第二回放送-新たな一日とランキングと赤の王-◆z9JH9su20Q
深夜。
時計の針が00時00分00秒を指したその瞬間、欲望渦巻く殺し合いの舞台に遍く鳴り響いたのは、金属質の乾いた旋律。
今から正確に六時間前、全ての生存者が等しく耳にしたのと全く同じ、定時放送の開始を告げる鐘の音だった。
「午前0時0分0秒……素晴らしい。新しい一日の誕生だ――ハッピィバースデイッ!!」
その放送を聞く者の耳に最初に潜り込んだのは、目眩がするほどに遠慮のない大声の、祝福だった。
「殺し合いの中、この誕生の瞬間に立ち会えた諸君は大いに喜びたまえ。君達は一日目を生き延びた。生きたいという欲望を、今この時は確かに満たすことができているのだからね!」
前回の放送を担当した真木清人とは異なる、実に感情的な語り口。
しかしその裏に爛々と輝く、真木清人と比肩する狂気については、彼の声を聞く誰もが等しく感じ取っていた。
「欲望――それこそが生きるもの全ての原動力。そしてこの世を作る力だ。
君達の着る服も、最後に食べたパンも、帰る家も歩く道も! 君達自身さえ、その存在を「欲しい」と望んだ誰かによって産み落とされ、生を享けた瞬間に「欲しい」と泣いた命っ! 森羅万象の全ては、尽く何者かの「欲しい」という想いから生まれた欲望の塊ッ!!
万物の根源と呼ぶべき欲望は、まさにこの世で最も大切なものと言えるだろう。素晴らしいっ!!!
……だが何かを欲するということは、一方で何かを奪うということだ。欲しいという気持ちが強い者が奪い、欲しいという気持ちが弱い者が奪われる。それは、命であっても同様だ。
誇りたまえ、君達の心の強さを。己が貪欲さを! 昨日を今日に、今日を明日に変える権利(いのち)すら、それ無くしては掴めない財宝なのだからッ!!
……それではその限られた権利に届かず、奪われてしまった敗者達の名を告げるとしよう」
情熱的に語られた前置きが終わり、いよいよ通達事項としての本題に移る。
伝えられる情報を聴き零すまいと身構える者。読み上げられるその事実を受け入れまいとばかりに耳を塞ぐ者。元より関心もなく、泰然、あるいは狂奔としている者。
種々多様な対応を見せる生存者達に向かって、遂にその羅列が読み上げられた。
以上十四名。
彼らの死を気にする必要はない。彼らはただ、君達より欲がなかった――限られた権利を、奪われて当然の存在だったのだ。
だが勝者諸君、油断はしないことだ。君達もまた、いつより強い欲望によって奪われる側に立つかもしれない――六時間後、ここで呼ばれるのは君の名かもしれないのだからね。
故に、恐れたまえ。いつ全てを奪われるかもしれないという、君達の置かれた閉じた世界を。
失ってしまうかもしれないという想像が君を奮い立たせる。それはより強い欲望となり、誰にも奪われることのないパワーを生むっ!!
