傷だらけのH/二人の赤き鬼 ◆qp1M9UH9gw
【1】
さながら黒い霧が立ち込めたかの様な空間の中で、蛍火が一つ灯った。
微小ながらも、薄暗い闇の中で存在感を放つその明かりは、一本の煙草の先に点いていた。
煙草に火が点いている以上、それの味を楽しんでいる者は当然存在する。
民を護るのが使命の警察官でありながら、復讐に狂う獣と化した男――
笹塚衛士である。
彼は今、民家から持ち出した煙草の封を開け、久しぶりの喫煙を楽しんでいた。
民家に立ち寄ったのは、煙草を探す以外にも理由がある。
というよりも、その"もう一つの理由"の方が主な動機だった。
笹塚は定時放送が流れる少し前に、ある一人の男と遭遇している。
何があったかは定かではないが、その男の格好は随分と酷い有様であった。
着ていた赤いジャケットもぼろ切れの様になっており、二本の足で立っているのが不思議に思える位だった。
しかし、それ程までに困憊しているのにも関わらず、彼の姿からは確固とした覚悟が感じられたのである。
何を犠牲にしてでも、必ずや己の目的を果たしてみせるという、強い執念の籠った決意。
彼のその覚悟を目にした笹塚は、期待せずにはいられなかった。
いや、最早それは期待ではなく、確信と言っても良かっただろう。
『この男は、自分と同じ"獣"を内に飼っている』
笹塚はその男について、何一つとして知ってはいない。
だがしかし、彼がその身に纏っていた怨念は、笹塚が手を差し伸べる理由に十分なり得たのだ。
笹塚が民家に立ち寄ったのは、その男を安全な場所に移動させる為である。
彼の傷ついた身を休ませたかったし、路上ではいつ他の参加者と出くわすか分からない。
もし殺し合いに乗っているに発見されたら、せっかく出会えた同胞に被害が及んでしまう。
(加頭に見つかったら逃げられないだろうしな)
つい先程終わった放送の最中に羅列した名の中に、加頭の名はなかった。
それはつまり、奴は先の戦闘を切り抜けたという事だ。
二人組の男女に倒されてくれないものかと思っていたが、どうやら現実はそう甘くはないらしい。
裏切りを受けた加頭は、間違いなく笹塚に怒りを燃やしているだろう。
次に遭遇したら、きっと彼は即座に変身してこちらの息の根を絶やそうとしてくる。
そうなってしまえば、装備が充実しない今の笹塚に打つ手はない。
今の笹塚には、銃一丁しか使える武器がないのだ。
加頭やレザージャケットの男の様に怪人に変身できる訳でもなければ、青髪の少女のように何も無い所から凶器を取り出す事もできない。
いくら技術を磨いた所で、人間の域を脱した超人達の前では、笹塚は無力に等しいのだ。
それ故に、笹塚は"武器"を求める。
どんな形にせよ、襲ってくる敵に対抗できる能力がなければ、この先生き延びる事はできない。
そういう意味でも、加頭と同じような怪人になれるあの男は、笹塚にとっては都合が良かった。
笹塚の第一目標は、生き残る事だ。
正義の味方を気取って他人を助ける事でもないし、ましてや殺人鬼としてゲームに楽しむつもりもない。
殺された家族の無念を晴らすべく、何を犠牲にしてでもこの世界から生還しなければならないのである。
利用できるものは全て利用し、場合によってはこの手を血に染める事すら厭わないだろう。
これまでの笹塚からすれば考えられない、旧友からすれば暴走しているとさえ言われそうな行動理念。
しかし、今の彼は至って――自分でも驚くくらいに――冷静である。
ゲームでの生存確率を高める一手、そして憎き仇を確実に殺す手段が、常に笹塚の脳内を駆け回っているのだ。
この復讐鬼が、かつて
脳噛ネウロと共闘し、
桂木弥子を見守っていた刑事と同一人物だと誰が思えようか。
だがしかし、他者に何を思われようが、これは笹塚が望んで進んだ道である。
これから引き返す気もないし、ましてや誰かの説得に耳を貸すつもりもない。
さて、そろそろ民家の中に居るあの男の様子を見に行く時間だ。
放送で何か影響がなければいいが、こればっかりはどうなるか予想できない。
もしかしたら彼の愛人の名が呼ばれたかもしれないし、憎き仇の名前を聞いている可能性もある。
放送を聞き終えた彼がどうなっているかは、笹塚自身が見に行くまでは分からないのだ。
「……しかし不味いな、これ」
そう呟いて、吸っていた煙草を地面に放り棄てる。
『煙龍』という聞き慣れない銘柄の煙草は、どうやら自分の口に合わないようだ。
無いよりましではあるが、やはり普段吸っている銘柄の煙草が吸いたいものである。
【2】
「左が死んだ、だと……!?」
放送を終えて間もなく、民家の一室で驚嘆の声を発したのは
照井竜である。
他に呼ばれた18の名の中で、彼の名前が最も照井の感情を揺るがせた。
左翔太郎――仮面ライダーWの片割れが、死んだというのが。
復讐に狂う照井とは違う道を行く、正義の名の下に主催に罰を与えるであろう人間。
そんな正義の味方の一人が、こんなにも早くその命を散らしたというのだ。
(お前がここで死んでいい訳がない!お前達がいるからこそ、俺は仮面ライダーを辞めれたんだぞ!?)
