雨雲の様な黒い靄の塊を足場に、白く靄のかかった空を行く少女アザレア
彼女は展望台すら見下ろす遥か高みから、朝日を返し光り輝く水平線を臨む。

「あら、死んでしまったのねヴァイザー

少女は放送を聞き終え、事も無げにそう呟いた。
呟かれた言葉は上空に吹きすさぶ突風に浚われ消えてゆく。

その簡素な感想は、少女がその幼さ故に死の意味を理解できないから、という訳ではない。
彼女は正しく死を理解している。
それどころか、彼女ほど多くの死に触れてきた少女はいないだろう。

誰かに死を遣わすのが彼女の仕事であり。
任務に失敗したモノが死ぬなんてことも珍しくない。
昨日隣にいた人間が翌日にもう会えなくなってるなんてことは、彼女にとっては日常茶飯事だ。

彼女にとって死など日常の一部にすぎない。
彼女にとって死とはそういう存在である。

もう会えないという意味での感傷はあるが。
それはクラスメイトがどこか遠くに転校てしまったという程度のモノである。

しかし、真っ先に呼ばれたのがヴァイザーというのは意外と言えば意外である。
脱落するにしても、最初に脱落するのはイヴァン辺りだと思っていた。
確執があるというよりは、純然たる実力を鑑みての予測である。
アザレアはイヴァンが上の方で行っているその辺のパワーゲームには興味ない。
組織内のヴァイザーの立ち位置にも興味がなく、彼の死による影響など想像する価値もない。
殺し屋はただ生きて、死ぬだけだ。

アザレアはすっぱり気持ちを着換え、次はどこに向かおうかと辺りを見渡す。
山頂に見える不思議な池の様な所なんかもいいな、などと考えていた彼女の前に――それは何の前触れもなく現れた。

アザレアが気付いた時、それは豆粒ほどの点でしかなかった。
だが、豆粒のような人影は一瞬で人影となった。
ミサイルの様な勢いで空中を疾走する人影は、アザレアの眼前でピタリと止まる。
速度は最高速から一瞬で無(ゼロ)へ。
それは、空を飛ぶことの適わない人間にはおろか、空を自由に飛ぶ鳥にも、飛行機にすら不可能な動きだった。

その急停止によって押し出された空気が、固まりとなって叩きつけるようにアザレアに向かって吹きつける。
足元の黒靄の端々が千切れるように吹き飛び、アザレアはその風を前に思わず目を閉じた。

そして、ゆっくりと目を開いたアザレアの眼前には、朝日を背にした人知を超えた存在が立っていた。
輝くような白銀の髪。
闇すら届かぬ漆黒の肌。
光のようではなく黒曜石のような暗い輝き。
その美貌は無条件に脳髄が美しいと感る、正しく魔性。
一糸纏わぬことすら気にかからぬほど、その存在は全てを超越していた。

「やぁ。こんにちは。いや、もうおはようの時間かな?
 僕は邪神リヴェイラ。僕は気さくな邪神だからね、気軽にリヴェイラ様とでも呼んでくれて構わないよ」

邪神が声を発した。
何の事はないただそれだけの行為で、気を失いそうなほどの威圧感が辺りを包む。
まるで空気がヘドロの様な淀みを持っているようだ。

「ええ、おはようございます、リヴェイラ様。
 初めまして。私はアザレアと申します。こちらは覆面さん。無口な方ですので気を悪くしないでくださいね」

だが、アザレアはその空気を気にした風でもなく、ごく自然に応対する。
奇人変人の巣窟で育った少女だ。
三つ目の瞳も一糸まとわぬその姿も自分の肉体を改造が趣味の変態どもの延長にしか見えず。
流石に空を飛んでいるというのは、アザレアにとっても驚くべきところなのだろうが、何せ今は自分も飛んでいる。
ならば、アザレアが気おくれする要素など一つもない。