……その力で、明日を掴んでみせたまえ。ここまで生き残った君達には、私も期待しているよ!」
満足した様子で立ち去ろうとした声の主だったが、そこで「おっと」などと、本気なのかどうかわからない心づきを漏らした。
「……まだ通達内容の途中だったね。特に今回は重要なお知らせもあるというのに、これは失敬。
それでは気を取り直して……次は、禁止エリアの発表と行こうじゃないか。
今日の午前二時を持って、新しい禁止エリアとなるのは
【B-2】
【C-7】
【G-3】
の三箇所だ。くれぐれも注意してくれたまえ。
次が、カウント・ザ・メダルズ! 各陣営の獲得したコアメダルの枚数だ。現在、
赤陣営が11枚。
黄陣営が15枚。
緑陣営が18枚。
青陣営が8枚。
そして、12枚を無所属が保有している。
白陣営については、またもリーダーが失われてしまった。今度は代行者も出現していないため、陣営そのものが消滅したままとなる。
当然だが、生還するための第一条件は優勝した陣営に所属していることだ。明日が欲しい現在無所属の者はそろそろ、いずれかの陣営に参加できるように策を巡らせるべきだろう。勘違いしている者もいるようだが、無所属から他の陣営に入り込むことは可能だからね。
現状、枚数こそ緑陣営が首位だが、人員の規模では一度もリーダーが交代せず安定している黄陣営が一番だ。今はこの二つが最も勝利に近い位置で争っていると言えるだろう。
しかし、他の陣営にもまだ十分な勝機は残されている。この戦いの結末は今からでも、君達の奮闘次第でいくらでも変化することだろう。頑張ってくれたまえ!」
戦いの勢力図を解説しながら、声の主は生存者達の健闘を促す。
――前回と同様であれば、放送はそこで終わりのはずだった。
「次に、本日を以て解禁された、新しい要素の紹介だ」
しかし此度の放送では、先程告げられていた通り。更なる情報が、彼の口より放たれた。
「君達のセルメダルを預けることができるATM……そこでただ貯蓄したメダルを引き出すだけでなく、振り込みが可能となるように設定を追加した。
もちろん自分の口座に振り込むことも可能だが、我々の口座に必要なセルメダルを払うことで特定のサービスも受けられるようになるというものだ。
その特定のサービスの内、現時点で君達に解禁された項目は、ずばり殺害数ランキングの閲覧。
誰が誰に殺されたのかを、セルメダル50枚と引換に明らかにすることができるサービスだ。
警戒すべきは誰なのか、憎むべき敵は誰なのか、嘘吐きは誰なのか……そんな、君達が喉から手が出るほど欲しいだろう情報が得られるんだ。素晴らしいだろう?」
提示されたそれはまさに、価千金の代物。
数多の命を踏み躙った恐るべき脅威、親愛なる者を奪った討つべき仇、虚言を駆使して隣に潜伏する殺人者。
それらの知識を得るということは、生存戦略におけるこの上ない情報アドバンテージを掴むということだ。
セルメダル50枚という代価は決して安くはないが、それに見合うだけの価値はある。
齎された望外の幸運に、ある参加者達は少なからずその目を輝かせた。
「但し! このサービスを利用するためには、セルメダルの支払い以外にもう一つ条件がある」
――だがそれも、他に何の条件もなければの話だ。
「それは、その口座の持ち主自身がこのランキングにノミネートされているということだ」
その有利を得られるのは、既に誰かを殺害した者のみ。
たった一つの条件が、この新たな要素の重みを反転させる。
「閲覧資格そのものは随時更新される。つまり今この瞬間初めて誰かを殺しても、後はメダルさえ支払えば問題なく利用可能ということだ。この催しは殺し合いだからね、乗ってくれている者を優遇するのは当然の話だろう?」
意地の悪い忍び笑いが、放送に乗って全ての生存者の耳に届けられる。
「このランキングが見たければ、まずは自分自身が名乗りを上げよということだ。既に資格を得た優秀な君は、存分にこれで得られるメリットを享受してくれたまえ。
なお、ATMで表示される殺害数ランキングは現在、第二回放送までで脱落した者に対するキルスコアしか反映されていない。これが今後、どのタイミングで最新の情報に更新されるのかは……秘密だ。
以上で、本放送で定められた伝達事項は終了となる……のだが」
そこで放送の主は、ふとそのトーンを落とし、声に真剣な色を滲ませた。
「……気づいた者もいるかもしれないが、前回の放送からこれまでの間にコアメダルが一枚消失している。
嘆かわしいことだが、この素晴らしき欲望の結晶を破壊した者が存在するのだ。
欲望の否定とは即ち世界の否定。そんな真似をする者達はまさしく世界の天敵、悪魔と呼ぶに相応しいだろう……私には、その存在がどうにも受け入れ難い。
しかし彼らも参加者であることに変わりはなく、私個人の感情で勝手に処断しては公平性を欠いてしまう。
そこでだが、私はドクター真木を始めとする仲間達に提案しようと思っていることがある。
正式に決定するまで、それ以上の詳細は伏せておこうと思う。しかしこの提案が受け入れられた場合は、君達にとっても得のある展開が待っているだろう……それこそ、コアの破壊者達にもある程度、公平にね。
無論、私の提案が仲間達に受け入れられればの話ではあるが……私は自分にとって得である事柄を譲るつもりはないと、ここに宣言しておこう」
力強く、声の主は断言する。
萌芽するのかも不明な、新たな争乱を生む欲望の種を、とめどなく蒔き散らしながら。
……それから数秒の後。また何事かを思い出したように、男は「ああ」と呟いた。
「そういえば、約束をするのに名を告げないのでは失礼だったかな」
一人納得したように頷いた気配の後、その男は厳かに告げた。
「私はかつてオーメダルの誕生を欲した者。あらゆる王を束ねる真の王として君臨する者。そしてこの世の全てを手に入れ、無限さえも超える者。
――我が名は、“オーズ”
さぁ! その欲望を解放し、奪い、飾り、愛で、がめるといい。
弱き欲望を喰らい、更に膨れ上がった欲望を持って生き残れ!
