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愛憎!! ◆MiRaiTlHUI



 目の前に横たわる左翔太郎の遺体がフィリップの言葉に応えてくれることは、もう二度とない。フィリップとてもう子供でもないのだ、そんなことはわかっている。死んでしまった命は、どんなに悔んでも、どんなに足掻いても、もう二度と返って来ることはない。
 いや――厳密には、どうしても生き返らせることが出来ないという訳ではない。
 フィリップは、生ける屍となった男たちを知っている。死んだその身に細胞維持酵素を打ち込み、生前を遥かに凌ぐ超人兵士・ネクロオーバーとして蘇生した、常識から逸脱した集団を知っている。
 翔太郎のダメージは確かに致死量だが、ネクロオーバーとして蘇生すれば話は別だ。どうにかして細胞維持酵素さえ確保出来れば、この程度の傷などきっとすぐに回復出来る。そうすれば、或いは翔太郎を蘇生させる事だって出来るかもしれない。
 翔太郎ともう一度会える可能性があるとすれば、今のフィリップにはそれしか思い付かなかった。翔太郎をネクロオーバーにすれば、仮面ライダーダブルは復活する。不死身の身体を得た翔太郎は、今度はフィリップと同じ化学の子として、今までよりもずっと強力な相棒となるに違いない。

「……そんな、馬鹿な」
 緩くかぶりを振って、儚げな自嘲と共にフィリップは有り得ない幻想を振り払った。
 考えはしたが、果たして翔太郎がそれを望むだろうか。あの大道克己のように、次第に人間性が薄れ悪魔になっていく哀しい運命を背負わされて、あの翔太郎が喜ぶだろうか。最期の瞬間まで正義を胸に懐き、こんなにも安らかな顔のまま逝った翔太郎が、フィリップのエゴを受け入れてくれるだろうか。
 いや、そんなことは考えるまでもない。翔太郎という男が、命を冒涜するネクロオーバーを是としないであろうことは今まで相棒として長い時間を彼と過ごして来たフィリップにはわかる。相棒には生きていて欲しいと思うが、それが相棒を苦しめることになるなら、フィリップとてそんな結果は望まない。

「分かっているさ翔太郎……こんなところで立ち止まっている暇があるなら先に進めと、君はそう言うんだろう?」
 問いの答えは返って来ないが、それでも翔太郎ならきっとそう言うのだろうと、確信を持って言える。
 瞳に溜まった涙を拭って、フィリップは立ち上がった。
 本当なら、もっとずっと翔太郎のそばに居てやりたい。本当なら、きちんとした墓を作って、手厚く葬ってやりたい。そんな願望はあるが、しかし今この瞬間も誰が殺されているかわからないこの殺し合いの場にあって、フィリップにそんな余裕はない。
 立ち止まるのはもう終わりだ。涙は十分過ぎる程に流したし、休憩と呼ぶには上等過ぎる程の時間をここで過ごした。彼の死を受け入れて、それでも前に進まなければ、それこそ翔太郎の死を無駄にしてしまうようなものだ。
 哀しくないのか、と問われると、それは嘘になるが、それでもフィリップには、翔太郎から受け継いだ意思がある。この殺し合いを絶対に崩壊させてやるという決意と、そして、どんな困難が立ち塞がろうとも前へ進んで行く勇気。
 何よりも、もうこれ以上ここで立ち止まっていたくはない。翔太郎の事を思うなら、一刻も早く次の戦場へ向かい、一人でも多くの無辜の命を救うべきだと考える。

「僕はもう行くよ、翔太郎。君の意思は、僕が継ぐ。だから、君は安心して眠ってくれ」
 ついさっきまで翔太郎の腰に巻かれていたダブルドライバーと、たった二本しかないガイアメモリをぎゅっと握り締めて、フィリップは決意を新たに翔太郎に背を向けた。
 二人の絆であるダブルのベルトと、共に過ごした想い出だけを形見として受け継いで、フィリップはまだ見ぬ戦場へと歩き出すのだ。

「――ねえ、お兄ちゃん」

 そんなフィリップを背後から呼び止める声に、フィリップは背筋をぞくりと悪寒が駆け抜けていくのを感じた。
 声音は未だ幼い少女のそれに聞こえるが、しかしその声が孕んだ氷のような凛冽さは、幼子にしてはあまりにも異常。背中越しにぶつけられた幼い狂気は、フィリップに警戒の念を懐かせるには十分過ぎた。

