かなたに残された時間は、あと1日。 かなたを捕まえに来たJAILを振り切って、 私はかなたを、大滝くんとのデートに行かせた。
がんばってね…… かなた!
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待合せ場所に佇む大滝のもとへ、かなたがやって来る。
大滝「戸川……」
いきなり、かなたが大滝に抱きつく。
かなた「大滝くん、好き!」
大滝「おい!? 何だよ…… いきなり!?」
かなた「何だっていいでしょ?」
大滝「お前…… かなただろ?」
かなた「そうだよ♪ かなた、大滝くん大好き!」
大滝「わかったよ、ちょっと離れろよ。はるかにも言ったけど、俺は…… 2人の内、どっちかを選ぶとか、そういうのは……」
かなた「そんなこと、どうだっていいの♪ 今日は、かなたとデートするの!」
大滝「デートって……」
かなた「今日できること、できるだけ、い──っぱいしよ♪」
大滝「……ま、いっか」
かなた「わ──いわ──い♪ やったぁ、やったぁ!」
かなたが嬉しそうに、大滝の手を引っ張って歩き出す。
大滝「おい、まだどこ行くか決めてないだろ!?」
一方の戸川家。
はるか「パパ、落ち着いてよ……」
翔一郎「だって美咲さん、JAILの所長さんに連れて行かれたっきり、戻って来ないんだよ!? 脅されたり、ひどい目に遭わされてるんじゃ…… 心配だなぁ、もう……」
美咲が帰って来る。
翔一郎「あぁ、美咲さぁん!」
はるか「美咲さん、どうだった!?」
美咲「所長と話して取りあえず、かなたをJAILに渡さないで済むことになったわ」
はるか「……良かった」
翔一郎「所長さん、よくおとなしく引き下がってくれたね」
美咲「曲がりなりにもJAILは国営の研究施設なのよ。『そこの重大機密が盗まれて、私的に使われたなんてマスコミに流れたら、所長の責任問題じゃ済まされない』って、そう言っただけよ」
浜中「盗まれて私的に使われたって……」
はるか「それって、やったのは…… ?」
美咲「私」
浜中「はるかのママ、すっげぇなぁ!」
美咲「さぁ、それよりみんな、準備しないと」
翔一郎「準備?」
美咲「今日はイブよ。パーティに決まってるじゃない!」
はるか「パーティ!?」
美咲「かなたには…… 最初で最後のクリスマスなんだから」
はるかたちがクリスマスツリーの飾りつけを始める。
翔一郎がはるかに、天使の形の飾りを渡す。
翔一郎「はるか、これ付けて」
はるか「天使?」
翔一郎「天使はね、神様の使いで、とても清らかな心を持った、誰からも愛される存在なんだよ」
はるか「この天使、かなたに似てる…… いちばん目立つとこに付けなきゃ」
スケート
リンク。
かなたがプロ並みの見事な滑り。
大滝は呆然としつつ、尻餅をつく。
2人がスケートを終え、玄関を出る。
大滝「なんだ、できんだったら最初からそう言えよな」
かなた「かなた、スケート初めて♪」
大滝「え!?」
かなた「あぁ! 風船だぁ!」
サンタクロース衣装の風船配りを見つけ、かなたが嬉しそうに駆け寄る。
かなたが風船を持って無邪気に喜び、大滝と共に公園を歩く。
その傍らを、幼い姉妹が駆けて行く。
大滝「俺も双子だったら良かったのにな」
かなた「どうして?」
大滝「そしたらさ、かなたもはるかも、ケンカしなくて済むだろ?」
急に、かなたの表情が真剣になる。
かなた「ケンカなんかじゃない」
大滝「え……?」
かなた「私とはるか、ケンカしてるように見えるけど、本当は違う」
大滝「……」
かなた「勝ち負けじゃなくて、はるかと競争することが、すっごく楽しいからしてる!」
先ほどの幼い姉妹。
「今度は追いかけっこしよ!」
