太陽が昇り、時刻は明け方より朝へ移行しようとしていた。
朝日の下で繰り広げられるのは、巨大な機人とバイクに跨るヒーローのカーチェイスである。
ブレイブスターを駆る
剣正一。
それを追うのは、クソ汚いとしか形容できない巨大な機人だ。
正一は狙いを定めさせないよう蛇行運転を繰り返しながら、後方からの攻撃を警戒。
機人の単眼から奔る白い閃光を、正一は先読みし進路を変えることで紙一重で躱しきる。
狙いを外れた熱光が地面を撃ち抜き、爆音と土煙が吹き上がった。
宙に飛ばされた砂利が雨や霰と降り注ぐ中を、速度を緩めず突き進みながら、正一はミラー越しに後方をチラリと見た。
正一とロボットの距離は10mほど。
攻撃を躱しながらという事もあるが、中々引き離せていない。
ロボットの動きは怠慢に見えるが、その実5mを超える巨体ともなれば歩幅が違う。
敏捷性こそ低いものの単純な移動速度ならばそれなりモノだろう。
ブレイブスターは最高時速800㎞というモンスターマシーンだ。全速で走ればこの機人を引き剥がすのは容易い。
だが、そんな速度を出しては操る人間の体が持たない。
変身したシルバースレイヤーならまだしも、肉体的に常人の範囲を出ない正一ではそのポテンシャルを完全に引き出すのは不可能だ。
加えて、今走っているのが整備されていない地面という事もあり、中々に苦戦を強いられている。
そんな正一の事情などお構いなく、ロボットは追撃の手を緩めない。
後方から花火のような白い閃光と共にシュバっという音が正一の耳に届く。
確認するまでもない。先ほど放たれたものと同じミサイルだろう。
逃れても対象物を追尾してくる厄介な代物だが、巧く引付けて敵にぶつけるという手もある。
その策を実行に移すべく、正一は僅かに体制を傾け、進行方向を変えた。
だが、予想外の事態が起きる。
ミサイルが正一の動きを追わなかったのだ。
つまり、ミサイルの狙いは正一ではない。
ミサイルが着弾したのは正一の行く先となる地面だった。
爆発した地面が隆起し、行く手を塞ぐ壁となる。
「チィ…………!」
咄嗟にハンドルを切り、横滑りしながらギリギリで衝突を回避。
眼前の土壁を蹴りつけ、バランスを整えながらアクセルを捻り再加速する。
(誘導されているな…………)
このロボットの行動に正一はそんな印象を持った。
直接攻撃ではなく地形を歪め行く先を誘導している。
研究所から引き剥がすべく誘い出していたはずが、いつの間にか立場は逆転していた。
このまま下手をすれば、いつの間にか研究所の目の前でした、なんてことになりかねない。
それだけは避けなければならない状況だ。
「仕方あるまい。ブレイブスター、予定変更だ。ここで迎え撃つ」
卓越した運転技術で正一は180度ターンを決める。
急なこちらの方向転換に相手が適応する前に、まずは先制の一撃を叩きこむ。
そう心に決め、ブレイブスターのアクセルを固定し、正一は支給品である鞭を取り出した。
急接近してきた正一にロボットが対応すべく手を振るうが、遅い。
その腕を掻い潜り、すれ違いざまに鞭を振るう。
バシィンと空気の炸裂するような音が響き、銀の肌を強かに打った。
そのまま駆け抜けた正一は、一旦その場で動きを止め、いつでも動けるようエンジンを吹かせたまま相手を見つめる。
「……無傷か」
迫真だったのは音だけのようだ、メタリックボディには傷一つない。
鞭とは痛みを与えることを主題にした武器である、痛みを感じないロボット相手では効果は薄い。
予想していたことだが現在の正一の火力では、ダメージを与えるだけでも一苦労のようだ。
ポポポポポポポポポポポポポポポポポポポポポポ
唐突に、不気味な警告音のようなモノが鳴り響いた。
聞くだけで何故か不快感を煽られるような、そんな音である。
「何の音だ、ブレイブスター!?」
『わかりません。あのロボットから発せられているようですが』
言われて、正一は注意深くロボットを見つめ、その出方を窺った。
キュイーンというワザとらしい様な機械音と共に、黒から青に文字通り機人の目の色が変わる。
逃げるばかりだった相手が攻撃に転じたことにより、ロボットの内部で何らかの計算が走っているのだろう。
蒼く浮かんだ単眼が揺れ正一を捕らえる。
『darvish......』
正一を真正面から見つめるロボットから、電子音声が発せられた。
ハウリングのようなノイズが混じり、その音質はあまりよろしくはない。
「ダルビッシュ…………?」
聞こえた音を率直に単語にするならそれだった。
捉えようによっては人名のようにも感じられる。
このロボットのコードネームである可能性は高いだろう。
『captured......』
メタリックボディから緑の光が網の様に放たれた。
正一はとっさに身構えるが、ダメージのようなモノは感じられない。
『攻撃ではありません、スキャンを行うセンサーのようです』
光を解析したブレイブスターの言葉が聞こえると共に、センサーは正一の体を舐めるようにスキャンしていく。
『戊辰戦争......』
続いてロボットより聞こえた言葉は戊辰戦争としか聞こえなかったが、まさか日本語であるはずもない、おそらくは未知の言語だろう。
それとも、何かのヒントなのだろうか?
