理解者はN/二人のケミストリー◆z9JH9su20Q
彼の姿を認めた時、
園咲冴子の中に満ちた感情は安堵であり、それも全ては歓喜へと統合された。
「――井坂先生っ……!」
「冴子くん……」
少しだけ驚いたような彼の声を聞いて、冴子は眦を湿らせ駆け出した。
彼の胸に顔を埋め、掴み寄せた服に新しい皺を刻みながらも、冴子は何とか言葉を搾り出す。
「無事で良かった……」
鼻先と接触するほどに近づいたその服は煤に汚れ、ところどころ解れていた。
彼ほどの男でも、やはりこの場所で安穏と過ごすことはできなかったようだ。
それでも、見るだけで伺える数々の危険をくぐり抜けて、彼は――
井坂深紅郎は、園咲冴子の傍に、帰って来てくれたのだ。
「本当に、良かったっ……!」
「……変わりませんね、君も」
愚図るように涙声を発する冴子に体重を預けられた井坂は疲労の色濃い佇まいにも関わらず、微動だにせず――ただ、苦笑だけを漏らしていた。
それが井坂から生身の自分に対し初めて向けられた、慈しみに分類される感情であることに気づいた時。
冴子は――自らの内で、セルメダルが増加していく音を、確かに耳にした。
――もう、二度と。
この温もりを、亡くしてなるものか。
そんな想いのまま、冴子は井坂の背に回す腕に一層力を込めていた。
○○○ ○○○ ○○○ ○○○ ○○○ ○○○
同胞たる青年を喪ってからというもの。穴が空いたかのように、この胸の内は空虚に凍えていた。
それをこうも暖められたのは、井坂にとっても予想外のことだった。
園咲琉兵衛に近づくための道具としか思っていなかった冴子との合流が、よもや。
己の抱いていた寂寥感を、これほど容易く埋めるなどとは……
ただ利用しているだけだった――と。真実を告白しても、糾弾するどころか自らの欲望を受け入れ、ありのままの己を支えようとしてくれた初めての相手は。
どうやら自分で思っていた以上に、井坂の中で大きな存在となっていたらしい。
龍之介の件といい、存外、井坂にも人間への興味というものが残っていたようだ。
あるいは単に、これまではそういった興味を抱く対象となり得る人間と、出会えていなかっただけなのかもしれない。
――ならば、この邂逅こそが望外の幸福だと。
同胞の一人を喪った後となっては、一層大切に想えた女性の肩に手を置いて、井坂は木陰に傷だらけの冴子を導いた。
「もう、二度とお会いできないとばかり……っ!」
「君らしくもない。間もなくミュージアムの頂点に立つ我々がこんな程度で命を落とすはずがない。そうでしょう?」
泣きじゃくる手前の冴子を慰撫しながら、井坂は初めて知った誰かに大切に想われるということの心地良さを噛み締める。
とはいえ、冴子も自分も、お互いに大人だ。思いの丈をぶつけるのは後回しで良いだろう、と井坂は考えた。
まずは現状に対処する――そのために、情報交換だ。
放送で与えられた情報自体には、井坂はさしたる興味を覚えなかった。
脱落者の中に関心を惹かれた名前はないし、ランキングとやらにもセルメダルを50枚も費やす価値があるとは思えない。意識しておくべきはせいぜい禁止エリアと、もう一点の新たな情報ぐらいだ。
それよりも今欲しいのは、冴子が集めて来た生の情報だ。どんな参加者がいて、どんな力を揮っていたのか。それを井坂は聞きたかった。
「……仮面ライダーオーズ・
火野映司と、仮面ライダーディケイドですか」
それを話題に出してみたところ、早速成果があった。
放送で把握できた、もう一点の関心事――コアメダルを破壊し得る力を持った参加者。その当人達と、冴子は遭遇していたらしい。
「またもガイアメモリとは別の力に依る仮面ライダーですか。実に興味深い」
「……ですが、気をつけてください」
冴子の声に滲む危機感は、その二人の戦士の強大さを裏打ちしているかのようであった。
オーズも、あのエクストリームの力を得たダブルと何ら遜色しないとの話だが、曰くディケイドは更に常軌を逸しているらしい。
あの強気な冴子が、父以外に微かでも恐怖の色を垣間見せたという事実には少々驚かされたものの。井坂としてはやはり、それ以上に好奇心が勝っていた。
更なる強さを、果て無き欲望を満たす無限の力を求める井坂からすれば、冴子の目にしたディケイドの強力かつ多彩な能力は実に魅力的だ。
イカロス――もしかすると、例の
カオスの姉かもしれない天使すら完封したというディケイド相手に今の井坂では勝ち目は薄いかもしれないが、その力をいつかは我が物とする瞬間を夢想するのは当然のことだ。
