、そいつに出くわしたのだ。
 鈍い刃金色。迷いのない目。ためらいのない行動。その全てが、研ぎ澄まされた剣のよう。
 あれこそが侵魔の天敵。魔を殺す魔。ウィザードと戦ったことがないではないが、人間というものは心のありようであそこまで力を増すものなのかと戦慄した。
 名ばかりが先行しているだけの小僧かと思えば、けして侮ってはならない相手であったことを痛感させられた。

 その刃で貫かれた時を思い出した体の震えを否定するように、彼女は首を振る。

「……やっぱり、今のうちに確実に消しておかないとね。
 まだ隠れ家になりそうなところはいっぱいあるし、はやいところ身を隠して術式の書き換えの続きを―――」

 しないと、と言おうとした彼女の周囲が、急激に変化した。
 深い海の底のように。夜の帳の落ちる直前の空のように。夜が明ける少し前の厳かな大気のように。
 落ち着いた、深い『蒼』が周囲を埋め尽くした。
 覚えのある光景に、思わず彼女は息を呑む。
 当然といえば当然だ。彼女自身も扱うことのできる異能であり、知り尽くした力なのだから。

 効果は隔離、名は月匣。
 第八世界ファー・ジ・アースにおける魔法を扱う者の中でも、外より来たる 侵略者(エミュレイター)から世界を守る『夜闇の魔法使い(ナイトウィザード)』の魔法。
 侵魔(エミュレイター)たる彼女の、天敵の扱う能力だ。
 何が起きているのかわからない彼女は、体中を押しつぶそうとするようなプレッシャーを四方から受けて息をのむ。

 何者か、と問おうとしても圧力のせいで声が出ない。
 どんなことをしようとしても死につながるイメージが浮かぶ気がして、声一つ上げられない。
 重い重い圧力を感じながら、彼女が心底思ったのは『死にたくない』ということだけ。
 死なないためにはどうすればいい? この場にいれば殺される。だったらここから逃げるしかない。
 逃げよう、と思った彼女が全身に絡みつく鎖のような金縛りを、死にたくないという一念で振りほどいて一歩を踏み出した瞬間。
 彼女の踏み出した足の数センチ先に、深々と小型の投擲武器―――彼女は名前を知らなかったものの、俗に苦内(くない)と呼ばれる武器である―――が突き立った。

 クナイはもともと工具であり、今でいう万能ナイフのような役目も果たしていた。
 そのためどのような人間でも持っていて不審に思われなかったこともあり、隠れて武器を持ち歩く必要のあった職業―――乱破、要は忍者の道具というイメージがついた。
 小型のクナイを投げる技は忍術において飛苦内と呼ばれ、この技を使いこなす者は相当の手練と呼ばれたという。

 ―――彼女にそのクナイを投げつけた相手は、おやおや、といつもと変わらぬおっとりとした声で告げた。

「動かぬ方が身のためでござるよ。
 ……という言い回しも、なんだかあんまり意味がない気がひしひしとするでござるが」

 青い世界にまだ残ったままの、朽ちかけた建物の残骸の上。
 髪の色と同じく、深い茶葉の色をした忍び装束に身をまとった細目の少女が、笑みをたたえたままに続ける。
 笑顔ではあるものの容赦のないように見えた少女から離れようと、無意識の内に侵魔が一歩退る。

 ―――それを釘刺すように、背後から新たな声がかかった。

「ですねェ。残念ながら、逃がしてあげることはできないわけですし」

 あわててそちらを向けば、黒髪おかっぱ頭の娘が困ったように笑って立っている。
 額には風除けのゴーグルがかけられ、肩には杖を備え付けてあるほうきがある。風除けのゴーグルがあるということはそのほうきを使って空を飛ぶ魔法使いということだ。
 侵魔も箒はたくさん見てきたが、彼女のほうきと同じ型のものは見たことがない。
 となればそのほうきは娘自身が作り上げた一品ものであるということで、彼女が有能な錬金術士であるという証明でもある。

 ―――挟まれた、と認識した侵魔が他に活路を見出そうとした時、横合いの角から詰襟姿の緑頭の少年が現れた。

「おぉ、ホントにいた。後でアイツには感謝しなきゃな」

 少年の手にはモップ。
 何の変哲もないモップにしか見えないものの、よく見れば両手に何かしらの刺青のような紋がある。
 侵魔には何の力があるものなのかは理解できないが、モップを手にした少年はこの異常事態のど真ん中にやってきても気負いなど欠片も見せはしない。
 ならば、彼もまた何かしらの能力を持ち。その上見かけによらない修羅場をくぐっているだろうことは想像にかたくない。