「――誰だッ!?」
 別段何かを考えての行動という訳ではない。咄嗟に懐からT2サイクロンメモリを取り出して、フィリップは振り返る。メモリ自体がフィリップにそうさせたのか、それともフィリップが自らの意思でこのメモリを頼り手に取ったのかは、この際どちらでも構わない。
 フィリップを呼び止めたのは、声のイメージの通りの幼い少女だった。外見の印象から想像するに、歳の頃はまだ小学生に上がるかどうかというくらいだろう。
 その幼い身体には、一切の衣類が纏われてはいない。見えてはいけない部分のみが――さながら面積の少なすぎる水着のような――無機質な装甲で覆われている。黒く煤けた身体が、どうして彼女が服を着ていないのかを物語っていた。

「君は……」
 フィリップが声を掛けようとした、その時だった。
 少女の背から現れた歪な形の翼が二枚、瞬く間に肥大化して、付近に横たわる翔太郎の遺体と、アストレアの遺体を突き刺した。
 死人に鞭打つようなその暴挙に瞠目するフィリップなど気にも留めずに、少女はまるでそれが当然であるかのように酷薄な笑みを浮かべながら、二人の身体を吸収し始めた。
 どくん、どくん、とその翼を脈打たせて、二人の遺体を己が養分として取り込んでゆく。

「何を……っ、何をしているんだ君はっ!?」
「お兄ちゃん、しってる? 沢山痛くして、沢山殺して、沢山食べるのが愛するって事なんだよ」
「な……ッ」
 幼い少女の言葉に、まるで感情を感じさせぬ薄ら笑みに、フィリップは絶句した。
 狂っている。この少女は、もう既に壊れてしまっている。フィリップがその確信を懐いたのは、翔太郎とアストレアの身体が完全に吸収され尽くし、少女の糧となって消滅したのを見届けたあとだった。

 仲間の、相棒の遺体を蹂躙した少女への怒りもあるが、今はそれ以上に、目の前の狂気に言葉を失ってしまう。おそらくこの少女は、怒りも憎しみも、哀しみさえも感じてはいない。ただ言葉の通り、その行動を愛として受け入れ、何の疑いもなく、悪気すらもなく、純粋に他者を愛そうとしているのだ。
 こんなにも幼い少女を、一体誰がここまで壊してしまったのだろう。余りにも不憫で、余りにも憐れなこの少女を、一体どうして責められようか。フィリップが懐いた感情は、怒りも哀しみも通り越した「憐憫」だった。
 それは間違っているんだ、君の言うそれは愛情ではなくただの自分勝手な暴力なんだと、そう伝えようとする間すらなく、少女の標的はフィリップへと変わる。

「だから、お兄ちゃんにも愛をあげるね!!」
「――ッ!!」
 少女の背の翼が鋭い刃へと瞬転、空を裂いて一斉にフィリップへと殺到する。
 ――CYCLONE!!――

 電子音に次いで響いたのは、全ての音を掻き消す突風の轟音。
 フィリップがT2サイクロンメモリを己が首筋に叩き込むと同時に、その身を守る突風が吹き荒れ竜巻となって迫り来る翼の軌道を逸らす。
 かつての所持者がそうしたように、フィリップもまたサイクロンの風を巻き上げて己が身体を上空へと舞い上げる。風の力のみに特化したT2の力は、こと風を操るという分野においては、相棒と共に変身していたダブルよりも数段上の性能であると理解する。
 未だこのメモリの戦い方は把握し切れてはいないが、今は戦う事よりもあの少女を止めて説得することの方が先決だ。巻き上げた竜巻の中、どうやってあの少女を説得するか、と考え始めた時点で――フィリップは、この少女がそんな生半可な相手でない事を理解する。

「お兄ちゃんも井坂のおじさんみたいに変身するんだね」
「な……っ!? 井坂っ――」
 瞬く間にフィリップの視界から消え去った少女の囁き声が、今度は背後から、それも耳元で響いた。
 振り返ったフィリップが見たのは、少女が掲げた掌の上で燃える、赤黒く燃える炎の弾。今のほんの一瞬で、少女はフィリップの背後まで回り込んだのだと理解する頃には、炎の弾が極至近距離からフィリップの胴に叩きつけられて爆ぜ、何らかの反応をすることすらもままならず、緑のドーパントの身体はさながら流星のように地面へと急降下していった。
 次にフィリップを待ち受けるのは、地面との激突だ。砕け散るアスファルト。舞い上がる砂埃。強かに身体を打ち付けたが、しかしT2ドーパントの身体はその程度で崩壊するほど軟でもない。
 鈍い痛みを感じながら起き上がったフィリップは、上空に浮かんだ少女を視界に捉え、そして瞠目した。
「どういうことだ……? ほんの僅かだが――身体が、成長している!?」

