傷だらけのH/一人ぼっちの名探偵 ◆qp1M9UH9gw


【1】


 本能が訴えかける。
 目に映る者全てを破壊せよと。
 己の内に秘めた激情を解放し、暴虐の限りを尽くせと。

 令呪の呪縛が囁いてくる。
 この場に居る全ての命を踏み砕けと。
 マスターの望むがままに、殺意を振り撒けと。

 狂戦士は、それらをあるがままに受け入れる。
 本能だけを頼りに進むこの男に、拒否する意思などあるものか。
 最早今の彼には、己が戦う意味も、それが結果として何を成すのかをも、理解できはしない。

 バーサーカーとしての理性なき闘争は、他でも無いランスロットが望んだもの。
 彼が最期まで心中に溜めたままだった感情を、曝け出させる唯一の方法。
 湖の騎士ではなく、一匹の野獣であれば、完璧すぎたあの騎士王にも刃を向けられる。
 理不尽な運命が生んだ身勝手な感情を、何の躊躇いもなくぶつける事ができる。
 狂戦士の鎧を纏っていれば、最早何も気にする必要などないのだ。
 誉れも、誇りも、忠義も、騎士道も、名誉も、生前のあらゆる縛りはかなぐり捨てた。
 後に残るのは、ただ相手を殺戮せんとする衝動のみ。
 かつて完璧な騎士と謳われた円卓の騎士は、この場に置いてはただの悪鬼と成り果てていた。

 そしてまた一人、バーサーカーの前に人間が姿を現した。
 狂戦士にとっては、それが誰であるのかなど関係のない話。
 やる事はただ一つ――己が本能がままに、殺意を叩き付ける。
 その在り方からは、かつて崇められた騎士の面影など、何処にも感じられなかった。

【2】


 たった六時間で、18もの命が喪われたという。
 虎徹の仲間だったヒーロー達が、千冬の教え子が、掛け替えのない相棒が、この僅かな時間の中で命を落とした。
 きっとその誰もが、翔太郎の様に己の正義に殉じていったのだろう。
 それに対して、殺し合いに乗っているであろう邪悪の名前はキャスターアンクだけしか呼ばれてはいない。
 それはつまり、本来ならば倒されるべき邪悪がまだこの地で蠢いているという事だ。
 大道克己を始めとする風都の犯罪者達が、雨生龍之介のような快楽殺人鬼が、主催の協力者であるグリード達が、
 まだ何処かで、何の罪も無い人々の生き血を啜って、嗤っている。
 すぐにでも奴らの元に駆けつけ、犠牲が出る前に倒したいのだが、
 今彼らが何処に居るのかすら分からない以上、フィリップには彼らの暴走を止める事はできない。

 いや、例え居場所が突き止めていても、今のフィリップで彼らを打倒できるのだろうか。
 彼は今や、仮面ライダーWの片割れではなく、一端のドーパントである。
 相棒を喪った以上は、どれだけ願っても「仮面ライダーW」に変身する事は不可能なのだ。
 現在のフィリップの武器は、T2サイクロンメモリただ一つ。
 井坂達と同様、彼もまた怪人として戦う事を強いられているのだ。
 今までドーパントを狩っていた者がドーパントとして戦うとは、何とも皮肉な話だと、彼は心中で自嘲する。

「分かってるさ。僕は前に進まないといけない」

 少し前に言った言葉を、もう一度自分に言い聞かせる。
 今は感傷に浸るのではなく、犠牲者を少しでも多く減らす事に専念すべきだ。
 きっとそれこそが、遠い所へ行ってしまった翔太郎の、最期の願いなのだから。

 当初の予定通り、切嗣と合流できるであろう衛宮邸へ向かう為に足を進める。
 武装が心もとない現状では、彼と共に行動した方が危険が少ない。
 可能な限り早く合流し、殺し合いの打破の為に力を合わせなければ。

 ――そう考えた直後に、切嗣の仲間だったアストレアの姿が頭に浮かんできた。

 彼から同行を任せられた彼女は、翔太郎と同様にアンクに殺害されてしまった。
 即ちそれは、翔太郎の言う通り、切嗣の信頼を裏切ったという事になる。
 果たして、一人おめおめと生き残ったフィリップに、彼は何を思うのだろうか。

(僕に、切嗣と出会う資格があるのか?)

