橋田イタルの悪運  ◆l.qOMFdGV.



 暑い、重い、辛い。暑い、重い、辛い。
 息苦しそうな喘ぎに混じって、男の口からそんな言葉が漏れる。なにか呪文のようにそう呟こうと物理的な苦痛が紛れるはずもなく、男、橋田至の豊満な巨体に食い込むデイバッグの肩紐は、
相も変わらずぎりぎりと容赦なく至の体を締め上げていた。
 その手に携えられ杖代わりにつかれる乖離剣エアの姿には、ふうふうと息を荒げて歩く目下の主人と同じく尊厳も糞もあったものではない。剣であるというなら、
雑に扱えば歯零れのひとつも起こしそうなものだが、見てくれからしてそんなものとは無縁なエアは、最早至にとって少しいびつな形の杖に他ならなかった。

「杖代わりにしたってちょいと重すぎと思われ」
 ぼやけどもぼやけども、かの剣は軽くならず。
「そもそもここどこなんだお、マジで」
 ぼやけどもぼやけども、かの者の所在地は知れず。

 ここに連れてこられて大した時間がたったわけでもなかったが、早くも帰巣本能が目を覚ます。
 何もかもを打ち捨てあの懐かしのラボで横になりたい。
 そんなちっぽけだが切実な欲望を胸に、橋田至は、正確な方向も知れない秋葉原に向かって、とりあえず歩き続けるしかないのだった。


 そんな彼について少し真面目な話をするならば、彼が考えるともなしに考えることについて、つまり、椎名まゆりについての話だ。
 助けにいくべきだったのか、それとも動かずいて正解だったのか。

「……そんなこと言ってもまゆ氏が死んじゃうなんて誰も思わんだろ、常考」
 我ながら薄情なことだとは思うが、至はまゆりの死に大きな情動を得ていなかった。
 もちろん、一応の悲しみはある。彼女を不器用ながら大切にする友人、岡部が心を痛めているだろうと思えば、我が事のごとく胸が潰れるようだ。それでもなお、だった。

「助けにいったところで死人が増えるだけだし」
 そんな陳腐な言い訳でまゆりの死が納得できてしまう。そんな自分は、本当にショックを受けているのだろうか。
 泣きわめき、憤りを拳に託して荒れ狂うのが道理ではないのか? それが本当の、友達を思いやる「優しさ」というやつなのではないか? 少なくとも、至が愛好する漫画やアニメの登場人物たちはそうしていた。
 死に別れという経験のないファクターを経て、しかし至はそれに首を傾げる。ショックを受けなければならない、とはおかしいが、友人の死にこの感じ様というのも酷く違和感が残るものだった。

 現実感の欠如というのが、この違和感をもっとも正しく言い表す言葉だろう。彼の思うところの「友人を亡くした男」と、現実の自身の感動のズレは、ひとえにこれに起因する。
 そして、ひどく致命的な感のあるその違和感を、至は結局理解せず仕舞いだった。

 理解しないまま、橋田至は出会ったのだ。

 過ぎたそれを数えることはとうに止めていた、代わり映えしない交差点のうち一つ、それに至が差し掛かったときだった。
 至の全身をなでるように吹く一筋の風に乗って、声が彼の耳朶を打った。草花のざわめきや家鳴りを聞き間違えたのでもない、確かな人間のそれだ。孤独に歩き回っていた至にとって最初の、他の参加者との出会いである。

 すぐにでも飛び出していきたかった。どんな危険に遭遇するか想像もつかないこの場所で、一人ぼっちで過ごすということがどれほどの心労であるかは、至は歩き始めてすぐ理解していたからだ。
 ただし問題が一つ。聞こえた声が、それを荒げた怒号であると思えることだ。

