その夜、少年は一人で街の中を歩いていた。
少し前に時間を確認した時から考えれば、そろそろ日付が変わった頃だろうか。
年明けの喧騒が幾分収まった時期とはいえ、本来ならこの街にはもっと人がいるはずだった。
だというのに、今この街を闊歩しているのは少年ただ一人だけ。
どちらが異常かと問うのならば、それは恐らく少年の方が異常と言うべきだろう。
なぜなら、昨年の暮れ頃からこの街では行方不明者が続発しているからだ。
原因は不明、被害者の共通点もなし。
まるでダイスを振るかクジを引くようにして街の人間がぽろぽろと消えていく。
日常の隣でそんな事態が発生すれば、人の溢れる昼間ならまだしも夜の街には誰もいなくなるのが道理というものだ。
肌寒い夜の空気に少年は身体を震わせて、空を見上げる。
「うわ、すげえ……初めて見た」
少年は場に相応しくない感嘆の声を上げる。
静寂を吸い込むような夜空の闇に、鮮やかな紅の月が一人きりで浮かんでいた。
少し前に時間を確認した時から考えれば、そろそろ日付が変わった頃だろうか。
年明けの喧騒が幾分収まった時期とはいえ、本来ならこの街にはもっと人がいるはずだった。
だというのに、今この街を闊歩しているのは少年ただ一人だけ。
どちらが異常かと問うのならば、それは恐らく少年の方が異常と言うべきだろう。
なぜなら、昨年の暮れ頃からこの街では行方不明者が続発しているからだ。
原因は不明、被害者の共通点もなし。
まるでダイスを振るかクジを引くようにして街の人間がぽろぽろと消えていく。
日常の隣でそんな事態が発生すれば、人の溢れる昼間ならまだしも夜の街には誰もいなくなるのが道理というものだ。
肌寒い夜の空気に少年は身体を震わせて、空を見上げる。
「うわ、すげえ……初めて見た」
少年は場に相応しくない感嘆の声を上げる。
静寂を吸い込むような夜空の闇に、鮮やかな紅の月が一人きりで浮かんでいた。
少年は目的なく夜の街を歩いている訳ではなかった。
彼の目的は正しく、今この街で起こっている行方不明事件だった。
つい最近身に起こった出来事によって、少年はこのような異常な事態に足を突っ込む事になってしまったのだ。
しかし彼はその事に別段後悔している訳ではない。
むしろ、自分の得たモノが彼の周りにいる人達の助けになるというなら、喜ぶべき事だった。
そういった縁で今彼――厳密に言えば、彼ともう一人――は夜の街を彷徨っている。
一般に知られる事はない、行方不明事件の犯人と目される存在を。
彼の目的は正しく、今この街で起こっている行方不明事件だった。
つい最近身に起こった出来事によって、少年はこのような異常な事態に足を突っ込む事になってしまったのだ。
しかし彼はその事に別段後悔している訳ではない。
むしろ、自分の得たモノが彼の周りにいる人達の助けになるというなら、喜ぶべき事だった。
そういった縁で今彼――厳密に言えば、彼ともう一人――は夜の街を彷徨っている。
一般に知られる事はない、行方不明事件の犯人と目される存在を。
「――!?」
静寂の中に紛れ込んだノイズを耳にして少年は振り返った。
耳をすまして様子を窺うと、再びノイズが響く。
聞き間違いではない。しかも、それは尋常のモノではない。
そう認識した瞬間、彼は既に走り出していた。
がらんとした車道を一気に横切り、ビルの隙間から路地裏へと入り込む。
次第に大きくなっていくノイズ――もはや雑音というより爆音だ――を頼りに彼は迷路のような路地を駆け抜け、そこに辿り着いた。
そこは迷路の行き止まり。
もはや先のない壁にもたれている女性。
そして少年に背を向けて、彼女の逃げ場を塞ぐようにして立つ一人の男。
背格好からして少年と同年代の男のようだった。
ただ、その男は手に無骨な大剣を携えていた。
見ればその周囲一帯はそこかしこが崩れていて、戦闘の痕跡が見て取れた。
「さあ、もう終わりだぜ」
男が大剣を振り上げる。僅かに差した月光に、剣の柄にはめられた宝玉が鈍い光を放った。
恐怖におののく女の顔を見たと同時、少年は渾身の力で地を蹴った。
「やめろっ!」
「――なっ!?」
驚くほどの速さで少年は男に組み付き、壁に押し付ける。
不意を打たれたのか男は驚愕の表情を浮かべて少年を見た。
「――っ」
少年の闖入を機と見たのか、女性は身を翻して走り出す。
男は逃げ出した女を舌打ちして睨み据え追おうとしたが、しがみ付いた少年がそれを許さない。