 そう思わずには、いられない。
 切嗣が仲間を拒絶するような人間でない事はよく知っているが、それでもフィリップ自身が疑問を抱いてしまう。
 本当は、切嗣と共に戦うべきだったのは翔太郎の方ではないのか?
 アンクとの戦闘で散るべきだったのは、彼ではなくフィリップだったのではないのか?
 狂った少女を説得するどころか、命からがら逃げ出したこの少年は、仮面ライダー足りえるのか?
 何度問いを脳内で巡らせても、答えは出てこない。

(……何を、馬鹿な事を)

 こんな問いかけが何の意味を成さない事は、他でもないフィリップ自身が最も良く理解している。
 ついさっき感傷に浸るなと言い聞かせておきながら、早くもこんな下らない問題に時間を費やしてしまった。
 まだ覚悟ができてない印だと、フィリップは己の弱さに恥じらいを感じざるを得なかった。
 そして、その直後だった――聞き覚えのある金属音が、フィリップの耳を打ったのは。

「あれは……バーサーカー……?」

 彼の記憶が確かなら、この音はきっと、数時間後の再会を約束した男と共に居たサーヴァントのものだ。
 となると、切嗣もすぐ近くに来ているに違いない。
 衛宮邸に向かう前に出会えるとは、不幸中の幸いとはこのことだ。
 まだ後ろめたい部分があるものの、とりあえずこれまでの経緯を切嗣に報告しなければ。
 そう考えて、バーサーカーがいる方向へと駆け寄ろうとした、その瞬間――フィリップの真横を、黄金に輝く刃が通り抜けた。
 そしてその数刻後に、炸裂音と土埃が背中から襲いかかる。

「な、何を……!?」

 フィリップの反応など意にも留めずに、バーサーカーは再び宝具を発射しようとする。
 すぐさまガイアメモリを取り出したフィリップは、それを使ってサイクロン・ドーパントへと姿を転じる。
 疾風の記憶から生まれ出たサイクロン・ドーパントは、名が示す通り風を操る怪人だ。
 バーサーカーが放った宝具のミサイルの軌道を、自身に直撃しないように突風でブレさせる。
 狙いのズレた宝具は、先程と同様に後方で着弾し、土埃を巻き上げた。

「何をするんだ!?どうして君が……!?」

 切嗣が情報交換の際、バーサーカーは令呪で束縛されているから襲ってくる心配はないと言っていた。
 しかし、今まさにフィリップはそのバーサーカーから襲撃を受けているではないか。
 あまりに予想外な展開が、フィリップの思考速度を鈍らせる。
 しかし、彼が状況を呑み込めない一方で、バーサーカーの判断は実に早かった。
 バーサーカーはすぐさま相手へと肉薄し、手にした財宝の一つで敵を切り裂かんと刃を振るう。

「……ッ!」

 それをフィリップは、直撃寸前の所でどうにか回避する。
 ただの人間を超人へと変化させるガイアメモリの力がなければ、フィリップは刃に裂かれて絶命していただろう。
 それでも、判断があと一瞬でも遅れていたら、ドーパントに変身しているとは言え無事では済まなかった。
 しかし、バーサーカーの斬撃は、そんな事お構いなしに連続して放たれる。
 次々と襲い掛かる刃を何とか躱したフィリップは、僅かな隙を突いて騎士の懐に手を翳す。
 そして、手の平から放出された突風でバーサーカーを吹き飛ばした。
 風を操る特性を有していたサイクロン・ドーパントでなければどうなっていたか――フィリップは倒れたバーサーカーを見据えながら、僅かに身震いした。

 バーサ-カーとの距離は離せれたが、これで奴が諦めるとは到底思えない。
 きっとすぐに体制を立て直し、再び殺意を漲らせながらこちらに迫ってくるに違いない。
 どうすればいい――まだ戦うべきなのか、それとも逃げるべきなのか。

「…………僕、は」

 数刻の逡巡の後、フィリップは己の周囲に竜巻を発生させる。
 丁度その時、完全に体制を整えたバーサーカーが、こちらが逃走しようとしているのに気付く。
 獲物を逃がさんと言わんばかりに狂戦士が雄叫びをあげると、彼の背後が極光に煌めいた。
 黄金色に染まる背景の中には、これまた見事な装飾が施された様々な武器がこちらに刃を向けている。
 あと数秒もしたら、それらは全てフィリップへ襲い掛かるだろう。