「殺し合いのゲームの、参加者……」
 知らずに至は身震いした。こんな場所で声を張り上げる理由など、まずひとつしかないだろう。被虐であれ嗜虐であれ、暴力にかかわること。そうでしか、きっとこんな怒りの声は出さないはずだ。
 その予想が違ったとしても、こんな場所――殺し合いの場で誰かに聞かれるような大声を上げる人間が、安全であるとは思い難い。
人恋しくなった他者を言葉巧みに、というより大声巧みにおびき出し、のこのこやってきた者を容赦なく害する。わかりやすく簡単で、それでいて強力な方法だ。

 寂しさと危機感の一瞬の鍔迫り合いは、すぐに軍配が上がった。
 この声の元に向かうのは危険に巻き込まれる可能性がある。まず間違いなく、ここは無視して通り抜けるのが得策だ。

「…………」
 だというのに、足は動かなかった。
 何を迷っているのだろう? どう考えても正解の結論だ。命あっての物種だし、そもそも自分は荒事に向いていない。もしこれが争いによる叫びだったとして、行ったところで何も変わるはずがないのだ。
争いを止めることも、ましてや死者を減らすために、悪意に立ち向かうことも……。

「……オカリンはわかんねーけど、まゆ氏はここで迷わず助けに向かうような人だと思われ」
 優しい子だったから、と独りごち、声の方向へとゆっくり体を向ける。
 非合理的甚だしい判断だ、遅くはない戻れ、と脳髄にアラートが響き渡った。それを追い払おうともせず、胸中で反響する警告と憂慮の声をそのままに、至は歩き出す。
 あるいはそれは、死んだまゆりという少女に、「その死を悲しむ優しさ」を抱けなかったことに対する、罪滅ぼしと呼ばれる行動であるのかも知れなかった。


 もし彼が初めに歩き出す時、ほんの少しでも方向を変えていたなら、なんて。
 仕方のない空想だ。橋田至はほんの少し運が悪かっただけで、彼には何の落ち度もなかった。偶然この方向を選んで、偶然この叫びを聞いた。
 そして、もし運が悪かったことを「落ち度」と呼ぶなら。
 これはもはや、ひどくご都合主義な喜劇の一幕であるとして、なんら恥じることのない、底抜けに非情な茶番劇だ。
 役者は踊る。決められた台本の通りに、カタルシスを与えるためだけの死の舞踊を、踊らされているとも思わずただ踊る。
 橋田至は、ただ「運が悪かった」だけだ――。


 声の主はすぐ見つかった。至のいる市街地の一つ先のブロックの角で、二人の男が言い争いを繰り広げていたのだ。
 言い争い、というには語弊があった。声を荒げているのは黒いライダースーツの男だけで、対する野球帽の中年は虚脱しきった表情だ。

 何の変哲もない、そんな喧嘩の光景だった。気の短い若者がいい加減な中年を怒鳴り散らす、少し町を歩けばどこだって見ることのできる、ごく普通の諍い。
 ――もしライダースーツの男の手にショットガンが握られておらず、あまつさえそれが中年の男に突き付けられていなければ、ではあるが。

「もう一度聞く! これは最後通牒だ」
 ライダースーツの男がひときわ声を張り上げる。至が隠れる街角から見れば、彼の方を向く野球帽の男、その背に銃を向けるライダースーツの男、といった具合だ。
「お前は殺し合いに乗っているのか。三十秒以内に返答しろ。でなければ撃つ」
「…………」

 問う男は何かに追い立てられるような、焦燥に満ち満ちた表情だった。対する野球帽の中年の無表情はまるで氷だ。
 言い争いの経緯は知れないが、即座に刃傷沙汰に発展するようではない。野球帽の男が「乗っていない」と一言言えば、気が立っているライダースーツも銃を収めるだろう。そのはずだ。
「言っちまえ、早く」
 生唾を呑みこんで、至は胸中で呟いた。不快な汗が腋を伝っていく。強張った表情のおかげで、満足に瞬きもできない。当事者でもないのに、彼はひどく追いつめられていた。
早鐘を打つ胸を掴む手に、独りでに力が籠っていく。もう一度我慢できず、口癖も忘れて呟いた。
「答えてくれ、おっさん……!」

