「Tell this soul with sorrow laden if, within the distant Aidenn♪
 It shall clasp a sainted maiden whom the angels name Lenore♪
 Clasp a rare and radiant maiden whom the angels name Lenore♪
 Quoth the Raven “Nevermore”!……っと、こんなモンでいいかなぁ――」

即興の出鱈目な節で口ずさんでいた鼻歌を止めると、鴉は血塗れの手を休め
足元に広がっている彼の作業の結果を見下ろした。

そこに転がっているのは、彼が先程殺した探偵ピーリィ・ポールの亡骸だった。
彼女の死体は殺害場所である病院内から病院前の道路脇にまで運び出され、今は道端に打ち棄てられたように横たわっている。

体内の殆どの血液が流出したために、元々色白だった彼女の肌は今は完全に血の気が失せ、白蝋細工の様に見える。
真っ白な肌とコントラストを為す鮮やかな赤毛の髪の下に存在する彼女の顔は
しかし、横死と言っていいその最期には似つかわしくない程の静かな表情を湛えていた。
彼女の整った怜悧な美貌には、恐怖や苦痛によって引き起こされた歪みは微塵もなく
両目は何かを考え込んでいるように閉じられ、口は不思議な沈黙を保っているように固過ぎない程度に結ばれて
色の失せた唇から垂れる一筋の血が無ければ、彼女はただ睡っているだけのように、或いは何時も通りの仏頂面で
何事かの思考に深く没頭しているように見えた。

しかし彼女の肩より下の様相は一変していた。
生前身に着けていた衣服は一糸残らず剥ぎ取られ、曝け出された彼女の既に体温を失って冷たくなった肉体は
鉤爪によって斬り潰された両乳房の真ん中下、鳩尾から股間にかけて、胴体が真一文字に切り裂かれて大きく開腹されていた。
そして彼女の腹腔内に詰まっていた内臓が、上は胃袋から下は膀胱、子宮に至るまで全て体外に引き摺り出され
裂かれ、抉られ、破られ、切り刻まれて、死体の周囲に滅茶苦茶に打ち撒けられていた。
その量は、ピーリィの小柄な身体の何処にこれほどの臓物が詰まっていたのかと思わせるほどだった。
ドス黒い血の池の中で、異世界から現れた深海生物の様なプリプリした腸がある部分はブツ切りに切断され、またある部分は縦に裂かれて
切断箇所からは中身が零れ落ちて血と混ざり合っている。引き出されて裂かれた時は軟く湯気を出していたそれは、今は冷えて固まり始めていた。
その全体に散りばめられるように、血に塗れ不気味に着色されたゼリーといった風の細切れにされた他の臓器達が撒き散らされている。
まさしく人間という皮袋を搔っ捌いて中身を荒らし晒した地獄の光景であり、血と内臓の飛び散ったその景色の中で
ピーリィの胴より他の部分は無傷のまま、まるで白い塑像か人形がバラバラに切り取られて汚物溜めに放置されているが如く存在しているのは
穢れた泥の中に白い花が咲いているような、一種の奇怪な地獄美すら見る者に感じさせた。


とは言え、この惨状を作り出した鴉自身には損壊された死体に美を感じるような変態的美意識は備わっていない。
彼がピーリィの死体を無惨に刻み晒し者にしたのは、一つは死者を冒涜する行為によって悪を為したいという彼の欲求を満たすため
そしてこちらの理由の方がメインだが、この犯行が鴉によるものだと不特定の多くの参加者に知らしめるためである。
この凄惨な死体の有様そのものが、鴉の犯行署名だった。
案山子か、裏社会にある程度の知識を持っている者ならば、この死体の様子を一目見ただけで
これが鴉による犯行だと分かるであろう。案山子その他の正義を気取る連中を挑発するために、彼は被害者の内臓を大道にぶちまけたのだった。
それにカラスが破いたゴミ袋には、やはり早朝の街の道端こそが最も相応しい風景だろう。

「んじゃ、仕上げといくか」
そう言うと、鴉はピーリィの内臓を凌辱し尽くした血塗れのサバイバルナイフ――これも彼女から奪った物だ――を
ピーリィの閉ざされている瞳に突き刺した。
ぶちゅぶちゅとナイフを回して視神経を切断し、眼球を抉り取ると、もう片方の目にも同じ処理をする。
眼球の喪失した両目から血を滴らせるピーリィの貌は、猛禽に眼球を啄ばまれた遭難者か、或いは血の涙を流す聖母像のように見えた。


