湖が赴いた丘 ◆m4swjRCmWY







音さえ置き去るスピードで、湖の騎士が駆け抜ける。
上半身を護るはずの鎧は既に消え失せ、雄々しい筋肉に包まれたその胸には激しく打ち付けられたような打撲痕と熱傷の跡。
常人ならば既に息絶えていても不思議ではない傷をその身に負いながらも、湖の騎士・ランスロット───バーサーカーは止まらない。
何故ならば。

「■■■、■■■■」

───其処に、いるはずのだ。
感じるのだ。
魔力で察知した訳でもなく、騎士としての感が働いた訳でもない。
ただの『先程まで其処にいたから』という安直で短絡的な思考回路。
理性を狂気で塗り固められているが故の浅はかな思考。
そこに理由などなく、確証も根拠もない。
だというのに。
───この身体を蝕む狂気が、叫ぶのだ。
『おまえの王は其処にいる』と。
『おまえの王は逃げていない』と。
ならば。
此の身体がその場へと向かうのは、必然と言えた。

「Ar───ur」

ああ、彼の君よ。
穢れなき清廉な騎士王よ。
此の身は疾く貴方の元へ馳せ参じよう。
焼け焦げた胸の傷など捨て置いて。
砕けた見苦しい鎧など捨て置いて。
全てを捨て未知なる武具を手に貴方に牙を向けよう。
この身に宿した武練を持って、貴方に反逆しよう。
だから、どうか。

「Ar、thur……」

許されざる此の私を。
許されざる此の身を。
どうか、貴方の剣で。
どうか、貴方の腕で。

「Arthur───ッッッ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」



───私の罪を、裁いて欲しい。







▲ ▲ ▲











とある騎士は、城を去る前にこう言った。
───『アーサー王は人の心がわからない』、と。
その騎士の言葉はある意味では間違っていない。
それ程までに彼の王は『王として』完成されていた。
王として少しでも似つかわしくないと判断すれば王の座を奪おうとしていた騎士も、王の完全さにその機会を奪われ。
王としてその能力が確かであるならばと耐えた。
王として優秀であれば、性別など関係ない。
見目麗しいその姿は少年のようで、歳を取らず傷も修復するその不死性を『王の神秘だ』と讃える騎士もいた。
……そう。
彼等は『アーサー王』を必要としていただけで『アルトリア』のことなど一切必要としていなかったのだ。
皮肉な話だ。
王として完璧であるためには人としての感情を捨てねばならないが───人の感情を捨て理想の王として君臨すれば『王は人の心がわからない』などと言われてしまうのだから。
───誰よりも理想の王を求めたのは、彼等だというのに。
しかし、それでも彼の王は王としてその在り方を崩すことはなかった。
そして。
その末に手に入れたのは───眼前に広がる死屍累々の丘。

「ええ、わかっています───その為に、私は聖杯を求めたのだから」

全ては、あの結末を変えたいが為。
よってこのような悪趣味な儀式に協力する義理もなく、疾く終わらせるべきなのだ。
彼女は、彼女の許せる範囲の行動しか行わない。
相手が騎士で、戦士であるのならば不意打ちも行おう。
状況と己の技術で命を取り合う、それが戦いというものだ。
しかし───無防備な人を殺すのは、それは虐殺だ。
しかし、セイバーはその虐殺を否定はしない。
いざ戦いが始まれば犠牲は発生する。
彼女もそれは知っているのだ。
生前は被害を最小限にするために少なくない犠牲も払った。
出来ることならばこの場でも犠牲が出る前に儀式を破綻させてしまいたい───しかし、今己の後ろには二人の存在がいる。
少女、阿万音鈴羽とマスターである衛宮切嗣
戦力も少なく、恐らく今他参加者と出会ってしまえば戦死してしまう可能性が高い。
それに───サーヴァントはマスターに従うもの。
戦いを疾く終わらせたい気持ちはあるが、己を自分の剣だと認めた切嗣も同じ気持ちであるのならば共に行動をすればそれが事態の解決に向かうハズ。
卑劣な行為こそ認めはしないが、その手腕は認めているのだ。

「…此処からではよく見えませんね」

教会の屋上にてセイバーは呟く。
風に靡く美しい金の髪は、それだけで辺りに高貴な雰囲気を醸し出す。
残念ながら、セイバーのクラスは監視というものに向いていない。
アーチャーのクラス、弓兵は目が良くなくては成り立たない為遠隔視が可能なサーヴァントが多いのだが、セイバーのクラス、剣士は主に戦闘にて能力を発揮するクラスだ。
『遠くを見る』ということや『情報を集める』という点では他より劣る。
だからこそ、少し目を凝らしても───南方に確認できた人影を特定することができない。

「───」

切嗣や鈴羽が後ろにいる以上、ここを離れる訳にはいかない。
確かめるためにはここを離れる訳にいかない以上、あの人影が此方に到達し接触するしか方法はないだろう。
それに放送もあるのだ。
今は、様子見の時期で打って出る時では───



『Arthur───ッッッ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!』

「───ッ!?」

それは、聞き覚えのある声だった。
最初に聞こえたのは怒声。
その直後。
遥か向こうの空に装甲らしきものを纏ったバーサーカーが、飛来するのが見えたのだ。

(───あの奇妙な鎧は)

この場にて一度相見えた少女───ラウラ・ボーデヴィッヒが装着していた物と似ている。
色や形状こそ違うものの同じ類のものであることは間違いない。
ギリ、とセイバーは歯を噛みしめる。
バーサーカーの特徴の一つとして、触れた物は何であれ己の宝具へと昇華させる宝具を持つ。
およそあの奇妙な鎧も己の宝具としていることだろう。
飛行していることからも、機動力も以前と比べて上昇しているようだった。
そう判断した後のセイバーの行動は、速かった。

「切嗣、スズハ!!バーサーカーが此方へ向かっています!
迎え打ちます───!」

屋上から飛び降りつつ、教会の内部へと届くように声を張り上げる。
教会内まで移動して退避を手伝う余裕はない。
バーサーカー相手に───ランスロットを前に、悠長に移動している暇はない。
ならば、と。
セイバーが向かった先は、教会のすぐ側だった。

「貴公が空を駆けるソレに乗るならば」

此方にもそれ相応のモノが必要だ、と。
視線の先には、鋼鉄の馬。
教会までセイバーを運んだモンスターバイク。
缶の型に収まっているトラカンドロイドと、ライドベンダーだった。

「……時代も馬も違うが───馬上戦と行こうか、ランスロット」

静かに呟いたその言葉が、空気に消えるのと同時。
戦いの始まりを告げるかのように、放送が始まった。









▲ ▲ ▲


『切嗣、スズハ!!バーサーカーが此方へ向かっています!
迎え打ちます───!』
「……このタイミングで」

セイバーの警告は切嗣と鈴羽にしっかりと届いていた。
バーサーカーは強力なサーヴァントだ───万全のセイバーでも勝てるかどうかわからない。
それに加え、現在セイバーは聖剣を所持していないらしい。
単独での撃破は難しいだろう。
逃走するか───いや、この場には織斑千冬小野寺ユウスケが帰還する。
上手く逃げ仰せたとしても、バーサーカーと相対するのは彼女達となる。
……それは、出来ない。
では、如何するか。

「ここでバーサーカーを倒すしかない、か」
「…あたしも協力するよ」
「いや、駄目だ、……駄目というより、無理だ。
サーヴァント同士の戦いに人間が介入しても出来ることなんて数えるほどもない───小野寺ユウスケのような力があるなら別だけど、今の僕達には能力もなければメダルもない。
…放送を超えればメダルは何とか出来るけどね。
でもこのメダルは温存した方がいい───セイバーの勝敗がどうであれ、メダルが必要になるだろうからね」

武器と呼べるものも、今は戦闘に有効なものと言えばタウルスPT24/7Mとナイフ程度しか持っていないのだ。
そして動くこともギリギリの男と、実戦経験がある程度の少女。
この程度の武装でバーサーカーに臨むのは殺してくださいと願いに行くようなものだ───そんな事はできないし、させられない。

「セイバーが負けるのは想像出来ないけど…それでも、負けたら」
「その時は仕方ない。
何処かに隠れるか、逃げるしかないね───」

カチャリ、と。
終わらない内に鈴羽の手が切嗣の懐から何かを奪い取る。
───警棒とスタンガン。
相手が普通の人間ならばなんとか役に立つだろう程度の武器。

「…セイバーは負けないよ。きっと、勝って戻ってくる」

だから、と。
その身に釣り合わない程の硬い印象を持たせる銃を片手に彼女は、言い放つ。

「それまではあたしが守る。だから衛宮切嗣は回復に集中して」
「……済まない」

切嗣の口から漏れたのは、謝罪だった。
歩行・走行が不自由なく可能なまで回復すれば、この身も敵わないとしても戦闘に参加できただろう。
それが出来ないのが───申し訳なかったのだ。

「謝らなくていいよ。あたしはあたしがやりたいことをしてるだけだから。
───もう、守れるところにいる人が死ぬのは、嫌なんだ」

『……ありがとう、鈴羽さん』
それは、月見そはらの最期の言葉。
それは、手の届く範囲に居たはずだったのに、守れなかった罪のない命。
それは、殺される理由など欠片もなかったはずの命。
そんな命が奪われるなんて───間違っている。