おそらく制圧用に作られたであろう機械兵士、旧幕府と新政府が戦った戊辰戦争。
この共通点とは? ここから関連性を見出すことは難しくはない。
そう、例えば支配者と革命者の戦いと考えれば、レジスタンス鎮圧のために生み出されたロボットであるという可能性も考えられる。
あくまで可能性の話だが。
ポポポポポポポポポポポポポポポポポポポポポポ
再び鳴り響く警告音。
ロボットの横長の瞳が攻撃性を示す真紅に変わる。
エネミー解析完了
個体名:ナハトリッター
攻撃性:D 知能:A 危険度:B 成長性:D-
特記事項:機動二輪車を装備
同機動二輪車:解析済
データ分析終了
対象 排除可能
戦闘モードに移行
「来るぞ、ブレイブスター!」
正一の叫びと共にブレイブスターが急発進する。
同時に、先ほどまで正一のいた位置を、ロボットの左腕が薙ぎ払った。
左腕はビームサーベルに換装されており、地面を滑るような軌跡からして狙いはブレイブスターだ。
まずは機動力を奪うつもりだろう。
『2秒後、左方向からレーザーが来ます』
ブレイブスターの指示と同時に正一はハンドルを切り、レーザーを躱す。
倒すと決めた以上、正一とてこのまま逃げているだけなどというつもりはない。
そのままドリフトでロボットの懐に潜り込み、鞭を振りかぶり反撃に転じる。
だが、先の一撃の結果が示す通り、このメタリックボディに鞭打は通じない。
ならばどうするか。
「鞭の使い方は、叩くだけじゃないぞ!」
風切音と共に振りぬかれた鞭は打ち付けるのではなく、大樹に巻きつく蔦のようにロボットの右足に絡まった。
そのまま正一はブレイブスターのエンジンをフルスロットルに回す。
引かれたピンと鞭が張り、ブレイブスターの約1万馬力がロボットの片足を思い切り引っ張り上げる。
だが、
「なにィ!?」
その光景を見た正一が驚愕の声を上げる。
片足を取られながらロボットはその場に踏みとどまったのだ。
何と言うバランス感覚。この状況で踏みとどまるバランサーの鑑。
だがこれはまずい。
動きを封じられているのは鞭を引く正一も同じである。
好機が一転してピンチとなる。
この状況でレーザーを打たれれば躱しようがない。
その機を逃さず、機人の眼光が白く瞬く。
そして閃光が今にも放たれんとした、その瞬間である。
片足で踏ん張るロボットの尻に、ミサイルのようなドロップキックが突き刺さったのは。
その衝撃は片足では支えきれず、バランスを崩したロボットが前のめりに倒れ、伸びきった鞭が切れる。
ロボットはそのまま大股を広げ転げまわり、放たれたレーザーは明後日の方向へと飛んで行った。
だが、正一の視線はあられもない姿で倒れるロボットではなく、ロボットに豪快な一撃を繰り出した主の方へと向けられていた。
正一が声を荒げその名を叫ぶ。
「貴様は、
半田主水!?」
「ふん。ナハト・リッターか」
それは悪党商会の幹部、半田主水だった。
敵対組織の幹部の登場に正一は警戒心を強める。
下手をすればこれまで以上に厄介な事態になりかねない。
「どういうつもりだ?」
「別に貴様を助けたつもりなどないさ」
倒れこんでいたロボットが立ち上がる。
その巨大な機人の前に、ヒーローと悪党の両雄が立ち並ぶ。
「今はアイツの排除が優先だ。その後でなら相手をしてやろう」
「なるほどな。目的は同じという訳か」
他の者ならばあるいはこのまま三つ巴となっていたかもしない。
だが、組織の中でも比較的柔軟なスタンスであるこの二人だからこそ成しえた共闘である。
「それで、あのロボットの名前はなんなんだ?」
「名前?」
「そう名前だよ、まずは名乗りだ。悪役にはそういうのが大事なんだよ」
ふむと正一は思案する。
ヒーローとしては分るような分らないような価値観である。
そう言われても、正一も相手の名前をはっきりと知っているわけではないのだが。
「…………ダルビッシュ」
「ん?」
「おそらく、ダルビッシュだ」
「ダルビッシュ、ね」