「いいよ」
「私の方が速い!」
「私の方!」
「うぅん、私の方が速い!」
「私ぃ!」
大滝の持っているカメラに、かなたが気づく。
かなた「そのカメラ、この間買ったやつでしょ?」
大滝「あぁ。使うの、今日が初めて」
かなた「だったらぁ、かなたを撮って♪」
大滝「え?」
かなた「今日の記念」
大滝「……わかった」
無邪気に笑うかなたに、大滝がシャッターを切る。
先ほどの姉妹が、道路へ駆けて行く。
「こっちこっち!」
夢中で駆ける少女たち。
妹のほうが、車道の真ん中で転ぶ。
かなた「あ!?」
トラックが走ってくる──
とっさにかなたが、超人的な脚力で駆け出す。
大滝「かなたぁっ!?」
トラックが停止。
間一髪のところで、かなたは少女をかばって倒れている。
大滝「かなた!」
かなた「もう…… 大丈夫だよ」
少女「えぇん…… おねえちゃぁん……」
大滝「おい、かなた! 大丈夫か? ──え!?」
かなた「あ……」
かなたの脚が裂け、その傷口から体内の機械が覗き、火花が飛び散っている。
大滝「機械!? かなた、お前…… 一体?」
かなた「…… さよなら…… 大滝くん……」
かなたが表情を強張らせ、大滝から逃げるように駆け出す。
大滝が戸川家を訪れる。
はるか「はぁい…… ──大滝くん!?」
大滝「かなたは? かなたって…… 何者なんだよ!?」
はるか「え……?」
大滝「ケガしても、血とか全然出てなかったし」
はるか「……!」
大滝「どういうことなんだよ、教えてくれ!」
はるか「それは……」
美咲「ちゃんと説明した方が良さそうね」
大滝「ヒューマノイド?」
美咲「わかりやすく言えば、人間型のロボット。9年前に事故で死んだ、はるかの妹に似せて私が造ったの」
大滝「でも、どう見たって……」
美咲「確かに見た目はまるっきり人間だけど、涙を流したり、人間と共に成長したりすることは決してないロボットなの」
大滝「だけど……」
はるか「かなた、かわいそう…… かなた、自分がロボットだってこと、大滝くんには絶対知られたくないって言ってたのに……」
大滝「え……?」
はるか「だって、ロボットだって分かったら大滝くん、かなたを恋人になんか選ばないって、そう思ってたから……」
浜中「でも結局、大滝にはバレちゃったわけで……」
美咲「まずいわね……」
はるか「まずいって?」
美咲「シンクロ・ラムのオーバーフローが電源ユニットまで及ぶのは、時間の問題なの。早ければ、この数時間でかなたは停止してしまうわ」
翔一郎「そんなぁ……」
はるか「だったら早く、かなたを捜しに行かないと!」
美咲を家に残し、はるかたち4人は家を飛び出す。
はるか「手分けして捜そ、私と大滝くんは公園の方」
浜中「じゃ、こっちは学校の方行ってみる!」
翔一郎「うん!」
はるかと大滝はスケートリンクへ。サンタが風船を配っている。
はるか「あの、私とそっくりな女の子見ませんでした?」
サンタ「え? だいぶ前に帰ったみたいだけど」
翔一郎と浜中は、学校へ。
翔一郎「先生、先生、かなたを見ませんでした」
岩津「かなたって?」
翔一郎「いや…… その……」
浜中「はるかを見なかった!?」
木村「うぅん。もう冬休みだし、生徒は……」
浜中「あ、そっか…… 行こう!」
美咲は自宅で、あちこちに電話をかけている。
美咲「お父さん、かなたはそっちに行ったりしてない? 詳しい話をしてる暇はないの。もし姿を見せたら、大至急こっちに連絡して」
はるかも、浜中も、街中でかなたを捜し続ける。
渚「戸川さんなら見てないけど?」
浜中「もし見かけたら、はるかん家に電話して!」」
渚「何があったの!?」
はるか「かなたぁ! かなたぁ!」
