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ナイトウィザード!クロスSS超☆保管庫
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ナイトウィザード!クロスSS超☆保管庫

第11話

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終 章  日常 _trouble_days_again_


 薄暗い部屋で、上条当麻は目を覚ました。
 いつもの病室(スタート地点)―――、いつもの第七学区に建つカエル顔の医者が居る病院の一室には、薄明の光が差し込んでいる。

「………病室(ふりだし)。か――――」

 何の気なしに呟いた上条当麻は、盛大に頭を抱え、右手を覆ったギプスが直撃して悶絶し、身を捩って胴体を固定する包帯が締まり、激痛を発した。

「………………………………………………。不幸だ――――」

 涙目で呟く。
 何が不幸かといえば、ソレはもう、ナチュラルにこの病室で目が覚める事に慣れてしまっている自分だったり、気絶している間に施された治療だったり―――、
 第七学区に建っている馴染みの病院の、カエル顔の医者の腕は良く知っているから、後遺症とかそーゆーのの心配は無いとは思うが、

「………どんくらい掛かるんだろ?」

 主に、治療費とか療養期間とか。
 上条当麻はただでさえ、エンゲル係数激高な居候を抱えている貧乏学生である。其処に加わる医療費が家計を逼迫する割合は、実際問題シャレになっていない。
 そして、何よりも、上条当麻は一般的な高校生なのだ。
 学園世界などと言う訳の解らない状況であっても、平日は授業があるし、こうやって入退院を繰り返していては、単位が足らなくなるかもしれない。
 つまりは、留年の危機。
 同時に入学した連中を先輩と呼ばなければならない屈辱は、正直耐え難い。
 土御門や青ピなどは、ここぞとばかりに先輩風を吹かすだろうし、そして、吹寄には軽蔑の視線を向けられ、姫神は哀れんだ顔で見てくるのだ。

「うあーッ!!! 考えたくねぇ!! 序でに小萌先生あたりはグチャグチャに泣きながら怒りまくる気がしてきたぁ!!」

 『上条ちゃーん!!』と、目をむくチビロリ教師の幻影に、頭を抱えた。右手をぶつけると痛いので、気分だけだが。
 高校生上条当麻に訪れる非常な大ピンチ。けれど、まぁ……

「正直、どれもこれもしゃーねーんだよなー」

 恨むべきは首を突っ込んだ自分自身であって、しかし、やらなきゃ良かったと思うような事も無い。
 なので―――、

「そーゆーことだから、そんな所で縮こまって無くても良いぞ?」

 声をかけた先、パテーション代わりにベッドを取り巻く白いカーテンの向こうから、ビクリと震える気配が届いた。
 しばしの諮詢を挟んで、彼女は恐る恐る顔をのぞかせる。

「……気づいてたの?」

 覗く、瞳の色は暗褐色。白い肌に映えるアッシュブロンド前髪の下から、少女――アゼル・イヴリスは上条を見つめた。

「……………」

 困ったように上条は頬をかく。
 薄暗いと言っても部屋には薄明(あさひ)が差し込んでいる。カーテンの裏になど居れば当然、影絵のようにシルエットが描かれていた。

「ま、お互い無事で何よりですなー」

 上条は、茶化す風に笑う。
 騒動の夜は明けた。
 最後の最後で気絶した上条は、アゼルの無事な姿を見て初めて、それを自覚する。

「うん。上条君も……、元気そうでよかった」

 はにかむようにアゼルも笑った。

「お疲れさま。上条君。『旗』を壊してくれてありがとう。
 君がいてくれて本当によかった。
 君は、この世界を救ったんだよ」

 そして、私のユメも―――。
 声に出さず口の中で呟くアゼルに、上条の目は丸く見開かれた。
 褒め殺しかそれは。いくらなんでも過大評価のしすぎというものだ。

「んな、大袈裟な。
 俺がやったのは、あの『旗』ぶっ壊したことだけ。それだって、柊さんや美琴に助けてもらわなきゃ無理だったし。
 何より、あのブッソーなお子様をぶっ飛ばして世界を護ったのは、まぎれもなくアゼル、おまえなんだろ?
 だから、もっと胸張れよ。いてくれてよかったって言うなら、それはお前のことなんだよ。
 お前がいなけりゃ、こんな朝なんて迎えられてないんだからさ」