……ただ、そんな井坂の様子を見ても、冴子の表情から不安が完全に抜け落ちることはなかった。
よくよく見れば彼女の全身は無事とは到底言い難く、ここに至るまで余程の苦しみを味わったのだろう。
カウンセリングの必要があるかもしれない、と井坂は興味の矛先を自身の思考から冴子の心理状態へと変更することにした。
「見れば、君ともあろうものが酷い様子だ。それも彼らに?」
「いえ、これは……」
井坂の問いに、冴子は暫し数瞬の間視線を泳がせた後、答える。
「……仮面ライダーでもドーパントでもない、別の男にやられました」
「……ほう」
冴子の言い方はつまり、それはグリードのような他の超人種ですらなく……おそらくは人間の域を出ない身体機能の何者かに、危うく遅れを取ってしまったのだと示していた。
しかし彼女は、ミュージアムの幹部としてゴールドメモリの所有者であるはず。仮に
織斑千冬並の達人が相手でも、これほどの傷を負わされるとは考え難い。
果たしてどんな参加者による仕業なのか――冴子が肌に負った損傷を見て、一度閉じたはずの井坂の好奇心が再び鎌首をもたげていた。
「……成程。その火傷はルナティックという男に」
そうして聞き出せたのは、やはり興味深い事柄だった。
冴子曰く、ルナティックはドーパントや仮面ライダーとは異なり、変身していない人間の姿のままながら、レベル3に到達したナスカすら脅かす蒼い炎を自在に操ったのだという。
どういった理屈に由来する能力なのかは不明だが、彼もまた人間を越えた進化を果たした存在であることに間違いはない。その秘密が取り込める類の物であるなら、是非とも我が身に加えたいところだ。
冴子が言うには、油断さえしなければ危険な相手でもないらしい。メダルの補充や彼女のための報復も兼ねて、当面の標的に据えるのも悪くはないかもしれないと井坂は考えた。
その後も、情報交換を続けて行く。その中で、冴子の口から新たな要警戒対象の名が告げられた。
「……
大道克己、仮面ライダーエターナル。厄介に過ぎる相手ですね」
彼女も直接遭遇したわけではないそうだが、一時共闘したグリードである
メズールから与えられた情報だそうだ。
何の因果か、かつてガイアメモリとの開発争いに敗れた死体兵士NEVERの大道克己が変身する、”永遠”の記憶を司る仮面ライダー。
そのマキシマムドライブの効力は、射程範囲内に存在する旧世代のガイアメモリの機能を永遠に停止させるのだという。
この情報が確かであるのなら、ガイアメモリに戦力を依存している二人のドーパントにとってのエターナルは、ディケイド達以上に警戒しておくべき最大最悪の天敵だ。
実際に遭遇する前にその情報を得られたことは、一種の幸運と言って差し支えないだろう。
……しかし、エターナルのマキシマムが無力化するのは、あくまで”旧世代のガイアメモリ”だという。
厄介であることに変わりはないが、その効果適用外であるT2ガイアメモリを手中に収めることができれば対抗できる。単純な戦闘能力もあのエクストリームさえ凌駕するらしく強敵に違いはないが、使うかどうかはともかく、全てのガイアメモリの王者とされる力を蒐集しておきたいという欲望もまた、井坂が抱いて然るべきものであった。
更に要注意人物について尋ねていけば、冴子はあのカオスとも鉢合わせしたらしい。井坂にとっても危うく殺されかけた相手だったと伝えると、冴子は憎悪をその顔に顕とする。
「先生に何てことを……あの小娘――ッ!」
「怒るようなことではありませんよ。これは一種の競争です。私と彼女、次に会うまでにどちらがより進化するのか――そして、どちらが相手を喰らうのか」
喜悦を漏らす井坂だったが、またしても冴子はそれに安心してくれることはなかった。
彼女が身を案じてくれるのは、これまでにもままあったことだ。
しかしそれでも井坂のことを信じ、支えようとしてくれていたが常だったのだが……余程、自信を挫かれるような体験をして来たのだろうか。
ディケイドやイカロス、そしてまだ見ぬエターナルががどれほど脅威的であろうと、また格下であるルナティックにまで足元を掬われたのだとしても。
――その程度で、こうも変わってしまうのだろうか。
そんな疑問を抱く自分が、彼女の精神を”心配”しているのだという自己分析に至り、井坂は迷いを振り払う。
冴子が不安を抱えているのだというのなら、それを払拭できるように務めれば良い――それが、年長たるパートナーの役割だろう。
初めて彼女に本音を打ち明け、恐怖の帝王に勝てると背中を押して貰えた、あの時のように。
(まだ私に、こんな感情が残っているとは……)
