Sの誇り/それが、愛でしょう ◆SrxCX.Oges
小洒落た内装のレストランが建てられた場所は、地図上の座標で言えばA-6。
園咲の屋敷が位置するG-4から随分と離れてしまっている。
今の私にお似合いだとでも言う気かしら。そんな皮肉めいた呟きが、店内の椅子に腰掛ける
園咲冴子の口から漏れた。
「まだよ。私はこんな所で終わらない」
次いだ言葉は不屈の意志を表すものだった。
長年に及んで培われた彼女の意地は、『ミュージアム』の頂点を掴むという目標の達成に頓挫した今でも決して衰えることは無い。
彼女を認めなかった園咲家の長、園咲琉兵衛への対抗心だけあれば前へ進めるのだ。
そんな冴子の口から出る台詞として、先程の言葉は至極当然のものだった。
「だったらどうするべきか……考えるまでもないわね」
自分に殺し合いを“命令”する真木清人には腹が立つ。園咲の女が随分と舐められたものだ。
園咲琉兵衛と同様に、あの男にも嫌と言うほどわからせなければならないだろう。この自分を舐めた報いを。
しかし、だから殺し合いには乗らないという答えに至るかといえば、否。
殺し合いに反抗する、つまり正義を掲げて無価値な人間のためにまで身体を張る。まさにあの仮面ライダーが選ぶだろう道だ。
それが冴子には素晴らしい選択だと全く感じられなかった。そんな無駄な苦労をするくらいなら、敵となる相手を全滅させる方がずっと手っ取り早いではないか。真木への報復など優勝の後で構わない。
だから冴子はこの殺し合いに乗る。他人からの強制ではなく、冴子自身の意思として。
「むしろ気になるのは、あの人が此処にいること……」
冴子は自らと同じく殺し合いを課せられた者達に思考を巡らせる。
目の前に何度も立ち塞がった仮面ライダー達、スポンサーの立場を超えて冴子を助けた薄気味悪い男がいるが、今はそれほど優先して考えるべき存在ではない。
冴子にとって誰よりも重用なのはただ一人の男だ。
井坂深紅郎。ガイアメモリへの底知れぬ欲望の持ち主にして、冴子が唯一心の底から慕った男。
彼はかつて冴子と共に未来を誓い合い、二人の野望の成就のために歩み出した。しかしその未来は紡がれることなく、井坂が仮面ライダーに敗北し、その命がガイアメモリの闇に呑み込まれて幕を閉じた。
「確かに貴方はあの時に死んだ……でも、戻ってきてくれたのね」
ふと気付くと、声が震えていた。
冴子の目の前で朽ち果てた筈の男が、生きて何処かにいるのだ。
ならば、彼と会わなければならない。
どのようにして蘇ったのか? その疑問を確かめたいという理由もある。でも、第一の理由はまた別のもの。
もっと単純に話したいとか触れ合いたいとかの欲求を起こさせる感情、即ち愛情に従うだけ。
「井坂先生、今度こそ貴方を失わないわ。だから、私の傍に来て」
この殺し合いは五つの陣営に別れての団体戦である。
デメリットを挙げるなら、冴子と井坂が異なる陣営に分かれた敵同士の関係となる可能性だ。しかし嘆く必要は無い。後からでも十分に解決可能な話だから。
ルール上、割り振られた陣営は後から変更が可能だ。無所属の参加者にリーダーがセルメダルを投入して自陣営に組み込めばいい。
つまり、たとえ冴子と井坂が異なる陣営だったとしても、井坂にとってのリーダーを倒した後で黄陣営のリーダーを唆して井坂を仲間にさせればいい。
立ち回り次第では二人揃って生還できるのだ。そのためにもまず井坂との合流は急務だ。
付け加えれば、同じく黄陣営の参加者とも合流したいところだ。団体戦である以上、戦力増強のためにもとりあえずは手を組むに値する相手だ。
井坂と再会する。そして優勝し、自分を侮辱した者達全てに鉄槌を下す。
野望と希望を胸に抱え、冴子は立ち上がって歩みだした。
◆
しかし、数歩進んで立ち止まる。
「……本当にそれで良かったかしら?」
優勝に辿り着くだけなら前述の通りのやり方で問題はない筈だ。気になるのは、勝ち残った後に何が残るか、その詳細である。
冴子は先程目を通したルールブックを取り出し、もう一度ルールを読み直す。
そして、基本ルールの『報酬』の項を読んで自身の計画の欠点に気が付いた。
『(2)リーダーは自陣営から指名した参加者(人数自由)と生還できる』
「いけないわね。私としたことが、こんなつまらない落とし穴に嵌りかけるなんて」