このオーズの名の下に、君達の欲望全てを肯定すると約束しようっ!!
……以上で放送は終わりだ。
生きていれば、また会うこともあるだろう。グッドラック!」
大演説の後、『王』を名乗った男の声は、そこでぷつりと途絶えた。
○○○ ○○○ ○○○ ○○○ ○○○ ○○○
真紅の不死鳥の紋様――赤の令呪を手の甲に刻んだ、オーズを名乗った声の主はその後、一人通路を闊歩していた。
「――相変わらずの調子であったな、『王』よ」
そんな彼の前に現れたのは、波打つ大量のセルメダル。その上に座った奇妙な風体の童女――イリヤスフィール・フォン・アインツベルンの肉体に憑依した、錬金術師ガラだった。
どこか眠たげな紅玉の瞳は、本来倍もある背丈のオーズ――『王』を、逆に見下ろして来ていた。
「しかし戦っているのは貴様ではないのだ。未だ聖杯の所有者は確定していないというのに、後で大恥を掻いても知らんぞ?」
「それは全く無用な心配だ。
アンクくんにはもちろん期待しているが、いざという時は君や束くんの考えているように、勝利したグリードの令呪を持ち主から奪えば良いだけだからね」
「……あまり大声で言ってくれるな」
周りに誰もいないとはいえ、堂々と叛意を喧伝されたガラは小さな声で『王』を諌めた。
「……いつから束もそうだと思っていた?」
己自身のことについては、ガラは尋ねない。
それは『王』自身の手によって施された封印を解かれ、バトルロワイアルのために協力を要請された時点で、他ならぬ『王』自らが彼に提示した見返りであったからだ。
聖杯の起動までその力を提供してくれさえすれば、後は勝利者――それこそ、それがこの『王』であったとしても令呪を奪い、“欲望の大聖杯”を掴めば良い、と。
無論、自身に刃が向いた時には叩き潰すと『王』は伝えたが、元より対決は避けられぬ間柄であり、そして聖杯に関わるチャンスからして、裏リーダー以外にはまたとないことだったのだ。
故にガラはその提案に乗り、その力を会場内に参加者の欲望を刺激する、馴染みある町並みや施設の一部を転移させての雛形の作製、また殺し合いの進行のためオーメダルの機能調整を行うために注いだ。
しかし、赤陣営の裏リーダーの配下という体で主催側に加わっておきながら、かつてのような王と従者ではなく最初から同盟に過ぎない関係であるとして、ガラは彼に対する臣下の礼を捨てて接していた。
故にさも対等な口を効く錬金術師の疑問に対し、『王』は怒るでもなく泰然としたままで答えを紡いだ。
「この場にいる者で、本気で聖杯を掴むつもりがあるなら誰でも同じ結論に至ると思っただけだよ。それこそ本気で誰かに忠誠を誓った、それ自体が欲望である者でもなければ、たかが最初に令呪を与えられなかった、勝利する陣営ではなかった程度のことで諦める理由がないからね」
「成程……グリード達の殺し合いなど、貴様にとっては元より茶番に過ぎない、ということか」
我と同じように、と続けるガラの見解を、『王』は首を振って興奮気味に否定した。
「茶番だなどと、とんでもない! 閉鎖された空間内での、理不尽に巻き込まれた者達による強制されたバトルロワイアル……これほどに欲望渦巻く環境は目にしたことがないよ。何故これまでに思いつかなかったのかと、私自身を恥じたほどだ!