「………。」

 少女の瞳から、大粒の涙が零れ落ちた。

「うぇっ!? アゼルさん!?
 何故泣いておられますか!? ご、ごめん! 俺なんか変なこと言った!?」
「ううん。……。ごめんね、大丈夫。ただ、嬉しかったから―――」

 うれしい時でも涙が出るって、ほんとだったんだ。
 アゼルは目尻をぬぐって、花のように笑む。

「ありがとう。それだけで、私は救われる」
「はぁ……。なんというか、いちいち言うことがオーバーなんだよお前は」

 ため息が漏れる。純情少年としては照れて布団に顔を押し付けたい気分だ。

「でも、上条君。ほんとに大丈夫なの?」
「? えーと、大丈夫って何が?」
「その、怪我とか―――、さっきもなんだか唸ってたみたいだし……」
「あー」

 上条の視線が泳ぐ。
 体に残る痛みも、鉛のような疲労感も、達成感を得た今となっては心地よい疲れに変わっていたが、控えめに見ても割とどうしょうもない状況ではなかろうか。

 再び沈黙。
 大丈夫。と、やせ我慢する前に、アゼルの瞳が揺れた。

(うぅわ、気まず。なんでここで黙っちまうんだ、俺は! なんか気の利いたこと言って話そらさなって、うわぁああ!! アゼルまた涙目になってるよ!
 ま。マテ、話せばわかる! だから早まるなって、意味不明なこと言ってバグってる場合じゃねぇよ!! デンジャー、デンジャー、至急応援求む!!
 天使でも悪魔でも、土御門でも青ピでも吹寄でも姫神でも、何ならインデックスでも誰でもいいから!
 ってか、美琴と柊さんどこ行った!! 俺ここに運んだのあんた等なんだろうからこんなときにもスパッと現われてサクッと助けてくれぇ!!)

 その時、コンコンと上条の支離滅裂な脳内絶叫を聞き届けたわけではなかろうが、病室の扉をノックする音が響いた。
 上条には、それが福音のように聞こえた。

「あ、開いてますよ!」

 藁にも縋る気持ちで声を返す。入室を告げる声と共に、扉が開いた。

「?」

 部屋に入ってきた来客の、その面子に上条は首をかしげた。
 今自分がいるのは早朝の病室だ。こんな時間、こんなところに来るのは見舞客ですら稀だろう。
 せいぜいが回診に来たカエル顔の医者か、見回りに来たナースさんかと思っていたら。扉をくぐったのは二人組。
 赤い長い髪の少女。そして、黒髪に巫女服の女性。
 首をかしげていた上条は、横でアゼルが体を強張らせていた事に気付かなかった。

「初めまして、だね。上条当麻君………。で、合ってるよね」
「ええ。そうですけど」

 巫女服の女性は告げる。

「私は赤羽くれは。一応、輝明学園の代表ってことで極上生徒会に加わってる者だよ。こっちは私の護衛で、紅樹星ちゃん―――」

 よろしくね。と、言う赤羽くれはから一歩引いて、赤い髪をサイドでまとめた紅樹星も、ともに頭を下げる。
 意外な人物の登場に、よろしくお願いします。と、返しながら、しかし上条の疑問符はより大きくなった。

「で? そのゴクセーの人が何の用っすか?」
「ちょっと話しておきたいことがあってね―――」

 まぁ、所謂『事情聴取』ってやつだね。と、くれはの視線は上条から身を強張らせるアゼルへと向けられる。

「アゼル。ちゃんと、お礼は言えた?」
「………。ええ。時間をくれてありがとう。」
「どういたしまして。
 ちょっと心苦しいけど、そろそろ時間だよ。星ちゃんと、先に行っててもらえる?」
「……わかった―――」

 決意を固めたような、諦めたような奇妙な表情に、上条は眉根を寄せる。

「……アゼル?」
「……大丈夫。大丈夫だから気にしないで」
「―――いや、気にすんなって……」

 そんな、無理やり笑ってるような貌でそんなこと言われても、それこそ無理だ。
 けれどもそれを言葉にするより早く、彼女は星に伴われて病室を出ていった。

「って、おい、アゼル!?」
「上条君、いいかな?」
「いや、今それどころじゃねぇって、あんたも見てただろ!」
「うん。見てたし、その原因も解ってるから」
「解ってるって……、」
「今から教えてあげる。と、言うより、これから話したいことはそのことだから」
「そりゃ、どういう意味だ?」