正直、それはそれで戸惑いを覚えてしまうことではあるが。
せっかく一度は信じて貰えたのだ。冴子にこれ以上の不安を覚えさせないためにも、最早無様は晒すまい。
そのためにも、更なる力を手に入れてみせようと井坂は決意を新たにする。
故に、冴子の出会って来た参加者の話をおおよそ聞き終えた井坂は、次に支給品についての紹介を求めた。
そうして冴子が見せてくれた、数々の手持ちの品。
恵んで貰ったクッキーを食みつつ、初めて野に放たれた伝説の初号機、スパイダーメモリの姿を目にした時にも当然興奮を覚えをしたが。最も興味を惹かれたのは、冴子が手にしていたナスカのメモリだ。
ミュージアムが開発したゴールドメモリであると記憶していたそれのデザインは、どちらかといえば仮面ライダーの使うシュラウド製のメモリとよく似ていた。
まるで――井坂の手にした、新たなW(ウェザー)のメモリのように。
「冴子くん。君のそのメモリは、どこで……?」
「偶然、拾ったんです。元々支給されていた同じ種類のメモリを、ブレイクされてしまったすぐ後に……」
以前の物より上質なこれが、おそらくはメズールの言っていたT2ガイアメモリではないかという冴子の推論を聞いた井坂は、思わず身を乗り出した。
「ほう、既にT2は我が手に……それに、やはり君もそのようにT2と!」
「……ということは、先生も?」
「ええ。先程お話したカオス嬢に追い詰められた末に、ね」
胸元から取り出したT2ウェザーメモリを冴子に提示しながら、井坂はもう一人、同じ体験をした人物のことを思い返す。
復讐を誓う哀れな弱者――かつて仮面ライダーだった
照井竜が、ドーパントへと新生した瞬間のことを。
自分も、照井も、冴子も本来所有していたメモリを失った後に、そのメモリと同種の、より洗練された新たな力と引き合った――まるで、運命のように。
ここまで来ればそれは最早、偶然ではなく。T2ガイアメモリには、適合率の高い人間の下に自らを導く力があると推測するのが自然と井坂には思えた。
(であれば、彼も)
同じように、本来所有しているメモリを無くしてしまっている可能性の高い人物を思い浮かべて、井坂は知らず上顎を舐める。
これらT2ガイアメモリは形状からして、ミュージアムを離反した後のシュラウドの研究成果が利用されているものであることはまず間違いない。
となれば労力の都合上、あの女が開発したガイアメモリから優先的にT2に発展させられていると推測するのは突飛な話ではないだろう。自分のウェザーも照井のアクセルも、元は園咲琉兵衛に対抗するためにシュラウドが用意したという事実は、状況証拠ながらその説を充分補強できるものだ。
ならば同じく、シュラウドが用意していた仮面ライダーのメモリもまた。それらを原型としたT2が開発され、支給品として用意されている蓋然性は高い。
そして、
左翔太郎を喪い、仮面ライダーWとして戦う術を失くした
フィリップ――園咲来人の下にも、運命のガイアメモリが引き寄せられて、彼をドーパントへと新生させているのではないか。
そんな予感が、頭蓋の内で疼いていたのだ。
(良いですねぇ……楽しみが増えそうです)
ガイアメモリは適合率の高い人間の精神と交わることで、更にその力を進化させる性質を持つ。
相方を失い、一人でこの殺し合いを戦い抜くしかなくなったフィリップがもしもドーパントに変身しているのなら、相応にメモリも育っていることだろう。
彼に適合するメモリはおそらくサイクロン――新たな能力が増えるわけではないが、ウェザーの地力を強化するには好都合。照井のアクセルともども、喰らってしまいたいという欲望が膨れて行く。
そんな秘めたる興奮に、気づいたわけではないのだろうが。井坂の言葉に、冴子はようやく不安を追いやれたように、はにかんだ微笑を湛えてくれていた。
「そうでしたか……あの化物を退けたなんて、流石ですわ。遂に先生の野心に見合うメモリと出会えたのですね」
「いえ、このメモリは彼女から逃れた後で手に入れたものです」
以前のウェザーでは、エクストリームに後れを取った過去があるとはいえ。遂に野心に見合う、などと――どこか奇妙な物言いをする冴子の言葉を訂正しながら、井坂は”彼”のことを回想する。
「ですから、あの時は……龍之介くんに助けられました」
「……雨生、龍之介のことですか?」
つい先程の放送で聞いた名と結びつけたらしい冴子の問いに、井坂は頷く。
「今度は私が話しましょう。君と出会うまで、ここでどのように過ごして来たのか」
冴子の聡明さは井坂も承知している。情報の共有に時間を割くことは無駄ではない。