殺し合いに囚われた彼らの様子を観察することで、ますます私も欲望についての理解を深めることができるだろう。こんなに素晴らしいことはないっ!」
事実『王』にとって、殺し合いが始まってからの半日は実に心躍る時間だった。
追加された殺害数ランキングの閲覧権を巡っても、生存者の中にある情や利己心が引き金となって更なる欲望を加速させ、また疑心暗鬼を誘発し、更に刺激的な舞台となることが期待できる。もう暫くの間、かつてないほどに愉しい時間を過ごせると『王』は確信していた。
尤も、所詮“欲望の大聖杯”を得るための前座といえばその通りで、それを成し遂げるために蠱毒の様子ばかりでなく、周囲にも目を向ける必要があるのは紛れもない事実だ。
故に『王』は、自身の敵となり得る者達を見逃してはいなかった。
「ただ、彼女は今の裏リーダーの中でも特に思い切りが良いし、同時に用意周到だったからね。紅椿の件も、予め君と会合する場を自然に設けるためのものだったと予想していただけだよ」
並べられた推論に、成程とガラは頷いた。
聞き手の反応を確認した後、『王』は「もっとも」と付け足した。
「彼女も全員の目を欺けると思うほど楽観的ではないだろう。既に私や他の誰かに勘付かれている可能性ぐらいは、束くん自身とっくに予想しているだろうね。その上で裏を掻こうと、何かしら手を打ってくるはずだ」
「……楽しそうだな?」
「楽しいとも」
ガラの問いかけに、『王』は喜々と目を輝かせて頷く。
「様々な世界から集められた、グリード以上の強欲の持ち主達との知恵比べ、奪い合いだ。実に刺激的で、最後に彼らの血で満たす杯はさぞ甘美だろうと胸が高鳴るよ」
「……変わらぬな、本当に。忌々しいままだ」
ガラが漏らした通り、『王』は変わらない。
八百年の時を封印の中で過ごしても。一度はその器に収まりきらなかった力によって、その身を滅ぼしていたとしても。
これは、そんなことで諦めるような、ぬるい欲望の持ち主ではない――むしろ頂点から失墜したその経験を、更に欲望を掻き立てるための糧としているのだ。
際限なき欲望のままに全てを奪い、支配することを止めぬ暴君。
それが、神をも越える力――何者よりも高い座からの景色を求めた、一人の『王』。最初の、オーズであった。
八百年前、数多の王を殺し、大陸中の土地と文化と生命の全てを手に入れたように。ガラや他の裏の王達の欲望さえも、やがては己の所有物となる物への、箔づけ程度にしか捉えてはいないのだ。
そんな暴虐の『王』はふと、喜悦に歪んでいた表情を引き締めた。
「しかし、だからこそ気になる者がいる」
「……今世(いま)のオーズと、例の破壊者か?」
「違う。確かに
火野映司くんとは幾つかの点で近い存在だが……ドクター真木のことだよ、ミスターガラ」
微かな危機感に包まれてその口から飛び出したのは、彼の子孫と同様――この聖杯戦争の発端に関わった、紫の“王”たる存在の名だった。
「彼とインキュベーターだけが握っている紫の秘密。
ドクター真木の求めるものからすれば答えは明白だが、それが彼らの結託には結びつかない」
語る『王』の目は、疑惑を通り越して焦燥に近い色を孕んでいた。
「第一回放送の時も、確認してみれば「余計なことはせずに早く終わってね」みたいなことしか言うつもりがなかったような彼だ。我々が聖杯起動のためにもっと参加者の欲望を煽れと促しても、進化だの適応だのは彼にとって信念の対極、唾棄すべき概念だったからね。実験に協力した見返りだとインキュベーター達が要求した際に彼が折れていなければ、もっと辛気臭い放送になっていたか……ドクターの高慢さに、誰かしら暴発していただろうね」
誰よりも我が強い者達の集まり故、易々と譲る者がいないために危うく第一回放送前に主催陣営で起こりかけた間抜けな内戦の火種をしかし、『王』は軽んじていなかった。