半田が名を噛み締めるように呟き、一歩踏み出して巨人を指さす。
そして堂々と宣言する。
「敵性機人ダルビッシュ! 悪党商会のハンターが我らが理想のため、貴様を排除する!」
ハンターの名乗りを受け、ロボットの単眼が赤く揺れる。
ポポポポポポポポポポポポポポポポポポポポポポ
エネミー追加
解析済みエネミー
個体名更新
個体名:半田主水(ハンター)
攻撃性:C+ 知能:B- 危険度:B+ 成長性:D
既存エネミーと総合戦力を算出
戦力比計算中
.
.
.
排除可能
戦闘を継続します
最初に動いたのはハンターだった。
日本刀を片手に、ダルビッシュ目がけ真正面から駆けだす。
対するダルビッシュは、左腕のビームサーベルでこの突撃を迎え撃つ構えだ。
「そいつには、半端な攻撃は通じんぞ!」
ナハトリッターの言葉にハンターは、はっと笑う。
「半端じゃなければよいのだろうがぁ!」
ハンターが雄叫びと共に刀を振り上げ、遥か高みより振り下されたビームサーベルを豪快に弾き飛ばした。
そして返す刃でダルビッシュの手首を斬りつける。
斬撃は手首を中ほどから抉り、無敵を誇ったダルビッシュに初めてまともな傷を付けた。
この成果はハンターの実力もあるだろうが、それ以上に彼が持つ刀に大きな要因あった。
それは刀身の周りに高圧のレーザー粒子を纏った対ロボット兵器『サミダレ』。
エネルギー兵器であるビームサーベルを防げたのも、この武器によるところが大きい。
「これはこちらも負けてはいられないな。ナハトリッター参る!」
ハンターに倣い名乗りを上げながら、その成果を見たナハトリッターがブレイブスターを加速させる。
だが、強力な武器を持たないナハトリッターでは、ダルビッシュにダメージは与えられない。
ブレイブスターでの突撃という手段もあることはある。
だが、一定速度を超えた時のみ生み出される空気の壁『エアロウォール』がなければ突撃は自爆技にしかならない。
シルバースレイヤーと違ってナハトリッターは自爆技をする趣味はない。
ならば手段がないかというと、そういう訳でもない。
どんな相手だろうと、脆い部分は確実にあるはずだ。
「例えば、関節部なんてどうだ?」
ハンターが注意を引いている間にナハトリッターはダルビッシュの後方へと回り込んだ。
そしてバイクの前輪を上げウィリーをしたままエンジンを回し跳躍。
ダルビッシュのひざ裏を高速回転を続ける後輪で打ち付け、ギュリギュリと金属が削れる音を響かせる。
ブレイブスターはそのままダルビッシュのひざ裏から発射するように離脱する。
発射したひざ裏にはハッキリとタイヤ跡がついてた。
ツルツルのメタリックボディだから、傷跡がハッキリ分かんだね。
とはいえ、この程度では大したダメージにはならないだろうが、こちらが少しでも脅威であると示すことが重要だ。
そうすればある程度狙いは二分され戦いやすくなる。
狙い通り、今しがたダメージを与えたナハトリッターへとダルビッシュが向き直った。
ナハトリッターを薙ぎ払うべく、ビームサーベルを振り上げようとした、瞬間、その腕が両断され宙を舞う。
切り落とされたビームサーベルが空中でクルクル回って、地面へと突き刺さる。
「こっちを忘れてもらっては困るな」
その左腕を切り落としたのはハンターである。
ダルビッシュの首が180度回り、懐に忍び込んだハンターをレーザーで狙うが、ハンターは深追いはせずバックステップですぐさま離脱する。
基本は一撃離脱。
ナハトリッターもハンターも語らずとも共に数的優位の活かし方を心得ており、サミダレという決定打もある。
故に、現状はこの強敵を相手に戦況を優位に運ぶことができている。
対するダルビッシュはこの不利を受けても機械であるが故、この状況に焦るでも戸惑うでもない。
ただ、左腕を損傷するという事態に、ダルビッシュの瞳がイエローの警戒色へと変わった。
ポポポポポポポポポポポポポポポポポポポポポポ
左腕を損壊
敵装備をデータベースと照合
検索中
.