生還できる参加者は全員とは限らず、最終決定権は陣営のリーダーに握られている。この一点こそが冴子にとっての落とし穴だ。
リーダーが陣営の仲間全てに生還を許可する器量の広さを持つ、もしくは冴子や井坂に価値を認めるならば何も気に病んだりはしない。
しかし未だ顔も知らないリーダーが、必ずしも冴子にとって都合の良い人柄の持ち主とは限らない。もしリーダーが冴子や井坂と反りが合わないなら、リーダーは優勝の後で真木にこちらの処分を依頼することが十分に有り得る。
この懸念は、冴子にとってはあまりに重大なものだった。
――井坂という例外を除けば、園咲冴子は他人を心から信用する人間ではない。
冴子はリーダーにとって有益な働きをすれば十分だ、などと安心しない。リーダーに疎まれる可能性を頭から捨てることが出来ない。
人が人を嫌悪する動機など、憎悪、侮蔑、嫉妬、挙げればキリがないのだから。
そんな些細な感情で他人の身柄を好き勝手にする権限を持つ相手に、自分の命を託さなければならない。なんと不条理な話だろうか。
――園咲冴子はあまりに気高い人間だ。
全ての決定権がリーダーに握られている以上、冴子にはリーダーにとって有益な働きは「相手の顔色を伺う」「胡麻を磨る」「媚を売る」という情けない意味に帰結するようにしか思えなかった。
いや、もっと根本的な問題として、冴子の上に誰かが居座っているという状況そのものが気に食わない。
上昇志向を糧に生きてきた冴子にとって、誰かが高みで胡坐をかいて得意顔をしているなど納得できないのだ。
所詮誰かの手下でしかいられない事実に対してただ不愉快さしか感じられない。といって、リーダーよりも優位に立つことは可能なのか?
「……なんだ、方法はあるじゃない」
思わずほくそ笑む冴子が見つけたのは、『グループ戦について』の項に書かれた一文だった。
『 (2)グリード不在中に限り、同色コアメダルの最多保有者がリーダーを代行する』
「リーダーはグリードに限らない。私でも一向に構わない、ってことね」
“今の”リーダーを蹴落として自分がリーダーになる。それが冴子の答えだった。
グリードとは、真木という男の側にいたドーパントのような怪物を指すらしい。あの中の一体が黄陣営のリーダーだという。
奴を見つけ出して、殺す。そして黄色のコアメダルを根こそぎ奪う。
これだけで安寧かつ優位な立場に着けるのだ。プライドの高い冴子からすれば最適の選択肢だ。
『(4)リーダーが、無所属の参加者にセルメダルを投入した場合、自陣営の所属とする』
また、他の参加者を自陣営に組み込めるのもリーダーの特権だ。
井坂を陣営の仲間にする際に、いちいち他人に頼み込む必要は無い。自分のセルメダルを一枚だけ用いれば済む話だから。
誰を介することもなく井坂との繋がりを持てるのだ。こっちの方が断然良い。
「井坂先生。私はもう貴方を失いたくない」
ところで、冴子は井坂に対して強い思慕の情を抱いている。
それにも関わらず冴子自身がリーダーになる、即ち井坂の上に立つという考え方に対して僅かに疑問を抱く者もいるかもしれない。
しかし冴子にとっては何も問題は無い。彼女にとっては『井坂を従える』ではなく『井坂を守る』という意味を持つからだ。
戦闘の勝敗は、決して簡単に決まるものでは無い。
本来の能力だけでなく、相性、心身の調子、情報量、細かな判断ミス……無数に存在する要因の一つや二つで、本来考えられる結末が全く変わることもある。
最強や無敗の称号を掲げていようと、敗北は何者にも有り得る話だ。
極上のガイアメモリを有する井坂ですら死に至ったように。
「どんな敵がいるかわからないのに、貴方を危険に晒すわけにはいかないわ」
そしてこの殺し合いの環境では、何十もの未知の猛者との戦いを強いられるだろう。
では、この殺し合いで最も命を狙われやすいのは誰か。それは各陣営の頭、つまりリーダーだ。
先程はリーダーの地位を安寧と表現したが、あくまで優勝した後の話だ。
恵まれた地位に立つ者は、代償として戦いの続く限り敵対する陣営のほぼ全ての参加者から矛先を向けられるだろう。
いや、同じ陣営の参加者でも完全に気を許すことは出来ない。冴子と同じく下克上を目論む者が一人もいないとは断言できないのだから。
その危険極まる場所に、井坂を置きたくなかった。