 少女の身体が、先程よりもやや大きくなっているのだ。伸びた身長はほんの数センチだが、ドーパントの視力とフィリップの観察眼を以てよもや見間違いなどというお粗末なことは有り得ない。さっきまで“小学校に入学するかどうか”程度の外見だった少女は、確かに数センチ程身長が伸びて、今や“小学校低学年くらい”の身長と外見をしているように見受けられる。
 驚異的な成長速度だ。まともな人間ならば一年二年とかかってもおかしくはない成長を、あの少女はフィリップと出会ってからのほんの僅かな時間で一気に進めたのである。
 それがあの少女の元々の体質ゆえか、それともアストレアと翔太郎の身体を吸収したからか、はたまた全く別の何らかの要因があるからかはフィリップには解らないが、このまま放っておけば、おそらくあと数時間もすればあの少女はフィリップの背丈をも越す可能性がある。

「一体君は何なんだ!?」
「沢山愛して、沢山食べたから、沢山大きくなれたみたい!」
「馬鹿な! そんな理屈がッ……」
 そんなことは当然、フィリップの常識で考えれば有り得ない。有り得ないとは思うが、しかし目の前の現実がフィリップの常識をも覆す。今重要なのは固定観念に囚われた常識などではなく、目の前の現実にどう対処し、彼女をどう説得するかだ。
 フィリップの予想が正しければ――あの少女が一体どうして成長したのか、本当のところはわからないが――少なくともあの少女が無意味に他者を吸収しているとは考え難い。おそらく少女が今し方見せ付けたあの尋常ならざる加速力もきっと、本来はアストレアが持っていた加速力なのではとフィリップは予測する。
 それはつまり、もしもメタルメモリとトリガーメモリまでもが翔太郎の遺体と共に吸収されていたなら、今頃あの少女はメタルとトリガーの力まで手に入れていたという想像も出来るということだ。有り得たかもしれない進化の可能性に肝が冷える思いだった。
 翔太郎の形見だけでも奴に食われる前に確保しておけたのは、――こんな事になるとは予測していなかったとはいえ――正しい判断だったと言えよう。
 何はともあれ、説得するなら今だ。奴がこれ以上何かを取り込んで、手がつけられなくなる前に止めなければならない。このまま強化と狂化を重ねれば、きっと彼女はとんでもない災厄そのものとなってしまう。
 翔太郎は奴に身体を吸収されてしまったが、しかし当の翔太郎本人だって、きっと彼女の撃破よりも、彼女を止めることを望む筈だ。彼女は悪意すらもなく、ただ間違えた事を正しい事だと誤認して暴れているだけの憐れな子供なのだから。
 フィリップは痛む身体を起こし声を荒げた。

「君は井坂深紅郎に会ったのか!? こんな事が人を愛する事だと、彼が教えたのか!?」
「井坂のおじさんは、食べる事が愛することだって言ってた。それでね、殺して、胸が痛くなるのが愛だって教えてくれたのは、火野のおじさん! でも、そこから先は自分で考えたの! わたしは自分で愛を見付けたんだよ!」
「それは違う! そんなものは愛じゃない!」
「じゃあ愛ってなあに? 違うっていうなら、お兄ちゃんが教えてよッ!!」
 少女の両手に、赤黒い火炎が宿る。
 これは、マズイ――なべて強化されたドーパントとしての感覚が、フィリップの脳内で警鐘を鳴らす。言葉による返事よりも何よりも優先して、フィリップはアスファルトに突風を叩きつけ、その反動で己が身体を吹き飛ばした。
 空中で姿勢制御をし、フィリップは先程まで自分がいた場所がごうと燃え盛る黒煙によって焼き払われるのを見た。さっき喰らった一撃よりも威力が大きい。この攻撃をあまり喰らい過ぎる訳にはいかないというのは、火を見るよりも明らかだった。
 フィリップが今考えるべきは、如何にしてあの火炎弾の弾幕を掻い潜ってあの少女に接近して戦力を奪うか、だ。何とかして攻撃さえ封じてしまえば、話をするチャンスは来る、筈だ。
 少女は無邪気な哄笑と共に、さながら幼い子供が子虫をいたぶるかのように両手で作った火炎弾を次々と投げ放つ。それを、空中に浮かんだまま右へ左へと風を巻き起こし、寸でのところで躱してのけるフィリップ。どうにも回避が間に合わない火炎弾には手から放った突風をぶつけ、軌道を逸らすことで対処する。
 が、それが出来ていたのは最初のうちだけだ。未だT2サイクロンに慣れぬフィリップの回避行動からは、次第に余裕が失われてゆき――そんなフィリップを弄ぶように、少女は人差し指を天に向けた。