「もう、誰も死なせたくない」

───命を奪いに襲い掛かる、下らない殺人者などにくれてやる命など、一つ足りとも存在しない。
今は亡き少女の面影を背に。
新たな少女が、決意を燃やし立ち上がる。

───それと同時に。

『午前0時0分0秒……素晴らしい。新しい一日の誕生だ──ハッピィバースデイッ!!』

二回目の、放送が始まった。







▲ ▲ ▲






数多くの人が、死んだ。
中にはグリードやこのゲームに乗っていたものも多くいるだろう。
だが。
中には、何の罪もなかった人もいたはずだ。

「……クソッ」

その現実が、切嗣の心を蝕んだ。
正義の味方。
誰かを救うということは、誰かを救わないということ。
そう士郎に言い聞かせたはずなのに───誰かを救わないどころか誰も救えていない自分は、とんだ半端者だ。
正義の味方になってみせると。
口では唄い続け、結局のところ誰一人として救えていない。

「済まない……でも」

───それでも。
止まることは、出来ない。

『安心しろって。爺さんの夢は───』

そう月下の誓いを交わした少年に恥じない存在にならないといけないのだ。
その過程で自分が死んだとしても───正義の味方を、諦める訳にはいかないのだ。

「……そのためにも、行動だ」

追加されたという新システム。コアメダルの破壊というワード。
考えなければいけないことは山ほどあるのだ。
そのためにも先ずはここを切り抜けるべきで───

「……阿万音、」

鈴羽、と続けようとしたその唇が、止まる。
ガリッと、音がした。
歯を噛み締め、何かに堪えるために、身を抱きしめている少女がいた。
……ああ、そうか、と。
切嗣は、察したのだ。
知り合いか、仲間か───その誰かが、呼ばれたのだ。

「……ッ!!」

その感情は怒りか、悲しみか。
ギリギリ、と。
唇を噛み切りそうなほど歯を食いしばり、握った銃が砕けそうなほど握り締めていた。
───それは、まるで。
自分の侵す受け流せないほどの感情を、力業で耐えているようだった。

「……阿万音鈴羽」
「大丈夫」

「大丈夫、だから」

かける言葉が、見つからなかった。
ああ、そう言えば。
士郎はあまり泣かない子だったな───と。
『誰かを励ます』という経験が余りにも足りていない切嗣は、すまない、と一言だけ発し。
もしセイバーが敗北したら───その可能性を感じつつ、動くことすらできない自分を恥じた。





▲ ▲ ▲

『Arthur───ッッッ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!』
「くっ、化け物め……!」

恐らくかなり距離が離れているというのにはっきりと聞き取れるその大音量に悪態を吐き、織斑千冬は駆け抜ける。
これならば放送を待つより先に白式を展開して駆け付けたほうが良いのではないか───いや待て、それでバーサーカーに追いついたとして心許ないメダル量で何ができるというのだ。
しかし、ようやく着いた先にはセイバー達の死体が転がっていた、なんてことになっては───

「……何を弱気に取り憑かれている」

パン、と頬を叩き己の心に巣食った弱気を追い払う。
セイバーも相当の実力者なのだ。
そう簡単に敗北するはずなない、と今は信じる他ないのだ。
すると。

『午前0時0分0秒……素晴らしい。新しい一日の誕生だ──ハッピィバースデイッ!!』

よく通る男の声と共に───放送が、始まった。
聞いたことのない声。
喧しい男だ───おそらく自分の知らない人間だろう、と判断する。
しかし、放送を大人しく聞いている暇は今の千冬には存在しない。
聞き流す程度で耳に収めつつ、聞き漏らしはしない程度の感覚で彼女は走る。

「しかしこれで……」

と、念じると同時にメダルが増えるのが感じ取れた。
使用可能になったコアメダルを即座にセルへと変える。
その数、50枚。
これならここからISを起動して駆け付けても戦闘分は大分残るだろう。

『───セシリア・オルコット
「ッ!」

目の前で散った教え子の名が、再び読み上げられる。
救えなかった、教え子。
ああ、もう。
彼女のような結末を迎える者を出してはいけない───ならば。

「すまない、オルコット───この事件を解決したらまた綺麗に埋葬する。今は、安らかに」

彼女の眠るべき場所は、こんな血塗られた会場ではない。
亡くなった教え子の思いを胸に、まだ生きている仲間と教え子の為に、彼女はISを起動する。
IS。その名は、白式。
最愛の弟である一夏の、恐らく死亡するまで身につけていたであろうそのIS。
それを起動し、メダルをエネルギーに推進力に変え───

「セイバー、今行『凰鈴音』───は?」

その足が、止まった。
今度は無様に喚き散らすこともなかった。
突然だったからか、予想外の方向からの衝撃だったからか。
絶望も哀しみも、感情が追いついていなかった。
ただ、理解した。
───ああ、死んだんだな、と。

「……馬鹿者が」
「……馬鹿者が」
「……馬鹿、者が……ッ!」

突如。
辺りを吹き飛ばす程の突風と共に、白式が空へと舞い上がる。
スラスターが火を噴き、全推進力を移動に費やす。

「……すまない。私の力不足だ」

なんて、無様。
教師という生徒を守る立場でありながら、一人も守れていない。
家族である弟すらも。
これでは───教師失格だ。

「───」

喪ったものが、多過ぎた。
唯一の弟を。
弟に好意を寄せてくれていた生徒達を。
殺し合いを打倒すると心を通わせた仲間を。
この短時間で無くすには余りにも多過ぎるものを、亡くしてしまった。
許してくれ、なんて言うつもりはない。
守れなかった生徒に、教師が許しを請うなど、赦されない。
哀しみもある。絶望もある。
出来ることならば、不甲斐ない自分をここで殴り倒したい。
だが。
だが───まだ、自分はすべきことがある。

「……白式、行くぞ───!」

向かう先は、今戦っているであろう仲間の元へ。
感傷は置き去りに。
哀しむのも絶望に跪くのは───全てが終わった、その後で。

「───おい!?何があったんだ!?」

その時だった。
あの始まりの会場で、殺し合いの打破を宣言したヒーローに出会ったのは。





▲ ▲ ▲

「……サー・ランスロット。まさか貴方と、こんな場所で剣を交えることになるとは思ってもいなかった」

「───」

教会前。
IS、打鉄弐式を展開したバーサーカーは、其処で浮遊していた。
トライドベンダーに跨り、凜然とした姿で迎えるかつての己の主君を前に。
セイバーの問い掛けには答えない。
ただ狂気で歪ませたその顔を晒しているだけ。

「語り合う言葉もなく、名乗りを上げる自由もない───我らが交えるのは互いの武器に乗せた思いのみ。
ならばこそ、迷いのある心で武器を交えるのは貴公に失礼と言えよう」

「……Ar」

カチャリ、と。
風を纏った戟をバーサーカーへと向ける。
折れている為、もはや風王結界でリーチを隠したとしてもさしたる効果は期待できない。
ならば───その分の風を斬れ味と一撃の重さへと利用しよう。

「私はもう迷いを消したぞ。私の背後には、潰えてはならない命がある。
貴公が私の前に立ちその命までも摘み取ると言うならば、互いの立場は明白だ」

「…thur…」

トライドベンダーが獣の雄叫びを挙げる。
まるで、王の闘争心を現すように。
打鉄弐式がカタカタと小刻みに震える。
まるで、この時を待ちわびたかのように。

「それでも貴公の怒りが私を赦さぬと言うならば───いざ、死力を尽くしてくるがいい。
この身にかけて、貴公の挑戦に受けてたとう」

「Ar…thur……!!」

チャキリ、と。
互いの得物が起き上がる。
片方は折れた戟を。
片方は、近未来的な薙刀を。

「サー・ランスロット───いや、バーサーカー。
此処が貴公の死地だ───!!」

「Arthur───!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」

それが、合図だった。
四つのタイヤが大地を削り、熱を発するスラスターは空気を焼く。
陸を縦横無尽に駆け回る虎に対し、バーサーカーが行ったのは多数の宝具の掃射だった。
先ずは機動力を削ぐ───しかし剣や槍の群れは、何一つとしてセイバーを貫くことはなかった。
まるで生物のように駆け回るトライドベンダーが掃射の間を潜り抜けるように駆け回り、それでも避けられない直撃をその戟で弾いているのだ。
折れた戟だが、まだ刃は付いている。
切断され戟としては役不足なほど短くなったソレでも、風王結界を駆使すれば使えないこともない。
───そしてこれは振るっているセイバーも、そして射出したバーサーカーもあずかり知らぬことであるが。
宝具であるため当然なのだが、この戟にも真名が存在する。
名を『方天戟』。
中国からと伝わる『戟』の一種、その原点。
『無毀なる湖光』との打ち合いでは神造兵器とでは分が悪かったのか、異国の武器のためセイバーの構え方が悪かったのか折れてしまったが、それでもこの戟も立派な宝具の原典の一つなのだ───風王結界と魔力放出でカバーされている今、『王の財宝』の掃射を少しずつ弾くぐらいならばやってのける。