「つまり、極上生徒会は、アゼルを『処分』するつもりだってこと」

 上条は、その言葉の意味を取り損ねた。

「え? 『処分』って―――?」
「そのままの意味だね。
 この世界にとって脅威である侵魔(エミュレイター)『荒廃の魔王 アゼル・イヴリス』の写し身を破壊して、裏界に追い返す―――。
 解り易く言えば、『あの』アゼル・イヴリスを―――『殺す』ってこと」

「――――――――――。は!? いや、まて、ちょっと待てよ!!」

 あまりに唐突に伝えられた事に、上条は混乱しながらも、くれはに食い下がる。

「如何言う事だよ! アゼルを殺すって! あいつは―――!!」

 殺されなくちゃならないほど、悪い奴じゃない。そりゃあ、第六学区を壊滅させて、そこにいた人たちを死なせてしまったけれども、

「それだって、ルー・サイファーとか言うのが勝手にやったことだ。
 第六学区が壊滅するなんて被害になっちまったのは、ベール・ゼファーってのが魔殺の帯を偽物にすり替えてたからだ。
 俺は、はっきりとそう聞いた。アゼルは、ただ利用されただけなんだ」

 上条が言いつのるセリフに、けれども、くれはは眉一つ動かさず。

「だろうね。そんな事だと思った」
「は?」

 その口から出た予想外の台詞に、上条当麻は硬直した。

「アゼル・イヴリスに悪意は無い。けれどもこれだけの被害を出してしまった。そのことを、極上生徒会は危険視しているの。
 アゼルは、もともとルー・サイファーの一部だった存在(モノ)だから、そして、ベール・ゼファーの駒でもある。
 彼女の意思とは関わりのないところで、大量殺戮の引鉄を引かれてしまう。
 いくら、今はその力を制御できているとは言え、そんなものが、隣にいるのは怖いって、そう言うのよ」

 ここにはいない、金色の魔王の腹積もり一つで、炸裂させられる強烈な爆弾。アゼル・イヴリスという存在を形容するならば、それ以上に適切な言葉もない。
 だから、

「この世界を曲がりなりにも管理していかなければならない極上生徒会としては、その危険性を見過ごすことはできない―――」
「………。だから、殺すってのか―――」

 まるでゴミのように。遊び終わって、飽きた玩具を捨てるかのように。

「もともと、侵魔(カノジョ)は人間の敵。その上、単体で世界の危機を作り上げる魔王だもの。それが、大多数の意見、かな?」

 赤羽くれはは、夜闇の魔法使いの総元締めはそう言った。

 みんな、怖いんだよ。と、

 危険なものがそばにあることは認められない。だから、アゼル・イヴリスを『殺す』。


「……………………けんな。」


 静かな声がした。噴火の予兆のように、小さく揺れる大地のような。

「へ?」
「ふざけんなっつったんだよっ!」

 爆発。上条当麻は怒鳴りつける。
 吐く声に、熱が混じる。
 体の芯に、火が付くのが解った。
 怒りを燃料にして、胸の奥で何かが回り始める。

「さっきから聞いてりゃ勝手なことばかり言いやがって、アゼルが危険だ? だから殺すだ? ふざけてんじゃねぇぞ?」

 魔王パール・クールの出現、それだけで、昨夜のうちにこの世界が終っていても不思議ではなかったのだ。
 それを、

「あの物騒なお子様を叩きのめしたのはアゼルだろうが! あいつがいなけりゃどうなってたと思ってんだ!!
 あんたが、ここで俺と話してんのだって、アゼルのおかげじゃねぇか!」
「裏界は群雄割拠………。アゼルがいるベルの陣営は、パールと敵対している。だから、彼女は戦ったのかもしれない」
「違う!」
「どうして、そう言い切れるの?」
「もしも、パール・クールを斃すことだけが目的なら、俺なんて必要ない! 俺に右手はあいつの枷にしかならないんだから」

 上条当麻の幻想殺し。アゼルがそれを求めたのは、もうこれ以上世界を壊さないためだったのだから。

「…………どうして、そこまでアゼルに肩入れするの?」
「決まってんだろうが、俺は、あいつの味方だからだ」

 それは、
 この世界が大好きだと、この世界のみんなが大好きだと、護りたいのだと、そういった彼女の言葉だとか。
 自分を犠牲にしてでも、上条を守ろうとした決意だとか。
 魔法も異能も使えない状態にも関わらず、腕を身体を、青黒く腫らし傷つけてでも、上条を庇った事実だとか。
 命を狙われ、武器を向けられても周りが敵だらけでも、死んで欲しくない、殺したくないと、決して握り締める事を止めなかった、この右手に残る左手の感触だとか。