何より、彼女にばかり喋らせるというのも失礼だと考えて。井坂は語らいを続けることとした。
「…………随分親しくされていたのですね。その、龍之介くんとは」
話を粗方聞き終えた冴子のどこか拗ねた物言いに、井坂は苦笑する。
「彼には恩義がありますからね。最初はただの実験動物だと思っていたのですが……おかげで私も、大切なことを思い出せた」
命を救われ、道を示された。
彼との巡り合わせもまた、冴子との出会いにも匹敵する幸運であると井坂は思う――実際に口に出せば、要らぬ反発を更に招いてしまいそうだと配慮し、胸の内で留めたが。
「それは……結末を考えると、複雑ですわね。それに龍之介くんがそれでは、インビジブルのメモリも結局……」
「ここにありますよ」
冴子の落胆を晴らすため、手品を披露するように指を鳴らした井坂は、インビジブルの効果を使って消えてみせた。
想定よりも驚いた顔をした冴子の前に再び可視化を果たすと、彼女は猛烈な勢いで尋ねてきた。
「どうして……っ!? 井坂先生、そのメモリは失敗したはずでは……」
「ええ。ですが、回収はできました」
事も無げに伝えてみると、冴子は血相を変えて詰め寄ってくる。
「そんな……未完成のそのメモリは、使用者の命を吸い尽くすんじゃ!?」
逼迫した様子の冴子の問いかけに、井坂は微塵も動揺せず、鷹揚に頷き返す。
「ええ。ですが、龍之介くんの命を吸った分の余裕があります――これが私の覚悟ですよ、冴子くん」
例えあの時、君が認めてくれたのだとしても。
「今の私にはまだ力が足りない。あの恐怖の帝王に挑むための力が――それを得るためなら、どんな不利益も安いものだ」
「そんな――そんなこと、言わないでくださいっ!」
あの時のように、本音を吐露した井坂に対し――微かに声を掠れさせた冴子は、止めようとするかのように抱きついて来た。
「どうしてそんな、余計な危険まで背負いこもうとするんですか……っ!?」
――はて。
今冴子は、何と言ったか?
「もし――もしまた、貴方と引き離されたら、私は……っ!」
「…………そんな、余計なこと……ですか?」
耳元で告げられた、女の震えた声に対し。
男の口から出たのは、井坂自身が驚くほどに冷たい声だった。
○○○ ○○○ ○○○ ○○○ ○○○ ○○○
「……すみません。これは彼の形見でもあるので、少々平静を欠いてしまったようです」
微かに変質した井坂の声に、気分を害してしまっただろうかと身構えた冴子に対し――一瞬の後、寸前までのような穏やかさを取り戻した振る舞いで、井坂は冴子の肩を解すように叩いた。
「私としたことが、情で判断を誤ったようだ」
らしくもない、と呟く彼からは既に苦笑も消え、冴子の知る平坦な声が戻っていた。
「言われてみれば確かに、危機を回避する必要もあったとはいえ……いつまでも不完全なメモリを取り込んだままで良しとするのは、余計なリスクを負っているとしか言えない。ご心配をお掛けしました」
そう言って紳士的に微笑みながら、冴子の気持ちまで汲んでくれるのは間違いなく――いつもの、冴子のよく知る井坂深紅郎の姿だった。
「とはいえ、以前のモルモットと同じ方法で取り出すことは難しいでしょう」
視線を外し虚空を見据える井坂は、その瞳に確かな知性の輝きを覗かせていた。
「ですが、先程聞いたエターナルの力を使えば、問題なく旧型のインビジブルは無力化できるはずだ」
自らの置かれた状況を冷静に分析した井坂は、即座に筋道通った解決策を導き出す。命が脅かされている危機に、微塵たりとも動じることなく。
それこそ己の求めた彼の姿だと、冴子は胸の奥が熱くなるのを感じた。
「しかし、そのためにはもう少し戦力を整えたいところです。インビジブルの効果が使えなくなる上、純粋な戦力でもエクストリーム以上の仮面ライダーと事を構えるとなれば準備が必要だ」
そこで井坂は、淀みなく冴子の方を向いて来た。
「冴子くん、少々先程の紅い剣を貸して頂けないでしょうか?」
最初に見せた時点では大した興味を見せていなかった井坂の頼みに、冴子は一瞬だけ思考を迷走させる。そんな様に苛立った様子もなく、井坂は言葉を続ける。
「珍しい刀身でしたからね。見たところ帯電性に優れていそうでしたので、どれほどのものなのか少々実験してみたいのです」
上手くすれば強力な武器になる、と告げる井坂の切り替えの早さにやもすれば置いて行かれそうになりながらも。それこそが井坂深紅郎の魅力だと考え直した冴子は、素直に従う。
対エターナルを見据え、彼が自らを生かすために努力を重ねようとしているのだ。支えるのが伴侶たるものの務めだろうと、手早くかつ丁寧にサタンサーベルを彼に差し出す。