「ハァッ───!」

「Au───rrrrrrッッッ!!!」

そして。
掃射の間を掻い潜り魔力放出と風王結界の推進力、そしてトライドベンダー自体の重さも加えて振るわれた一撃を───バーサーカーは、薙刀で受け止める。
折れた戟の威力不足、リーチ不足は機動力と加速で補う。
それがセイバーの考えた戦法であった。
しかし、侮ることなかれ。
バーサーカーの纏うIS『打鉄弐式』は機動性を重視したISである。
機動性ではトライドベンダーに引けを取らない───しかも空も飛行できるのだ、行える戦法としては彼方の方が上。
そして彼の持つ打鉄弐式の近接武器、『夢現』。
対複合装甲用であるこの超振動薙刀は、並の強度のものならば触れただけでバターの様にスライスしてしまうだろう。
それがバーサーカーの筋力と技巧を持ってして振るわれるのだ。
いくらセイバーの鎧があるとはいえ、生身で受けるとどうなるかは想像するまでもないだろう。

「ぐうっ!」

ガイン!と。
互いの得物の衝突が、嫌な音を響かせる。
だが、弾き飛ばされるのはトライドベンダーごとのセイバーだった。

いくらトライドベンダーがモンスターバイクとはいえ、バーサーカーもISを所持しているのだ。
そしてバーサーカーが持つは無限の
宝具に対し、セイバーの得物は折れた戟一本。
技も速さも向こうが上───ならば、セイバーには力しかない。
力も不十分に込められない折れた戟に最大の力を込め、叩きつける。

「Au───rrrrrrッッッ!!!」

距離を取るセイバーを追うバーサーカー。
まるでそれは、乗馬戦のようだった。
駆る馬の姿形は変わり、舞台は変わっても───騎士の戦いは此処にあった。
薙刀と戟が接触する。
バーサーカーはそのまま器用に薙刀を振り回しから突きへと移行する。
音すら置き去りにし空気を裂くその一撃を、セイバーは上体を逸らすことで回避する。
そして生まれた隙を狙いバーサーカーの首元に戟が迫るが───それを、薙刀の柄の部分で弾く。
互いの距離は、1mもない。
互いの武器の間合いの中で───バーサーカーの連撃が、始まった。
突き。
弾き。
振り回し。
袈裟斬りに。
弾き。
振り下ろし。
切り上げ。
受け止め。
弾き。
生まれた隙を───突く。

「……ッ!」

バーサーカーの正確無比の技巧に、セイバーは防戦一方だった。
全ては受け切れず、次々とその身体に裂傷が刻まれる。
隙を狙い戟を振るったとしても弾かれ、逆に此方が隙を作らされる。
しかし距離を取れば、マシンガンのような連射でありながら大砲級の破壊力を生み出す王の財宝の掃射がセイバーを襲うのだ。
バーサーカーは距離が近ければ、遠距離攻撃から近接戦闘に切り替える。
よって、セイバーには近接戦闘しか残されていない。
致命的な傷はない。
致命的な傷を齎す位置への攻撃は避け、それでも避けられなかった場合は戟で弾く。
セイバーは事実、攻めあぐねていた。
既に十数合は武器を交えている。
だがしかし───バーサーカーに傷を与えるには、至っていない。

「このままでは……ッ!」

いずれ、此方が押し負ける。
メダルの残量の問題もあるのだ。
このまま防戦一方では、いずれメダルが底をついて敗北するのは此方だ。
バーサーカーのメダルが幾つあるのかもわからない現状、メダル切れを狙う余裕もない。
ならば。

(───ならば、賭けに出るしかない)

ガィイン!と。
一際甲高い音と共に───弾き飛ばされる形で距離を取ったセイバーとバーサーカーが相対する。
互いの距離は、約10m程。
其処でセイバーは、トライドベンダーのエンジンを最大限にまで回す。
───決死の一撃。

「バーサーカー……貴公の技量、やはり当時と変わらぬ素晴らしいものだ。
未知の鎧と東洋の武具ですら扱いこなすとは」

「───」

バーサーカーは答えない。
フルフルと小刻みに震えるその身体は、歓喜か。
しかしセイバーはその事など眼中にもなく、言い放つ。

「しかし、次の一撃で仕留よう。
この一撃を受けてみるがいい、バーサーカー!」

「Aurrrrrr───!!!」

そして二つの騎士が、全速力で互いに迫る。
バーサーカーは相も変わらずの突進だが───セイバーは、違った。
トライドベンダーをウイリーの要領で前輪を持ち上げたのだ。
そのまま、全速力で突進する。
技で劣るならば、質量すらも味方につけた一撃を。
トライドベンダーと打鉄弐式が、激突する。
ギャリギャリギャリ、と擦れるような火花が、夜の教会前を照らす。

「Au───rrrrrrッッッ!!!」

───しかし。
打ち負けたのは、トライドベンダーだった。
超振動薙刀『夢現』で、トライドベンダーごとセイバーを両断する。
無様に爆散し、破片を飛び散らすトライドベンダーを前にバーサーカーは勝利の確信を得ると同時に───違和感に、気がついた。
トライドベンダーごと、セイバーを両断した筈。
だというのに───何故、この薙刀には少量の血痕すら付着していないのだろうか?

「───ハァァァッ!!!」

そして。その一瞬の隙が、致命的な迄のチャンスを作った。
セイバーの作戦は元よりトライドベンダーは犠牲にするつもりだったのだ。
トライドベンダーをウイリーの要領で持ち上げ───小柄な己の身を隠した。
そしてバーサーカーが斬りかかるタイミングで離脱し『葬った』という確信の際に生まれる隙を狙う。
バーサーカーとて理性はないが、本能はあるのだ。
そして『勝利における確信』などというものは、本能が行うもの───其処に、隙が生まれる。
魔力放出と風王結界を解放することにより得る、莫大な推進力。
其れを全てこの一撃の為に、構える。

「はあぁぁっ───!」

───ズドン!!と。
轟音と共に、戦場は夜の静けさを取り戻した。











「───ほんの一歩、届かなかったか」

セイバーは、ポツリと呟いた。
戟は、真っ直ぐとバーサーカーの心の臓を狙って突き進んだ。
この重い一撃ならば、ISの絶対防御すら貫いてもおかしくはない。
おかしくはない、はずなのに。


───パラパラ、と。
絶対防御に止められた、戟がその形を失っていく。

限界だったのだ。
無毀なる湖光の一撃で折れた戟を手に。
王の財宝の掃射を受け。
ISの超振動薙刀『夢現』の猛攻を捌き続けた。
破損した武具の耐久力などたかが知れている。
度重なる攻撃と防御の果てに───戟の方が、耐えられなくなったのだ。
それは。
普段ならこの威力と共に貫けたはずの絶対防御を前にして───己が砕け散ってしまうほどに。

「…私は、まだ───」
「Arthur……!」

敗北を避けるため、身体を動かそうにも。
カチャリ、と持ち上げられた薙刀を、セイバーは既に避けることは出来なかった。
そして。
驚異的な速さで振り下ろされた薙刀は。
驚異的な速さでもって、止められた。

「───?」

セイバー自身も、敗北を覚悟した瞬間の出来事に言葉が出ない。
目の前に、自分の頭蓋を砕くはずであった薙刀が静止していて。
己の足元に───西洋の剣が、刺さっていたのだ。

「……今度は、間に合ったぞ」
「───」

バーサーカーは己と王の戦いに水を差した存在を、叫ぶでもなく、ジッと見つめている。

「貴様がバーサーカーだな。
どういう技法でそのISを制御しているのかは知らないが───倒させてもらう」
「チフユ……?」

───白式を纏った織斑千冬が、其処に居たのだ。
黒騎士は、現れたブリュンヒルデを見つめている。
コイツは、敵だ。
彼の王との戦いに介入した、邪魔者だ。
ならば───消さねばなるまい。

「───■■■■■■■」

黒騎士は、ブリュンヒルデへと向かって飛び立つ。
そして。
第二ラウンドが、始まった。

▲ ▲ ▲












怪盗は笑う。

怪盗は、神出鬼没だから怪盗なのだと。

怪盗は、盗むから怪盗なのだと。

中身のない怪物は、地を這い空を駆け迫る。

しなやかに、貴方の動きを絡め取る。

───さあ、中身を知りにいこう。










▲ ▲ ▲

「大丈夫か!?」
武器を失ったセイバーに、鎧の男が声をかける。
セイバーはその男の姿を見て───即座に名前を思い出す。

「貴方は───確か、ワイルドタイガー?
何故貴方が、ここに」
「おうよ、さっきそこで千冬と会ってな。
仲間を助けに行くって言うんでついてきたんだ」

セイバーは再び立ち上がり、大地に刺さった───恐らく千冬が投げたものであろう剣を手にする。
千冬の所持品のため名前は知らないが、相当の業物のようだ、

「ワイルドタイガー、救援感謝します。貴方の真木への啖呵、とても素晴らしいものでした」
「ああ、感謝はアイツをふん縛ってからだッ!」

そして。
新たに二人が加勢のため参戦した時には───黒騎士とブリュンヒルデは、上空を舞っていた。
雪方弐型と夢現が激突する。
二度、三度、四度と激突するが───千冬の身体に傷は未だ無い。