 そんな、魔王らしからぬ彼女の優しさを―――、上条当麻は知っている。
 だから、アゼル・イヴリスを殺すなんてこと、

「ああ、そうだ。認めらんねぇよ」

 異世界の事情に、深く踏込む事は不毛だけれど、第八世界の住人(赤羽くれは)達と、どれだけの確執がアゼルに在ったのかなんて知らないけれど。

 それは、自分だけ安全圏に居るからこそ、言えただけの科白なのかもしれない。
 それは、実情を知らない者の、ただの戯言に過ぎないのかもしれない。
 けれど、瓦礫の中で、荒廃する世界の中心で、彼女は一人震えていた。
 巨大な力に打ちのめされて、自分ひとりではどうにもならないと、子供の様に怯えていた。
 だから上条には、アゼル・イヴリスが一万以上の人を望んで殺すような、怪物だとは思えない。
 犠牲者が出たのは事実だ。一万もの人が命を奪われたのも事実だ。ソレが罪だと言えば、紛れも無い罪だ。と、理解している。
 償わなければならない罪業(モノ)だと、解っている。

 それでも、コレだけは決して―――。彼女の傍に居た上条だけは―――、認めてはならない。

「それで、君はどうする気なの?」
「決まってんだろ」

 麻酔の切れかけた体を、無理やり動かす。

「危ねぇからって、そんな理屈にもなってねぇことでアゼルを殺すってんなら、それがあんた等の意思だってんなら―――!」

 右手の包帯を解く。
 握りしめる拳に、縫い合わせたばかりの傷口が、疼いた。


「そのふざけた幻想は、この俺がぶち殺す―――ッ!!」


 そして、上条当麻は立ち上がった。優しい魔王の幻想(ユメ)を守るために。


  * * *


「……………で? 結局、極生の全員が、上条に説得されちまったってのかよ」

 ベッドの上から上体だけ起して、柊蓮司は呆れたような声を出した。
 学園都市、第七学区の病院の一室。とある理由でぶっ倒れた柊は、その一室で赤羽くれはと向かい合っていた。
 無事に上った朝日が、くれはの苦笑を、はっきりと浮き立てる。

「はわ、一応そーなるかな……しぶしぶにしろ全会一致じゃなけりゃこんなことは決められないよ」

 極上生徒会は、各校の代表が集まる合議制の会議である。
 決議は、民主主義の法則に則って、多数決で行われるが、世界全体の行く末に多大な影響を及ぼすであろうものは、全会一致が原則となっている。
 今回、魔王アゼル・イヴリスの処遇を決める事のように。

「しっかし、おまえも黒くなったよな、くれは」

 柊は半分閉じた目で、幼馴染を見据えた。

「確かお前が言い出したことだろ? アゼル・イヴリスを味方にするってよ。
 それを、あたかも上条が言い出したみたいになぁ?」

 柊の半眼に突き刺されて、守護者代行は「はわわわわ」と、再度苦笑った。

「はわ。そりゃ、世界の守護者代行見習心得なんてもんやってればねー。多少の腹芸は覚えちゃうよ。
 それに、そもそも危険(リスク)ってのは、排除するものじゃなくて、管理(コントロール)するものでしょ?」

 アゼル・イヴリスに悪意はない。
 産まれてから何千年、あるいは何万年以上も彼女は誰とも接触をとらずにいた。親友ベール・ゼファーとかかわり始めたのも、ここ二、三年の出来事だ。
 ゆえに、自分から悪意を向けるほど、自我が発達しきっていないのだろう。
 それなのに、今回、パール・クールとの戦闘では随分と自発的に動いていた。その理由は簡単に推察できる。
 アゼル・イヴリスは孤独な存在だ。その身に宿した荒廃の力、近づくものから無差別にプラーナを奪いつくす呪われた能力によって、誰とも関わることが出来なかった。
 しかし、この学園世界に現れたアゼルは、どうしてだか荒廃の力の発現が無かった。なぜ金色の魔王がそんな事をしたのか、その理由は分からない。
 しかし、少なくともアゼルは、この世界で人間のように学校に行き、語らい、遊び、誰かと触れ合うことができていた。
 それが、彼女の孤独を、どれほど癒しただろうか。
 故に昨夜、アゼル・イヴリスがパール・クールと鎬を削ったのは、この世界を守るためだったと結論付けて構わないだろう。