例え自分が外道に落ちようが、仮面ライダーが希望への道標となってくれる。
そう思えたからこそ、照井は安心して「仮面ライダー」の名を捨てられたのだ。
それなのに、その信じていた仲間――左翔太郎が、自分より早くこの世を去るとはどういう事なのか。
先に死ぬべきなのは、正義の味方ではなく復讐鬼の方でなけばならないというのに。
(それに、残された
フィリップはどうなる……ッ!?)
あの放送の中で、フィリップの名は呼ばれていなかった。
それはつまり、相棒を亡くしたダブルの片割れが、今も何処かを彷徨っているという事だ。
同じ立場――大切な者を喪った者――に立っている照井には、フィリップの心境の想像など容易にできる。
彼がいくら平気な振りをしていたとしても、きっと内面は今にも崩れそうになっているに違いない。
最悪の場合、自分と同じように復讐の道に走ってしまう可能性もあり得る。
照井の近くを飛んでいたエクストリームメモリが、普段よりも小さな声で鳴いた。
このメモリもまた、Wの片割れの死を理解しているのだろう。
存在意義は無くしたメモリの鳴き声は、嘆いているようにさえ聞こえた。
「馬鹿野郎が……ッ!」
正義の味方の立場を押し付けた身が言える台詞ではないが、それでもそう吐き捨てずにはいられなかった。
ダブルがいなければ、一体誰がこれからの風都を護るというのだ。
ガイアメモリの脅威から人々を護るべく存在が、こんな場所で散っていい訳がないのである。
途方に暮れていた照井の耳が、何者かの足音を捉えた。
これまでから考えて、恐らく既に照井が出会っている人物のものだろう。
彼の予想通り、開けっ放しにされた扉の向こうにいたのは、この民家まで同行していた男であった。
感情の起伏が少なそうなその表情からは、彼が何を考えているかを正確に読み取れない。
「知り合いが死んだみたいだな」
「……左翔太郎。俺の仲間だった男だ」
照井は無意識の内に、"だった"の部分を強調していた。
当の翔太郎本人は照井を最期まで仲間だと認識していただろうが、照井の方はそうではない。
弱者を救う高名な戦士と、外道に堕ちた復讐鬼では、あまりにも釣り合わないではないか。
その『高名な戦士』の仲間を名乗る資格が、『外道に堕ちた鬼』などにあるものか。
「お前がここに来たという事は、同盟の答えを聞きに来たんだろう」
笹塚が何らかの言葉を紡ぐより早く、照井がそう切り出した。
"同盟"というのは、笹塚が照井と初遭遇した際に持ち掛けた提案である。
彼は照井から何かを感じ取ったのか、彼に共にこのゲームに生き残らないかと言い出してきたのだ。
「決してお互いの行為に口出ししない」――それが、共闘の条件である。
それはつまり、例え同行者が殺人を犯そうが、照井はそれを黙認しなければならないという事だ。
最初にそれを持ち掛けられた時は、照井は判断に迷わざるを得なかった。
外道に堕ちようが、照井の標的はあくまで
井坂深紅郎一人であり、下手に干渉して来ない限りは他の参加者に手をかけるつもりはない。
しかし、こんな内容の規約を提示してきた以上、この男は照井の意思などお構いなしに、邪魔だと思ったらすぐに刃を向けるつもりなのだろう。
同盟を結ぶ事自体に異論はなかったが、依然として残る照井の良心が、決断を迷わせているのだ。
「まだ迷ってるのか?」
「……俺に質問するな」
笹塚の問いに、口癖の様に発してきた定型句で返す。
彼の言う通り、照井は未だに選択を迷っているのだ。
笹塚の方もそれを察したのか、僅かな苛立ちの籠った溜息を吐いた。