「どうした、バーサーカー……パワーはあるが、読み易い太刀筋じゃないか」
「■■■■■!!!」

バーサーカーの夢現を寸前で避け、ひらりと体制を立て直す。

「確かに貴様の技巧は素晴らしい。
ISの使い方にも慣れていて、他の代表候補生にもそれなら引けを取るまい……いや、それより上か。
だがな」

雪方弐型が、バーサーカーへと向けられる。
そこには、先程までの迷いと絶望に打たれていた女の姿はなかった。
其処にあるのは一人の戦士。
ブリュンヒルデと讃えられ恐れられた、ISの騎士。

「───ことISにおいてなら、私は貴様に負けるつもりはない。かかってこい、バーサーカー。
私より弱いのならば───セイバーが戦線復帰するまでもない、私が勝つぞ」
「■■■■■───!!」

バーサーカーの雄叫びが、耳を劈く。
実のところを言えば、千冬もギリギリであった。
いくら自分の土俵で、そしてブリュンヒルデと謳われた千冬と言えどキャメロット最強の騎士相手に何もなく勝つことなど難しい。
現に今は攻撃を避け、隙を探ることで精一杯だった。

(如何にかしてバーサーカーからISを引き剥がす方法はないものか……)

ISさえ剥がして飛行能力を奪ってしまえば、地上にいるセイバーや───此処に到達する前に出会ったワイルドタイガーと共に三対一として戦える。
故に、この戦いは勝つのが目的ではなく───ISを剥がすことにあるのだ。
しかし、事態はそう簡単には転がらない。
バーサーカーの一撃は千冬より重い。
直撃してしまえば、絶対防御があるISを纏っているとはいえどうなるかわからない。
最悪、挽肉にされてしまう可能性だって否定できない。
だからこそ強気な攻めを行うことができないのだ───しかし。

「あぁァッ!!」

攻めなければ勝てない。
よって千冬は、バーサーカーの攻撃をギリギリで躱すことにより───強引に攻撃のチャンスを作っていた。
雪方弐型と夢現が更に激突する。
双方が衝突し行き場を失ったエネルギーはその間で火花を散らしている。

「■■■、■■!!」

がシャリ、と音がした。
バーサーカーの背中の荷電粒子砲『春雷』が稼働を始めた音だった。

(コイツ、0距離で……!!)

寸でのところで、スラスターを噴かし回避する。

(何処までISを使い熟し───なっ!?)

そして。
回避行動を終えた千冬が見たものは───まるでそう動くのを読んでいたかの如く、夢現を高く振り上げたバーサーカーの姿だった。
迎撃を───不可能。
回避を───もう遅い。
防御を───それしか、ない。

「■■■■■───!!!」

ガゴンッ!!と轟音が鳴り響く。
振り下ろした夢現を、雪方弐型が受け止めた音だった。

「ッ──ぁ、っ─!」

千冬の口から声にならない悲鳴が挙がる。
正面から、受け止めてしまった。
右か、左か。絶対防御ですら受け止めきれず何方かの腕の骨が、折れた。
しかし、それだけではバーサーカーの攻撃は終わらない。
雪方弐型で受け止めた千冬を───そのまま、力技で押し込んでいく。
いや。
地面に向かって、叩き落とすと言った方が正しいか。
しかし。
それは、未遂に終わることとなった。

「───チフユ、下がって!」

教会の壁を駆け上がり、風王結界のブーストを利用して空へと跳んだセイバーが、その剣をバーサーカーに叩きつけたのだ。
予想外の一撃であったのか、踏み込みが足らなかったのか───ISを破壊するまでには至らなかったが。
その隙に千冬はバーサーカーから離れ、地上へと降り立ち体制を立て直す。

「……すまない、しくじった」
「いえ、構いません。それよりチフユ……まだ、戦えますか」

バーサーカーから離れ、地上へと着地したセイバーが問う。
バーサーカーは体制を立て直し、此方へと狙いを定め───宝具の嵐を、解き放った。
剣。槍。斧。矢。ありとあらゆる宝具の原典が、嵐のように降り注ぐ。

「ハァッ!!」

ソレを、西洋剣───シックスの剣にて、叩き落とす。
叩き落としきれない宝具はその身を翻し、躱す。

「戦えるのならば───一瞬。
一瞬でいい、バーサーカーに隙を作っていただけませんか」
「一瞬、でいいんだな?」
「はい。その隙に、私が仕留めます」

一瞬の、静寂。千冬は片腕が折れている。
一瞬を作り出せるかも怪しい───状況だけ見れば、分の悪い賭けでしかない。
なのに。だと、言うのに。
セイバーは凛とした瞳でバーサーカーを見つめ、迎撃しつつそう語ったのだ。
まるで、千冬の失敗など考えてもいないように。

「───ああ、良いだろう。その代わり、必ず成果を出せ」
「わかっています。貴女が作るその隙を、無駄にはしません」
「それなら俺にも任せろ!隙ぐらいなら安いもんだ」

ワイルドタイガーが顔部分のマスクを上げ顔面を露出して笑う。
それと同時に───雪方弐型が、変形する。
エネルギー状の刃が形成され、新たな姿へと生まれ変わる───『零落白夜』。
対象のエネルギーを無効化するが、エネルギー消費量が莫大な諸刃の剣。
この一撃に賭けると。その必殺の意思を持って、彼女は空へと飛び上がる。

「行くぞ、ワイルドタイガー!」
「おうッ!」

そのスピードは、ミサイルのようだった。
ワイルドタイガーは下から。千冬は上からの挟み撃ち。
回避不能の同時攻撃───しかし。それは宙を旋回し夢現を振るうことで簡単に避けられてしまう。
しかし。

「もはや小細工をするつもりもない───全力でいくッ!!」

織斑千冬は、諦めない。
両の腕で握りしめた零落白夜を、バーサーカーに叩きつける。

「っ───!?」

零落白夜を通した衝撃が、激痛となって腕に伝わる。
アドレナリンが分泌されていたからか、折れた腕にはほとんど痛みはなかったため何方の腕が折れたのかはわからなかったが───今の衝撃ではっきりとわかった。
左だ。左の腕の骨が、折れている。
……ああ、だから何だというのだ。
シャルロット・デュノアは死んだ。
セシリア・オルコットも死んだ。
凰鈴音も死んだ。
織斑一夏も、跡形もないほどに死んだ。
きっと彼らはこれ以上の痛みを経験したのだ。
恐らく、死ぬその瞬間まで、気が狂いそうになるほどの。
生徒は、其処まで頑張ったのだ。ならば。
ならば……教師である織斑千冬が、骨が折れた程度の痛みで立ち止まるはずがあろうか───?

「あ、ああ、ああああアァァァァッ!!」
「■■■■■───!!!」

そのまま力の限りで、夢現を押し返す。
しかし、バーサーカーはビクともしない。
むしろ、千冬の方が押し返されている。
ああ、敵わない。力技では、バーサーカーには遠く及ばない。
正真正銘の怪物だ、勝てるはずがない。
そう。
一人では勝てるはずがないからこそ───バーサーカーには、二人で挑んだのだ。

「捕まえたぞ鎧野郎ォッ!!」
「■■ッ!?」

ワイルドシュートこと、ワイルドタイガーの腕に内蔵されたワイヤーガンが、夢現に巻き付いたのだ。
ギリギリ、と。
ワイルドタイガーの強靭な腕力により、ほんの僅かだが───夢現を扱うバーサーカーの腕が止まった。
その隙を、千冬は逃さない。
ザンッ!!と。
零落白夜が───打鉄弐式の、シールドバリアーを引き裂いた。
そして。
その隙を、セイバーは見逃さない。

「───有難う御座います、チフユ。貴女の道を、無駄にはしない」
「……ああ、やってやれ」

役目を終えバランスを保てず地に堕ちていく千冬と正反対に魔力放出をブーストさせバーサーカーに迫るセイバーが、交差する。
労う言葉は、一言だけ。
送り出す言葉も、一言だけ。
それぞれの思いを乗せて───騎士王は剣を振るう。
シールドバリアーが消失したその、僅かな隙に。

「はぁぁぁぁぁぁァァァァァァァッ!!!!」

───打鉄弐式ごと、バーサーカーを切り捨てた。



▲ ▲ ▲






ああ、斬られた。
斬り伏せられた。
でも、何故か。
まだこの身体は動くのだ。
死まではまだ遠いぞと。
まだ、動くのだ。
ならば、このようなものはいらない。
機械仕掛けの兵器など捨て去ろう。
無限の財宝など捨て去ろう。
やはり、罪深きこの身体には。
同じく罪深き、この剣が似合う。
王へ向ける剣は───共に私の罪である、この魔剣でなくてはならない。



我は、疎まれし者。
嘲られし者。
蔑まれし者。
我が名は賛歌に値せず。
我が身は羨望に値せず。
我は英霊の輝きが生んだ影。
眩き伝説の陰に生じた闇。
故に、我は憎悪する。
我は怨嗟する。
あの貴影こそ我が恥辱。
その誉れが不朽であるが故、我もまた永久に貶められる───






───そうだ。
───まだ、朽ち果てる訳にはいかない。










▲ ▲ ▲

(───浅かった!)