 埃を巻き上げながら生まれ出た竜巻が、ドーパントの姿を完全に覆い尽くした次の瞬間。
 眩い光とドス黒い殺意を伴わせた財宝達が、狂戦士の咆哮に呼応するように、一斉に放出された。



【3】


 土煙が消え去った頃には、既に怪人の姿は見えなくなっていた。
 方法は不明だが、怪人は狂戦士の魔の手から逃げ出したようだ。
 その不甲斐ない結果に対し、バーサーカーは不気味に唸る。
 獲物をまたしても取り逃したという、動物的な感情が彼を苛立たせているのだ。
 怪人が何処へ逃げたかなど、皆目見当もつかない。
 バーサーカーは追跡を諦め、また何処へと去っていく。

 目的地などありはしない。
 悪劣な野獣如きに、そんなものを決める意味などあるものか。
 向かった場所に存在するものは、一つ残らず破壊する。
 それだけが、狂戦士のランクを得て現界したランスロットの使命。

 嗚呼――漆黒の鎧の奥底で、騎士の魂が啼いている。
 己の業に啼いているのか、それとも己の凶行に啼いているのか。
 同時に聞こえてくるのは、女のすすり泣く声。
 かつて愛した王女の泣き声が、狂戦士を苛もうとする。
 しかし、魂の慟哭も、愛した女の涙も、獣と化した今のランスロットには、何の感慨も抱かせない。
 バーサ-カーはまた咆哮をあげると、薄暗い闇の中へと消えていった。


【バーサーカー@Fate/zero】
【所属】赤
【状態】健康、狂化
【首輪】70枚:0枚
【装備】王の財宝@Fate/zero
【道具】アロンダイト@Fate/zero(封印中)
【思考・状況】
基本:▅▆▆▆▅▆▇▇▇▂▅▅▆▇▇▅▆▆▅!!
 0.令呪による命令「教会を出て参加者を殺してまわる」を実行中。
 1.無差別に参加者を殺してまわる。
【備考】
※参加者を無差別に襲撃します。
 但し、セイバーを発見すると攻撃対象をセイバーに切り替えます。
※ヴィマーナ(王の財宝)が大破しました。
※バーサーカーが次に何処へ向かうかは後続に任せます。


【4】


 バーサーカーの脅威が去った事を確認したフィリップは、ドーパントの変身を解除する。
 元の人間の姿に戻った途端、彼は膝から崩れ落ちるようにへたり込んだ。

「……また、だ」

 結局、あの少女の時と同じように、逃げ出してしまった。
 あれを放っておけば、この殺し合いは凄惨さを増していくのは、誰の目から見ても明確である。
 それなのに、フィリップはその悪鬼の暴走を止められなかった。
 自分の命惜しさに、またしても自分の足でその場を離れてしまったのである。

 逃走が仕方なかった事なのは、十分理解できている。
 あそこで逃げなければ、きっと惨めに野垂れ死んでいただろう。
 これから翔太郎の意思を継いで戦おうというのに、こんな場所で命を散らしたら彼に見せる顔がない。
 分かっているのだ――それでも、苦悩せずにはいられない。
 もしも、ここにいるのが翔太郎だったとしたら、もっと別の結末があったのではないか?
 きっと彼ならば、どんな時だろうがギリギリまで諦めなかった筈だ。
 少しでもバーサーカーに傷を付けようと、気力を振り絞って戦い続けていただろう。
 少女の時だって、限界まで彼女の心を動かそうと声を張り上げていたに違いない。
 それに比べ、今の自分はどうだ?
 自身の理論を盾に、すぐに諦めて逃走してばかりではないか。
 戦略的撤退などと言っても、結局は目の前の脅威――もとい現実から、目を背け続けているだけに過ぎない。

「二人で一人の仮面ライダー……結局僕も、半人前(ハーフボイルド)なんだ」

 これまでは、どんな戦いも翔太郎と共に切り抜けてきた。
 お互いの足りない場所を埋め合わせて、初めて一人の仮面ライダーとして戦えた。
 だが、今は違う――フィリップはもう、一人ぼっちなのである。
 誰よりも風を愛していた青年は、もう二度と彼の手を取ってはくれない。
 これから先は、"相棒のいない探偵"として考え、そして戦わねばならないのだ。