「あはははははっ! 凄い凄い、よくかわすね! じゃぁ、これはどうかなぁ!?」
 少女を中心にして、空を暗雲が覆う。暗雲は周囲の風を巻き上げて、フィリップが生み出すそれと同程度の規模の竜巻を発生させ、そこに輝く稲妻と冷たい雨がプラスされる。
 激しい風圧を伴った、人の命を容易く奪い去る程の雷雨だ。
 その攻撃を、フィリップはよく知っている。天候を操作するこの協力無比な戦闘スタイルに何度も苦しめられたからこそ――

「君は……まさか、あの井坂深紅郎を、ウェザーを吸収したのか!?」
「えいっ!」

 フィリップの問いに対する返答は、何処までも幼稚な叫び声。
 必死さなど微塵も感じられぬ軽い一声と共に放たれる、雷雨を纏った竜巻。それらが四方からフィリップ目掛けて殺到する。何とか風の合間を掻い潜って離脱をしようにも、無数の竜巻がぶつかり合って生じる荒れ狂う風は、小さなフィリップを容易く飲み込み翻弄する。
 上手い飛行が出来ないフィリップの身体を打つのは、風によって巻き上げられた砕けたアスファルトの破片だ。幾つもの破片が、とんでもない風速でフィリップの身体を打ち付け、その身動きを完全に封じる。下手な台風よりもずっと激しく暴力的な豪雨の中で、飛び交う石片と迸る稲妻に打たれたフィリップが地へと墜ちるまでに、そう時間はかからなかった。

「くっ……なんて滅茶苦茶な……!」
 相手をただの不思議な力を持った少女だなどと思うのはやめたほうがいい。今フィリップが戦っているのは、あの凶悪なウェザードーパントだ。彼女と出会った井坂深紅朗がどうなったのかはこの際考えないでおくとして、フィリップが今すぐに考えるべきはウェザードーパントに対抗する為の手段なのだ。
「何か……何かある筈だ! この状況を打破する何かが……!」

 いや、手段ならある。
 今彼女が巻き起こしている竜巻の規模は、確かにウェザーが巻き起こしていたそれよりも強力であるかのように思える。しかし、言ってしまえばそれは、子供が自分の手には有り余る玩具を手に入れ、ただ乱暴に振り回しているだけのような……そんな稚拙があった。
 そこにフィリップは、一か八かの勝機を見出した。ただ乱暴に吹き荒れるだけの竜巻は、確かに井坂が巻き起こすそれよりもずっと暴力的なのかもしれないが、しかし井坂のそれと比べれば、随分と滅茶苦茶な風の動きだ。おそらく、まだ己の力を御し切れてはおらず、ただ力任せに竜巻を起こしただけなのだろう。
 フィリップはサイクロンドーパントとしての五感を研ぎ澄まし、迫り来る無数の竜巻の中で、最も“脆い”場所を探し――竜巻同士がぶつかり合い、ひしめき合うその中に、一点の風の“ほつれ”を見出した。

「――そこだ!」
 チャンスは一瞬。見出した風のほつれに、サイクロンドーパントの持てる最大風圧の突風をぶつけることで、そのほつれを大きくする。結果、瞬間的に風圧が一気に弱まり――それでも十分過ぎる豪風だったが――、風の通り道が出来たのを、フィリップは見逃さなかった。
 風を操り己が身体を飛翔させたフィリップは、一瞬の隙を突いてそこから外へ脱出した。
 されど相手はあのウェザー。それで安全が訪れるのかと思いきや、そんなに簡単に行くわけがない。やっとの思いで竜巻地獄から抜け出せたかと思えば、次にフィリップを待ち受けるのは、少女が放つ稲妻の嵐だった。
 天を指差した少女の頭上に、青白く輝く稲妻の塊が発生している。そこからまるで、フィリップに吸い寄せられるように幾重にも稲妻が伸びて、空を翔ける緑を再び地に叩き墜とそうとするのだ。
 それを必死になって掻い潜りながら、フィリップは叫ぶ。