井坂を弱者などとは今でも思っていない。それでも、万が一の事態を憂慮して井坂ではなく自身を危険に晒そうと決めた。
冴子の選択は茨の道だが、進むことに迷いは無かった。
ただ一重に、愛しい人を亡くす絶望を二度と味わいたくなかったから。
◆
「そのためにも戦力は欠かせないわね」
そう言って右手に目を向ける。
手中に収まる一つの箱こそが今の冴子の主戦力――ガイアメモリだ。
と言っても、彼女が何度も使い慣れたタブーメモリは既に失われた。
今持っているのは、かつて冴子が利用価値を認め、しかし結局は切り捨てた男が使っていた物だ。
ボタンを押せば、その名前が囁かれる。
――NASCA――
ゴールドのガイアメモリは強力だが、使用の度に身体を極度に傷つける副作用を持つ。
本来ならばそれを防ぐために制御装置ガイアドライバーを介して使うのだが、今の冴子にその意思は無く、生体コネクタからの直挿しで通している。
メモリとの相性が良かったのか、以前使った時は身体の異常をさほど感じなかった。それでも、何度も使えばいつかは斃れるだろう。
だからといってやめるつもりは無い。生体コネクタからの直接挿入によるメモリの完全解放。それが井坂の拘りであり、今度は冴子も従おうと決めたために。
ナスカメモリ以外の支給品を思い浮かべる。全部で三つの内、二つが外れで一つが当たりだった。
一つ目は何世代も前の型と思われるパソコン。製品名は『IBN5100』というようだ。事務作業には必須のアイテムだが、この殺し合いで必要となる場面はあまり想定できない。
二つ目は袋に入った7枚のクッキー。人の顔を模したものが4枚に、蜜柑の形が2枚、それにカメラの形が1枚。袋の走り書きによると、光夏海という人物が作ったらしい。……まあ、糖分が欲しくなった時にでも食べればいいか。
三つ目が当たり、有益な物だ。それは、ナスカメモリとは別のガイアメモリだった。
「データでしか知らなかったけど、まさか実物を見る日が来るなんてね」
冴子が初めて見る型だったが、長年ガイアメモリの流通に携わってきたからその価値がわかる。どれほど恐ろしい能力を持つか、データとして確かに記憶している。
だが純粋な戦闘用としては今ひとつ頼りない。今の時点で最も当てに出来るのはやはりナスカメモリだろう。
そして何人もの敵を相手にする以上、もっと多種に及ぶ武器が欲しい。箒と呼ばれた少女が身に纏った戦闘服のように、未知の武器はまだまだある筈だ。
勝ち残るためには、協力相手に並んで武器の確保も課題だ。
◆
井坂と再会する。そして優勝し、自分を侮辱した者達全てに鉄槌を下す。
先程までの方針の前提として、”今の”リーダーをこの手で討つ、と付け加えた。
必要なのは、当面の協力相手と有力な武器の確保。
行動方針は今度こそ固まった。よって園咲冴子は改めて歩を進める。
「見せてあげるわ。園咲の名がどれほど重いものかを、ね」
誰に向けるでもなく呟いて、冴子はレストランのドアを開けて外に出た。
胸に何処までも深い野心と、一途な愛を抱えて。
◆
最後に、冴子の支給品の一つ、第二のガイアメモリについて少し話をしよう。
それが人の手に渡ったのはもう10年も前の話になる。現在に至るまで幾多のガイアメモリが街に涙を流させてきたが、始まりは冴子が持っている型だった。
その脅威はかつて多くの人々の命を奪い、一人の探偵の大切な絆を無残に断ち切った。
全ての悪夢の始まりとなったそのガイアメモリの名前は――
――SPIDER――
【1日目-日中】
【A-4/レストラン前】
【園咲冴子@仮面ライダーW】
【所属】黄
【状態】健康
【首輪】100枚:0枚
【装備】ナスカメモリ@仮面ライダーW、スパイダーメモリ@仮面ライダーW
【道具】基本支給品一式、IBN5100@Steins;Gate、夏海の特製クッキー@仮面ライダーディケイド
【思考・状況】
基本:リーダーとして自陣営を優勝させる。
1.黄陣営のリーダーを見つけ出して殺害し、自分がリーダーに成り代わる。
2.井坂と合流する。異なる陣営の場合は後で黄陣営に所属させる。
3.協力相手と武器が欲しい。
【備考】
※本編第40話終了後からの参戦です。
※ ナスカメモリはレベル3まで発動可能になっています。
※何処に向かうかは次の書き手さんにお任せします。
最終更新:2013年03月01日 21:52