かなたは足の傷口にハンカチを巻きつけ、街角に佇んでいる。
空を見上げる。
太陽の日差しに、キラキラ光る海の景色がだぶる。
かなた「海……」
翔一郎「どうだった?」
はるか「うぅん、デートで行った場所にはいなかった」
大滝「そっちは?」
浜中「ダメ…… 学校でも商店街でも、誰も見てないって……」
はるか「そう……」
はるかの携帯が鳴る。
翔一郎「かなたから?」
はるか「うぅん、美咲さんから。──もしもし」
美咲『現在のかなたの意識をシミュレートしてみてわかったの。シンクロ・ラムのオーバーフローが進むと、反復の度合いの少なかった記憶から欠落していくの」
はるか「……よくわからない。どういうこと?」
美咲『要するに、今のかなたは生まれたときから何度も強く願っていた感情だけが残っているはずよ』
はるか「え……」
(かなた『ずっと、ずっと見たかったんだ…… 海…… 5歳のときから、ず──っと……』)
はるか「ひょっとして……!」
大滝「どうした?」
はるか「ねぇパパ、5歳のとき、私とかなたを連れてってくれた海、どこ?」
翔一郎「どこって、青羽根海岸だけど?」
はるか「かなた、そこに向かったはず!」
一同「え……?」
翔一郎「はるか!」
はるか「うん!」
美咲「待って! はるかは行かない方がいいわ」
はるか「……どうして?」
美咲「残酷な言い方だけど、もう間に合わない。たとえかなたを見つけたとしても、かなたの意識が消えてしまうのはもう時間の問題なの。その瞬間を…… 私は、はるかに見せたくない!」
翔一郎「美咲さん……」
はるか「……大丈夫。私…… 強くなったから。かなたのおかげで」
美咲「はるか……」
はるか「……じゃ、かなたを迎えに行って来るね!」
大滝「俺も行く」
翔一郎「万が一、かなたから連絡があるかもしれない。美咲さんは家に残ってて」
美咲「わかったわ」
その頃かなたは海への道を、フラフラと歩いている。
かなた「海…… 海……」
はるかと大滝は翔一郎の車で、かなたを追って海岸を目指す。
はるか「かなたのこと…… 嫌いにならないで」
大滝「……」
はるか「大滝くん、言ってくれたよね。私とかなた、どっちも好きだって……」
大滝「うん……」
はるか「だったら…… たとえロボットでも、かなたのこと、嫌いにならないで……」
はるか「あそこ!」
青羽根海岸。
かなたが倒れており、はるかたちが駆け寄る。
はるか「かなたぁ!」
大滝「おい、大丈夫か!?」
はるか「かなた……」
かなた「かなた…… 海、見に来たの……」
はるか「うん……」
かなた「かなた…… 海…… 見たかった……」
はるか「……大滝くん、お願い」
翔一郎と大滝が、かなたを両脇から担いで助け起こす。
はるか「かなた、しっかり!」
大滝「海、見せてやるからな!」
美咲のラボ。
モニター画面に、かなたの目で見ている光景が、ノイズだらけで映し出される。
はるか『かなた、かなた! 頑張って、かなた!』
大滝『あともう少しだからな!』
かなた『海……』
はるか『ほら、その向こうが海だから! かなた、頑張って!』
美咲「はるか……!」
はるか「かなた、もう少しだから、頑張って! 頑張れ! かなた、頑張って!」
ついに一同の前に、海の景色が広がる。
はるか「海だ…… 海だよ!」
かなた「これが海……!」
満面笑顔で、かなたが駆けだす。波打ち際で、海水に手を浸す。
かなた「これが…… 海なんだぁ!」
かなたが大喜びで、浜辺を駆け回る。
かなた「海──! 海──!」
はるかと大滝が目を細め、かなたの楽しそうな様子を見つめる。
不意に、かなたが倒れる。
はるか「かなたぁ!?」
はるかと大滝が駆け寄る。
はるか「かなた!」