「お前、何やってんだ!?」
「それはこっちの台詞だろ! お前こそ何やってるんだ!」
「何言ってんだ! "ココ"にいるってこたあお前も『ウィザード』なんだろ! アイツは『エミュレイター』だぞ!」
「……うぃざーど? えみゅれいたー?」
聞いた事のない単語に少年は思わず眉をひそめ、男を掴んだ腕の力を緩めてしまう。
途端、襟首を捕まれて身体を引き剥がされ、投げ捨てられるように放り出されてしまった。
「くそっ、ごちゃごちゃ言ってる暇はねえ! 今日中に片付けねえと……!」
少年が起き上がる間に男は既に女を追って駆け出していた。
ぐんぐんと遠ざかってく男の速さに驚きながらも、少年は唇を噛む。
事情はよくわからないが、このまま見逃してしまえる訳がない。
咄嗟の事で、しかも久しく慣れていないかったために忘れていた動作を思い出す。
己が左胸に手を添えて意識を集中する。身体の奥に眠るモノが彼の意識に呼応するように動悸し、輝きを放つ。
湧き上がってくる衝動と噴き出してくる力に呼びかけるように少年――武藤カズキは咆哮した。
静寂の中に紛れ込んだノイズを耳にして少年は振り返った。
耳をすまして様子を窺うと、再びノイズが響く。
聞き間違いではない。しかも、それは尋常のモノではない。
そう認識した瞬間、彼は既に走り出していた。
がらんとした車道を一気に横切り、ビルの隙間から路地裏へと入り込む。
次第に大きくなっていくノイズ――もはや雑音というより爆音だ――を頼りに彼は迷路のような路地を駆け抜け、そこに辿り着いた。
そこは迷路の行き止まり。
もはや先のない壁にもたれている女性。
そして少年に背を向けて、彼女の逃げ場を塞ぐようにして立つ一人の男。
背格好からして少年と同年代の男のようだった。
ただ、その男は手に無骨な大剣を携えていた。
見ればその周囲一帯はそこかしこが崩れていて、戦闘の痕跡が見て取れた。
「さあ、もう終わりだぜ」
男が大剣を振り上げる。僅かに差した月光に、剣の柄にはめられた宝玉が鈍い光を放った。
恐怖におののく女の顔を見たと同時、少年は渾身の力で地を蹴った。
「やめろっ!」
「――なっ!?」
驚くほどの速さで少年は男に組み付き、壁に押し付ける。
不意を打たれたのか男は驚愕の表情を浮かべて少年を見た。
「――っ」
少年の闖入を機と見たのか、女性は身を翻して走り出す。
男は逃げ出した女を舌打ちして睨み据え追おうとしたが、しがみ付いた少年がそれを許さない。
「お前、何やってんだ!?」
「それはこっちの台詞だろ! お前こそ何やってるんだ!」
「何言ってんだ! "ココ"にいるってこたあお前も『ウィザード』なんだろ! アイツは『エミュレイター』だぞ!」
「……うぃざーど? えみゅれいたー?」
聞いた事のない単語に少年は思わず眉をひそめ、男を掴んだ腕の力を緩めてしまう。
途端、襟首を捕まれて身体を引き剥がされ、投げ捨てられるように放り出されてしまった。
「くそっ、ごちゃごちゃ言ってる暇はねえ! 今日中に片付けねえと……!」
少年が起き上がる間に男は既に女を追って駆け出していた。
ぐんぐんと遠ざかってく男の速さに驚きながらも、少年は唇を噛む。
事情はよくわからないが、このまま見逃してしまえる訳がない。
咄嗟の事で、しかも久しく慣れていないかったために忘れていた動作を思い出す。
己が左胸に手を添えて意識を集中する。身体の奥に眠るモノが彼の意識に呼応するように動悸し、輝きを放つ。
湧き上がってくる衝動と噴き出してくる力に呼びかけるように少年――武藤カズキは咆哮した。
「―――武装錬金!!」
世界を照らすような輝きに、少年に背を向けて走る男――柊蓮司も思わずそちらを覗き見た。
そして自分に向かって疾走してくる輝きに眼を見開き、身体を捩ってそれを回避する。
「くっ……!?」
擦過する光をどうにかやり過ごし、蓮司は自分の前に立ち塞がった少年を観察した。
先程はいきなり揉み合いになったので判別しかねたが、今眼の前で見るにその立ち居も、やや小ぶりな槍を構える姿も堂に入っていて、
明らかに素人ではなかった。
「……どういうつもりだ、お前」
「どういうつもりもない! 今女の人を襲ってただろ! お前がブラボーの言ってたホムンクルスなのか!?」
「ほむ……何?」
「え?」
「……いや待て! それ以前に俺がアイツを襲ってたってのはどういう事だ!