「二十五、二十四、二十三」
 カウントダウンは続く。野球帽の男の表情は、深い角度のつばに邪魔されて拝めない。
「十七、十六、十五」
 これではいけない。野球帽の男はまだ答えてはいない。彼はまゆりとは違う。死を拒む権利がある。もしかしたら、恐怖のあまり固まっているだけかも知れないのに……。
 でも、どうする? 至にできることはない。銃口の前に立って代わりに打ち抜かれるなど、お笑い種にもなりはしない。
 両手に力を込める。そして得る、胸腔を突き破らんと暴れる心臓を抑える手と、その逆の手が何かを握りしめる感触。
「十、九、八」
 どうする? どうする? この殺人を止めるためできることはあるか? 暴力を押しとどめるために、至自身が振るい得る力――。

 はっと己の手を見た。その手には杖が握られている。その杖の名は、乖離剣エアといった。


 ライダースーツの男が、ぎょっとした表情と共にカウントダウンを止めた。銃を突き付けた男の向こうから、玉突きさながらに弾かれたような速度で巨躯が飛び出してきたのだから、無理もない。
そんなライダースーツと同じく唖然としているであろう野球帽の横を駆け抜けて、至は二人の間に立ちはだかった。その震える手には、とある英雄王が振るう究極の宝具が分不相応に、だが確かな決意をもって握られていた。

 橋田至は決心していたのだった。ラボで寝るのは後回しだ、と。こんな風に人が殺されかけたり、死んだりするのは絶対に間違っている、と。
 今ある力で、この争いを止める。まゆりにできなかったことを、今、ここで。

「やややめるぉっ!」
 やめろ、と叫んだつもりであったのだが、ままならないものだ。舌を噛んだことを恥じて、場違い極まりないが、至は頬を赤らめた。
エアを一層強く握り、ともすれば恐怖のあまり歪みそうな顔を引き締めて、ライダースーツを睨みつける。メガネ越しの瞳に宿る光は決して弱くない。

「そんな脅かしちゃダメだ。こ、怖いだろ、怖がってるお」
 伝えたいことはたくさんある。眼鏡の思惑に乗っちゃいけないとか、ただ単純に人殺しはいけないとか。
 言葉足らずでも支離滅裂でも、こんな馬鹿げた殺し合いを止めるために言わなければならない。
「危ないから、銃を下して。殺しちゃうのはダメだ」
「待て、違う」
 再起動に成功したコンピューターのように、突然ライダースーツは話し出す。その表情は、話の流れを知らずとも「してやられた」と読み取れるような、そんなものだった。
 至の背後に立つ野球帽の表情は見えない。そしてライダースーツのそれは、至と野球帽の間を行き来し、その度に焦りの色を深めていく。

「落ち着くんだ。俺は人を殺すつもりなんてない。俺は鴻上ファウンデーションのライドベンダー――」
「殺さないつもりだってぇ? 出会い頭に人様に銃を向けて撃ちやがったやがったのはどこのどいつだよ、火火火火火っ!」

 黙りこくって推移を見ていた野球帽が突然叫んだ。驚きに至の身体がこわばるが、それより劇的な反応を示したのはライダースーツである。その表情がくしゃりと憎悪に歪んだのだ。
 野球帽の言葉の真偽も気にかかったが、それを思索するより先にライダースーツのむき出しの感情を見て、至は直感した。
 ――この男は間違いなく撃つ。

「――出鱈目をッ!!」
「ダメだっ!」
 三様の叫びが交錯する。改めてショットガンの照準を合わせるライダースーツに、明らかに剣の間合いの外であるのにエアを振りかざす至。

 乖離剣エアの能力を知ればこそ、その外見から予測できる間合いの外で構えることの意味がわかるが、あくまで知ればこそ、だ。
だから、ただの剣――銘を知らねば剣だともわからない、槍のような棒――であれば虚仮脅しにもならないその行為は、義務感と恐怖に駆り立てられた至の、何かしらのアクションを期待してのものではない、反射的な行動だった。
 そして、それに大きく反応を見せたのは誰であろう、向かい立つライダースーツの男だ。あろうことか至や野球帽から目を反らし、何か知らないはずのエアを警戒するように全身を強ばらせたのだ。
まるで、離れた距離にいても機能する剣を他にも知るかのように。