それから彼は、受け取ったサタンサーベルの深紅の刃をしげしげと眺め始め。暫し会話の途切れた沈黙が、二人の間を支配することとなった。
「……ところで、先生。教えて頂きたいことが――」
自制心が弱いつもりはなかったのだが――何故だか冴子はその無音の空間に耐えられず、遂に彼へと、ずっと抱えていた疑問を尋ねることとした。
「どうして……っ」
死んだはずの貴方が、こうして甦ることができたのか。
とても大切な、しかしたったそれだけの疑問を、口から吐き出す前に――冴子の唇から漏れたのは、鉄の味がする液体だった。
「――――え?」
冴子は見た。焦げたスーツの布を食い破って自らの胸に突き立った、深紅の美しい刀身を。
それが――誰の手に、握られていたのかを。
「……どうして、ですか?」
途中で遮られた冴子の疑問が向けられた先を、井坂は誤って受け止めたらしい。空いた手でメモリを取り出し、小首を傾げながら、いつもと変わらぬ淡々とした様子で答える。
冴子の胸を、サタンサーベルで串刺しにしたまま――天気の話をするような気軽さで。
「わかったからですよ冴子くん。君がもう、私にとって必要なくなったということが」
――それはかつて、霧彦(殺した夫)に冴子が告げた別れの言葉と、瓜二つの答えだった。
《――――WEATHER!!――――》
○○○ ○○○ ○○○ ○○○ ○○○ ○○○
「確かに、最初は道具として近づいたつもりでした。しかし、同じ野心を持つ君ならばと思い直していたのですが……君の野心は所詮父親からの承認欲求に飢えただけの、大人になりきれていない小娘の反抗期に過ぎなかった。私のそれとは違う」
ナスカメモリに手を伸ばそうともせず、愕然とした表情のまま。
極度の混乱と恐怖、そして一抹の絶望を顕にした冴子の胸の中心をサタンサーベルで刺し貫いた状態で、ウェザー・ドーパントへと変身した井坂は彼女の疑問への回答を続ける。
「だから君は私と通じ合えなかった――私の受け継いだ覚悟を、簡単に軽んじる言葉が出て来る程度には」
あの瞬間、井坂の感じていた情は全てが反転した。
情熱から冷静に切り替わり、明瞭となった思考は、自らの心理にメスを入れて確かな検分を完了する。
先程井坂が覚えた違和感の正体は別に、冴子の心そのものを思い遣ったものではなく。
結局のところ――この女が同胞足り得ないのではないかという、そういった類の”心配”だったのだと。
大いなる欲望を抱え、そのために邁進する同種であるが故に己を理解してくれる――同じ渇きを持つからこそ、根となる部分で通じ合える他者。
それこそが、井坂が喪失を惜しんだ同胞だ。
その悲しみを埋めてくれると思ったこの女はしかし、龍之介が残した啓示を軽んじた。
こんな生き方しかできない自分にもまだ、傍らに寄り添う者が居るのだ信じたかった井坂の想いを、裏切った。
この女は――――自分達の同胞では、なかった。
園咲冴子は井坂の欲望を肯定してなどいないとわかった、その後に残るのは。
他者に都合の良い理想像を押し付け、自らの思惑から外れることを許さないような、ただの人間であれば一層下劣な輩だけだ。
「既にミュージアムに長居する必要もない。加えて心身ともに手負いの君では、この殺し合いを勝ち抜く戦力としても利用価値は薄いでしょう」
むしろ、足手纏い。
言外にそう告げると、己の価値を否定されたことが受け入れられないように、嫌々と冴子は首を振る。
……その様は一層、聞き分けのない気取っていただけの小娘という、彼女の本性を現しているように井坂には感じられた。
嫌悪感と共に、手首を小さく捻る。それに伴ってサタンサーベルが冴子の心臓を囲む冠状動脈を圧して、次の瞬間弾性限界を引き裂いた。
「――――さようなら、冴子くん」
刀身と同じ色の雫を切っ先から垂らす聖剣を、引き抜いたと同時。
自らの鼓動によって心臓が破れた激痛に顔を歪めた冴子の身体が、受け身も何もなく、濡れた地面に崩れ落ちた。
○○○ ○○○ ○○○ ○○○ ○○○ ○○○
真っ赤に染まった、それさえも霞んで行く視界の中で、冴子はようやく自らの身に何が起こったのかを理解し始めていた。
互いの愛を確かめ合ったはずの彼に、井坂に。
自分は、刺されたのだ。
何故、どうして。疑問ばかりが駆け巡っていた脳内で、それでも意味のある思考を何とか拾い上げていく。
語らいの中で、自分が井坂の逆鱗に触れてしまったのだということは、別れを告げる彼の言葉から理解できた。
――――けれど。
(何、で……?)
