再【りとらい】 ◆SrxCX.Oges
家屋の影に身を潜めながら、Xは遥か向こう側の様子を伺う。
その先でX以外の一組の男女の視線も浴びながら、
脳噛ネウロは双眸をゆっくりと開ける。
暫くの後、首を僅かに動かして傍らで語りかける者達へと意識を向ける。
肢体を惨たらしく、致命的と言えるほどに欠損させたまま、それでも僅かに息遣いを始める。
彼の取る些細な仕草のその全ては、「生きている」という事実の証明である。
そう、彼――脳噛ネウロは今、確かに生きている。死の世界から現世へと連れ戻された末に、生存という行為を再開したのだ。
「……っは、」
その光景が意味するのは即ち、
桂木弥子が自らの死と引き換えに決行した“命の炎”の譲渡が無事に成功したという事実であり、永遠に喪われたとしか考えられなかった脳噛ネウロとの再戦の機会が用意されたという結果。
Xの誓った下剋上が果たされる可能性は、未だ潰えていない。
「ははっ、あはははははあっ……!」
周囲に聞かれないようにと声を抑えるよう努めるくらいの警戒心をXはは持っている。それでもなお、自らの口から笑い声が零れ出るのは止められず、哄笑の形にしないようにするのが精一杯だ。
じゃら、じゃらじゃら、じゃらじゃらじゃら。
自らの内側でセルメダルが次々と生み出されては散らばり、衝突し合う耳障りな金属音が頭蓋に反響する。
「あははははあはあははあはっっ、戻ってきた…………!」
人間を完全に超えた正真正銘の怪人、脳噛ネウロとの決着。その悲願へと繋がる未来を前にして、怪物強盗Xは昂奮に呑み込まれ、その意識が歓喜の絶頂へと達さんとし――
――しかし。
「はっはははっ、はっ……」
笑い声はいつしか乾き始め、やがて止まる。
じゃらじゃらじゃら、じゃらじゃら……じゃら。
セルメダルの生産も、ぴたりと停止する。
「あーあ……こーいうことじゃないんだけどなあ」
Xの呟きには、少なからず失望の感情が含まれていた。
その原因にも、Xはとっくに見当をつけている。痛いほどに願った宿敵の生還がいざ叶えられてみて始めて意識した、自らの理想と眼前の現実との間に存在する齟齬のせいだ。
「そんなボロッボロのあんたを倒したって、なーんの意味もないっての」
そもそもあのネウロがなぜ一度は死を迎えたかと言えば、大方Xとの死闘で手負いとなった所を何者かにハイエナの如く狙われたためというところなのだろう。
こうして復活を果たした脳噛ネウロではあるが、復活した時点で既に彼は無敵でも無敗でもなくなってしまっているのだ。
そして未だにダメージの癒えきっていない状態の彼ならば、Xよりも早く彼を討ち取った何者かと全く同じように勝利を飾ることは容易だろう。
……これでは駄目なのだ。今なら余裕で倒せそうだ、なんてシチュエーションには何の価値も無い。
弱体化を余儀なくされたままの、死によってその英名に箔ではなく傷を付けたままの今の脳噛ネウロを倒したところで、Xの欲望は満たされやしない。
Xの抱かされた途方の無い敗北感を拭い去るためには、「Xただ一人だけの力で」「最強の魔人である」ネウロを完全に打ち負かす以外に方法は無い。
脳噛ネウロの“中身”を探るための、脳噛ネウロに勝利するという過程。その両方が叶えたい欲望であるのには違いないが、今のXの意識はむしろ後者へと比重を置き始めているのだ。
「だからさ、」
結局、遥か向こうで横たわる脳噛ネウロに視認できるように接近することも、彼の耳に届くように声を掛けることもなく。
Xは、ネウロに背を向けた。
「……せめて次に会う時までにはさ、前より強くなっててよね?」
ネウロとの再戦に相応しい時は、断じて今ではない。
全身のダメージを余すところなく癒し、Xが超えたいと願った魔人としての矜持と実力を取り戻したネウロこそがXと戦うに値する。
だから、その時を迎えるまで暫しの別れが必要だ。
再会がどれだけ先になるかは分からない。しかしXが敗れさえしなければ、そしてネウロもまた敗れさえしなければ、いつか必ず訪れるに違いない。
手痛い“敗北”を知るXは、同じ轍を踏まないことを心に決めている。ならば、形が異なるとはいえ同様に“敗北”を知ったネウロもまた、同じ考えに基づいて手を打つはずだ。
だから、何の心配もなく離れられると言うものだ。
「じゃあまたねネウロ。精々今くらいは楽しんでみなよ。弱い弱い人間の目線ってやつを、さ」
◆
「……そういえば」