「どうせ写し身を壊しても、来ようと思えば裏界の魔王はやって来れちゃうもの。
 だったら、首輪つけて世界を守るのに協力してもらったほうがよっぽど良いじゃない。
 パール・クールみたいな裏界の魔王だけじゃなくて、闇界から冥魔が来ることだってあるんだから、強い味方は多いほうがいいでしょ?
 ま、専門用語で言うところの『しほーとりひき』ってやつね。
 実際、林水君なんかもそう考えてたみたいだし。
 でもまぁ、ただ問題だったのが、『恐怖』ってやつだったのよ―――、」

 そう、問題だったのが、アゼル・イヴリスへの恐怖。学園都市第六学区を消滅させた、荒廃の力への生理的な恐れだ。
 人知を超えた強い力。それも、相手は魔王だ。第八世界の『人間』と戦い続けてきたモノの力。それが、こちらに向けられることがないと、言いきることは出来なかった。
 だから極上生徒会は、アゼル・イヴリスは『殺す』他ないと、結論付けるしかなかった。
 けれども、

「そこで上条君の登場。アゼルの一番近くにいて、彼女が戦ってるのを見てた彼の言葉なら、説得力あるでしょ?」
「まぁ、そりゃあなぁ……。
 でもよ、アゼルが怖いってーのは、つまり感情論だろ? 理屈で何とかなるもんなのか?」
「はわ。うんその辺私も予想外だった。
 なんというか、傑作だったよ。スパーンと上条君が啖呵切っちゃってさ、それに一切反論できなかったんだから」
「………いったい、何言ったんだあいつ」
「えーっとね――――」

―――俺から見たあんた達と、あんたたちから見た俺達と、いったい何が違うんだよ―――

「―――だったかな?」
「―――んなこと言ったのかあいつ!?」
「うん。違う世界の超越者。その力で世界を滅ぼすこともできる。そんなやつ学園都市にだっているぜって。
 ほかの学校にも、結構居たみたいだねそーゆー人が。で、そう言う人たちとふつーに生活してるのに、アゼルを怖いって言うのは変じゃないかって」
「それで収まったのか?」
「結局、上条君のだってアゼルサイドに居る第三者の感情論だしね。下手したら泥沼化する恐れもあったけど、上手く行って良かったよ。
 ま、いくらか不満や不安は残ってるでしょうけどね。
 でも、パトリシア・マルティン使った郵便サービスだってやってるんだから、その辺の事情も加味してってとこかな?
 と、まぁそう言うワケで、極上生徒会に蔓延ってた恐怖(げんそう)は、すっかりぶち殺されちゃったわけなのよ」

 ま、これからバランスとりが大変だけどね。と、三度苦笑。

「………なるほどな。
 で? その上条とアゼルは今どうしてんだ?」
「はわ? 二つ隣の病室だけど? 上条君、怪我酷いのに無理したからぶっ倒れてちゃって、アゼルはそれに付き添ってるよって、柊!?」

 そうか。と呟き、ベッドから立ち上がった柊に、くれはの視線が突き刺さる。それに思わず、柊は後ずさった。

「……な、なんだよ?」
「柊、あんたなんで立てるのよ。
 同じ目にあった流君なんかまだそこで寝込んでるじゃない!?」

 くれはが指さす隣のベッドでは、紅樹星に付き添われて、短い茶髪の青年がうなされている。

「………ゴキブリ並みね、柊」
「失礼なことぬかすなぁっ!!」

 怒。

「はわっ!? だって賢者の石になるまでプラーナ抜かれて、ピンピンしてるほうがおかしいじゃない!」
「やかましい!! 前にアンゼロットに似たようなことされたからなぁ! 体が順応しちまったんだよっ!!」
 注)パワーオブラブ参照。
「………。はわー、柊。あんたって――――」
「な ん だ よ!」
「相変わらず、幸が薄いんだねー」