「たったあれだけの妥協がなかなかできなかったことからもわかるように、彼が持つ欲望を否定し終末を望む意志は本物だ。
感情のないインキュベーターが、その齟齬に気づいているのかは知らないが……」
現在こそ主催側の“目”として活躍しているインキュベーターだが、本来彼らは中立の監督役として“欲望の大聖杯”に召喚された。
彼ら自身は聖杯の使用権は得られずとも、例えば『王』の担当する赤陣営を始め、無所属以外が勝利してその無限を越える力を獲得する折に、おこぼれが彼らの宇宙の延命のため提供されることが約束されているからこそ、その役目、そして現在もバトルロワイアルの完結のために尽力しているのだ。
では、本来想定された全能の力の獲得、という目的には使えない無所属が勝利した場合だが――その時にも同等の見返りがあるからこそ、インキュベーターは他の裏リーダーに対するそれと変わらぬ態度で真木に協力しているはずなのだ。
本来の使用法とは違う、紫陣営が勝利した場合のイレギュラーな大聖杯の起動。真木とインキュベーター以外は詳細を知り得ないその事態に至った場合、インキュベーターが得られる報酬――それ自体については、予想することは難しくない。
まず、紫が勝利した際、大聖杯によって齎される結末だが――それが少なくとも一つ以上の宇宙への終末の到来であることは、真木の思想からしても疑う余地はない。
この聖杯戦争における無所属の役回りが、
剣崎一真の出身地で行われるバトルファイトでのジョーカーアンデッドのそれと解釈すれば、すんなり理解のできる結論だ。
そして、おそらくその時に聖杯は一つ、あるいは複数の世界を滅ぼすのだろうが、インキュベーターが生き続けるための宇宙は存続を許される。
少なくとも真木の世界は終末を迎え、インキュベーターは他世界の崩壊によって生じるエネルギーを自身の宇宙の延命に費やす――それが彼ら双方にとっての益だから協力しようと、そんな筋書きなのだろう。
しかし……それではやはり、大いに疑問が残ってしまう。
「――あの終末の化身が、容認すると思うかね? 少なくとも一つ以上、醜く腐って行く世界を残したままの結末を」
無数に存在する並行世界。
その実在を知った以上、少なくとも自らが観測できる限りにおいては塵の一つでもその存続を真木が見逃す道理はないと、『王』は確信していた。
「しかし紫陣営が勝利した結末がどのようなものであるかは、インキュベーターも把握しているのだろう? 真木もそれ以上は望めないなら、妥協する他になかったのではないか?」
ガラの見解は尤もであるが、しかし『王』は首を縦に振らなかった。
「それ以上が望めないなら、ね。しかしそうではないとしたら?」
『王』の疑問の発露に対し、ガラは微かな驚愕をイリヤスフィールの幼貌に浮かべていた。
そこに込められていたのが、自身の知る男に似つかわしくない純粋な危惧であることを見て取ったからだ。
「例えばさっきの放送も、実は一日の終わりを祝いたいドクターと、一日の誕生を祝いたい私とで担当者の争奪戦をしていたのだが、流れの中で別の話題――その時はむしろ彼に対する挑発ぐらいのつもりで、“我々にとって”聖杯起動の妨げとなる火野くん達の討伐令を参加者に下したいという考えを示したのだが。その途端、それが代替条件とばかりに容認し、放送権を譲ってくれたんだよ。
私の予想が正しいなら、むしろ彼にとっては不利益なはずの事柄を受けて、ね」
この聖杯戦争が始まる以前なら、大量のコアメダルを使用することでグリードの暴走を促そうとしていた真木が、コアを砕ける他者の存在を疎むのは理解できる。
しかしバトルロワイアルが始まった以上、グリードの暴走に対して彼が拘る必要性はなく、事実執着をなくしている以上、それは理由になり得ない。