一度は喪った彼との再会という奇跡を、二度と手放したくない。
そんな感情(愛)の、何が間違いだったというのだろうか。
……園咲家という、生まれ育った環境が原因か。
幼い日より、冴子は、己が他人から疎まれる可能性を頭から捨てたことはない。
例え相手にとって有益な働きをしても、十分だ、などと安心したこともない。
――人が人を嫌悪する動機など、憎悪、侮蔑、嫉妬、挙げればキリがないのだから。
それを、理解していても。
共に寄り添い生きて行く運命に結ばれたのだと、唯一の例外と思っていた相手からのあまりにも急な裏切りは……そんな悲壮な人生観の冴子をして、混乱の極みに追いやられるのに充分な威力を持っていた。
幼き日から、冴子の求めていた愛とは。
そんな些細な感情に惑わされるものではないと、信じていたが故に。
(……お父様)
今際の際となって、自らの脳裏に閃いた相貌を認識した冴子は……一層、困惑を深める。
井坂の分析は、かつて野心を見抜いた時のように……冴子が目を背けていた本心を、見事に言い当てていた。
井坂深紅郎は、確かに園咲冴子を理解している――少なくとも、冴子が井坂に向けるそれよりは。
それなら、どうしてこの気持ちはわかってくれないのか?
(…………いえ。そんなもの、なのでしょうね)
かつて、元夫(霧彦)を切り捨てた時のことを思い返しながら。
自らを理解できない相手から一方的に心配されたところで、そこに価値を見出だせないのは、自分も同じことだった。
なら、冴子に心配されたところで、井坂がそれに心動かされる理由にはならず。
ただ、彼を理解できなかった自分が、彼からの愛を失ったというだけの話に過ぎないのかもしれない。
そもそも、父に愛された妹を憎み、特異な力を得た弟を道具とし、身を案じてくれた夫を殺して来た……自らを愛してくれる者達に、尽く報いて来なかった己が――正しく愛を理解できるはずも、ないのに。
どうして。自分が彼を、正しく愛せているなどと思い上がったのだろうか。
井坂の言う通り。
実の父から愛して貰ったことがなかった冴子も、メズールやカオスといった、怪物達と等しく。
ただ、憧憬を懐いた愛という感情の理想像だけを他者にも強要する、わがままなごっこ遊びをしていた小娘であったのかもしれない。
だから、彼と――真の意味では、愛を共有できなかったのだろう。
そんな、極大の絶望と、微かに心咎めるものを覚えながら――園咲冴子は、そっと息を引き取った。
血の色をした聖剣に、裁きの雷を纏わせる――微かに、憐憫の情を想起させる怪人の姿を。
生涯最期に目にした景色として、その瞳に映し込ませたまま。
○○○ ○○○ ○○○ ○○○ ○○○ ○○○
悲しげに歪んだ表情のまま事切れた冴子の遺体の脇へと、ウェザーに変身したままの井坂は歩を進める。
そこから軽く撓らせるようにして一閃させたサタンサーベルは、女の細首を鮮やかに両断していた。
予想の通り。サタンサーベルはウェザーの発した高圧電流の威力を損なうことも、聖なる刃を痛めることもなく。ただ、切り捨てた対象に、その一瞬で炭化した断面を晒させていた。
出血の抑えられた首の断面から転がり落ちた首輪を、井坂はウェザーと化したままの指先に引っかけ、拾い上げる。
これで回収した首輪は三つ。こんなにも必要であるのかは疑問だが、利用価値があるものは全て活用させて貰おうと、井坂はかつて愛しているとばかり思っていた相手の亡骸に目を配る。
彼女を殺害したことで得られた戦利品は、大別すると他に三つだ。メダルと支給品はそれぞれ、生かしたままでもある程度共有できていたことを考えると益は薄いかもしれないが、独占できるのとできないのとではやはり違いが生じる。弱気になっていた上、既に全身火傷という重体だった冴子では他の参加者に殺され奪われてしまうリスクも無視できなかったからだ。
一番大きいのはそうなる前にT2ナスカのメモリを確保することができたことだが、案外次に重要となるのはこれかもしれない――と、井坂は傷んだ毛髪を掴んで、転がり終わったばかりの生首を持ち上げる。