.
.
該当兵器『サミダレ』と99.85%の一致
脅威度:A+
最優先排除対象に認定
敵戦力:危険領域
緊急時により姿勢制御をヨツンヴァインへと移行
モード:ビーストを起動します
ピーという機械音と共にダルビッシュが動いた。
切り落とされた左腕を換装し、膝を付いて両腕を地面へ。
それは、いわゆる一つの四つん這い。
その外観がクソ汚いステロイドハゲから、四足の獣へと変貌を遂げる。
「…………なん、だっ!?」
突然の行動訝しんでいたナハトリッターの横を、一陣の旋風が駆け抜けた。
旋風の正体はダルビッシュだ。その動きはこれまでのモノとは明らかに違う。
ダルビッシュが疾風のごとき勢いで襲い掛かったの先にいたはハンターである。
「ぐぉ……ッ!?」
大質量による単純な突撃。
それ自体は何とか刃の腹で受けとめたものの、ハンターの体が吹き飛んだ。
吹き飛んだハンターを逃さず、追撃にダルビッシュが四足で駆ける。
その様はまさしく野獣だ。
混沌とした戦場でダルビッシュは野獣と化した。
「こ、のッ!」
ハンターは両足で地面に着地し、向かいくる野獣にサミダレを振るう。
だが、野獣は横へ跳ねこれを躱し、バネの様な俊敏性で反撃に転じる。
この反撃もハンターは何とか防いだ。
四足となったことで俊敏性がこれまでとは比べ物にならないほど向上している。
これほどの速度、ブレイブスターを操るナハトリッターはともかく、生身のハンターでは対応できない。
「来い、こっちだ!」
ナハトリッターは野獣の注意を惹きつけるべく縦横無尽に駆け回る野獣をブレイブスターで追従し挑発する。
だが、野獣はナハトリッターを見向きもせず、ハンターへと襲い掛かっていく。
先ほどまでとは違い、完全に狙いをハンターに集中している。
ハンターもその猛攻を防いでいるが崩されるのも時間の問題だ。
瞬間、ナハトリッターとハンターの視線が交錯する。
ナハトリッターは野獣への追従をやめその場から距離を取った。
残されたハンターに野獣の猛攻が襲い掛かる。
繰り返される突撃に力負けしたのか、ついに手にしたサミダレが弾き飛ばされた。
サミダレが宙を舞う。
その軌跡を追うように野獣のセンサーが動いた。
「よう、やっとこっちを向いたな」
弾き飛ばされたサミダレを掴みとったのはナハトリッターだった。
勿論偶然ではない。
「この刀が狙いなんだろう? 機械は解りやすくていい」
言って、加速するブレイブスターを野獣が追う。
ハンターに攻撃が集中していた理由はこのサミダレの存在である。
故に、ハンターは野獣のスピードに対抗できるブレイブスターを持つナハトリッターの方へワザとサミダレを弾き飛ばしたのだ。
小競り合いを繰り返しながら、ブレイブスターが駆け、野獣が追う。
あるいはそれは先ほどまでの焼き直しの様でもある。
だが、当然ながら違う点も大いにある。
二足歩行から四足歩行へと移行した野獣の変化というのもあるが。
それよりも大きいのは、高速移動の代償か、走りながらでは狙いがつけれないため野獣がレーザーを打たないことだ。
故に、ブレイブスターと野獣の純粋な機動性の勝負である。
先ほどのまでよりも幾分かやりやすい。
そして違う点と言えばもう一つ。
ハンターの存在である。
「後ろ取ったぞ!」
待ち構えていたハンターが木の上から野獣へと飛びかかった。
野獣を傷つけることのできる唯一の武器サミダレ。
そして僅かながらダメージを与えられるブレイブスター。
その両警戒対象が一点に集中した以上、取るに足らないハンターの優先順位は大きく落ちる。
故に、この状況でハンターが野獣の後ろを取るのは非常に容易いことであった。
だが、この戦闘機人を傷つけられる唯一の武器サミダレはハンターの手にない。
攻撃手段のないハンター一人でどうするというのか。
だがあるのだ。武器はある。