また、無所属の勝利条件を予想すると、他陣営の勝利条件との競合を避ける決着として真っ先に思い浮かぶ候補は、ノーゲーム――勝者たるグリードが、不在となってしまうことだ。
しかしこの仮定が正しい場合、その達成に重要な駒であるはずの今のオーズやディケイドを排除するという案に、真木が乗るのは理解し難い。彼らが優先的に狙われることで結果的にコアの砕かれるペースが上がるかもしれないが、全てを砕く前に消耗し切るのは目に見えている。
無論、優勝したグリードが確定してから聖杯が起動されるまでのタイミングで、真木自身がそのグリードを迎撃し砕くという最終手段も存在するだろう。しかしその時には『王』や、他の者からの妨害も必至であり、会場内で全てが砕かれることに期待する以上に分の悪い賭けであるとしか言えないのだ。
その時に備えた戦力増強のため、火野映司の持つ紫のコアを彼の体内から取り出すために死を望んでいるのだとしても、首輪の影響で他の参加者も同化し易くなっている以上、そんな真似に意味はない。
果たして、どんな目論見があってそのような判断を下しているのか。
あるいは単に、『王』の予想が的外れなだけかもしれない。
だが、しかし。
「――もしかすると。彼の隠し持った札は、聖杯の秘密だけではないのかもしれない」
『王』達にさえ開示されていない、真木とインキュベーターだけが把握している無所属の隠された勝利条件。そしてそれによって齎される報酬が、実は――他の陣営が勝利しても替えが効くインキュベーターだけでなく、真木にとっても最優先に達成すべき事柄ではないとしたら。
自分達の宇宙を救いたいインキュベーターが、その目的に利用できると思っている大聖杯のイレギュラーなど。全ての宇宙を終わらせたい真木からすれば、二の次三の次に過ぎず。
監督役として大聖杯の全情報を与えられた、あの狡猾な異星獣すら知り得ない隠し球が、まだ真木清人にはあるのでは――?
そんな疑問が、『王』の中で確かに芽吹いていた。
「無という属性故に新たな誕生を導くこともなく、ただメダルを破壊するだけの存在など全て消し去ってしまいたいのだが……それがドクターの思惑に沿うのであれば、今からでも引っ込める方が得策ではないかとすら思えてしまえるよ」
とはいえ、垣間見えた真木の秘密の糸口でもある。
故に今は、そのような存在がいる――そして、討ち取れば特別な褒美が得られるかもしれない、と放送の中で仄めかすだけに止めた上で、様子を見ることにしたのだ。無論、他の面子にまだ話を通していないというのも事実ではあるのだが。
「その目的がわかっていながら、彼の勝利条件が不明ということは大きな問題だ。どのタイミングで足元を掬われるともしれない今の状況は、そう易々と看過できないよ。本来なら早々に殺して憂いを断ちたいところだが……私は暫く、裏リーダーという立場が足枷になって手を出せない。実に厄介だ。
……彼にばかり目を向けているわけにもいかない。他の競争相手は無論、ドクター真木以外にも我々とは全く違う結末を目指す者もいるかもしれないからね。
それでもやはり、彼にこそ一番の警戒が必要だろうと、私は思うよ」
本心から――おそらくは此度の戦争における最大の敵を見据えて、『王』は胸の内にある警戒心を旧知に語った。
「……存外、奴のことを恐れているのだな」
揶揄するわけではなく、真剣味を帯びたガラの確認に対し、『王』は躊躇うことなく頷く。
「ああ、私は誰よりも失うことを恐怖している。その恐怖心こそが何より欲望を奮い立たせるからね。
……生まれる前に見ていた景色に永遠に届かないかもしれない、という恐怖で奮い立ち、誰より強欲であろうとするアンクくんのように」