 争いに慣れていない至にとって、ライダースーツの隙は隙とも呼べないような逡巡だった。だからこそその一瞬に、至自身も「この剣を振り下ろして断罪してもいいのか?」という疑問と向かい合う羽目になり、
「ライダースーツも恐怖に駆られてのことだったのでは?」だとか、「そもそもこいつは野球帽に何と問いかけていた? 野球帽が彼を陥れようとしている可能性は?」だといった疑問が連続して染み出してくるのを留めることもできずに、即席の戦場に一瞬の静寂が下りる。

 そのまま膠着状態に陥らなかったのは、野球帽が放った円柱状の物体のせいだった。至の脇より転がりでたそれに吸われるように至とライダースーツの視線が集まる。
 からからから、と転がりライダースーツの足元にたどり着くそれ。

「これは……っ」「へ?」「火火っ」

 そして、待ちかねたようにスタングレネードが、全てを呑み下す爆音と閃光が炸裂した。


 轟音に揺すられた脳幹が落ち着きを取り戻すまで、幾分かの時間が必要だった。音とフラッシュを身構えなく受けたライダースーツと至が即座に動けるはずもなく、
至がライダースーツのもとより逃げ出すことに成功したのは、目を瞑り耳を覆ってスタングレネードの被害を最小限に抑えた野球帽が至の手を引き、その離脱を導いたからだ。

葛西善二郎ってんだ。よろしくな、坊主」
 たどり着いた、諍いの現場より二十ブロックほど離れたブロックに位置する一軒家。そのリビングルームで野球帽の中年、葛西善二郎は、どこか皮肉げな笑顔を、スタングレネードの影響が抜けきらず朦朧とする至に向けた。


「橋田至、だお。……です」
「そうかい」
「それより聞かせてほしいんですけど……、さっきのあれ。なんだったん?」

 前述の「幾分かの時間」が過ぎ、それからもう少しの時が過ぎたころだ。食卓を囲む椅子に腰かけて、リビングの入り口付近で紫煙を燻らす善二郎に事の顛末の説明を求める至は、しかしその言葉を遮られた。

「なあお前、なんであそこに飛び出してきた?」
「え? ……いや特に深い理由はないっていうか……、それより、なんであそこで喧嘩してたのかを先にキボン――」
「いいから、先に答えろよ。俺の質問に」

 言外に、ヒヤリとした圧力が顔を見せる。それは、暴力と縁のない日常を送る至を委縮させるのに、過剰なほどの悪意だった。とたんに顔を伏せて、「だって……」と口ごもる至。
 手を引いて助けて、笑みを向けてくれた、この異常な空間で初めて出会った人。悪い出会いではなかったと高揚していた気分が、針で突かれた風船のようにしぼんでいく。
 それでも、小さくとも頼りなくとも、発した声は震えなかった。

「助けたかったから、だお……です」
「……助けたかったぁ?」

 含みを持った返事に、しかし至は臆しない。さきの決心は、場に急かされた結果とはいえ本物だ。悪意の予感に萎えた心を叱咤し、至は言葉を吐き出す。

「まゆ氏が死んじゃって、でもなんかよくわかんなくて。だから、まゆ氏の代わりに、まゆ氏だったらやりそうな希ガスってことやろうと思って」
「……そうか。もういい」
「あんなの絶対おかしいお。殺されるとか殺し合いとか間違ってるって」
「……もういいっつってるだろ」

 心の底から毀れてくる想いを言葉に変えるだけで、ふわふわと現実感のなかった想いが形を作っていく。善二郎とライダースーツの間に立ちはだかると決心したときのように、至の身体を言葉にできない熱い感情が駆け巡る。
「許しちゃダメなんだお、こんなのは。だから僕は、できることをやって、こんなおかしいことを止めさせて――」
 言葉によって形作られた決意は、まるで燃料のように言葉を燃え上がらせた。蚊の鳴くような声量はだんだん大きくなっていき、たどたどしかった声も力強い芯を得て、そして――。