 ―――こきり、と関節を鳴らす音がした。そちらを見上げれば、桃色と白のセーラー服の上から紅いマントをなびかせた、腕組み仁王立ちの少女が立っている。

「ここまでしといて、タダで済むとは思ってないッスよねぇ?」

 酷薄な瞳と凄絶な笑み。
 格好そのものはふざけているようにも見えるが、胸のブローチから溢れるエネルギーはプラーナに換算しても異常だ。
 核融合炉並みのエネルギーを起こせるようなエネルギー物質を身につけたその少女の力を侮ることなどできるはずもない。
 そんなものを持った少女が、自身に明確な敵意を抱いているということに身の危険の予感が加速する。

 ―――お相手を/発見ですっ!と上空からの声が響く。

「敵エミュレイターを確認。 現場に到着しました」
「お仕事なんとか終わらせて来たんだもん、いっぱい痛い目にあってもらうからねっ!」

 黒髪に青黒が基調、リボンのモチーフのドレス戦闘服を身に纏い六芒星とリボンの杖を持った少女と、
 銀髪に白桃が基調、白い翼のモチーフのドレス戦闘服を身につけ五芒星と白い羽の杖を持った少女。
 彼女たちの持つステッキは、魔道をかじった者ならばその異常は一目で理解できる。
 異界を作り、異界を繋ぎ、異界を覗き、異界を解す。その技術の結晶をこんなふざけた形にまとめたなどと、よその世界では誰が信じるだろうか。


 ―――ずん、とやけに重い足音が響く。

「ふもっ!!」

 『目標を捕捉。これより殲滅に移る』。ただしその言葉までは侵魔に届きはしない。
 学園世界の技術をもってしても何故かボイスチェンジャーを働かせないと上手く動かない制圧戦用パワードスーツの一種。
 量産化され、様々な改造機が作られている強化服『ボン太くん』だ。彼らは一様にファンシーな姿をしているものの、原典たる『彼』には他にない特徴があった。
 ファンシーないでたちには似合わない左頬の十字傷は中に入っている人間と同じもの。オリジナルに乗るのは、強化服としてのボン太くんの産みの親でしかありえない。

 ―――青い稲光が遠くに落ちた。

「ま、アイツの不注意も原因と言えば原因だけど。
 けどね。年端もいかない子どもを遠くからネチネチイジめて悦に浸るっていうのはちょっと見過ごせないでしょ」

 雷光に呼ばれたように、数瞬前までその場にいなかったブレザーの少女が倒壊した建物の上に立っていた。
 遠雷の音に応じるように、青い世界に青白い光が舞った。少女の髪先から、指先へと弾けるような音とともに指先へと迸る。
 ゆっくりと少女が手を開けば、そこにはまるで撃墜印のような星の描かれたオモチャのコインが何枚も握られている。
 細い電光が幾筋も空を走るものの、それは彼女の力のほんの片鱗でしかない。彼女の内に秘めたその力は落雷すらも自在に操るのだから。


 周りを囲むように、たくさんの少年少女たちが立っていた。
 自分に逃げ道がないことは侵魔にもわかる。
 彼らの力は一人一人が名のあるウィザードに匹敵すると直感的に理解していた。
 しかし彼女は絶望を通りこして呆然としたところで、ふと疑問に思った。

 彼らの力は力あるウィザードと並ぶ。その通りだ。しかしウィザードであるわけではない。
 つまりウィザードと同じ能力を持っているわけではない。月匣を張った相手がここにはいるはずなのだ。

「誰がこの月匣を張っているのか、でありますかな?」

 手に取るようにわかるでありますよ、という低めの少女の声で見透かされたように心に浮かんだ言葉を口にされた。
 声にそちらを振り向けば、大きな水晶球をごとんと砕けたアスファルトの上に置いて、この月匣の主が現れる。

 ―――銀のツインテールをなびかせて、ゴシックロリータ服に身を包んだ、ざくろのような赤い瞳の人ならぬ少女。

「三途の川を渡る六文銭は渡せないでありますが、冥土のお土産にどうぞ答えをお持ち帰りください、なんて言ってみるでありますよ。
 ま。ウチの可愛らしい代表どので遊んでくれたお礼はきちんとしておかねばならないでありますし。

 執行委員がここまで勢ぞろいで大盤振る舞いされるのもなかなかないでありますから、お土産二つ目としてどうぞゆっくり楽しんでってほしいであります」

 では、と彼女は一礼し。
 めったにしない芝居がかった言葉で別れの言葉を告げた。

 ここは入った者を逃がさない月の匣。
 囲むは世界を守り続けている守り人。
 逃げ場もなく、勝ち目もなく、助っ人もない獲物では、結末など書くまでもない。

 月匣に、事件の終焉を意味する叫び声が響いた。

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