ハンターが手にしているのは、ハンター自身が斬り落としたダルビッシュの左腕だった。
正確にはその先に装備されているビームサーベルである。
敵の持つ最強の矛だ、最強の盾であろうと切り裂けない道理はない。
これがハンターとナハトリッターが無言のまま通じ合った策である。
この瞬間、ハンターのみならずナハトリッターも勝利を確信した。
だが二人は失念していた。
いや、忘れていたわけではないが、完全には理解できていなかった。
敵は人ではなく、機械であるという事を。
機械に前も後ろもない。人間には不可能な動きもできる。
視線も姿勢も動かさず、後方への攻撃が可能である。
ぶっちっぱ。という音と共にロボットの尻部から黒茶色の粘体が発射された。
粘液は野獣に襲いくるハンターへとぶちまけられた。
鼻を突くようなこの独特の匂いにハンターの全身が総毛立つ。
(これは、可燃性…………!)
気付いた時にはもう遅い。
ビームサーベルの熱に気化した粘液が着火し、ハンターの全身が炎に塗れた。
特殊な液体なのか、炎は絡みつくように皮膚を焼き、どうあっても鎮火する様子はない。
「半田ァ!」
ナハトリッターの叫び。
それを打ち消すようにハンターの雄叫びが響いた。
「うおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!」
全身を炎に焼きながらハンターは止まらなかった。
いや、炎に身を焼かれたからこそ、止まるわけにはいかなかった。
燃え尽きる前に、最後の抵抗を見せなければ。
その身を業火に焼きながらハンターはバットをフルスイングするようにビームサーベルを振った。
業、と炎火を帯びたビームサーベルが野獣の左足が切り裂き、片足を失った野獣がバランスを崩す。
ハンターは吹き飛んでゆく足を見届けニィと口元を歪めた後、パタリとその場に倒れた。
ハンターの決死の覚悟を受け、ナハトリッターも動く。
この瞬間を、ハンターが命懸けで生み出したこの好機を逃すわけにはいかない。
真正面から最短距離を突き進むナハトリッター。
剣を手に鋼鉄の馬を駆るその様は正しく騎士である。
それを捕らえた野獣の眼光が輝く。
放たれる閃光。
それを前にして、ナハトリッターはブレーキではなくアクセルを回す。
バランスを失い照準のズレた攻撃など躱すまでもない。
身を低くして加速するだけで十分だ。
ナハトリッターの頭上を閃光が掠める。
一直線に野獣の眼前へと迫る騎士は、加速の勢いをのせた刃を振るう。
キィンという音と共に火花が散り、野獣の肩口に刃が食い込んだ。
「ぉおおお――――――――――――――ッ!」
強引に刃を喰いこませたまま、ブレイブスターを加速させ突き進む。
火花と共に、銀のキャンパスを刃が奔る。
肩口から刻まれた一文字は股間へと伸びる。
騎士の一撃は駆け抜けるように野獣の体を両断した。
真っ二つになった野獣の体が崩れ落ちる。
その光景をしり目に、ナハトリッターはハンターへと視線を移した。
完全に全身が炭のように黒く焼け焦げ、もはや動くことはない。
この勝利は彼のお蔭で得たものだ。
敵対組織の人間とはいえ、放っておくのは忍びない。
ハンターの亡骸を弔うべく、ブレイブスターを降りようとしたところで、
ナハトリッターの胸を、小さな閃光が貫いた。
「ぐっ……がっ…………!?」
血を吐いた。
驚愕と共に後方を振り返る。
断面から火花を散らし、三枚に下ろされた魚のような状態でありながら、それでもまだ、その野獣は生きていた。
いや、生きていたという認識が間違いだったのだ。
そもそもロボットは生きてなどいない。
ただ生きているように動いているだけだ。
人のような外観に惑わされずに、殺すのではなく徹底的に壊すべきだった。
機械音が響く。
ポポポポポポポポポポポポポポポポポポポポポポ
右半身を損傷
修復不可能
残燃料15%
出力30%に低下
.