と、ネウロの下を離れようとしたXは思い出したかのようにもう一度振り向く。
その視線の先にはネウロの側で伏したまま、しかしネウロとは反対に最早二度と目覚めぬと確定した桂木弥子の亡骸。
自分よりネウロの命が繋がれる方が有意義だ、と死を目前に控えた彼女は言った。
全く以てその通りだと思う。
魔人のネウロとただの少女でしかない弥子では、その価値が段違いなのは日の目を見るより明らかだ。
Xにとってもネウロの存命は望ましいことで、恐らくバトルロワイアルの打破を狙う者達にとっても――Xにとってはさほど興味のない観点だが――ネウロが居た方が心強いに違いない。
ゆえに、Xは桂木弥子の死という事実に対して特に感慨を抱く余地を見出していない。
それでも気になる点があるとすれば、命を譲り受けた張本人ことネウロが弥子の死に何を想うか、の疑問である。
確か二人は少なくとも形式上は一組のペア、所謂「二人で一人の探偵」とでも言ったような関係であったはずだ。
その片割れが死んだということは、つまりネウロは自らの半身を失ったも同然と言うべきであり、
「……いやいやいや、アホくさ」
その先まで考えようとしたところで、Xは己の思考の馬鹿らしさに苦笑する。
根本的な話として、脳噛ネウロは人間よりも遥か上方に君臨する存在であり、これと比較した弥子など半身どころか爪先ほどの存在感があるかも怪しい。
そんな彼のことだ。取るに足らない人間一人の命を悲しむような感傷的な性質など、持ち合わせているはずが無い。
女が死んだ、それがどうしたと憮然とした表情を取る程の不遜さを見せるに決まっている。
結局、脳噛ネウロもまたXと同じく弥子の死に何の感慨も抱かないのだろう。
所詮は桂木弥子などただの有象無象の一人に過ぎず、形だけのパートナー以上の価値など持たない、持つわけがないのだ。
「ま、考えるだけ無駄だったな」
自らの下らない空想を鼻で笑い飛ばし、今度こそXは足を踏み出した。
◆
Xが次に目指したのは、『鴻上生体研究所』のある北方面であった。
と言っても、その施設に大して拘りがあると言うわけではない。当面の間ネウロから距離を置きたかったこと、戦力増強も兼ねて他の参加者を発見したかったこと、そんな漠然とした方針を満たすために、先刻に一度興味を抱いた研究所を再び目的地に設定したに過ぎない。
ゆえに進行方向上にまた別の施設を見つけたとしても、ちょっと寄り道してみようという発想を放棄する理由も無かった。
こうしてXは『音撃道場』なる施設に到着し、冷え切った土の上で身じろぎ一つ出来ずに横たわっていた少女の亡骸と対面することとなる。
青の目立つその容姿から、少女の名が
カリーナ・ライルであることはすぐに判断できた。
「えーと……NEXTのブルーローズ、だっけ?」
赤のグリードから奪った詳細名簿に記載された情報をXは大方頭に入れており、既に出会った
セイバーや
アストレアといった者達についても補完的に把握を済ませている。
その膨大な記述の一節によると、カリーナ・ライル――通称ブルーローズは、今のXが姿を借りているワイルドタイガーと同じく超能力者NEXTであるという。曰く、氷を自由自在に操れるとのことだ。
この記述の中でXの興味を惹くのは、やはり彼女の持つNEXT能力とやらである。
果たして、彼女の能力はどういった原理で発動するものであるのか、それはXにも再現可能なのか。
もしXにも模倣が可能であったなら、それはかの魔人に対抗する新たな手札と成りうるのではないか。
「ま、とりあえず確かめてみるか」
あっけらかんと言った後、カリーナの遺体に両手を伸ばす。いつも通りのやり方で、その肉体を刻み、崩し、磨り潰す。
こうして青の少女から完成させたのは、日常的に見慣れた形状の真っ赤な“箱”。カリーナ・ライルという名の生命の“中身”が詰まった情報の塊。
そしてまた、いつも通りに“箱”をまじまじと見つめてはくるくると手で回し、その中に収められたカリーナの“中身”を閲覧する。
「……なんだよ、わかんねえじゃん」
幾らかの時間を経て、Xは心底つまらなそうに言葉を吐き出し、“箱”を無造作に投げ出した。
人間を超えた新人類NEXTなどと御大層な肩書きを背負わされたカリーナに寄せた浅からぬ期待とは裏腹に、蓋を開けてみればその肉体の有り様は人間と大差ないように感じられた。