「これで良し――ッと」
二つの眼球を抉り棄てると、鴉は署名の出来映えに満足してカーと一声啼いた。
凶器を仕舞うと、大きく背伸びをして深呼吸する。
彼の周囲には大量の血と、各内臓から分泌された腥い体液と、消化器官に残されていた排泄物の臭いが溶け合った
死骸の放つ耐え難い悪臭が立ち込めている。
早朝の清凜な空気と入り交じるその屍臭を、鴉は胸一杯に吸い込んだ。
「ああ、いい空気だ」
そう言ったついでに、彼の腹がぐうと鳴った。

「おっ?」
一仕事した所為か、彼の腹の虫が窮状を訴えていた。
そういえばもう夜明けだし、ひとまず病院に戻って少々早めの朝飯を済ませておくのもいいかもしれない。
もっと早くに探偵を殺して病院を立ち去るつもりが、予想以上に長居をしてしまった。
ついついピーリィの話に聞き入ってしまったせいだ。
それにしてもあの探偵、時間稼ぎのためとはいえ、中々に面白い話を聞かせてくれた。
そう、あの考察、主催者ワールドオーダーに関する――

その時、鴉はちょっとした『悪戯』を思いついた。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


病院の中庭に備え付けられているテーブルにて
鴉は片方の手で支給された食事を口に運びつつ、器用にもう片方の手で鉛筆を執り
何事かをノートに書き付けていた。

その内容は、ピーリィ・ポールが生前彼に語ったワールドオーダーに関する考察の
彼なりのまとめだった。




  • ワールドオーダーのオーダーは注文の意味。
 彼は世界に注文を出すだけで、注文を受けて世界がどういう結果を出すのは彼にもわからない。

  • ワールドオーダーは『未来確定・変わる世界(ワールド・オーダー)』と『自己肯定・進化する世界(チェンジ・ザ・ワールド)』の他にも
 能力を隠し持っているかもしれない?

  • 登場人物Aをワールドオーダーに変えたとき、『自己肯定・進化する世界(チェンジ・ザ・ワールド)』をコピーできなかっただなんて
 なぜわざわざそんなことを言ったのか?

 仮説① 付与できないというのは嘘で、実はA君にも『自己肯定・進化する世界(チェンジ・ザ・ワールド)』もコピーされている。
      理由⇒この場にいるA君の戦力を見誤らせるため

 仮説② 『自己肯定・進化する世界(チェンジ・ザ・ワールド)』がコピーされていないというのは本当で
     できなかったのではなく、あえてコピーしなかった。
      理由⇒完全なコピーは不可能だと我々に思わせるのが目的
           ↓
      自分がオリジナルのワールドオーダーではないことを隠したかった?
       ⇒完全にコピーできるのであれば、幾らでもワールドオーダーを増殖させられる。
        ◆現主催者がオリジナルのワールドオーダーとは限らない。
      本当は外見も変えることができる?
      完全コピーなら擬似的な不老不死も可能?




「…………う~ん、確かこんなもんだったかな。
 あらためて見ると役に立つんだか立たないんだかわからん話だな。聞いてるときはもっと面白いと思ったんだが」

取り急ぎ腹を満たすと、鴉は自分の書き付けを読み返してみる。
しかしこれだけの情報でワールドオーダーを打破できるとは、鴉にはとてもじゃないが思えなかった。
この考察が鴉を惹きつけたのは、やはりピーリィの語りの上手さが大きな要因だったのだろう。

もっとも鴉は元々物事を論理的に考察したり、考察で得た情報を応用して更に推理したり、といったことが得手ではない。
彼の頭脳の殆どは、自分が如何に獲物を殺すか、また如何に自分が危険から逃れるか、という極めて動物的な思考の為にのみ働いていたし
その割り切った思考配分こそが、彼が今も殺し屋として捕まることも殺されることもなく生き続けていられる理由だった。

しかし自分以外の何者かなら、この考察を活かせる奴がいるかもしれない。
だから彼はちょっとした悪戯を試みることにした。
彼が所持している『お便り箱』を使って。

彼はピーリィの考察をまとめたページを破ると、その裏面に名簿の中から適当に選んだ何名かの名前を宛先として幾つも書き連ねた。
この紙切れは一枚だけ。そこに複数の宛先を書いたら、この紙は誰にどの様に届くのだろうか。