「お前が言うなぁあ!!! ってか、いい加減言い飽きてんだが、俺は自分を不幸だと思ったことは一度もねぇんだよッ!!」

 早朝の病院には、迷惑な大声が轟いた。


  * * *


 早朝の澄み渡った空気は、音を良く伝える。それが、静寂であるべき病院であるなら尚更だ。

「………柊さん、なに叫んでんだ?」
「さ、さぁ……?」

 病人服でベッドに横たわった上条と、椅子に腰かけた制服姿のアゼルのこめかみに、冷や汗が一筋流れる。

「しっかし、あの人スゲーよな。あんだけ悲惨な目にあったってぇのに、自分を不幸だとか思ってないって……」

 見習うべきやもしれん。と、月匣での八面六臂の大活躍を思い返して、上条は「今度、兄貴とか呼んでみようかな」などと、冗談を飛ばした。

「上条君。柊蓮司のこと、好きなの?」
「ぶほっ!」

 咽る。

「い、いきなり何を言い出すんですかこの娘さんは!!」
「………嫌いなの?」
「嫌いじゃねーよ! てか、あの人の事はそんけーしてる。ふつーに尊敬できる男キャラって、今まで俺の周りにあんま居なかったからさ」

 女キャラは結構居るのはまぁ、この際置いておこう。

「おれの交友関係のなかじゃ、かなり珍しい存在だな。
 でも、好き嫌いっつってもそーゆーのだからな、決して特殊系女子が黄色い悲鳴をあげる方向性じゃないぞ」
「あ、それ知ってる。『はちまるいち』って言うんだよね」
「なんでそんなこと知ってんだ裏界の魔王!!」
「似たようなのに『ひゃくあい』ってのがあるんだよね?」
「それ違うから! 読み方間違ってるから!! ってか、どこでそんな知識手に入れたんだお前は!!」

 興奮の度合いを深める上条に、クスクスと声をたてて笑うアゼル。

「荒野にたちっぱじゃなかったのかよ、あんたは!」
「うん。ちょっと前まで、十六年ぐらい人間やってたことがあるから」

 それは、それまでの孤独な時間の中に輝く、宝物。
 そして、形は違えど輝かしいユメはこれからも続いてゆく。
 目前で目を白黒させている、上条当麻の働きで。
 アゼルは、首に巻いたチョーカーに付けられた、二つの宝石に指を触れた。
 そう、紅樹星に伴われ、糾弾の場に引き出されたアゼルのもとに、彼はやってきた。

 まるで氷の海に浸かっていたかのように青ざめた顔。
 体中に巻かれた包帯は無理な運動のせいか所々ずれていて、赤いものが滲んでいる箇所すらあった。
 満身創痍。病院のベッドに括り付けられている状態から、上条当麻は、赤羽くれはに伴われて、極上生徒会へと乗り込んできたのだ。

 そして彼は言った。ただ一言、「それでいいのか」と。

 その言葉は、絶望と諦観に塗り固められた心に罅を入れ、その奥の本心を引きずり出そうとした。予想外の上条の登場で、動揺していたアゼルに抗う術はなかった。

 ―――私は、ここに居たい。

 漏れ出た本音は、塗り固めた諦観(ウソ)を、容易に押し流す。
 けれど、不可能だ。そんなことは分かっている。

 一万人を殺した。街を此処まで破壊した。
 もう、私は此処には居られない。そんなこと、誰も許さない。
 人殺しの怪物は、人間の傍にはいられない。

 その思いは、胸に刺さった抜けない棘だ。

「……ル。おい、アゼル?」

 鼓膜を揺らす声に、ビクリと体が反応する。
 どうやら、物思いにふけっていたようで、ベッドの上から、上条がいぶかしげに
覗き込んでいた。

「大丈夫だよ」

 心配しないで。と、告げる言葉にも、上条は顔色を変えない。どうやら、ずいぶんと内心が貌に出ていたようだ。
 だから、

「いいのかな? って」

 ここに居たいと願うのは、紛れもない本心だ。けれど、それを重荷に感じる自分も、確かに存在する。
 パールを退けた後、武器を向けるウィザードに抵抗しなかったのは、もしかしたら逃げ出したかったからかもしれない。
 ぽつん。と、漏れ出た弱音に、しばしの沈黙を挟んで、上条は。

「…………」

 何も、言うことが出来ない。
 それを決めるのはアゼルなのだ。
 それによって、背負うものもあるだろう。もしかしたら、失うものだってあるかもしれない。けれど、そう言った全てをひっくるめて、それを為したいと願うなら、
 それによって得られる、喜びも悲しみも、愛も憎しみも、絶望も希望も、すべてアゼルだけのものだ。