「やめてくれ! 僕は君と戦いたいんじゃない! 話を聞いて欲しいだけなんだ!」
「そんなのいいよ、火野のおじさんがしたみたいに、お兄ちゃんもわたしに愛をちょうだい!」
「それは愛とは言わない! 君や火野の言うそれは、ただの暴力だ! それは人を苦しめるだけなんだ!」
「どぉしてそんなこと言うの? 火野のおじさんがお姉ちゃんに痛いことして殺した時、わたしの胸もとっても痛かったよ。それが愛なんでしょ? だからわたしも、みんなにそれをあげるの!」
「――っ!!」
 そこでフィリップは悟った。今のこの少女に、純粋過ぎるが故に狂ってしまったこの少女に、フィリップが攻撃を仕掛けるわけにはいかない。
 きっと彼女は、何らかの理由があって、火野という名の人物にやられた苦しみを全て愛であると誤認してしまったのだろう。そんな彼女に攻撃を仕掛けたところで、彼女はまたそれを「愛」と捉えるだけなのではないか。だとするなら、彼女の考えを正すには、戦い以外の道を示す必要がある。
 気付いた時にはフィリップから彼女に近付く事はなくなっていた。ただ徒に空を飛びまわり、少女が放つ稲妻を回避し続けるだけの応酬が続いていた。
 状況を打開しなければならないのはわかるが、しかし、その方法が思い浮かばない。こんな時、翔太郎ならどうするだろうか。あの翔太郎なら、きっと逃げ続けるだけでなく、例え無茶な方法ででもこの状況を打開しに掛かるのではないか――そんな事を考えた時だった。

「――おい、いつまで逃げてんだ?」
 不意に、聞き慣れた声が聞こえた。
 それは、ずっと共に戦って来た相棒の耳に心地の良い声。
「なっ……しょ……翔、太郎……ッ!?」
 もう死んでしまった筈の相棒が、今もフィリップにエールを送っているのだろうか。だとしたら、こんなところで挫けるわけにはいかない、と――ほんの一瞬でもそんなことを考えてしまったフィリップは、次の瞬間、非情な現実に絶句した。
 フィリップが聞いた翔太郎の声は、幻聴などではなかった。何故なら、翔太郎は確かにそこに存在しているのだから。

「翔太郎……」
 宙に浮かんだ翔太郎は、天を指差し、稲妻を迸らせながら、フィリップへ向けて酷薄な笑みを浮かべる。翔太郎の顔をしたそいつが、翔太郎が浮かべる筈のない表情で、フィリップに稲妻攻撃を仕掛けてくるのだ。
 最早考えるまでもない。あの翔太郎の正体は、あの少女だ。こんなにもお粗末な変身で、フィリップを騙せるとでも思ったのか。――否、そんなことはやるだけ無駄だ。結局のところ、あの無邪気な少女の変身に意味などはないのだろう、フィリップを騙そうと言う気すらもないのだろう。
 奴はただ、フィリップの心に揺さぶりをかけるというそれだけの為に、翔太郎の顔と声を使っているのだ。
 それがダミーメモリのように、相手の記憶の中から情報を読み取って擬態する能力なのか、はたまた彼女が翔太郎の身体を喰ったから擬態が可能になったのか、それともフィリップの精神に何らかの催眠攻撃を仕掛け、幻覚を見せているのか……真相は定かではないが、今はそれもどうでも良かった。

「その姿を――ッ!」
 一瞬でも浮かれた期待を懐いてしまったことが恥ずかしい。
 一瞬でも翔太郎の死を冒涜するような想像をしてしまったことが情けない。
 そんな自分の惨めさが許せなくて。そして何よりも、あの少女が許せなくて――
「勝手に使うなぁぁぁっ!!」