「――ごちゃごちゃうるせえよ、ブタ」


 視界の端にあった善二郎の腕がブレた。高揚した至が知覚できたのはそれだけだった。
「うがっ」
 強い衝撃が走って、視界が一瞬のブラックアウトを引き起こす。逆らえず、椅子ごと倒れて後ろに転がった。
「……!? !?」
 声が出ない。暗転した視界は即座に戻ってきた。ただし、その範囲は著しく狭まっている。
 代わりに得たのは熱だ。焼けつくような、痛むような、まるで焼き鏝を突き刺されたかのような熱――。
 視界が割れている。目前に何かがある? ――眼に、刺さっている?

「あ、が、が、ああああ、ああああアアアガアアアアアあああああアアアああ」

 仰向けに倒れた至は、即座に手で熱を発する顔を覆った。眼球に突き刺さった眼鏡の破片に指が触れて、灼熱が弾けるように膨れ上がる。
もはや話を続ける余裕など影も形も残っていない。「何故こんなことを」なんて疑問を抱く余地すら残っていなかった。
 首輪から漏れる鈍色のメダルがフローリングを叩き、騒がしく散らばる。
 まゆりも岡部も己の決意も、何もかもをどうでもよくする痛みだけが、彼の全てを占めていた。

「まったく下らなくうるせえガキだ。さっきの青二才の方がまだマシだぜ」

 のたうちまわる至に、その声は届かない。呆れたように首を振った善二郎が「あばよ」と呟く。
 いかなる原理か、その手のひらに灯った炎が、至の身体に射掛けられた。一段とトーンを上げた自分の悲鳴をバックミュージックに、半分になった視界をさらに炎が覆う。
 ――めいっぱい空気を吸い込んだ肺が中から焼けていく。
 揺らめく炎の向こうで善二郎が家具に火を放ち、腰を屈めて至のデイバッグや、壁に立てかけてあったエアを掴む姿の影がかろうじて見て取れた。
 ――眼球は煮沸し、今にも弾けそうだ。
 そして至に一瞥もくれず部屋を後にするその男を、炎に包まれた視界で捉えたところで、至の意識はぷつりと途切れる。

 まゆりを失った実感を得ることなく、己の死と痛みと灼熱だけを「現実感」とし、他の全てを理解せずおいて、橋田至はあっけなく逝った。


 実際危険だったのだ、あの時は。完全に先手を取られて銃を突きつけられ、それなりに鍛えていたあのライダースーツであれば、善二郎がどのような抵抗をしようと、撃たれることは間違いなかっただろう。
強化細胞を移植しなくともハンドガン程度では足止めにもならない肉体を備える善二郎だが、やはりその肉体もショットガンとの直接対決は避けたいところであった。
 そういう意味で善二郎を助けたかったと言ったあの少年は、確かに善二郎を救っていたのだ。

「生き残るためには余計な怪我をしないことが火っす(必須)ってな。助かったぜ、至クン」

 あの場から離脱するにあたって、ライダースーツが挑発に乗ってくれる若造であったことも喜ばしいことであった。「ライダースーツが善二郎を撃った」とは、これは真っ赤な嘘だったのだから。
 至にライダースーツへの不審を抱かせるためと、単純な挑発。あの言葉が想定以上の成果を叩き出したことは、まったく幸運だった。

「まるで幸運の女神サマに『生きろ』って言われてる気分だねぇ……火火火」

 お気に入りの煙草が取り上げられなかった僥倖を噛みしめながら、善二郎は燃え上がる民家を後にする。
 まったく急な話で仕込みができず、火のエキスパートにあるまじき、ただ火をかけるだけという幼児でもできるような放火しか出来なかったことが悔やまれた。だがやむを得まい。小火小火(ぼやぼや)していると先のライダースーツに追いつかれてしまう。
真正面から相対すれば手玉に取る自信はあったが、それでもできる限り危険は排除しておきたかった。

