亦紅は春奈を背負いながら、森の中を歩いていた。持つのは二つのバック。
(遠山さんも寝てるし、起こさないように気をつけて歩かないといけないな)
そう考えゆっくりと歩いている亦紅だが、ふと気づく。
遠山春奈はさっきのサイパスとの戦いで右腕にナイフが深く刺さり、左腕、右足、左足を銃で撃ち抜かれている。
さっき応急処置は済ませたが、このまま放っておいていいものだろうか。
「やっぱり病院へ連れて行ったほうが……」
しかし、病院はここからだいぶ離れている。
それに病院に行ったところでそこに医者がいるわけではないのだ。
今よりしっかりした処置はできるが、治療はできない。
「ま、銃弾が全部貫通してたのは不幸中の幸いってやつですね。もし残ってたらもっと酷いことになってました」
さて、どうするか。
「うーん、でもやっぱり病院へ行ったほうがいいですよね」
しばらく考えた末、亦紅の判断は病院を目指すことだった。
もちろんその道中でミルや
ルピナスと合流できれば御の字だし、組織の連中がいればなるべく倒す。
さっきサイパスに殺されかけたことを踏まえて、もう少し武装を強化したいし仲間も欲しい。
「遠山さんは私と違って普通の人間ですからね、ここまで怪我をすると死にはしないまでも後々の人生に響くと思うし」
自分ならばしばらくすれば完治する。純粋な吸血鬼なら半日もかからないのかもしれない。
けれど遠山春奈は鍛えてこそいるが普通の人間。この島で負った傷はすぐには治らない。
ならば、慎重で迅速に判断するべきなのかもしれない。一瞬の油断や思い込みが死に繋がることは経験上、亦紅は十分に理解している。春奈とはこれから一緒に組織と戦う長い付き合いになる。死んでもらっては困るのだ。
「なあ、ちょいと聞きたいことがあるんだが」
亦紅がそう呼び止められたのは歩き出してしばらくした時だった。
現れたのは黒髪ロングの女性。彼女は腕を組み、挑発するような目つきで亦紅を睨んだ。
亦紅はこの女性に見覚えがあった。
直接会ったことはないが、雑誌で見たことがある。
「えっと、ボンバー・ガールさんですよね?」
おそるおそる、亦紅は問いかけた。
いつものスーツを着ていないので確証はない。が、もし本物ならこの場でヒーローに出会えたことは幸運だ。
彼女なら組織や
ワールドオーダー打倒に協力してくれるかもしれない。
「あ?あたしを知ってるのかメイドさん」
「え、ええはい、知ってますよ。こう見えても私あなたの大ファンですからね」
これは嘘である。協力を持ちかける前にとりあえず持ち上げてみようという亦紅なりの作戦である。
「へー。じゃ、このあたし。ボンバー・ガールの何を知ってるんだい?」
相変わらず挑発的な笑みを浮かべ続ける珠美。それは試験のようなもの。口から出まかせを吐いているかもしれない妄言野郎(一応合ってる)を試すため。
もしくはいちゃもんをつける理由を探すため。
亦紅はついこの前見たある雑誌を思い出す。そこには特集でボンバー・ガールと
りんご飴のコンビのことが掲載されていた。
「りんご飴さんとコンビを組んでるんですよね?」
「ああ、そうだ。あいつはあたしの協力者さ」
雑誌に載っていたコンビ名を思い出す。このコンビ名は一部のファンしか知らないらしいから、これを言うことで自分の彼女への信頼と信用をアピールすることができるはずだ。
「二人とも、絶壁コンビとして大活躍してますよね!」
「……よし死ね」
試験は失格。
亦紅に向かってロケット花火が発射された。
火輪珠美の胸中は熱くなりだしていた。
(ただのむかつくメイドだと思ってたんだけどな)