 自分と共に笑い、怒り、泣き、楽しんでくれる人がもういないという事実。
 ただそれだけが、こんなにも人を衰弱させてしまうとは。
 打ちひしがれた自分の心を鑑みて、改めてそう実感する。
 かつての翔太郎の師が言った様に、完璧な人間など何処にもいない。
 不足を補ってくれる相棒を喪ったフィリップの強さなど、たかが知れているのだ。

「それでも、翔太郎の分まで進まないといけないんだ」

 不完全なままであろうとも、前に進まなければならない。
 この場で立ち止まるのは、翔太郎の遺志の否定に直結するのだから。
 彼の受けた傷に比べれば、フィリップの痛みなど些細なものだ。
 こんな程度で弱音を吐いてはいけない――翔太郎が彼と同じ立場に立っていたら、きっと弱音など口に出さなかっただろうから。
 翔太郎の相棒として、己の信念を曲げるような真似をする訳にはいかない。

 例え一人であったとしても、二人分の正義を貫く――それこそが、今のフィリップに課された義務。
 擦り切れそうな心に、仲間の正義という名の十字架を背負いながら、少年は進む。
 今の彼に吹く風は、これまで感じたどの風よりも刺々しく、肌寒かった。

      O      O      O


 ……そういえば。
 結局、どうしてバーサーカーはフィリップに襲いかかってきたのだろうか。
 仮に切嗣の死という形で奴が解放されたのなら、放送で「衛宮切嗣」の名が呼ばれている筈だ。
 しかし、放送では彼の名は呼ばれていなかったから、この説はただの杞憂に過ぎない。
 では、何故バーサーカーは再び殺戮を行うようになってしまったのだろうか。
 確か切嗣は、令呪を用いればサーヴァントにどんな命令でも強制的に実行させられると言っていたか。
 そこまで思い出して、フィリップは恐るべき一つの仮説を組み立てる。

「まさか、切嗣」

 令呪を用いれば、バーサーカーは解放させられる。
 そして現在、奴の令呪を所持しているのは一人しかいない。
 さらに言えば、魔力のない人間に令呪を所持する事は不可能。
 この三つの原則から考えれば、バーサーカーに参加者の抹殺を命令できるのは――。

「……何を、馬鹿なッ!まさか彼が、そんな……!?」

 フィリップ達の前で見せたあの純朴な正義感が、偽りのものであったとしたら。
 衛宮切嗣の本性は、グリード達や風都の犯罪者と同様に、弱者に手をかける事を厭わない邪悪だとしたら。
 とても信じ難いが、しかし可能性は決してゼロではない。

「ありえない……あり得る訳が、ない」

 フィリップはそう呟いて、浮き出た仮説を奥底へと鎮める。
 あの切嗣が、そんな下種な真似をする訳がない事は、実際に会った自分がよく知っているではないか。
 フィリップと翔太郎の正義を、彼が陰で嘲笑っているなど、そんな事はあってはならない。
 そう自分に言い聞かせたとしても――切嗣への疑念は、完全に晴れる気配を見せなかった。



【フィリップ@仮面ライダーW】
【所属】緑
【状態】疲労(大)、ダメージ(中)、精神疲労(極大)、深い悲しみ
【首輪】20枚:0枚
【装備】{ダブルドライバー、サイクロンメモリ、ヒートメモリ、ルナメモリ、トリガーメモリ、メタルメモリ}@仮面ライダーW、
    T2サイクロンメモリ@仮面ライダーW
【道具】基本支給品一式、マリアのオルゴール@仮面ライダーW、スパイダーショック@仮面ライダーW
【思考・状況】
基本:殺し合いには乗らない。
 0.…………。
 1.衛宮邸に向かう。
 2.あの少女(=カオス)は何とかして止めたいが……。
 3.バーサーカーと「火野という名の人物」を警戒。また、井坂のことが気掛かり。
 4.切嗣に対する疑念。
【備考】
※劇場版「AtoZ/運命のガイアメモリ」終了後からの参戦です。
※“地球の本棚”には制限が掛かっており、殺し合いの崩壊に関わる情報は発見できません


086:イグナイト(前編) 投下順 088:傷だらけのH/二人の赤き鬼
086:イグナイト(前編) 時系列順 088:傷だらけのH/二人の赤き鬼
065:愛憎!! フィリップ 091:運否天賦
057:ドミナンス バーサーカー 094:プレイ・ウィズ・ファイア



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最終更新:2013年04月18日 02:20