「なにしろそのためにあんな糞餓鬼を連れてきたんだからよ」

 物資増強のため、お人好しへの肉の盾とするため。
 後者に関しては、愚にもつかない与太話始めたことで投げやりな気分になり、残念ながらふいにしてしまった。だが前者に関しては立派に果たしたのだから、とりあえずはよしとしよう。

 火災現場からしばらく歩き、離れた民家の前で至のデイバッグをぶちまける。
「うお、乞食か俺は」
 至に支給されていた食糧を己のデイバッグに移し、脳裏を過った情けない空想は頭を振って追い払い、善二郎は次に目ぼしいものを拾い上げた。
 ゴリラとわかる意匠の施された黒いメダルだ。

「コアメダル、ね」

 善二郎が操る炎は種も仕掛けもある小細工故、一切のメダルを必要としない。とはいえ、メダルは持っていて損はないだろう。「もらっておくか」と善二郎は己のデイバッグをそれを放り込んだ。まずは戦果その一。
 再び追い剥ぎのように死体からものを漁る己の惨めさがちらついたが、もはや言うまい。

 次はこれだ。
 拾い上げた、一見して何の用途に使われるのか想像するのが不可能なほど奇妙な形のそれに、善二郎は首を傾げる。そしてつかの間の思案ののち、ぽんと手を打った。ポケットに手を突っ込み、道すがら読んでいたとある紙切れを取り出す。
 橋田少年が倒れた時に彼のポケットからこぼれ落ちた紙切れだが、拾っておいて幸運だった。偶然にも、それこそがこの謎の物体X、トライアルメモリの説明書きだったのである。何の説明書きであったのかてんで理解できなかった先ほどに、くしゃりと丸めてポケットに入れておいたのだ。
 持ち出せるものは持ち出してしまえ、という乞飢精神丸出しの行動であったが、うまく当てはまってしまえばこっちのものだ。

 再び説明書きに目を通すが早いか、善二郎はそれを破り捨てた。
「ガイアメモリなんて胡散臭いもんはどうにもな」
 彼は自身の犯罪に美学を持ち合わせている。「人間の限界を超えない」というその美学に照らし合わせて――元より使う術もないのだが――、トライアルメモリは彼にとって不必要なものでしかなかったのだ。
「そら、よっと!」
 住宅地の屋根より高く、空に吸い込まれてしまえと念じてそれを投げ捨てる。残念ながら物理法則に従いどこかに落ちていったのを見届けて、善二郎はため息を吐いた。「戦果なし、と」そう呟いて、すぐさまメモリを意識の外に追いやる。そして、最後の至の支給品をみやった。
 乖離剣エアだ。

「あのライダースーツはこれを怖がってた」
 柄を握って角度を変えつつ眼を眇めて観察する。剣にすら見えないおかしな形なのに、それを構えただけで警戒した。ということは、これもなんらかの面白くない機能があるということである。

 前述した紙切れ、つまり説明書きは二枚あった。そのうち一つには「トライアルメモリ」の名と説明が、もう一つにはとある武器の名と説明が記されてた――「乖離剣エア」。

 握り潰してポケットに突っ込まれていたその説明書きには果たして、彼の想像を上回るトンデモ兵器であると記されていた。これがエアであるというのなら、説明書き通りの力を振るうのだろう。
 突拍子がなさすぎるが、説明書きとライダースーツのあの警戒……信じるに足る符合は確かに存在していた。
 口角を持ちあげて笑みを浮かべる。見る者がいれば、それはひどく邪悪な笑みと呼ばれたはずだ。
「戦果その二、だ」

 エアを肩に担ぎ、笑みを引っ込め葛西善二郎は歩きだす。つま先がじゃりじゃりとアスファルトを蹴る音が、無人の街中にいやに大きく響いた。

「真木とやらは俺たちになんの興味も抱いてないような目だった」
 ぼんやり反芻した記憶の中には、あのドームがある。中央に立っていた真木の視線は、目を合わせようと本質的にこちらという人間を見ないその目は、善二郎にある人物を連想させた。「新しい血族」、悪意の権化、善二郎をして恐れを抱かされる規格外の化け物。
「シックス……。いるのかね、この場に」