「しかし。驚いたな、まさか君みたいなモノと会えるだなんて」

邪神のその言葉は、アザレアに向けられたものではなかった。
その視線は、アザレアの足場となっている漆黒の雲へと向けられていた。

「あら、リヴェイラ様は覆面さんについてご存じなの?」
「知らないね。だから驚いているんだよ。
 まさかこの僕が知らない魔の物がいるとは」

自らに知らぬことがあるのが悔しいのか、嬉しいのか。
邪神は深く観察するように三つの目を細めて目の前の影を見つめる。

「……エレメンタル、いや。どちらかと言えばゴーストやリビングデッドに気配は近いか。
 だが僕の知るどれとも違うな。そうだな、強いて言うなら……」

リヴェイラは己の世界に入り一人ブツブツと呟きを漏らす。
その呟きの意味がかわからずアザレアは不思議そうに首を傾げた。

「ちょっと失礼するよ」

そう言って、返答も待たず邪神は黒靄の中に顔を突っ込んだ。
もっともアザレアもその奇行を止める気はなく、微笑を湛えたままその行為を見送っているし。
当の覆面男も暴れるでもなく、成すがままにされているので何の問題もないのだが。

黒靄の中をに突っ込んだ首をグリングリンと回して覆面男の中を舐めまわすように見分してゆく。
邪神はその目で、その鼻で、その耳で、その舌で、その触覚で、その魔力で覆面男全てを感じ取る。

「ふむふむ。なるほどなぁ」
「覆面さんの事、何かわかりましたの?」

アザレアはスカートの裾をまくりながら座り込み、足元の覆面男に首を突っ込んだままのリヴェイラに問いかける。
スポンと勢いよく首を抜いたリヴェイラは、仕切りなおすようにコホンと咳払いをすると分析結果を告げた。

「どうやらこの子は一定の条件によって出現し、一定の条件に従い消えてゆく現象化した魂のようなモノのようだね。
 どこかの世界でが独自進化をしたんだろうが……普通はこんなモノは生まれない」

少なくともリヴェイラはこんなモノ初めて見たし、知識としても知らない。
三千世界を渡り破壊してきたリヴェイラが知らないのだ、偶然的に生まれたとは考えづらいだろう。
それこそ意図的に手を加えられない限り、ごんな都合のいい現象は生まれない。

「うーん。つまり覆面さんは、自然現象みたいなものという事なのかしら?」

折角できた友達が意思を持たないただの現象かもしれない。
告げられたその事実に、残念そうにアザレアは眉尻を下げた。

「まあそうなんだけど、元となった人間がいるはずだよ。だから元人間と言った方が正確かな?
 これほど邪気に満ち漆黒に塗れているのは魂の元となった人間が血と殺戮を好む殺人嗜好だったのだろう。
 ただ、魂というのは実に不安定な存在でね。それ単体だと、世界に在留できず消滅してしまう。
 世界に定着させるべき触媒か、存在を維持するための核が必要だ」

リヴェイラの話す言葉がいまいち理解できないのかアザレアは首を傾げる。
その見た目や嗜好に反して、彼女は意外とオカルト話にあまり造詣が深くない。
本は好きだが、好んで読むのは拷問などの実用本やファンタジーな物語が主だし、あまりその手の本は読まないのだ。

「つまり、どういう事なんですか?」
「ま、要点だけ言えば、このまま放っておけば彼は消えるという事さ。
 だから拡散を防ぐために、袋詰めにでもしておいた方がいいかな。そうすればこれ以上の希薄化は避けられる」
「袋詰めですか」

相手の言葉を反復しつつ、そんなところに閉じ込めてしまうのは可哀そうだな、とアザレアは思う。
狭い世界に閉じ込められるというのは不幸なことだ。

「後は、単純に濃度を回復させることだね」
「回復? それは、どうすればいいんですか?」

僅かに不安げな声でアザレアが問いかける。
果たしてそれは自分にもできる事なのかと。

「簡単だよ。そいつは魂なんだから他の魂を喰らえばいい」
「食べる?」
「そう。魂の補充は魂でしかできない。だから人を殺せば彼は回復するということだ」
「あら。そんな事でいいの?」

想いのほか簡単な方法にアザレアはほっと胸をなでおろす。
腰を下ろしていたアザレアはその場に立ち上がると、改めてリヴェイラに向き直った。
そしてスカートの両端を吊り上げ、最大級の礼を込めて頭を垂れる。