バーサーカーが纏っていたISは、右側背部のユニットを斬り落とされ大幅に機動力が落ちている。
しかし絶対防御に護られたバーサーカーの肉体には、傷一つ付いていなかった。

(ならば、このままッ!)

返す刃で、バーサーカーの首を落とすべく、剣を奔らせる。
だが、しかし。
それより早く───バーサーカーの纏っていた打鉄弐式が、視界から消えた。
所謂待機状態に戻ったのだ。
纏っていた黒い瘴気も、消え失せる。
そして。
それと引き換えに、バーサーカーのその手に黒い魔剣が握られる。

「くるか、バーサーカー!」
「Arthur───ッ!!!!!!!!!!」

───『無毀なる湖光』。
各ステータスをランクアップさせる、神造兵器。
他二つの宝具を封印することで抜くことが出来る、バーサーカー───ランスロットの真なる宝具。
それを今抜いたのだ。
ギィン!と。
セイバーの剣と無毀なる湖光が激突する。
硬直したのは、一瞬。
直後力と技が合わせられたその一撃に、まだ空中で浮遊していたセイバーは一瞬の内に地面に叩き落とされる。

「ぐぅっ……!!」
「Ar───thur」

地に着地したバーサーカーのその顔は、狂気に染まっていた。
地面に堕ちた千冬は、肉体へのダメージが大きいのか、地に倒れ伏しながらも意識を保とうともがいている。
バーサーカーの隙を伺っているワイルドタイガーですらも、動くことができない。
それと当たり前だろう。
セイバーが見る限り、装甲を纏っているだけのワイルドタイガーではバーサーカーと相対するには無謀過ぎる。
それがわかっているからこそ、ワイルドタイガー自身も近づくことすらできず立ち尽くし、見ていることしかできなかった。
故に。
恐らく───『無毀なる湖光』を抜いた今、バーサーカーとまともに相対できるのは、セイバーしかいないのだ。

「…その剣を抜いたか、バーサーカー」

地面に剣を突き立て、叩きつけられた地面からその身を起こす。
倒れてなどいられない。
サーヴァントの戦いにおいて、己の象徴である宝具を解放した時が真の戦いの始まりなのだから。
つまり。
英霊にとって宝具を解放が真の戦いであるということは───『約束された勝利の剣』を持たない今のセイバーでは限りなく勝機が薄いということでもあるが。

キッ、と。
前の存在を見据えたセイバーの眼に映るは、狂気に歪んだ酷く恐ろしい顔。
延々と理性を蝕むその怨嗟。
口から出でるは、憎み妬むその名を呼ぶ声。
───ああ。
───それ程迄に私が、憎いのか。
───御身を修羅に堕としてしまったのは、私なのか。
覚悟で固めたはずの迷いが、かつての騎士の名剣を視認したことで顔を出す。

「それでも、私は戦わなければならない。
例え、貴公が私を呪うとしても……私は、止まらない」

御身が狂気に堕ちた理由が、この私にあるならば。
その狂気を止める責任は、全てこの身にある。
だから。
この身に代えてでも、バーサーカー───ランスロットは、此処で。

「さあ、来いランスロット。
遠慮はいらん───私も、全力で応えよう」
「Ar───urrrrrrッ!!!」

刹那に響いたのは、轟音。
矢のように跳んだバーサーカーにアスファルトの地面が耐え切れず、割れた音だった。
それと同時に、風を纏う一人の騎士。

遥か彼方から一足で迫るバーサーカーに対し。
セイバーはその先で迎え撃つ───!

「やあぁぁっ!!」
「Arthur──!!」

ギィン!!と。
宵闇が支配する教会前で、金属音が鳴り響く。
バーサーカーを一言で表すならば、完成の一言だった。
一度振るうだけで正確無比に対象を斬り伏せるその魔剣は、何処までも洗練された死への最短コース。
その魔剣の振り払いが荒れ狂うプレス機ならば。
その正確さは、精密機械のそれだ。
セイバーから出来ることと言えば、その魔剣にありったけの力を叩き込み、威力の軽減と反撃の隙を伺うのみ。
つまるところ───セイバーは、ただただ、押し負けていた。

「ぐぅっ───!」

一際甲高い金属音と共に、セイバーの身体が後退する。
龍の因子を持つセイバーにとって、ランスロットの魔剣は天敵。
防いでも尚、その身に傷が刻まれる。
バーサーカーの一撃によりその見ごと弾かれたのだ。
だが、しかし。
膝を突くことすらせず、彼女は再度突撃する。

そうだ。
いくら劣勢であったとしても、騎士王は後退を許されない。
彼女のその後ろには、守るべき仲間が存在しているのだ。
引けるはずはなく───元より、後退するつもりもない。
しかし、それは狂戦士とて同じ事。
眼前に彼の王がいるのだ。
待ち侘びたその御身があるのだ。
引けるはずが、あろうか。

───故に、此処は前進しか許されない絶対防衛戦線。
逃亡は許されない。
敗北など以ての外。
互いに互いを消し去らんとする、その境目。
───それは。
騎士王と湖の騎士が共に何度も続けてきた、国を護る為の戦いに酷似していた。

───戦乱の時代。花開く騎士の時代。騎士たちの夢の時代、アーサー王伝説。
互いに譲れぬものを剣に乗せ、国を守るためにその身を賭す。
勝った者が伝説として語り継がれる、国を守る者たち。
それが、この場にて再現されている。
騎士にとって、夢の光景。見るものを魅了して止まない伝説の再現。
しかし。魅了し目を離すことを許さないこの騎士の決闘は、セイバーの消失という結末を描こうとしている。

「Aruuuu!!」

振り下ろしの一撃を剣で受けたセイバーの足元が、衝撃で雲の巣状に罅割れる。
頭上に待機する魔剣。二度目の振り下ろし。
まるでギロチンの刃。死刑宣告を告げ、首を落とす刃。
両断せんと迫るその刃を、身を捩ることで回避する。
ガリガリ、と。
避けきれず、魔剣の刃が鎧を削る。
振り終わったその隙を狙い、騎士王の刃が狂戦士の首を刈らんと疾る。
───しかし、躱された。
隙を狙ったその必殺の一撃は、上体を逸らすことで容易く空を切る。

「Ar───ruuuu!!」

───まるで、荒れ狂う大波のよう。
押し寄せ叩きつける、力の奔流。
セイバーはその大波に退くことなく。
故に、触れるごとに身体は潰れそうなほどに。
鎧が欠け、宙に舞う。
限界は既に近い。

そして。
「ぁ───」

僅かに拮抗していたセイバーが、崩れた。

「セイバー!!」

折れた腕の鈍痛を耐えながら、なんとか立ち上がった千冬が叫ぶ。
バーサーカーの一撃を受け流し切れなかったセイバーの身が、たたらを踏んで後退したのだ。
それは、明確な隙。
その隙はバーサーカーが望んだものであり。
故に、見逃すはずもなく。
バーサーカーはその剣を一閃する。
セイバーは為す術なくその剣を受け、鮮血が飛び散り、肉片が空を舞った。

「───いや、違う」

空を舞った肉片が───カランカランと地に落ちる。
そうだ、舞ったのは肉片ではない。
───鎧だ。
セイバーはわざと隙を作り、紙一重で鎧にだけ剣を直撃させその鎧を砕かせたのだ。
好機と見たバーサーカーの大振りを誘い。
待ち続けた千載一遇の機会を見出すために。
セイバーは、魔剣を振り切ったバーサーカーの懐に全力で突貫する───!

「はあぁぁっ───!!」

ドゴン、と。
轟音を発し、あの機関車のように突貫するだけであったバーサーカーを後退させる。
狂気に支配されても尚消えることのないその技量故か、刃は寸でのところで魔剣を盾にするようにして防がれたが───衝撃までは殺しきれなかったか。
そこで。

「セイバー、避けろッ!!」

バランスを立て直したバーサーカーに───青い弾丸が、叩き込まれる。
一つではない。
二つ三つ───計四つの銃口からレーザーが吐き出される。
発射したのは、千冬だった。
───ブルー・ティアーズ。
蒼い雫。
遠隔誘導型の小型の銃器を使用した連続射撃。
腕が折れ、ロクに応急処理すらしていない千冬では大したサポートはできないが───遠隔誘導型の装備が整ったブルー・ティアーズでなら話は別。
しかし。
このISは彼女のものではなく、救うべきだった彼女の生徒のもので。

(オルコット───救えなかった私が言うのだ、罵ってくれても構わない。
だが……今だけはこのIS、借りるぞ)

心の中で、すでにこの世にはいない教え子に懺悔しつつ。
遠隔誘導の弾丸を放ち続ける。

「ar───ruuuuuッ」

バーサーカーはその弾丸を魔剣で叩き落とし───バランスを崩したからか銃弾を数発その身に受けながら、クイっと指を動かす。
すると、バーサーカーの背後の空間歪む。
『王の財宝』。その一つの宝具である宝剣が顔を出す。
───”邪魔をするな”と。
───”王と私の、剣と剣での決闘に水を差すな”と。
言外に告げているような、錯覚を千冬は感じた。
しかし、それも束の間。
放たれた宝剣が千冬を狙う───!