 その程度にたどり着かないまでにせよ、真木の「悪意」の方向性はシックスのそれに近いものがある。もちろんシックスには遠く及ばないだろうが、それは瑣末なことだ。問題は、この「悪意」のどこかにシックスがいるかどうか、それだけ。
 名簿にシックスの名前はなかったが、真木と共謀している可能性だって充分考えられる。なにしろ六十人ちょっととはいえ、殺し合いのゲームだ。過ぎる程の「悪意」がここには満ち満ちている。シックスがどこかで微笑んでいても、善二郎はなんの違和感も得ないだろう……。

 ――だが、ともあれ。
 シックスがいようといまいと、葛西善二郎がやることは変わらない。その己の「悪意」でもって、唯一にして無二の欲望を充たすだけだ。
 何やら愉快な気分が鎌首をもたげ、ぼんやりとしていた表情が形を結ぶ。悪意に充ちたそれをもし言葉にするなら、笑顔と呼ぶべきか。

「連中の狙いがなんだかは知らんが……さぁて。逃げて殺して殺して逃げて――おじさん、いっちょ長生きしちゃうぞぉ」





「あ。そういや同じ陣営の奴は殺しちゃダメか。あの小僧はどの陣営だったかな……参った、確認するの忘れちまってたよ。……まあいいか」

【橋田至@Steins;Gate 死亡】

【一日目-日中】
【B-5/衛宮邸以南】

【葛西善二郎@魔人探偵脳噛ネウロ】
【所属】赤
【状態】健康
【首輪】所持メダル160(増加中):貯蓄メダル0
【コア】ゴリラ×1
【装備】乖離剣エア、炎の燃料(残量95%)
【道具】基本支給品一式+一人分の食料、愛用の煙草「じOKER」×十カートン+マッチ五箱、@魔人探偵脳噛ネウロ、スタングレネード×九個@現実、《剥離剤(リムーバー)》@インフィニット・ストラトス
【思考・状況】
基本:人間として生き延びる。そのために自陣営の勝利も視野に入れて逃げもするし殺しもする。
  1:とりあえずは南に行こうかね。ライダースーツから逃げにゃならん。
  2:殺せる連中は殺せるうちに殺しておくか。
  3:鴻上ファウンデーション、ライドベンダー、ね。
【備考】
※参戦時期は不明です。
※B-5の衛宮邸以南にある民家が全焼しました。立ち上る煙は地図の周囲八マスから観察できます。
※ライダースーツの男(後藤慎太郎)の名前を知りません。
※シックスの関与もあると考えています。
※B-5の衛宮邸以南のどこかの民家の屋根の上にトライアルメモリ@仮面ライダーWが落ちています。
※「生き延びること」が欲望であるため、生存に繋がる行動(強力な武器を手に入れる、敵対者を減らす等)をとる度にメダルが増加していきます。

【全体備考】
※B-5の衛宮邸以南にある民家の焼けおちた下に橋田至の焼死体があります。
※瓦礫の下にはセルメダル70枚が散らばっています。
※B-5の衛宮邸以南にあるとある民家の前に橋田至の基本支給品(食料以外)とデイバッグが転がっています。

【支給品解説】
  • 《剥離剤(リムーバー)》
 四本足の装置。ISを展開している操縦者の胸部に足を巻きつけるようにして設置すると、激痛を伴う電流に似たエネルギーを流し込み、ISを強制解除しコアの状態まで戻す。ただし一度使用したコアには《剥離剤》に対する耐性が出来、二回目に効果はない。


 警察は、そして世界は無能だ。
 小事にかまけて助けを求める小さな声に手を貸さない、肥大化した組織特有の即時即応性の欠如、そして真に断罪すべきを国際的にどうだ政治的にどうだなどと、お茶を濁して放置する。
見過ごされる癒着、蔓延する怠慢、見渡せば権力の亡者しかいない会議室――平和は書類だけで得られるものじゃないのに!