「リヴェイラ様。この度は我が友人の為にお知恵を頂き感謝いたしますわ」

異常な環境で育ち、まともな教育を受けていないアザレアだが。
暗殺の手段として、いかなる場所にも溶け込めるように礼儀作法だけは叩き込まれている。

「いやいや、いいよ。彼については僕としても興味深いことだったし、何より君みたいなのは支援するという元からの方針だったしね」

魔族を従えた魔性。
問うまでもなくアザレアがこの殺し合いに肯定的な人間であることは一目で理解できた。
邪神にとって支援すべき対象である。

「それじゃあ、そろそろ僕は行くよ」
「リヴェイラ様はどちらまで向かわれるおつもりなのです?」
「あちらの方に面白い気配があってね。それを見に行くところだったのさ」

そういってリヴェイラは東南を指さす。
その先にあるのは市街地の様だ。

「じゃあね。頑張って殺し合いに励んでくれたまえよ」

現れた時と同じく、掻き消えような加速で邪神は一瞬で去って行った。
姿を手を振ってその見送り、その姿が見えなくなったところでアザレアは、足元の覆面男へと声を掛ける。

「覆面さん、そのままだと消えてしまうんでしたよね。
 どうしましょうか? リュックも無くしてしまいましたし、困りましたね……」

うーんとアザレアは思案する。
正直、考えるのはあまり得意ではないアザレアとしては覆面男にも知恵を出してほしいところだが生憎とこの友人は無口である。
その辺の貢献は期待できないだろう。

「あ、そうですわ! とりあえず私の中に入ります?」

これは名案とアザレアは声を弾ませた。
勿論、中とは衣服の中という意味である。
アザレアの衣服はゴシック調の厚手の生地だ。
袖口や襟元をきつく締めてしまえば、ある程度は密封できる。
何よりこの方法なら閉じ込めるというより、共にいるという感覚の方が強い。

その案が気に入ったのか、足元の覆面男が僅かに沸き立った。
絨毯状だった黒靄から、触手の様なモノが数本のびた。
触手はアザレアの足元に絡みつく様に伸びてゆき、スカートの内に忍び込んでゆく。

「ん………ぁ……くすぐった…………んっ」

シュルシュルと下半身を上り詰めてゆく触手の感覚にアザレアは思わず声を漏らした。
細く柔らかな感触のモノが巻き付いていくのは少しこそばゆい。
触手は徐々に上半身に迫り、まだくびれのない胴を、膨らみの殆どない胸を、その未成熟な少女の体を包んでゆく。
そして、足元から黒靄が完全に消え、すべてがアザレアの体に納まった。

「すごいわね。まるで自分で飛んでいるみたいだわ」

浮遊する覆面男に乗るのではなく、全身に巻きついた覆面男が浮遊を補助しているため、飛行しているという感覚は強くなるのも当然と言える。
そして、濃度が半分ほどに薄れたとはいえ、覆面男には2メートルを超える大男並みの体積があったのだ。
それが小柄な少女の服に納まっているのだから、その密度は半端な刃など通さないほどである。

「さて、それじゃあ私たちもいきましょうか、そうですね」

何かを思案するように言葉を切ると、アザレアはリヴェイラが飛んで行った先を見つめる。

「市街地ですか。リヴェイラ様の言ってた面白そうなモノっていうのも気になるし。私たちも行ってみましょうか、覆面さん?」

【I-8 上空/朝】
【リヴェイラ】
状態:健康、飛行中
装備:なし
道具:不明
[思考・状況]
基本思考:邪神として振舞い退屈を潰す。
1:悪人は支援。善人は拷問した末に、悪に改宗させる。
2:島の南東に現れた邪気の主(オデット)を見に行く。

【H-7 上空/朝】
【アザレア】
[状態]:健康
[装備]:サバイバルナイフ、覆面男
[道具]:なし
[思考・行動]
基本方針:自由を楽しむ
1:リヴェイラを追って市街地に向かう
2:覆面男の回復のため適当に殺す
3:覆面男に自分の作品を見せる

【覆面男】
[状態]:濃度50%、アザレアに巻き付き中
[装備]:なし
[道具]:なし
[思考・行動]
基本方針:???
1:???
※アザレアをどう思っているのかは不明です。というか何を考えてるのか不明です。
※外気に触れると徐々に霧散します、濃度が0になると死亡します

070.Child's Play 投下順で読む 072.勇者システム
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邪神、歓ぶ リヴェイラ 戦場のヴァルキュリア
第五十二話 恐怖!怪人覆面男の正体!! アザレア Red Fraction
覆面男

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最終更新:2016年03月02日 17:35