結局カリーナの“箱”から得られた情報は他の“箱”でも同様に得られる肉体の構造についての情報のみであり、本命であったNEXT能力のメカニズムの解明は叶わず終いとなってしまった。
「まあ、あの杏子って子の時もそーだったし? 仕方ないっちゃ仕方ないんだろーけどさ」
思い返せば、ワイルドタイガーの一つ前に成り済ます対象とした赤の魔法少女も似たようなものだった。魔法少女と定義された彼女の肉体を解体したところで、その神秘の力に関する情報が得られたわけではない。
人を外れた者であるからといって、その特異性が必ずしも肉体に表出されるとは限らないということなのだろうか。
「ちぇっ、つまんねーの」
Xが得られたのは、期待外れの結論ただそれだけ。
他に得る物も無いと判断したXは、それきり音撃道場を後にすることにした。
その場に一つ、“箱”だけを残して。
「――まさかあんたの“中身”も実は大したことありませんでした、なんてこと……あるわけないよね?」
この場にいない彼への疑問も一つ残され、しかし解答は未だ示されない。
◆
結局Xは、誰と出会うこともないまま無為に時間を過ごす羽目となっていた。気が付けばあと数十分程で二度目の定時放送を迎える頃である。
「とりあえず放送は聞くとして……次どうしようか」
街灯の光を頼りに地図を眺めながら、Xは今後の方針を考える。
ここに至るまでの道中、幸運にも禁止エリアに足を踏み入れることはなかったが、それにしても放送の情報をまたもや聞き逃すなんてことは望ましくない。
まずは一旦どこかで身を落ち着けて放送を待つのは確定として、考えるべきはその後だ。
尤も、確固とした目標を持っているわけではない以上、今まで通りとりあえず誰かと遭遇できそうな目ぼしい施設でさえあれば十分なのだが。
「……ま、ここでいっかな」
地図上での進行方向上にある目印を指でなぞる。その名前にはさほど重要そうな利用目的が見いだせないが、特に無視する理由があるでもないなら十分か。
これで誰とも会えなかったら残念な話であり、誰かと会えたら幸運な話であるというだけだ。戦力となる武器やまだ見ぬ“中身”を得たい以上、出来れば後者であってほしいことには違いないが。
「それじゃ、もうしばらく歩いてくか」
このペースならば、放送が終わって五分か十分もあれば到着可能だろうか。
情報収集にしても先手必勝にしても、次に相対するのがこちらを警戒しない善良な気質の人間ならば有難い話だ。
そんなことをぼんやりと考えるXの先には、闇の中に隠れてまだ見えぬ目的地。その施設の名を、『言峰教会』と言った。
【一日目 真夜中】
【B-4/市街地】
【X@魔人探偵脳噛ネウロ】
【所属】無(元・緑陣営)
【状態】健康、鏑木・T・虎徹の姿に変身中
【首輪】300枚:0枚
【コア】タカ(感情L):1、カマキリ:1、ウナギ:1
【装備】ベレッタ(8/15)@まどか☆マギカ、ワイルドタイガー1minuteのスーツ@TIGER&BUNNY
超振動光子剣クリュサオル@そらのおとしもの、イージス・エル@そらのおとしもの
【道具】基本支給品一式×4、詳細名簿@オリジナル、{“箱”の部品×27、ナイフ}@魔人探偵脳噛ネウロ、アゾット剣@Fate/Zero、
ベレッタの予備マガジン(15/15)@まどか☆マギカ、T2ゾーンメモリ@仮面ライダーW、
佐倉杏子の衣服、
ランダム支給品0~1(X:確認済み)
【思考・状況】
基本:自分の正体が知りたい。
1.今は『ワイルドタイガー』として行動する。
2.次こそは必ずネウロに勝つ。今はネウロの完全な復活を待って別行動。
3.第二回放送を待つ。その後は言峰教会に立ち寄ってみる。
4.ネウロほか下記(思考5)レベルの参加者に勝つため、もっと強力な武器を探す。
5.
バーサーカーやセイバー、アストレアにとても興味がある。
6.ISとその製作者、及び魔法少女にちょっと興味。
7.
阿万音鈴羽にもちょっと興味はあるが優先順位は低め。
8.殺し合いそのものに興味はない。
【備考】
※本編22話終了後からの参加。
※能力の制限に気付きました。
※傷の回復にもセルメダルが消費されます。
※タカ(感情L)のコアメダルが、Xに何かしらの影響を与えている可能性があります。
少なくとも今はXに干渉できませんが、彼が再び衰弱した場合はどうなるか不明です。
【全体備考】
※カリーナ・ライルの死体は“箱”にされました。
最終更新:2015年03月18日 19:33