自分のことを絶壁呼ばわりした愚かなメイドを「汚ねえ花火」にしようとロケット花火を作り出して発射。
当然殺さないように加減はしたが、それでも火傷を負わせる程度はばらまいたのだ。
が、なんとメイドは剣道着の男を背負いながら全てを回避し、高速で自分の背後に回り込もうとしたのだ。
もちろん自分もそう簡単に後ろはとらせまい、と体を大きく回転させた。
と、同時にさらにいくつかのロケット花火を生成する。
空中にロケット花火を漂わせながら不敵に笑う黒髪美人と、剣道着の男を背負い苦笑いを浮かべるメイドが互いに向かい合って臨戦態勢というカオスな状況ができつつあった。
「なあメイドさんよ。今の動き、ちょっと人間辞めてなかったか。もしかしてお前も氷山みたいな改造人間だったりするわけ?」
「嫌だなー。私はただの日常を愛する一般人ですよ。ダメダメなミル博士や遠山さんを支える有能メイドですよ!」
男を背負いながらあそこまで俊敏な動き。あれだけの動きをしたのに乱れていない呼吸。
そして、なにより珠美のロケット花火を的確に捌いた判断力。
(場馴れしてやがんな、こいつ。ただの身体能力任せの脳筋じゃねえ)
もしかしたらりんご飴と同程度の強さはあるのかもしれない。
戦闘狂の血が騒ぐ。ぜひとも戦いたい。
「よし、メイド。お前の名を聞かせろ。一緒に楽しく派手に乱れようじゃねえか」
「お、思ってた以上に野蛮な人ですね、ボンバー・ガールさん……」
よく考えたらあのりんご飴と組むような人だ。まともな人間であるはずがなかったか。
しかし、亦紅は諦めない。
自分は半吸血鬼で向こうはちょっとネジがはずれてそうな人だけど、言葉が通じあえばきっと理解しあえるはずだ。
「私は亦紅と言いまして、殺し合うつもりないんですけど」
「ああ!?挑発しといて今更何言ってやがるんだ。もうあたしは体が火照って火照ってしょうがないんだぜ!」
「やっぱ色々ダメな人だー!」
もうこうなりゃしょうがない、と亦紅は春奈を木陰にゆっくりと下ろした。ついでサバイバルナイフとマインゴーシュも自分のバックに入れ、春奈の近くに置いておく。
「お、やる気になったか」
嬉しそうな珠美の言葉を聞いて、亦紅はため息をつく。
まさかヒーローと戦うことになるとは。しかし、りんご飴と協力しているくらいだ、ろくな人間じゃないのは推測できていた。
亦紅は無造作に視線を珠美に向ける。
珠美はそれに無言で応じる。
「じゃ、行くぜ!」
その言葉と共に、彼女の両掌に再びロケット花火が生成される。その数は、さっきの2倍以上。
「さっきみたいに避けてみろよ」
放たれるロケット花火。いかなる原理か、それは複雑な線を描きながら亦紅に向かって進む。
が、当たらない。
体を捻り、飛び上がり、屈み、すりぬけ、弾く。
無数の弾幕はすべて無駄になり、亦紅と珠美の空間に遮蔽物はなくなる。
だん、と地面を強く蹴り亦紅はまっすぐに珠美に進んだ。
近接戦で取り押さえる、と亦紅は考えている。
自分は遠距離で攻撃できる手段は限られている。
落ちている小石を吸血鬼の馬力に任せて投擲するくらいだ。
そして、それでは殺傷力が高すぎる。
(殺すつもりは無い、私もあの人も)
珠美の攻撃には殺意はない。
さっきからこちらに飛んでくる花火は、たとえ直撃しても軽い火傷で済むようなものだった。
(模擬戦、ってこと)
力比べとも言い換えれる。
きっと珠美はゲームに乗っていない。ただ、自分の実力を確かめたいだろう。
もしくは喧嘩馬鹿なだけか。いや、たぶんそうだろう。
(別に私はそういうの興味ないけど、これで実力を示しておくのも大事)
だから、亦紅は殺す気はなくても勝つつもりだった。