「良い顔だ……来人くんを怒らせるにはちょうど良さそうですねぇ」
フィリップこと、冴子の弟である園咲来人の手元に、T2ガイアメモリが届いている、もしくはこれから届く可能性は先程考察した。
なら、冴子(姉)の生首は……照井と同じように、井坂によって家族を奪われた憎しみを煽り立て、新たなドーパントの力を更に引き出させるのに都合の良い挑発材料となることだろう。
あの少年の顔が憎悪に歪み、照井同様のドーパントと化して向かって来る様を――そして彼らから奪い取ったT2ガイアメモリを取り込む瞬間を想像して、井坂はつい頬を緩める心地となった。ドーパントに変身していなければ、さぞやだらし無く相好が崩れてしまっていただろう。
浮かれ気分を一度は追いやって、井坂は冴子の生首を首輪もろともデイパックに放り込む。今一つ役に立つのかわからない旧式のパソコンや、超人化することの叶わないメモリーメモリも一通り回収し終えた後、井坂は一端ドーパントへの変身を解いて二の腕を晒す。
躊躇いなく、簡易型L.C.O.Gを直に肌へと押し当てれば、そこにはスパイダーメモリを受け入れるための新たな生体コネクタが出現していた。
「さて……早速試してみましょうか」
呟く井坂が手にしたのは三本のガイアメモリ。自分自身のウェザーに、たった今コネクタを増設したスパイダー。
そして冴子がレベル3にまで育ててくれた、T2のナスカメモリ。
運命のガイアメモリを適合者から奪ったところで、使用することに支障はない。元より井坂は、冴子とナスカ以上にメモリとの相性が良い過剰適合者の後にそのメモリを取り込む算段を立てていたのだから。冴子を殺され怒り狂うナスカメモリを隷属させるなど、ガイアメモリの探求者には容易いことだ。
手の内に揃ったこの三本、そして体内でロックされたインビジブル。
井坂の魅せられた力の象徴たるガイアメモリ――いずれも劣らぬ特別な品が四本。
それが今、一つになるのだ。
《――WEATHER!!――》《――NASCA!!――》
《――INVISIBLE!!――》《――SPIDER!!――》
唱和されたガイアウィスパーを合図にして、四つの記憶の奔流が井坂深紅郎の体内を荒れ狂う。
皮膚の裏から、筋肉の隙間から、骨の奥から、肉体を突き破らんばかりに疾走する力が自らを削り、再構成していく恐怖にも恍惚感に苛まれる。
反動に視力を一時喪失した井坂は、直後に訪れる多幸感の中に沈み――やがて。再び光を、取り戻す。
「………………素晴らしい」
以前より鮮明となった眼下には、生まれ変わった己の肉体があった。
これで四本のガイアメモリを、問題なく同時に扱えることは確認できた。
次は実戦で、その力の程を確かめたい。
まずはメダルの貯蓄や未知の能力の確認を目的に、比較的近くに居所の目処が立つルナティック辺りがやはり当面の標的か。
とはいえ、実験さえできれば正直言って誰でも良い。その道程で出会う参加者も欲望の赴くままに全て殺して、全て奪って、全てを食い尽くしてやるとしよう。
早々に考えを固めた井坂は、目の前に立ち塞がる灯溶山の向こうに待つ獲物を想起する。
……そういえば、アクセルと戦ったのもあの方角だったな、と。井坂は不意に思い出す。
復讐の憎悪に”加速”するメモリもそろそろ収穫時期に達しただろうかと、期待が膨らむのを井坂は感じた。
「歩き通しの疲れも取れたことですし……そろそろ出発しましょうか」
そうして……自らに魅入られていた、哀れな女を糧にして。
新生した怪物は、人の姿を取りながらも。変わらず猛る心のままに、その歩みを再開した。
――――その傍らに最早、誰一人として伴うことなく。
【二日目 深夜】
【C-4 東】
【井坂深紅郎@仮面ライダーW】
【所属】無所属(元・白陣営)
【状態】ダメージ(大)、疲労(小)、肩に斬り傷、強い“覚悟”、生命力減衰(小)
【首輪】90枚:0枚
【コア】コブラ
【装備】{T2ウェザーメモリ、T2ナスカメモリ、インビジブルメモリ、スパイダーメモリ}@仮面ライダーW、{魔皇剣ザンバットソード&サタンサーベル}@仮面ライダーディケイド