 こんな自分のことしか考えないような連中に、世界の平和が守れようはずがあるものか。
 だからこそ後藤慎太郎はその輝かしい――彼自身から見れば薄汚れて鈍く照り返すだけの、もはや意味と価値をなくしたキャリアを捨てて、鴻上ファウンデーションのライドベンダー隊で世界平和のための戦いを始めた。
いや、始めるはずだった。

 メダジャリバーを彷彿とさせる兵器を構えた少年はなんなのか?
 何故セルメダルがここまで大量にある?
 ライドベンダーは鴻上ファウンデーションのもの。会長は一体何をするつもりだというのだろう?

「くそっ」
 考えれば考えるほど理解不能なことが増えていく。込み上げる苛立ちを込めて言葉を吐き捨て、その手に握るショットガンをコッキングさせた。
 命を奪うための準備を整えた死神は寡黙だが雄弁だ。その力の重さが「平和を守るには君如何」と強く語りかける。

 初遭遇した参加者、野球帽の男は危険人物だった。
 警戒しただ銃を突きつけていただけなのに、撃ってなどいなかったのに、あまつさえそれを「慎太郎が撃った」などと。
 確かに慎太郎自身にも落ち着きが足りなかったのかも知れない。野球帽との接触も、銃口ではなく笑顔を向ければ、何か違ったかもしれない。
 そうしてさえいれば、あの少年の誤解を招くことも……。

 否、と慎太郎は相変わらずの焦燥が浮く顔を歪めた。
 太った少年を焚き付けるようなあの言動を見れば、野球帽が危険人物であることは明らかだ。であるならば、どう接触しようとしたところで、奴が危険人物であることに変わりはない。
 慎太郎にあらぬ疑いを植え付けたあの叫びは大方、彼を危険人物だと印象付けることで、味方を……手駒を増やす魂胆だったのだろう。いかにもこすっからい小悪党のとりそうな手段である。

 その小悪党を、この場に於ける平和を乱す「悪」をみすみす見逃したのは、完全に慎太郎の落ち度だ。
 不手際を再認し、ショットガンの囁きがひと際大きくなる。――「平和を守るのは君しかいない」と。

「グリードもあの眼鏡も、殺し合いに乗ってこの場で平和を脅かすバカ共も」
 握りしめる黒金の死神の声に応えるため生きてきた慎太郎として、この結論は当然のそれだ。だからこれは、実に彼らしい帰着点であると言えたのだった。
「残らずこの俺が裁いてやる……!」
 その瞳に輝く正義の光は、危うさを秘めて小さく揺らめいている……。

【B-5/衛宮邸以北】

【後藤慎太郎@仮面ライダーOOO】
【所属】青
【状態】健康、強い苛立ち
【首輪】所持メダル100:貯蓄メダル0
【装備】ショットガン(予備含めた残弾:100発)@仮面ライダーOOO、ライドベンダー隊制服ライダースーツ@仮面ライダーOOO
【道具】基本支給品一式、不明支給品0~2(確認済み)
【思考・状況】
基本:ライドベンダー隊としての責務を果たさないと……。
  1:誤解が広がる前に太った少年(橋田至)を確保、野球帽の男(葛西善二郎)は殺害も辞さない。
  2:とりあえず、煙が立ち上ってくる方に行こう。
【備考】
※参戦時期は原作最初期からです。
※メダジャリバーを知っています。
※ライドベンダー隊の制服であるライダースーツを着用しています。



021:連【つながる】 投下順 023:ネコミミと電王と変態
021:連【つながる】 時系列順 023:ネコミミと電王と変態
018:恐れを知らない戦士の様に 橋田至 GAME OVER
GAME START 葛西善二郎 049:招待!!
GAME START 後藤慎太郎 046:成長!!




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最終更新:2014年06月27日 21:24