かつて最も己と似ていると語り、予想通りその片割れが先立って脱落した今、自らが聖杯を掴むための傀儡となっているグリードの名を、『王』は懐かしむように口遊む。
「そして人が最も恐れるのは、理解の及ばないものだ。私にとっては、己自身の欲望を否定し狂った使命などに憑かれた、ドクター真木こそがそれに当たるのだよ」
自らの不明を、『王』は潔く認めた。
そして――
「まったく以て――恐ろしく、愉しい相手だ、彼は」
紳士然としていたその顔に、獰猛で残忍な笑みを刻んでいた。
その表情を浮かばせた感情のまま、『王』は言葉を紡いでいく。
「失墜する恐怖を、実際に体験した上で――また、それを私に齎しかねない敵がいるのだ。こんな緊張感は、かつて得たことがなかった。
これを下し、その全てを奪い尽くし、勝利の杯を掴んだ時……私の中に生まれる満足はどれほどのものなのか、楽しみで仕方がないよ」
それこそ、真木だけではなく。
かつて世界の頂点に、最も近づいたその『王』を取り囲むのは、時を越え世界を越え、集められた数多の障害。
未だ全貌を知らぬ敵も多い。数多残る未知なる恐怖の全てを解き明かし、屈服させ、支配するその時に思いを馳せながら――『王』は口角を釣り上げたまま、会場の観戦に戻るべく歩を進め始めた。
「そして、あの時は掴めなかった力……聖杯から齎される、真に無限のセルメダルと合わせれば、全てのコアメダルを取り込むことも可能となるだろう。
今度こそ、私は全てを手に入れる! 私が支配する、新たな世界を誕生させてみせるよ!」
「――つくづく欲望に塗れ、腐れた輩よ」
昂ぶりのまま哄笑する『王』の背を見送りながら、ガラは密かに、嫌悪を交えて呟いていた。
「とはいえ、やはり話程度は聞いてみるものだな。
真木清人……令呪を奪ったところで旨みがないと軽視していたが、多少は意に留めるとするか。
『王』の望み通り奴ら同士で潰し合わせたいところだったが、令呪の縛りとは難儀なものよ」
この先に待つのは、大聖杯への切符たる令呪を巡る未曾有の争奪戦だ。その果てに掴み取った色が万が一にも外れていては、喜劇にもなりはしない。
どうせ、戦いの趨勢が定まるまでは迂闊に手は出さないつもりであったが……聖杯を掴む唯一の権利である令呪を手にするために行動に移るタイミングは慎重に検討を重ねるべきなのだろう。
故にまだ暫し、雌伏の時は続く。
だがそれは、いずれ終わりを告げる静寂に過ぎない。
そしてその時は、確かに近づいている――もう、日付は変わったのだから。
「――今は仮初の玉座の心地を堪能するが良い、『王』よ。
新たな世界を作るのは貴様ではない……そして世界を終わらせるのも真木ではない。
欲望で腐った今の世を終わらせ、新たな世界を作る真のオーズは、この我だ」
野心の錬金術師もまた、己の勝利を目指し歩みを再開した。
「――――ああ。君の欲望が生み出す余興にも、期待しているよ」
既に聞こえなくなっていたはずの言葉への返答は、それもまた、やはり相手に届くことはなかった。
○○○ ○○○ ○○○ ○○○ ○○○ ○○○
互いに喰らい淘汰し合い、盤面に残された駒の数は33。
最後に残ったそれを掴もうと、卓を囲む強欲の玉座は五つ。
その席を狙う影はなお、数知れず。
そして、未だ思惑の知れぬ終末の探求者が一人。
盤の上で、その外で。絡み交わり睦み合う彼らの欲望の果てに待つのは、勝利を得た“王”が掴みし黄金の杯が湛える、無限大をも超える可能性(オーズ)の力か。
あるいは――
――――ただ、確かなのは。
終局図を決めるものは、たった一つ。
どこにいるとも知れない、それを抱く誰かが選ばれる、その終わりの時まで――物語は、続いて行く。
――――またどこかで、メダル《欲望》の散らばる音がする――――
【残り 33人】