.
.
戦闘継続可能
戦闘を続行します
「ハっ…………ハっ…………」
貫かれたのは右胸。
心臓は無事だが、肺に穴が開いた。
呼吸がままならない。
口から垂れる血と共にその苦しみをかみ殺して、ナハトリッターはブレイブスターを動かす。
同時に野獣から閃光がほとばしる。
ジッとしていても狙い撃ちになるだけだ、今は動くしかない。
『警告します。心拍、バイタル共に低下。これ以上の戦闘続行は危険です』
ブレイブスターの警告が響く。
だが、その忠告を聞くわけにはいかない。
このまま逃げても奴は追ってこれないだろう。
レーザーにも先ほどまでの威力はない。威力は確実に落ちている。
だが、それでも人一人を殺すには十分な威力だ。
ここで放置するわけにもいかない、決着をつけなければなるまい。
暫く進んだ所で、アクセルターンを決め後方へと向きなおる。
野獣は片腕でズルズルと地面を這いずりながらこちらへと迫っている。
互いの間に障害物はない、一直線上には互いしかいない。
決着には相応しい状況だ。
「……決着を…………つけよう」
ナハトリッターはブレイブスターのアクセルをフルスロットルに回した。
モンスターマシーンブレイブスターは一瞬で最高速まで到達する。
音速に迫る鉄の騎馬。
そこに、撃退のレーザーが放たれる。
眼前に迫る閃光をナハトリッターは避けない。
避けずとも、閃光は弾かれるように霧散し消滅していく。
それはブレイブスターが600kmを超えた時のみに発生する風の壁『エアロウォール』。
出力の弱まったレーザーならばこれで弾き飛ばせる。
その代償として襲い掛かる常人には耐えられない強烈な圧力。
全身の細胞が押しつぶされて死んでいく感覚。
それでもなお、アクセルを回す手は緩めない。
最高速に達した鉄の騎馬が流星と化す。
それはシルバースレイヤーの必殺『スタークラッシュ』だ。
破裂するような衝突音。
『スタークラッシュ』はレーザーごと野獣の頭部を押しつぶし、完膚なきまでに粉砕した。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
決着をつけたナハトリッターがブレイブスターからゆっくりと降りた。
胸に空いた穴はもとより、圧力つぶされ全身から血を流しながら、ふらふらとした足取りで野獣の残骸へと近づいてゆく。
完全に機能が停止したことを確認し、残骸の中から首輪を回収する。
その巨大な体躯に見合う、通常の物より二回りは大きい特別性だ。
通常の首輪の解析の足しになるは疑問が残るが、特別ゆえに別の何かが分かるかもしれない。
首輪を回収したナハトリッターは、懐からバッチを取り出し通信を繋げる。
「…………怪ロボットを、破壊した。
ロボットの首輪を、載せた…………バイクが、そちらに……向かったので…………受け入れてやってくれ」
相手の応答を待たず、余計な追及を避けるため、言いたいことだけを言って通信を切る。
立っているのも辛いのか、ナハトリッターは木の幹へともたれかかった。
「と、いう訳だ…………ブレイブスター、研究所まで…………この、首輪を、届けて…………くれ」
そう言って、震える手でブレイブスターの荷台に首輪を掛ける。
『それはよろしいのですが、ナハトリッターはどうされるのですか?』
「俺は……少し、無茶をし過ぎたのでな……………………しばらく…………ここで、眠る。
研究所、に、は…………自動操縦で、向かって…………く、れ」
研究所をロボットから守る。
首輪を入手し研究所に届ける。
その全ての任務を完了したナハトリッターが、寄りかかってた木からズルズルと崩れ落ちた。
眠りに落ちたのか、ナハトリッターはそこから動かなくなった。
その様子を見届け、ブレイブスターが出発する。
『了解しました、おやすみなさい、ナハトリッター。よい夢を』
【C-9 草原/早朝(放送直前)】
【剣正一 死亡】
【半田主水 死亡】
【サイクロップスSP-N1 完全破壊】
最終更新:2015年07月12日 02:56