「チフユッ!!」

しかし、その宝剣は千冬を貫くことなく地面に落ちる。
セイバーの一撃によって弾かれたのだ。

「セイ、バー」
「下がっていてください…バーサーカーは私との剣での果たし合いをご所望のようです」
「駄目だ。バーサーカーは強い……此処は私もサポートす」
「───チフユ」

最後まで言葉を聞かず、セイバーは言葉を切る。
それ以上は喋らない。
だが───なんとなく、わかってしまった。
これは私の戦いなのだと。
これは私が決着を付けるべきことなのだと。
何も語らない───小さな背中が、そう言っていた。
今のセイバーは既に満身創痍だ。
使い慣れた聖剣もない。
息も絶え絶えで、肩は激しく上下している。
それでも。
それでも彼女は、バーサーカーとは己の手で決着をつけると言ったのだ。

「……わかった。ならば、必ず勝て」
「ええ、わかっています」

ゆっくりと、前進する。
標的は、バーサーカー。
もうセイバーには、何度も剣を交える余力は残っていないのだ。

しかし、それはバーサーカーとて同じ。
重傷を負いながらここまで駆動し、ここに来て限界が近づいている。

───故に。
互いが放つのは、全身全霊を込めた一撃のみ。

セイバーの身体が蒼く発光する。
その身体にどれだけの魔力が込められているのか、想像すら難しい。
ピシリ、と音がする。
シックスの剣に亀裂が走る。
この剣も───魔剣との幾度とない戦闘に、耐え切れなかったのだろう。

バーサーカーの威圧感が、周囲にもわかるほどに増す。
それ程の憎悪。怒り。そして己への不甲斐なさ。
それを、全てこの一撃に乗せる。
狙いは彼の王へ。
我が思いは、此れ、この一撃。

───風がセイバーの剣を保護する。
後一撃だけ保ってくれと。

───バーサーカーの構えが変わる。
襲撃から、迎撃へと。

遥か昔。
ブリテンの王国にて叶わなかった決闘が、此処に再現される。

突貫するは騎士王。
受けて立つは狂戦士。

風を纏い、景色をも置き去りに突貫する。
───腰を低く、あらゆる衝撃に耐え得る体制に。
剣を構え、自らを一振りの剣と化し。
───あらゆる技術を総動員し、迎撃の後に斬り伏せよう。
決着は此処に。剣の英霊は大地を駆ける。
───決着は此処に。狂戦士の英霊は彼の王を待つ。

そして。

「決着をつけよう───バーサーカー!!」
「Arthur───ッッッ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」

二つの騎士が、激突した。











▲ ▲ ▲

ポキリ、と。
シックスの剣が、根元から折れる。

「───ああ」

セイバーの目は虚ろだった。
鎧すら失ったその身には、大量の血液が。

「───負けました、我が王よ」

そして。
狂戦士は、ポツリと呟いた。
折れたシックスの剣は、地面に堕ちることなくバーサーカー───ランスロットの胸へと突き刺さっている。
本来ならば、ランスロットはセイバーを倒すことが出来たのだ。
その剣を魔剣の一振りで受け、返す刃で首を落とす。
何時もならそれが出来たはずなのに。
今回だけ───いや、この場でだけ出来なかった。
何故か。それは、ランスロットにすら分かっていなかった。
だが、しかし。
ああ、己は敗北したのだな、と。

「私が王に剣を向けた理由を、問わないのですか」

そして、自らの死期が近いことを悟り。
ランスロットは怨嗟などではなく、己の意思で王へと言葉を放った。

「───貴公が私に剣を向けたのならば、それは確固とした理由があってのこと。
私は貴公から命を奪った。それ以上のものを、取り上げることは出来ない」

返ってきたのは、あの頃と変わらぬ王としての言葉。
人の心を捨てた、王としての。
狂気から解き放たれた今ならばわかる。
この場での最初の王の狼狽した顔と、今の王ではまるで別人のようだ。
───ああ。迷いは捨てたのですね、王よ。

「つくづく貴方は───変わらぬお方だ」

王は変わってはいなかった。
今も昔も、変わらぬ理想の王として顕現していた。
だというのに───己の不甲斐なさを棚に上げ、いっそ狂気に呑まれた方がと王に剣を向けた。
ああ、醜い。
なんと救いようがないのか。
彼の王には落ち度はないというのに。

「王よ…この剣を。友とその家族の血を吸った相応しくない魔剣ですが、貴方の力になるでしょう」
「ランスロット、貴方は」
「…私は王に裁いてほしかった。悪いのは貴様だと。
全ての元凶はお前にあると───王ではなく、人としての言葉で」

───王が、もし理想の王ではなく。
人としての未熟さを併せ持つ王だったのならば、私を裁いたのではないかと。
ある騎士が言った。
『王は人の心がわからない』と。
その言葉を憎んだ。
王であるために人の心を捨てねばならなかった、その要因全てを憎んだ。

「私は正しくなどない……悪いのは全て私だった。
ああ───私は、貴方に許されず、裁いてほしかったのです」
「ラン、スロット」

王は、果たして何を思ったのか。
ランスロットからは確認する術はない。
漏れるのは狂気ではなく、己の言葉。
バーサーカーのサーヴァントは死が近づくと狂気が解ける。
もう、己の存在が消えるまで1分とない。
それならばこの短い時間を、醜い己の為ではなく───王の為に。

「王───これを。
王に剣を向けた罪状が晴れるとは思いませんが」
「……これは?」

ランスロットの背後の空間が歪む。
この蔵を自在に操れるのは英雄王のみ───だが、己の宝具としてしまえるこの身ならば、望んだものを取り出せる。
ランスロットの掌にあるのは、小瓶だった。
英雄王の財の一つ。
しかし───差し出したその小瓶を、セイバーが受け取ることはなかった。

「貴、様……」

驚愕に染まった、セイバーの瞳。
それは、己の背後に向けられていた。






「───何故、ワイル、ド、タイガー」

「───この時を待ってたんだよ、騎士サン」

ランスロットが見たのは。
貫通こそしてないものの、背に腕を差し込まれ。
口から血を吐く、王の姿だった。


▲ ▲ ▲

怪盗Xは、狡猾だった。
ワイルドタイガーに扮し、移動の際にバーサーカーの叫びを聞いたのだ。
ああ、丁度いい。
バーサーカーは『中身』を見てみたかった者の一人。
ここで襲うのも一興だったが───バーサーカー相手では、恐らく苦戦する。
さてどうしたものかと思案していた時───織斑千冬を、発見したのだ。
放送を聞き一憂し。
己の仲間の元に駆けつけようとしていたことは、彼女の言葉を聞けばすぐにわかった。
つまり。
バーサーカーと、千冬の仲間が戦っているということだったのだ。
幸い、今の姿は最初の会場で啖呵を切ったワイルドタイガーの姿。
他の参加者の姿と比べれば、疑われる可能性は格段に低くなる。
そこで、Xは決めたのだ。
バーサーカーが勝つにしろ、負けるにしろ───ある程度消耗させてから、油断した後に『箱』にしてやればいい。
そして、戦場に向かってみると───そこには、あの女騎士がいるではないか。
好都合だ。
何方が勝つかはわからないが、セイバーに加勢したのだ。
自分が傷つかない程度に加勢し。
そして最後の一撃───セイバーがやられそうになった瞬間、バーサーカーの腕にワイヤーを巻きつけたのだ。
バーサーカーの腕力によりワイヤーはすぐに切れてしまったが。
結果、バーサーカーの一撃は一秒ほど遅れ、セイバーの一撃を胸に受けた。
迎撃は叶わず。
全力を出すことなく、致命傷を受けた。
そして、Xは満身創痍で最も油断している『勝利の瞬間』を狙い───セイバーに攻撃を仕掛けたのだ。
これが、怪盗Xの技。
某略。
歴戦の英雄に対し、勝利をもぎ取る───どこまでも人間の、技だった。






▲ ▲ ▲

「ぁ──ぅ─」
「セイバーッ!!」

セイバーの口から言葉が漏れる。
千冬もすぐに駆けつけようと動くが───ワイルドタイガーに静止される。

「お、動かない方がいいぞ?今、騎士サンの命は俺が握ってるんだしな」
「貴様ァッ……!」

マスクを上げ、ネタリとした笑みを浮かべるワイルドタイガー。
───正義の面を被った外道。
千冬はXのことを素直にそう称した。

「さて、セイバーさんだっけか?凄いなアンタ。
強すぎて驚いたぜ」
「何故、貴方、が───」
「なあ、教えてくれよ───アンタの中身、如何なってるのか」

ぐぐ、と。
背中に差し込まれた腕が、傷口を開こうと動く。
奔る激痛にセイバーは気を失いかけ、抗うことも出来ずに、その意識を手放した。

「あらら、死んだか?……おっ、まだ生きてる。
良かった良かった、出来れば生きてる内に「王を、離せ」───ん?」

その瞬間。
野太い声と共に───ワイルドタイガーの前に、刃物が通過した。

「王を離せと、言ったのだ───!!」

ワイルドタイガーは、その場から飛び退く。
セイバーの背から手を抜き、宙に飛び上がる。
すると。
先ほどまでワイルドタイガーが立っていた地面に、轟音を立てながら数本の槍が突き刺さる。