【二日目 深夜(?)】
【???】
【『王』@仮面ライダーOOO】
【所属】赤・裏リーダー
【状態】健康、左手の甲に令呪(赤)保有
【首輪】なし
【コア】不明
【装備】不明
【道具】不明
【思考・状況】
基本:“欲望の大聖杯”を掴み、全てを手に入れる。
1:バトルロワイアルを完結させ、“欲望の大聖杯”を起動する。
2:1と並行して、自身が聖杯を獲得できる準備を進める(赤陣営を優勝させるか、令呪を消費・放棄して他色の令呪を奪う)。
3:ドクター真木の動向を警戒。
4:コアメダルを破壊できる存在に対する討伐令を本当に参加者に下すかは、これからの様子を見て判断する。
【備考】
※800年前、初代オーズに変身していた『王』本人です。この場では人間としての名前は捨てて“オーズ”と名乗っています。
※参戦時期ははっきりしていませんが、現代の時間軸において聖杯の力で封印から解き放たれ復活しての参戦です。
※無所属が勝利することで世界に終末が訪れるが、少なくともインキュベーターの宇宙は存続を許されると予想しています。そして真木がその結末では満足しないだろうことから、他にも何か隠し球を持っている可能性を考えています。
※無所属の勝利条件が、他陣営から勝利者が出ない状況=全てのグリードが砕かれたノーゲーム状態ではないかと予想しています。
※彼の配下としてガラの他に誰が存在するのか、誰もいないのかは後続の書き手さんにお任せします。
【ガラ@仮面ライダーOOO】
【所属】不明
【状態】健康、イリヤスフィールの身体に憑依中
【首輪】なし
【コア】不明
【装備】不明
【道具】不明
【思考・状況】
基本:真のオーズとなるため、“欲望の大聖杯”を手に入れる。
1:バトルロワイアルを完結させ、“欲望の大聖杯”を起動する。
2:1と並行して、自身が聖杯を獲得できる準備を進める(優勝陣営の令呪を奪う)。
3:2のために、『王』を出し抜く。
【備考】
※器にはイリヤスフィール・フォン・アインツベルン@Fate/Zeroを利用しています。
※劇場版で倒されたのとは別の世界線の、復活する前からの参戦です。
【全体備考】
※主催側に【『王』@仮面ライダーOOO】が存在しています。また、『王』が赤陣営の裏リーダーでした。
※【G‐3】が禁止エリアに指定されましたが、主催陣営がオズワルド内で起こっている事象を把握しているか、している場合どこまで情報が共有されているのか、どのように認識しているのかは後続の書き手さんにお任せします。
※会場内の土地や施設の一部は、ガラが元の世界から持ち込んだものでした。しかしアインツベルン城が空美町に存在するように本来の空間と相違点もあるため、どこまでが本物でどこまでが再現された造り物であるかは後続の書き手さんにお任せします。
※会場内の全てのATMで、振り込み機能が追加されました。
300枚に達さずとも首輪から取り出したセルメダルを自分の口座に振り込んだり、特定のサービスを受けるために主催側の口座に支払ったりすることができます。
現在ATMで利用できるサービスは、『殺害数ランキングの閲覧』のみになります。
※『殺害数ランキングの閲覧サービス』について:
一人以上の参加者を殺害している参加者がATMから主催側の口座に50枚のセルメダルを振り込むことで、殺害数ランキングの閲覧が可能となります。
脱落者含む該当人物の殺害数、及びその被害者名を確認することができますが、ランキングされた者の生死やスタンス、所属陣営については表示されません。
現時点では第二回放送までの殺害数ランキングしか閲覧情報に反映されていませんが、これがどのタイミングで最新の情報に更新されるのかは後続の書き手さんにお任せします。
最終更新:2015年03月26日 19:23