 フィリップは、絶叫と共に飛翔速度を上げる。飛び交う稲妻をひらりひらりと舞って躱し、余裕の表情で稲妻を放ち続ける翔太郎目掛けて急迫する。
 翔太郎の顔が、その口元がにんまりと歪む。
「やめろ!」
 醜い笑みがフィリップに向けられ、胸が締め付けられるような痛みに襲われる。
「やめてくれ!」
 狂った笑みを浮かべる翔太郎の首根っこを掴み上げて、フィリップは叫んだ。
「これ以上、翔太郎を弄ぶのはやめてくれッ!!」
 あんなにも安らかな表情で逝った翔太郎を喰っただけでは飽き足らず、その姿を使って、その顔をあそこまで醜く歪ませられて。そんなものを見せ付けられて、頭に血が昇らない訳がない。無意識に翔太郎の首を締め上げるその手に力が込められてゆく。相手が生身の人間であったなら、とうに死亡していてもおかしくない程の圧力で、フィリップは翔太郎の首を絞め上げ、地面へと急降下。
 フィリップはもはや翔太郎の顔を見てはいられず、その顔を背けていた。

 どごぉん! と、派手な轟音が響き渡る。
 アスファルトが砕け散り、砂埃が舞い上がる。少女の攻撃が止んだからだろうか、空を覆っていた暗雲は既になくなり、滅茶苦茶に吹き荒れてた突風も、縦横無尽に奔り回っていた稲妻も、その姿を消していた。
 涙を噛み殺して、フィリップは少女を睨む。少女は、未だに翔太郎の顔のまま薄い笑みを浮かべていた。
「ねえお兄ちゃん、どう? 胸が痛いでしょ? これが愛するってことなんでしょ?」
「それは……それは――っ!」

 翔太郎の顔から発せられる幼女の声、その言葉に、フィリップの息が詰まった。
 否定が出来ない。今こんなにもフィリップの胸が苦しいのは、フィリップが翔太郎を誰よりも大切に思っていたからだ。相棒として、仲間として、掛け替えのない存在だったからこそ、彼のことになると虚心では居られなくなってしまうのだ。彼女の言葉を借りるなら、それはまさしく愛情であると言えるのだろう。
「………………っ」
「ほら、ちがうって言えないんでしょ? じゃあやっぱりこれが愛なんだっ!」

 少女の首を掴む手の力が抜けてゆく。
 翔太郎の顔がにたりと一際厭らしく笑ったかと思えば、その顔は少女のそれへと戻り、次いでフィリップと少女の間に、赤黒い炎がぼっ、と音を立てて灯った。
 発生した火は瞬く間にそのエネルギーを増幅させ、フィリップと少女の間の空間を焼き尽くす。元より地面に横たわっている少女はそれ以上沈むことはないが、逆にフィリップの身体を支えてくれるものはなく、緑の身体は爆風と共に上空へと跳ね上げられた。
「ぐぁ……っ!?」

 ドーパントとして強化された肌を焼く火炎の熱に身悶えしながら、フィリップは上空で風を操り姿勢を制御する。
 見下ろせば、燃え上がる爆炎の中で、まるで熱でも感じていないかのように立ち上がる少女の姿が見えた。数歩歩いて炎から出た少女は、身体を汚す黒い煤をぱんぱんと手で払いながら、フィリップを見上げにっこりと笑って見せる。
 やはり、あの無邪気な笑顔には一切の悪意がない。ただ狂ったように、愛を「そういうモノ」だと思い込んで、それに縋って、他者を傷付け続ける。それを間違った事だと言う認識がそもそもないのだから、彼女には周囲の声も届かない。
 だけどそれでも、フィリップは悲痛な叫びを投げかけ続ける。
「君の言う通り……それは、確かに愛と言えるかもしれない。だが、やはり君は間違っている! どうして他者に苦しみを与えなければならないんだ! 愛はそれだけじゃないだろう!?」
「だったら、お兄ちゃんの愛の形をわたしに見せてって言ってるでしょぉ? ねえ、見せてよ、愛を! 愛を、愛を……!! 愛をっ、愛を愛を愛を、愛を愛を愛を愛を愛を愛を愛を愛を愛を愛を愛を愛を愛を愛を愛を愛をぉッ!!」

 狂った笑みの浮かべながら、少女は火炎弾を何発も投げ放ってくる。風が吹き荒れ、再び空を覆った雷雲から雷と豪雨が吹き付ける。少女の火炎攻撃と、ウェザーによる気象攻撃の合わせ技だ。滅茶苦茶な攻撃の嵐に晒されて、フィリップは疲弊しきった今のコンディションでこれ以上の戦闘を続けるのは余りにも不利過ぎるという事実を理解してしまった。
 どの道、フィリップには今の彼女に愛の何たるかを伝える手段がない。今の自分にあるのは、ただ戦う事にしか使えない――それも未だ慣れには程遠い――T2サイクロンメモリの力だけだ。この力で彼女を説得する事も出来なければ、この力だけでは彼女を打ち倒す事も出来はしない。
 今の自分では、彼女を止められないのだ。力も、言葉も、彼女にはまるで届きはしないのだ。今ここでこれ以上彼女と対峙することは、掛け値なしのマイナスにしかならないことに気付いてしまった時、フィリップの中に新たな選択肢が芽生えた。