紙をお便り箱に放り込んでフタを開閉させると、紙は無事消えていた。どうやら送信はされたらしい。

複数の宛名が書かれた一枚の紙が数時間後に誰かに届くのか
一枚の紙がコピーされて宛先とされた全員に届くのか、あるいは複数の宛先の中から選ばれた一名のみに届くのか
もしくは一枚に複数の宛先が書かれた不正な形式として、誰にも届かず何処かへと消えたままになるのか
――だがそんな事は、鴉にとってどうでもいいことだった。

また、この書き付けを受け取った相手が考察を活かしてワールドオーダーの打開策を思いつくか、逆に考察に惑わされて愚行を演じるか
もしくはこの考察を一笑に伏してクシャポイするか、或いは全く無視するか、そもそも受け取ったことに気付かないか
――それも、鴉の知った事ではない。

彼にとってこれは単なる悪戯なのだ。目的も理由もない。
ただ単に彼がピーリィ・ポールの推理を聞き、ただ単に彼が不思議なお便り箱を持っていたから思いついただけの
何の意味もない、単なる戯れに過ぎない。
この手紙で他の参加者に何らかの影響が生じようが生じまいが、鴉には興味が無かった。


「ついでにもう一丁送っとくか」
玩具で遊ぶ子供のような調子で、鴉はピーリィから奪った最後の支給品、『イメージの裏切り』の複製の裏へと
先程送ったのとは別の、短いメッセージを書き付ける。
今度はたった一つだけの宛先を記して。

その宛先はこう記されていた。
『会場にいる方の主催者(登場人物A)様へ』
と。




会場にいる方の主催者(登場人物A)様へ

君に『自己肯定・進化する世界(チェンジ・ザ・ワールド)』をコピーできなかったというワールドオーダーの言葉は本当か?
コピーできなかったのではなく、しなかっただけではないか!?
ワールドオーダーは君が反逆することを恐れているのかもしれない!

                                by ピーリィ・ポール




送り主としてピーリィ・ポールの名前を使ったこと、煽るような文面にしたこと、『イメージの裏切り』を葉書代わりにしたこと
このうちのどれ一つとして、鴉には何の意図も何の意味もなかった。
全てはただ思いついたからやってみたという小学生のような動機で行なわれた
単なる鴉の食中食後休憩の暇潰しとしての悪戯に過ぎないのだ。
これを受け取ったワールドオーダーA君がどう思おうが、それは鴉には関係ないことだ。



「さてと」
お便り箱に『イメージの裏切り』を放り込んで送信されたことを確認すると、鴉は装備を整えて再び病院の門を出る。
「腹もくちたし、また本気で遊ぶとするか」
病院前の道に散らばった残骸の中の、血の溜まった眼窩でこちらを見詰めるピーリィの顔にひらひらと手を振ってカーと一声啼くと
貪婪な凶鳥は次なる餌を求めて朝日が照らす街へと躍り出る。
その仮面の嘴からは、再び調子が外れた適当な節回しの鼻歌が漏れ出していた。

「And the lamp-light o’er him streaming throws his shadow on the floor♪
 And my soul from out that shadow that lies floating on the floor♪
 Shall be lifted - nevermore!」


【C-5 病院前の道路/早朝】
【鴉】
状態:健康
装備:鴉の衣装、鍵爪、サバイバルナイフ、超改造スタンガン
道具:基本支給品一式、超形状記憶合金製自動マネキン、お便り箱、ランダムアイテム0~1
[思考・状況]
基本思考:案山子から逃げ切る。
1:殺し合いに乗った行動をとる。
2:次の獲物を探しにいく。
[備考]
※人を超えた存在がいることを知りました。
※素顔はまだ参加者の誰にも見られてないので依然として性別不明のままです。
※多数の宛先を書いてワールドオーダーについてのピーリィの推理を記した紙を送りました。届くとしたらだいたい6時~7時までに届きます。
※主催者(登場人物A)にメッセージを記した『イメージの裏切り』を送りました。だいたい6時~7時までに届きます。

※ピーリィ・ポールの屍体がC-5 病院前の道路に遺棄されています。

047.長松洋平は回想する/音ノ宮・有理子は殺さない 投下順で読む 049.昏睡放置!空気と化した最強
時系列順で読む 051.Hyde and Seek
罪と罰 彼にとっての罰

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最終更新:2015年07月12日 02:43