「アンタを見込んで持ち掛けたんだが……。
その様子だと、アンタの怒りも大した事ないみたいだな」
笹塚がポツリと呟いたその言葉が耳に入ってきた瞬間、照井は弾かれる様に動き出した。
瞬く間に笹塚の襟首を掴み、彼の体を壁に叩き付ける。
突然発せられた激情を目の当たりにしても、笹塚の表情は揺らぐ事はない。
「俺の憎しみが"大した事ない"だと……!?」
「仲間が死んだ"程度"で揺らぐ憎しみなんてたかが知れてるな」
「知ったような口を利くなッ!俺の怒りが、井坂への怒りがお前に理解できる訳がない!」
かつての仲間が死ぬだけで揺らぐ程、照井の怒りはちっぽけなものだったか。
残された良心で縮こまる程、敵への憎しみは弱いものなのか。
断じて違う――井坂への憎悪がその程度で消えるものであっていい訳がない。
もしそれを侮辱しようとするのなら、武力を以てその口を黙らせるつもりだった。
「何も知らない癖に、よくもそんな口を――――」
怒りを言葉を転換し、笹塚に叩き付けようとしていた口が止まる。
襟首を掴んでいた手の力が自然と緩み、壁に張り付けていた笹塚が解放される。
「お前、は…………」
照井が彼の眼を見た瞬間に、侮辱に対する怒りが失われてしまった。
笹塚の眼の奥にいたものが、照井と同じだったから。
奥底でこちらを凝視していたのは、一匹の獣だった。
照井もまた同じものを――"憎しみ"という名の獣を内に飼っていたのだ。
最初に出会った頃の笹塚が言っていた事を思い出す。
彼が照井を"自分と同じもの"だと思ったからこそ、笹塚は手を差し伸べたのだ。
恐らくはこの男も、照井と同様に大切な人を怨敵に奪われたのである。
「そうか。"同じ"だったんだな」
笹塚は何も言おうとはしなかった。
いや、「何も言う必要がなかった」と言うべきだろう。
照井もまた、これ以上激情をぶつけようとはしなかった。
最早この二人の間には、言語など無用となる繋がりがあったのだから。
この怒りを最も理解してくれているのは、この同胞に他ならなかった。
「……同盟の答えがまだだったな」
目の前の男が自分と"同じもの"であった以上、どうして拒絶する必要があろうか。
答えはもう出ている――むしろ、どうして今まで迷っていたのか。
自分と鏡合わせの人間を見て、やっと復讐鬼の何たるかを理解できた。
「俺もお前と同じだ。お前を拒む理由など、何処にもない」
二人の"鬼"による同盟は、ここに成立する。
これまで目立った表情を見せなかった笹塚が、初めて口元を歪めた。
O O O
次の目的地は、衛宮邸となった。
現状で一番近い施設がそこだから、という笹塚の提案によるものである。
照井は知る由もないが、笹塚には今も怒りを燃やしているであろう加頭から可能な限り離れたいという思惑があった。
もう一つの近場の施設である神社を選ばなかったのは、その為だ。
最低限の情報交換を行ったら、すぐに民家を後にした。
笹塚はもう少しの休息を勧めてきたが、照井の方はそれを拒否していた。
元より体の丈夫さには自信があったし、何よりも今こんな場所で立ち止まっている訳にはいかないからである。
こうしている間にも、井坂は新たな力を会得しているかもしれないのだ。
あの宿敵を屠る為には、僅かな時間も無駄にはできない。
今にして思えば、オーズとの戦いは何と不必要な介入だっただろうか。
あの時は、僅かに春子の面影を感じさせる少女の願いを受け入れてしまったが、これからはそんなものに耳を傾けている場合ではない。