「………………すまない、翔太郎」
 そう小さく呟いて、フィリップは風を巻き起こした。
 空中のフィリップへと急迫した火炎弾を己が竜巻で巻き上げ、炎の旋風をつくり出す。自らの力で風を操りそれを一気に拡げることで、少女を中心としたこの一帯が、炎の嵐によって巻き込まれた。
 一瞬でも少女の意識を逸らせたなら、それで上等だ。フィリップは、少女から逃げるように背を向け、彼方へと飛翔していった。
 今のフィリップには、もうこれ以上戦う気力がない。ただでさえ翔太郎の死で精神をすり減らしていたというのに、そこへきてあの少女との出会いと、ウェザーをも凌ぐ苛烈な攻撃の嵐――これでは精神力も体力も、ただ徒に摩耗を続けるばかりだ。
 ここでやられては元も子もない。フィリップは、逃げの道を選ぶしか出来ない自分に「これはあくまで戦略的撤退だ」と言い聞かせながら、ただひたすらに飛ぶ。
 今の自分を翔太郎が見たら、一体どう思うだろう。これは仕方のない現実なのだと、彼は理解してくれるだろうか。それとも、彼ならばもっと違う選択肢を選ぶことが出来たのだろうか。もしかすると、翔太郎ならばあの少女を説得する事だって出来たのではないのか、不思議とそんな考えが浮かぶ。

「……いや、今はそんなことを考えても仕方がない」
 それを考えるだけ無駄なことだと切り捨て、フィリップはかぶりを振った。
 目的地は、衛宮邸だ。元より、何かあった場合は衛宮切嗣と合流するという手筈だった。今は一刻も早く衛宮切嗣と合流し、翔太郎の事、そして、進化を続ける凶悪な少女の事を伝えなければならない。
 あの少女から、そして非情な現実から逃げるように、フィリップはただ速度を上げて飛び続ける。


【一日目-夕方】
【C-3/市街地】

【フィリップ@仮面ライダーW】
【所属】緑
【状態】疲労(中)、ダメージ(中)、精神疲労(極大)、深い悲しみ、サイクロンドーパントに変身中
【首輪】50枚:0枚
【装備】{ダブルドライバー、サイクロンメモリ、ヒートメモリ、ルナメモリ、トリガーメモリ、メタルメモリ}@仮面ライダーW、T2サイクロンメモリ@仮面ライダーW
【道具】基本支給品一式、マリアのオルゴール@仮面ライダーW、スパイダーショック@仮面ライダーW
【思考・状況】
基本:殺し合いには乗らない。
 0.翔太郎、僕は……――。
 1.衛宮邸に向かい、衛宮切嗣と合流する。
 2.あの少女(=カオス)は何とかして止めたいが……。
 3.火野という名の人物に警戒。また、井坂のことが気掛かり。
【備考】
※劇場版「AtoZ/運命のガイアメモリ」終了後からの参戦です。
※“地球の本棚”には制限が掛かっており、殺し合いの崩壊に関わる情報は発見できません。




 カオスが起こした土砂降りの雨が、燃え広がった炎を消火し切ったあとに残ったのは、惨憺たる破壊の傷痕だけだった。アスファルトはあちらこちらが砕けて土の地面を露出させ、砕かれたアスファルトの破片は竜巻に巻かれて周囲の建物の窓ガラスを片っ端から割った。
 大災害に見舞われた直後の廃墟群よろしく荒れ果てたその景観を眺めながら、カオスは裸足のまま濡れた大地を歩く。
「どうしてわたしを独りにするの? せっかく愛してあげようと思ったのに……」

 何処か寂しげな――本人はそれを如何なる感情だと認識しているのかは定かではないが――か弱い声がぽつりと紡がれ、何処までも広い寂寞の市街地の闇へと消えていく。
 日が落ち始めた夕闇の市街地は、未だ幼い子供一人にとってはあまりに広すぎた。