「───なんだ、アンタまだ生きてんのか」

───其処に居たのは。
───倒れ伏せる王をその手に抱いた、湖の騎士だった。
ランスロットの掌にあるのは、空の瓶。
それは。
王の財宝の中の一つ───『エリクサー』と呼ばれる万能薬が入った、小瓶だった。
本来ならば、不老不死を齎すその秘薬。
それを飲み干したのだ。

「千冬殿───でしたか。
貴女を襲ったこの身から言う言葉ではないかもしれませんが───王を連れて、お逃げください」
「な、は───?」
「速く。私も、そう長くは保ちません」

状況が理解出来ず、千冬から疑問の言葉が漏れる。
しかし、ランスロットは質問を許さず。
抱き抱えたセイバーの身体を、千冬に預けた。

「ヤツは、私が引き止めましょう」
「……どういう、ことだ」
「私がヤツを引き止めている内に、お逃げください。
私は───王を、此処で死なせたくはない」

千冬からすれば、意味がわからなかった。
先程まで獣のように暴れ続けた存在が、次は打って変わって自分達を守るために盾になろうと言っているのだ。
しかし。
何故か。

”私は───王を、此処で死なせたくはない”

何故か、その一言が。
生徒を、仲間を失いたくない一心で駆け抜けた自分と、思わず似たものを感じてしまって。

「わかった───頼む」

そう、答えてしまっていた。
千冬の身体を百式が再度包む。
左腕が折れていようと、これならば楽にセイバーを運ぶことができる。
ドンッ!!と。
スラスターを吹かせ、千冬はそこから退却する。
向かう先は、教会内部。
中の2人を連れて、この場から離れるべく。

「あー……逃したか」

それを流し目で見送りながら、ワイルドタイガーは呟く。
追撃することもできたのだが、それをすれば確実にランスロットの対応が遅れる。
その為に、今回は見逃したのだ。
と言っても、セイバーらは既に瀕死だ。
後から追っても十分間に合う。

「で、アンタは俺をどうやって止めるんだ?
───見た限り、もう死に体だろ」

ワイルドタイガーが呟く通り。
ランスロットの身体は、既に死に体だった。
不老不死を与える万能薬───エリクサーは、彼を死の一歩手前から救うには役不足だった。
主催から何か改造が加えられているのだろうか。
瞬時に体力や傷を回復させるその薬は、ランスロットの死を数分先まで引き延ばしただけだった。
元よりこの薬は王に渡すつもりだったのだが───王が襲われているのを見た瞬間、身体が勝手に動いてしまったのだ。
王を死なせたくはないと。
王の死に間に合わなかったあの時の行いを───もう一度繰り返してはならないと。

「ああ……確かに私は既に死に体。この身体では、もう手遅れでしょう。
ですが…時間を稼ぐこと、ぐらいには」

バーサーカーの背後が歪む。
王の財宝。その中の一つの宝剣を抜き取る。

「王の元へは、行かせない。それが、王に剣を向けた私の出来るただ一つの贖罪……」

息も絶え絶えに。
胴体に刻まれた傷は痛々しく、胸の傷は数分とせずにこの命を奪い取る。
しかし。
この瞬間。
湖の騎士・サーランスロットは───キャメロット最強の騎士として、王を守るべく立ち上がった。

「……まあ、いいか。
アンタの『中身』も見てみたかったしな」

ニタリ、と。
ワイルドタイガー───怪盗Xの顔面が笑う。
ネウロほどではないが、人間にしてはあり得ないほどの戦闘能力を誇る存在。
その彼らの中身を知る機会を目の前にして、興奮しないはずがなかった。

方は内なる興奮に心を躍らせ。
方は、贖罪に身を任せ。
勝敗は決して覆らない───決まりきった勝負が、始まった。
この数分後に、ランスロットは死亡する。
ワイルドタイガーこと怪盗Xに数発の傷を与え、力尽きる。
その傷も怪盗Xには数分で回復できる程度の傷でしかなく。

“王の為に身を張って盾になるなど───まるで、私が忠節の騎士だったかのようではないか”

心に浮かんだ自嘲を、最後の感情として。
彼の意識は、消滅した。




【バーサーカー@Fate/zero 死亡】







▲ ▲ ▲

そして、戦場である教会から少し離れた場所にて。
セイバーを地面の上に寝かせたまま、三人は待機していた。
動けない切嗣は鈴羽が運び。
気を失ったセイバーは百式で千冬が運んだ。
セイバーはまだ生きている───今は目を覚まさぬほどの重傷だが、サイ・コアと全て遠き理想卿は切嗣の手の中にあり、現在はセイバーに渡している。
時間さえあれば治るだろう、と切嗣は語った。
千冬の折れた左腕は応急処置ではあるが固定し、動かないようにしておいた。

「バーサーカーは?」
「…恐らくワイルドタイガーに殺されただろう。最期はセイバーを逃がすために、尽力していた」
「ワイルドタイガーに…?」

『ワイルドタイガーが殺し合いに乗っていた』。
その情報は切嗣に強く衝撃を与えた。
何せ、指針にしていた人物の一人が殺し合いに乗っていたというのだ。
放送の新しい機能のこともある───そのため、千冬と切嗣における今後の話し合いを開いていた。
切嗣は放送の新しい機能についての利用法と、セイバーのこれからについてのことを。
千冬もこれからの戦闘をどう切り抜けるべきかを共に思案していた。
現在はセイバーは持ち前のメダルで回復に努めている。
それでも足りないならば、切嗣のサイ・コアも使うことも視野に入れている。
セイバーはこのメンバーの主力なのだ───失うわけにはいかない。
それまでは、千冬が前線に立つことになる。
よって千冬の持っていたタコ・コアも今は使用することなできないが、戦闘を行う千冬が持つより鈴羽が持っていた方が安全だろう、という理由で現在は鈴羽に渡している。
そして。
ある程度話し合いが経過した後、千冬がふと発言する。

「…鈴羽はどこへ?」
「ああ。…放送で知人が呼ばれたらしい。今は、一人にしておいてあげてくれ」
「…そうか」

千冬は、短く答えた。
恐らく───自分では、ユウスケのようには励ませない。
救おうとした結果、救えなかったセシリア・オルコットのことが鈴羽を励まそうとする彼女の足を引っ張っているのかも、しれない。





▲ ▲ ▲

切嗣らと、10mほど離れた地点にて。
鈴羽は一人星を眺めていた。

(セイバーが重傷になって帰ってきた)

(織斑千冬も左腕を折って、身体中に傷があった)

(衛宮切嗣も回復したけど、今もまだ動けないぐらいの怪我がある)

(───それで、みんな死んだ)

橋田至の死。
見月そはらを救えなかった。
フェイリス・ニャンニャンの死。
牧瀬紅莉栖の死。
仲間の負傷。
逃亡。
それらのことが鈴羽の心に重くのしかかる。
この間、自分は何をしていた?
───セイバーに守られていただけではなかったか。
バーサーカーとの戦闘の間、何をしていた?
───守ると言いながら、何もできていないではないか。
知人が死んでいたかもしれない間、自分は何をしていた?
───切嗣を、見ていただけではなかったか。
そう。
鈴羽を襲っていたのは───途轍もない、無力感。
闘争も知っているだけに。
怯える少女ではいられないことを知っているが故の、無力感。

───自分が、もし。
───セイバーのように強く、戦える力を持っていたらまた結果は変わったのではないか。

途轍もない無力感は、やがて欲望へと変わる。
力が欲しいと。
罪もない人を失わないで済むだけの、力が欲しいと。

───そして。
───少女の中のコアメダルは、それに答えつつあった。

非戦闘員である鈴羽が持っていた方が敵に奪われる可能性が低い。
そのような理由で鈴羽に渡されたタコ・コアは、鈴羽の欲望に応えるように───体内に、吸い込まれた。





【二日目 深夜】
【A-4 南】

【織斑千冬@インフィニット・ストラトス】
【所属】赤
【状態】精神疲労(大)、疲労(大)、左腕に火傷・骨折、肉体に多くの裂傷
【首輪】40枚:0枚
【装備】白式@インフィニット・ストラトス
【道具】基本支給品×4、ニューナンブM60(4/5:予備弾丸17発)@現実、スタッグフォン@仮面ライダーW、ブルー・ティアーズ@インフィニット・ストラトス、ラファール・リヴァイヴ・カスタムII@インフィニット・ストラトス
【思考・状況】
基本:生徒達を守り、真木を制裁する。
 0. セイバーが治るまで、前線に立つ。ワイルドタイガーを危険視。
 1. 落ち着いたら、ユウスケがどうしているのかをセイバー達に伝える。
 2.ボーデヴィッヒと合流したい。
 3.井坂深紅郎門矢士、一夏の偽物を警戒。
 4.ユウスケは一夏に似ている。
 5.セイバーが迷いを吹っ切ったら再戦したい。
【備考】
※参戦時期は不明ですが、少なくとも打鉄弐式の存在は知っています(開発中か実戦投入後かは不明です)。
※小野寺ユウスケに、織斑一夏の面影を重ねています。
※ブルー・ティアーズが完全回復しました。