全てを井坂への復讐に捧げるのだから、他人の為に割くような時間はもう無いのである。
必要なのは、"覚悟"だ。
今までに拾ってきた全てを振り切ってでも、復讐を遂げてみせるという覚悟。
これまでの照井には、それがまだ不完全だったのである。
それ故に、怨敵に完膚無きまでに叩きのめされ、屈辱を味あわされたのだ。
憎しみに狂う戦鬼にならねば、これ以上照井は進化できない。
「仮面ライダー」だった頃の感情の残滓を完全に切り離さねば、井坂には届かない。
同じ復讐鬼を目にして、ようやく気付けた事実でそれであった。
(全て、振り切ってやるとも)
邪悪を挫く正義感も、弱者に手を差し伸べる優しさも捨て去って、復讐の完遂にのみ突き進む鬼になってみせる。
それこそが、笹塚が照井に気付かせてくれた真理であり、照井が手にした『運命のガイアメモリ』の望みなのだから。
照井の周りを飛ぶエクストリームメモリが、また寂しそうに、鳴いた。
【一日目/夜】
【C-5 北東】
【こいつらおまわりさんです】
【照井竜@仮面ライダーW】
【所属】白
【状態】激しい憎悪と憤怒、覚悟完了、ダメージ(大)、疲労(大)
【首輪】50枚(増加中):0枚
【装備】{T2アクセルメモリ、エンジンブレード+エンジンメモリ、ガイアメモリ強化アダプター}@仮面ライダーW
【道具】基本支給品一式、エクストリームメモリ@仮面ライダーW、ランダム支給品0~1
【思考・状況】
基本:全てを振り切ってでも井坂深紅郎に復讐する。
1.笹塚衛士と共に衛宮邸へと向かう。
2.何があっても井坂深紅郎をこの手で必ず殺す。でなければおさまりがつかん。
3.井坂深紅郎の望み通り、T2アクセルを何処までも進化させてやる。
4.他の参加者を探し、情報を集める。
5.誰かの為ではなく自分の為だけに戦う。
【備考】
※参戦時期は第28話開始後です。
※
メズールの支給品は、グロック拳銃と水棲系コアメダル一枚だけだと思っています。
※
鹿目まどかの願いを聞いた理由は、彼女を見て春子を思い出したからです。
※T2アクセルメモリは照井竜にとっての運命のガイアメモリです。副作用はありません。
※笹塚と情報交換しました。
【笹塚衛士@魔人探偵脳噛ネウロ】
【所属】黄
【状態】健康、
加頭順への強い警戒、照井への確信的な共感
【首輪】60枚(増加中):0枚
【コア】イマジン
【装備】44オートマグ@現実
【道具】基本支給品、44オートマグの予備弾丸@現実、ヴァイジャヤの猛毒入りカプセル(右腕)@魔人探偵脳噛ネウロ、煙草数種類
【思考・状況】
基本:シックスへの復讐の完遂。どんな手段を使ってでも生還する。
1.照井と共に衛宮邸へと向かう。
2.目的の達成の邪魔になりそうな者は排除しておく。
3.首輪の解除が不可能と判断した場合は、自陣営の優勝を目指す。
4.元の世界との関係者とはできれば会いたくない(特に弥子)。
5.最終的にはシックスを自分の手で殺す。
6.もしも弥子が違う陣営に所属していたら……。
【備考】
※シックスの手がかりをネウロから聞き、消息を絶った後からの参戦。
※
桐生萌郁に殺害されたのは、「シナプスのカード(旧式)@そらのおとしもの」で製造されたダミーです。
※殺し合いの裏でシックスが動いていると判断しています。
※シックスへの復讐に繋がる行動を取った場合、メダルが増加します。
※照井を復讐に狂う獣だと認識しています。
※照井と情報交換しました。
最終更新:2013年11月18日 20:24