お前もウィザードならあいつが何なのかわかってるはずだろ!」
「……さっきも言ってたけど、その『うぃざーど』とか『えみゅれいたー』ってなんだ?」
「はぁ……!?」
カズキの質問に蓮司は大きく眼を見開き、肩をがくんと落とした。
そして彼は所在なさげに手を彷徨わせながら何事かを言おうと口をぱくぱくさせ――そしていらついたように頭を掻き毟った。
「くそっ、訳がわからねえ……俺は色々と切羽詰ってんだよ! 覚醒したてなのか知らねえが邪魔するな!」
「ふざけるな、訳がわからないまま見過ごすなんてできる訳ないだろ!」
「~~~っ」
なおも立ち塞がるカズキに業を煮やしたのか、蓮司は手にしていた大剣を握り締めた。
僅かに緊張した空気を感じ取ったのか、カズキもまたランスを握る手に力を込める。
「イチイチ説明してる暇はねえ、今日中に終わらせないと追試――とにかくちょっと眠っててもらうぞ! 詳細は後でアンゼロットに聞け!」
「アンゼロットって誰だよ! そんなんで退けるか――!」
そして自分に向かって疾走してくる輝きに眼を見開き、身体を捩ってそれを回避する。
「くっ……!?」
擦過する光をどうにかやり過ごし、蓮司は自分の前に立ち塞がった少年を観察した。
先程はいきなり揉み合いになったので判別しかねたが、今眼の前で見るにその立ち居も、やや小ぶりな槍を構える姿も堂に入っていて、
明らかに素人ではなかった。
「……どういうつもりだ、お前」
「どういうつもりもない! 今女の人を襲ってただろ! お前がブラボーの言ってたホムンクルスなのか!?」
「ほむ……何?」
「え?」
「……いや待て! それ以前に俺がアイツを襲ってたってのはどういう事だ!
お前もウィザードならあいつが何なのかわかってるはずだろ!」
「……さっきも言ってたけど、その『うぃざーど』とか『えみゅれいたー』ってなんだ?」
「はぁ……!?」
カズキの質問に蓮司は大きく眼を見開き、肩をがくんと落とした。
そして彼は所在なさげに手を彷徨わせながら何事かを言おうと口をぱくぱくさせ――そしていらついたように頭を掻き毟った。
「くそっ、訳がわからねえ……俺は色々と切羽詰ってんだよ! 覚醒したてなのか知らねえが邪魔するな!」
「ふざけるな、訳がわからないまま見過ごすなんてできる訳ないだろ!」
「~~~っ」
なおも立ち塞がるカズキに業を煮やしたのか、蓮司は手にしていた大剣を握り締めた。
僅かに緊張した空気を感じ取ったのか、カズキもまたランスを握る手に力を込める。
「イチイチ説明してる暇はねえ、今日中に終わらせないと追試――とにかくちょっと眠っててもらうぞ! 詳細は後でアンゼロットに聞け!」
「アンゼロットって誰だよ! そんなんで退けるか――!」
両者は同時に地を蹴る。
蓮司の持つ魔剣の宝玉が力を灯し、カズキの持つランスが展開して光の奔流を放つ。
夜闇の静寂、紅の月の下。
二人の戦士が衝突した。
蓮司の持つ魔剣の宝玉が力を灯し、カズキの持つランスが展開して光の奔流を放つ。
夜闇の静寂、紅の月の下。
二人の戦士が衝突した。