大滝「おい、かなた! しっかりしろ! しっかりしろ!」
かなた「大滝……くん……?」
大滝「あぁ……」
かなた「どうして…… 来てくれたの……?」
大滝「え?」
かなた「かなた…… ロボットなんだよ…… 見たでしょ……」
大滝「それが何だよ!」
かなた「大滝くん…… 好きだよ……」
大滝「……俺も、かなたが好きだよ」
はるか「……」
かなた「良かった……」
次第に、かなたの目が閉じてゆく。
大滝「かなた!?」
はるか「ねぇかなた、しっかりして! 今パパが美咲さん呼んでるから、一緒に家に帰ろ! 美咲さんに直してもらお、ね?」
かなた「うぅん…… もういい……」
はるか「何言ってんのよぉ! 私とかなた、いっつも一緒だったじゃない! かなたがいなくなったら、私また1人ぼっちになっちゃうでしょ!? だからお願い、かなた、いなくならないで!」」
かなた「はるか……」
はるか「何……?」
かなた「かなた…… はるかといられて…… 楽しかった……」
はるか「……」
かなた「いろんなこと…… いっぱい…… いっぱい…… できた……」
はるか「かなた……」
かなた「かなた…… はるかといられて…… 幸せだった……」
はるか「……」
はるかの声が涙で詰まる。
かなた「ありがと…… はるか……」
かなたの瞳から、流れないはずの涙が流れ落ちる。
大滝「泣いてる……!?」
かなたの目が閉じる。
はるか「かなた!? 目ぇ覚まして! かなたぁ、かなたぁ! ──人間だよ! かなた、人間になれたんだよ! かなたぁ、かなたぁ! お願い…… かなたぁ! かなたぁ!」
夕暮れ。
美咲と浜中が、海岸にやって来る。
はるかと大滝が波打ち際で、動かなくなったかなたを抱き、海を見つめている。
(かなた『来たよ…… 海だよ、はるか…… やっと、来れたよ…… 』)
それから3か月後。
目覚ましの音で、はるかが飛び起きる。
傍らの額縁には、大滝が撮ったかなたの写真。
はるか「おはよ!」
あれから、かなたがどうなったのか、
みなさんにもお伝えしないといけませんね。
実は、かなたのシンクロ・ラムは、
完全に壊れてしまったわけではなかったのです。
ほんの微かな記憶の断片、
かなたの心のかけらといえるものが残っていたのです。
そして、そのかなたの心のかけらは、
今どこにあるのかというと──
はるかがパソコンに向かい、ヘッドセットを付ける。
はるか「おはよう、かなた。今日から私は3年生だよ。そうそう、大滝くんとも浜中とも、また同じクラスになれたのはラッキーかも」
パソコンに画面に文字が表示される。
かなた、がっこう、いきたい。
はるか「いつか行けるよ、きっと」
天使のようなかなたの姿が画面に映り、ピースサイン。はるかもピースを返す。
はるか「行って来るね、かなた!」
食堂では今朝も、翔一郎が朝食の支度をしている。
はるか「おはよう!」
美咲「おはよ」
翔一郎「おはよう、はるか。今朝はアジの開きに納豆、おひたし、バリバリの和風メニューだよ」
はるか「ごめんパパ、もう時間ないから」
翔一郎「せめて、味噌汁だけでも……」
はるか「ごめん。行って来ます!」
翔一郎「なんだよ…… せっかく美咲さんがラボで発酵させた特製味噌で作った味噌汁なのにね」
桜並木の通学路を行く、はるか、大滝、浜中。
はるか「おはよう!」
浜中「はるかぁ!」
たとえ今すぐには無理だとしても、 今よりもう少し科学が進歩したら かなたにまた逢えると信じています。
だって、かなたと私はやっぱり…… 双子なんだから!
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最終更新:2016年01月16日 19:24