 上条当麻(たにん)が口をはさめる問題では無い。

 けれど、アゼルを引きとめたのは上条だ。他にいろいろな要因があったとはいえ、上条が願い動いた結果が現在だ。
 だから、他ならぬ上条当麻がやるべきことは、

「ま、辛くなったら言えよ。力になれる範囲で力貸すからさ」

 倒れそうになれば、その体を支え、道を誤りそうになれば、ぶん殴ってでも連れ戻す。全力で、出来得る限りに―――。

「……。ありがとう、上条君。でも、いいの? これ以上―――」
「当たり前だろ。友達なんだからさ」
「………。トモダチ――――――?」

 アゼルは首をかしげる。

「……おい、その反応はフツーに傷つくんだけど……」
「え? いや! そうじゃなくて、
 私のこと……友達って言ってくれるの?」

 今度は、上条が首をかしげる番だった。

「何をいまさら」

 心底からそう思っているのが、声音に表れていた。
 だから、その声を耳がとらえた一瞬で、アゼルの心が何もかも漂白された。そして、気づいた時には熱い雫が目尻からあふれていた。

「えっ!? 泣くほど嫌だった!?」
「ち、ちが……」
「す、すまん。なんも考えずに言ってた。そんなに嫌がられるなんて思って―――」
「違うの! 嬉しいから。私をそう言ってくれた男の子って、あなたが初めてだから」

 涙を拭って笑む。

「ありがとう。その、これからよろしくね?」
「嗚呼。よろしく」

 差し出された右手と右手が、結ばれる。
 握手した其処から、ばきん。とガラスを砕くような音がして、

 アゼル・イヴリスの裸体が、上条の網膜に飛び込んできた。

「あ」
「ぶはっ!? ちょっと待てなんでこの流れでそんなオチ!? 麗しい友情で閉めんじゃねぇの!?
 それよりアゼル!? ナニその淡白な反応!? ってかなんで服が破れんだよ!!」

 盛大に噴き出して、首にチョーカー巻いただけの姿から顔をそむける上条に、アゼルは

「服、無かったから。呪錬制服、着てたんだった」
「あー、そっか……つーかこれで二度目、そうか、柊さんのマッパはこの警告かってそうじゃなくて、なんだってそんなに落ち着いてんだお前は!!
 いや、悲鳴を上げられたいわけでもぶん殴られたいわけでもないですがッ!!」
「……私の体―――、なにか、変?」
「変つうか! 男の前なんだからもうちょっと前隠すとか! いや、早く隠せ!」
「……隠すの?」
「うん! 上条さんの不幸を甘く見るなよ!
 今迄の経験からして、タダでこんなハッピーなイベントが起きるわけがない!
 もし起きるんならそれはこのあと訪れるであろう壊滅的な不幸イベントの入り口でしかあり得ないッ!」
「あの……、ごめん。
 ときどき君が何言ってるのか分からない時があるんだけど?」

 「でも、分かった」と、いまいちよくわかっていない顔で、アゼルは六枚の羽を月衣から引っ張り出して胸や腰を覆った。
 勿論、アゼルにも人は服を着るものという常識は知っている。脆弱な人間が、肌を守る為に手に入れた文明の証。
 しかし、荒廃の力を常にまとい、素肌の上は魔殺の帯だけ。と、いう姿で永い時間を過ごしてきたアゼルにとって、謂わば服とは人間にとっての宝石や貴金属と同じ。
 着飾るための装飾品なのだ!
 故に、全裸の羞恥などあろうはずもない。

「……これで良いの?」
「……あ」
「?」

 上条の顔が青ざめる。それは、病室に天使というトラウマものの過去イベントを思い出した反応。ではなく。

「へぇ、ハッピーなんだ」

 病室の入り口から届いた、そんな、低い声が原因だった。
 地獄の底に吹き荒れる風。そんな声を出した、カエル模様のファンシーパジャマを着た、亜麻色の髪の少女は、車椅子に乗って髪の先からバチバチ放電している。