珠美に向かってまっすぐ走る。
フェイントを入れたり、ジグザクに走行して惑わすような真似はしない。
愚直なまでに直線移動をする亦紅の狙いは珠美の攻撃を誘うためであった。
これから行動を共にするのなら、どういう攻撃手段を持っているのか把握しておきたい。
最初に出会った春奈は格好や雰囲気でだいたいの戦闘スタイルは理解できた。
まさか剣道着を着ているおっさんが発勁の使い手だったりはしないだろう。
「さあ、どうするんですかボンガルさん!」
「略すな、馬鹿!」
そう言って繰り出されたのはヘビ花火。
普通のヘビ花火の2倍の大きさのものが二つ。
地を這いながら火花を上げて亦紅へ近づく。
「足元を狙うとはなかなかせこいんじゃないですか!」
そう言って、亦紅は高く跳躍した。
そのまま珠美の頭上へ移動する。
「おいおい、あたしの『上』に来るなんて自殺行為だぜ」
そう言って珠美は花火を準備する。
亦紅だって花火使いの頭上がどれだけ危険か理解している。
しかし、虎穴に入らずんば虎子を得ず。
亦紅は身構える。どっちみち空中では避けることはできないのだ。
直撃を耐え忍んで、脳天に一撃を与える。
どんな花火が飛んでこようと耐え切ってみせる、と亦紅は小さな声で気合を入れた。
「打ち上げ花火verあたし!」
しかし、飛んできたのは花火ではなく珠美だった。
足元の打ち上げ花火を爆発させることで、珠美はまるでロケットのように亦紅で突っ込むことができる。
そして、珠美はまるでスーパーマンのように右腕を天高く突き出していた。
「む、無茶苦茶ですねあなた!」
計算されたように鳩尾に入ろうとする珠美の豪腕を咄嗟に腕を交差させてガード。
両腕に重い痺れを感じるが、まだ戦いは終わらない。
地面に降り立ったのはほぼ同時。
そして亦紅は再び珠美へと前進する。
そのスピードはさっきより遥かに早く。
さらに今度はジクザク走行やフェイントを駆使した高度な走法だった。
「ようやく本気かメイド!あたしは最初から全開なのによー!」
その言葉通り彼女の周りに再度出現した花火はバリエーション豊かだった。
定番のロケット花火、ヘビ花火、さらに今度は両手に長い手持ち花火を装備している。
「ははっ」
思わず亦紅は苦笑い。と、同時に走りながら拳を強く握り締める。
彼女は決意した。殴る、と。乙女に腹パンしようとしたそこの貧乳女に制裁をくわえると。
結論から言うと、亦紅は少しキレていた。さっきのように戦闘方法を確かめるとかそういうのは考えていない。
そして、珠美は相変わらず嬉しそうな笑みを浮かべるのみ。
「一発、殴ります」
「その前にあんたは花火さ!」
乙女の模擬戦、白熱。
数十分後。
森の真ん中で大の字で寝ている女がいた。
その横で立ち上がり、支給された水を美味そうに飲んでいる女がいる。
それは明確な勝者と敗者の図。
「あー、服ボロボロですー」
「多少焦げてるが大丈夫だろ。今の格好のほうがエロくていいと思うよあたしは」
「殺し合いにエロは必要だと思いますか」
「さあ、知らんな」
まったく、誰のせいですかと愚痴りながら亦紅は体を起こす。
祭りのせいだろ、と珠美は水をバックに仕舞いながら返す。
二人の顔には爽やかな疲労と、気心の知れた友人のような近い距離感があった。
「で、ボンガルさん。私達に協力してくれませんか」
さりげない亦紅の問いに、
「ああ、別にいいぞ。ただその呼び方は止めろ」
珠美も自然と返した。
この言葉を聞くために体を張った甲斐があった、と亦紅は思う。
でも、ヒーローなら無条件で協力してくれるもんじゃないの、とも思った。