【道具】基本支給品×2、DCSの入った注射器(残り三本)&DCSのレシピ@魔人探偵脳噛ネウロ、メモリーメモリ@仮面ライダーW、大量の食料、首輪×3(
牧瀬紅莉栖、
ニンフ、園咲冴子)、ブラーンギー@仮面ライダーオーズ、IBN5100@Steins;Gate、園咲冴子の生首@仮面ライダーW
【思考・状況】
基本:自分の進化のため自由に行動する。
0.一先ずはルナティックとやらを探し、東へ向かう。
1.更なる力を得るためならリスクは厭わない。
2.T2アクセルメモリを進化させ取り込む為に照井竜は泳がせる。
3. もしもフィリップ(園咲来人)がドーパントになっていた場合は、照井竜同様にそのメモリを憎悪で進化させられるように煽動する。
4.次こそは“進化”の権化であるカオスを喰らってみせる。
5.ドーピングコンソメスープに興味。
6.コアメダルを始めとする異世界の力に興味。特に「人体を進化させる為の秘宝」は全て知っておきたい。
7.そろそろ生還の為の手段も練っておく。
【備考】
※参戦時期は35話終了後、36話冒頭の戦闘から撤退した直後でした。
※ウェザーメモリに掛けられた制限を大体把握しました。
※ウェザーメモリの残骸が体内に残留しています。それによってどのような影響があるかは、後の書き手さんにお任せします。
※インビジブルメモリは体内でロックされています。死亡、または仮死状態にならない限り排出されません。
※自らの行ってきた複数のメモリの力を吸収するための研究の成果で、ウェザーと他複数のガイアメモリの力を同時使用可能であることを確認しました。詳細については後続の書き手さんにお任せします。
※四本のガイアメモリの力を手にしたこと、多くの異能の力について見聞を広めたこと、また愛しい(と思っていた)相手と再会できたことで、それぞれその都度にセルメダルが増加しました。
【全体備考】
※冴子に支給されていた簡易型L.C.O.G@オリジナルが井坂に使用されたことで故障し、C-4エリアの川沿いに放棄されました。
※夏海の特製クッキー@仮面ライダーディケイドは井坂と冴子に食べられて消費されました。
※園咲冴子の首無し死体がC-4エリアの川沿いに放置されています。
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…………世の中には、無数に存在する要因の一つや二つで、本来考えられる結末が全く変わることもある。
それは何も、戦闘の勝敗のみに限った話ではない。
殺し合いに参加させられることになった二人の間には、明確な時間軸の差が存在していた。
井坂はミュージアムを離反する寸前。冴子はその後、井坂が死した後に取り残され、孤独の中ミュージアムへの反抗を決意した後。
愛しい人を亡くす絶望を二度と味わいたくなかった故の冴子の献身も、その背景を知らぬ井坂からすれば全てが臆しただけ、期待を裏切られただけにしか見えなかったのだ。
そして期待が大きければ、裏切られた時の失望もひとしおだ。感じていた愛着はそのまま嫌悪となり、一刻も早く切り捨てたいという欲求に取って代わる。
仲間を亡くした寂寥を埋めてくれる、伴侶だと思っていた相手が、実は全く自らを理解していない赤の他人だと思った時――井坂が感じた怒りは、元より異常者であった彼を凶行に走らせるのに充分過ぎた。
――ただ、それも。もしかすると。
直接の原因ではあっても。実のところ、唯一最大の理由などでは、なかったのかもしれない。
井坂深紅郎は、ガイアメモリが生んだ突然変異の化物。
例え、求めていたものが同じだとしても。
超常の力が持つ闇に魅入られてしまった悪魔と、家族愛への飢えに囚われていただけのただの人間が。
真の意味で、永久に通じ合える可能性など……本当に存在していたのか、そもそもが疑わしいことなのだから。
これは、一見噛み合っているように見えた二人に、どの道いつか訪れるはずだったすれ違いの結末……なのかもしれない。
【園咲冴子@仮面ライダーW 死亡】
最終更新:2015年08月17日 20:34