「人が、全身筋肉痛を押して見舞いに来てやったってーのに………女の子病室に連れ込んでそんな如何わしいことしてるなんてね……」

 睨みつけるその横に、

「ねぇ、とうま」

 成金趣味のティーカップのような白い修道服を着た少女の姿が一つ。

「とうまは、どうして何時だってどんな時だってとうまなの?」

 二人とも、キャットファイトでも繰り広げた様にボロボロだが、ただその二つの瞳だけが爛々と輝いていた。

「美琴……、インデックス……。どうしてここに?」
「どうして、ですって?
 ……ふーん。遺言はそれでいいのね?」

 バチバチィッ! と、花火のように火花が散った。

「ちょっ、ここ病室!! 強い電気お断―――いやマテ落ち着け! 話せばわかる」
「……もう、遅いんだよとうま。懺悔は最後の審判でやってね?」
「ちょっと待てこの居候! 家主に向かってなんだその物騒なセリフ!! つーか、今頃出てきてとんでもない事言ってんじゃじゃねぇ!!」

 テンパった上条が叫んだ瞬間、びきり。と、何かが壊れた。
 少女の瞳で爛々と輝いていた光が超新星(スーパーノヴァ)の如き、更に危険な光に進化する。

「………。いや、マテ、おまえも落ち着け分かったから、俺が悪かったから、そのぷりちーなかおのデッサンが崩れるほどに大口開けんなってキャァアアアアアアア!!!!!」
「そんなに、巨乳が好きかぁああああああ!!!」
「私だけ置いてったクセにッ!! とうまの頭骨をカミクダクッ!!」
「ぎにゃああああああああああああ!!!!!」

 びりびりと電撃が走り、がっつりとインデックスの顎が上条の頭に齧りつく。
 尾を踏まれた猫のような悲鳴をあげて、上条当麻はのたうち回った。

「……えーっと」

 いきなりぶっ飛びだした展開についていけず、アゼルは呆然とするほかない。いわゆる蚊帳の外。
 荒れ狂う二人の少女と、蹂躙される上条に声をかけようとした所で、がちゃりと病室の扉が開いた。
 扉をくぐって現れた天敵に、アゼルの顔が少々ひきつった。

「………。柊、蓮司?」
「……なんでお前らは人のことをいちいちフルネームで呼ぶんだ?」
「はわー、あたしもいるよ~」

 赤羽くれはを伴って現れた柊蓮司は、上条を中心に広がる地獄絵図に冷や汗を流し、

「はわっ、派手に暴れてるね~」
「って、呑気に言ってる場合か!」
「そうだね、がんばれ柊!」
「って、おい、くれはテメぇ! ぎゃああああああああああ!!!」

 戦場の中心に放り込まれて、断末魔の悲鳴を上げる。
 くれはの血も涙もない行動に、アゼルの表情は引き攣り度を更に増した。

「あ、あの……。何しにきたの?」
「はわ? うん、一応結果を通達しとこうと思って」

 こほん。と、くれはは咳払いを一つ。

「極上生徒会は、一応条件付きであなたを受けれることに決めました。
 で、引き続きその首輪をつけ続けてもらいます」

 無意識にアゼルは首元のチョーカーに手を伸ばした。
 紫紺の布地に白い宝石が二つ、豪華な装飾のようにも見えるが、見た目通りの物では決してない。
 それは賢者の石―――アゼル・イヴリスの天敵たる、桜間流と柊蓮司から取り出したプラーナの塊。
 それを取り付けたチョーカーは、極上生徒会の決定一つで彼女の体に猛毒を流し込む、魔王の行動を管理するための文字通り首輪。
 アゼルがこの世界にあり続けるための、代償であった。

「で、上条当麻からなるべく離れないこと。そのために。あなたの身柄は正式に学園都市あずかりになるの。
 いろいろ細かいことは後で文章に成って来ると思うけど、ひとつだけ今のうちに言っとかなくちゃならないことがあってね」
「……それは、なに?」
「簡単なことだよ。一つだけ私と約束してほしいんだ」

 くれはは言葉を切って、アゼルをまっすぐに見つめた。


「私たちの事はともかくとしても、上条くんだけは裏切っちゃだめだよ?」


 くれはをまっすぐに見返して、アゼル・イヴリスは、応えた。



 そして、数日後。

 学園都市第七学区のとある高校に、輝明学園から転校生がやってきた。
 彼女の存在はまたひとつ騒動を引き起こし、それが収まった日には旗男(かみじょうとうま)の名は、さらに名高く、確固たるものとなっていた。

―――異界の日々(トラブルデイズ)は、まだ終わらない。


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