【セイバー@Fate/zero】
【所属】無
【状態】疲労(極大) 、気絶中、肩口に深い裂傷、背中に深い傷、全身に裂傷、全て回復中
【首輪】30枚(消費中):0枚
【コア】ライオン(放送まで使用不能)
【装備】無毀なる湖光@Fate/zero、全て遠き理想卿@Fate/zero
【道具】基本支給品一式
【思考・状況】
基本:殺し合いを打破し、騎士として力無き者を保護する。
 0. ???
 1.衛宮切嗣に力を貸す。彼との確執はこの際保留にし、彼が望むならもう少し向かい合っても良い。
 2.悪人と出会えば斬り伏せ、味方と出会えば保護する。
 3.バーサーカーを警戒。いざという時は全力で戦うことこそが、彼に対する最大の礼儀。
 4.ラウラと再び戦う事があれば、全力で相手をする。また、相応しい時が来れば千冬と再度手合わせをする。
 5. 聖杯への願い(故国の救済)に間違いはないはず。
【備考】
※ACT12以降からの参加です。
※アヴァロンの真名解放ができるかは不明です。
※鈴羽からタイムマシンについての大まかな概要を聞きました。深く理解はしていませんが、切嗣が自分の知る切嗣でない可能性には気付いています。
※バーサーカーの素顔は見ていませんが、鎧姿とアロンダイトからほぼ真名を確信しています。
※切嗣と和解したこと、及びユウスケ達に自身の願いを肯定されたことでセルメダルが大幅に増加しています。
※ランスロットの本心を聞きました。


【衛宮切嗣@Fate/Zero】
【所属】青
【状態】ダメージ(大)、貧血、全身打撲(軽度)、背骨・顎部・鼻骨の骨折(軽)(現在治癒中)、片目視力低下、牧瀬紅莉栖への罪悪感、強い決意
【首輪】0枚:0枚
【コア】サイ
【装備】なし
【道具】なし
【思考・状況】
基本:士郎が誓ってくれた約束に答えるため、今度こそ本当に正義の味方として人々を助ける。
0.まずはセイバーを回復させる。
1. ワイルドタイガーが敵……?
2.回復後、偽物の冬木市を調査する。それに併行して本当の意味での“仲間”となる人物を探す。
3.何かあったら、衛宮邸に情報を残す。
4.無意味に戦うつもりはないが、危険人物は容赦しない。
5.バーナビー・ブルックスJr.、謎の少年(織斑一夏に変身中のX)、雨生龍之介とグリード達を警戒する。
6.セイバーはもう拒絶する必要はない?
【備考】
※本編死亡後からの参戦です。
※『この世全ての悪』の影響による呪いは完治しており、聖杯戦争当時に纏っていた格好をしています。
※セイバー用の令呪:残り二画
※この殺し合いに聖堂教会やシナプスが関わっており、その技術が使用されている可能性を考えました。
※意識を取り戻す程に回復しましたが、少しでも無理な動きをすれば傷口が開きます。


【阿万音鈴羽@Steins;Gate】
【所属】緑
【状態】健康、深い哀しみ、決意、強い無力感
【首輪】0枚:0枚
【装備】タウルスPT24/7M(7/15)@魔法少女まどか☆マギカ 、軍用警棒@現実、スタンガン@現実
【道具】基本支給品一式、大量のナイフ@魔人探偵脳噛ネウロ、9mmパラベラム弾×400発/8箱、中鉢論文@Steins;Gate
【思考・状況】
基本:真木清人を倒して殺し合いを破綻させる。みんなで脱出する。
0.戦うための力がほしい。
1.まずはセイバーを回復させる。
2.罪のない人が死ぬのはもう嫌だ。
3.知り合いと合流(岡部倫太郎優先)。
4.イカロスと合流したい。見月そはらの最期をイカロスに伝える。
5.余裕があれば使い慣れた自分の自転車も回収しておきたいが……。
【備考】
※ラボメンに見送られ過去に跳んだ直後からの参加です。
※タコメダルと肉体が融合しています。
 時間経過と共にグリード化が進行していきますが、本人はまだそれに気付いていません。






「……やっぱり無理かぁ」

ワイルドタイガーの姿に扮した怪盗Xは、まるで玩具の箱を弄る子供のように王の財宝の中を弄り回していた。
目当てはバーサーカーが飲み、死の淵から少し戻ったような万能薬。
それがあれば今後が楽になる───そう思い探しているが、中々出てこない。
それもそのはずだ。
王の財宝は無限の宝具を仕舞う最古の蔵。
その中から自在に好きな宝具を引き出せたのは───『騎士は徒手にて死せず』の効果により王の財宝を己の宝具へ昇華させ、どんな武具でも扱えるランスロットの能力があったからこそだ。
その能力なしに王の財宝を自在に扱えるのは、蔵の中身を全てとは行かずとも把握している英雄王のみ。
怪盗Xでは王の財宝の中から特定の宝具を抜き出すのは、かなり困難なのだ。
それこそ、大宇宙の中から一人の人間を見つけ出すようなもの。

「まあ武器撃つ用には使えるみたいだし、いいか」

現在は、ワイルドタイガーではなく怪盗Xとしての言葉使いに戻っている。
姿はそのままだが、此方の方がやはり楽だ。
さて、と。
手をパンパン、と叩く。
その手にあるのは『箱』の部品。
その目の先にあるのは、湖の騎士の身体。

「お前の中身、見せてもらうよ───」


【二日目 深夜】
【B-4 教会前】

【X@魔人探偵脳噛ネウロ】
【所属】緑
【状態】健康、鏑木・T・虎徹の姿に変身中 、バーサーカーの中身への興奮
【首輪】300枚:50枚
【コア】タカ(感情L):1、カマキリ:1、ウナギ:1
【装備】ベレッタ(8/15)@まどか☆マギカ、ワイルドタイガー1minuteのスーツ@TIGER&BUNNY
    超振動光子剣クリュサオル@そらのおとしもの、イージス・エル@そらのおとしもの
【道具】基本支給品一式×4、詳細名簿@オリジナル、{“箱”の部品×26、ナイフ}@魔人探偵脳噛ネウロ、アゾット剣@Fate/Zero、
    ベレッタの予備マガジン(15/15)@まどか☆マギカ、T2ゾーンメモリ@仮面ライダーW、佐倉杏子の衣服、王の財宝@Fate/zero、打鉄弐式(破損中)@インフィニット・ストラトス
    ランダム支給品0~1(X:確認済み)
【思考・状況】
基本:自分の正体が知りたい。
0.バーサーカーを箱にし、中身を見る。
 1.今は『ワイルドタイガー』として行動する。
 2.次こそは必ずネウロに勝つ。今はネウロの完全な復活を待って別行動。
 3.ネウロほか下記(思考5)レベルの参加者に勝つため、もっと強力な武器を探す。
 4.セイバー、アストレアにとても興味がある。
 5.ISとその製作者、及び魔法少女にちょっと興味。
 6.阿万音鈴羽にもちょっと興味はあるが優先順位は低め。
 7.殺し合いそのものに興味はない。
【備考】
※本編22話終了後からの参加。
※能力の制限に気付きました。
※傷の回復にもセルメダルが消費されます。
※タカ(感情L)のコアメダルが、Xに何かしらの影響を与えている可能性があります。
 少なくとも今はXに干渉できませんが、彼が再び衰弱した場合はどうなるか不明です。

【全体備考】
※現在バーサーカーの死体を“箱”にしています。
※B-4にて折れた戟(王の財宝内の宝具の一つ)@Fate/zero が粉々に、シックスの剣@魔人探偵脳噛ネウロが折れた状態で放置されています。
※王の財宝はバーサーカーの『騎士は徒手にて死せず』と無窮の武練により自在に中身を取り出せましたが、それがない人物が使うと蔵の中身を把握できないため、武器を飛ばすためだけの武器となります。


【支給品紹介】
エリクサー@Fate/zero(?)
王の財宝の中の一つ。
本来は錬金術において飲めば不老不死をもたらすという霊薬を指す。
ギルガメッシュの蔵の所持品であり、カルピスのように薄めて飲むらしい。
『EXTRA』ではHPとMPを完全回復させる効果がある。
尚、この宝具はFate/zero内では登場していない。



138:Bad luck often brings good luck.(人間万事塞翁が馬) 投下順 140:sing my song for you~青空の破片
時系列順
128:Lost the way(前編) 衛宮切嗣 148:戦いの果てに待つものはなにか
阿万音鈴羽
セイバー
織斑千冬
124:再【りとらい】 X 145:熱【ししん】
125:Gの啓示/主はいませり バーサーカー GAME OVER




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最終更新:2020年09月16日 12:51