組織を相手取る上で自分や春菜だけでは戦力不足。そう考え、珠美の心中を推理してこの模擬戦を戦ったたのだが、思ったよりも疲れた。
というより疲れてしまったという感じか。
きっと珠美はさっきの戦いで自分を試したのだ。自分を協力するに値するかどうかを戦いのなかで測ろうとしたのだろう。
けど、途中からムキにならずにきりのいいところで敗北を認めていれば、ここまで疲れずに、またここまでメイド服を汚さずに済んだ。半吸血鬼なので体力自体はすぐ回復するからそこは些事だが。
(でも楽しかった)
それは、初めての感情だった。彼女にとって最初はただの作業だった、次は守るための過程だった。
だがこの戦いは純粋に楽しかったのだ。花火をすり抜けて珠美に近づくのが。出し抜かれて花火をくらうのが。出し抜いて拳を当てるのが。全てが刺激的で楽しかった。
そして亦紅は何発も花火を浴びて、ボンバー・ガールを2、3発殴って。最初に倒れ込んだのは亦紅だった。
もちろん、互いに全力は出さなかった。珠美からすればこれは
ヴァイザー戦の前の前座なのだから。亦紅からしても命を懸けた戦いでもないのに必死に戦う必要はないのだから。
(けど、こんなに楽しいんだったら、全てに決着が着いた後、もう一回戦うのもいいかもしれませんね。今度はお互い全力を出し合って)
それを想像し、亦紅は小さく笑った。
遠山春菜は木の木陰で静かに眠っていた。この時、彼を病院に連れて行くことを亦紅がすっかり忘れていたし、珠美はそもそも彼が眼中になかった。
現代最強の絶技を、我々が目にするのはまだ先の話である。
【H-4 森/深夜】
【亦紅】
[状態]:太ももに擦り傷、疲労(中)、全身に軽いやけど、(いずれもゆっくりと回復中) 焦げて一部敗れたメイド服
[装備]:サバイバルナイフ、マインゴーシュ
[道具]:基本支給品一式、銀の食器セット、ランダムアイテム0~1
[思考・行動]
基本方針:
主催者を倒して日常を取り戻す
1: 今は戦いの余韻に浸りたい
2:博士とルピナスを探す
3:サイパスら殺し屋組織を打破して過去の因縁と決着をつける
4:首輪を解除するための道具を探す。ただし本格的な解析は博士に頼みたい
5:一応遠山さんを病院に連れて行き、しっかり応急手当をする(現在忘却中)
※遠山春奈が居た世界の情報を得ました
※すぐに遠山春奈のことは思い出します
【遠山春奈】
[状態]:手足負傷による歩行困難、精神的疲労(大)、睡眠中
[装備]:霞切
[道具]:基本支給品一式、ニンニク(10/10)、ランダムアイテム0~1(確認済み)
[思考・行動]
基本方針:主催者と組織の連中を斬る
1:亦紅を保護する
2:強くなりたい
3:サイパスとはいつか決着をつけ、借りを返す
4:亦紅の人探しに協力する
5:りんご飴を大和撫子に叩き治す。最低でも下品な言動を矯正する
※亦紅からミル、ルピナス、りんご飴、組織の情報を得ました
※りんご飴を女性だと誤認しています。亦紅が元男だということを未だに信じていません
【火輪珠美】
状態:疲労(中)
装備:なし
道具:基本支給品一式、ヒーロー雑誌、薬草、禁断の同人誌
[思考・行動]
基本方針:祭りを愉しむ
1:亦紅としばらく一緒に行動。
2:祭りに乗っている強い参加者と戦いを愉しむ
3:祭りに乗っていない参加者なら協力してもいい
4:りんご飴がライバル視しているヴァイザーを見つけ出して一戦交える
5:他のヒーローと合流するつもりはない
※りんご飴をヒーローに勧誘していました
※亦紅とはまだ情報交換していません。そのため、亦紅がヴァイザーを知っていることを把握していません
最終更新:2015年07月12日 02:44