「お姉ちゃん……」
 もう一度彼女に会いたい。今のカオスは、迷子の子供も同然だった。
 志筑仁美は、シナプスを出てからというもの、たった一人カオスに優しくしてくれた人物だ。彼女解いた時間は、今まで過ごしたどんな時間よりも胸が暖かくて、今感じているような「痛み」もなかった。
 出来るなら、また彼女の柔らかな笑みを見たい。一緒に傍にいて、微笑んでいて欲しい。そう思うが、しかしそれが叶わぬ願いだということくらいは、如何に幼いカオスにだって理解出来る。
 どうしてこんなことになったのか。お姉ちゃんの笑顔に連鎖して思い出してしまうのは、あの火野とかいうおじさんの下劣な笑顔だ。あいつが、あの火野が居たからお姉ちゃんは死んでしまったのだ。
 それを改めて思い出した時、カオスの中で、火野の炎よりも熱く滾る炎が再燃した。
「そーだ……愛をあげなきゃ……火野のおじさんには、誰よりも目一杯……!」

 湧き上がるこの感情が何なのかを、カオスは理解出来ない。
 火野のおじさんがくれたのが愛だから、これも愛の一種なのだろうか。
 難しいことはわからないが、兎にも角にも、カオスはあの男に愛をあげたくてたまらないのだ。お姉ちゃんが味わった苦しみよりも、何倍も惨たらしく、酸鼻極まりない形で極上の愛を与えた上で、最期にはこの翼で抉り殺し食べ尽くしてやりたい。
 あの男に対し燃やす感情の炎に比べれば、さっき戦ったお兄ちゃんへの興味など小さなものだ。所詮、あの火災現場から少し歩いたところで“たまたま”見付けたから、衝動的に襲い掛かっただけの相手に過ぎないのだから。
 だけれども、そんな“どうでもいい”相手にすらあれだけの力を発揮し、また大きく成長する事が出来た事を考えると……これがもしも火野が相手だったなら、きっともっと大きく、強くなれる気がする。

「わたし、やらなきゃ……!」
 使命を見付けたカオスは、確固たる強い意志で呟いた。
 この場の全員に愛をあげるという願望に変わりはないが、しかしそれは急ぐ必要もない。他の誰かに愛をあげて大きく成長したとして、それだけではどうにもやり残した事がある気がして、カオスの心にぽっかりと空いた空洞は埋められないのだ。

 だから、今はまず、火野に愛をあげよう。
 あの時“借りた”愛を、今度は何倍にも大きな利子付きで“返して”やろう。
 こんなにも強い感情で何かを決意したのは、これが初めてだ。今最も優先するべきは、火野のおじさんだ。他のみんなに愛をあげるのは、火野のおじさんの後でいい。
 仮に火野のおじさんに愛をあげるために、もっと強くなることが必要だと言うなら、“火野のおじさんのために”ほかの参加者を食べて、もっと大きくなろう。
 それが復讐心という感情であることも知らず。カオスはただ前に進むため、裸足に食い込む小石や硝子片の痛みすらも忘れて、さながら幽鬼のように水浸しの市街地を彷徨うのだった。


【一日目-夕方】
【D-3/市街地】

【カオス@そらのおとしもの】
【所属】青
【状態】身体ダメージ(小)、精神ダメージ(大)、火野への憎しみ(極大)、成長中、服が殆ど焼けている(ほぼ全裸)
【首輪】230枚:90枚
【装備】なし
【道具】志筑仁美の首輪
【思考・状況】
基本:痛くして、殺して、食べるのが愛!
 1.火野映司葛西善二郎)に目一杯愛をあげる。
 2.その後、ほかのみんなにも沢山愛をあげる。
 3.おじさん(井坂)の「愛」は食べる事。
【備考】
※参加時期は45話後です。
※制限の影響で「Pandora」の機能が通常より若干落ちています。
至郎田正影、左翔太郎、ウェザーメモリ、アストレアを吸収しました。
※ドーピングコンソメスープの影響で、身長が少しずつ伸びています。
 今後どんなペースで成長していくかは、後続の書き手さんにお任せします。
※ほぼ全裸に近いですが胸部分と股部分は装甲で隠れているので見えません。
※憎しみという感情を理解していません。



064:押し寄せた闇、振り払って進むよ 投下順 066:チープ・トレード
063:大事な友達 時系列順 066:チープ・トレード
058:Cにさよなら/空は高く風は歌う フィリップ 087:傷だらけのH/一人ぼっちの名探偵
054:愛の炎 カオス 074:Ignorance is bliss.(知らぬが仏)



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最終更新:2013年02月14日 23:08